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2020/01/27.Mon

一緒に住もう

優しさは親譲りなのか、本人の個性なのか、

経験から育まれたものなのか・・・

どれもが混ざり合っているのだと思える青年との交流です。



ある夜、一人の青年が我が家ににすっと来られたなぁ〜

と思い、目だけそちらの方向を見た途端、うちのワンコが

ワンワンワンっ!!! でした。

「 No!」と言いましたが、私とワンコの反応がほぼ同時

だったので、内心、( かなんなぁ〜、この子は・・・)

確か そんなふうに 思いました。

まるで、自分の子ども時代を見ているかのようでした。

うちの家族達は慣れたもんで、「 誰か来たの?」とワンコに

話しかけるんですよ。苦笑

私に「 誰かの、誰か?」と普通に尋ねてきますが、

なんといいますか、あまり大っぴらにもなりたくないので、

「 さぁ〜分からんけど、そうなんちゃうかぁ〜。」

と、関西特有の受け答えをしておきました。笑

その翌日に、Kさんからご依頼のメールを頂いていたのです。

不思議といえば、不思議。

自然といえば、自然。



お約束の日の前日、突如、体調不調をくらいました。

随分と体調も整ってきていただけに、ショック。

それも、交流のお約束がある前日に・・・なんで?

と思うわけです。

それでも、不調のまま 交流に臨むことは迷惑以外、ありません。

日程延期のご連絡をすると、即座に、優しいお気遣いのメールを

頂いたのです。

痛っ!とその部分を抑えながら、どれだけ、この日を

待っておられるか知ってんの?と誰に文句を言ってるの?私。

それでも、文句を言わずにはおれないのです。
(ア:このことについては、数日後、"訪問者"判明しました。難儀ですね、私の身体は。)


どれだけ、どんな思いで毎日を生きておられるか・・・

よくよく分かりますし、メールからも十分に伝わるのです。



1週間延期をして頂いて、体調も万全。

よし!という思いで当日の朝を迎えました。

朝ご飯の食器も一応、洗って片付けておかないと・・・

と思いながら洗ってましたら、青年はこんなことを

話してくれました。

< (母は)いろいろと頑張って、ひとり我慢してます。

 我慢する気持ちも分かりますが、>

お皿を洗いながら、ふんふんと耳を傾けていたら、

< アガっさんみたいに、たまには言った方がいいのに

 と思います。笑>

ちょ、ちょっとぉ〜!

思わず、吹き出し笑いをしそうになり、ぐっと踏ん張りました。

( 私みたいにって、私 そんなに言えてませんよぉ。

 我慢してる方だと思いますよぉ。)

と言い返しましたが、ニヤニヤする他 ありません。

青年は純粋に思ったことを話してくれたので、余計に

笑えてきたんです。

おばちゃん、ウケた。笑

まいりました。大笑



そうして、準備も終わり、ちょっと寒かったので、

暖房器具を移動させようとしていた時のことでした。



< 持ちますよ・・・>



優しいその一言に、ジ〜ンと来るじゃありませんか。

御礼を言いながら、持ってもらいました。

もちろん、見た目は私が持ってるんですよ。笑

重い物がふわふわと動いて、目的地に設置されたら

びっくり仰天を通り越して、味をしめてしまうじゃないですか。笑

そんな不自然な事はもちろんありません。大笑



言葉数が少ない彼は、決して、感情が少ないのとは違います。

言葉数の多さと感情の豊かさは、比例しません。

それについては、ものすごく実感しています。



何をお伝えしたのか、9割9部 思い出せませんが

これだけは覚えています。

お母さんのKさんが涙ながらにお話しなさっていた際中に

割り込むように話してくれた言葉、思い_

< (その時は)一緒に住もう!>

この言葉とその時の思いは、今も私の内にあります。

時間と共に霧のように消えていくのも仕方ないですが、

目を閉じるとあの時の、彼の思いが蘇るようです。



それでは、Kさんから頂いたメールの一部を掲載させて頂きます。

- - - - -

(略)

今日は◯年ぶりの交流を、ありがとうございました。
お約束の時間が近づくにつれ、心臓がバクバクしてきて
不安になってきましたが、アガサさんの声を聞いて一気に安心しました。
(ア:私もです)

