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2018/10/10.Wed

感謝する相手は・・・?

三連休は、秋晴れが続きましたね。



先日、Rさんから頂いたメールを拝読いたしました。

多くの方々が似たような思いを経験されていると思い、

そのことについて触れさせて頂きます。



- - - - -

(略)

一つご報告したくてメールしました。
覚えていらっしゃらないと思いますが、
お礼を言わないと気が済まなくて(笑)。
前回、主人が私の転職を心配してアドバイスもくれて
◯○がアガサさんの食卓にやたらと登場するという話しがありました。

おかげさまで、◯○の子会社にとても良い条件で就職がきまりました。
試験前日夜に、前回の交流の録音を聴きながら、
緊張する気持ちを抑えていました。

新たな私の人生のはじまりです

(略)

- - - - -



私からの返信
- - - - -
ご無沙汰している間に季節がいくつか過ぎました。
メールを頂き、「ほぉ~、スゴいな、ご主人」と思いました。
もちろん、Rさんの頑張りと努力と素直なお人柄ゆえのことです。

お察しくださっていますように、◯○のことを覚えていません。
御礼をおっしゃる先はご主人です。ご存知のように。(笑)
きっと、ご主人がいろいろと励ましておられたのだと思いますよ。
- - - - -



Rさんからのご返信
- - - - -

(略)
友人から、
「会社に入れてくれたのは、パパじゃないでしょ、
 Rちゃんの周りにいる色々な人達、生きている人だよ!」
って言われて…
確かにそうだけど、そうじゃない部分もあると私は信じていて…
ちょっとショックだったのでアガサさんの言葉が嬉しかったです
(略)

- - - - -



ご友人がおっしゃることは、もっともだと思います。

愛情いっぱいに励ましたくて、そのようにおっしゃったのです。

そして、

Rさんを喜ばせたい一心でお返事を書いてはいません。

頂いた沢山の交流から言えること(現実の経験)を書いたのです。



お仕事が決まるというのは、一応の安心を得れます。

過去に人事採用の経験もしましたので、選ぶ側の気持ちもわかります。

ご本人の努力と誠実さというのは採用には欠かせません。

試験結果、周囲の方々の評価や評判もあるにせよ、

それだけだとも思えません。



経験による考え方の違いだと思いますが、

見えざる方々の愛情は、やっぱり有ります。

採用する人は見えるわけではありませんが(苦笑)、

応募された人の空気はご覧になっていると思います。

見えないとされている方々の愛情も少なからずお感じに

なっていると思います。

それは空気感でわかるものです。

空気というのは肉眼では見えませんが、見えないからといって

" 無い " とは言えません。

それと同じで、私達の大切な家族や身近な人達も " いない "とは

言えません。



「 あなたの努力と周囲の方々のおかげだよ。」

こうおっしゃったご友人は、お友達思いです。

「 ご主人のおかげじゃないんだよ。」というのは

ご本人が経験なさっていないからなのです。

単に その違いだけ。

そう言われた時、何だかご自分とご主人を否定されたような

感じがしたかもしれません。

全否定などされていませんから、そこは冷静に捉えましょう。



話す相手がどんなに仲の良い友人であっても、

親しい身近な人であっても、

家族であっても、

ひとりひとり捉え方が違います。

捉え方が違うからといって、悲観する必要もありません。

目に見えないとされていることを人前で話すというのは

本当に気遣います。

気を遣って自然だと思えますし、その分、大切さが増すように

思えています。



話し相手の方が、神経過敏になっておられる時もありますし、

疲れておられる時もあります。

誰もが様々な感情が揺れ動く日々を送って生きていますので

いろんなことがありますね。



" 愛する大切な人のことを話すことはいけないのか?"

という意味ではありませんので誤解されませんように。

例えば・・・

例えばですよ、

わんちゃんが好きな人もいるし、動物が苦手な人もいる、

ということを例にします。

私なんては、子どもの頃は怖かったのですが、今は逆!(笑)

