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Author:アガサ
他界された愛するご家族、大切な方との対話を地道にお伝えしています。

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ご返信が遅い場合には

2019.08.29 10:01|アガサよりお知らせ
ご連絡を頂いたのに、私からのご返信が2日経っても来ない時は

再度、呼びかけメールを頂けますと助かります。



急かすことになるのでは?などと思われないでください。

自分でも嫌になるぐらい、ぬけてしまう時が あります。



順にお返事をさせて頂いているのですが、

お返事をした " つもり " になってることがあります。

返信をしていなかったという事実に気づいた時、

なんと申しますか、平謝りの気分一色です。



辛く悲しい思いをなさっている方に、ボケているせいで

ご不安を少しでもおかけしてしまう等とは、

本当に情けないことです。





ご心配だけはかけないように! と思っていますが

頭と動作が鈍い遅いことを 心からお詫び申し上げます。








う・・・ん

年、かなぁ・・・。











アガサ






友人ならば

2019.08.25 08:34|頂いたメール
他界された人のことの過去のことを知ったそうにおっしゃる方が

いるそうです。

悪口、陰口、そういった類いのことを わざわざ、SNS経由で

おっしゃるのだそうです。

当然ながら、聞かされる方は、辛くなりますよ。(当たり前)



それだけ、悪口陰口をたたきながらもご自身のことを「友人」と

おっしゃる。

そういう関係は、友達とは言いませんのに。

同じような思いをされている方がおられるかもしれませんので

お返事したものを基にして掲載させて頂きます。



これは、私個人の考え方です。

無責任な気持ちは一切ありませんが、正しいかどうか

わかりません。

冷静に捉えて頂けますことを心から願っています。



- - - - -

(略)

なんと申しましょうか。
友としても、おかしいでしょう。
(友ではないと言えます)

人として、どうかと思いました。

人の悪口や陰口というのは、卑怯者が言うことです。
例え、何かを知っていても、そういうことに触れないのが
「普通」の神経持ち主です。
それが、友情であり、思いやりです。

その方はきっと、その方にずっと嫉妬されていたんだと思います。
(勝手に嫉妬する人は、おられますから)

今もその嫉妬が残っているから、見境無く、そんなことをおっしゃるのです。
(言わない方が素晴しいのに。ね。)

本当に「友」かどうかは、わかりませんよ。
嫌なことをおっしゃる方について、確かめる必要もないと思います。


友というのは、相手を尊重し、相手を尊敬し、
辛い時苦しい時にはそっと見守り、
言葉数が少なくても、お互いの心が心に響くのです。

真の思いやり、時に、道をあやまりかけたら、冷静に意見を本人だけする
真の勇気を持ち合わせている者同士の関係が「友」です。
決定的に言えるのは、本当の友は、自分から「友」なんて言いませんよ。

友ならば、知人ならば、ご本人がいないところで、陰口のようなことを
言い、聞き手を傷つけるのは、正義でもなんでもありません。

まして、ご本人が他界されてそう時間が経っておられないのに、
悪口や陰口などを言うのは、大変失礼で無礼すぎます。

友達、知人ならば、
自分の友達、知人の悪口は言わない。
陰口や悪口を言う人にかぎって、当人の前ではへらへらするのです。
良い人ぶる。(苦笑)

そういう輩とは、一旦、距離と時間をおかれることが善いように
思われます。

(略)

- - - - -



誰しも過去にいろいろなことを持っているのです。

いろんな思いを経験して、重ねて、年齢を重ねていくのです。

若い頃の経験 _

若いがゆえの身勝手さなど、ありますよ。誰にでも。

だからといって、若い時の考え方や行動が今の自分やその人と

同じなわけがありません。



他人様の悪口や陰口をどなたかに言ってる暇があるのなら、

自分の、毎日の行いと心と精神が、どうか? をお考えに

なった方が善いと思います。



悪いこと、言ってしまったな・・・

傷つけてしまったかも・・・

少しでもそう思えるなら、素直に謝る姿勢を育むこと。

行い自体が消滅するわけではありませんが、

心を入れ替えるということは 出来ます。



多分、他人様のことをどうこういう方は、

ご自身のご家庭や生活に 不満たらたらです。



口が悪くてすみません。

メールを頂いた方に代わって吠えさせて頂きます_

" ひとのこと、言うてる暇あったら、自分とこ ちゃんとせぇ!"

