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2016/01/25.Mon

一瞬の大切さ

緊急な状態が 起こり、

油断ならない状態が 日常となると、

自分の心や感情と向き合うことになる。



次から次に やらなきゃならないことが増え、

まさに " 息つく暇もない "。



震えるほどの恐怖が襲ってきても、

( 実際、自然に身体は震えるけれど )

守りたい命が ある。



自分の目の前に、

自分の手に、

生きている状態と

数分後、どうなるのかわからない状態が

のっかかっている。



( どうする?)

( どうすればいい?!)



一瞬のうちに 様々な考えが ぐるぐると駆け巡り、

自分が動揺しているのだと気づく。



次の瞬間、

” 腹に力を入れろ。”

その声は 静かに 確かに 言う。



生と死の可能性を 目の当たりにすると

一瞬が とても重い。

一瞬一瞬が 貴重。

その瞬間は、普段のそれとは違う。

かといって 永遠とも思えない。

ただ、

ぎゅっとした、

強烈に圧縮した空間にいるように

思えた。



" うろたえるな。最善を考えろ。"

次第に、

冷静さが戻ってき、

現実を見つめ始める。

意識し始める。



最善。

何が 最善なんだろうか。

それが わからない。

わからないけれど、動かないと。

ゆっくり考えてる選んでる暇は ない。



最善・・・現実的に考えろ!

瞬間に考え、

瞬間に選んだら、

それに向かって動け。

それしか ない。



一刻を争う状態とは

ああいうことかと

後から振り返ってみて 感じる。



" 早く、普通に(通常に)戻ってほしい。"

" こんな状態は 苦しい。可哀想。"

誰が 苦しいのか

誰が 悲しいのか

誰が 可哀想なのか

そう思ってる " 自分 " じゃないのか?

いまいましい、自分の感情。

しっかりしろ、自分!

そう自分を叱咤激励しながら、

強い自分と 弱い自分の両方を感じながら

動け、動け、動く。



緊急事態を何度も経験すると、

自分の感情に 鈍くなるような気もする。

嬉しくないのは 当たり前。

悲しい、辛い、苦しいという自分の感情に

つきあってられない。

思ってみても仕方ない。

物事は すでに 起こったから。

前を向くしかない。



緊急事態を逸脱し、

考える余地が ふと与えられると

起こったことに対して、こうよぎる _

" あの時、ああしていれば・・・"

" あの時、ああしていたら・・・"

と。



一瞬、そうよぎるも、

心のなかで こう言い放つ_

" それは、ない。

「 たられば 」は 、ない。"

どんな事情や理由があるにせよ、

あの時、そう選んだ自分が いる。

そう選んだのだから

後悔は しない。



相手にとって

命にとって

最善を考える。

選ぶ。

動く。

寄り添っていく。

そこに 自分の感情など関係ない。

それが 多分、

最善を尽くす ということ。



一瞬の大切さは、

常日頃から 与えられている。

日常生活から。



自己中心な人間の集まりは、

血の繫がりがあろうと

家族ではない。

家庭には成りえない。

血縁関係がなくとも、

互いを思いやる心があれば

家族であり、

家庭と成る。



一瞬が、時間となり、

時間の積み重ねが 年月になり、

選んでゆくことの積み重ね。

自分の選択が、自分の人生を織ってゆく。



自分の人生は、

誰のせいでもない。

苦しい続き、悲しい続きは、

誰のせいでもない。

星のめぐりあわせとか、

そういう手相だとか、

運命だとか、

カルマだとか、

くそくらえだ。

自分の人生は、

自分が 選んで織ってゆくもんだ。



誰の人生にも、

楽しいことも、嬉しいことも、

苦しいことも、悲しいことも、

ある。

楽しさは お金で買えるほど容易い。

嬉しいことも 計算すれば出来ることもある。

けれど、

苦しみや悲しみは 種類が違う。

質が違う。



苦しみや悲しみは

必ず 自分の力になる。

必ず。



自分のなかに 留めず、

自然の流れにそって 循環させる。

すると、

自然なかたちで 熟成されてゆく。



いつしか、

慈しみの心と誠実さに変わってゆく。







" 人間は 考える葦である。 "

全くその通りだと思う。












ピンぼけですが、愛犬との散歩道でパチり。
このお花を摘んで、自宅で乾燥させて、種をとり、畑に蒔きます。
すべての行程を自分でするのは面倒くさいなという気持ちも、
次第次第に、自然の恩恵へと変化してきました。(多分。笑)








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