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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

傍にいるよ!  〜 愛あふれるお母さん 〜 

Aさんから頂いたメールです。



- - - - -

(前略)

先日は母が亡くなって以来、初めて目の前の霧が晴れたような時間でした。

たくさんの親戚の方が側にいて下さり、元気に笑って過ごしていること、
お喋りで忙しいこと、思い浮かべると私まで笑いが込み上げていました。

親は自分より先にいなくなること、頭ではわかっていたつもりでしたが、
あと20年、せめて10年は母が生きていてくれると思っていました。

(略)
母を外に連れ出す為、私が就職してからも毎日の様に母と外に出ていました。
私が結婚して◯○から◯○に引っ越してからは本当に寂しい思いを
させてしまったと思います。

産後◯ヶ月の時に母の病気がわかり、手術をした事を
「◯ちゃんにだけは言わないように」と周りに口止めをしていたらしく、
私も初めての育児に精一杯で、毎日の様に母と電話で話していたのに
病気の事に気づけずにいました。

息子が◯歳になった時に転移の話を聞き、目の前が真っ暗になりました。
生きた心地がしないまま病院を探しましたが、進行があまりに速く、
受け入れられる状態ではないとそれから一ヶ月程ちゃんと話ができないまま
他界しました。

母は私にとって母であり、姉のような妹のような、娘のような、
一番の親友のような存在でした。
(略)
母がいなくなり、私は自分の体から大事なものがごっそり抜け落ちてしまったような
感覚で生きてきました。
母は、(略)苦労していたのにそれでも生きたいと願っていました。
人にも優しかった母がどうして今、死んでしまうのか。

子が生まれてからは誰よりも側で成長を見てほしかった、
可愛い可愛いと生き甲斐を見つけた様に幸せそうだった、
やっとお母さんこれからだねって時でした。

信仰心が深く、長年お経をあげていた母でしたが、
その時の私は神も仏も無いのかと思いました。

私の長年の原因不明の体の痛みは先祖供養が出来ていない、
過去世の因縁からだと十数年ほど前からある宗教に母は参加していました。
先祖供養をする為には毎日お経をあげること、導くと言って、
その先祖供養をする為に一人でも多くその宗教に入れ、
人のお世話をする事でした。
そうしないと降霊して御指導をしてもらえない組織でした。

母が最後に入院していた時も、その宗教の方達が、
「人を導かないと助からない、お母さんがどうなってもいいの?!
 病室にいる時間があったら一人でも多く導くこと!」
こんな宗教的ないざこざもあり、別れ方があまりに辛く、
悲しいものとなってしまいました。

母を助けてきたつもりだったのに、自分の方が助けられていたこと、
産後自分の事で精一杯で母の病気に気づけなかった後悔や、
絶望感、喪失感あらゆる感情がありました。

母が病室で痛みや息苦しさをこらえながら、
「側にいるからね、◯ちゃんにはお母さんが側にいるから私は大丈夫!って思って生きてほしい」
と言ってくれたこと、その言葉が私を支えアガサさんとのご縁を頂くきっかけにもなりました。

長々と申し訳ありません。

交流の際、要所要所で母の人柄がわかり、思わず泣き笑いしていました。

私の健康面を気づかって、体が冷え切っていること、
サプリメントじゃなく毎日少しずつ食事から取り入れた方が良いこと。
主人の事を良い旦那さんと言ってくれ、栄養があるものを作ってあげたら、と。
(アガサさんのお宅の焼き焼きメニュー、うちも夜の定番メニューにしたいと思います(笑))
(ア:焼き焼きメニューは月に2回程度なら喜ばれると思います。(笑))

子の事も、相変わらず可愛い可愛いと言ってくれてること、
今も見てくれてるんだなぁと嬉しく思いました。

私が日記を書く時は密着しているよ、と言ってくれた事とても嬉しく、
毎日欠かさず書きたいと思います。

私がいつか死ぬときは迎えに来てくれるかという質問には
「もちろん行くよ!大勢の親戚と一緒に!」と言ってくれているとのことで、
てぐすねを引く感じですとアガサさんに言われ、
ユーモアに溢れた母らしいなぁと嬉しく思いました(笑)

