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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

じいちゃんに会えたよ! 

前夜・・・だったか、前日のいつだったか思い出せませんが

何度となく奇妙で確かな感覚がありました。

感覚というのは当人にしかわからないもので、とても儚げです。

あやふやなもののようにも思えますが、人様の体験を不意打ちに

体験しますので、私にすれば非常にリアルです。現実的。



立っているまま、自分のなかから " 抜け出そう " とする自分に

(ま、待って。これって、ぼちぼち、私は他界するの?)

頭の天辺から上へとあがっていこうとする自分だけど、自分だけ

ではない " 何か " に対して 焦ってしまいました。

( まだ私にはいろいろとせんとあかんことがあるのに!)

人間というのは、その場にならないとわからないものですね。

頭ではわかっている理解しているつもりでも、やっぱり " つもり "程度なんですね。

その時になると本性というか、焦りにも似た感情が揺れます。

心の準備がまだ出来ていないし、現実、何も準備をしていないのですから。

(こんな大変な時期に、家族を置いていけへん。まだ、そっちには行かないから!)

誰に向かって、どこに向かって、私は喧嘩腰になっているのか・・・(苦笑)



こうしたとてもリアルな体験を何故するのかが、

Aさんご夫妻にお会いするまでは全くわかりませんでした。

ただ、何十年と続くそうした体質に飽き飽きする私が居るだけでした。(笑)



Aさんご夫妻をお迎えする前に、身体のある部分への痛み、

そして、

楽しそうに笑っている初老の男性と女性(女性の視点は私)、

近くには多くの人達、柴犬のようなワンチャンも一緒で

とても楽しいところをしっかりと見せてくださいました。



( わぁ〜、楽しそうだなぁ・・・)

< ・・・じいちゃんに会ったよ、と伝えてください。じいちゃんは随分若返ってた!>

そうおっしゃりながら、大笑いなさっていた初老の女性。

中年と言ってもいいぐらい、とても若々しい美人な方。

( わかりました。Aさんご夫妻に確認をとります。安心してください。)



Aさんご夫妻をお迎えして、交流はいつものように静かに始まりました。

先程の女性がメインで、少し後方に 若返ったおじいちゃんも来られました。

見えるお姿、性格(お人柄)、というようところをお伝えし、

おおよその心当たりがあるかどうかを確認後、

約束したことをAさんご夫妻に伝え始めました。



「 この女性が『 じいちゃんに会ったよ!』とおっしゃっています。

 お分かりになりますか?」

Aさんご夫妻はとても嬉しそうに、感涙なさっていたように思います。

「 柴犬かなぁ〜・・・うちのワンコよりも脚が長い(笑)わんちゃんが

 傍に居ます。嬉しそうですよ。お分かりになりますか?」

おふたりはびっくりしたように、そして、とても喜んでおられるご様子。

「 おわかりになるのなら、いいですね。」

そして、私の身体に知らされる痛みの部分と痛みの種類など、

わかることすべてを描写しました。

「 多分、そうだと思います。」

「 そうですか。多少でもお分かりになるのなら、それで良いです。」



そうしたやりとりをしていて、ふと、あのことを思い出しました。

頭の天辺から、抜け出すアレです。

「 Aさん、妙なことを申し上げてすみません。

 前日に何度も、こういうことが起きました。」

失礼にならないようにと願いながらの前置きをし、

自分から抜け出すような一連の体験の詳細を伝えました。

すると、Aさんは、泣きながらおっしゃっていました_

「 祖母の最期がどのようであったのか・・・心配でした。

 祖母にどういうふうだったのかと何度も話しかけていました。」

「 なるほど。あの体験は、可愛いお孫さんへのお返事だったんですね。

 あのような体験はほとんどしませんので、正直、私はとても焦りました。

 そうでしたか。そのような理由があったのなら、私も納得がいきました。

 おばあさんはそれを伝えたかったのですね。ありがとうございます。」



おばあさんはその後も、いろいろなことを話してくださいました。

Aさんのご主人へのこと、お仕事のこと、

Aさんのお心、お身体のことなど。多岐に渡りました。



交流後半で、Aさんが是非とも尋ねてみたいとおっしゃったご質問に

対してのおばあさんのお気持ちはとても彼女らしいと思えました。

内容は、ちょっと理由がありまして、割愛させて頂きます。



それでは、Aさんから頂いたメールに助けて頂きます。



- - - - -

(略)