ですよ。

自分の身の回り、家族への対応を見直すことの方が

大事だと思います。






インターネットは便利なツールで、今や、時代に欠かせないもの。

便利な反面、不便な面、不都合な面もあります。



悪用するに至る人達は、多い。

広い世界なのに、視野が狭くなるデメリットも含まれています。

インターネットが悪いわけじゃなくて、使い方の問題。

使う人が気をつけなければいけないだけです。



なんでもそう。



友達関係も、そう。

悲しみを持っている人に対して、圧力をかけた口調や態度は

もってのほか。

日常、普段の生き方が、口調や態度、空気に出てしまいます。

どんなに繕っても、です。



"あなたの気持ちを自分は100%理解している。

あなたの知らない事実も知っている。

だから、自分の言うことは正しい!

あなたの考えはおかしいから、言うことをききなさい!"

もうこれはね、おかしいですよ。(苦笑)

そんなふうに、言うこと自体、おかしい。



圧力ですよ。

圧力。



相手のことを本当に思うならば、そういう言い方はしません。

そんな一方的な考え方も、しない。

単に、不満を他人様にぶつけているだけ。



「 困っているあなたをほっておけない!」というのも、

その方の自己満足。

自分のこと(自分の感情)のことしか、考えていない。



そんなの、友達でもなんでもない。

相手のことなんて、全く考えてない。



所詮、

" 友達の友達は、友達ではない " のです。

知人でさえ、ないのです。



出会いは何であれ、時間をかけ、月日が流れいって、

信頼と友情を育み、知人といえ、友に成るのです。

人の関係まで、インスタントや時短はありません。



友に対して持つのは、心からの尊敬。

それがお互いになければ、友ではない。

尊敬と信頼が育くめてこそ、友人。

揺らがない尊敬と信頼ことが、証。

と、思いますよ。





友は、大切な存在です。

数よりも、質。

口数よりも、心が落ち着くかどうか、です。
















アガサ



テーマ:日々のつれづれ
ジャンル:心と身体

メリットとデメリットを知る   〜「 自分で繫がる 」の経緯と思い〜

「自分で繫がる」指南に、ご賛同メールを頂けて、驚いています。

何だか、気恥ずかしいといいますか、正直、すごく嬉しいです。



物事には必ず、メリットとデメリットのような二面性や多面性が

あるのは、多くの方々がご自身の人生経験からご存知です。



他界した愛しい方との交流においても、それが言えます。

繫がることは、極めて、自然なこと。

その自然なことを誰かの方法?で伝授することは不自然なのです。

不自然なことをシリーズ化して養成講座とするのですから、更に

不自然さが増していくのは、当然といえば当然です。

養成講座というと、聞こえは良いかもしれませんが、その実、

1対多ですから、わかったようなつもりになるだけのようです。

そこには、各自のエゴ、他のへ妬みなどドロドロしたものが

渦巻いてしまうのは、致し方ないのかも しれません。



そうなる原因があると思うのです。

どういう意味かというのを、ご説明致します。



ご存知のように、私は、酷い皮膚炎になりました。

薬害。

よく効くとされている、あるいは、医師から処方される薬の

メリットとデメリットを"事前" に説明を受けていれば、

未経験とはいえ、デメリットを言葉レベルでも知ることが出来ます。

そして、使う・使わないを私達自身が、選べます。

ところが、デメリットは、印象を悪く持たれますから、

大抵、そうした情報を与えられないのが現状です。



皮膚炎に関して、" 私は未経験だ " と強く思い込んでいたのです。

自分の身体であるにも関わらず。

自分の感覚よりも、医学部で学んでこられた方の方が絶対だ!と

思い込んでいたのです。

信じて疑わなかったのです。

今、思えば、肩書きや学歴をすべてを委ね過ぎてしまったのです。

自分の感を無視して。



「 私はどこそこ(外国)で長期学んできました。研究してきました。」

「 わぁ、すごいですね。あなたには才能がありますよ!」

「 誰でも出来るようになれますよ。大丈夫。」

という言葉が、表向き。

営業トークとでも言うのでしょうか。



本音は、

"どこそこで学んできた有名な私が伝えるのだから、ファンが増える。"

などと思うでしょうね。

受講する人のことは、生徒扱い。

自分にとって都合の良い人達を取り巻きスタッフに命名。

まぁ、そんなところでしょう。

( 下心というのは実に醜い。)