アガサさんから伝えられる息子は、変わらず息子のままでした。
自己主張をしない思いやりのある、それでいて思慮深く純粋。
誰かの役に立つ希望を持って、勉強に励んでいる息子。
どこにいても、私の自慢の息子です。

最後に言ってくれた「こっちに来たら一緒に住もう」には、もう号泣でした。
(略)

私はこの言葉を支えに、もう少しこちらの世界で頑張れるような気がしました。
生きていくのは、もしかしたら辛い事の方が多いかもしれません。
でも、息子はちゃんと側にいて見てくれているのを信じ、母親の私も
息子に負けないよう、恥ずかしくない生き方をしなければいけないと思いました。

(略)

- - - - -



彼は親孝行をしたいと思っていることを話してくれてました。

そのことについては、以前から息子さんはお母さんに話していたようです。

孝行か・・・私は、自分と家族達の日常で精一杯で、

親に孝行らしいことをしていません。

このままだと後悔するな・・・と思う回数が増えています。

それだけに、Kさんの息子さんはとてもお若いのに、偉いなぁ・・・と

思いました。



特に母親は、こう思う方が多いんじゃないかと思います。

子どもの迷惑にはなりたくない。

自分の人生を歩いてほしい。

って。

そう思うのは、親としての愛情からです。

それでも、そんなふうに思っていても、子から「親孝行がしたい」と

聞かされたなら どんなに嬉しいでしょう。

どんなに 幸せでしょう。

想像するだけでも、泣けてきます。



親よりも先に子が他界する。

この現実は、非常に厳しい。

亡くした家族が 今 健やかでいてくれること、

大切な人が 今 穏やかで幸せを感じてくれていることを

願い祈るほか ないのです。



彼も含めて、他界された多くの人達が 私達のことを思ってくれています。

他界には、裏切りなどないのです。

私達が居る物質界のように、嘘や裏切りといったものは出来ないのです。

自分の内面を実感するのです。



大事な人の他界を機に、この世での生きづらさに痛感される方々が

ほとんどだと思います。

私達の住む物質界は辛いことが多いと思っています。

もちろん、それだけではありませんけれど、私自身、

正直に誠実であればあるほど、生きづらさも増すように感じています。



だからといって、そこに思いとどまる気は ありません。

心を込めて生きることで、そうした生きづらさや

不公平を感じてしまう意気地のない自分に(苦笑)、

これで良いんだと言い訳しているような・・・(笑)

それで良いんだと背中を押してあげているような・・・

そんな気がしています。



物質界で、いわゆる 勝ち組(今も言いますか?)な人達が

他界された後も そうであるとは 言い難いのです。

表面は良い顔が出来、語り口調も良く、外見が美しくとも

自分のことしか考えていない、

つまりは、思いやりに欠ける人達は 大変だろうと思います。



大事な人、大切な家族は、元気でいらっしゃるのです。

そして、相変わらずの真心で 私達のことを思いやりいっぱいで

大事に思ってくれているのです。



私達がどんなに悲しくて辛くて淋しくても、思いやりに

何の影響もありません。

それが、真の愛情ってもんです。











暖房器具、持ってくださってありがとう!

嬉しかったです。笑

黒い服以外にも似合う色がいっぱいあると思いますよ!

試してみてくださいね。
















= 今日の写真 =

りんごは、子犬の頃から土や枝を食べていました。
初めてその姿を見た時、びっくりしましたけれど、
今ではもう慣れてしまいました。
道草も食べるし、道枝も食べるし。
あげくの果てに、道土まで食べる。
公道には何が " かかっている " か分かりませんから、
食べる度に注意をしてます。もちろん。




大丈夫そうな物かどうかを見て、(まぁ、それもよくないんですけど)
たまには、「まあ、いいよ」とは言います。
駄目駄目言い過ぎるとお互いにストレスになりますからね。
極たまぁ〜に、お母ちゃんから「いいよ」と言われると
りんごは、お腹をつけて食べます。

土や枝、葉から栄養分を摂ろうとしているのでしょうけど、
毎食作っている母ちゃんからすると、複雑な気持ちです。苦笑
散歩というよりは、食事(おやつ)感覚なんじゃないかなぁ・・・
呆れるわ、ほんまに。笑




