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Author:アガサ
他界された愛するご家族、大切な方との対話を地道にお伝えしています。

アガサ

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自然な繋がり

多くの方々が交流に望まれることのひとつに、

他界した家族や大切な人は、" 私達のことを何でも知っている "

と思いこんでしまうことが挙げられます。



悩んでいることや迷っていることについて何も尋ねていないのに、

それに関して助言されたら、びっくりします。

(私もびっくりします。)

知っていてくれていることは、とても嬉しく、

歓喜に似た気持ちになります。

けれども、「 知ってくれていない = 無関心 」では

ないのです。



いつも 自分のことを見ていてほしいと願うのがいけない、

という意味では ありません。誤解されませんように。



「 ブログに書かれている人達のように、

 自分の家族も そう言ってくれたらいいなぁ・・・」

と、思われる方々も多くいらっしゃいます。

お気持ち、わかります。

羨ましく・・・思ってしまいますよね。

いいなぁ〜と思ってしまうかもしれません。



お伝えする時、交流の際に私が願うことは、

伸び伸びとされておられる状態であるかどうか ということ。

思いつくまま、羽を伸ばして自由に交流して頂きたいのです。

交流に臨む方の気持ちとしては、すごく複雑ですけれど

それでも、やっぱり、微塵の束縛も制限もかけたくはありません。



良い雰囲気だったら、来易いし、話し易いと思います。

自分の機が熟していないのなら、私だったら行かないかな?

話せるようになったら、自然と話したいと思うでしょう。

とにかく、良い雰囲気、話し易い雰囲気を作ることが私の

努めることの大きなひとつだと考えています。





Yさんのご感想を少し掲載させて頂きます。

- - - - -

(略)
おかげで素晴らしい時間を過ごすことができました。

じいちゃんが来てくれたのは驚きましたが、
昔から目に見えない誰かが僕のことを常日頃から見ているとしたら、
それは多分じいちゃんかなぁと勝手に思ってたので、
「やっぱりそうなんだ!」と嬉しくなりました。
じいちゃんの子供や孫の多い家系なので、
四六時中僕だけ見ているワケではないと思います(笑)。

◯さんとも久しぶりにお話できて楽しかったです。
昔、◯さんに何度か転職の相談をした時に
「自分の将来のことは自分自身で決めるものだから、
Yがそう思ったのならこっちが引き止められるものではないけど、
でも辞めて欲しくない」と話していたので、
退職することに関してもっとしんみりするかと思ったら意外(?)と
サバサバしてるというか、むしろ背中を押して送り出されたような感じ(笑)。
それもまた◯さんらしいなぁと思いますし、
(略)
職場を離れても変わらぬ縁でいられるのは、ある意味では
こういう状態になったからこそなのかなと思います。
(決して他界されたことが良いというワケではありません)。


- - - - -



Yさんは、とても自然な雰囲気を持っておられる男性です。

素朴な方です。

Yさんが職場でとても信頼されている先輩とお祖父さんとの

交流をされました。

先輩は確か・・・子どもさんのことをすごく気にかけて

おられらたのを思い出します。

子どもを残して、若くして他界された先輩◯さんにとって、

一番気になるのは当然ながら、子どもさんのこと。

子どもさんのことを抜きにして、Yさんのことだけを

話し続けておられたとしたら・・・

多分、私は不自然さを感じます。

交流前に、子どもさんのことを気にかけておられることを

話して頂けたから、私も先輩○さんへの信頼を厚く出来たのです。

Yさんとお祖父さん、信頼の厚い先輩との繋がりは、

非常に深く、とても自然な繋がりです。



自然で深い繋がりというのは、

情報として知っている事柄の量では計れません。

尊敬し、信頼をしている人のすべてを知っているというのは、

ある種の不自然さが匂います。



" 自分のことを知っていてほしい。"

知るということは、理解する とは違うのです。

知るということ自体は、淡々としています。

物質的です。

知るは、単なる情報。

理解する、というのは、思いやりやご本人の人生経験が

含まれいると思います。



" 相手を理解する。"

