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プロフィール

アガサ

Author:アガサ
他界された愛するご家族、大切な方との対話を地道にお伝えしています。

アガサ
(2019年春から町暮らし)




いつも温かいお心とご信頼をよせてくださり、有難うございます。



2018年7月末で、当分の間、交流をお休みさせて頂きます。

体調不調が増え始めたというのが主な理由です。

自分の体調なのか、" 愛する方々 "の体調の区別がしづらくなり、

考えに考えた末のご報告です。

突然、このようなご報告に至り、心苦しく、大変申し訳ない気持ちです。

お許し頂ければ・・・と思います。



約10年程の間、ご依頼くださる交流を優先した生活でした。

数年前あたりからでしょうか、

実年齢よりも10〜15歳程、年齢が加速した感じがしてまいり、

交流時以外の時間(日常)に影を落とすことが増えてまいりました。

この状態は、交流にも 私の家族にも 私にとりましても良くないと

思えたのです。



体調ということでご依頼くださった方々にご心配をおかけしては

申し訳ないので 再々申し上げていますが、念押ししておきます。

" 愛しい方 " の既往歴を " 愛しい方 " が教えてくださったのでは

ありません。

" ご本人 " が私に近づいて来られますと自動的にコピーしてしまう

体質を持っているようなのです。

理由は分かりませんが、まあ、そういうのも個性なんだろうと

思っています。(苦笑)

お伝えした後すぐに 愛する方の病歴等は消え失せるのですが、

毎日、どなかたの病歴や痛みがやってまいります。

早く話したいと思っておられる方々がドッと押し寄せますと

我が身ひとつに、複数の方々の既往歴や心が届きます。

体力気力が充実していれば良いのですが、常にはなかなか。(苦笑)

