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2018/07/23.Mon

犬も伝えたい・・・みたい

わが家の愛犬が他界して7ヶ月程。

存在の大きさは、他界してから一層 身にしみます。

逢いたくて、逢いたくて、逢いたくて。

でも、どうしようもない。



さて。

のんびりした農村の山奥に越してきた我が家も、

数名のご近所さんが出来ました。

お茶に伺うのは表向きで、お目当ては、そこのお家のわんちゃん。

ごんよりも遥かに大きいわんちゃんです。



「 ごんは、◯ちゃんと仲良しみたいだね。」

わが家全員、自然にそう思えています。

撫でられるのが嬉しい○ちゃんは、わが家全員にそれぞれに

甘えてくれます。

中でも一番撫でてほしい相手は、ごんの"ご主人様"。



週1か、隔週ぐらいのペースで◯ちゃんに逢いに行ってます。

そんなある日のことを書こうと思いました。



お伺いするといつも、◯ちゃんはものすごく喜んでくれます。

偶然にも、短足犬ばかりを家族に迎えていたわが家には、

大型犬の◯ちゃんの喜びように圧倒されるばかり。

大型犬から甘えられると その大きさに 圧倒されます。(笑)



「 さあ、どうぞ。お掛けになってください。今、お茶をお出ししますね。」

気さくで可愛いマダム(私よりも20歳ぐらい上かな?)は

いつもそうおっしゃって、お茶を出してくださいます。



「 ◯ちゃん、元気だった?何して遊んでたの?今日は暑いね。」

目と目を見つめ合いながら、そう話しかけつつ、頭をなでたりして

さっと座る私です。

家族たちが ◯ちゃんに触れている時の嬉しそうな表情、

◯ちゃんの喜ぶ姿、

その様子を眺めるだけで 心にぽっかり空いた多くの穴と傷が

一時的でも ほわんと温かく包まれる感じがするのです。



犬だったら どの子でも良いわけでもなく、

人も 誰でも良いわけでも ないのだと

出会いの不思議さを感じ、ご縁の有難さにしみじみします。



" この日 " は、いつもと違いました。

◯ちゃんはお座りをして、

家族に ずっと 喋っていました。

ワォン、ワォンって。

結構、長い時間。

鈍い私でも「あ、喋ってるんだ!」とわかります。



家族も 普段とは違う○ちゃんに 次第に気づいていたようでした。

家「 なんか・・・喋ってんだね。そっか。よしよし。」と家族。

マ「 あら、珍しいですね。滅多にそんなに長い時間話さないのに。どうしたのかしら?」

◯ちゃんの後ろ姿を眺めていた私も

( あれ?おかしいな・・・)と思いました。



そうこうしたら、一通り話したいことを話せたのか、

何故だか ◯ちゃんは 家族の膝にお座りをしようとしました。

(大型犬が 膝というか太ももに座るって、結構無理があるなぁ〜)

そう思いながら、様子をうかがっていました。

明らかに、座りたがっていたのです。

確かに、座りたがってる。

家族は、ただただ びっくりしていたので、

「 好きにさせてあげなよ。」と言い、

「 わぁ〜、嬉しいね。◯ちゃんに好かれて!」

その場を見守っていました。



小一時間ほどお茶させて頂いて、

「 また来るね、◯ちゃん!」

そう言いながら、家族皆で自分家に戻りました。



晩ご飯の後、自然と ◯ちゃんの話題になりました。

それぞれに思ったことを話していました_

ア「 今日の◯ちゃん、何だか・・・(ごんみたいだった)」

家「 何か ちょっと違ったね。」

ア「 うん。そうだよね。何ていうか・・・言っていいのか分からんけど」

家「 ごんみたいだった!」

ア「 そうなんだよ!」

家「 うん。」

ア「 ごん・・・だったんだよ、きっと。」

家「 そっか。ごんだったんだ。」

ア「 うん。ご主人様があまりにも恋しいから

  気の合う◯ちゃんに 代わりに話してもらったんだよ。」

家「 そう、だよね。だって、あれだけ長い時間、犬が話すなんて。ね。」

ア「 うん。いつもの◯ちゃんじゃなかったもん。

  後ろ姿というか、空気が、自分が交流する時に似てたもの。

  それにしても、こんなことが有るなんて・・・ねぇ。」

家「 うん。」

ア「 ごん、話したかったんだね。すごく。」

家「 うん。」

ア「 ごんに、いつも自分達は話しかけているけど、

  まだまだ切なくなるもんね。

  すっごく 恋しいくなっていくんだよね・・・私。」

そう言いながらも、目頭に涙がうわっと溜まってきました。

ア「 逢いたいよね、ごんに。」

家「 うん。」



ア「 駄目だ。しんみりしてしまう。

 ( 気を取り直して )