要は、

自分に特別意識を持ち続けたいのです。

ちやほやされ続けたい。

そして、お金を集めることに興味と執着をお持ちなのです。

よくある流れといえば、その通り。



一方、

受講側も、多かれ少なかれ、" 同じようになれそう・・・" と

思えてしまうのだと思います。

淡い期待だけで留まれば、純粋さをキープできるのですが、

人間の欲というのは、びっくりするほど、増幅スピードが

速いのです。

ですけれども、その内、主催側の本音の空気に気づくことが出来れば、

セーフ。

その感性は、素晴しいと思います。

すぐに止めて、普通の、あなたらしさを取戻される方が善い。



分野がなんであれ、デメリットをまず、伝えてくれることが重要。

良い面とそうではない面があること、

それぞれに関しての経験値が伝える側にあること。

どれほど長く、その分野でいようとも、知らないこともあるのです。

私が経験した皮膚炎の症状やその流れさえ、知らない専門医が

何人もおられました。これが現実です。



なぜ、知らないのか。

ご自分が辛い苦しい経験をなさっていないから、です。

辛く苦しい経験をしたことがある人は、視野が広くなります。

いろいろな方面のことを考えれるのです。



交流することは、良い面ばかりではないのは事実。

良い面ではないことを経験しているかどうかが、重要。

経験するだけに留まらずに、その両方をきちんと理解すること。

そこから何を学んだのか、

どう思うようになったのか、

日常にどう活かしているのか、

自分の心持ちがどのようになってきたのか、

です。



なかには、

両方を経験しても、経験するに留まる人もいます。

それも現実だと思います。



メリットとデメリットの両方を経験し、良識を心掛けていれば、

養成講座というものに手を染めようとは思えないのです。

日本人は、「海外・著名・きれい(外観)」に弱いですから、

それらを看板にされている霊媒、講座の実情は・・・

言うまでもありません。



養成講座というのは、ビジネス。

当然ながら、内容は、人を多く集めることに重きをおかれています。



興味のある人は、開催されるでしょう。

興味のない私は、やらないだけ。



掲げる看板が世間的にどんなに魅力的?であろうとも、

一番大事なのは、人が見ていないところでの " 人となり " 。

繊細で精妙なもの※は、個の最も大切なものなのです。
※心、思い、感情、精神。無形だけど大切なもの、の意味。


だから、

組織化する必要が ない。

群れる必要も ない。

有名著名になる必要も ない。

海外に行く必要も、ない。

そういうのは、私利私欲以外の何物でもない。

何に重きを置いているのか。

上記のことは、自分に重きをおいているのであって、

大切なご家族、愛しい人の他界を経験された方々に

重きが置かれていないのが、情けな過ぎる。



信頼を頂いて、ご依頼くださった方々に

特別意識を植え付け、

能力自慢(自己アピール)に長け、

自己満足に浸るような夢見る夢子さん状態にしたいと

思えるわけが、ない。



長々と、熱く述べましたが、頑固な私は

スピリチュアルビジネス講座関係に興味ありません。

ですから、養成講座では ありません。



養成講座イメージを期待されて、ご依頼頂いてはいけないと

思いました。



おひとりおひとりの繋がり方を見つめていくのは、

難しいと思います。

脳も全神経も空気も、フル稼働で臨む所存ですが、

1回きりでは無理では?と思われる方もおられるでしょう。

でも、

1回だけです。



ご自身の今までとこれからが、" 本当の師 "。

ご自身が " 案内人 " です。

大切なものほど、インスタントでは出来ないのです。



恋と愛は違います。

愛と愛情も、違います。

愛情は、月日を重ね、様々なことがあって、

深みがました尊いもの。

それは、無形です。

肉眼では見えず、肉耳では聞こえないもの。

だから、尊く、永遠なのです。

この意味をさらに理解して頂きたいと思います。



どれだけ難しいことでありましても、

やるべきことなのだと思えています。

そして、とうとう その時機がやってきたのです。





そして。

長くなりついでに、もうひとつ述べさせてください。



毎日毎日、私は年をとります。(当たり前)

今後のなかでは、今日が一番若い。(笑)

この先、体調不調や、何かの理由で続けたくとも続けることが

出来なくなってしまう可能性もあります。

( 一寸先、人間はどうなるかわかりませんもんね。)

責任感をどれだけ持っていても、です。



ご自分でご家族、大切な方を少しでも感じられることが出来れば、

繫がることの意味が本当に理解出来ていれば、

「どうしよう!他の霊媒を探さないと!」と慌てなくて済みます。

口達者な霊媒や霊能者に、あるいは、養成講座の渦に、

騙されなくて済むわけです。(苦笑)

