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2018/09/19.Wed

どんなに時間が経とうとも

今朝は寒かったです。

全ての窓には、結露がかかりました。

11月ぐらいの寒さがありますが、このぐらいの寒さが好きです。

空気が次第に透明度を増して、陽も部屋のなかまで入ってきます。

私の生まれた季節が近づいてまいりました。



M様から素敵なお写真と共に頂いたメールの一部を

掲載させて頂きます。



- - - - -

(略)

サインを求め過ぎてはいけないと思いつつ、つい探してしまう自分がいて、
先日の記事は嬉しくなります(^_^)

偶然とは思いますが、ちょっと不思議なことがありました。
◯月のある日、彼の誕生日。
あちらでは誕生日は関係ないかなと思いつつ、もしまだこっちにいたら、(略)
何か記念なる事をしたはずだから、やっぱり今年の誕生日は、例年と違う何か
特別な事をしてあげたいと思いました。
色々考えましたが、割りとすぐ結論がでて、彼が私を初めて本格的な登山に
連れていってくれた時の、思い出の山に久しぶりに彼を連れていこうと思いました。

(略)

昨年から運悪く、登る日が毎度毎度悪天候にあたり、今年も3度登山にいきましたが、
うち2回は悪天候で途中で断念、下山しました。
誕生日もその1回です。(略)
途中の山小屋に泊まった翌朝も天候が回復しなかったので、翌朝泣く泣く下山しました。

その山小屋で、です。
雨風でびちゃびちゃになって山小屋に到着し、失望しながらとりあえずチェックインしたら、
通されたお部屋が、なんと彼の名前。
私は彼を『◯◯くん』と呼んでいたのですが、お部屋が『◯◯』でした。
何度かその山小屋に泊まってますが、その名前の部屋があったなんて知りませんでした。
しかも珍しい事に、個人客は私1人で、(略)私は団体用部屋を独り占めに…。

(略)

お誕生日の夜に、彼が私と二人きりでいたいと思ってくれてるのねという事を
すっと信じられました。
夜中じゅう外は雨風の音もして、広い部屋に1人とは、なかなか怖いと思うのですが、
全く怖くなくて、寧ろ彼がいるんだろうなと安心して、手足を思う存分広げて (笑)
ゆっくり眠れました。

アガサさんが書いておられたように、頻繁にあったら、ありがたみが薄れますよね。
それでもやっぱり淋しくて頻繁にサインがほしいですが、これはもう我慢するしかない…。

- - - - -



こうした偶然の出来事に、私達はとても励まされます。

無理矢理、結びつけたい時もあれば、

自然と すっと心に入ってくることがあります。

馴染む、というのでしょうか。



"今もこちらで一緒に居ることが出来れば、どんなに幸せだろう!"

誰しも思うことだろうと思います。

我が身に降り掛かってきた悲しみを経験しているから

心底 そう思え、

心底 そう願うのです。



時間のある世界に生きる私達は、一方向。

過去に遡ることは出来ず、未来の方向だけ。

進むのは、未来。

じっとしていても、何もしなくても、

悲しくても 辛くても、

楽しくても 嬉しくても、

時間は 未来へと流れています。

一方向にしか進めないのです。



Mさんが彼と出逢い、

彼は若くして、他界され、

Mさんが深い悲しみのなか、ネットで検索されて、

アガサというのを見つけられ、

Mさんが勇気を出して、連絡をされて

Mさんと私は出逢い、

そして、

彼の心をMさんにお伝えしました。

これも時間の流れ。



Mさんと彼の出逢いを悲しい出逢いだとは思いません。

おふたりの愛は 今なお 存在するからです。

別れ、ではありません。

出逢いも記憶もなくなったのでは ないのです。



深い悲しみのなか、日常でのもやもや、様々なことを

日々乗り越えておられます。

これは、Mさんに限ったことではなく、大切な方の他界を

経験なさった方々は そうでしょう。



ちょっとした偶然のような出来事が 突然 目の前で起こる_

心を揺るがす深い悲しみを経験した方々にとって

そのちょっとした偶然に、どれほど励まされるかわかりません。

どれほど 心が救われるか 計り知れません。



嬉しい偶然は、いつも 起きるわけじゃない。

煌めく偶然の数で、愛しい人の愛情を計れるわけでは

ないのです。



深い悲しみを経験してまで、

私達は、何を信じるか?

なんのために 生きているのか?

ぽっかり空いた胸の空洞を埋めるまだ見ぬ何かがあるのか?