わんちゃんや猫ちゃんを見かけると思わず、顔がゆるみます。

馴染みのわんちゃんには おでことおでこをくっつけるほど

わんちゃんが大好きです。

犬好きな人の前では、わんちゃんの話に大いに盛り上がり、

猫好きな人の前では、猫ちゃんの話で盛り上がります。

だけど、動物が苦手な人の前では、私の他界した愛犬や

行方不明の愛猫の話をしません。



それは、相手の方が興味がなさそうだからです。

信じる信じないではなくて、似たような経験をしていないから。

かといって、

経験したから偉い(経験豊富)、

苦労をしたから偉い、

何不自由ない人達とは違う、

経験していない人とは違う、

経験していない人にはわからない_

ということではないのです。



言葉では表現出来ない大切な思いは、胸の奥で温め続ける方が

自分の性分には合っていると思えるから。

人と共有共感出来れば、もちろん、嬉しいです。

共有共感出来なかった時は、ガッカリするかも。

そんなもんかなぁ〜と思います。誰でも。

ですから、もう、ガッカリすること、なかれ!です。



ご友人はご友人なりにあなたを励ましたいのです。

有難いですね。

ご主人はご主人なりに今もあなたを愛しています。

すごく嬉しいですね。



誰かが自分を思ってくれるのは、本当に有難い。

心から感謝する気持ちにぴったりな言葉が見つからないほどです。

「 ありがとうね。」

心からそうつぶやいた気持ちは、必ず 相手に届きます。

相手の心に。



口にする感謝の数ではなく、心から深く感謝することは

とても大きな意味があります。

双方の心に響き、広がります。





条件の良い仕事というのは、頑張らないといけない時が多い。

条件がよくなくても仕事というのは、そういうもんです。

だけど、頑張り過ぎては いけない。

無理し過ぎても いけない。

人生というのは、長いようで短いもの。

毎年発表されている平均寿命は、

私達が生きれる長さではないのです。

無理はあんまりなさらないように。



感謝する相手を限定する必要は無いと思います。

だれそれじゃないんだよと限定するよりも、

関わる全ての方々に感謝したいですもんね。



心から感謝する機会をもらえるのは

本当に有難い。

心に栄養をもらえた感じがします。



大好きな人に、

感謝できるのって しあわせです。

思われているのを実感しますね。



ご主人に感謝なさって

ご家族に感謝なさって

ご友人に感謝なさって

周囲の方々に感謝なさって。

あなたの心からの感謝は、広がりますよ。



お身体を大切にされながら、

毎日をお暮らしください。



よかったですね!本当に。



















= おまけ =

白根山です。
まるで絵に描いたような美しさでした。
志賀高原はあいにくのお天気でしたので、そのまま素通り。

紅葉というのは、枯れていくということ。
枯れていく様が美しい紅葉のように、私も年々枯れていく様が
きっぱりと潔さを増せるように生きたいと思います。(笑)







いろいろ申しました。ご勘弁ください。

アガサ



















頂いたメール | Comments(1)
2018/09/19.Wed

どんなに時間が経とうとも

今朝は寒かったです。

全ての窓には、結露がかかりました。

11月ぐらいの寒さがありますが、このぐらいの寒さが好きです。

空気が次第に透明度を増して、陽も部屋のなかまで入ってきます。

私の生まれた季節が近づいてまいりました。



M様から素敵なお写真と共に頂いたメールの一部を

掲載させて頂きます。



- - - - -

(略)

サインを求め過ぎてはいけないと思いつつ、つい探してしまう自分がいて、
先日の記事は嬉しくなります(^_^)

偶然とは思いますが、ちょっと不思議なことがありました。
◯月のある日、彼の誕生日。
あちらでは誕生日は関係ないかなと思いつつ、もしまだこっちにいたら、(略)
何か記念なる事をしたはずだから、やっぱり今年の誕生日は、例年と違う何か
特別な事をしてあげたいと思いました。
色々考えましたが、割りとすぐ結論がでて、彼が私を初めて本格的な登山に
連れていってくれた時の、思い出の山に久しぶりに彼を連れていこうと思いました。

(略)

昨年から運悪く、登る日が毎度毎度悪天候にあたり、今年も3度登山にいきましたが、
うち2回は悪天候で途中で断念、下山しました。
誕生日もその1回です。(略)
途中の山小屋に泊まった翌朝も天候が回復しなかったので、翌朝泣く泣く下山しました。

その山小屋で、です。
雨風でびちゃびちゃになって山小屋に到着し、失望しながらとりあえずチェックインしたら、
通されたお部屋が、なんと彼の名前。
私は彼を『◯◯くん』と呼んでいたのですが、お部屋が『◯◯』でした。
何度かその山小屋に泊まってますが、その名前の部屋があったなんて知りませんでした。
しかも珍しい事に、個人客は私1人で、(略)私は団体用部屋を独り占めに…。

