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2015/11/11.Wed

食すること 〜 動物の命 〜

先日、あるニュースをもとに家族から意見を求められました。

家「 海外で猫の肉を食べる人がいて、

  別の人々から非難されている。

  これについて どう思う?」

動物好きの私の意見は・・・

「 そぉーーーねぇ・・・難しいね。

 保護団体の気持ちも、わかるけど、

 じゃ、牛、豚、鶏といった動物達だったら良いのか?

 とも思う。

 それらを食しておきながら、方や、非難するというのは

 妙な気もするね。

 命という意味では、皆一緒だと思うなぁ。

 感謝してすれば、何をしてもいいのか?

 何を食べてもいいのか?ということもあるだろうし。

 人それぞれ、文化それぞれ、違うだろうから。」

家「 そうそう。」




家「 そもそも、人間は 肉を食べないと生きていけないのかな?」

「 さぁ〜、どうだろうね。雑食だからね、人間は。

 うちなんかほら、常に質素やから、お肉を食べる機会はなくて(笑)。

 そうなると 食べたいって思わないからねぇ。慣れてしまうんだろうね。

 でもそれは、うちの場合だから。

 大昔は狩猟してたよね?」

家「 あ、そうか。」

「 まあ、” 常識 ” っていうのは、世の中の流れによって

 常に変化するもんだから。」

家「 そうそう!」




「 話を元に戻すけど、

 お肉を食べるのが好きな人もいるし、

 うちみたいにお肉は苦手な人もいるから、

 一概にどうこうは 言えないね。

 ただ、何にしても、人間は、やり過ぎてしまう。

 野生動物は、空腹分を満たしたら

 それ以上は食べないでしょう?

 だけど、人間は 違うね。

 常に、” もっと もっと もっと!” だよ。」

家「 そうだよ! だから、原発とかもさ・・・」



「 まあ、他人を非難批判する前に 我が身を振り返って

 どうか?ってとこだろうと思うよ。

 けど、そう思える人は 自分のことは棚に置いて

 他人を非難しないよ。

 自分のことだけで 精一杯だからね。

 人のことを非難してる暇が、ない!(笑)

 

 最近のニュースは、あてにならないからね。

 大抵は、圧力に屈してるから。

 ま、ここで何を言っても、届かないよ。

 熱弁したところで、個人差もあるし。

 人を変えようと思ってカッカするよりも、

 自分の日常を丁寧にしていくことの方が大切だからね。

 それだけで手一杯だよぉ!(笑)」



家族は、別の話も混ぜ始めました。

原発反対といっておきながら、家では電気をバンバン

使っているのもおかしい!と。

「 それに関しては、わかる。

 けれど、ここで怒ってもどうにもならない。

 我が家は、実行してるから いいじゃん。

 人のことを とやかく言わない。笑 」

家「 じゃ、戦争への前準備の今は、どうなの?(怒)」

「 言い出した人、賛成の人、指示している人達が

 最前線へ行かれれば良いじゃない。

 武器を作る会社の経営陣方も、行けばいいじゃない。

 自分の言ったこと、やってることに責任を持たなきゃ。

 それが出来ないのなら、無責任だしきれいごとを並べてるだけ。

 自分が言っておきながら、人様に行けという方がおかしい。

 最前線に行けばいいんだよ。

 そしたら、ちょっとは考えるんじゃないかな? 」




家族は、違う方向から切り出しました_

「 じゃぁさ、アガサに『 霊的にどうなんですか?』って

 聞かれたら どう答えるの?」と。



「 霊的にどうなの? って言ってる時点で、終わってるよ。

 だってさ、物質界に生きてんだよ。

 討論してる暇あったら、目の前でこけてる人を助けたり、

 家族を大事にしろって話だよ。

 今を大事にできなくて、なにが、霊的にだ?

 ちゃんちゃら、おかしいわ。(大笑)」






日常のひとこまです。笑

人様の行動についてどうこう言うことも

大切な振り返りではあると思います。

ただ、それが 言いっ放しでは 勿体ない。



食べ物に関しては、これだけ豊富になってきているので

儲け主義に拍車がかかり、買ってもらえるような方向に

なっているように思います。

その結果、様々な事件や病気が増えてきているのは、

流れからすると 致し方ないように思います。

大量生産は、企業だけの問題ではなく、

消費側の問題でも あります。



命に関することは、もっと大切にした方が良いと思います。

食べものについては、結局は、人が動物を殺すのです。

感謝して殺す、というのは私にはどうもわかりません。

※ここに書いた内容は 私一個人の考えですのでご了承ください。



口にし、体内にとりこむ ” 食べもの ”。

どんなに美味しそうにパッケージされていても、

何を食べさされているのかは、わからないということを

頭の片隅に置いておかねばならない世の中です。

表示さえも偽造されることは、珍しくなくなりました。



過剰供給と飢餓。

同じ地球での「現実」。

お金の価値さえも、いつどうなるかわからない。

ならば、

何が大切なのか。

生きるとは、どういうことなのか。

人として、生きるには?

大袈裟なことのように思われますが、

食べものというのは、心や精神にも影響してきます。




家族の疑問がスッキリしたとは思いませんが

大雑把な私に、思い出させてくれることがあります_



” 人間は、考える葦である。”

もうひとつは、

” われ思う。ゆえに、われ 在り。”

です。





材料を吟味し、

家で作るごはんが一番安全で美味しい。

※長い内容で失礼しました。

















パンの表示に偽りがある!ということで、家族は毎朝パンを焼いてくれます。
最近作り出したのは、ソーダブレッド。
発酵する時間や手間がない、重層で作るパンです。
食糧難で飢餓が続いていたアイルランドで作られ続けているパンです。
一粒の小麦さえ丁寧に扱うのは、そうした苦労と困難があったから。
素朴な味で、私はなぜだか、とても懐かしい気分になりました。


 

アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~




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