(略)

母が他界した時は、子どもが小さいので子どもの為に生きなければいけない、
ただもう二度とこの絶望から救われることは無いのだと思っていました。

母は今も生きていることを伝えてくださり、本当に本当にありがとうございます。
前を向いて生きていきたいと思います。
言葉では言い表せないひとときでした。

(略)

- - - - -



どなたが来られるのかわからないのが、交流だと思っています。

どなたが来られても、心からの敬意をもって、

" その人となり(お人柄)"を寸分の狂いなく伝えるのが私の仕事と

思い続けています。



Aさんご依頼の前は、様々な表情と内面を伝えてくださり、

複数の方々かと思う程でした。

当日の朝、親が子を思う気持ちが次々に聴こえてきました。

その声から受けるお人柄、性格、こちらで生きてこられた姿勢、

様々なことが一気に舞い込んできます。



話し方で、" 人となり " が伝わります。

人格を偽ることは出来ないのです。



Aさんのお母さんは、愛情溢れる" ばぁば "としてこれから!

というご年齢です。

私よりもちょっとだけ年上の女性。

無念だとか、成仏しないとか、何だとか・・・

悪いことが起きるからこうしなさい!というようことを言われるのは、

悪質極まりないです。

想像で " 伝えている " 風なだけ。

想像で、" お告げ " をしているご自分に酔っておられるだけ。

ちゃんちゃらおかしい。

精一杯、生きてこられた方に対して失礼過ぎます。



人生に起こることというのは、運命という言葉では

片付けられないと思っています。

心の良い人が辛苦な人生を歩まれることもあり、

また、私利私欲いっぱいの人が、

権力と資力に満ちた順風満帆な人生を歩まれているようにも

思えることもあります。



私が若い時分、その不公平さに腹立ち(苦笑)、理解出来ませんでした。

今は、ほんの少しですが、そうした不公平さを冷静に思えることが

増えました。

理解するというよりは、「人生はいろいろだ」と思えるようになったのだと

思います。






" 真面目に生きていれば・・・"

こういうのは関係ないみたいです、この世は。(苦笑)

でも、だからといって、自暴自棄になり、

他の誰かのせいにするのは、ちょいと違う。(苦笑)

どんなに 他人様のせいにしたって、自分の心には嘘はつけないのです。

自分が自分の素直な心と向き合わないから、苛立つのです。



ささやかなでも、真心に満ちて生きる_

そのように心掛けて生きたいと思うことで、人の道(人生)を歩むのだと

思います。

辛いことや悲しいことがなければ、人なんて我が身を振り返ることなど

しません。(笑)



お母さんの人生これから!ですよ。

たくさん頑張ってこられたお母さんです。

痛かったしんどかった肉体から自由になられて、

健やかな身体になられたのですから。



私達の肉眼で見えないのは、確かに 淋しく辛く切ないことです。

だからといって、消えてなくなったわけじゃない。

肉眼で見えないからといって、すべてが疑わしいわけじゃない。

思いやりの心が、肉眼で見えるか?と言われれば見えない。

思いやりというのは、とってつけたものではなくて、

空気を伝わって 心がしみじみと感じる温かさだと思います。






< 日記、書くんだよ。ちゃんと傍にいるから!>

「Aさん、お母さんが日記のことをおっしゃっています。

 日記を書くんだよって。ちゃんと傍にいるからって。

 尋ねたいことがあるときは尋ねてって。

 おわかりになりますか?」



「 はい!わかります!」

Aさんの声が、軽やかで 嬉しさに満ちて

はずんだ声だったのは、書くまでもないですね!