自分の存在価値は 一体なんなのか・・・

こうしたことを次から次へと頭に浮かぶ時も あります。



人生の中で、信じられなくなることは いっぱいあります。

私にも、もちろん、そういうことがありました。

何度も 何度も。

これからも あると思っています。



信じる、信じられないという感覚や感情は、

とてもあやふやな感覚だと 私は思っています。

その時の感情によって、信じられる時もあるし、

全く信じられないときもあります。



感情は、大海に出ている小さな小舟みたいなもの。

揺れて、揺れて、揺れまくります。

静かな時も あって、

嵐の時もある。

寒さに凍える時もあれば、

からっからの炎天下の時もあります。



私自身の日常を振り返っても、思うんです。

生きる指針をなくしてしまったら 終わりなのか?

愛する存在をなくしてしまったら 生きる意味がないのか? と。

そう思ってしまいますけど、そんなことはありません。



何のために 生きてるのか

誰のために 生きてるのか

何かがなければ 誰かのためでなければ 生きれないのか。

私の考えは、No です。



何のために生きてるか 分からなくても良い。

誰のために生きてるか 分からなくなっても良い。

この身体は、与えてもらったらしいから、

やっぱり 大事に思えます。

今まで休む暇もなく、ずっと働いてくれていたじゃないの。

誰のためでもなく、見返りを期待して動いているわけでもなく。

大事にしなきゃ。

大事にしてあげたいと思うのです。



私達は、失いかけて、失ってから 気づくことの方が多いように

思います。

健康な状態や、大切な存在、平凡な生活などが 崩れ失ってから

どんなに恵まれていたのかを気づくのです。

気づいたのだから、大切にしなきゃ。

大事にしないと。



愛する人がこの肉眼で見えなくとも、終わったわけじゃない。

" 何か喜ぶことをしてあげたい "

そう思えることは 大変素晴しいことです。



愛は、この肉眼と肉体では感じることが出来ません。

形のある肉体に閉じ込められる大きさではないし、

言葉で表現出来る単純なものではありません。

とても大きくて、とても温かくて、美しいのです。

そして、眩しく光り輝いているのです。

心が洗われるような感じです。



このことは、皆さんの愛する方から教わりました。

それを、何度も伝えたいと思います。

機会を頂いた度に、お話ししたいと思います。



愛を知ると 心が深くなります。

心が深くなりますと 悲しみも喜びも深く 感じるのです。

人の温かさも 深く 心に沁み入り、

動物の純粋な愛も 心に沁み込むのです。



生きていくことが辛いことも たくさんあります。

生きることの意味がわからなくなることもあります。

何のために、誰のために・・・

そんなに大きなテーマは、一生かけたって 分かりっこないんです。

分からなくてもいいと思います。



深い悲しみを我が身に刻んだのですから、

どこかの講座や だれそれの書籍を読まれなくても

参考にされなくても

ご自分がご自分で 十二分に 人生を歩んでいるのです。



生きるというのは、愛すること。

愛を経験するということは、きっと

深い悲しみを経験することでもあるのだと思います。



そうやって ようやく、

人や動物、自然を含むすべてに 温かく接していくのだと

思うのです。

それが生きていく、ということなんだろうと思います。



どんなに時間が経とうとも

愛するということを学んだのですから

これからも 愛し続けていきましょうか。








私の話は、余計なお節介話ということで(苦笑)

ご勘弁ください。






それでは、

Mさんが添付してくださった美しい日本をご堪能ください。


日本人の心と精神、富士山からの夜明けです。
心が洗われると言われますね。
存分に 洗ってください!
私も 洗います!










アガサ











頂いたメール | Comments(2)
2018/09/14.Fri

愛する家族は今も

一週間前か10日程前か・・・覚えていないのですが

< Hey ! >

ある朝、起きがけに、はっきりと聞こえました。

30代から40代前半ぐらいの男性の声でした。



( どなたかなぁ・・・)

そう思いながらも、その内、知らされるだろうと

敬意を持って、自然の流れに任しています。

すっかりその呼びかけのことを忘れていました。

朝方に呼びかけてくださった方が

Yさんのご家族かどうかは分かりません。

当てはめる気持ちもありませんが

今朝頂いたYさんからのメールでそうしたことを思い出したのです。

ご本人のご了解を得たうえで、一部掲載させて頂きます。



- - - - -

(略)

子供が天気予報を出して新しい場所を追加しようとしているのを見ていたら、
「あがさ」
と平仮名で打った後にカタカナに変換したのです!!
「あかさたな」を打とうとしたわけでもなく、
自分で「あ・が・さ」と喋りながらです。