( ご依頼頂いた方々から、いろんな酷い実話を聞いています。本当に酷い。)







続けることを選ぶよりも、正しいことをしたい。

必要な人に、直接必要であれば善いだけ。



辛く悲しい日々を過ごしておられる人達が、

心から愛する人、大切な家族をこれからも変わらず、

大切にして、生きて行く_

経験を通して、いつも考え、いっぱい考え、悶々とし、

あーでもない、こーでもないと思いながら、考え続けてきました。

その手助けをするのが アガサとしての成すべきことで、

人としての、成すべきことだと思います。





まとまりのない文章ですが、思うまま、述べさせて頂きました。

これが経緯です。

思いでもあり、信念でもあります。



いつも、皆さんに励まされてばかりです。

本当に、有難うございます。

















= おまけ =

りんごのおもちゃは、これ。
縄を買ってきて、50cm弱で切って、結びをつけたもの。
歯磨きアイテムとしても使えます。
コーギーとは違い、歯がね、なんだか、すごいんですよ。
サメみたいなんです。




うるうるおめめ。
お母ちゃんに、おねだり中のりんご。
もちろん、食べ物をおねだり。
本当に可愛いですよねぇ。
動物は本当に純粋。





家族の、久々の畑収穫。
ジャガイモなんですけど、こんな形に。
天然のハート型ですよ! 天然!
自然って、すごい。



りんごの育児に振り回されますが、息子達を忘れません。
名前も普通に、日常に出ます。
行方不明の娘猫ぺこのことも、毎日毎日毎日、思います。
忘れる日なんてありません。
再会は、私がオババになって、他界した時。
ご先祖さんや近い親戚や家族達に挨拶したら、動物達と暮らしたいと思ってます。
虐待された動物達、虐待された子ども達を抱きしめたい。
そう思ってます。









アガサ



テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル:心と身体

空気の流れに沿って 〜 お盆明けより 〜 追記:8/17

2019.08.13 07:00|アガサよりお知らせ
空気の流れやそこに含まれるものというのは、実に不思議です。

不思議に思いながらも、数日、数週間、数ヶ月経ちますと

空気に察知した流れや含まれるものの確かさに驚きます。



何が起ころうとも不思議でないこの世ですから、

年齢と共に静観できるようになりつつあるとはいえ、

その流れや変化に応じるには、思案と勇気が必要。



日常を生きるなかで、偶然のことのように起こること_

それらを特別に意識することなく、自分なりに、その時なりに、

過ごしていく。

そして、ある日、突然、「 ああ、そうか 」と気づきます。



気づいてしまうと、今までのようでは居づらく思えます。

それは、まるで、服のサイズが合わなくなったかのように。



とは言え、

" 本当にそうなのか・・・" とも思います。



思案しながらの日常を送り、自分が独りになれる時間を重ね、

少しずつ、頭の中が整理整頓されていきます。

頭の整理がつきはじめると、心の中にある"決断の扉"の取っ手に

手をかけることが出来るのです。





自分には確固たる意志と信念があり、こんな自分に

信頼を寄せてくださる方々が、いつも胸にあります。

中途半端、道半ばでも、自分を優先できることであれば、

迷うことなく、私は気楽な方を選びます。

自分以外の人が関わっている限り、自分を優先しないことを

選ぶ方が自然に思えます。



過去、家庭事情のために辞めることも何度か よぎりました。

自分は影の存在だから、辞めたところで

星の数程おられる霊媒がくりひろげる通信や霊視というものに

何の影響もありません。

これは、自虐でも卑下でもありません。



どのような仕事(作業)も、その人でなければ出来ないというのは

ないと思います。 そのうち、まわっていきます。

だけど、信頼は違うと思うのです。

信頼は、人と人としての繋がり。

一度頂戴したならば最後の最期まで、その方の信頼に尽くしたいと

思います。

期待に応える程の能力はありませんが、尽くすことは出来ます。

それが私の願いであり、信念です。



自分が信頼を寄せたからには、何があろうとも一途に

信頼を心に持っていたいと思います。



交流に重きを置き、静かに内で燃やし続けるように臨み、

お伝えさせて頂くなかで、

必要で大切だと思えるものが芽生え、静かに育まれていきました。



” 交流はまるで、花火のようだ ” といつでしたか、拙ブログでも

述べさせて頂きました。

ご存知のように、日常は、花火的ではありません。

( 日常的ではないから、花火は美しいのだと思います。)