母の心。

親の愛。

子の心。

子の愛。






言葉や行動ですべてを表現しつくせませんが、

なぜか、真心というのは

空気を通じて 心で 感じます。

私は 心で 感じ取ります。

なぜなら、心は 素早く 真実を感じ取るからです。




お母さんの愛情は、

Aさんの心に しっかりと育まれています。

ご家族の心にも しっかりと届いていると思います。















= おまけ =


越してきてから、さらに、地産、日本製を意識しています。
体調を崩してからは特にです。
その土地その土地に適した物というのは、深い意味があります。
それらはものすごく地味ですが、年を重ねていくと、その深い意味が
身体を通して 身にしみます。

海外の物は魅力的でオシャレに思えるのですが、身体の内に入る"食べ物"は、
特に配慮した方が良いでしょう。
生活の基盤を置いている風土というのは、無視できませんね。
お味噌汁、焼き魚、梅干し、煮物・・・あぁ、やっぱり日本の味。
・・・ということで!
地元の玉子ちゃんを購入しています。
中には、有精卵が売られていまして、子が興味を持ちました。
「お世話をしたら、ひよこに成るかな?・・・」
普通の玉子よりは数百円高いですが、一パックだけ買いました。

大人知識は、横に置き、「とにかく、やってみなよ。」と言いました。
身の回りにあるもので温室のようなものを作ったようです。
5月上旬ぐらいがリミットだろうね〜 と話しています。

「そんなの、ひよこに成るわけ ないじゃん!」
そうかもしれませんが、ダメ元でやってみる心を私はそっと育みたいのです。
カチコチの頭ではなく、若者の柔軟な発想と心を見守りたいと思います。






アガサ





Posted on 2018/04/30 Mon. 13:25 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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30

青年の約束 

かいつまんでも、長い 長い お話です。



5年程可愛がっていた野良愛猫ぺこと一緒に暮らせる!ことに

突然引越し騒動の中に見出していた"心の灯火"。

無事保護し、自宅に入れ暮らせる夢が5年越しに叶った!・・・・

とはスムーズには行かないもんですね。(苦笑)

同意をしてくれていた家族が、突如、難を示してきました。



ぺこは、可哀想に狭いゲージの中で暮らさねばならないのかと

途方に暮れました。

( ずっと野良で自由にやってきたのに、これでいいのか?)



保護してから、鳴き続けていました。

( 不安だろうな。野良で生きたいんだ・・・)

野良を好むぺこをむりやり捕まえてしまったと思った私は

外に放してやりました。

( きっと、びゅっと走り去っていくだろうな・・・)

甘っちょろい覚悟みたいものも 胸に抱きつつ。

予想反して、家の周りから離れようとしませんでした。

( わが家を私を家族だと思ってくれているのかも・・・)

すぐに家の中に入れたのは言うまでも ありませんでした。



置き去りにも出来ず、一緒に連れていきました。

だけど、ゲージ生活。

(どうすれば、ぺこは幸せなのかな・・・)



ぺこへの愛情は、欲が絡んでいるんじゃないか?

何が正しいのか・・・

もう わからない・・・

わかっているのは、ぺこが幸せじゃないってこと。





( 誰も しあわせじゃないんだ、この状態は。)

と思いつつも、

何をどう決断するのが善いのか、

頭ではその決断や行動を起こせ!と思っていても、

どこかで何かがひっかかり続けていて、

困っているのに 何も選べない悶々とした日々を過ごしていました。

悶々としていても 目の前で不安そうに鳴き続けるぺこと

その鳴き声に苛つく家族のストレスを解決出来ていない自分に

何とも煮え切らない奴だと思い続けていました。



いつも思い浮かぶ言葉_

( 誰も しあわせじゃない。)



