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2019/05/19.Sun

対面ご希望の皆様へ 〜 ステロイド外用剤副作用による皮膚炎 〜

対面をご希望くださる皆様に ご理解を頂戴したく書かせて頂きます。



今年の夏頃までの間、

お約束日の1週間前の体調次第で交流が可能かどうかをご連絡させて

頂きたいと存じます。

交流のために様々なことをご準備されることは重々承知をしておりますが

お伝えする私には、大きな責任があると思い込んでいます。

気軽に臨むことは性格的にも出来ません。

誠に申し訳ございませんが、ご理解を頂いたうえで、対面のご希望を

頂戴したいと存じます。



- - - - -


昨年、海から山の中へと引越し、様々なストレスが軟弱な私にのしかかった

からでしょうか、明確な理由はわかりませんが、顔面が赤く腫れ上がる症状

になりました。

ちょっとやそっとの腫れ方ではなく、満月のように腫れ上がり、顔や首から

は組織液が吹き出すため、別人の顔のように腫れます。

顔全体を火傷した・・・という感じです。



痛みと痒さ、顔には熱くて固い移植した肉がはっついているかのような感覚に

昼も夜もなく、耐えに耐えていましたが半月程しまして、なぜこうなったのか?

ということを知りたかったのもあり、医師に診て頂きたいと思いました。

はっきりした原因はお医者さんから聴けませんでした。

処方されました塗り薬をつけて、治ったと思い込んでおりましたが、

数ヶ月しますとぶり返しました。

再診に行き、また、言われた通り、塗り薬を塗っておりましたが、

どうも、塗り薬(ステロイド)が合わないと言いますか、

皮膚が薄くなって来まして・・・こりゃ、おかしいなと疑問を持ち始めたのです。



今年の1月下旬に再発したのを機会に家族で何度も話合い、

自力で通院に便利な市内に越すことに致しました。

市内に越してからおふたりの皮膚科専門医に診て頂きまして、

ステロイドによる皮膚炎という判断を頂きました。



先々月の3月末ぐらいに、ステロイド外用剤を全部捨て、

強烈な副作用に耐えていくことを選びました。

※ご興味のある方は、「ステロイド剤 副作用」と検索されますと沢山表示されます。



先月の4月からは、ビタミン剤、いつも通りの規則正しい生活、

副腎が正常に働きやすくなるために必要な栄養素(食事)、

そして、忍耐。

色々とインターネットで調べていますと情報にばらつきが出ますが

自分の頭の中で整理をし、自分の身体の声に耳を澄ませ、

一番必要な "開き直り精神" で自分の身体と向き合っています。

少し良くなる時期もあり、また、悪化する時期もあります。

悪化する時は気分が凹みますが、不安を蹴散らす方法は

調べること。

インターネットで調べていく中で、随分と皮膚のことについての

知識が増えていきました。



山の中に越した年、隣市の医院で処方されたステロイド外用剤を

初めて使用した時には、「すごい!」と驚嘆しました。

日々の痛みカユミ辛さから一瞬にして解放される感じ。

だけど、しばらくすると、また、ぶり返す。

お医者さんの判断だから、専門だからと信じ、塗る。

報告がてら再診に行きますと、「ぶり返す・・・なんでかな・・・」

と頭をひねりつつ、「少し強めの薬にしてみましょう。様子見てください。」

その言葉と"お医者様だから"というのを信じて疑わずに塗っていました。

専門家に頼り切るのではなく、自分でも調べないといけませんね。

自分の身体なんですもの。(苦笑)



ステロイド副作用の症状は、難治と言われています。

薬剤によって副腎の働きが鈍く悪くなってしまっているのを

"正常に動く日"を待ってあげるしかありません。

その日はすぐに来ないし、三ヶ月間は特に辛く酷い症状が

やってきます。

日常生活にまで支障が出ますので、仕事を辞めて治療に専念する方、

家族と離れて生活する方、入院をされる方も多くいらっしゃるそうです。

入院すれば、いつも、お医者さんや看護士さん方、同じ症状の入院仲間さんが

おられるのでそれだけでも安心出来そうですが、私には無理。(苦笑)

我が家に来て間もないわんこと、思春期の子どもがいますので、

お母ちゃん(私)が長期間自宅を空けることは、現実難しいです。



関西には専門医の方々が多いようですが、長野にはおられません。(苦笑)

診て頂きたい時は、重症の時。

重症の私につきそってくれる家族はおりません。(大笑)

何が何でも、自宅で家事を最低限しつつも、耐え抜かねば!



