08 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 10

愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

数年前に耳にした名前 

夏至の日に、ある一通のメールを頂きました。



とても丁寧な日本語で

" 偶然にもこちらのサイトを拝見致しまして、

他界より導かれたものと感じて居ります。"

と書かれていました。

文の美しさに感心しながらも、ご依頼人のお名前に目が留まりました。

( 何故、目に留まるのかなぁ・・・)

時が止まったかのように見入っていました。



約3ヶ月後、お約束の前日のことです。

< アガサさん、明日 よろしくお願いします!>

交流時以外はどこまでも抜けている私は、びっくり。

とても柔らかで明るい女性の"声"に、我に返りました。

妙に親近感を感じます。

( あ、はい。こちらこそ・・・です。)

あぁ、びっくりした。

8月末以降、ちょっと気が抜け過ぎてるなぁ〜。

いかんいかんと思いながらも、ぼんやり。



当日の朝、

早速、女性は私に"あの手この手"で伝えて来られました。

そして、

< ◯○。夫です。前に話したことがあります。>

と女性がにこっと笑って、さらっと話されました。

( え? 前に、ですか? )

しばらく、薄い記憶が近くに来るまで待っていました。

( ◯○というお名前を確かに聞きました。でも何年も前ですよ!

 本当に? Kさんのこと?

 あなたはそんなに待っておられたの?)

にわかには、信じられませんでした。



( そんなことって・・・ 本当に?)

しばらく、私は立ち尽くしていました。

この世の人は嘘をつきますが(苦笑)、

他界の人から嘘をつかれたことはありません。

本当に奇妙な一致でした。



お待ち合せ場所にKさんをお迎えにいきました。

頂いていた丁寧な文面からして想像していたより

ずっとお若い男性でした。

とても懐かしい、不思議な錯覚が交差しました。



少しお喋りをしてから、静かに交流へと移っていきますと

嬉しそうに来られた女性。

( この方だ。)

その方は、前日からの女性でした。



< (Kさんの)おかげでとても幸せです。>

「 Kさん、この方はあなたのおかげでとても幸せです、とおっしゃいます。」

「 彼女は、このあたりがとても痛かったと思います。私も実際痛かったです。(苦笑)」

「 はい、わかります。」

< 痛いところをさすってくれていました。>

( うわぁ、そうですか! Kさんは優しいですね!)

「 彼女のその痛いところをさすっておれたのですね。

 "とても嬉しかった、痛みが和らぐようだった" と感謝なさっています。」

「 はい、よくわかります。」



< ・・・◯◯○ >

「 どなたかの、お名前です。△○○、または、◯○○。このように聞こえます。」

「 ◯○○。彼女の母の名前です。」

「 そうですか。ありがとうございます。詳しく聴き取れなくて申し訳ないです。」

「 いえ。」



< 今も、ずっと愛してる、と伝えてください。>

「 Kさん、奥様が『 今も ずっと愛してる。』と伝えてほしいと言われました。」

Kさんの方をほとんど見ませんでしたので、

どういう反応をなさっていたのかはわかりませんが、

嬉しいと思います。



この後、

ある外国の博物館か美術館の建物を私の目に写してくださいました。

視たままをKさんに伝えていくうちに、

彼女がご主人の将来へのアドバイスへと結びついていきました。

その方向は何となく、Kさんご自身もおわかりになるようでした。



< あのことを >

( あのこととは?)

彼女は「あのことというのは、ほら、あのことよ!」と

ぐいぐい押してこられます。(笑)

( あぁ、" あの " ことですね。)

こちらで、こそこそもじもじしていても仕方ありませんので

Kさんをお迎えにあがる前にお名前のことを話しました。

「 何年か前に、私が心静かにしていた時、まぁ、瞑想みたいな感じですが

 その時にですね、◯○という漢字を言われました。

 優しい女性の声で、おっしゃったんです。

 Kさんのお名前の、この漢字です。

 その当時は、何だろう? どなただろう? とは思ったのですが

 固執するタイプではありませんので、自然に任せました。

 要するに、もうすっかり、忘れていたんです、そのことを。

 今朝、奥様が話しかけてくださっていた時に、

 そのことをおっしゃったんです。

 そりゃもう、びっくりしました。

 こういうことってあるんですね。(笑)」



Kさんは、いろいろと思いあたる節があるかのように

言葉を選びながら、自然と身についた美しい言葉使いで

大切そうに話されました、

「 そうですか。

 ・・・実は、妻の名前は ◯○○といいます。

 アガサさんのお名前と同じです。」

「 え? そうなんですか! びっくり。」







交流を始める前の余談の際中に、

なぜ、アガサとしたのか等を話していました。私の名前をお聞きになった

Kさんは偶然の一致にさぞかし驚かれたと思います。



そう言えば、

Kさんから頂いたご依頼メールにそのようなことが書かれていました_

" 偶然にもこちらのサイトを拝見致しまして、

他界より導かれたものと感じて居ります。"

って。





数年前に耳にしたお名前の方、Kさんとお会い出来ました。

愛するご主人との交流を心待ちにされていた奥様の

あの喜びようは、まさに 太陽のようでした。

燦々となさっていたのです。

ご主人は、まるで月のような柔らかさと美しさ。



「 彼女が太陽で、私が月です。」

ちょっと照れたお顔で そう話してくださったのが

印象的でした。

今後も奥様と共に歩まれる人生を かげながら楽しみに

させて頂こうと思います。










それにしても 不思議な偶然!

