家族が言うこともよくわかる。

だけど、ぺこが大好き。

不安だから鳴くしかない。

その不安を作ったのは、私。

辛く思うのは、罪悪感なんだろうな。

こんなはずじゃなかった・・・

家族全員から可愛がってもらえる姿を想像していたのは

私の身勝手な妄想だったのです。



見知らぬ土地、山の中で生きるというだけで関の山の私は、

時に 自分で自分を追い込み、

時に 自分を励まし・・・の繰り返し。



「 私は何を選んだとしても、後悔しかない。

 自分には何も出来ないってことを嫌という程、知った。

 皆にとっての最善と、ぺこにとっての最善だけを考えるよ。」

家族たちの前で そう呟いたのです。



悩みに悩み続けた3週間弱。

可愛がってくれて励ましてくれている子に言いました_

「 お母ちゃんは、ぺこが大好き。

 でも、今のこの状態は、誰にとってもしあわせじゃない。

 家の中で脅えて生きることほど辛いことはないよ。

 ぺこも大事で家族も大事。

 ぺこは、野良でいたいんだね・・・。

 元々、野良だったもんね・・・。

 なのに、可愛いからって、

 お母ちゃんが捕まえたんだよ。

 置き去りには出来なかった。

 だけど、不安そうにずっと鳴いてるってことは

 嫌だってことなんだよね。

 大好きだから、自由にさせてやろうと思うんだ。

 今から 散歩に行きがてら、ぺこに外の空気を味わわせてあげて、

 走らせてやろうと思うよ。

 ・・・・・もしかしたら、もう二度と会えないかもしれないし、

 もしかしたら、前のように、近くに居てくれるかもしれない。

 さっと走り去ったら・・・慣れていないこの山奥で

 寒さと腹ぺこで死んでしまうかもしれない・・・。

 だけど、

 だけど、家の中で脅えて生きるよか マシだと思うんだよね。

 お母ちゃん、間違っているかもしれない。

 言い逃れかもしれない。

 何が 正しいのか 考えても 考えても わからない。

 わかるのは、

 今 ぺこは しあわせじゃないってこと。

 ぺこを 自由に させてやっても 良い?」



「うん。帰ってくるかもしれないからね。」

「 そう・・・だね。。」



自宅からしばらく歩いたところで、キャリーバッグの扉を

開けました。

「 にゃぁー!」

と言いながら、ぺこは、ものすごいスピードで

目の前を走り去って行きました。

その走りっぷりが あまりにも 嬉しそうだったので、

涙が出ませんでした。



山の中を颯爽と走り出していくぺこの姿が見えなくなるまで

見送りました。

途中で一回、振り向いてくれました。

そして、すぐに また 走り去っていきました。



( これで良かったんだよ。これで、良かったんだ・・・)

心の中で何度も何度も繰り返しました。



その日と翌日は、放心状態の私でした。

涙も出ず。

その後、少しずつ 淋しさを感じ、泣いたように思います。

ぺこが居たところには、ぺこのニオイが残っています。

( ぺこ・・・)



寝る前と朝目覚めた直後、心の中でぶつぶつ言いました_

( 神様という方がおられるかどうかは存じませんが

 どうか、どなたかが聴いてくださるなら聴いてください。

 私は可愛がっていた野良猫を欲で引越先の、遠い山奥まで

 連れてきました。

 いろいろありまして、外に放してやりました。

 自分に対してはいろいろ思いますが、とにかく、

 ぺこが安心して眠れる場所、自由に走り回れるよう、そして、

 食べ物を得れますように・・・ずっと。

 私にもし頂けるしあわせがあるなら削って頂いて構いませんから

 ぺこを見守ってやってください。

 本当にお願いします。

 こんなにお願いすることなんて ありません。

 自分のせいで 誰かを不幸にするなんて ひどい私です。

 自分のやったことは 自分が受け入れます。

 だから、ぺこを守ってやってください。)



そんなような長い長いお祈りを毎日しました。

きっと、自分の気持ちを鎮めるためでもあっただろうと思います。



解放後、1週間程経ったころ_

友人夫妻が手伝いに来てくれるその日でした。

洗濯物を外に干していた時のことです。

ある青年が突然、私に近づいて来られました。

私は内心が整っているとは思えなかったので、

見間違っているんだよ、と思うようにしていたところでした。



< ぺこちゃん、見つけるから。>



その青年は、きっぱりと私にそう言うのです。

見たことのある青年です。

青年はこの日、手伝いに遠方からお越し下さる友人夫妻の

息子さんです。

( あなたは、◯○さん家のお兄ちゃん!)