(略)

お誕生日の夜に、彼が私と二人きりでいたいと思ってくれてるのねという事を
すっと信じられました。
夜中じゅう外は雨風の音もして、広い部屋に1人とは、なかなか怖いと思うのですが、
全く怖くなくて、寧ろ彼がいるんだろうなと安心して、手足を思う存分広げて (笑)
ゆっくり眠れました。

アガサさんが書いておられたように、頻繁にあったら、ありがたみが薄れますよね。
それでもやっぱり淋しくて頻繁にサインがほしいですが、これはもう我慢するしかない…。

- - - - -



こうした偶然の出来事に、私達はとても励まされます。

無理矢理、結びつけたい時もあれば、

自然と すっと心に入ってくることがあります。

馴染む、というのでしょうか。



"今もこちらで一緒に居ることが出来れば、どんなに幸せだろう!"

誰しも思うことだろうと思います。

我が身に降り掛かってきた悲しみを経験しているから

心底 そう思え、

心底 そう願うのです。



時間のある世界に生きる私達は、一方向。

過去に遡ることは出来ず、未来の方向だけ。

進むのは、未来。

じっとしていても、何もしなくても、

悲しくても 辛くても、

楽しくても 嬉しくても、

時間は 未来へと流れています。

一方向にしか進めないのです。



Mさんが彼と出逢い、

彼は若くして、他界され、

Mさんが深い悲しみのなか、ネットで検索されて、

アガサというのを見つけられ、

Mさんが勇気を出して、連絡をされて

Mさんと私は出逢い、

そして、

彼の心をMさんにお伝えしました。

これも時間の流れ。



Mさんと彼の出逢いを悲しい出逢いだとは思いません。

おふたりの愛は 今なお 存在するからです。

別れ、ではありません。

出逢いも記憶もなくなったのでは ないのです。



深い悲しみのなか、日常でのもやもや、様々なことを

日々乗り越えておられます。

これは、Mさんに限ったことではなく、大切な方の他界を

経験なさった方々は そうでしょう。



ちょっとした偶然のような出来事が 突然 目の前で起こる_

心を揺るがす深い悲しみを経験した方々にとって

そのちょっとした偶然に、どれほど励まされるかわかりません。

どれほど 心が救われるか 計り知れません。



嬉しい偶然は、いつも 起きるわけじゃない。

煌めく偶然の数で、愛しい人の愛情を計れるわけでは

ないのです。



深い悲しみを経験してまで、

私達は、何を信じるか?

なんのために 生きているのか?

ぽっかり空いた胸の空洞を埋めるまだ見ぬ何かがあるのか?

自分の存在価値は 一体なんなのか・・・

こうしたことを次から次へと頭に浮かぶ時も あります。



人生の中で、信じられなくなることは いっぱいあります。

私にも、もちろん、そういうことがありました。

何度も 何度も。

これからも あると思っています。



信じる、信じられないという感覚や感情は、

とてもあやふやな感覚だと 私は思っています。

その時の感情によって、信じられる時もあるし、

全く信じられないときもあります。



感情は、大海に出ている小さな小舟みたいなもの。

揺れて、揺れて、揺れまくります。

静かな時も あって、

嵐の時もある。

寒さに凍える時もあれば、

からっからの炎天下の時もあります。



私自身の日常を振り返っても、思うんです。

生きる指針をなくしてしまったら 終わりなのか?

愛する存在をなくしてしまったら 生きる意味がないのか? と。

そう思ってしまいますけど、そんなことはありません。



何のために 生きてるのか

誰のために 生きてるのか

何かがなければ 誰かのためでなければ 生きれないのか。

私の考えは、No です。



何のために生きてるか 分からなくても良い。

誰のために生きてるか 分からなくなっても良い。

この身体は、与えてもらったらしいから、

やっぱり 大事に思えます。

今まで休む暇もなく、ずっと働いてくれていたじゃないの。

誰のためでもなく、見返りを期待して動いているわけでもなく。

大事にしなきゃ。

大事にしてあげたいと思うのです。



私達は、失いかけて、失ってから 気づくことの方が多いように

思います。

健康な状態や、大切な存在、平凡な生活などが 崩れ失ってから

どんなに恵まれていたのかを気づくのです。

気づいたのだから、大切にしなきゃ。

大事にしないと。



愛する人がこの肉眼で見えなくとも、終わったわけじゃない。

" 何か喜ぶことをしてあげたい "