そこには、自分の感情や希望は 横に置いておける、

相手を理解しようとする深く広い心が在るということ。

それが、自然で深い繋がりだと 私は思うのです。



こちらとあちら、所属する先、土俵が違うといえども、

自然な繋がりに垣根はありません。



交流に対しての偏見も取除いていきたいと思います。

その偏見とは、不安という意味。



信頼に不安など微塵もないのです。

交流は、そのことを再認識して頂く機会でもあると思うのです。















= おまけ =

山に住む動物達の足跡です。
右下は、鹿さん。コーヒー豆のような感じです。
左上は、多分、狸かな。
最初、猫ちゃんかなと思ったのですが、ちょっと大きめ。
狸ですよ、狸。

先日、人の気配(私達家族)がしたので急いで逃げる際に
雪でツルッとずっこけていました。
その姿を見た家族達は「お母ちゃんみたい」と即効言いました。
言われる前に、ずっこけた狸の姿に親近感がわいていました。
(どんくさいことを自分で思う分はええけど、
 いちいち、家族から言われんのは腹立つねん!(笑))

動物占いで、たぬきだから親近感がわくのでしょうか?(笑)








アガサ







テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル:心と身体

再婚したって

時の流れに沿って、私達を取り巻く環境も心境も

変化していきます。

その時は、心に固く そう思っていても

時の流れによって 少しずつ 変化してくるのは

自然の流れだと思います。

物事や考えが変化してくるには、きっかけがあります。

キッカケの中でも特に"縁"は、本当に不思議に思えます。





「 晩ご飯のおかずは、何にしようかなぁ・・・」

いつものことか、時々かは自分でも分かりませんが、

料理を作る意欲の無さいっぱいの私は、

冷蔵庫内を物色していました。(笑)

< 肉がある >

( お肉かぁ・・・あっさりしたもんが良いんだよねぇ、私は。)

子どもの頃からお肉が苦手。

嫌いではなく、苦手なのです。



家族のためだと思いつつも、気が乗らない時もあります。

だけど、この日は、お肉を使わないといけないような・・・

そんな気がしてなりませんでした。

( お肉かぁ・・・まぁ〜、そうするか。)



料理中、今度はお酒まで気になってくる始末。

お酒は遠い昔に断ち、アガサを続ける限りは

どんなにすすめられても、絶対に飲まないと

自分に固く約束をしているのに、です。

( お酒が気になるとは・・・どういうことだ?!)

飲みたい、と思った自分自身にムッとしました。

同時に、あ!と気づきました。

( そっか。近日ご依頼のご家族だ!)

気づけたおかげで、苦笑いしながらも納得。



お約束当日。

静かに ただ座っている私の耳には、話し声が聞こえました。

男性がふたり。

< 正月は 食べ過ぎた! 飲み過ぎた!>

笑いながら そうおっしゃっていました。

反応せずに静かにしておこうと思ったのですが、

聞こえてないふりをするのは、ちょっと無理。



( そうですね。かなり、飲み食いされましたね・・・)

< ゆっくり、出来たよ。楽しかった。>

( それが一番ですよね。何より、です。)

相当、飲み食いをされたと思います。

私の胃の中は、いきなり満杯状態になって、苦しくなったのです。(笑)



その後もいくつかお話を聴いていた中で気になったことがありました。

その内のひとつは、お母さんのこと。

年配の男性(Yさんのお父さんでした)が、お母さんのことを

とても気にかけておられたのです。



もうひとつは、再婚のこと。

再婚のことを話される時、私個人的には、とても神経を使います。

正直、私としては、言いたくない。

なぜなら、非常に繊細で微妙な話題だからです。

触れたくない話題ですが、話された以上は、伝えないといけません。

特に何の相槌もコメントも返せずに、また、静かな中に

入り込んでいきました。



Yさんからお電話を頂きました。

やや緊張を帯びたようなお声でした。

交流というものに対しての緊張とは違う、緊張。

( どうされたんだろう )と思いながらも、

交流に入っていきました。



来られた方々が どなたかというのもお分かりになり、

それぞれにおっしゃっている内容も お分かりになったようです。

特に、

お母さんのことを気にかけてくれているというのが

有難くお思いのようでした。

そして、びっくりされたのは、再婚のこと。

先に、後日頂いたメールから抜粋させて頂きます。

- - - - -

(略)
夫は、変わらずに私の事を見てくれてる、私の事を考えてくれてる
胸が熱くなります。

夫以外の人が、心にいるのに、夫は来てくれて。
(略)
本当は、来てくれないんじゃって思ってたから
とても嬉しかったんです。

来月からの仕事、不安いっぱいですが
頑張っていきたいと思います。
夫が見てくれてますしね。
(略)