そういうことで、交流が体力的に厳しく思う回数が増えてまいりました。



悔しいけれど、とにかく、休養しなければと思いました。

体調の様子をみながら、

人様に少しでもお役に立てることがあるのかどうかを考えつつ、

家族との時間を過ごさせて頂こうと思い、決断に至りました。

本当に勝手を申します。



一度でも交流をお伝えしたら、

ブログでこうして綴っているのだから、

発する者(私)には、責任があると思って生きています。

大切なご家族や大切な方からの心や思いを伝えることは

そういうこと。

その責任は、生涯、消えることはありません。

そう思うからこそ、日々を大事に思えるのだろうと思います。



多くの方々に日程を変更して頂くことは、迷惑以外の何物でもありません。

日程が決まりましたら、万障繰り上げて頂くことになります。

物理的なことだけでなく、お気持ち的にも 心づもりなさるのですから。

本当に申し訳ない気持ちです。



人様に全く迷惑をかけずに生きることは無理だと思いますが

出来る限り、迷惑にならないように、

出来る限り、周囲の方々と自分にとって居心地の良いように、

誰もが伸び伸びと過ごすことが出来ればと思っています。



私の家族が体調を心配して、休めと言い出したのではありません。

「 お母ちゃんはお母ちゃんだけど、

 悲しんでる人達のために頑張ってると思うよ。

 だから、頑張って。ぼくも頑張るから。」

こんなふうに小さい頃から何度も励まされてきました。

我慢ばかりさせていたようにも思います。

随分前のことですが、

帰りが遅くなり、駅から自転車を必至にこいで帰ってきましたら、

真っ暗な部屋の中から窓の外を眺めて、母親の帰りを待っていた

幼いわが子の姿を見ました。

胸がぎゅっと締めつけられたあの感じは今でも心に焼き付いています。

小学校にあがってからは、私が何度か倒れたこともあり、

朝、涙をぬぐって登校したのも覚えています。

親が倒れる姿を子どもはどんな思いだったか・・・

健康や日常は自分のためだけにあるのではなく、

自分以外の人のためでもあるんだと強く思いました。



"自分が生きること" の意味なんて考えずに(笑)、

ただ 授かったこの生を物は無くとも心豊かに

今を生きていきたいと思います。



いろいろ書かせて頂きました。

誠に勝手を申します。

でも、どうか、ご心配なさらないでください。



ご縁が切れるわけではないのです。

今まで通り、つぶやきメールをください。

頂くメールのおかげで、いつも励まされています。



体調が整ってまいりましたら、少しずつ再開をさせて頂こうと

思っています。

その際にはホームページやブログでご報告致します。


















= おまけ =

私のガラケーの画面にいつもあるのは、この写真です。
ごんの写真はたくさんあるのですが、ほっこりするのが一番!
何とも言えない表情です。
毎日、眺めています。
寝る前には、心の中で話しかけています。
逢いたくて逢いたくてしかたない、私の息子です。
いつか、必ず逢えるのですから。




6月から姿を見せなくなりました。気配もありません。
いじわる野良猫に追いやられたんじゃないか、
どこかでケガしたまま、動けなくなったんじゃないか、
道に迷ってしまったんじゃないか、
心細くて鳴いてるんじゃないか・・・
いろんな心配をします。
心配で、淋しくて、こう思ってもどうしようもないのはわかってるんですけどね。
毎朝毎晩、無事を祈るぐらいしか出来ません。
どこかで元気にしてくれていれば良いし、
どこかの優しい農家さんで可愛がってもらえていれば、最高。
いつか、一緒に住みたいなぁ、と思っていましたが、
この世では叶わない夢だったようです。
ぺこが自由でしあわせであれば、それが一番。

暖かい寝床、ご飯をあげれない、
最期を看取ってやれない辛さと悲しみがいつも心にあります。
だけど、祈るぐらいは出来ます。
ごんと同じで、寝る前には、心の中で話しかけています。
逢いたくて逢いたくてしかたない、私の娘です。
母ちゃんは娘ぺこがどこかで安心して暮らしていることを祈る毎日です。








アガサ




 2018_06_19


車の免許のない私が山を降りる術は、歩きだけ。

とはいえ、

最寄りバス停まで、徒歩40分強、

村の中心まで、約10キロの道のりを歩こうとは

未だ思えず。(笑)

ほとんど人が歩いていない道を

若干、体調に不安がある自分が単独で出歩くのは

後々考えますと、迷惑がかかるかなぁ・・・

と思ってしまい、ついつい 尻込み中。

たぬき、いたち、きじ、ねこ達では、畑仕事をされている

方々のところまで行けないだろうからねぇ。(笑)



山の中での生活は、ある意味、天の国のよう。

時間の流れるスピードは その日によって違い、

家族以外の方々との たあいもないお喋りは、

山荘に来られた時だけ。



自転車か原付バイクでもあれば・・・

と思いましたが、何かが違うような気がして

気が進みません。(笑)

気が進まない時は、合理的であっても 行動しない。

自分のそうした気のおかげで、不便です!

でも、まぁ、不便ということは、" し過ぎることはない " ですから。

便利な環境だとついつい、" し過ぎて " しまいます。

おやつ、食べ過ぎ。

親離れ子離れ時期に差し掛かっているのに、出しゃばり過ぎたり。あはは







山の中に住んで、いつも 思っていることがあります_

" 自分に何が出来るのか。

 何も出来ない。

 自分には何があるのか。

 何もない。"

という自問自答。

いろいろなことがあって、最近、ふと こう思えてきました、

" 何も出来ず、何もない自分で良いんじゃないか "

って。

そんなふうに思う時もあれば、

いや、もうちょっと頑張れよと思い直したりもします。



そうした何でも無い自分を感じる時、

幼い頃から繰返し見る夢が ふと頭に浮かびます。

穏やかな雰囲気の ひょっこりした山がひとつ。

まるで、色鉛筆か水彩画で描いたような烏帽子のような山に

祖母が幼稚園ぐらいの私の手をひいて、

「 あの山へ行こか 」

「 あそこへ行くで 」

とでもいうような祖母の心の声がしている、のんびりした不思議な夢。



「 うん。行く!」

と祖母に返事した途端、

登っていく感覚はほとんどなく、突然、私の目の前に

山の中腹か 頂上近くにある古い山小屋が建っていました。

焦げ茶色の、古びた木の家。

まるで、今のこの山小屋のような感じです。(笑)