アガサ
愛しい家族、大切な人との交流 | Comments(0)
2020/01/23.Thu

メール不届のご連絡です 〜 返送宛先 docomo 〜

携帯キャリア(特にdocomo)宛のメールが続けて、

届いていないようです。



ご連絡頂いた場合、必ずお返事をさせて頂いています。

「当日〜翌日」を心掛けていますが、数日内になる時も

あります。



再度ご連絡を頂いた場合には、

フリーメール(無料で取得できるメールアドレス)から

再送しております。



心配なさっていてはいけないと思いまして、お知らせさせて

頂きました。



● メール不着

H・M様 1/18メール頂戴分

C・O様 1/22メール頂戴分




※携帯キャリア(docomo、au、softbankなど)のメルアドは
メールフィルターの関係で返送されることがあります。
携帯メールのメールフィルターの設定をご確認頂けましたら
幸いです。





アガサ




アガサよりお知らせ | Comments(0)
2020/01/21.Tue

笑い転げる 〜 笑えるしあわせ 〜

お正月も明けてしばらく経った頃のことです。

お休みを頂いていますと、いけませんね、片付けをサボってしまう。笑

お電話を頂く時も もちろん 部屋の掃除や片付けをします。

( 誰も見やしないから いっか!)

なぁ〜んてことは、ありません。笑



さて。

片付けや掃除をしていた際中に、上着のジッパーがおかしな開き

をしていることに気づきました。

「 あらま。下からも開いてやん。

 朝ちゃんとジッパーしたつもりやのに。」

そうブツブツ言いながら、ジッパーをいじっていましたら

近くで大笑いしている10代前半の男子がいました。



大ウケ。

10代の子に受けるとすごく嬉しいのは、立派なおばちゃんですね。笑

( こんなんで ウケるんや!)

しあわせを頂けた私でした。



延々と片付けをしている私の横で 彼は、こんな話をしてくれました。

< 『 アガサさん ずっと続けてほしいなぁ 』って思ってるよ。
(ア:お母さんがそう思っている、という意味。)

 ずっと(続ける)だよね! ね?>

まぁ、なんでそんなことを話すんでしょ、この子は。

泣けてくるじゃありませんか。

何だか、すごく感激してしまい 片付けの手を休めて泣いてしまいました。

心からの言葉は、心の琴線に響きます。



傍に居たり、また、どこかへ行ったり。

若い人はじっとしてませんね。笑

他界するとすごく動きが速いですが、若い人の動きは

さらに、速いように思えます。



ぼちぼち、片付けも終わる頃にやってきた彼は

< もう(入っても)いい? >


「 う〜ん・・・もうちょっと待ってて。

 座るところも拭き掃除して、長椅子をどけて掃除機もかけたいんですよ。」

" そんなの、いいのになぁ〜 " と言いたげ。

その気持ちも分わかるんですが、掃除は自分自身のためでもあるのです。笑



「 いいですよ! さあ、どうぞ。」

そう言いますと、嬉しそうに入ってきてくれました。

「 さて。私はどこに座ろうか・・・」

ブツブツ言っていますと、

< ここに座ったら?!>

彼は 自分の横をポンポンとたたいてくれたのです。

本当に 優しく自然な心の持ち主です。



お母さんからお電話を頂く前に、ふたりでいろいろと話していたなかで

最も驚いたことを記録しておきます。

ご依頼頂いた方のお名前を呼び間違えないように、毎回メモしています。

交流中の私は頭がぼんやりしているのか、ご依頼人のお名前を呼び間違う

という大変失礼をしてしまうのです。

そのメモにお名前を書こうとして・・・老眼鏡を探していた時のこと。

「 あ、あったあった。つい、どこに置いたか忘れるんだよねぇ。」

そうつぶやいていた私に、彼は

< その眼鏡 ソコ(真ん中)、光ってるよ!>

と言うじゃありませんか!

「 え? 光ってる? なんで?・・・」

と思った瞬間、

ああ、そういうことなの? そんなふうに見えるんだ!