アガサさんが義母に似ていて、なんだか初めて会ったような気がしませんでした。
(ア:私はどこにでもいるような普通のおばちゃんです。笑)

帰宅してから左脇腹あたりの痛みで調べたところ、やはり◯○ガンでそこが痛むらしいです。
しかし、祖母の持病?の◯○でも、そこが痛む時があるらしいです。
(中略)


ろくに犬の世話の仕方も分からなかった私達家族に飼われてしまった、
柴犬◯○が一緒に来てくれるとは思っていませんでした。
あの頃は本当に申し訳なかったと思っておりました。
それでも少ないお小遣いで◯○を買って、半分こにして横に座り
一緒に食べた大事な思い出があります。
なので嬉しかったです。

祖母は私が産まれた時は40代で、周りよりとても若い『おばあちゃん』でした。
毎日顔の産毛をきちんと処理し、薄化粧をして、常にニコニコしていました。
肌が綺麗で年齢よりは若く見えました。

(中略)

「じいちゃんに会えたよ」
最初のこの言葉は本当に本当に嬉しかったです。
あちらで会えてまた一緒に暮らせて、とても喜んでいると聞いて嬉しくて仕方がありません。
ジャンプしながら万歳三唱したいくらいです。


他界する時に苦しまなかったか本当に気掛かりでした。
祖母は今年の◯月に亡くなったのですが、前々日の深夜に私が洗面台で歯磨きをしていたら、
ハッキリと背中中央から左側を優しく押される感覚がありました。
すぐ振り返っても誰も居ませんでした。

スピリチュアルなものは信じていなかったので、まさかなぁ…と思っていた矢先に
亡くなってしまいました。
(中略)
(ア説明:事情があり、その時を見舞うことが出来なかったAさん)
後日親戚に改めて聞く事が出来ましたが、
「その時どんな気持ちだったんだろう、寂しかったかな…」
とお見舞いにあまり行けなかった事をとても後悔しました。
(中略)

夫に対しての言葉も祖母が生前言っていた事と全く同じでした。
私に対しての言葉は、魂になってからの言葉なんだろうなと思います。
「もう少し夫に感謝しなさい。これからもっと良さが分かってくるから。きちんとご飯を作ってあげなさい」

全くもって言い返す言葉が見つかりません。
仕事を理由に料理を疎かにしていたのが見られていたなんて…
体調が治り次第しっかり料理して支えたいと思います。

途中でアガサさんが私をちゃん付けで呼ぶのがドキッとしました。
祖母は私を『◯○ちゃん』と呼んでいたので。
(ア:おばあさんがちゃん付けで呼ばれたので、そのまま、そうお呼びしました。)

(中略)

私にとって祖母が『母』でした。
毒母の毒を受けて保育園児のころから「死にたい」が自分の基盤に在りました。
それが私の普通でした。
「祖母がまだ生きているうちは死ねない」と自分に言い聞かせながら生きていました。
この「死にたい」は私の意見を怒鳴り合いながらも真剣に向き合ってくれる夫と
一緒になってからいつのまにか消えておりました。
祖母はそこの部分で夫に感謝しているのかもしれません。祖母の言う通り、私は幸せです。

(中略)


夫が「とても大事で貴重な経験をさせてもらった。連れて言ってくれてありがとう。
おばあちゃんとまたお話出来て楽しかった。会ったことがないおじいさんとも会えて凄く嬉しい」
と私に言ってくれました。
(中略)

事前に祖母には「アガサさんにあまり迷惑かけないでね」と念じておいたのですが、
◯◯を買わせたりしてしまったのですね(笑)すみません。
(ア:いえいえ、とんでもない。笑 どのことも私にとっても大切なことです。)