ただ違うのは、店先のような造りで、物を並べる木の台が

いくつもあるのです。

子どもの腰ぐらいの高さの木の台には、何も無いのです。

子どもですから、" お店に何も無い " ことの方が不思議で

「 おばあちゃん、なにも ないで!」

と大きな声で言いますと、

祖母は いませんでした。

「 あれ? おばあちゃんは?」と周りをきょろきょろする私。

いつも ここで起きてしまうのです。

何度も 何度も 見ました。



この山小屋に決まり、周囲が緑で包まれているのを

実際に目にした時、この夢のことを思い出しました。

ここで何があるのかわかりませんし、

用心はすれど、期待は少しもありませんが

いろいろと考える時期なのかも、しれません。

まぁ〜、考えるには ぴったりの場所ですね。(笑)



テレビ無い生活9年目に入り、

テレビ見たいな〜とシビレを切らしかけていた私は

自転車もない生活になり、

歩くしかない。(笑)



360度 緑の世界。

自然の中にいると、自分の弱さや何も出来ないことを

これでもかと知らされました。

" 人は考える葦 " とおっしゃったパスカル氏は、

上手に例えられたと思います。



何も出来ない弱っちぃ自分ですが、

人のことを考えて

家族のことを考えて_

そうやって こちらでの一生を暮らせたら

しあわせだと思います。



何も出来なくても、自分は自分。

自分の価値を問い出したり、見い出そうとしたら、

私は終わりと思います。

価値の有る無しは どうでもいい。

価値があるかないかは 知らん。(笑)



ただ、

人のことを考えて、

家族のことを考えて、

出来る限りのことをしてあげたい。

出来る限りの範囲のことをちまちまと出来るのが

しあわせかなと思うのです。










わけのわからないつぶやきに おつきあいくださり、

ありがとうございます。










= おまけ =

ようやく、春のような気候になりました。(笑)
と思ったら、梅雨だ!
今日の気温は、21度くらいだそうですが、わが家は16度。
長袖ででないとちょっと寒いです。
晴れた日はこんなふうに景色が綺麗です。





可愛い花でしょう?
名前はわかりませんが、可愛いなと思い、撮りました。
名前はわからないけど、良いなと思えるのが気楽です。
自分もそうありたいと思っています。欲深いですな!(笑)





家族が借りている村の畑に久しぶりに行きました。
虫、蛙、花、草・・・その成長ぶりに圧倒されます。
陽にあたると皮膚が痒くなるみたいなので、とりあえず帽子、手袋、マフラー。
今までの自分では考えられない出で立ち。
そのうち、身体が慣れてくるからね、待っとけよ!と思っています。(笑)











アガサ








 2018_06_14


身に起こることを得意げに書くつもりは、全くありません。

長年、気になっていたそうしたものを尊重こそしていましたが

その意味や理由など 全くわかりませんでした。

( 解明する気などさらさらない自分です。)

そういうふうに感じる、そんな気がする _

というレベルではなく、明らかに肉眼で見えるのです。

そのひとつが、まばゆい光(光体)。

その光のことについて、

TさんとTさんの母上から頂戴した交流時に" ご家族 "が話されたことで

長年、私のなかでの疑問が明らかになり、確信を得たのです。



前夜の就寝時に、

( 明日、迷わずにお越し頂けるかなぁ〜

 車の運転が出来ない自分が書いた案内だから

 間違っているかも しれんなぁ・・・)

そんなことを思いながらも、

運転に長けておられるTさんだから、大丈夫だろうと思い、

ぼちぼち 寝ようかと本を閉じたのです。



突然、枕元に まばゆい光が射してきたのです。

( うわぁ、まぶしっ!)