できる範囲で、自然なものを身体に取込むことにしました。

漢方(生薬)は、" 良薬、口に苦し "ですが、自然。

すぐの効果を期待せず、体質改善のつもりにしばらく続けようと思います。



人生というのは、いつ何時、何が起こるかわからないなぁ・・・

健康って、ある日、突然、どうなるか分からないもんなんだなぁ・・・

と思いました。

普通に生活出来ることが どれだけ有難いことか!(笑)



小さな頃から病と共に生きている方々のこと、

看病をされているご家族の方々のお気持ち、

日々、どんだけ耐えておられ、

どんなお気持ちで過ごし、

家族と自分を励まし続けてこられているか_

このことが身にしみて、とてもわかりました。

耐え難いものがある時もありますが、" 開き直り精神 " で

心やわらかく生きて行きたいと思います。











尚、お電話とスカイプにつきましては、発熱・顔面腫れしない限り

お約束通りです。






















5/20追記:
励ましのメール、ご経験のメールなど有難うございます。
とても励まされます。



アガサ






アガサよりお知らせ | Comments(2)
2019/05/12.Sun

母の日に寄せて

子どもの頃は今の祝日のように連休を意識された設定ではなく、

◯月○日と決められていましたね。

日が決まっている方が印象深いものがあったように思えます。



母の日。

毎年、お花を贈るぐらいしか出来ない親不孝もんの私。

それでも、母は嬉しそうに御礼の電話をくれるのです。

実際、母はお花が大好きです。

母は私のなかで、50代ぐらいで止まっています。

いつの間にか、高齢と呼ばれる年齢になり、父のもとへ

召されても自然に思えるお年頃です。



子どもの頃、母のことが好きなのに、母のような生き方は

したくないと強く思い込んでいました。

50過ぎた今、母の生き方は私が願っているものでもあるように

思えます。



" 故郷で生まれ育ち生きる。"

転々としますと、故郷が少しだけ薄らぐような気がしています。

薄情なことではなく、故郷以外の住んだ場所にも思い出が生まれる

からです。その地その地に、色々な思い出があります。

母の人生とは違い、私の人生は、余儀なく引越すことが多い。

ほぼ、同じ場所(都道府県)で人生を積み重ねられることは、

年齢を重ねれば重ねるほど、私の内で深い憧れ、淡い夢のように

思えます。

転々とすることに、さすがに疲れてくる年になりました。

家族それぞれのためとはいえ、ね。(苦笑)



すみません。前置きが随分長くなってしまいました。

母の日に寄せて、頂いたメールを掲載させて頂きたいと思います。


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今回で3回目となる交流をして頂き、毎回母は「明るい方」だと言って頂き本当に嬉しいです。
(ア:全く覚えておりませんが、母上のご性格が今も尚ということです。)

相変わらず父が心配な事、私の結婚の事、変わらない母で胸がいっぱいになります。
いつも家に、そしてそばに居てくれてるとの事ですがアガサさんに交流をして頂く
この機会は本当に母と会話をしているようで不思議だけれど不思議ではなく、
以前のような感覚になれます。

月日が流れ、受入れている部分と受け入れられない部分がありますが、
何より母が元気で変わらない事で救われます。

(略)

婚活に関しましては、普段の生活にじょじょに取り戻しつつある時、
ふと父を安心させなければ・・・と考えました。
どうしたら?と考えた時、やっぱり私の将来の心配が一番だと思いましたので
一念発起し行動に移しました。