そう思えることは 大変素晴しいことです。



愛は、この肉眼と肉体では感じることが出来ません。

形のある肉体に閉じ込められる大きさではないし、

言葉で表現出来る単純なものではありません。

とても大きくて、とても温かくて、美しいのです。

そして、眩しく光り輝いているのです。

心が洗われるような感じです。



このことは、皆さんの愛する方から教わりました。

それを、何度も伝えたいと思います。

機会を頂いた度に、お話ししたいと思います。



愛を知ると 心が深くなります。

心が深くなりますと 悲しみも喜びも深く 感じるのです。

人の温かさも 深く 心に沁み入り、

動物の純粋な愛も 心に沁み込むのです。



生きていくことが辛いことも たくさんあります。

生きることの意味がわからなくなることもあります。

何のために、誰のために・・・

そんなに大きなテーマは、一生かけたって 分かりっこないんです。

分からなくてもいいと思います。



深い悲しみを我が身に刻んだのですから、

どこかの講座や だれそれの書籍を読まれなくても

参考にされなくても

ご自分がご自分で 十二分に 人生を歩んでいるのです。



生きるというのは、愛すること。

愛を経験するということは、きっと

深い悲しみを経験することでもあるのだと思います。



そうやって ようやく、

人や動物、自然を含むすべてに 温かく接していくのだと

思うのです。

それが生きていく、ということなんだろうと思います。



どんなに時間が経とうとも

愛するということを学んだのですから

これからも 愛し続けていきましょうか。








私の話は、余計なお節介話ということで(苦笑)

ご勘弁ください。






それでは、

Mさんが添付してくださった美しい日本をご堪能ください。


日本人の心と精神、富士山からの夜明けです。
心が洗われると言われますね。
存分に 洗ってください!
私も 洗います!










アガサ











頂いたメール | Comments(2)
2018/07/11.Wed

人生の選択 〜 なにが違っていけなかったのか?〜

- - - - -
(略)
自分の人生なのですが、(略)。
他のみんなと、なにが違ってなにかいけなかったのか、分かりません。
いつも全力のつもりですが、何でか、これからどうしたらいいのか、
分からないところです。
(略)
- - - - -

お辛い最中にいらっしゃる方から頂いたメールの一部です。



自分の人生は、思い通りにはならないもんだ_

ずっとそう思ってきました。

その時々の 悩みや問題を直視して 考えて考えたあげく

やっぱりそこに行き着きます。

子どもの頃には 子どもなりの、

若い頃には 若い頃なりの、

年を重ねれば 重ねたなりの、

悩みや問題があります。



悩みや問題というのは、人それぞれに違うのは

どなたも実感されているでしょう。



他の人達と比べて、

何がどう違っているのか、選択を間違えたのか?・・・

自分の人生を 他の方々の人生と比べる必要は

どこにもない、と思います。

人生というのは、制服のように決まっているものでもなく、

当てはめることなど 出来ません。

当てはめてしまうと 自分が苦しくなるだけ。



自分が窮地に立たされている時、

誰しも 他の人すべてが 幸せそうに 平和そうに

見えてしまいます。

それは、物事の " 片面 "、" 一部 " しか見てないからです。

年を重ねていく中でそのことに気づきました。



他の人が幸せそうに見えるなら、それで良いじゃない。

何より、ですよ。

自分は不調だけど、どなたか知らないけれど、健康そうで良かった、

自分はガックリだけど、どなたかは、良いことがあったみたいで良かった、

自分は生きる気力が失せているけど、誰かが、意気揚々されていて良かった、

そう思います。



逆の立場で考えてみます。

自分が比較的、平和で 穏やかであるとき、

辛い状態にある方々に 心がいくか? ということです。

気の毒に思いこそすれ、そこまでなのが 世の常、人の常。

悲しみにくれている人、

困っている人、

辛そうにしている人、

身体の具合が悪そうにしている人を テレビで見るのではなく、

近くにおられる方々に向けて

ご自分が平和である時に、そうした方々に関心を寄せ、

親身になって 心を寄せられるのでしょうか?