突然の訪れに豆鉄砲をくらった思いの中、Tさんのご家族だと思いました。

( お父さんかな・・・?)

しばらく浴びていて、

( ・・・いや、違うな。申し訳ないけど、お父さんじゃない。)
※お父さん、ご無礼をお許しください。

違うどなたか、です。

( どなたであろうと、安心なさってください。)

そのように小さな声で言いました。

隣で寝ている家族たちを起こさないように。(笑)

※いつものことですが、前日に起こったことは、翌朝になると
忘れてしまう私です。



当日、わが家にお越しになるというので、

荷物をあっちにやったり、こっちにやったりしていました。



< そんなにしてもらわなくて いいよ(笑)>

< あ!お父さんっ!>



お父さんがそうおっしゃってくださるのですが、

遠いところ、こんな山の中までお越し下さるのですから

おもてなしは出来ずとも、アガサ部屋に成るように

片付けるぐらいはさせて頂きたいのです。



引き続き、片付けをしていますと、

< 運転、代わってやるから。休め。>

と何度もおっしゃっていたお父さん。

そっとしておきました。(笑)

( お父さん、優しいなぁ〜。バァ〜ンとしておられるけど、娘思いだなぁ。)

なんとも微笑ましくて、にやにやしました。



Tさんと母上は、順調に来られました。

久しぶりの再会は、友人との再会のようです。

懐かしさ、いっぱい。



家につくまで、交流をはじめるまでの間、

何気ないお喋りは、私にとって楽しく心和む時間です。

お喋りもそこそこにして(笑)、静かに交流に入りました。



「 そういえば、Tさんとお母さんがお越しになる前に

 お父さんが、『 運転、代わるから。休んでおけ。』と

 何度もおっしゃっていました。

 バァ〜ンとなさっているけれど優しい人ですね。微笑ましいです。」

Tさんと母上はお互いの顔をみて、あ!となさっていました。

「 高速は私が運転していたんです。途中どうしようもなく

 眠くなってきまして、炭酸飲んだりして運転していたんです。」

「 そうですか。だから、お父さんが運転代わるっておっしゃっていたんだ。」

「 そうだよね、眠かったよね。」

Tさんはお母さんにも確認なさっていました。



話の尽きない、ドォーンとした貫禄のお父さんは

本当に楽しい方です。

しばらく、お父さんの対話を伝えていたところ、

一段落したように思いました。

そうしますと、Tさんから

「 父の他にどなたか来ていますか?」と尋ねられました。

お父さんの横、やや後ろ斜めに注目しますと、

まばゆい光で包まれた方が 穏やかに静かにおられました。



「 ものすごい光で包まれた方がおひとり、おられます・・・

  あ、昨日の夜に来られていた方です。
※ここでようやく、昨夜のことを思い出したのです。

 女性です。まだ、お若い・・・と思います。

 お母さんに似ておられますよ。

 もっとはっきりと拝見したいのですが、まぶしくて・・・すみません。」

そう伝えている私は、

Tさんとお母さんの空気に 緊張感が帯びてきたのが分かりました。

( 大切な方なんだ・・・)



「 あらら、お母さんの傍に行かれました。

 そちらです。お母さんのそちらに寄り添っておられます。

 お母さんのことを心配なさっています。」

Tさんとお母さんはおふたりだけで何やらこしょこしょと

話しておられるようでした。(私には聴こえませんでした)