- - - - -



ご主人は、私にこう話してくださいました_

< 再婚しようと思ったら、いくらでも再婚できるのに

 こうやって思い続けてくれています。

 ・・・本人は寂しいだろうと思います。>

( ええ、そうですね。現実、ご自分との闘いだと思います。)

< はい。>

< 再婚したって、うらんだりしないぞ!って言ってください。>

男性は笑いながらそうおっしゃったのです。



" 自分のことをずっと思ってくれている "。

それはとても嬉しく、幸せを感じます。

けれども、

大事に思うがゆえに、寂しい気持ちもご存知なのです。



大事な家族や人や動物家族を思うがゆえに、

気持ちや行動を制限してしまったら・・・

それは、本当に愛なんだろうか? ふと思います。

もしかしたら、

臆病になってしまっているだけなんじゃないか、

僻みや妬みが香る言い訳にしているのではないか・・・

と思うことがあります。



私達は、大切で愛しい人を忘れ去って、

自由奔放に生きてるわけではないですが、

いつしか、自分を狭めてしまっているのかも しれない。

心に蓋をしては、大切な人の愛や心も伝わらないと私は

思うのです。



" 本当に幸せでいてほしい。"



この思いや願いは、私達だけのものではなく、

大切に思っているその人も、そういう思いのようです。



縁というのは、望んで得れるものではないと思います。

突然、降ってくる。

逆らえない何かがあるようにも、思えます。



Yさんの中で、ご主人が大きな存在であることは、

ご主人もわかっておられます。

交流をさせて頂いて、そう思います。



ご主人ご本人がおっしゃっていたように、

再婚という流れになっても、うらんだりはされません。

かといって、<じゃぁね!>ということでもない。



ご主人以外の方とのご縁を頂いても、

おふたりの愛と信頼は、いつまでも続くでしょう。

どうか、心を凍らせないでください。

ご主人の愛は、Yさんにとって 暖かい陽射しだと思います。



自然の流れは、流れるがまま。

止めようとすることの方が、不自然。

出逢いや縁の有無で、大切な人への愛情の深さや感謝が

判別されるわけではないのですから。

安心なさってください。











= おまけ =

山桜の枝です。
こんな寒くても、芽がわずかに膨らんでいます。
最低気温がマイナス10度以下が続く山の中。
春はまだまだ先ですが、寒さのなかでもちゃんと生きてる。
本当にスゴい。
だから、美しいのでしょうね。






アガサ













テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル:心と身体

今、遊ばないでどうする?

2019.01.02 10:21|日常
初夢らしい初夢は例年見ないのを知っておきながら

「 今年も見なかったなぁ・・・」

ついこう言ってしまう自分です。(笑)

そう言いながら何となく、窓に反射する外の色が気になりました。

(まだ 陽は射してこないのになぁ )

窓は全部開かないので 玄関の外を見てみました。



「 うわぁぁ、真っ白。」

扉の向こうは、白銀の世界でした。



すっかりイレギュラーなことが億劫になりつつある私ですが

家事の前に、辺りをぐるっと歩いてみることにしました。

「 ぎゅっぎゅっと鳴るねぇ〜!」

乾いた雪質は、まるで片栗粉を踏むような感覚。



誰の足跡もない(野生動物の可愛い足跡はあります)雪を

歩くのは、すごく得した気分。

家の周囲を一回りしたので家族共々、家の中に入りました。





子は、早速 宿題をし始めたようで 私は何だか

不自然な感じがしたんです。

「 宿題、やってんの?」

「 うん。いっぱいあるから。」

「 ふ〜ん。」



(おかしい。

 こんな綺麗な白銀の世界で、

 人も車もほとんど通らないのに

 机に向かってるのは、おかしい。)



「 外で 遊んできたら?