(中略)

夫は帰りにスッと自然に私の横に並んだアガサさんがすり足気味に歩く祖母に見えたそうです。
私も、最後見えなくなるまで手を振って見送って下さったアガサさんが、
『小学校登校時に私が見えなくなるまで家の前で手を振って毎朝見送ってくれた祖母』と重なって
胸がいっぱいになりました。

(中略)

今後は祖母に見守られている自信を持って、それに恥じない生き方をしたいです。

(略)

- - - - -



他界から交流に来られる方おひとりおひとりに人生があります。

ご依頼をなさる方も、そうです。

人ひとりの人生というのは、他人からすれば他人事ですが、

一瞬であっても関わらせて頂く私にとっては

その瞬間、その方の人生を生きることなのだと思っています。

誠意を尽くせなかったら、偽善に成ります。

誠意を尽くし正直であることは、普通なのです。



こうしたこと、交流に慣れてしまう方もおられると思います。

逆に、初めてだからと恐縮される方もおられます。

どんなに慣れても、初めてであっても、

ご家族に対して、愛しい人に対して、

誰に対しても、誠実さと謙虚さをお持ちになることは大切なことです。

私自身どれだけ回数を経験しても、慣れることはありません。

慣れを少しでも感じてしまうとそれは必ず、油断(横柄)へと繫がります。

ですから、交流を"スピリチュアルなこと" という捉え方を私はしていません。

現在、"スピリチュアル"と呼ばれていることは、決めつけが多いように思えます。

交流で私は人様の人生を体験させて頂いていますから、

「こうだからこうなんです」とはとても言えないのです。



交流というのは、泣くためでもなく、感激するためでもありません。

与えてもらうものではないと思っています。

交流に関わっている限り、同情してしまうようなご事情を話されても、

どなたの肩も持ちません。



人と人が、真実に沿って話す場に肉体の有無など関係ないのです。

物質的なことや見た目ではなく、本心(真実)かどうか_

そこに私の強い関心があります。

それは霊媒だからではなく、何十年という長い月日のなかでの

経験の積み重ねと性分に寄るものです。

相手がどなたであろうと、すべては公平であることが、

自分が伝える交流のなかで、尊重すべきものなのです。



いつも公平であることは、時に、人から誤解を招くこともあるでしょう。

Aさんのおばあさんは、真っすぐすぎる気質のため、

Aさんのお母さんに誤解を与えてしまったのかもしれません。

でも、おばあさんは、とても真っすぐな方。

私は、彼女の真っすぐで合理的なところに強く惹かれました。






< じいちゃんに会ったよ!>





そうおっしゃっていた美人のおばあさんは、

とても嬉しそうで、しあわせそうでした。



おじいさんとおばあさんのように、

Aさんご夫妻はいつまでも仲良くお暮らしください。













アガサ






Posted on 2017/11/27 Mon. 11:13 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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27

フツーに生きれてるから 

Kさんから頂いた長い長いメール。

どんなに長文でありましても、私にとりましても大変有難く、貴重です。

全文を載せた方が読まれる方にとっては把握しやすいと思いますが

抜粋いたします。申し訳ございません。

個人的なことはKさんご本人、お子さんご本人、ご家族の方々の胸で

宝として輝き続けた方が良いと思いました。



- - - - -

(略)

がんの治療中であるにもかかわらず、希望に満ち溢れ、
自分の将来を楽しみにしていた娘が、
まさかこの世をさってしまわなければならない現実を、
受け止められているのか・・・。
私がいなくて大丈夫なのか・・・。
寂しくて泣いているのではないか・・・。
誰か傍にいてくれているのか・・・。
お友達ができたのだろうか・・・。
私が寂しくてたまらないのは仕方がないとして、
◯○が、せめて元気にしていてさえくれれば・・・
ただ、その思いが募って、アガサさんに交流をお願いした次第です。