< ◯◯◯ ちゃん>

「 今、Tさんのことを『 ◯◯◯ ちゃん』と呼ばれました。」

「 そう呼んでくれていました。」

Tさんは、涙声になっておられたように思います。

「 間違いないよね。お母さんに似てるよね。」



話しづらく、聴こえづらかったのですが、

その女性の思いは少しずつ、私の心に流れ込んできました。

< 母が私の手を握ってくれた時、本当に安心出来ました。

 ・・・薬よりも効きました。

 ・・・おかげで とても穏やかになれました。

 私は・・・家族のみんなに見守ってもらえて 本当に幸せです。>

話されるまま、そのまま伝えました。



< ・・・妹です。>

「 え?妹?妹さんですか?」

「 はい。妹です。」

「 そうですか。」

「 すごくお若いですね。」

< そんなに若くないです。>

「 そんなに若くない、っておっしゃるんですけど、お若いですよ。」

「 妹は、よくそう言っていました。」



そうした交流を静かに聴いておられたお母さんは、

流れる涙もそのままに、話し始められました。



「 娘と・・・約束をしたんです。

 その約束はまだ守れていないと思うんです。」

< ううん。十分に守ってもらった。約束を果たしてもらっています。>

「 約束は十分に守ってもらって、果たしてもらったと言われていますよ。」

「 そうですか。私は自分ではそう思えないんです。」

「 お母さん、娘さんが

『 手を握ってもらって、とても落ち着きました。薬よりも効きました。』

 とおっしゃっていますが、おわかりになりますか?」

「 わかります。私がひとりだった時です。

 いつもは娘の周りには家族たちがたくさんいましたが、

 その時は私ひとりだったんです。」

「 そうでしたか。おわかりになるのでしたら、良いです。」



母の愛あふれるなか、涙ながらに ぽつりぽつりと話されました。

「 娘は、とても暴れていたのです。すごい力でした。」

「 無意識とはいえ、ものすごい力と聞いたことがあります。」

「 そうなんです。私は懸命に娘を押さえてました。

 ちょうどその時、お医者様のご一行のような、たくさんの方々が、

 来られていたようですが、とにかく私は必至で。」

「 そりゃそうですよ!」
※ア:こんな時に大名行列みたいなのが来んな!と思いました。(すみません。口悪くて。)


「 必至に押さえながら、私は娘に言ったんです。

 『 子ども達のことは 大丈夫だから。ちゃんと見守るから。

  だから安心して!』

 と必至に話しかけていました。そうしましたら、娘はすっと

 静かに穏やかになったのです。

 見習いの方かどなたかわかりませんが、後ろの方で

 『 そうか。暴れるのは何か言いたいことがあるんだな。』と

 言われたんです。振り返る余裕はありませんでした。」



大切な時にそういう無神経なことを口走ったどこぞの若造に

我慢出来なかった私は思わず、口がすべってしまいました。

「 なんてことを言うんだ、大事な時に!

 ・・・あ、すみません。失礼しました。」

大事な時に・・・の次の言葉は何とか飲み込むことが出来ました。
※ア:心の中では、◯◯◯◯!と叫んでいたんです。



娘さんは私がムカッとしているのがお分かりだったのでしょうか、

さりげなく、話をかえてくださったように思います。



< 私がまぶしくて見えないって言われていますけど(笑)、

 そうでしょうね。確かに光が私にも見えます。

 そちらではこういうのは全く見えなかったんですけれど。(笑)>

( ご自分でもお分かりになるのですね。そうですか。)



< なんだろうな、どうしてだろうと思っていたんです。>

( はい。)

< それは◯○なんだと分かりました。きっとそうです。>

( そうだったんですか!? それは・・・)

もう本当に驚いてしまって、多分、私は放心状態だったと思います。

とても納得できたからです。



Tさんとお母さんにも、もちろん そのことを伝えました。

長年、私にはそれがどういうものなのかが分からず、

あえて、尋ねることも追求することもしなかったことも。

そのことを娘さん(妹さん)から教えてもらえたことが

どれほど貴重なのかということも話しました。



お母さんの涙は、ずっと流れていました。

親が子を亡くす悲しみは、想像するだけでも辛く悲しいのです。

場を同じくする私には、お母さんの悲しみも伝わってきます。

娘さんご自身もお子さんがいらっしゃるので、おわかりになり、

何とか慰めてあげたかったのでしょう。

< 母の隣に・・・来てもらえますか?>

( お母さんの、ですか?)