私は父と母が築いた家族が大好きでここを離れたくない・・・
と若い頃は結婚願望が無く、ぬくぬくと甘えてました。
母があちらに住居を変えた時も今まで充分幸せだったから残りは地獄でも耐え
られる。と思っていました。
でも、3回の交流でやっぱり出てくる結婚の話・・・・・。
重たいお尻を上げ、今日に至ります。

(略)

- - - - -



お会いする度に、その方の空気(雰囲気?)が違います。

面白いもんだなぁ・・・と思えるほど、空気が違うのです。

毎日の積み重ね、日常がそうした変化を生むのでしょうね。

Cさんも空気が変わられたかな〜と思いました。

良い意味で、です。



Cさんのお母さんが、毎回、娘さんの結婚について仰っていたとは・・・笑。

そのお変わりのないところが、私にもとても嬉しく、

人様のご家庭の温かさ、ご家族への愛情に浴すると

心がほんわりと温かくなります。



結婚が全てではないと思っています。

結婚すれば絶対にしあわせになれる!ということでも

ありません。

信頼できる、安心できる、あくせく働くこともない・・・

夢は広がりますが(笑)、結婚はそんな甘くない、ですよね。

いろんなことがありますし、

不意打ちのことも起きます。

自分独りの方がよっぽど、気楽! と思えることも多々あります。(笑)



それでも、親というのは、自分が他界した後、大人に成っていても

わが子のことを気にかけます。

子が自分と全く同じ経験をするわけではないけれど、

子を信頼していないのとは違うのですけれど、

なんせ 親は いつも 子を思います。

子が いくつになっても、です。



なかには、

親に苦しめられ続けた方もおられます。

どんなにお辛かっただろうと思います。

そうしたお辛い子ども時代、少年少女時代を過ごされた方々は

本当に優しく、とても繊細です。

ご自分が身内から苦しめられたからこそ、

人の痛みがわかるのです。

良い思いばかりをしていては、思いやりは育ちませんもの。



自分の年齢の時、

母はどうだっただろう・・・

父はどうだっただろう・・・

どんなふうに生きていたっけ・・・

そう思う時があります。



親が老いていく姿を見るのは、子にとって辛い時があります。

自分の知らない人みたいと悲しくなることもあるでしょう。

だけど、自分も親と同じぐらいの年齢になった時、

似たり寄ったりになるのです。



肉体は 老朽化します。

肉体は 変わります。

性格や性質、人柄というのは、そんなに変わりません。

懐かしいまま なのです。



私が交流に臨む時、最も重要視するのは

お人柄。

性格です。



交流は、大切な方とアガサだけがするのではありません。

会席者全員が交流に参加するのです。

だから、交流なのです。



Cさんは書いておられます、

"この機会は本当に母と会話をしているようで不思議だけれど不思議ではなく、

以前のような感覚になれます。"

というように。



そこに、会いたい話したい母上がおられるから、

母上と会話をしているように思えるのです。

いたって 自然な思いです。



と、私は思います。












アガサ








愛しい家族、大切な人との交流 | Comments(0)
2019/05/05.Sun

一日一歩

自分ではどうしようもない時、

不安で辛く、途方に暮れる時、

自然に 心に思い浮かぶ曲があります。

何度か歌詞を思い浮かべ、時に、独り小さな声で口ずさむのです。



50年程前の曲、「365歩のマーチ」。

ゆっくりとしか 歩けない時もあっていいんだ、

ちょっと進んでも また ぶり返してしまう現実も

そういうこともあるよなと思えるのです。



一日頑張っても 一歩だけ。

だけど 三日続けたら 三歩になる。

一歩がしんどくて 一歩も進めない日が あっていい。

後退してしまう日だって あるんだよなぁ・・・

凹みながらでも いいんだ。



そんなふうにして、自分の些細な毎日は

目には見えないけど、歩いた軌跡を振り返った時

目には見えないけど、きれいな花が咲いているのだから。



このように解釈しています。笑

何度も何度も凹みながらも、

” 焦るな、自分!”

そう励まされる曲です。



オシャレではないけれど、

なぜか気持ちが楽になるシンプルなこの曲が

大好きです。







一日一歩。
















アガサ







日常 | Comments(0)
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