ニヤッと笑って、首を縦に振ってくれました。

< 見つけてくるから。安心して。>



予想もしないことでした。

予想もしない言葉をかけてもらった私は、

にわかには 信じられませんでしたが 慰められました。

慰めの言葉だけで十分救われました。



全く知らない土地。

春といっても冬のような寒さ。

土地勘のない野良猫が生きるのは・・・と責めに責めまくる日々を

送っていたもんですから、

そんな私にとって、青年の言葉と気持ちがどれほど嬉しかったか。

それは、言葉では言い尽くせません。



来られたまなし、Yさんにそのことを打ち明けました。

「 そうですか。」と冷静に聞いておられた様子。



お昼すぎ、子が「お母ちゃん、これを見て。」と地面を指差します。

Yさんと一緒に子が指差すところを見ました。

そこには、ちびモグラの亡骸が置かれていました。

「あ!」

「Yさん、ぺこがよくこうした"お土産"を持ってきてくれていたんですよ!」

「 え?本当に?ぺこちゃんだったら良いですね!」

とにこにこ嬉しそうな顔のYさん。

「 はい!」

と言いながらも、信じられない私でした。

「ぺこじゃなくても、偶然でも、このタイミングで"お土産"を

 見れたのは、すごく救われました。」



そして、ちびモグラちゃんの亡骸の横に カリカリ餌を

添えておきました。

( ぺこだったら、食べるだろうから。)

という期待をこめて。



翌朝、ちびモグラちゃんは居ませんでした。

カリカリ餌は・・・

そのままでした。



「 違う猫なんだよ。」と家族。

「 そうかもね・・・ そうだよね。」と私。



期待はしない_

それは、自分を戒めるためでした。

自分の欲が長く続き過ぎたがゆえの、思いでした。

可愛いぺこにひどい仕打ち※をしたのですから。
※テリトリーを奪うことは野良の命に関わると思います。



それから1週間後の週末。

お昼過ぎに、家族が窓の外を見て言いました。

「 あれ? ぺこに似た柄の野良が居るよ。」



違うだろうと思いながらも視線を落としますと、

ぺこ でした。



「 ぺこっ!」



私は、叫びたい気持ちを抑えて、

小さめに呼びました。



「 にゃぁー」

と返事しました。



ぺこ、でした。

とても用心して しばらくは カリカリ餌に近寄りませんでしたが、

私が離れて行くと そっと食べに来ました。

ほっとしました。

とにかく、食べたから。



( ◯○くん、本当に見つけてくれたんだね。

 なんて御礼を言っていいか、わからないよ。

 ほんと、嬉しい。

 ありがとうね、◯○くん。)



すぐに お母さんのYさんにメールをしました。

すごく喜んでおられました。

夜には お父さんからも一言メールが来ました。



Yさんから頂いたメールに書かれていたことに感激しました。

お母さんであるYさんにその話をした後、

Yさんは、こっそり 息子さんに話しかけたそうです。

「 その証拠を見せてよ。」

と。

その言葉の後に、ちびモグラちゃんの発見があったのです。

その1週間後に、ぺこと再会したのです。

親子の絆、繋がり、愛情というのは、本当にスゴいと思います。



他界の人の言葉や気持ち(心)は、私にとって

いつも 突然で、

いつも 正しく、

温かみにあふれています。



ただ、私からすると

到底、実現不可能と思われることも言われるものですから

言われた直後は、信じることが出来ないのです。



他界からの言葉は、

信じる、信じない、

正しい、正しくない、

といったことではなくて、

いつも 心に響き、温かいのです。



山小屋の一室に置かれたケージから出たこともない、

全く知らない土地(山の中)に走り去ったぺこ。

マーキングなど一切ないのに、数週間後、わが家の傍まで来た。

偶然かもしれませんが、命に偶然はないと思います。



寒冷地の山の中の寒さは、

温暖なところで生まれ育ったぺこにとって、命に関わるものがあるでしょう。

( そのうち、また 以前のように慣れてきてくれたら、

 保護して、葉山に帰してあげたほうが良いんじゃないか・・・)