  ごんも、同じ気持ちだったんだよ!きっと。」

家「 うん。」

ア「 ごん・・・霊媒に犬を選ぶってとこが渋いよね!(笑)」

家族全員、大笑い。

ア「 そうだよ。犬には、犬にしか分からない気持ちってあるよね。」

家「 そっか。そうだね。」

ア「 こう考えても、人様に迷惑かけないから(良いと思う)。」

家「 うん。」

家「 ねぇ、何、話していたか分かる?」

ア「 えっとね、あんまり覚えていないなぁ・・・

  犬が霊媒役になってるのを見るの初めてだったから

  あの空気に見とれてた。(笑)」

家「 そうだった。覚えてないんだよね、アガサは。」

ア「 具体的なことまでは覚えていないけど、

  確か・・・毎日逢いたいとか・・・ 」

家「 うん。」

ア「 毎日逢いたいんだけど、逢えないからつまんないって

  そういうようなことを話してたな、◯ちゃん。

  じゃなくて、ごん。」

家「 そっか。毎日、来ればいいのに。」

ア「 だね。」

ア「 その言い方がね、ちょっと何と言うか、愚痴っぽかった!」

家族たちは「 あははは 」と笑いました。

私も笑っていたのですが、わんこが愚痴を言うのか?と思いました。
愚痴というよりは、" 恋しさが募るあまり " と言った方が的確だなと、
自分の貧そな語彙力に笑えました。