久しぶりの登場です。
野良愛猫ぺこ。ちょっと"おばちゃん"っぽくなってきたと家族達が言います。
(口、悪いですよねぇ〜)

ほぼ毎日、ご飯を食べに来ます。
時々、顔を出さずに ほっつき歩いている日々もあります。(苦笑)
気候が秋へと移り変わってきてからは、ボロいウッドデッキでお昼寝を
する姿も見かけるようになりました。
今年の冬にそなえて、頭をひねる時期が近づいてきました。
去年の発泡スチの家は・・・かなり臭くなったからなぁ・・・
寄り付きもしないだろうなぁ・・・
まっ、なんか、考えます!





アガサ














Posted on 2017/09/20 Wed. 16:00 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

TB: --    CM: 0

20

交流に臨む心 

交流時期なども含めて、ご依頼前、ご依頼時、ご依頼直後に

お尋ねになることが多くございます。

私の経験から常日頃思っていることを述べさせて頂きます。

自分の経験や考えが正しいという考えは少しもありませんので

地味な一霊媒の長いつぶやき、と思って頂ければ助かります。






血縁がすべて、とは思っていません。

夫婦というのはそもそも、血縁関係は ほぼありません。

養子縁組の場合には、親子でありましても血縁関係はありません。

でも、

立派な親子であり、夫婦であり、友人であります。

そういう意味で、血縁がすべてとは思っていません。



血縁関係がありましても、反面的な存在というのももちろんあります。

世の中これだけ、人間がおりますから、私たちをとりまく環境も様々で

ひとりひとりの人生もまた、様々です。



人というのは大抵、不幸せに自分を思いますと、

その原因や理由を探そうとします。

" どういう理由で出会うのか?・・・"

" なんでこうなってしまったんだろう?・・・"

とか。

そのように考えたって、現実がどう変わるわけでもありません。

で、簡単なのが、カルマや何とかということに結びつけること。

そんなんで納得出来るんですか?(苦笑)

何でもかんでも紐づける必要もないと思います。

紐づける癖、考え方がいつの間にか執着や固執へと

変貌していくことも多いにあります。



時期に関しましては、一概には申し上げれません。

数ヶ月経ってからの方が良いようにも思います。

でも、その数ヶ月が非常に辛さや悲しさが大きいです。

辛くて 悲しくて・・・

もう狂いそうで・・・

不安、無気力、脅え、様々な感情の波が押し寄せます。

心の霧も濃い時期でもあります。

ただ、これもひとりひとり違います。



時期にしても、ご関係にしても、何にしても、

最後は、ご依頼人のお気持ちがどうか? です。

依頼をしなければならない、こともありませんし、

世の中には、ビジネス霊媒もおられますから、

決めるのは、ご自身です。



ただ、

自分の気持ちを通す場合には、同時に、覚悟も必要です。

何でもそうだと思います。

" 希望とは違うことも起こりえるだろうが、

どこまでも相手(大切な方)の平安を尊重するんだ。

自分の感情よりも。"