と知ったのです。


どういうことかご説明いたします。

年明け早々、愛用している老眼鏡がまっぷたつに割れたというか

折れてしまったのです。 ポキッと。

酷使していたからなぁ・・・と思いつつも、ショックでした。

度数も合わなくなってきていて、買い時かとも思ったのですが

二千円弱出して買うんだったら、その二千円を食費か子のために

置いておいた方がいいなと思ったのです。



自分でこっそり直すことにしたのです。

プラスチックなのに、プラスチック用のボンドで接着してみても、

くっつかない。

手先はそんなに不器用でもないと思っているのに、くっつかない。

このままでは、家族達にバレてしまう。

家族が随分前に買ってくれたものだから、折れたことを黙って

おきたかったのですが、打ち明けることにしました。

そしたら、

子が瞬間接着剤を買ってきてくれて、慎重に接着してくれたのです。

素直に、嬉しかったです。

その部分が、彼の目には " 光って見える " とは!

光ってるんだ・・・。



他界すると 事の真がはっきりと分かるというのは、こういうこと。

愛情や思いやりが光を出すというのは、今まで多くを目にしていますが、

何度言われても感動します。

そのことを忘れかけている時に 思い出させてもらえる。



見た目、私の老眼鏡のその部分はザラザラして見えます。

みすぼらしい感じを覚える方がおられるかも、しれません。笑

見た目なんかよりも、修理してくれたことがものすごく嬉しかった。

修理せずに、次をほいほい買っていたら、これはなかったです。



Nさんのお子さんとうちの子のおかげで、私の宝もんになりました。

度数は合わないんですけど、永久愛用老眼。



- - - - -

◯◯との交流はもちろん、アガサさんとのおしゃべりもすごく楽しくて、
穏やかで良い時間を過ごさせて頂きました。

普段一歩外に出れば、悲しみや寂しさといった感情に蓋をして、
元気じゃない時も無理やり笑顔を作って人と接しています。
(略)

親バカかもしれませんが、◯◯は本当に気持ちの良い子で、
いつも私の心を和ませて、支えてくれました。
言葉では表せない繊細な気持ちが伝わる子でした。

◯◯が言った「(交流)ずっとだよね…。」は、アガサさんが
交流に対し悩まれたり、科学的に追及されたり、試行錯誤されて
いる姿を見ての、彼なりの応援だと思います。

「オレ、信頼してる!これからもよろしくお願いします!」
そんな◯◯の声が聞こえてきました。

距離や関係性、そんなものより、心の近さ。
こちらの世界でもそれはすごく実感しています。
誰より愛している◯◯です。遠いはずないですね。
アガサさんのあちらとこちらは重なってるという言葉も、
すごく納得出来ました。嬉しかったです。

いつも私と◯◯の心を大切に扱って下さり、本当にありがとうございます。

また頑張れそうです!

