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Author:アガサ
他界された愛するご家族、大切な方との対話を地道にお伝えしています。

アガサ

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口数の少なさから学んだこと

Kさんから頂いたメールです。

- - - - -
(略)

先日は、穏やかに過ごす息子の様子をお伝えいただき、ありがとうございました。
表現の仕方、言葉の使い方、考え方、すべてが生前の息子の姿そのもので、
旅立った日からずっと苦しかった気持ちが少しほぐれていきます。

アガサさんが仰った「(略)」、
心に温かく心に染み込みます。

穏やかに楽しくいてくれている、場所が変わっただけで、
今も息子は何にも変わらずに過ごしているんですね。
それどころか、新しいお友達も二人出来て、勉強したり、
私のそばにも来てくれたり、
忙しく、まだまだ成長・進歩を続けていることが、
夢のように嬉しい事でした。

自分で下した人生の大きな決断に今もぶれることなく、
「これで行くしかない」は実に息子らしく、
悲しいことではありますが誇りにさえ思えます。

おにぎりにはびっくりしました。
息子が食べたいと思う気持ちが私に伝わったのか、あるいは、
私がおにぎりを思い浮かべた事を「知っているよ、そばで見ているから」と教えたかったのか。
どちらにしても、お互いに想い合っているんだという事を心底実感しました。

私が生きている限り、手元に置いておこうと思った息子のお骨、
納骨することにしました。
お墓を購入し、墓石のデザインも慌ただしく決めました。
「◯」の文字を入れます。
いつかお墓を建てたらそうするつもりでした。
ただ、これは「いつも想っているよ」の気持ちでしたが、今の思いはまったく違います。
「お互いに想いあっているね、永遠に」ということ、
そして、想いが一方通行ではなく、息子も常に私たちを想ってくれている事に
「ありがとう」の気持ちを込めて。

(略)
- - - - -



あまり話さない、

口数の少なさは 私自身あまり気になりません。

話したくないわけじゃないのです。

自分の存在を知ってほしい、

一言でも何か話したい、

そうした思いがあるからこそ、

他人の私の傍に立ち寄ってくださるのです。



口数が少なくとも、大切な思いがある_

この些細な当たり前にも思えることが心底わかった時、

青年がどういう伝え方で伝えてくれていたのかが

はっきりとわかったのです。



< この人(私)、わからんちんだなぁ〜 >

と苦笑いされていたかもしれませんが、それでもなお、

息子さんが諦めもせず 心から話してくれていたから

わからんちんの私に届き、伝わったのです。



< 普通のおにぎりが 食べたい >

( 普通のって、混ぜ物なし、ですか?)

そうすると、彼は私に懐かしいあのおにぎりを見せてくれたのです。

( あぁ!これね! 本当に普通のおにぎりだ!笑)

( お母さんにそう言います。わぁ、美味しそうだなぁ。)