(略)

- - - - -


お子さんは、3歳です。可愛い盛り。

このメールを頂いて、心が温かくなりました。



パパが家族を思う気持ちは、ご家族が一番伝わり易いと

私は思っています。

Yさんからは今までに、交流を数度ご依頼頂きました。

でも、きちんとお伝えするに至りませんでした。

(交流を伝えられないのは、とても辛い。)



それでも、ご本人とのかすかな交流から、

第三者を介しての交流をご家族は望んでおられないのだと

思いが伝わってきたのです。

がっかりなさるのを承知のうえで、そのことを伝えました。

それだけに、今回のメールは とても嬉しかったのです。



嬉しかったのは、霊媒を通してではなく、

パパが、ご家族に直接働きかけておられるのだということ。

可愛くてしかたがないお子さんと

最愛の妻 Yさんに。

まだ幼いわが子のそうした言動と行動に、

どんなにママは驚かれたでしょう。

驚きと共に、嬉しく思われたと思います。



子どもは、私達大人よりも純粋です。

心が純粋で正直。

大人が純粋じゃない、という意味ではありません。

大人はいろいろなことを考えないといけないのです。

生活のこと、人間関係のこと、仕事のこと、その他諸々

純粋で正直では居られなくなってくるのは、自然です。

※10歳頃になりますと次第に大人に近づいていきますので
そうしたことも収まってくると思われます。
ずっと続いてしまうと生きるうえでなかなか難しいものがありますが、
自然に薄まりますので安心なさってください。







いつもいつも こういうことがあるわけじゃない。

いつもだったら、なんといいますか、

有難味が薄れると思うのです。



ほとんどないかもしれない。

それでも、人様のこうしたことを知ることで、

「愛する家族 愛する人は、

 今も 生きていて 自分達を見守ってくれているんだ、

 忘れていないんだね。」

と 心がほわんと温かくなります。

綿菓子を食べた時のような・・・ふわぁっとしたあの感覚に

似ているように個人的に思います。

一瞬だけでもしあわせに包まれる、あのふんわりした感じ。



彼には、彼のやり方があるんだと思っています。

人それぞれだと思うのです。

人それぞれだということを心底理解し、そのとおり伝えるのは

静かではありますが勇気が要ります。

相手の方ががっかりなさるのは自分にとっても辛いのですが、

交流相手の心と気持ちを尊重するのが私の伝え方です。



証拠や証明というのは、第三者から伝えられますと、

インパクトがあります。

でも、それはそれ。

毎日の生活、日常を生きていく私達は、インパクトだけで

生き続けることはとても難しいと思うのです。



交流のことをよく考えます。

ふとした時に やっぱり思います。

霊現象とか、

サインとか、

見える、見えない とか、

聞こえる、聞こえない とか、

そういうのを意識しないことが より一層

愛する人、愛する家族、愛する動物家族たちと

繫がるんじゃないか_

愛する人、愛する家族との繋がりや伝達は、

私達の肉体を通しての感覚ではなく、

心で感じるものなのです。

私達の心は、日常生活の種々雑多なことでしか

磨かれないのです。






小さなお子さんが突然「アガサ」と話しながら文字入力変換されたのは、

パパと心で繫がっているからだと思います。

だって 家族なんですもの。





Yさん、そして、皆さん、

あなたの愛する人は 今も あの人らしく

生きておられるのです。

それを証明することに躍起になってはいけません。

家族は、どこにいても 家族。

愛する人がどこにいようとも 愛を込めるのです。



淋しいこと、悲しいことがいっぱいおありでしょう。

だけど、やっぱり、愛する人はおられるんですよ。

私、うまく言えませんけど、そう思うんです。














= おまけ =

今、わが家で流行っているのは「栗拾い」。
時間問わず、屋根に ボコッ ドカン コロンというような音がします。
空から恵みが降ってくるような気がして、何だか嬉しくて、思わず、私はニヤリ。

栗拾いから、いろいろ勉強しました。
木に成っているのを取るのは、まだ早い ということ。
落ちている毬栗で黄緑色の部分があるのも、まだ早い。
毬栗がパカンと割れてきたものが 自然に落ちてきます。
あるいは、栗の実だけがコロンと落ちてきたのが、最高!
タイミングです。
時間が経ちますと虫(ほとんどがゾウムシ)に先を越されます。
鳥達にとってもご馳走です。
人間の自分が、他に食べるものもあるのに、鳥達や虫達のご馳走を
穫ってもいいのか?・・・と思ったりします。
ですから、私は もう穫りません。十分に堪能しましたから。

何でも「時期(時機)」があるんだなぁ〜 と実感しました。
焦って何かをやってもうまくいかない時は、時機じゃないんだと
栗に教えてもらいました。

あ、そうそう。手前の大きいのは「栃の実」です。
初めてみました。ものすごくテンションが上がる見た目です。(笑)
まるで栗まんじゅうみたいで美味しそうですよね!