世の中には、

・・・言葉で言えないほどのお辛いことに遭われる方々が

おられます。

こんな辛いことは、無いな・・・

交流のご依頼を通して、絶句してしまうことも大変多いです。

掛ける言葉さえ 見つからない。



災害や事件、事故で、ご家族や大切な方を亡くされる方々も

毎日のようにおられます。

日本はまだ、そこまで行っていませんが、

他国では、

テロや戦争で、家族を次々に奪われる方々は多くおられます。

家も焼かれ、

物もなく、

家族を次々に戦争や正義という名の元に結集された集団に

奪われ、名誉の何とか呼ばわりされ、命を失う_

食べるものも いつ手に入るか分からない国で生きている方々は

多い。

そういう方々は何を思うだろうか。

人と比べる余裕すら無い現実を生きておられる。



人生は、他の人と比べることではないように思います。

間違い・正しい、というのは無くて、

どういう結果になろうとも、

毎日、

その時 その時に 思いやりをこめているか、

それだけのように思います。



それが習慣となって、心に刻めていれば、

覚悟が生まれてきます。

人間、覚悟をしているつもりでも、

突然のことが起きますと やっぱり ショックを受けます。

それは当たり前です。



子どもは健康で、

マイホームがあって、

配偶者とは何でも話せて、

毎日働きに(稼ぎ)に行ってくれて、

話せる楽しい友人達が居て、

適度に潤いのある生活をしている _

そんな方がいらっしゃるのでしょうか?

(私、そんな生活をしたことがありません。苦笑)





全力で頑張っていても、

思い通りになるとは 思いません。

その時、物事に人に 真っすぐな心で接することで

自分という者を 自分の心で感じれるしあわせを得れるのです。



真面目に、地道に、誠実に生きておられる方々が

大変なご苦労をされることも 多くあります。

それでも、ご本人は 苦労だとは思われない。

心は大きく育ち、豊かな精神が養われ、

他がどうこうではなく、

思いやりに満ちた生き様をされているからだと 思うのです。



人を羨ましく思う気持ちは いつしか嫉妬となります。

不平不満は、ご自分の人生も心も 腐らせてしまう。



何が違って、何がいけなかったのか_

考えること、内省することは大切ですが、

心にまで 蓋をなさいませんように。



人生において必要なことは、

命の尊さと 心の大切さを 本当にわかっていること。

周囲がどうなっていっても、

人として 何が大切なのかを わかっていること。



人生というのは、決して 思い通りにはならない。

だけど、

命を大事にし、

心を大切にしていくことは、

どんな窮地に追い込まれたとしても、

守り続けたいと 思うのです。



悩みや心配がある時こそ、呼吸をしてください。

動植物は全て、呼吸をしています。

私達の心だって、呼吸は必要ですよ。

新鮮な空気を吸気で取り入れ、使いきったものは

身体の外へ出す。ね。



ご依頼ご相談をされる前に、呼吸をなさってみてください。

心が静かになってくるまで。

気長に、

いつでも、どこででも、出来ることです。











= おまけ =

先日の大雨の雨上がり、気温も低かったので、久しぶりに歩きました。(笑)
爽やかというより、どんよりしていたので、どこか陰気くささもありましたが
(まあ、いっか。虫たちが出てこない内にちょっと歩こう。)
そんな感じです。
緑で生い茂っている季節ですので、空があんまり見えず、遠くの山々も見えない
のですが、雲も薄くなってきて、お日さんの光が射してきました。

陰があるから、光が目立つんです。
薄暗いから、陽射しの美しさが際立ちます。

私達の人生と似ていますね。
いつも晴ればっかりじゃ、有難さなんて 分かりゃぁしない!(笑)






アガサ










頂いたメール | Comments(0)
2018/07/02.Mon

投げられた言葉

発する言葉。

浴びる言葉。



好きな人からの言葉というのは、とても心を大きく左右します。

まぁ〜、好きでなくても、左右されますね。(笑)

昔から " 口は災いのもと " といわれていますが、本当にそう。

誰もが経験することですね。(私も痛感します)

感情にまかせて、思わず、言ってしまった!・・・

取り返しのつかない言葉もありますし、

取り返しがつかないことになっても、それはそれ。

仕方ありません。

また、相手によって、言葉の受け取り方も違います。

同じ言葉でも、言う人が違えば 印象も違ってきます。

私達には、感情があるからです。



感情のままに、八つ当たりし続けるのは、言う人が甘いんです。

語気は強くとも、内面は弱い。

自分のことしか 考えていない。

苦労をされたとしても、その苦労から何も学んでいないから

人に対して キツいことが言えるのです。

(勿体ないですよね)