おにぎり。

おにぎりなんて、ものすごく些細な小さなことだと思われるでしょう。

大したことじゃない、と思う方もおられるかもしれません。

だけど、そうじゃない。

些細なこと、普通のこと、特記すべきことではないことを私は

ものすごく大事に思えます。

日常の気持ち、感情ほど、その人らしさを感じるのです。



おにぎりのことをKさんに話しますと、本当にびっくりされていました。

私の方がびっくりするぐらい、びっくりされていました。

それが、家族なんです。

他人は取るに足りない、大したことのように思えないことでも

家族にとっては、大切な人にとっては、大きなことなのです。

それが想い。



想いというのは、思いじゃない。

相手を心から思う想い。

美しいですね、日本語は。



子が親を想う。

親が子を想う。

大事な人を想う。

その想いは、やっぱり伝わっているんだなと思いました。



淋しいは、当たり前。

悲しいも、当たり前。

逢いたい、というのも本音で、

それは無理だろうなと思う自分にがっかりするのも本音。



逢いたい、抱きしめたいを私達はこちらでいっぱい貯めるんです。

めっちゃ貯まるでしょ。

私も相当貯めてます、逢いたい気持ち抱きしめたい思いを。



息子さんが「普通のおにぎり」とおっしゃって見せてくださったのは

本当に 普通のおにぎりでした。

交流の後、その普通のおにぎりが私も大好きだった少女の頃を

思い出しました。

母が学校から帰ってきた私や兄弟のために、

普通のおにぎりをおやつとしてお皿に置いていってくれてたこと。

母が作ったしりから、その普通のおにぎりは 子ども達の口に入り、

お皿不要だったことも。



ほかほかの白ご飯に、塩が少しあって、

ノリがちょっとだけ巻いてある 普通のおにぎり。

母の味。

おふくろの味です。



特別じゃない " 普通のおにぎり "だけに、

交流の後、思い出して ちょっとだけ泣けました。



母の味 か・・・

懐かしいなぁ。















= おまけ =

ちょっと前まで、雪が積もっていたのですが
ここのところの気温で 雪は解けてしまいました。
だけど、山の中のお天気は天気予報通りにはいきません。
4月ぐらいになって、突然降ったりします。
だけど、
もう春が近づいているんですね。
この寒い写真の芽も膨らみ続けていますよ。











アガサ
















テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル:心と身体

軌道修正・・・か

2019.02.21 13:47|アガサよりお知らせ
お久しぶりです。

そこそこ お元気におすごしですか?



ご依頼のお引き受けに関係いたしますことですので

甚だ恐縮ですが個人的な流れも含めながら、ご報告いたします。



●要点

この春、長野市内に越します。

対面をご希望の方には、少しでも便利になるかと存じます。

駐車場もすぐ近くで1台確保出来、

電車の乗り継ぎもそこそこ良いように思います。

小さなアパートですが、ご勘弁ください。



● 時の流れ

ようやく山中生活に慣れてきたと思った矢先の今年1月。

予想外にも、先月下旬あたりから変化の波が表立って出てきました。

一つの波が終わったと思いますと、また、次の波が・・・

というように、家族ひとりひとりにとって、また、それぞれに

関係してくることが表に出てきました。



「 先のために、変われ 」と言われているのか、

「 このままじゃ いかんぞ 」と言われているのか、

あるいは、

年齢的な変化の時期が重なり合ったために、

軌道修正が必要になってきたのかはわかりません。

とにかく、

目の前に起こってくるひとつひとつ、家族ひとりひとりの

気持ち、方向や体質に対応していく他ありません。



もう少し頭を使って、要領良く出来ればいいのですが

次から次へと起こってくる変化の波を私は かわせずに、

真正面から向かってアップアップしてしまうようです。

自分の不器用さ加減が情けなく思え、途方に暮れながらの、

ぎゅっと圧縮された数週間でした。

同時期に、顔面が赤く、倍近く腫れ上がり、耳や首、腕、脚に

おびただしい湿疹が出ました。

昨年経験したとはいえ、(まいったな・・・同時期か )です。



( 自分ひとりだったら、こんなに悩まなくて済むのにな・・・)

幾度となく ふと こんな思い(弱音)が頭をよぎりました。

多分、ひとりだったら、

(家族がいれば、こんなに悩まなくて済んだだろうなぁ・・・)

って思うと思います。



家族は、本当に不思議です。

自然に支え合える家族もいれば、互いに傷つけ合う家族もいて、

無関心な関係もあったり、比較的仲の良い家族もいます。

家族といえども、様々なタイプの人間の集まり。

社会と似ているような気もします。



誰かが楽をして、誰かがしんどい思いをし続けるのはおかしい、

というのが自分の考えのひとつ。

そして、

子どもがいる以上、子どもを中心にした家庭作り、

助け合いと理解する心はすごく必要。

と思っていても、余裕がなくなりますと人間というのは

自分の感情が揺れに揺れまくります。



そうした大波大揺れの時期も、何度も開いた家族会議と

心友からの叱咤激励の一言のおかげで、

少し乗り越えられたように思います。

どれほど色々な事を考えて、決めたことについても

これで良かったんだろうかと思うこともやっぱりあるのです。



限られた可能性の中での選択は、

ひとつのことを選択すればしたで、その先に新たな不安が

立ちはだかっているのですから、仕方がないといえば、仕方がない。(苦笑)

まぁ、肉体を持って生きるというのはそういうもんなのかなと思います。

頑張って 踏ん張って 生きていく他、ない。



1年前、

家族と一大決心をした山の中暮らし。

今までの常識が通用しない日常で、私などは

必至のパッチでした。



ようやく慣れてきたと思えた頃、家族それぞれの周囲にある

ふつふつと沸いてきた変化。

( 頼むから、のんびり生活させて・・・)