ということで、新鮮な栗を採ったら、ごんに。(笑)
毎日、空から降ってくるもんですから(笑)、あっという間に貯まります。
芋関係が大好きなごんですから、栗もきっと好きでしょう!
梨も好きだし。私と好みが似てるんです、ごん。
もちろん、ごんは、写真立ての場所には居ませんよ。
好きなようにしてると思います。



アガサ





愛しい家族、大切な人との交流 | Comments(0)
2018/09/04.Tue

一緒に過ごせるうちに。 (加筆 9/6)

大切な人と一緒に居れる有難さは、別れを経験したから。

普通で平凡な日常がどんなに幸せに溢れていたのだと

気づかされます。

深い悲しみを経験したからこそ、当たり前に思いがちな

その有難さにしみじみいたします。

そうした経験も、忙しかったりしますと つい

感情の赴くままに 動いてしまう私たち。



日々頂くメールは本当に有難く思います。

メールを拝読しながら、様々ことを心に思い、

我が身を振り返る機会を頂いています。



家族の関係、子育ては、家庭の数だけ いろいろ。

命と心を大切にする以外は、

何が正解かというのは無いと思います。



子育てに、専門家はいません。

同じ家庭で育っても 子どもひとりひとり 違います。

一般的な成長と比べること、

有名な学校に入れること、

著名な哲学者や教育者の教育論に心酔し傾倒する、等

それらが正しいことではありません。

良い親だとも 思えません。

子どもがひとりひとり違うように、

私たち大人もひとりひとり違うのです。



" うちの子も天才にさせたい(出来るかも) " とか、

" うちの子も◯○大学に入学させたい " などというのは

子どもを無視してると思うのです。

子どもはブランド物のバッグや靴ではないのです。

子どもにさせずに、ご自分がなさったらいいのです。

子に言うまえに、大人が日常で示すのです。

見返りを期待せず、純粋に、大人が勉学に励めばいい。



子どもには、子どもの特性(個性)があります。

年齢に沿いつつ、その子の個性を大切に見守りながら

日常を大袈裟で窮屈にすることもなく、

自然に過ごしていかれたら良いと思っています。








最近は、小さな子どもさんにもスマホでゲームや映像を

見せられるのにはびっくりします。

子どもが静かにしてるからゲームをさせておく・・・

みんなが持っている時代だから、スマホを持たせる・・・

楽だし、喜ぶから・・・というので手渡してしまうと

後々、多くの問題がやってきそうです。

まず、習慣になり、簡単に、依存症になっていきます。

依存症になってから、事が起こってから、

ワーギャー言っても辛いだけ。しんどいだけ。

「 そんなの知らなかった!」と人は言います。

想像しうる行動の流れは、親が想像しておきたいものです。

( 政府の「想定外」という無責任さと同じですよ。)

使う前に、きちんと説明するのも親の役目。

与える者の役目です。



便利なものを扱うには、使うと決める前に、

家庭内でルールを決めること。

時間的なルールは必ず守ること。

小学校に入ってきたら、

なぜ、そうするのか、

なぜ、そう考えるのか、

なぜ、そう思うのか。

物には多面性があることを言い、危険な可能性について

説明することは大事。

面倒くさいことですけど。(苦笑)

話し合うのが、家族への思いやりなのです。



順序だてて わかりやすい言葉で伝えたうえで、

本人がどう思うか、

ということも確かめた方が良いと思っています。

小学校低学年でも、自分の意見はありますよ。

3歳ぐらいから自分の考えは持っていると思います。



親が一方的に長時間話していますと、

子どもは別の世界に行ってることが多いです。(笑)