本当に全く、なにもお伝えしていないのに、私の娘がアガサさんの
ところに来てくれて、本当に本当にうれしかったです。
もう一人 会いたいと思っていた高校時代の恩師(娘曰く、"おじさん")を
一緒につれて・・・。
最初、「とても面白くて 明るい、中年男性がきています。」と言われたとき、
えっ誰?まさか先生?そんなわけないよな~と思いながら。。。
オレオレの先生だったから、◯○より前にでてきて。。
(ア注釈:"オレオレ":ご自分を表現されるのがお好きor上手な方、という意味です。)
アガサさんが会話をしているのを聞いて 爆笑してしまいました。
先生が亡くなった時に、何度も何度も、「◯○をよろしくね」とお願いしたので、
「ちゃんと会えたから心配するな。◯○のことは心配するな。」ということを伝えに、
無理やり?ついてきたとのことでした。(笑)

娘の◯○がだんだん、アガサさんに近づいて、やっと◯○だとわかった時、
「娘さんは、すごく喜んでいます。嬉しそうに涙ぐんでいます。」
よかったです。あ~うれしい。
その言葉に、私も涙がとまりませんでした。
娘がうれしそうに、涙ぐんでいるなんて・・・。
あ~ 会いたいよ~。
でも 元気そうでよかった。

そして 娘が「本当にありがとう」と言っていると聞いて。。涙です。
そのあたりから、娘は アガサさんにどんどん心を開いて・・・
◯○っぽい言い方や、言いそう言いそうみたいな感じで、
本当にフツーに娘がそこにいる! という感じで時間がすぎました。

(中略)

長い髪の毛のお友達ととても気が合って、
「よく一緒にいて、とても楽しく普通に生きれているから、心配ないよ。」
とのことでした。
"フツーに生きれてるから・・・" という言い方は とても娘っぽいです。
切り替えがはやく、その場その場で自分が楽しいと思うことをやるべきことを、
当たり前に頑張る娘でした。
弟のことでは、私が大学受験に向けて、すごく心配していることを見ているので、
「 あんまり、勉強、勉強って言わなくていいんじゃない?
 本人がやるべき時がきたら、自分でヤバイと思ったらちゃんとやるしかないし、
 ちゃんとやるから、(急かしたり)言ったって無駄だから」と。
あ~ ◯○がいたら 絶対に言われそうな言葉だ・・・

さらに、アガサさんが「ムリムリっていう風に言ってます」というジェスチャー付きの
しぐさが、まさに 娘のしぐさで、爆笑でした。
本当に ちゃんと 見てるのね・・・ (笑)

(中略)

◯○に余命については伝えておらず、いつもポジティブで脳天気な娘には、
それは私は伝える必要がないと思っていたし、本人は絶対に伝えないでほしいと
思っていたと思うんですということをお話しをしたら、まだ◯○はそばにいたらしく、
「不要な情報は一切いらない。だから それでよかった。」
と思っておられますとおっしゃってくださったので、びっくりしましたが、
ずっと気になっていたことなので、想いが知れて、ちょっぴり肩の荷がおりました。

(中略)

時間がたてばたつほど、寂しさが増しますが、だんだん遠く感じてくるのが、
なんともやるせなく思っていたので、今回は やはりそばにいて、
ちょくちょく遊びにきてくれている(笑)のがわかり本当にうれしかったです。
◯○がフツーに元気でいるとのことなので、私もフツーに元気に頑張っていこうと思います。

(略)

- - - - -



まさか、最初にKさんの恩師が来られるとは、

Kさんご自身全く想像外でおられたようです。

結果、恩師だとおわかりになった時は、Kさんは本当に驚かれ、

とても嬉しそうでした。



恩師にお願いされていた、としても100%そうなさるとは限りません。

様々な事情が、それぞれにありますから、

もし、すごくお願いをしていたとして、

守ってくれてないような気がするからといって、

"お願いしていたのに、守ってくれなかった!"

と思うのは、私はおかしいと思っています。

Kさんの恩師は、先生ご自身のお人柄もあるでしょうし、

Kさんとの信頼関係があったのだと思えます。



すべては、こちらに私達が居る間にどう生きるか?