相手を尊重しない、言われた身におきかえれない時、

浴びせた言葉は、暴力になります。

腹立った時などは、酷い言葉が思わず、ぽろっと出ますけど(苦笑)、

しまった!言い過ぎた!・・・

と思いますよね。

そして、

後になってから、独り反省しきり。(笑)

謝っても許してくれるくれないに関わらず、

素直に謝るのが良いですね。



言葉というは、

言う側の感情・気持ち・心がすべて一致しているかどうかは、

時に 本人でさえ、わかりません。

その言葉とは逆の気持ちなのかも しれないし。

その通りかも しれないし(苦笑)、

単に 八つ当たりだったり。



この世は何が正しいのか、わかりません。

投げつけられた言葉そのものが、正しいとは思えないのです。

どんなに知恵者で、

どんなに秀才や天才と言われているような人であっても です。



本心がわからない・・・と思えることがあって、自然です。

嘘が上手な人もいれば、

嘘が下手な人もいますから。(笑)



他界されると 嘘はつけないと思います。

この世のように物質(肉体)が優先されるのではないから。

今まで気づかなかったこと、

自分本位で生きてきても、

他界してから少しずつ わかってくるのだと思います。

誰かにサポートされて気づかされるのではなくて、

自分で気づいていくのだと思います。

多分、物欲が収まってくるからだと思います。





他界して初めてわかる、人の真心_

感情が その人ではないでしょうし、あなたではないと思います。

冷静に、静かに 心穏やかな時が 本当のその人であり、あなた。



交流は、不思議系ではないと申し上げ続けているのは

そういうことなのです。



言葉は相手を左右するからといって、

何も言わない、言えなくなる・・・と思うのではなく、

相手を大切に思ってさえいれば、どんなに語彙が少なくとも、

真心は伝わるのです。

嘘くさい雄弁な人が何万語を話そうと、

誠実で正直な人がたった一言つぶやいた言葉の方が

どれだけ美しく、深みがあることでしょう。



言葉に、心があるかないかは、

誰にでも わかります。

うまく話せるようになる必要はないと思います。

心がこもってさえいれば。


















=おまけ=

ポンぼけですみません。
ふっくらとしたこの袋のような中に蛍が入ったら、綺麗だなろうなぁ〜・・・
そんなことを家族達と話していました。
とても小さな花ですが、虫たちにとっては、ちょっとロマンチック?かな?
いやいや、私はそういう性分ではないので、この表現は自分で歯が浮きます。(笑)
ま、昼寝かな? (あははは)







アガサ





頂いたメール | Comments(0)
2018/05/29.Tue

海外で生きて行く、あなたへ。

交流時は、礼儀を重んじますが、

交流時以外は、依頼人と霊媒ではなく " 人と人 "。

人との友好関係は 私の大切な宝ものです。



時々メールをくださる方は海外在住。

日本でも大変なのに海外で生きるというのは、本当に大変でしょう。

国内で住んでいる私には想像出来ないような様々なことがあると思うのです。



大切なご家族を見送られ、お子さんを育ててゆかれる方々を

どのように申し上げれば良いかわかりません。

ちょっとやそっとの根性では無理だなと思います。

山の中での生活をピーピー言う私なんぞは、

「 しっかりしろっ!」

と自分に思ってしまいます。

おかげさまで、

大変を大変と思い過ぎる時期とは、おさらばしようじゃない!_

そう思えるようになりました。(笑)



状況に慣れる慣れないは、どうでも良いんだと思えました。

自分が不平不満を言い続けて生きることだけは、避けたいのです。

そんな人間には なりたくない。(苦笑)

こうして頂くメールに、本当に有難く思い、

メール返信をさせて頂くことで、私は自分を見つめられるのだと

思っています。

有難うございます。





- - - 以下、私からの返信 - - -

(略)

価値観が変わってしまいますと、今までと同じようにはなかなかいきづらい。
周囲は同じなんですけど、自分の心といいますか、確実に違ってきている
"何か"をじわじわといつも確かに感じるのです。

(略)

経済的な辛さというのは、私なりに経験しているつもりです。
お米を買うお金もなかったこともありますし、まぁ、いろいろありました。
きっと、ご主人が◯さんを見守っておられますよ。(私が言うまでもありませんね。)