とも考えていました。

だけど、もう捕まえてはいけないと思いました。

もう二度と、テリトリーを奪ってはいけない。



野良として生きることを好む猫もいれば、

家猫として順応していく猫もいると思います。



どちらが 幸せかは わかりません。

それぞれによって 違うと思うのです。



この広い山の中で 再会出来たのは、

青年のおかげです。

神様がおられるかどうかは私には分かりませんが

青年がおられるのは間違いないです。



愛する人を亡くされたすべての方に申し上げたいのです。

私達の肉眼で見えないとされていますが、

大切な方は、消えてしまったんじゃない。

ただ、私達の肉眼には見えないだけで、

今も、

この青年のように生きておいでです。

生きるという概念が、朽ちる"肉体"の有無だけでお考えなら

愛するということは、存在しなくなります。



人間の肉眼に見えていることだけがすべてではないのだと

いうことを、心からお伝えしたいと思い、

この実話を書きました。



不可能を飛び越えて、

ぺこが 目の前に あらわれたんです。



" 愛しているから、自由に生きるのを心で祈る。"

愛することは、自分の感情と向き合うことでもあるのだと

ようやく 少しだけ わかったような気がしています。










= おまけ =


屋根にかかる枝一枝を、友人夫妻の協力を得て、伐採しました。
細い枝でも、すっごく重いんですよ。本当に。
たくさんは切りません。
それが自然の中で住むということ。
自然の中で便利を求めることの方が不自然。
街に住む方が良いと思います。私はどっち派だろう。
今はまだ、街派かな。(苦笑)




先週の午前中は、雪が降りました。寒っ。





友人夫妻が薪になるものをお知合いを探して、わざわざ持ってきてくれました。
軽トラで!
実際に使える薪ストーブ設置には、7桁は行くそうですよ。
ということで、薪ストーブ設置は、夢のまた夢ですが、薪はあります!




ちびモグラちゃんは居なくなって、カリカリ餌だけでした。
この1週間後、ぺこに再会できるとは思いもしませんでした。







アガサ







Posted on 2018/04/16 Mon. 12:36 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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【陳謝】対面再開時期につきまして 〜4/20追記〜 

4/20追記

おかげさまで、顔の腫れと痛みが和らいできました。

対面を予定通り、5月から再開いたします。






- - - - -

いつも ご厚意をお待ちになり、長くお待ち頂き、

本当に有難うございます。



対面の再開時期につきまして、5月からと思っておりましたが

体調の都合で判断させて頂きたいと存じます。



(理由)

顔面が赤く腫れ上がって、痛みを伴っている状態です。



(経緯)

天候による花粉シーズンのズレ、

乾燥地域、

疲れやストレス等が一気にきたのでしょうか、

4月3日頃から突然、顔面が真っ赤に腫れ上がりました。

そりゃもう、びっくりしました。

我慢していたのですがあまりにも痛く、ヒリヒリしてきますので

診療所に行きましたが、小康状態すら感じられず、とうとう、

隣の市にある皮膚科まで行かずにはおれない状態でした。



焼けただれたような・・・感じです。

ずっと痛くヒリヒリし、皮膚は腫れ上がっています。

このような状態ですので、どうかご勘弁ください。



対面再開は、顔面の皮膚の状態が治り次第、

させて頂きたいと思います。

再開目処は、拙ブログで必ずご連絡させて頂きます。



生活するだけでも一仕事でしたが、

さらに、顔面の痛みが発生し、

自分にとって不都合なことばかりが起こり、気弱になったら

「 どうして・・・」

と思ってしまいます。

が、そう思いましても現状が回復するわけでもありません。(苦笑)



すべてを、

本当にすべてを、

受け入れるしか他ないんだ・・・という気持ちです。



まるで、自分の弱さと脆さとの勝負のようです。(苦笑)

痛みが増す夜になりますと、不安も出てきます。

" 明日、目が見えなくなっていたら・・・"

" 身体の内側が腫れてきたら・・・"

とかね、笑ってしまう程、不安なことばかりが

夜、頭に浮かぶのです。(苦笑)



世の中には、病気と日々暮らしておられる方々が多いです。

" 自分の、この症状などは とるに足りないもんだ!"