自分の願いとは裏腹に、小さな波が幾重も寄せているのを

何とか平らになるようにと努めれば努めるほど、不自然に

思えてきたのです。



( 膿みを出さんとあかんのかも・・・)

不自然なことというのは、皮膚炎の湿疹のようにある日を境に

どんどんと出てくるんですね。



心配しだしたらキリがないけれど、

出来るなら、スムーズに行く時期があってほしい・・・

ところが、スムーズに行くことばかりではないのが人生。

人生はいつも、不測の連続。

往々にして 痛みを伴うこともあるけれど、

そういう時期なのかと思って

軌道修正を受け入れるしかないと思ったのです。

それからが大変、ですわね。(笑)



まだ1年しか経っていない内に軌道修正せねばならないのは

正直、勘弁してほしい気持ちがいっぱいです。

が、仕方ありません。

家族それぞれが岐路なんでしょうから、億劫がっていても、ねぇ。



いつまでもバタバタしていまして、すみません。

便利になるので、ご勘弁ください。(笑)










= おまけ =

現地に初めて行った際に寄ってきた善光寺。
門前には立派な像がありました。
この像の裏に在る像にはさらに驚きました。
そう言えば、他界した父が「 善光寺さん、善光寺さん 」と言ってたっけなぁと
突然思い出しました。
父は元気にしてるかな?
お父ちゃん、孟母三遷って、気力体力資力が要るね。











アガサ


















なんでもやらなくていい。

Kさんから頂いたメールをほぼ全文掲載させて頂きます。

書かれた言葉ひとつひとつにKさんの思いや日常が含まれています。

それらを想像し、かみしめながら ゆっくりお読みください。


- - - - -

(略)

今回は2度目の交流でした。最初は夫が亡くなってちょうど◯年後くらい。
その時の夫は突然の病死で混乱していたようです。
しかし夫と話すことができ感激と感動で涙波でした。

2度目の今回は、亡くなって◯年。
必ず来てくれると思っていたせいか、どこかワクワクしてこの日を待ちました。
前回の経験やメールのやり取りから、アガサさんを200パーセント信頼していたので、
(ア:Kさんのご信頼は伝わっています。ありがとうございます。)
不安心配は全くなく穏やかにこの日を迎えたと思います。

まず夫が伝えてくれたのは、私の身体のこと。
身体が冷えていて体調を崩していること、自分(夫)のかわりをしようと
何でも買って出て私一人でやろうとするのを、やめないといけない、
一人じゃなくもっと誰かの手を借りる方法がある、そのことを私に
ずっと言おうと思っていたこと。
もう私自身も納得することだらけでした。
節約のため、一人の時は暖房を使わずにいた私を夫は心配して
身体を冷やしてはいけないと言いました。
(略)
昔から登山、山が大好きな夫が、山にお住まいのアガサさんとその環境を
羨ましく興味を持った様子を伝えていただき、本当に間違いなく
我が夫がいると嬉しく思いました。

この交流の日はあえて子供の大事な日にしました。
子供が大学で長いこと勉強し、とても大事な発表をする日、その時間でした。
大学に入って一年ちょっとで、夫は急に亡くなりました。
一番心配していたのはその息子のことだったでしょう。
息子にも大きな葛藤がありましたが、しっかり勉強を続け、今後もさらに
学んでいくことを決めました。

交流の途中で、夫が「息子がホッとして満足そうな顔をしているのが見える」
と言うのをアガサさんを通して知り、私も息子が大事な発表をやりきったのだと
確信し、本当に本当にホッとしました。
夫の言葉はアガサさんを通して伝えられるわけですが、私としたら
夫と普段のように会話していた感覚でした。

(略)

私が一日中、うるさいくらいに夫に話しかけいる(ほぼ独りごと)のも
夫は聞いてくれていたんですね。
3割はありがたく、3割は面白がって、残りはちょっとあきれて?(うちの
奥さんよく喋るな〜)聞いてくれてるようで(笑)。

こちらとあちらは全然別の世界のように思っていましたが、
そうではなく重なってるところがあるんですよ、ラジオの電波のような
感じです というアガサさんのご説明がわかった気がしました。

この交流の前、夫のお墓参りに行きました。
夫からの言葉は、「寒くなかったか?有難いけれど
無理しなくていいよ。自分はそこにいるわけじゃないし」でした。
確かに久しぶりに雨が降って寒かったのです。