 スノボー、ソリ 出来るで。」

「 ・・・でも、宿題があるから・・・」



宿題かぁ・・・

長野の中学は 連休でさえ、連休用の宿題を出される。

びっくりです。今はどこもそうなんでしょうか?

学校は塾ではないのだから、宿題の量もそこそこで

ええのではないか?と思う自分です。



「 そんなんな、どうでにでも なる。

 今、遊ばんで どうすんの?

 雪遊び してき。

 思いっきり!」



この後、嬉しそうに家から飛び出して行ったのは

書くまでもありません。(笑)



子ども時代に 自然に抱かれた遊びが出来るのは

何物にも代え難いと思います。

点数をあげるために塾へ行き、

その他の時間は友達が傍に居ようと家族が傍に居ようと

関係なく、ゲームやスマホにのめり込んでいては

大切なことやものを見逃してしまいます。

物事に対しての考え方や捉え方、人に対しての接し方、

命に対しての考え方や思いなど 人としての基盤は、

子どもの頃に作られるのです。



若い時分のエネルギー(若さ)というのは、

最新で流行のものや画面をどんなに見続けても、

どんなに知っていても、人の作ったものでは

満たされません。

それらは所詮、人の作ったもの、人工的なもの。

与えられた刺激でしか、ありません。

与えられた刺激はすぐに飽き、刺激でなくなり、

さらなる刺激を求めてしまうようになるのです。

麻薬と一緒。



最新情報をいかに知っていても、知っているだけでは

想像力は育ちません。

想像力というのは、相手の立場になって考えられる"思いやり"に成り、

これやったら次はどうなる?というのは"先見・予測"に成ります。

言い方を変えますと、想像力は"生きる力"と成るのです。



子どもの時には、子どもの時にしか出来ないことや感性があり、

若い時には若い時ならではのことがあります。

伸び伸びと出来る時代は、伸び伸びとした方が良い。

それが自然だと思うのです。



自然たっぷりの中で 遊び学ぶのは最高。

人間より命の短い生命がそこかしこに存在します。

生きることの美しさ、大変さ、儚さ、偉大さを

肌で実感するのは、精神的な大きな満足と成長に繫がります。



机に無理にかじりつくような子になってほしくない。

我慢をし過ぎたり、勉強しかやらずに心を置き去りにしては

子の心(心眼)は育めない。

多過ぎるプライドとプレッシャーは、子の個性を潰します。



明日は誰にでも来ると思われがちですが、そんな保証は

どこにもない。

ちょっと先なんて、何が起きるか分からないからこそ、

伸び伸びと 素朴に生きてほしい_

そう思っています。



遊ぶ時は 思いっきり遊ぶ。

それが出来てはじめて、本物の集中力が育ち、

どのような経験も後に 宝と成るのです。









外から 大きな笑い声が 聞こえてきました。

あはは。

こちらまで笑いが伝わってきます。










= おまけ =

この通り、白銀の世界。
さらっさらの雪質です。
明日はつるっつるに凍っているので要注意。




可愛い足跡!
他にも様々な足跡を見つけるのが冬の楽しみになりました。
彼の足跡からは、命を感じるのです。
生きることは奇跡ですもの。感動以外ありません。
洗濯物を干す一瞬でさえ、指先に痛みが出るほどの寒さです。
その痛い程の寒さの中、暖を取る物なにも無しで生きる動物達。
足跡を見る時、我が身を反省しつつ、命の尊さをあらためて強く感じます。

同時に、
人間なら到底生きれない過酷な自然の中、懸命に生きる動物達を
人間都合で駆除や猟する身勝手さと心の狭さに、繰り返し心頭します。
鹿の肉は美味しい、皮を無駄にせず、って言うな!と思います。
きれいごと言ったって、殺しですよ、私からすれば。









アガサ









テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル:心と身体