空想の世界か、無の世界か、眠りの境地か。



話す時間は、短く。

話す内容は、端的に。

話す音量は、小さめ。

話す口調は、おごそかに。

なかなか難しい時もありましたが、

親自身も自分が伝える内容を確認しながら

話せますからね。

大事だと思います。



10代に入ってきますと、今の時代、避けられない話題が「勉強」。

わが家では、

「 皆が高校に行くから、大学に行くから行く・・・

 というような考えで通わせるお金はうちには無い。」

小学校高学年に成った頃、こう話しました。

この姿勢は今でも変わりません。



勉強が嫌いだったり、何かの辛い理由があるのなら、

学校に行く必要はないと考えています。

義務教育期間中であっても。

人生は、通り一遍ではありません。

だけど、家でぼんやりしているのは、いけない。



いつまでも 親は " 稼ぐ人 " で居られませんから、

子どもだって、自立への準備が要ります。

家で勉強をするのか

仕事を探して独立をするのか

あるいは、

これで食べていくんだという " 何か " に修練するのか。

決めるのは、本人です。

親ではない。

行動に移すのは、本人。

親ではない。



学校に行くのなら、先生の授業をしっかり聴くこと。

先生は授業の準備をされていますから、

子どもといえども拝聴する姿勢は大切。

それを教えるのは、家庭です。

学校が教えることではありません。

(授業でワーワー騒がしいのは、家庭が家庭でないからです。)



先生、お友達、クラスメイト、学校にかかわる様々な方々、

近所の方、全く知らない人達、動物達、

とにかく、丁寧に接すること。

これを教えるのも、家庭。

親が子にマナーとエチケットを教えるのです。

人様に対する接し方は、親の影響がかなり大きく表れます。



子どもにばかり「 あれしろ、これしろ 」とは言えません。

普段から、親が人として節度ある姿勢と態度で生きること。

家族に対して、

ご近所に対して、

人として節度ある態度で接すること。

身近な存在に対してこそ、礼儀と感謝を持つのが大切。

親しさの中にこそ、礼儀を。

生きていくうえで、とても大事だと思います。



どんなに子どもさんが素晴しい能力をお持ちでも、

人としてやって良いことと悪いことは

きちんと説明せねばなりません。

これを説明しないと、ろくでもない、

鈍い人間に成ってしまいます。



自分が上手に出来ることでも、

他の人よりも優れていても、

能力を振りかざすような態度と感情は、迷惑行為。

どんなに天才と言われようと周囲に不愉快な思いをさせてまで、

我を通すことは、天才でも何でもない。

人前でやることではありません。



子自身が選択する数が増える分、

責任を取ることも増えるんだということも

説明してあげてください。

子どもたちは、失敗を繰返し経験していくなかで、

何が大切なのかを自分なりに知っていくのです。

そうやって 子ども本人の人生に成っていきます。

子どもが自分で自分の人生を築いていくのを

遠くから見守っておくのが親心。

(つい口を出してしまいがちですけどね。笑)



人の心がわからない、

迷惑をかけているのがわからない、

そんな鈍い人間には成って欲しくないのです。

今の大人達で十分すぎるではありませんか?(苦笑)



私たち日本人に多い感情と言葉は、

「 みんなが持ってるから・・・」

「 みんなが知ってるから・・・」

「 みんながやってるから・・・」

ですね。

自分もみんなと同じことをしないと

仲間はずれにされてしまうから・・・。

違うんですよ、それは。

仲間外れにするような意地の悪い者は、

同じ物を持っていても、なにしても、

他を虐めるのです。

そんなのに構うことはありません。

そんなのが居るところに、居る必要はないと思います。

特に子どものうちは。



勉強するにしても、

仕事をするにしても、

何にしても、

何をするにしても、

命と心を大事にするのが本筋です。



一緒に居れる間なんて、わずか。

家族にしてあげれることは、そうはない。

親が子にしてあげれることも、そうない。

有限。



何が大切なのか、何が大事なのかを

話すことはとても素晴しいことで大事なことなのです。

話せるうちに話しておいた方が良いように思います。



そうしたことを声なき声で教えてくださったのは、

ご依頼くださった方々とご依頼人の " 愛する方 " の

愛と信頼による交流から。



一緒に居れる長さじゃない。

一緒に居れる時間が短くても、

どれだけ 愛(思いやり)を込めて生きるかだろうと

思うのです。











長くなってすみません。
加筆編集:9/6











= おまけ =

お勝手口に、なぜか、釣ってある小さなニンニク。
可愛いなと思っています。

わが家の台所周辺の重力が、おかしい時があります。
山の中に住んでいますと、山のエネルギーというのでしょうか、
地面から来るものがダイレクトです。
特にどこかで大きな地震が来る1週間前ぐらいには、強烈です。
山の中に住むというのは、いろいろなことがあるんですね。












アガサ


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