口ばっかり調子の良い行い、

表面的に良い人ぶったりする、

友達の人数が多いことに自己満足を得たり、

言葉だけは美しくとも、本心は自分のことしか考えていなかったり。

この世ではそうした方が生き易いかもしれませんが、

" バブル " 的だと思います。



心を込めて生きる_

それは今の世界でも他界でも信頼へと繫がります。

信頼を得るためにそう生きるのではなく、普段の、混じり気ない心が

信頼へと自然に繫がっていくのだと思えます。



本当に大切なものというのは、こちらの世界では肉眼で見えません。

真心も、目では見えず、手で触れることは出来ません。

無形でありますが、非常に大切なものです。

他界されると無形であったものが、光り輝きます。

その存在に圧倒されます。

大きなことを成し遂げることもスゴいですが、

誰も見てもいないところで、

褒めもされないような小さいことでも、

真心こめて、誠実に生きることは、

この世では何の得にもならないことかもしれません。

だけど、

他界では、言葉や文字では表現できないほどの宝ものなのです。



Kさんの娘さんは、

余命わずかだと医師から言われていたそうです。

奇跡だと思われるほどの、こちらでの年月を精一杯生きました。

とても美しいです。



彼女が今も生き続けているからこそ、私は彼女の人となりを

伝えられるのです。



交流から教えられることは、大変多くあります。

その度に、私自身、我が身を振り返ります。

日常において、

これで良かったのか・・・

これが善いのか・・・

自分本位になっていないか・・・

相手の気持ちを思いやることが出来ていたかどうか・・・。



交流は、愛しい存在の方々を身近に感じる機会ですが

それだけではないと思っています。

悲しみと辛さ、涙にくれている側にとって、

安堵と安らぎを感じながら、

我が身の日常を振り返ったり、

何とか生きていこうと励まされているのだと

しっかり心に刻む大切な機会でもあると思っています。



交流がすべて、とは思いません。

でも、交流の前と後では、ご依頼人さんの表情や周囲の空気が

あきらかに変わります。

交流中はほとんど、ご依頼人さんの方を見ないのですが、

交流が終わった後、私はある意味、こちらに"戻って"来ます。(笑)

その表情と空気の変化を知る瞬間、

家族の愛のスゴさを実感するのです。






Kさん、

フツーに健やかにおすごしください。













朝ご飯と晩ご飯の頃になると、頑張って身体を起こそうとします。
脚の筋力が弱くなっていますので、自分一匹では起き上がれません。
そこで、家族それぞれが介助します!
ふらふらしながらもゆっくりと歩けるのは、美しいもんです。
さぁ!愛情たっぷりご飯をお食べ、ごん!







アガサ







Posted on 2017/11/13 Mon. 10:02 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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★2018年4月以降の対面の場所 〜 突然の来春引越 〜 

私の書き方が下手で、ご心配のメールを頂いています。申し訳ございません。

どうぞ、落ち着いてお読みください。





【 お知らせ 】 (12/4 更新)

 "来年 2018年4月以降の対面場所につきまして"

 ● 現住所(葉山)にて : 〜 3月17日まで

 ● 4月10日〜 : 長野県にて

 詳しいことは、1月中にお知らせ出来るように致します。

 引越先でも、引き続き、

 ご依頼をお引き受けいたしますので ご安心ください。







【 引越への経緯 】

先月10月の終わり頃、晩ご飯の後、突然、呼び鈴ブザーが鳴りました。

玄関に出ますと、見知らぬ方で、不動産会社の方でした。

来られた理由は、

現在お借りしている家の大家さんが売却に出されたとのことでした。

わが家への住宅ローン返済予定表までご用意頂いたようですが、

うちはローンを組める家計ではありません。



その方がお帰りになり、玄関ドアを閉めたあと、家族達に話しました。

家族皆、びっくり。

その後、どんより。

数分程、全員、放心状態だったと思います。



懇意にしてくださっていた大家さんなりのお考えがあってのこと。

「買うお金がなければ、出る。

 住む者の権利や都合を言い張るようなことは、やらない。」

これが、わが家全員の性分です。

他人様の所有物だから。



とはいえ、

やらねばならないことを想像するだけでも、疲れそうです。(苦笑)