逢いたくて、

ぎゅっとしたくて、

抱きしめたくて、

ごんのニオイをくんくんしたくて、

ただ ただ 頭を撫でてやりたくて。



短足家族のことを思わない日は ありません。

元気で遊びまくってると思いますが、

人というのは身勝手なもんで、失ってから

どれほど大きな存在だったのか、

どんなにたくさんの愛と慰めを受けていたのかに気づきます。

可愛がっていても、大切にし尽くしてしても、

ごんが今も存在していることに微塵の疑いがなくとも、

やっぱり とんでもなく 恋しく 逢いたいのです。



この経験は、私にとって とても大きなことでした。

ごんがどんな思いで

お友達犬の心を動かしたのか、

◯ちゃんとはこちらでは、会ったこともないのに_

それを思いますと 自然に 涙が頬をつたいます。

ごんの愛情の深さ、愛情そのものに、純粋さに

胸を打たれます。







家「それでさ、思い出したんだよ。」

ア「 何を?」

家「 お茶を頂いている時、ごんが乗り移ってるとは思ってなくてね。」

ア「 乗り移ってるって、言い方悪いねぇ〜(苦笑)」

家「 あ、そうだね。ごんが傍にいるって思ってなくて。」

ア「 うん。」

家「 ◯ちゃんって呼んでいるつもりが、なんか、『ごん』って

 自然と呼んでしまったんだよね。自分でもびっくりした。」

ア「 そうだったんだ。

  すごく、自然に・・・でしょ? そう呼んでしまったのって。」

家「 うん。だって、失礼じゃない。人様のわんちゃんにね。」

ア「 うん。わかるよ。」

家「 そうなんだよね。自分でも びっくりしたんだ。」

ア「 時々、ご依頼くださった方から言われるよ。

 『 アガサさんのことを 家族だと思ってしまいました。』って。」

家「 どういう意味?」

ア「 例えば、お母さんが他界された場合、アガサのことをお母さんだと

  錯覚してしまうってこと。

  おばあちゃんだったら、アガサのことをおばあちゃんって思うんだって。」

家「 なるほど。」

ア「 そういうことが多いにあるから、◯ちゃんのことを

  つい、うっかりにしても " ごん " って呼んでしまったのは

  ごんが本当に居てくれたからだと思うよ。

  頭じゃなくて、心がわかったんだよ。」

家「 そうなんだね。」

ア「 うん。 わんちゃんも 伝えたいんだね。直接。

  間を介するのは、人である必要はないと思うよ、私。

  犬だって、猫だって、鳥だって、何だって良いと思う。

  動物の方が純粋だから、伝わり易いと思う。」

家「 うん。」





突然のことに、嬉しさいっぱい!・・・

とは わが家は、いかないようでした。

いつか、必ず 逢えると思っていても

やっぱり 淋しさや恋しさはつきまといます。



積もり積もった思いがあるからこそ、

同じ土俵に立てた時の再会は ひとしお。



私は 親戚や友人知人だけでなく、

例え一時でも、家族として過ごした小さな動物達との再会が

本当に楽しみなんです。

いっぱい 話したいと思います。

そして、

いっぱい 撫でて、

いっぱい ぎゅっとしたい。














= おまけ =

去年の今頃のごんです。元気いっぱいの目、です。(嬉)
"目ちから"という言葉があります。確かに目は"口ほどに物を言う"ですね。
自分も皮膚炎が酷くなりだした頃、脚以外の広範囲の皮膚を見てはガッカリな日々でした。
今は少しはマシになってきたとは言え、人様が私の手や腕などをチラ見されますと
ギョッとした視線を感じます。(苦笑)
悲しくは思わないのですが、手袋をした方が思いやりかなと思ったり。
皮膚の酷さに慣れてきたのですが、その頃は目に力がありませんでした。

ごんを感じる時、元気のなかった姿は思い出さないようにしています。
ごんがそれを望んでいるとは思えないから。(笑)
だって、ごんは、もう 元気なんですもの。(笑)







アガサ


















愛しい家族、大切な人との交流 | Comments(6)
2018/07/20.Fri

現在、ご依頼お約束させて頂いています皆様へ

丁度一ヶ月前に、体調による交流休止のご報告をさせて頂きました。

その後、予想を遥かに越えたご依頼を頂戴し、あっという間に

7月末までのご依頼予定がいっぱいになりました。



7月末までにお引き受けできなかった方々のお気持ちをお察しし、

「9月でも良ければ」とお返事をしました。

一向に回復の兆しが見えない今、「9月」もアヤシく思えています。



ご依頼される方々のお気持ちを考えるほどに、自分の体調が

疎ましく感じ入ります。



24時間強烈なカユミがあり、掻けば、浸出液や血が滲み出し・・・

ろくすっぽ、睡眠も摂れていないのが現状です。

9月はお電話かスカイプでなら、と思っていましたが、

皮膚炎の状態の予測が付きません。



ほぼ完治しましてから、拙ブログでご連絡し、

ご依頼頂いている皆様には、その時にあらためて、

ご依頼を頂くかどうかもお決め頂いた方が良いのではないかと

思っています。



ご依頼を引き受けるのは簡単ですが、

媒体(霊媒)の体調が良くないのではお伝え出来る質も悪いと思います。

万全の体調で臨みたいですし、そうでなくてはご依頼くださる方にも

申し訳ないと思います。



こうした現状により、

ご依頼を一旦保留ということにして頂いた方が良いだろうと思いました。



どの方にご依頼を頂いていて、

どの方にご依頼の日程ご相談中であるか、

そうした大切なことの対応も、厳しくなりまして、

一括送信タイプのブログにてご連絡するという

失礼極まりない甘えた私を

どうか、お許しください。



重ね重ね、申し訳ございません。











アガサ




アガサよりお知らせ | Comments(0)
2018/07/11.Wed

人生の選択 〜 なにが違っていけなかったのか?〜

- - - - -
(略)
自分の人生なのですが、(略)。
他のみんなと、なにが違ってなにかいけなかったのか、分かりません。
いつも全力のつもりですが、何でか、これからどうしたらいいのか、
分からないところです。
(略)
- - - - -