- - - - -



彼は、お父さんの頑張りに対して気にかけていて、

お母さんのことを案じ、

妹さんのことも大事に思い続けています。

とても仲が良い。



子が父に対して思う気持ち、

母に対して思う気持ち、

兄弟姉妹それぞれに対して思う気持ちは

それぞれに 微妙に違うように思えます。



でも、よく見てる。

本当によく分かっておられる。

感心します。



口に出して言わない一途な思い_

自分のためではなく、大事な家族や大事な人のことを思う気持ちは

他界した私達の家族達、親戚、友人、知人、恩師に どのように

どんなふうに伝わるのか・・・

それについて、知る必要を私は感じません。

そして、私達のすべてを知っているとも 思えません。

そんなに密着取材のようなことは 必要ない。

密着が愛情だとも 思えません。

すべてを知ってくれていなくても、信頼と愛情は変わりません。



大事なのは、心。

相手のしあわせを祈れるのが、愛情だと思うのです。

自分が困窮していても、他界の家族達のしあわせを祈りたい。

自分の困窮は、自分の踏ん張り次第、考え方次第だから。



肉眼で大事な家族の姿が見れない悲しさ辛さ切なさは

言うまでもありません。

大好きな家族と共に暮らせるのをこの目で確認出来ない気持ちは

言うに及びません。

悲しく辛いからといって、大切な人を思う愛情と信頼が

揺らぐはずもありません。



物質界と他界は、重なり合っています。

でなきゃ、交流において 他界と私はどうなってんの?と思います。

交流中、空高く移動出来るはずもありませんもの、私。苦笑

そんなのは、実際問題、無理。笑

そんなことに憧れなど、ありません。大笑



自分が今住んでいる長野と、遠く離れた地におられるご依頼人との

物理的な距離なんかよりもずっと近くに、大切なご家族はおられるのです。

重なっていますから。



肉眼で見えることが、すべてではないし、すべてが真でもない。

純粋な愛情が含まれていることでさえ、私達の世界において

肉眼で確認できません。

物質の移動でしか わからない。

けれども、真は そうではないのだと教えられます。



純粋な素朴な愛情、思いやりというのは、

光を放っているのだと 思い出すことが出来ました。

そうした光を肉眼で見ようなどと考える方が おかしい。

そういうことを考えたら、自分の心が貧しくなります。



交流を不思議系、神秘系だとはお考えにならないでください。

そういうように扱うのが好きな人達の"餌食"になるだけです。



自然と一緒で、長い年月をかけて蓄積していくものだと思います。

自然は人間の言葉で話しません、無言ですが、多くのことを私達は

学び気づかされます。

それと同じです。



その気づきは、何不自由なく、何の損失感や絶望感のない日々には

ありません。

日常において、悲しみや辛さ、切なさ、といった様々な心労を

経験しているからこそ、です。



大事な家族、大切な人の他界を経験なさった方々が

今までと価値観が違ってくるのは、自然です。

真に直面し、真に気づかれたからです。



愛情とは、

心とは、

おひとりおひとりの心で 大切に温め育んで頂きたいと思います。







◯◯くん、また、おばちゃんと話そうね!

そして、笑い転げよう!













= 今日の一枚 =

りんごです。
寝とります。

わんこも一匹一匹、性格が違うのがまた可愛く思えます。
りんごは、体内時計の正確さ、他界を感知する(時々)個性を持っています。
特に、体内時計がなぁ・・・正確すぎるなぁ・・・
今は、毎朝ぴったり5時に起こしに来ます。
顔をのぞきこみます。
時計を見ると、5時!(あれまぁ、ぴったりやん)
朝ご飯食べ、家族を見送り、一眠りしたら、ヒーヒー言いながら私をじっとみます。
時間は・・・10時!(これまた、ぴったり)

個性というのは、実に面白いもんです。







アガサ












愛しい家族、大切な人との交流 | Comments(0)
2020/01/13.Mon

日常だからこそ、繋がる

Kさんから頂いた、つぶやきメールをご紹介いたします。

- - - - -

ずっと一緒に過ごしてきたお正月を初めて一人で過ごすような状態で、そのような意味では心にまた余裕がなく、思い出しては涙が出てくるようなお正月でした。

相変わらず心がグルグルして静かにはなりません。

私は◯年前に◯癌になっています。
幸い初期で手術だけで治療が終わりましたが、その際主人がとても支えになってくれて、なんとか乗り切りました。

年末、◯◯時代の部活の友人に初期の◯癌が見つかり手術することを知りました。
彼女は一人ですのでとても辛かったと思います。
その部活のグループは未だに親しくしていますが暇なのは私だけ。
なので、通院付きそったり、入院の手伝いしたり、病院にお見舞い行ったりしてました。

その途中の乗り換えの駅で、何時も主人の実家に行くときに乗り換えていた地下鉄で、工事がはじまっていました。
主人と一緒に歩いたところを一人で歩くと未だに胸がキュンと締め付けられるようになります。

そんな状態の時に、フワッと「どんどん変わっていくな」って頭の中に入ってきました。
自分で考えたのではないんですが、何時も乗り換えていた駅でいつも一緒だったなって思ってたら、なんとなく頭の中に、聞こえてきたような感じでした。

勝手に主人が話しかけて来たと思ってます。
(ア:人様に迷惑をかけるわけでもありませんから良いと思います。状況から判断して、その通りだと思えます。)

相変わらず、会いたくてしかたがありません。
静かな気持ちにはなれなくて、いつも主人のことばかり考えています。

(略)