< はい。母の背をなでてほしいんです。お願い・・・>

( ・・・私なんかで、いいのですか? 私なんかで )

< お願いします。>

(・・・は、はい。)

触れることに戸惑いながら、しどろもどろなことを言いながら、

「お母さん、ちょっと、、、お隣に座らせていただきます。」

と恐縮しながら座り、背中をさすりました。

「 ありがとうございます。」

「 いえ、私、そんなつもりはないのです・・・」

と またもや もごもごとしていたと思います。



< ありがとうございます。少し落ち着きました。>

( わかりました。)

そう話してから、私は自分の椅子に戻りました。



ようやく 涙を拭われた頃、

Tさんは

「将来、妹のところにころがりこもうと思っていたんですよ!」

と少し安心なさったのか、にこっと冗談めいた表情で言われました。

「 それは良いですね!・・・もう無理そうですか?」

「 無理、でしょうねぇ〜(苦笑)」

「 計画倒れ・・・っていうアレですね。」

皆で大笑いしている時に、



< 連れてきたのは、(自分だというジェスチャー)

お父さんがアピールされていました。

本当に愛嬌のあるお父さんです。

それもお伝えすると、

お母さん、大笑い。

Tさんは、

「 わかったって、親父!」と言いながら 大笑い。

私も大いに笑いました。






帰り間際、

「 秋の紅葉の頃も綺麗でしょうね。また 来たいね。」

とおふたりでおっしゃっていました。



「 紅葉も綺麗らしいですよ。まだ私も見たことはありませんが。笑

 よかったら 遠いですけど お越し下さい。」

そう言って、家の前でお見送りしました。



車が見えなくなって、思いましたのは、

人は 深い悲しみを胸にひめていても

見た目には分からないということ。

隠しているという意味ではありません。



たわいもないお喋りをし、談笑するその内に

どれほどの悲しみをもっておられるかは、わからないものです。

その分からなさも、大切にしたいと思います。



" 他に対して誠実であること、 思いやりを持ち続けること。"

これは、私が毎朝毎晩、誰かわからないけれど

自分に対しても常日頃、思っていることです。



すべては、常日頃、日常にあるんだと思います。

自分の生き方、心の持ち方や在り方というのは、

周囲に じわじわぁ〜っと染み込むもんだろうなと思うのです。

それが、家族に広がっていきます。

助け合わない家庭もあれば、家族総出で助け合うご家庭もあります。

薬よりも、お母さんが子を思って、ぎゅっと握る懸命の手と愛が

効くのだとおっしゃった娘さん。



医療は、何のためにあるのか。

若い先生方は、出世・お金儲け・威厳等のためにではなく

命の尊さ、人生の尊さをご自分に問う必要があると思います。

名医に成る成らないというのは、そういうことだと思います。

心の伴わない名医は、いらっしゃらないでしょう。



技術面だけではなく、人の心というのも大切にして欲しいものです。

間違っても、悲しみが広がっている空気を濁すようなことだけは

なさらないで頂きたい。



神聖で、ご家族の愛があふれる領域なのですから。

















= おまけ =

「疲れた時に聴かれたら良いなと思います。」
とある日、頂戴した一枚の音楽CD。
早速、聴きました。
音楽の詳しいことは分からないのですが、とても素晴しい演奏です。
落ち着きます。
山の中では、小鳥たちのさえずりがすぐそこで聴こえます。
Blue Owl の演奏と小鳥たちのさえずりが重奏となり、感動です。
全身から汚れたものが出ていく感じがしました。(苦笑)
本当に素晴しい演奏です。

亡き父が趣味として稽古していた尺八。もっとも趣味程度ですが、
父が家で練習していた時のことを思い出しました。
声ではなく、楽器から奏でられる音というのは、言語を使わないだけに
奏でる人の心が顕著に出てくるように思います。
尺八、二胡、ピアノの調べがとても心地良く、聴き入りました。

「Blue Owl」という名前、そこに含まれる意味や思いにも、心癒されます。
愛蔵音楽CDです。






アガサ








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