お辛い最中にいらっしゃる方から頂いたメールの一部です。



自分の人生は、思い通りにはならないもんだ_

ずっとそう思ってきました。

その時々の 悩みや問題を直視して 考えて考えたあげく

やっぱりそこに行き着きます。

子どもの頃には 子どもなりの、

若い頃には 若い頃なりの、

年を重ねれば 重ねたなりの、

悩みや問題があります。



悩みや問題というのは、人それぞれに違うのは

どなたも実感されているでしょう。



他の人達と比べて、

何がどう違っているのか、選択を間違えたのか?・・・

自分の人生を 他の方々の人生と比べる必要は

どこにもない、と思います。

人生というのは、制服のように決まっているものでもなく、

当てはめることなど 出来ません。

当てはめてしまうと 自分が苦しくなるだけ。



自分が窮地に立たされている時、

誰しも 他の人すべてが 幸せそうに 平和そうに

見えてしまいます。

それは、物事の " 片面 "、" 一部 " しか見てないからです。

年を重ねていく中でそのことに気づきました。



他の人が幸せそうに見えるなら、それで良いじゃない。

何より、ですよ。

自分は不調だけど、どなたか知らないけれど、健康そうで良かった、

自分はガックリだけど、どなたかは、良いことがあったみたいで良かった、

自分は生きる気力が失せているけど、誰かが、意気揚々されていて良かった、

そう思います。



逆の立場で考えてみます。

自分が比較的、平和で 穏やかであるとき、

辛い状態にある方々に 心がいくか? ということです。

気の毒に思いこそすれ、そこまでなのが 世の常、人の常。

悲しみにくれている人、

困っている人、

辛そうにしている人、

身体の具合が悪そうにしている人を テレビで見るのではなく、

近くにおられる方々に向けて

ご自分が平和である時に、そうした方々に関心を寄せ、

親身になって 心を寄せられるのでしょうか?



世の中には、

・・・言葉で言えないほどのお辛いことに遭われる方々が

おられます。

こんな辛いことは、無いな・・・

交流のご依頼を通して、絶句してしまうことも大変多いです。

掛ける言葉さえ 見つからない。



災害や事件、事故で、ご家族や大切な方を亡くされる方々も

毎日のようにおられます。

日本はまだ、そこまで行っていませんが、

他国では、

テロや戦争で、家族を次々に奪われる方々は多くおられます。

家も焼かれ、

物もなく、

家族を次々に戦争や正義という名の元に結集された集団に

奪われ、名誉の何とか呼ばわりされ、命を失う_

食べるものも いつ手に入るか分からない国で生きている方々は

多い。

そういう方々は何を思うだろうか。

人と比べる余裕すら無い現実を生きておられる。



人生は、他の人と比べることではないように思います。

間違い・正しい、というのは無くて、

どういう結果になろうとも、

毎日、

その時 その時に 思いやりをこめているか、

それだけのように思います。



それが習慣となって、心に刻めていれば、

覚悟が生まれてきます。

人間、覚悟をしているつもりでも、

突然のことが起きますと やっぱり ショックを受けます。

それは当たり前です。



子どもは健康で、

マイホームがあって、

配偶者とは何でも話せて、

毎日働きに(稼ぎ)に行ってくれて、

話せる楽しい友人達が居て、

適度に潤いのある生活をしている _

そんな方がいらっしゃるのでしょうか?

(私、そんな生活をしたことがありません。苦笑)





全力で頑張っていても、

思い通りになるとは 思いません。

その時、物事に人に 真っすぐな心で接することで

自分という者を 自分の心で感じれるしあわせを得れるのです。



真面目に、地道に、誠実に生きておられる方々が

大変なご苦労をされることも 多くあります。

それでも、ご本人は 苦労だとは思われない。

心は大きく育ち、豊かな精神が養われ、

他がどうこうではなく、

思いやりに満ちた生き様をされているからだと 思うのです。



人を羨ましく思う気持ちは いつしか嫉妬となります。

不平不満は、ご自分の人生も心も 腐らせてしまう。



何が違って、何がいけなかったのか_

考えること、内省することは大切ですが、

心にまで 蓋をなさいませんように。



人生において必要なことは、

命の尊さと 心の大切さを 本当にわかっていること。

周囲がどうなっていっても、

人として 何が大切なのかを わかっていること。



人生というのは、決して 思い通りにはならない。

だけど、

命を大事にし、

心を大切にしていくことは、

どんな窮地に追い込まれたとしても、

守り続けたいと 思うのです。



悩みや心配がある時こそ、呼吸をしてください。

動植物は全て、呼吸をしています。

私達の心だって、呼吸は必要ですよ。

新鮮な空気を吸気で取り入れ、使いきったものは

身体の外へ出す。ね。



ご依頼ご相談をされる前に、呼吸をなさってみてください。

心が静かになってくるまで。

気長に、

いつでも、どこででも、出来ることです。











= おまけ =

先日の大雨の雨上がり、気温も低かったので、久しぶりに歩きました。(笑)
爽やかというより、どんよりしていたので、どこか陰気くささもありましたが
(まあ、いっか。虫たちが出てこない内にちょっと歩こう。)
そんな感じです。
緑で生い茂っている季節ですので、空があんまり見えず、遠くの山々も見えない
のですが、雲も薄くなってきて、お日さんの光が射してきました。