でも、ひとつひとつやっていかねば! です。

家族全員で知恵を出し合いました。

「 超古くて小さな家でもいいから、荷物を突っ込んでおける場所が欲しいね・・・」

これに行き着きました。



若い時は仕事でヒルズが建つ前のあの辺に住んだりもしましたので

都会の刺激や便利さも私なりに十分に経験しました。

家族を築き始めてからは、家族たちの性格や興味、将来的なことも考え、

今とこれからは、自然溢れるところで住んだ方が良いと思えました。

もちろん、アガサという者にとって、もです。



突然知らされることで驚き、不安にもなりましたが、

視点をかえれば 良い機会ではないかと思います。

現実は、

車の免許もない私にとって、" 本物の田舎 "は手強いです。

歩くか自転車かぁ・・・

運動不足も解消!?(笑)

物事は考えようです。よね?(苦笑)



私のなかでずっと在った大きいもの_

現住まいは、ご依頼人様方にとっての大切な場所。

このことが私のなかで大きく占めています。

財力がなく、ご依頼人様方には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。



ご迷惑をおかけすることが重なりますが、

あまり心配されないでください。

アガサという者を、細く長く続けてゆきます。




それにしても。(笑)

人生は色々なことが突発的に起こるのですね。

久しぶりに、まいりました!













11/12追記:
信州方面、特に長野のあたりを考えています。
とても不便な山の方などを、です。
まだまだ未確定ですが、中間ご報告です。

11/22追記:
住処は、とても不便な場所になりそうです。
ですから、
東京、逗子、大阪・・・あたりに私が出向く方向で
考えています。
もちろん、山奥でも行きます!という方は大歓迎です。

11/30追記:
毎週日曜日の早朝暗いうちから長野に向けて物件探し。
数週間連続は、結構、ハードでした。
日曜日は丸々一日つぶれますから休み無しという感じでした。
インターネットの画像や情報と現物を見るというのは違います。
まさに "百聞は一見にしかず" と痛感。
契約はまだですが、つい数日前、物件を決めました。
古い小さな山小屋といった家屋です。











引越してきた翌月でしょうか、友人家族やご近所の子どもさんと共に
近場の海へ行った時の写真です。
子ども達も小さかった!
あれから、もう7年。8年目に入るところでした。
早いもんですね、月日の流れって。
私も白髪が随分増えました。(大笑)








アガサ







Posted on 2017/11/08 Wed. 15:00 [edit]

category: アガサよりお知らせ

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08

悩んだ時には 〜 育児 〜 

いわゆる " スピリチュアル " 的に物事を考えるのは、私は嫌いです。

世間で通っているイメージでの、ことです。

頑固だとは思いますが、不誠実なことが嫌いだけなのです。



育児での悩みのメールを頂くことも多々あります。

親御さん方にとっては、藁をも掴む思いで答えを見つけようと探されます。

考えつくところを当たっても全て、断られることも多いにあります。

公的機関や一般的な学校では、" 問題 " があると判断されると、

なんとか症というような病名にあてはめて、" はじく " のです。

なぜか?

ずばり、面倒くさいから。

教育機関を名乗りながらも、責任をとりたくないのです。

現代の日本は、そういうふうになってしまいました。

すぐに、症にあてはめる。

そうすりゃ、簡単だから。

大人に成っていくと、そうなってしまうのかもしれません。



肝心の子どものことは露程も考えていないわけです。

" あんたが親なんだから、自分で何とかすればいいじゃない " _

これが腹の中だろうと思います。



困ったことが発生すると、人は、目に見えないことに理由を

見つけようとします。

その気持ちは、よくわかります。

だけど、どんなにこちらが藁をも掴む思いをしても、

そうした状態につけ込む輩が居ることも、忘れてはなりません。

前世、カルマ、運命、生まれる前から決めてきたこと・・・とか。

あ〜あ、って感じです。

必ず、そうした方々は それっぽく 困っている人に対して

おっしゃいます。

スピリチュアル系の方々は、何かに " あてはめる " ことが得意であり、

それを " 天職 " だと自負されています。(苦笑)