- - - - -



お友達への寄り添い。

お友達もどれだけ、心強かったか計り知れません。

体調が弱っている時、傍に居てくれるだけで、どれだけ救われるか・・・私も

経験していますので、お友達のお気持ちがよくよくわかるように思えています。



自分が受けた思いやりを今度は他(自分以外)に思いやりをかけることは、

とても大切なことです。

ご主人も相当喜んでおられることでしょう。

だからこそ、ご主人の話しかけ <どんどん変わっていくな> というのが

テレパシーとなって受信できたのだと思います。



静かな気持ちというのは、なにも、瞑想したり座禅を組んだり、

いかにもという時だけに発生するものではありません。

誰かのために尽くしている時にも、そうした状態になります。



人間は自分のためには生きれない、そう 私は思っています。

自分のことしか考えない生き方は、何とも気の毒で薄っぺらい。

誰かのために尽くす(捧げる、支える)ことで、心が豊かに広がります。

( 見返りを強要しては 水の泡ですけれども。苦笑 )



その豊かに広がる心は、自然に周波数を高めます。

思いやりは、どの方向だれにとりましても善いもの。

お友達に寄り添う思いやりは、直接的にはお友達への影響が大きいですが、

結果的には、Kさんにとっても大きな良い影響があります。



真心で生きるというのは、そういうことなんではないかと思うのです。

本当に、良いことをなさいました。

お友達の心に、一生の良き思い出と感謝として心に刻まれます。



大切な人、友好関係にある人達、可愛がってくれていた身内(ご先祖)との繋がりは、

まさに、そういうことなのです。

こういうことの積み重ねによって、信頼が深まります。

遅くなんかありません。

思った時、気づいた時から 重ねてゆけば良いのです。

静かな気持ちというのは、静かな行動のことではなく、

心が思いやりの状態にあることだと思います。



Kさんのメールを読ませて頂いて、私も心が静かになれました。

今、読んでくださっている方の心も 静かになれますように。



共に過ごした月日、そこに互いの愛情と信頼が静かに育まれている間柄、

言葉では恥ずかしくて、感謝や愛の気持ちを言えずとも、

相手を思いやる心がある限り、日常も繫がっているのです。

思い(心)は、言葉を越えたレベルのものだから。















有難うございます。

アガサ











愛しい家族、大切な人との交流 | Comments(0)
2020/01/10.Fri

ひとりだけど・・・ひとりじゃない

2020年の初めての内容をどうするか・・・

一週間ぐらい考えていました。

"考えている(悩んでいる)時は、そのタイミングではない"

という持論に任せつつも 悶々とした気持ちは否めません。笑

でも、

タイミングが合うと すっと出てくるんですね。

お時間ありましたら、心静かにお読み頂ければと思います。



交流で伝えられたことが、ある日突然 日常に起こる_

それを丁寧に、言葉ひとつひとつ選びながら 噛みしめながら

つぶやくようにメールをくださいます。

以前より、ところどころに書かせて頂いていますこと_

" 愛は 静けさの中にある "

を実感なさったことをメールを頂いて、知ることは本当に有難いです。



ひとりだけど・・・ひとりじゃない・・・



私達は頭でわかっていること(肉眼では見えないこと)も

悲しさ、切なさ、辛さ そして 孤独

これらを同時に感じますと 頭ではわかっていることにさえ

歯向かいたくなります。

(少なくとも、私はそうです。苦笑)

時に、我慢の限界がやって来、大泣きしたい気持ちに駆られます。



そういう時、他界された大切な家族、愛する人の足をひっぱると

日本では昔っから 言われているようですが、短絡的思想?発想です。

あるいは、

" 最近、傍にいないような気がします " とよく聞きますが、

忘れられたと早合点なさることはお勧め出来ません。



相手がどうこうではなくて、私達の心と感情で、つまりは

自分で自分をぐるぐる巻きにしている・・・と思えます。



心の周りを感情という綿か煙か霧のようなもので ぐるぐる巻き。

まあ、そんなような想像をして頂ければ わかりやすいと思います。



そうした " ぐるぐる巻き(霧) " も、何かがキッカケで晴れてきます。

そのキッカケは、無意識であることが多いです。

それで自然です。

お天気もそうですよね。

曇り、雨、晴れ・・・様々ですが、すべて自然です。



そうした自然のことまで意識的に動かそうとするのは、不自然。

結果や効果を意識的にすることが向いている分野と

向いていない分野があります。

交流は、自然分野ですから 後者。

それゆえ、多くの方々が歯がゆく思え、手っ取り早さを求めてしまう

のだと思います。



それでは、

Iさんから頂いた、つぶやきメールの一部をご紹介したいと思います。

- - - - -

◯月、愛する人との約束があり 出かけました
(ア:映画を観に行かれたそうです)