陰があるから、光が目立つんです。
薄暗いから、陽射しの美しさが際立ちます。

私達の人生と似ていますね。
いつも晴ればっかりじゃ、有難さなんて 分かりゃぁしない!(笑)






アガサ










頂いたメール | Comments(0)
2018/07/06.Fri

異常気象

毎年、

「 今年のお天気は、ちょっとおかしいよね。」

と私達は言います。

毎年毎年、去年よりは異常だと思うのです。

これだけ大きな自然現象が続きますと、言うに留まらず

実際に 日常生活で やっていかないといけない時期に

入ってきているように思います。



温暖化と言われ続けていますが、

小氷河期に入ってきているとも言われています。

温暖化と氷河期が入り混じっている、というと

矛盾しているように思われるかもしれませんが、

ここ数年のお天気具合を思い出しますと

なるほど、と思えます。



日本の四季が 消えつつあります。

暑過ぎたり、大雨が続いたり、というように

" 過ぎる " ことが増えました。

異常気象という言葉が頭に浮かび、世間的には

異常気象は、取るに足りないようにさえ思われ始めました。



異常、異常、異常・・・。

異常というのは、常と異なるということ。

私達人間にとっての " 異常 " 。



違う視点からしますと、理由はなんであれ、

地球的には、均衡を保とうとしているのだと思います。

生きている地球ですもの。



気象、地震、火山活動・・・etc

私達人間は、いつもの日常生活を守るために、

先を知りたいと思えます。

専門知識をフル活動させて、日夜、研究調査されている機関も

世界中にありますが、ピンポイントで予測することは不可能。

地震の場所にしても「来そう」と言われている場所とは違う場所で

起きています。

自然相手では、人間のたゆまぬ研究や過去歴を以てしても

当てることは、所詮、無理なのかもしれません。



山の中で住み始めて、苦手なことだらけの毎日を経験して

思うところはとても多いです。

わかりやすく気づいたのは、気温、そして、空気。

標高もありますが、不便さを通して、今まで気づかなかった

ことに 気づくこともあります。

気づくというか、考える、想像する、ということ。



アスファルトで固められた場所は熱の逃げ場がありません。

どんなに技術や研究が進んでも、自然に取って代わるようなもの

はありません。

こう熱過ぎたりすると、室内を快適にするためや健康維持のためにも

多くの機材を多くの場所で使われます。

それからは機械による熱が発生します。

それがまた、ムッとする熱さ。

室内は快適でも、外はさらに暑くなります。

そうした繰返し。

スパイラル。

まるで、私達の感情に似ているように思いました。

行き場のない気持ちは、どんどん溜まってきて熱くなってくる_

自分も周囲も居心地がわるく、息苦しくなってきます。

規模は違いますが、私達も地球も、身体のどこかのバランスが

崩れたら、自然とバランスを取ろうとしますよね。

( 爆発する前に、何とかしないと。)



自然に対して 予知はしづらいですが、

私達人間は、他の動物達と同じく、動物であり、生き物。

地球も、活動しているのです。

(このことをつい、忘れてしまいます。)




毎日心掛けられることは、本当に些細なことですし、

目に見えての成果というのは実感しづらいですが、

心掛けることはとても大切だと思っています。



心掛けたとしても、気象まで変えられるとは全く思ってもいませんが

「 地球という大きな家に住んでいるんだ。 」

そう思って、

自分たちの家の中を汚すようなことだけはしたくないもんです。



災害や事故や、災難がふりかかってこないと私達は考えません。

しかも、自分に、身近にふりかかってこないと、他人事です。

「気の毒だなぁ」と思いこそすれど、自分の日常に痛手がなければ

いつのまにか、忘れてしまう・・・というのが正直なところ。

毎日の生活、自分のことが精一杯なのは誰しも同じです。

( 災害で多くの方々が困っているのに、政治家の方々は

 飲み会をされていたなんて、神経を疑いますよね。)



心からの「想定」などしたことのない政府が言う「想定外」

という言葉には、飽き飽き。

事が起こってから、対策本部を設置する_

設置したことで満足されているようなんですよね。

" ほら、設置したぞ。仕事、やってるだろ、俺たち先生方は。"

という声が聞こえてきそうです。(苦笑)