交流を伝え終わる度、頂いたメールにお返事を出す度に、

あっけらかんと平然と割り切ることが、

どうしても出来難い自分がおりました。



お盆明けには、ウェブサイトにも、わかりやすく表示が出来るように

致します。



すべては、空気の流れに素直に応じようと思います。
















【追記】8/17
ウェブサイトの内容を整理しました。
もしよろしければ、ご覧ください。













アガサ







テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル:心と身体

迷う時、悩みがある時には

2019.08.10 09:42|思うこと
いるべき時に、いるべきところにいて、

成すべきことを 成す。



これだろうとぼんやりと思うのです。



流れに身を任せる、というのは 簡単なようで難しい。

タイミングを見計らう、

機や時を見る、

というのも難しい。

言葉の数が少ないことほど、すごく難しい。

誰でも出来るようなことをし続けるのは、大変な忍耐が要る。



必要なものは、探さなくても 目の前にあって

それに気づくのは、事後的だと思います。

私はいつも、事後的に気づきます。(笑)



人間 誰でも迷うし、悩みます。

時折、悩まないことや迷わないことがあたかも自然で

優秀であるかのように、自己満足的な空気いっぱいで

おっしゃる方もおられるようですが、そういう方のことは

気にされないほうが良いと思います。

生きている以上、迷って、悩んで、普通なんです。

迷わず、悩みのない人は、ごめんなさい、自己陶酔型と思います。



考えて考えて考えて、

悩んで悩んで悩んで_

これでいいのかな? 違うんかな?

ああしておけば良かったのかな???

皆誰しも、こう思いながら 生きているのだと思います。



自分の感情に振り回されても、いいと思います。

振り回されるているのは、自分が一番よく知っているのですから。



いるべき時に、

いるべきところにいて、

成すべきことを 成す。



暑い毎日で 頭はぼぉ〜としがちですけれど

洗面所の鏡の隅っこに、このことを書いたメモを貼って

ふとした時に、じぃぃ・・・と穴が開くほど

見入っています。

















暑さの中にも秋が含まれてきましたね。

アガサ



テーマ:心のつぶやき
ジャンル:心と身体

お盆に思うこと 2019

2019.08.04 09:24|思うこと
びっくりするぐらい、暑い毎日。

もう暑いの、ええわ(やめて)。と思う毎日。

命の危険を感じ、地球は大丈夫か?と心配しています。
(大丈夫ではないから、この酷暑。)


昨年は、山の中生活でして夏を期待していた頃だなぁ〜と

思い出しました。

期待とは違い、山奥は暑かったのです。(苦笑)

「 ちょっとぉ、もっと こう 涼しいんちゃうの?!」

と山小屋の中で空気?山荘?山?に向かってボヤいていた私です。

よっぽど高い山に登らない限りは、山は暑いことを経験しました。

しかも、刺すブンブン系の虫がたくさん。

しかも、こちらに向かってくる!



山は、夏というよりは、10月下旬〜 12月頃が良いですね。

凍るのが激しいのは、1月中旬以降ですから、晩秋前後が最高だと

思います。

(この意見は家族全員一致です。笑)



お盆が近づいてきましたね。

他界した家族達や親戚の人達、先生、友人、動物家族達のことを

思います。

いつもより、思います。



お盆だけ、扉が開く・・・というのは、物質的だなぁ〜と思いますが、

物質世界に重きを置き、住む者にとってはそう言われた方がイメージしやすい

のだと思います。

それに、限定した方が、人の心理的には特別感が沸き起こるからでしょう。

特別や限定に無頓着な私ですが、物質的な考えを否定しません。

人様に迷惑をかけないのであれば、胸の内で思う程度は自由ですものね。



話を戻します。

お盆。

お盆を大人になってからは、あまり意識をしたことがありません。

仕事仕事仕事、で忙しかったのもあります。

多くの方々がお盆休みで、人通りが少なくて、クーラー涼しいな〜

と思えて、ちょっと得した気分を感じながら、仕事をしていました。



お盆に思いを馳せますと、思いますのはやっぱりこれ。

お墓参りと五山の送り火。

子どもの頃は、親に連れられて、お墓参りに行くのが常でした。

その帰りに寄れる、昭和な喫茶店で食べれるスパゲッティが、

小学生の私を何とも優雅でリッチな気分にさせてくれてました。

スパゲッティというよりは、焼きそばだったかも。笑

美味しかったなぁ〜。

懐かしいなぁ〜。



お盆の終わりといえば、五山の送り火。

実家から歩いてちょっとしたところから、送り火を見れました。

五山全部、見たい!とは、子どもの頃も大人になっても

思いませんでした。

何となく・・・そういうことではない、と思っていたからです。



小学生の頃、祖母と歩いてちょっとの大通りまで行って、

「 見えた? おばあちゃん。」

「 見えたで。ようけの人やな〜。」
(ようけの → たくさんの)