と思ってはいますが、" でも、痛いよなぁ・・・" と弱音を

心のなかで吐いてしまいます。(大笑)



人の心境、気持ち、感情、というのは本当に色々と動きますね。

日々、実感しています。

山の中に引越しましてからは、私という人間は、

「 なんと脆く弱いものだろう!!!」

と呆れる毎日です。




大切な方との交流は、正直になればなるほど、

繊細になっていくんだなと思えています。

繊細というのは、言葉を変えれば、生き難さも含まれます。



続けてゆくなかで、より繊細になっていってしまう_

自分が望まなくても、です。

些細な感触も感覚も逃さなくなってしまいます。

ということは、感じなくても良いことまでも我が身への侵入を

受け入れてしまうということなのかも しれません。

この皮膚もそうなのかも・・・しれませんね。



顔面の痛みとヒリヒリと腫れは、焦っても仕方ないと思い、

ご希望くださる皆様のご厚意に 大きく頼らせて頂くほか、

方法がないと思っております。

重ね重ね、お許しください。





腫れ上がった顔を毎日見ている私の家族たちも、辛いだろうと思います。

身体のどこかが不調な家族が、痛みに耐えている姿を傍で見る_

これは相当辛い。

気が滅入ると思います。

家族たちのためにも、普通の状態に戻れるようにと思っています。









= おまけ =



午前3時ぐらいから灯油ストーブをONしないと寒いのです。
4月中旬の最低気温は、0度ぐらいでしょうか。
氷点下もあり、先日は雪が降っていました。
最高気温は、天気予報で20度ぐらいの日もありますが、
山の中では5度程低いです。
お天気にも心身共に慣れていきますように。





桜のつぼみがようやく膨らんできました。
地面にも少しずつ、草が見え始めています。





陽の暖かと陽射しが貴重だと実感する日々です。
気持ちを明るくするためにも、家族がお花を買いました。
なんていう名前だったかなぁ・・・
えっと・・・・あぁ、思い出せません。(苦笑)
あ!思い出した! ゼラニウムです。








アガサ











Posted on 2018/04/12 Thu. 11:08 [edit]

category: アガサよりお知らせ

thread: 生きること  -  janre: 心と身体

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12

再開時期、場所につきまして 〜 山の中での生活中間報告 〜 

いつも温かいお心で接して頂き、有難うございます。

随分長い間、お待たせしてばかりで本当に申し訳ございません。

次々に頂くメールのお返事も追いついておらず、重ね重ね、

失礼ばかりしています。



引越から10日間程経ったと思います。

家族が山の中で住みたいということをずっと夢見ていましたが、

あくまでもそれは、家族の願望だと思っていた私です。

まさか、私が、しかも、50才を過ぎてこういう生活をするとは

思いもしませんでした。

ある一定の便利さの中で生まれ育った私にとりまして、

山奥暮らしは未開の土地であり、慣れるには時間のかかる生活。

今迄の生活とは180度違います。



食器洗剤、洗濯洗剤、、、すべてを変えねばなりません。

洗うことが台所に立つことよりも好きで、好きな洗剤を

使うことがある種の憩いになっておりました。

「ささやかなその憩い?と、自然の保護とどちらが大切?」

と家族に何度も問われますと、何が正しいのかは一目瞭然。

自分のささやかな憩いを断念する他ありません。(苦笑)



選択をせまられる時に、正しいことが頭では分かってはいても

人間というのは、なかなか、気持ちをばさっと切替えることが

難しいなぁぁ・・・と痛感します。



正直、好きに選んでいた洗剤が恋しくなりますし、

自然保護は大事と思っておりましても、

面倒くさいなぁと思ってしまう自分がおります。(苦笑)



" 言ってることと やっていることを合致させる "

このことは、自分の内にある感情や欲との闘いだなと

そんな些細なことの中に思います。



まあ〜でも、(苦笑)、現実、自分が流した物(生活排水)を

定期的に確認せねばなりませんので、そうも言ってられません。

便利で好みのものというのは、最後の最後は、とても書けないような

形状と臭いを発するのだと視覚と嗅覚で目の当たりにしました。

使う時は、とても便利で芳しい香りなのに、です。(苦笑)



山奥ということで、

土壌に負担のかけない生き方をせねば、まわりまわって

自分にも経済的負担が大きくのしかかってくる・・・

そんな生活なのです。(苦笑)

不便極まりないこと、このうえないように感じています。



とはいえ、自然の中にお邪魔するのは私たち人間。

人間にとって都合の良い、便利な環境を作っていくことは

自然を壊さねばならないんだと経験しました。

今さら遅いと思わずに、出来る範囲でやっていこうかと

思っています。



今までの生活とは違うことで、初日にびっくりしたことは、

日が沈むとあたりは真っ暗!

