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2016/09/05.Mon

よく思うこと

よく思うこと。

これを不均衡と言えるのかどうか、

不公平と言えるのかどうか、わからない。



私のなかで " 妙な現象 " としてあるもの_

国の動き。



注目しすぎないが、無関心でもない。

ちっぽけな自分が( なんで?)と思ったところで、

怒り心頭したところで、

何んにもならない。

まあ、怒りの空気を発生させてしまうだけだろう。(苦笑)

(それについては、自分で " 後始末 " はしているが。)



ご存知の通り、

ご依頼くださった方々から頂いた大切な貴重なお代の一部は

毎月、6団体か7団体さんへ寄付支援させて頂いている。

(全額寄付出来ていないところが自分の情けないところ。)

寄付している側としては、

正しく運用されているかどうか、

子ども達や動物達に届いているかどうか、

ということをいつも考える。

考えているだけではなく、

送られてくる小冊子やホームページなどで

活動内容を確認している。

(広告や啓蒙的な活動費が増えると私はゲンナリする。

 都内の一等地とも呼べるところに、事務所を構えることは

 不要だし、一等地である必要がない。)



さて。



" 少しでも「 命 」を救いたい。"



この思いに突き動かされて、自分では動けないジレンマを

抱えているから寄付支援をしているわけだ。

(自分が " ちょっと欲しいなぁ " と思ったものを買い控えて、

 その分を寄付支援にしている感じでもある。)



今や、多くの救済団体が存在する世の中になった。

(なかには、綺麗な看板と謳い文句を掲げながらも、

 詐欺活動をしている団体もあるだろうけど。)



心がこめられた(と思っている)活動と支援が

実に多くの命と心を救っている。

活動するには、この世はどうしてもお金が要る。

少しでも・・・という思いに、支えられている。



方や、

湯水のように税金を使う側が、在る。

多額な、本当に多額なお金を常に使える状態にあると

(自分が汗水たらして働いた「直接的」なお金ではないだけに)

湯水のように、

いや、

空気のように、彼らは使う。

どんどん、使う。

民のために考えていますよ、というようにバラまく。



いつも思う。

よく思う。

そんなお金があるんだったら、

いま、こうしている時も 奪われようとしている、

ガス室の前で脅えている動物たちを救ってよと。

その根源を作っている「命」を商材している企業やシステムを

取り締まれよと。

貧困貧困と口ばかり、活動アピールのために

口にしたり、広告ばかりにお金をかけているなら、

その分を実際に、

直接的に、

子ども達や犬や猫などの動物たちを助ける資金とすれば

こんなに、

救済する団体が増えなくても良いのだから。



救済する側だって、

家族がおられ、ご自分の仕事がある。

身を削って、救済活動をされている。

自分の何かを抑制して、他を救済されている。

ご自分のお子さんとの時間を割いて

そうした活動をなさっている方々も多いだろう。

( ちょっと話はそれるが、

 その場合、" 他のため " という意志と目的に向かってはいても

 子どもさんの心は、正直なところ、

 寂しい思いをさせているのではないかと私自身を振り返って

 思ったり、する。)



国は、

そうした方々に甘んじ続け、

寝ていても入ってくる税金を好き放題使っている。

その先の活動や内容(事実)を調べずに。

勝手に、自動的に入ってくるから そういう感覚に

なるのだろう。




寄付支援したら、それで " 自己満足 " とは行かない。

お金は、エネルギーのひとつだろう。

エネルギーにも、目的や種類があると思う。

個人としてのエネルギー。

社会としてのエネルギー。

寄付は、社会のエネルギー。



命を救う一方が在り、

命を残酷にも捨て、奪う他方が在る。



ひとりひとりが動ける範囲、

ひとりが心を尽くせる量というのは、

有限だろうと思う。



もう少し、全うな国になっていってほしい。

個人が身を削り、他に捧げるために税金が在るのだから、

全うに なさって頂きたい。









ちっぽけな一個人が、よく思うことだけど、

きっと、

多くの善良な方々も 同じようなことを

感じておられると思う。




なんのための「 税金 」か?

と。









命を救済するために使われたい。















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