「 きれいやなぁ。あの近くは、熱いねんで。」

「 せやろなぁ。」

「 うち、お父ちゃんと行ったこと あるねん。燃えてない時に。」

「 せやったなぁ。登ったって言うてたなぁ。」

「 なんもなかったで。石で積んであっただけ。景色は良かったけどな。」

「 そぉかぁ。石が積んであったんや。へぇ〜。」

「 なぁ、おばあちゃん。ご先祖さんやらは、ちゃんと帰れはるのん?」

「 帰れはるで。そのために 送り火を焚いてはるんやから。」

「 そぉか。それやったら 安心やな。

 帰り道、覚えてはらへん人も やはるんちゃうかと思ぉて。笑」

「 どうもない。ご先祖はんは、ちゃんと 帰らはる。

 また、来るで〜 って言うてな。笑」



祖母との何気ない会話の帰り道、心の中で小学生の私は、

「 来年もまた、来てや。ご先祖さん。」と、思いつつ、

「 待てよ・・・見えてしまうやん? 見えた?・・・

 知らん人は居はるのに(見えるのに)、

 ご先祖さんは見たことないんちゃう?うち。」

小学生の頃というのは、本当に面白いもんですね。(笑)



祖父と小さな商店を営んでいた祖母は、どちらかというと

ガサツで陽気で勝ち気な女性。

時代が時代でしたから、お仏壇のお世話?は祖母の日課でした。

仏教を信じてたのではなく、ご先祖さんに感謝をしていたのです。

その後ろ姿を見て育ち、祖父母と同じ部屋で寝ていた私は、

ご先祖さんのこと、他界する、老いる、ということが特別ではなく、

とても普通でした。

おはようと挨拶をするのと同じように、日常的に思えていました。

寂しく思えても、悲しむことではないんだと祖母を行動を見て

そう思っていたのでしょう。



人様の、大切な方々との交流では、自分を静かに燃やすような馬力?で

心から心を込めて尽くして、交流をさせて頂いています。

これは当たり前のことで、私が優しいわけではありません。

人ならば、普通にそう思います。

人様の大切な方々とは、交流が出来ても、私自身の身内とは

そうは交流できません。

考えてみれば、それが 自然なのかなぁ・・・と思えます。



一昨年から、予期しないこと、望まないことが突発的に起き、

少ない選択肢の中から、どちらかを選ばなければならないことの連続で

しっちゃかめっちゃかの最中、酷い薬害皮膚炎になり、思えたことは、

" 人生は、先読み 不可能 " ということ。

人間、いつ どうなるか わからない、ということ。



望まないことも 起きる。

努力していても どうにもならないことも たくさんある。

でも、

人生に、生きていくということに 悲観はしたくない。

望みがある、報われるということではなくて

立ち止まりながらも、より自然に(普通に)生きていたいと思います。



お盆が近づいてきますと、

休暇と捉えて楽しむことも善し

日頃の疲れを労うために、ゆっくりのんびりも善し

忙しい日々では考えられないことに、思いを馳せるのも善し。



年のせいか何だかわかりませんけれども、

いろいろと思うところが増えたなぁ・・・と思いながら、

命の大切さを しみじみと思って過ごしています。



とにかく、

熱中症にならないように 皆さん、気をつけてください。

クーラーを点けた部屋に居ても、気をつけてくださいね。













= おまけ =

りんご、です。
只今、初ヒート中。
マナーウェア(おむつ)にテンテコマイし、暑いだろう?かぶれてない?で
着けたり外したりで、気が気でない母ちゃん(私)。
暑いだろうと思って、毎朝5時前に母娘で散歩。
到底、善光寺さんまでは行けず。(苦笑)
雄犬くんに合わないように祈りながらの早朝散歩です。
すっかり、娘を守る母親根性が育ってきました。

お〜い! ごん達ぃ。元気かぁ〜?!
暑さなんて、関係なくて良いねぇ〜。
(羨ましいぞ、マジで。笑)

















寒がりで暑がり@アガサ




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ジャンル:心と身体