綺麗ごとばかりおっしゃるし、本には綺麗ごとと不安をまぜられます。

そうした方々の特徴のひとつに、" 肩書き大好き " 。

つまり、目立ちたいのです。

ご用心なさってください。



前世はあるかもしれません。

だけど、わからないじゃないですか?

目の前で証明や合致させることなど出来ないでしょう?

もし、

わかったとしても、今をどうしますか?

現実や問題点がさっと解決するのでしょうか?



「 この子の前世はこうだったから。こうなのです。」

というようなことをおっしゃる方を無責任だと思います。

タチが悪い。悪過ぎる。

誰にも分かりゃぁしませんよ、そんなこと。バカバカしい。

人様の大切なお子さんのことをよくもまぁ、そんなふうに言えるなと

思います。

心から愛をもって子育てをしたり、人と接していれば、

そんなふうなことは言えませんよ。

無責任で身勝手で傲慢な発言です。



この人生で経験したきたことが全てです。

自分が経験していないこと、知らないこと、わからないことを

他人が判断すること自体、おかしなもんです。

何様だっていうんだ? (口、悪くてすみません。)



育児で頼る親もいない、親戚もいない人達だっています。

うちも、そうです。

なので、お気持ちよくわかります。

でも、そこにこだわる必要は無いと思います。

自分達を憐れむ必要などありません。

お住まいのご近所を見渡してみてください。

常識と良識を兼ねた方々がいっぱいおられると思います。



出来ないことや、無いことにフォーカスするのではなく、

出来ることをコツコツと積み上げていくこと。

すぐの大きな効果は見えづらくとも、必ず大きな力に成りますから。

日常で、大事なもの(心)が育つと思っています。



どのような発育であっても、子どもは子ども。

大切な存在。

尊い命です。



子の存在は一体、親にとってなんでしょうか?

親にとって、「 育て易い = 良い子 = 我が子 」?

命を授かった時のあの感動は、何だったのでしょうか?

私達は、自己都合による感傷に浸っている場合ではありません。



親というのは、初めてのことの連続です。

同じことなんてありません。

だから不安にもなるし、悲しいことも辛いこともいっぱい。

それは当たり前です。

大変だからこそ、寝顔を見て、ひと時の幸せを感じれるのです。



どれだけ、真心をこめて、本当の愛をこめて生き続けるか。

命をかけて我が子を育てるんだ!という覚悟と決意を持続し続けるか。

どんなに覚悟し、愛を込めて生きていても思い通りにならないことも、

予期せぬこともたくさんあるでしょう。

親がくじけたって泣いたって悩んだって、命を育むということは、

簡単ではない分、大きな意味があるのだと思います。



他の誰かから、その方が有名であっても、専門家であっても、

人様の子に対して、 " 問題です " って言われる筋合いもない。

批評なら誰だって出来る。

かといって、言われた方が意固地になることは違います。



私達、親は、点数を採るロボットを育てているのではないのです。

勉強さえ出来ればいい、人よりも抜きん出てほしい、といった親のエゴが

他に迷惑をかけても許されると心の伴わない秀才はいっぱいおられる。

なんのために、頭脳明晰になるのか?