ということです。

引越荷物を出した夕方、長野についたのは夜。

慣れた町灯りが次第に少なくなってきます。

村に入ってまいりますと、本当に真っ暗。

ビビりました。

私が子どもの頃からなぜか恐れていた「 真っ暗(暗闇) 」です。

まだ夜の8時過ぎだったと思いますが、真っ暗。

『村の皆さんは、もう寝てるの?』

と思わず、車の中で独り言が出てしまう程でした。



『やだなぁ・・・平地でこんな暗いんじゃ、山の中はもっとすごそう。』

初日からビビりまくり、葉山が恋しくなりました。

でも、物は考えよう。

人工的な灯りが少ないから、見える星の数が多い。

月明かりの明るさが幻想的で美しいのです。



そして。

野生動物達が食べるものを探しに歩き回る時間帯。

彼らの邪魔をしないように、夕方冷えてきますと雨戸をしめます。



不便を承知し、

不便を楽しめたら・・・。

それがいつしか、習慣になっていけたら・・・と思っています。



いかに 今までの生活が 超が付く程、便利であったのかを

実感しています。

水洗トイレ、浄化槽ってなんて便利だったんだろう!

と思っています。



上記の通り、自宅周辺の環境を整える(木を切る等)日々です。

新緑を迎える前に、屋根にかかっている分だけを切らねば

なりません。

少しだけ切る理由は、枝が屋根にあたったり、葉が屋根にたまり、

月日が流れますと屋根に穴が空いてくるからのです。

メンテナンスを怠りますと、サビが出来、穴が出来、雨漏り。



専門家に頼めば、解決して頂けますが、わが家には

そういう余裕資金はありませんので(苦笑)、

家族全員の力で出来る範囲でやっています。

ぼちぼちと。



このような生活を送っていますので、どうしても時間が必要です。

皆様の交流に臨むためには、ここの空気と調和をしていく時間を

是非とも頂きたいと思います。



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【再開時期】2018年 5月1日より

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長くお待たせすることになり、大変心苦しいですが、

どうかご勘弁ください。

交流を正しくお伝えするのは大変繊細なことなのです。

ビジネス的には出来ない不器用者ですので、

ご理解頂ければ助かります。



対面場所につきましては、

小さな山小屋に住んでいますので、葉山のようなスペースがなく、

あまりにも、山奥すぎるので、考えねばならないなぁ・・・

と思っています。

こちらももう少し考える時間をください。



ご迷惑ばかり、お待たせしてばかりで すみません。

毎日、自宅周辺の散歩(アップダウンがキツいです)を

していますので、少しは体力や体調も良くなればと思います。










= おまけ =

村の中心まで、約10キロ。
車の免許を持っていない私は、完全封じです。
歩いてでも山を降りるぞ!という心の余裕がまだないので(苦笑)
家族のお世話になりっぱなし。
山を降りたところの平地の風景です。
のどかな農村です。





10日間、朝から夕方までずっと作業しとおしでしたが
ようやく、半日休もうということにして、近所(近所という概念が葉山とは違う)の
国宝の三重塔を観に行きました。
とても古かったですが、とても落ち着きました。
葉山で起こったあることが、どういうことなのかが
この三重塔に来て、はっとして、腑に落ちました。

すごーく、地味なんですけどね、度々訪ねたいと思います。










アガサ









Posted on 2018/04/02 Mon. 11:12 [edit]

category: アガサよりお知らせ

thread: 生きること  -  janre: 心と身体

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