去年の始めに最後の作品の公開日がわかり、
◯月 一緒に仕事の休み合わせて見に行くぞって話していました
あまりにも先の話で忘れちゃうよって言っていたんですが、
時って流れていってるんですね…

一緒によく待ち合わせした駅、映画館、見終わったあと決まった所で
お昼を食べていたお店、その後ぶらぶらしながら過ごした街並み

帰る時いつも「なんか買って帰って一緒に食べよ」と言って
私の好きなものを買ってくれていた…
アガサさまとお話させて頂いた日伝えて下さった言葉を思い出しました
出張なのか…仕事帰りなのか…
手土産みたい…
ちょっとした食べものを買って帰る…
そういう気持ちのあるかた

その日…一日…
ひとりでいるのに…ひとりじゃない…
行く所行く所で彼の姿が鮮明に出てきて涙が出ちゃいました…

それから1週間ほど過ぎたあと…
彼が旅立って以来2度目の夢を見ました
ただ黙って私を抱きしめてくれました

一瞬のことでしたが目覚めた後もなぜか鮮明に覚えていて、穏やかな気持ちでした
あの日、アガサさまが私に伝えてくださった優しさと温もりが重なったような、
とっても優しい穏やか気持ちでした
言葉ではなく、とってもあったかいもの…

- - - - -



Iさんからのメールを読んでいるうちに、心がとても静かになりました。

読み終えた時、心の湖面に水輪が少しもない程の静けさでした。



( 本当に会われたんですね・・・)



そのような言葉が 口にのぼったように思います。

心と言葉が一致した言葉です。



確か・・・Iさんが遠路遥々来られての交流時は、多くのことを

お伝えできなかったように思います。

誰のせいでもなく、でも、誰かのせいにしておけば 楽ですから、

こういう時は、私の力不足だということにしています。

いいんです、それで。



長年、多くの交流を経験していきますと 明確ではないにせよ

( こういうことじゃないかな・・・)

と思えることを積み重ねてきます。



そのひとつは、

" 愛する者同士が 一番繫がる "

ということ。



霊媒や霊能者というのは、自分の能力を誇示したいのが

正直なところで、他から認められたい、褒められたい、といった

欲が常にあるだろうと 思います。

伝える側がそのようにまだ思っているとしたら、時代遅れ。

百数十年以上も、遅れた考えです。

もうそんな時代ではない と私は考えています。

誰が伝える というのは、どうでもいいのです。



大切なのは、

愛する者同士が、お互いを認め、尊重し、信頼し、

愛と信頼を深め続けることです。



Iさんをはじめ、多くの方々が 愛する家族、愛する人との接触を

経験なさっています。

そこに 派手さは ありません。

愛と信頼に、わかりやすさ、派手さ等は もう 不必要。



日常のなかに、交流が あります。

愛と信頼が基盤になっているからこそ、日常を大切に丁寧に

なさって頂きたいのです。



とはいえ、情報過多な時代で、不穏な空気も世界中にあり、

何とも落ち着かない要素があります。

それでも、私達は 心を腐らせることなく、人として大切なものを

大切に思える心を持ち続けて行きたいものです。



" ひとりだけど、ひとりじゃない "



一見一聞、頼りなげに思えるかも しれませんが

そんなことありません。

大切なことだと 私は思うのです。



すごく 大切なこと。


















= 今日の一枚 =

りんごのオモチャです。
100均で買った手袋に、ゴムボールを入れただけのもの。
りんごは、めちゃくちゃ 気に入った様子。(大成功!)
指のところをくわえて、ブンブン振り回したり
興奮マックスになると、くわえているのをブーンと放り投げて、飛ばす・・・
それを取りにいって、また ブンブン。
一人遊びをしてるのをチラ見するのも、また楽し。笑

今はね、写真のような美しさはありません。
ぼろっぼろ。

可愛いもんです。












アガサ








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