そこがわからない、無関心な方々も いっぱいおられる。



" 適応できない "_

この言葉を言われた親御さんの頭のなかは、不安とショックでいっぱいです。

辛いと思います。

一時的に、もはや、お子さんのことではなく、

" 我が子が世間と対応できない、適応できない・・・出来ない 出来ない 出来ない・・・"

親御さんご自身が他人の言葉で、不安一色になってしまうでしょう。

冷静になってみてください。



我が子の存在を大切に思い続けることは、

どの親にとっても簡単ではありません。

親自身が、自分のことで精一杯な時もあります。

いろんなことがあります。

いろんな時期があります。

子どもが何人いても、それは同じ。

子育てにベテランなどあり得ない。

子どもは、ひとりひとり違うのですから。



愛する存在によって、自分自身の感情と深く、向き合わねばなりません。

愛する対象が増えるからこそ、難問も選択肢も増える時もあります。

それはずっと続きます。

愛することというのは、良い時もそうでない時も、

どれだけ相手を思いやれるかということです。

愛するということは、すべてにおいて深く成ります。



生きるって、そういうことだろうと思うのです。

手のかからない育児など、この世にありません。

親が子どもに対して、恐れてしまったら、子どもはどうしますか?



親となれば、子どもに対して、多くの、大きな期待を寄せてしまいがち。

親自身がやりたくても出来なかった過去を埋めるかのように、

子どもに託してしまう・・・。せっついてしまう。

それは、欲です。

子どもにやらせず、年くったって自分でやればいい。

子どもを枠にはめようとすると、必ず、不満と不安でいっぱいになります。

子どもの個性を潰すわけですから。

そうした鬱積した感情は、いつか必ず、爆発する時がやってきます。

思春期以降、大人になってから、必ず。

そうなったら、親の言うことなど聞きませんよ。

子どもの背格好は、親よりも大きくなった頃に。

それである意味、バランスがとられているのかもしれませんが、

その余波は、本人のみならず、周辺の方々まで影響していきます。



子どもだからって、大人や親は、馬鹿にしちゃいけません。

ちゃんとした人なのですから。

子どもさんの考えや個性を大切になさってください。






他界がすべての答えや指南を持っているわけではないと思います。

他界の方々との対話交流依頼をお引き受けしていますが、

私が他界に頼る、ということはありません。

予期せぬことは起きるし、困ることも多いです(苦笑)。

何度も何度も考えても、間違うし、失敗ばっかりです。

でも、そうやって試行錯誤していくなかで、常に精一杯努力しようと

思えます。出来る範囲で。

" あとは野となれ山となれ " と思えることが出来、結果に執着することなく

後悔の数も減ってきます。



不器用でも、精一杯、心をこめて生きる。

誠実に生きる姿勢で無理せずに生きていれば、子どもは子どもなりに

学ぶだろうと思います。

親自身が出来る最高の育児は、物質的なことではなく、

心を込めていきる姿だろうと思います。



現実を受け入れる勇気を持つこと。

すぐに受け入れられないことだってあるけど、

だけど、いつか、必ず、受け入れるようになります。



お子さんを、そのままのお子さんを心から愛すること。

他の誰か偉いさんが何言おうと、ほっときゃぁ良いんです。

同じように悩んでおられる親御さん方は世の中にいっぱいいらっしゃる。

スピリチュアルな人達よりも、現実と向き合っている方々の日常を

参考にされる方が遥かに素晴しいことです。







わが子の他界を経験なさっている親御さんの悲しみを私は知っています。

その後も続く、家族愛も知っています。



大いに 子育てで悩んでください。

見方を変えれば、しあわせなことですから。















家族が作ってくれました。
すっごく、美味しかったです。近所の有名な洋菓子屋さんよりも正直美味しかった!
褒められて気を良くした凝り性な家族は、毎日毎日、お菓子を作ってくれていた時期
があり、お菓子大好きな私は、夕飯後毎日手作りスイーツを食べれるしあわせを
味わっていました。万歳!・・・とはいかなかったようです。(苦笑)
蕁麻疹が出てきました。 あははは
食べ過ぎだよ!って身体が言ってるんですね。
わるいわるい。気をつけるねと返事しておきました。家族皆の前で、大笑い。
自分の失敗も笑いに変えていく_ そんなお母ちゃんで居たいです。




アガサ




Posted on 2017/11/04 Sat. 10:32 [edit]

category: 頂いたメールへのお返事

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