子どもとの時間は、何物にも代え難い素晴しい時間です。
小学校あがるまでの時間は、特に大切だなとしみじみします。
親に頼らないで子育てをしていましたので、熱痙攣の時にはびっくりしました。
子どもが成長するイメージが持てないと泣いていた時期もありました。
今、うちの息子は中学年です。随分と大きくなりました。私よりも背が高くなりました。
こうした成長を実感できるのはとても幸せなこと。
心からそう思えるようになれたのは、
勉強がすべてではなく、健康であることがどんなに幸せなことなのかを
心の底から教えてくださったのは、
わが子の他界をご経験なさった方々からです。
普通の生活がどれほど、有難いもので宝ものなのかを悲しみと辛さから
教わりました。

中学に上がってからは、私が出る幕をほとんど無くしました。参観日にも行きません。
子どもは親を探すのはわかっているのですが、参観は小学校までと決めていました。
なぜなら、中学生は「大人料金」なのです。バスも電車も。
子が成長せねばならない時があり、ならば、親も成長せねばです。
親は子を独立させるために最低限のことしか伝えられないと思っていますので、
愛を込める表現を少しずつ変えていかねばならないなぁ〜と思います。

子どもが親離れするのは、とても自然です。(笑)
親が子ども離れするのは、難しいのを知りました。(苦笑)
子離れしても、心はしっかりと見つめることが親の役目なんだろうと思って、
子どもを離れた場所から見つめています。

どうぞ、べったりなさってください。
今ですよ、今!(笑)
べったり出来る(させてもらえる)時期に、べったりして。
男の子は、中学に入るまでは母親にべったり気味です。女の子はしっかりしていますね。

海外での暮らしは、様々なことがあり、大変と思います。本当に大変。
勇気と忍耐がなければ生きてはいけませんね。

山の中での暮らしも大変ですが、週末に散歩をする時、時間を忘れてしまいます。
まるで、他界のようです。
時間を忘れてしまうのです。
辺一面、緑だからでしょうか。
人が居ないからでしょうか。
鳥たちのさえずり、虫たちのウルサイぶんぶん音(苦笑)、
滅多に出会しませんが、シカの優雅な走り姿に夢心地になります。
それらは、不便なことを忘れられる一瞬です。
他界はこういう感覚なのかなと思えました。

皮膚炎はあいかわらずですが、ひどくなる前に手を打つようにしました。
隣の市まで2時間程かけて、皮膚科に行きます。
便利な街の雰囲気が懐かしく思えたり、一種、異様に思えたり。(笑)

長いメールになりました。



- - - - -



いつも思うのです。



私が居るこちらは、昼間でも

他国では、夜中だったり、

地球は丸いからだと言われても、

やっぱり 不思議なんですよね。

自分とこは昼、お友達の国は夜なんだよね〜(笑)。

「アおばちゃん、そんなのあたりまえだよ!

 地球は回ってるからだよ。

 自分で回りながら、太陽の周りを周っているんだよ。」

って、幼稚園生の方も言われそうな周知の事実なんですけれども。



地球が世の中のすべてではなくて、

夜空を見上れば、土星もあるし、金星も火星も見えたりするし、

もっと 遠いところにも星が数えきれないぐらいにたくさん在るのに、

私は、自分軸のことで 精一杯になってしまいます。(苦笑)

もし、自分が宇宙から地球を眺めたら・・・

ホーキング博士の本を読みながら、想像してみるのです。

「 わたし、ちっちゃいことで ぴーぴー言ってんな・・・」

「 ちいせぇ〜、自分!」と笑えてくるのです。

「 ありんこも ずっと働いてんのになぁ。」

「 海外に住んでる人達は もっと大変なんだよな。」

と、思えてくるのです。(笑)



海外で生きていくことも、

日本で生きていくことも、

都会で生きることも、

山の中で生きることも、

それぞれに 特徴があって 大変です。

だけど、

それぞれに 良いところがあると思うのです。



どこで生きていても、

どういう状況になっても、

自分の考え方次第、心の有り様次第、

なんですかねぇ〜。

そうなんでしょうねぇ。









まぁ〜・・・

ぼちぼちと 行こかなぁ 〜 (笑)














= おまけ =

ご存知、家族がひろってきた あのクルミちゃん。
こんなに育っているのです!
不思議なもんですよねぇ、クルミの木のように成長するんですね・・・
子ども時分なのに。
遺伝子・・・とか何とかっていう話ではなく、素直にスゴいと思います。

「くるみっち(愛称)、すごいな!大きくなったなぁ。」
今日も、アおばはんはくるみっちに話しかけてしまいます。(笑)






アガサ









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