姿形は見えなくなった夫ですが、それでも私や息子を心配して
今も想い続けてくれていること、さりげなく側にいる合図を
送ってくれていること、大きくなった息子だけど時々幼い日を
思い出し今もとてもかわいいと思っていること。
それは私が知る夫そのものでした。

夫の死から◯年がたっても、実はまだまだ私は泣いて、まだまだ暗闇に
落ち込み、全部は夢なのではと思う日もたくさんあります。
しかし交流を通して、夫は死んだけど今もいる。はっきりそうわかって
本当に心が楽になり、穏やかな気持ちになれました。

(略)

- - - - -



交流も終わりかけていた頃、

私「何かお尋ねになりたいことはありますか?」

K「 以前、熱心にマラソンをしていたのですが、

  今も走っているのでしょうか?」

そのままの意味で、ご主人に尋ねてみました。

すると、満足そうな顔をなさって

< いいえ。もう走っていません。>

( そうですか。)

< 走る必要がなくなったんです。笑>

( 必要?)

< はい。>

「 Kさん、ご主人は今は走っておられないとのことです。」

「 そうですか。」

「 はい。満足そうな顔をされていて、走る必要がないそうです。」

ちょっとだけ間が空いたように思いますが、

Kさんはすぐに納得されたように こう話されました。

「 走る必要がない、というのはわかります。

 仕事が忙しい人だったので、『 走らなきゃやってられない。』

 とよく言ってました。じゃぁ、満足しているんですね。」

「 だから満足顔なんですね。なるほど。」



ご主人は前日ぐらいからでしょうか、何度か私に

同じことを繰り返して 話しておられました。

< 焦って なんでもやらなくていいよと話してください。>

( わかりました。Kさんにお伝えします。安心してください。)

確か数度言われていました。

その度に同じ返事を返しました。



言いたいこと、話したいことというのは、

そんなに多いわけじゃない。

だけど、話される言葉ひとつひとつには 心がこもっているのです。

妻を思う気持ち、

子を思う気持ち、

気持ちや心というのは、深く温かさがあります。



心ごと まるごと受けとめて、受け入れて、

ご家族に 心から伝えて、

ご家族が 心から受け入れられて、

そうしてはじめて、「伝えましたよ」と返事できるのだと

思っています。



交流の時、突然、ご主人が嬉しそうになさって

< 息子がほっとして、満足そうな顔をしています!>

と、おっしゃったのです。

( Kさんに伝えます。)

「Kさん、今、ご主人が「 息子がほっとして満足そうな

 顔をしてる!」とおっしゃったんですよ。」

「 あ!そうですか! そうかもしれない。今ぐらいかも

 しれない。」

電話口でぽかんとしている私を察知してくださったKさんは

「 多分、論文発表が終わったんだと思います。

 それぐらいの時間だと思います。

 そうですか! 良かったぁ!」

と それはそれは嬉しそうでした。

本当に嬉しそうなご夫妻。

お父さんとお母さん。

私は、胸にぐっときていました。

息子さん、頑張ったね。としみじみいたしました。



親が子を思う思いは、とても深いように思います。

子の成長に応じる時、時に、親は複雑な思いを経験します。

成長は、嬉しいこともあるし、もう親の手を離れていくんだ

という一種の淋しさもあるように思えます。

親が子に対しての考えや扱いを あらためなければなりません。(笑)



そして。

父親が子を思う、その思い方と 母親が子を思う思い方は

また 少し違うように思えます。

どちらも体験させて頂きました。

どちらも私自身、体験中ですので非常に参考になりました。



海より 深く、

山より 高く。

ですね。



付け加えるならば・・・(お許しください)

海より 広い選択肢を与え許し、

山の隆起のような人生であろうとも、

子は 子が 自分の人生を生きるのだ。

親は・・・子の空気を感じ、

子を人として敬意を表する・・・

そのように思えています。















= おまけ =

先々週でしたか、そこいらの枝には美しい自然の造形がありました。
氷の透明度が高いでしょ。
本当に綺麗なんです。

今朝、家族の見送りから帰ってきますと、マイナス10度。
なんだか、首もとが寒いかも・・・と思っていたら、
マフラー、してないやんっ!!!
随分と慣れたふうですね、寒さに。
慣れたんじゃなくて、諦めです。(笑)
こんなに寒くても、ぼちぼち、虫を見かけるようになったんですよ!
まだまだ、寒いから出てこなくていいよ・・・(苦笑)








アガサ








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