" お偉方 " の皆さんは、ご自分のことしかお考えにならない。

一般庶民は選挙の時に投票してもらう駒なんでしょう。



「想定外」で どれほど多くの方々の尊い命が奪われているか、

事の重大性など ご存知ないようです。



私達は、隣人の方々と協力しながら、自分達の命は

自分達で守っていかねばなりませんね。

それは普段からの積み重ね。






どなた様も大切になさってください。















=おまけ=

クルミの木に、クルミの実が成り始めました。
「え? これがクルミ?」
と思いましたよ。イメージがあまりにもかけ離れていたのでね。(笑)
落ちているグリーンの実を見ますと、あのクルミでした。
クルミの木はとても堅いですから、実まで堅い。
薪ストーブの薪材として長持ちするのは、クルミのような堅い木だそうです。
長く燃やしていれるから。
だぁ〜けぇ〜どぉ〜、薪割り出来ないほど、堅い!
らしいですよ。

緑の季節に、ぼちぼち飽きてきた贅沢者な私は、ぼちぼち、秋が待ち遠しいです。
虫達が活動を休止する冬なんては、すごく寒いですが、私が出歩ける季節!
夏は虫が多くて、びびってしまって、なかなか外には出れないのです。(苦)








アガサ



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2018/07/02.Mon

投げられた言葉

発する言葉。

浴びる言葉。



好きな人からの言葉というのは、とても心を大きく左右します。

まぁ〜、好きでなくても、左右されますね。(笑)

昔から " 口は災いのもと " といわれていますが、本当にそう。

誰もが経験することですね。(私も痛感します)

感情にまかせて、思わず、言ってしまった!・・・

取り返しのつかない言葉もありますし、

取り返しがつかないことになっても、それはそれ。

仕方ありません。

また、相手によって、言葉の受け取り方も違います。

同じ言葉でも、言う人が違えば 印象も違ってきます。

私達には、感情があるからです。



感情のままに、八つ当たりし続けるのは、言う人が甘いんです。

語気は強くとも、内面は弱い。

自分のことしか 考えていない。

苦労をされたとしても、その苦労から何も学んでいないから

人に対して キツいことが言えるのです。

(勿体ないですよね)



相手を尊重しない、言われた身におきかえれない時、

浴びせた言葉は、暴力になります。

腹立った時などは、酷い言葉が思わず、ぽろっと出ますけど(苦笑)、

しまった!言い過ぎた!・・・

と思いますよね。

そして、

後になってから、独り反省しきり。(笑)

謝っても許してくれるくれないに関わらず、

素直に謝るのが良いですね。



言葉というは、

言う側の感情・気持ち・心がすべて一致しているかどうかは、

時に 本人でさえ、わかりません。

その言葉とは逆の気持ちなのかも しれないし。

その通りかも しれないし(苦笑)、

単に 八つ当たりだったり。



この世は何が正しいのか、わかりません。

投げつけられた言葉そのものが、正しいとは思えないのです。

どんなに知恵者で、

どんなに秀才や天才と言われているような人であっても です。



本心がわからない・・・と思えることがあって、自然です。

嘘が上手な人もいれば、

嘘が下手な人もいますから。(笑)



他界されると 嘘はつけないと思います。

この世のように物質(肉体)が優先されるのではないから。

今まで気づかなかったこと、

自分本位で生きてきても、

他界してから少しずつ わかってくるのだと思います。

誰かにサポートされて気づかされるのではなくて、

自分で気づいていくのだと思います。

多分、物欲が収まってくるからだと思います。





他界して初めてわかる、人の真心_

感情が その人ではないでしょうし、あなたではないと思います。

冷静に、静かに 心穏やかな時が 本当のその人であり、あなた。



交流は、不思議系ではないと申し上げ続けているのは

そういうことなのです。



言葉は相手を左右するからといって、

何も言わない、言えなくなる・・・と思うのではなく、

相手を大切に思ってさえいれば、どんなに語彙が少なくとも、

真心は伝わるのです。

嘘くさい雄弁な人が何万語を話そうと、

誠実で正直な人がたった一言つぶやいた言葉の方が

どれだけ美しく、深みがあることでしょう。



言葉に、心があるかないかは、

誰にでも わかります。

うまく話せるようになる必要はないと思います。

心がこもってさえいれば。


















=おまけ=

ポンぼけですみません。
ふっくらとしたこの袋のような中に蛍が入ったら、綺麗だなろうなぁ〜・・・
そんなことを家族達と話していました。
とても小さな花ですが、虫たちにとっては、ちょっとロマンチック?かな?
いやいや、私はそういう性分ではないので、この表現は自分で歯が浮きます。(笑)
ま、昼寝かな? (あははは)







アガサ





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