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2017/09/02.Sat

思わなかった日は、ない。

数日前の夜、珍しく寝付けず、何となく天井をぼんやりと

眺めていました。

すると、霧で出来たものがそこに在りました。

それ自体が動いているのか、それとも、中にあるものが

動いているのか・・・

とにかく、それが何なのか見入っていました。

同時に、何となく、" お迎え " のように思えたのです。



その瞬間、

( まだ、嫌です。子どもが・・・せめて子どもが大人になるまで待ってほしい。)

そう心の中で話していました。

翌日の夜も、その霧のようなものは在りました。

私の知らない男性が、何故か、私を"お迎え"に来ていることに
(ア:男性のことをRさんにお伝えしたところ、お心当たりがありますとのことでした。)


いろんな気持ちが複雑に交差します。

けれども、隣で寝ている子どもの顔を見つめ、

寝息を聞いている今、こうして感じる幸せな空気に感謝しつつ、

何が起ころうとも、生きてこれたのは家族をはじめ、

友人、知人、多くの方々のおかげなんだとしみじみしました。



翌日、交流の時を迎えました。

胃の横、左下方向のあたりに痛みがあり、

( 肝臓だろうか?)と思いつつ、解剖図表で確認することもせずに

( Rさんにお電話を頂いたら確認させて頂こう)と何とも怠慢です。



お約束の時間が近づくにつれて、すでに来られていた・・・私に

重なりつつある若い女性は、大変な喜びようでした。

( わぁ〜、すごく楽しみになさっていたんですね。)

返事を待つほど、野暮ではありません。



しばらくして、女性はぽつりぽつりと思い出すかのように話されました。

< 私は いつも 死と隣り合わせでした。>

( そうでしたか・・・それはお辛かったですね。)

< イライラを母にぶつけていたのです。ごめんなさいと言いたいです。>

( 大丈夫。必ず伝えますから。大丈夫。Rさんはおわかりです。)



この日、朝起きてから数日振りにとても穏やかでした。

私自身の割り切りかなと思ったのですが(苦笑)、どうやら違う感じ。

しばらくしてから、この女性の影響だと分かりました。



なぜだか、彼女は、私にとても親しみを持ってくださっていたのです。

( 以前に、あなたにお会いしたのでしょうか?私 )

そんな馬鹿げた質問など、どうでもよくなりました。

だって、彼女がとても嬉しいのですから!



< ・・・母を思わなかった日は ありません。>

そうおっしゃった時、全身に、切なさと恋しさが溢れました。

どうしようもないほど、涙が溢れました。

( お電話を頂く前から 泣いてしまった。)と苦笑いする私。



速く時間が経たないかと思いました。

そうして、ようやくお約束の時間になり、お電話を頂きました。

電話口からは、優しさと温かさに溢れた声。



「 Rさん、すでに若い女性が来られています。とても嬉しそうなんです。」

電話口ではすでに嬉し泣きの声が聞こえてきていましたが、

「 数十秒、私、お時間を頂きたいのでお待ちください。」

そう断りを入れて、他界に合わせていきました。

合わせる必要もなかったのです。

なぜなら、すでに、彼女は私と重なってくれていたからです。



痛みの箇所、おおよその年齢、雰囲気、性格、人柄といったことを

伝えていきました。

Rさんは、どれもおわかりのようでした。



<・・・み◯○>

( それは、どなたかのお名前ですね )

「 Rさん、どなたかのお名前だろうと思いますが、

みほこ・・・みさこ・・・いや、違うな・・・みし、、、うまく聴き取れていません。」

「 いえ、有難うございます。私の傍でメモを取ってくれている子が、

 娘のいとこですが、み◯子と言います。」

そう聞き終える前に、"彼女"はとても喜んでいます。

「 Rさん、彼女はとても喜んでいます。み◯子さんととても仲良しのようです。

 姉妹か、仲の良いお友達のように思われています。」

Rさんは心から答えてくださいます、

「 そうなんです。ふたりはとても仲が良かったんです。」

そう言いながら、お電話口のむこうで嬉しそうに話しておられる空気が

届いてきました。



お電話を頂く前にお話し頂いたことをRさんにお伝えしました。

「 娘さんはこうおっしゃっていました、

 < 私は いつも 死と隣り合わせでした。>

そして、

<イライラを母にぶつけていました。ごめんなさい。>と。」



Rさんは、涙声をなんとかしぼりだしながら、

「 いえ。私の方こそ、娘に謝らなくていけないんです。

 本当にごめんなさい。」

と、おっしゃるのです。



「 Rさん、続きがあります、

 < 母を思わなかった日はありません。>

 娘さんはそうおっしゃったんです。確かに、そうおっしゃった。」

「 私もです。」

今にも崩れ落ちるように Rさんは話されておられたと思います。



「 Rさん、それはお互い様です。お嬢さんも同じです。

 家族ですもん。それは。ね。」

「 はい。」

「 彼女は・・・私が思うに、身体が丈夫ではなかったと思われます。」

「 はい。」



<父は・・・>

( お父さんですね。)

< 父は泣き虫です。>

(それは大事な娘さんだもの。)

「 Rさん、娘さんが <父は泣き虫です。>っておっしゃるのですが。」

「 はい、その通りです。」

と、悲しい涙に少しだけ笑いが混ざりました。



「 あのぉ、娘に尋ねてもいいですか? 今どうしているのと。」

< 笑 >

( あ、先に言われてしまいましたね。笑 )

次の瞬間、私は、どこか広い広いところ、とても綺麗なホールに居ました。

とても、広い!

