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2018/01/25.Thu

いつか わかる・・・親の気持ち

出会いは不思議で、縁も不思議。

いつも そう思います。

ご依頼くださったKさんは、2年以上前からお読みくださっていて、

昨年の秋にご依頼を頂きました。

備考欄には、こうお書きになりました_

- - - - -
(略)
ずっとお願いしたいと思っていましたが、アガサさんが最後の砦と思い、
我慢という言い方はおかしいですが、辛抱してきました。
今、依頼文を書きながらも、まだどうしようかと迷っています。
なのでなせ依頼しているのか、自分でもはっきりした理由がわからないのですが、
辛抱するのに飽きたのかもしれません。変な理由で申し訳ございません。
(略)
- - - - -

どれほど、我慢なさっていたのでしょう。

ご家族の他界から2年と少し、どのような思いで生きて来られたか・・・

察することは出来ても、

「 お辛かったでしょう 」等とは言い難いものがあります。

どのような言葉も、心から発しても 当人の辛さ悲しさを

日常で寄り添うことは出来ないからです。

他界との話では一言に万事が含まれることも多々あります。

たった一語に多くの思いが含まれます。

少しでも近づけながら伝えるのが、霊媒の責任であり義務。

世の中がどんなに便利になり続け、流行語とやらが流行ろうとも

流されることなく、言葉・言語というものを大切に扱いたいと

思っています。

無声であろうと有声であろうと言葉には、

発する者の心が含まれるのだと 交流を通して教わりました。

心を伝える時、寸分の狂いもなく伝えたいのです。



青年は、数日前、他様の交流時にも来られていました。

一番強い訪れは、前夜。

就寝前の歯磨き中のことでした。



非常に強い思いで 私のすぐ傍に立っておられ、

歯磨き中の私は、見て見ぬ振りをしようにも出来ませんでした。

(どうしようかな・・・話そうか、やめとこか・・・)

いつも" どなたか " と話すことは日常生活を送りづらいので

正直、ちょっと困ったと思いました。(すみません)

そう思いつつも、青年が自ら他界されたことも察知しました。

( そっか・・・そうだったんだ・・・)

青年と少しだけ、話すことにしました。



自ら他界された方は、そのことについておっしゃいません。

泣いたり・・・というようなことも なさいません。

言わなくてもいいこと、

言いたいことが言えない(どう言えばいいのかわからない)、

言いたくないこと、

そうした様々ことは 誰でもあると思います。

そこは、経験を役立たせるしかありません。

経験というのは、相手の方がおっしゃらなくとも察することで

自分の思いやりを差し出しすために役立てるもの。

経験というのは、思いやりに変化させるのが筋だと思っています。



( あのぉ・・・せっかくですが、今は私の時間なんです。すみません。

 あなたのご家族とお約束している時間少し前にお越し頂きたいです。)

私自身、日頃の疲れが感情に混じってしまったなぁ・・・

申し訳ないなぁ・・・

そう反省しながらも正直なところを話しました。



<・・・話したいことがたくさんあります・・・>

青年は、頑張って そう話されました。

( そうでしょうね。あなたは、明日の、Kさんのご家族?)

< はい >

( その言葉を信じます。Kさんとは明日の◯時からお約束ですから、

 お約束時間の少し前に 私のところにお越し下さい。

 それまでは、私の時間。わかって頂けますか?)

< はい >





翌日、お約束時間の少し前、彼は来てくれました。

とても礼儀正しく。



数日前から毎日、彼は、あることを示してくれていました。

私に、ヴァイオリンの楽曲を何度も聴かせるのです。

( あなたはこの楽器に興味はそれほどないようですが。何故、聴かせるの? 笑 )

多分、理由を話してくれていたと思いますが

私がぼんくらで、他にも考え事をしていましたら、

わからなかったと思います。すみません。



お約束の時間になり、事前にお話しをした内容のことを

お電話ごしのKさんとご家族にお伝えしました。

印象的だったのは、

Kさんのむくんだ脚を青年が指圧したりさすったりしていること、

お父さんにとても理解をしめし、他界後ではあるけれども

男として尊敬をしていること、

あのヴァイオリンのことは、妹さんが近々、ヴァイオリンの演奏会を

控えておられて頑張っておられることに耳を傾けているんだということ。

そして、

彼がしてほしいと思うことをすでに話してくれていました_

< してほしいことは(笑)、家族みんで晩ご飯を食べること!

 昨日のおでん※、おいしかったなぁ〜!(笑)>



おでんは、わが家で食べたおでんのこと。

家族が作った大根をふんだんに入れて、おでんを食べました。

「 ほんまに 美味しいなぁ〜!」

そう言いながら、わが家と一緒に団欒を楽しんでくださったんだと

思いますと、嬉しいやら、ちょっと恥ずかしいやらでした。



それでは、Kさんから頂いたメールの一部を掲載致します。



- - - - -

アガサさんから頂いた前日のメール、
"昨日、ご依頼くださった方のところに、10代の男性(男の子)が
行儀良く来てくださいましたが、昨日のご依頼人様には心当たりがなかったようです。
多分、今週にご依頼くださっている方々のどなたかのご家族ではないかと今迄の経験上、
思ったりしています。"

これで息子だと確信し、会えると思うと涙がでました。
20歳になったばかりの息子ですが、他所の方からよく、
行儀が良いとか礼儀正しいとか言われていたことを思い出しました。
本当に変わってないようです。

アガサさんが歯磨き中に、息子がお邪魔したとの話では、
人との距離が近い息子を思い出しました。
他人のテリトリーにズカズカ入るとでもいうのでしょうか?
一緒に歩いていると、私の行く道を塞ぐことが多かったなあと
思い出しました。

(略)

夜に私のむくんだ足を揉んでくれているとのことには、涙が止まりません。
私のことは大丈夫だから、遊んだり、好きなように他のことをしなさい!って
言ってますが、きっと揉んでくれているんでしょうね。
とてもやさしい子でしたから。

一番驚いたのは、主人のことです。
「お父さんを尊敬している」と息子が言っていたこと。
そして仕事が大変だと気遣っていたこと。
生前はいろんなことがあり、息子はお父さんのことを嫌い、
いつしか「お父さん」ではなく「あの人」と呼ぶようになっていました。
その息子からの言葉に、滅多に涙を見せない主人ですが、泣いていました。

息子がいなくなってから、息子はどこに居て、どうしているのか?
知り合いのいない所で、さみしがってないか?
ちゃんとやっているのか?
困ってないか?
何か手伝えることはあるか?
知りたくて知りたくて・・・

息子は知りたい事は全て分かっていたようで、一人じゃないよって、
知り合い(多分 私のおじいちゃん)と一緒に来てくれました。
同じ様な年代の友達とも遊ぶこと。
ゲームばかりやっているんじゃないか?って聞くと、ゲームはやってないこと。
息子曰く、ゲームとは次元が違うほど、あちらの世界の生活は楽しいこと。
いつも家に居ること。
難しそうな本を読んでいること。

ホッと安心しました。

晩ご飯は家族みんなで食べて欲しい、との息子からの要望。
みんな大きくなってきて、普段はなかなか一緒に食べることはできないけど、
気にするようにしたいと思います。

そして私たちが、おじいちゃん・おばあちゃんになった時、
迎えに来てくれるとのこと。
もっと早く迎えに来て欲しいと言ったら、アガサさんに叱られましたが・・・
あっという間に おばあちゃんなのかもしれませんね。
(ア:そうですよ。光陰矢の如しって言うじゃありませんか。あっという間に私は50過ぎです。笑)

アガサさんを知ったのは、息子があちらに行ってから半年後くらいでした。
すぐにでも見ていただきたかった。
けれども見ていただくと、アガサさんの体に負担がかかるようなことが書いてあり、
悩みました。
人様に苦しい思いをさせてまで、自分の願いを叶えても良いものだろうかと。
どうしても我慢できなくなったらお願いしようと思い、ごめんなさい、ブログを見始
めてから2年ほど経って連絡してしまいました。
お体はどうでしょうか?
無理をさせてしまい、申し訳ございませんでした。
(ア:身内の他界程、辛いことはありません。役に立てなかった時の方が厳しいものがあります。)

(略)

- - - - -



Kさんから頂いたメールで、ご主人と息子さんとのことがわかりました。

そういうことを微塵を感じさせない程、息子さんは成長されたのだと思います。

こちらではわからないことをね、わかったんだねって思いました。



所帯を持ってから、

親になってから、

それぞれの立場になってからでないと わからないことは

たくさん あります。

若い頃は、自分のことで精一杯ですから 誰でも

自分の定規で物事を推し量り、見てしまいます。

誰でも、そう。



成長していくなかで、あの時の自分にはわからなかったことが

" あぁ、そういうことだったんだなぁ・・・”

とわかっていく。

わかっていくと、今までの定規だけではなく、

いろいろな角度から考えていく。

経験という名のいろいろな道具で。



物質(肉体も含め)の中で生きていますと、

どうしても焦ったり、急かされたりしますから、

物事の表面だけしかみえない。

それで、判断をしてしまう。

それが 正しいと思ってしまう。

経験を重ねていくなかで、その判断は

物事の一面に過ぎなかったのだと知ります。



お父さん、泣いておられたんだ・・・。

そんな素振りも音も聴こえませんでした。

聴こえてきたのは、わんちゃんの心地良い寝息。(大笑)

いびきのような、すーすーという愛しい寝息でした。



他界すれば、何事も難なく簡単にハッピー!・・・とはいかないようです。

やっぱり、自分の心と向き合うみたい。

息子さん、いろいろとわかったんだと思います。

乗り越えてこられたんだと思います。



Kさん、

" 息子は いなくなった・・・ " とは、これからは言えませんね!

遠い外国で、成長しながら生活しているんだ、頑張ってるんだと

思って頂きたいと思います。

それに、いつか必ず会えるのですから。

それまでは、

" 早くそっちに行きたい " という気持ちよりも、

こちらのでの生活を大事になさることの方が、

息子さんにとっても大いに喜ばしいことのようです。



お父さん、

息子さんはどうやら、お父さんの良さに気づいたようですよ。

良かったです。










いつか わかる日が来る。

親の気持ち、

子どもの気持ち。



大切に思うということが どういうことなのかが

時を経て、所属する場を経て

いつか わかるのだと 教えて頂きました。



ありがとうございます。



















寒い季節ですが、皆様、お身体を大切に。

アガサ











愛しい家族、大切な人との交流 | Comments(0)
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