何かイベントが催されるような場所のようですが、

がちゃがちゃしたものではなく、すごく、気持ちが清々するところ。

音楽ホールか・・・何か。



見せてもらっているところをそのまま描写している私には

意味がわかりません。

けれど、すでにRさんは おわかりでした。

「 娘は主人とよく、音楽を聴きに行っていました。」

と感慨深そうでした。

その一言で納得。

( 家族ってスゴいなぁ・・・)

そう思っていたときに、一昨日夜と昨夜のことが頭に浮かびました。



( 霧のような・・・アレは一体なんだったんだろう。)

そう思い出していた矢先、Rさんから話されました。

「 娘が亡くなる直前、天井の方をみて、目を見開いていたんです。

 何を見ていたんだろうと思いました。そして、頷いていました。」

( あ!)

と思いました。

彼女はすでに私に説明してくれていたんだ・・・一昨日の夜と昨夜に。

( あれか!)

Rさんに、二晩に渡り、目の前で起こったことをすべてお話ししました。

そして、Rさんは安心なさったようでした。



彼女が一番重なったのは、お子さんへの思いでした。

それはきっと、ここのところ気にしている私自身の健康面と

我が子への思いから共感といいますか、共鳴したのだと思います。



< 母をはじめ、主人、父、家族身内のみんなが娘を心から育ててくれています。

 感謝してもし尽くせません。本当に。

 ・・・いつか、あの子が 物心ついた頃、そう 小学校に行き出したら

 ママがいないのはなんで?と思うでしょう。

 どうしようもなく寂しい思いをすることもあると思います。

 そんな時、私は 抱きしめてやることが出来ない。

 母にその役をさせるのか・・・それはそれで大変だと思います。

 ママの存在を与えてあげたい。

 もし、それをみ◯ちゃんが見てとれたら、娘を抱きしめてほしい。>



彼女は途中から涙声となり、それが私に重なり、私も

泣きじゃくって話していたと思います。

彼女の気持ちがわかりすぎるほど、わかる。

幼な子が生まれてすぐ、といってもいいぐらいの他界。








娘として、

妻として、

母として。



彼女の思いは いかばかりか。

思いは、全身からしぼりだすようでした。

実際、しぼりだしたんだと思います。

お電話を終えたあと、階下におり、家族が私の顔をまじまじと

見ていましたから。

( 何かが違ったんでしょうね。)








健康な状態が続くと、人は欲深くなる。

当たり前だと思えるから。

命が有限だと実感すると、不安にもなるが

不思議なもんで 大事なものが見えてくる。



次第に

覚悟が出来、有難さへの理解が深まっていく。







娘として、

妻として、

母として。

家族を思わない日は、ない。

彼女は今も生きておられる。













追記9/6:
私の書き方がマズくて、ご心配をおかけしているようです。申し訳ございません。
更なるご心配をおかけしないよう、ここに追記として補足させて頂きます。

回想記事の始めの方の描写と心情は、私自身の健康状態と心情とが丁度その時に、
起こりましたので "私だけ"の心情だと思っていました。
結果、私だけの心情ではなかったのです。
ですので "他人事"とは思えませんでした。
まさに、身を以て、ご本人(娘さん)のお気持ちが重なったということです。
肉体の命が有限だと覚悟しますと、自分のことよりも家族のことをとても思います。

人様からご依頼を頂き、交流をさせて頂いて何年もなります。
常に「生と死、その後」が私の心に在ります。

何の為に生きるのか?・・・
あまりよくわかりませんし、追求したことも、したいとも思いませんが、
家族のために、私を信頼してくださる方のために生きたい_ そう思うのです。

いつも温かいお心とご信頼を寄せてくださり、有難うございます。










またもや、ごん です。
これは、視線の先に「食べ物」があります。(笑)
食べれるうちが華。
喉のあたりの白い毛がちょっと汚れているでしょう?
「しあわせ汚れ」と呼んでいます。
ご飯を食べ尽くしても、もう残っていないのに、ぺろぺろとなめるので
どうしても汚れてしまいます。
ゴンのご飯を作り始めると、ゴンはビッチリと私に密着します。
いちいち、ついてきます。(笑)
作っている時も少しでもご飯の空気の近くに寄りたいようで(笑)
ごんは、私の足を踏んでいます。
小さいけれど、結構痛かったりしますが、良いんです。

ちょっと(どころではない!)口臭も更に増すんですが、心友から
教わった「生きてるニオイ」という美しい言葉で表現しています。
男共は、そう言いながら、口をへの字にするんですけどね!(愛情足りん!大笑)

生きるということは、ニオイがつきもんです。
加齢によるニオイもそう。
無臭の生き物っていませんよね。

全部、しあわせ。
全部、ありがたい。






アガサ
愛しい家族、大切な人との交流 | Comments(2)
Comment
じゅんさん、コメントを有難うございます。
私に"お迎え"とお思いになったのですね。大変失礼致しました。
でも、私もタイミング的に、そうかと思いまして、焦りました。
貴重な経験をさせて頂きました。

私がブログに書かせて頂いている目的をじゅんさんは心でご理解頂いたようで、とても有難く思いました。
「辛いのは私だけでなく・・・娘を信じて生きていこうと思います。」
おっしゃる通りです。

家族を信じて生きていく_
それが最高にしあわせだと思います。

家族というのは、そう思えてこそ、本物の家族に成れるのだと思っています。


びっくりしました
こんばんは
お迎え…と書いてあるのを読んでアガサさんに何かあったの⁉︎っとびっくりしました。

子供を亡くした親も辛い。子供をこの世に残していく親もまた辛い。
今日のブログを読んで気づかされました。
辛いのは私だけでなく、あちらの世界にいってしまった娘も辛いんだ。と
私にはもう娘は見えないけれど、娘を信じて生きていこうと思います。

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