というような覚悟を持つこと。



いつも覚悟をして、私も交流に臨みます。

スピリチュアルやカルマやなんたらとそんな言葉や考えなど、

私は嫌いです。

そんな簡単なもんじゃない。

人生も交流も、言葉に当てはめられる程 ちっぽけではありません。



藁をもつかむ思いでインターネット検索をされる・・・

ご友人知人から耳にされる・・・

様々な方法によって、ご依頼に至るのです。

ご依頼なさる方々すべてが、

会いたい方との交流を実現して頂きたい_

この思いがいつも私の胸にありますが、

その思いは自分の欲だと捉えています。

私が交流に望みを抱く自体、交流には無関係だからです。



交流は、

" 相手を尊重する " ということが口先だけではなく、

心底からのものかどうか、です。



ご依頼人の "こう言ってほしい願望" があるからといって、

会いたい人の 今の思いを覆い歪めてしまうことは

致しません。

ご依頼人に喜ばれるように取り繕ったりは、絶対にしない。

エンターテイメントではないし、

霊媒は、人気商売ではありません。

交流というのは、事実を歪める余興ではないのです。



文字にすると簡単そうですが、

ご依頼人の願望とは違うことをお伝えした場合、

一瞬にして 空気は凍り付きます。

悲しみの深い方々を目の前にしてはっきり言うことは、

胸が張り裂ける思いです。

それでも、私は正直で忠実で在り続けたいと思います。



すべては、

" 会いたいと望まれている方が のびのびと話せるように "。

私たちがどれだけ悲しく辛く思っても、

交流の時は、私たちの感情を横に置いて頂きたいのです。



いつも申し上げています、

" ご本人の気持ち、自由を尊重してあげてください。" というのは、

" 会いたい人 " を労い、交流の負担を少しでも少なくするためです。



その場を同じくする者全員、

つまりは、ご依頼人と私が思いやりを持ち合うことが

交流に臨む心だと思っています。






ご依頼人のお気持ち_

会いたい、話したいお気持ちは、わかり過ぎる程、わかります。



愛する家族、愛する人、大切な人の平安を自分の感情よりも

心底願い望むことの難しさがあるにせよ、

どんなに時間がかかっても、

一生かかっても、

いつか 必ず 心から願える時は 来ます。

その頃には、揺るぎない愛と信頼をご自分でお感じに成ります。

霊媒なんか、必要でなくなります。



交流は、

愛する家族、大切な方の安否やお気持ちを伝える場であると共に

ご依頼人ご自身のお気持ちを再確認する場でもあると思います。






心配ご無用。
















アガサ









Posted on 2017/09/14 Thu. 09:50 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

TB: --    CM: 0

14

ひとりひとり違うもの 〜 unique 〜 

9月に入って、あっさりと秋らしくなりました。

あれだけ暑かったのに。(笑)

私たちが、ぶつくさ言っている時も

自然界は 黙って 成すべきことを成していますね。

見習いたいといつも思っています。



いつ頃からか・・・忘れましたが、

私が好んで聴いている音楽があります。

チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 です。

(私は音楽知識は皆無です。ご安心ください。(笑))



コンサートに出掛ける程の余裕がありませんが、

一度でも直接聴きたいと淡い思いを抱きながら

CDで聴いています。



世界的に有名な五嶋みどりさんの音と演奏のなさり方、

彼女の空気感がとても好きです。

他の方のも聴くのですが、やっぱり、彼女の演奏が好み。

毎日1回はヘッドフォンで聴いていますので、

家族は「また、それ? よく飽きないね!」と呆れ顔。

誰に迷惑もかけていないので、私は気にしません。(笑)

それに、

クラシックは 交流に似ているように思えています。





ある日、何気なく、見つけたヴァオリニストのおじいちゃん。

何とも言えない熟練さが素晴しく、さすが年の功だなぁとしみじみ。

どのような方だろうと検索しましたら、なんとまあ!

偉大なヴァイオリニストでした。

アイザック スターンさん。

すでに他界されていますが、音楽も 永遠です。



彼の純粋さ、思慮深さ、信念、温かさ、そして、厳しさ。

年齢を重ねていくなかで 熟成されていく音色。



五嶋みどりさんを見出したのがスターンさんだと知り、

それはそれで何だか(勝手に)嬉しく思いました。







ひとりひとりに、個性があります。

感受性、考え方、行動も 違います。

非常にユニーク。

ご存知のようにユニークという言葉には、

「 唯一 」という意味があります。



命あるもの、全く同じというのはありません。

同じように見えたり思えたりするのは、

肉眼で見えるとこしか見ていないからです。



個性。

唯一( unique )。

たったひとつの存在。



ユニークの素晴らしさは、交流を通じて いつも実感します。

それを言葉で表現するのが本当に難しい。

難しいからこそ、努力のしがいがあります。





行楽の秋でもありますが、音楽、読書にも最適な季節。

細かい手仕事も好きなので、やりたいことがいっぱいです。

ついぼんやりしてしまって、なかなか行動に移せていないですけれど。(笑)





めぐる季節を年齢を重ねるたびに、大切に思えます。

辛い悲しい経験をするたびに、普通の有難さを感じます。



ひとりとして 同じ人は いない。

親子であっても、

兄弟姉妹であっても、

夫婦であっても、

気の合う友人であっても、

嫌だと思う人であっても、

苦手な人であっても。



ひとりひとり、違う。

ユニークな存在。



自然もそう。

毎年、同じような季節の流れはないのだと思えれば

心が広がるような気が します。














写真下の方に写っておられるのが、アイザック スターンさん。
どこにでも居そうな方ですが、ヴァイオリンを奏でられる時は
非凡な存在です。













アガサ









Posted on 2017/09/10 Sun. 10:17 [edit]

category: 日常

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

TB: --    CM: 0

10

ご依頼お引き受け期間 

いつもご信頼を寄せてくださり、本当に有難うございます。



細く長く続けてゆくために、というよりは

きちんとお伝え出来るように

「 交流お休み期間 」を大幅に頂くことに致しました。

ご理解頂けましたら嬉しいです。



- - - - -



2018年より

● ご依頼お引受け期間

春: 1/15 ~ 6/30

秋・冬: 9/11 ~ 12/23



● お休み期間

夏期: 7/1 ~ 9/10

年末年始: 12/24 ~ 翌年1/14



- - - - -



愛するご家族や大切な方の他界による悲しく辛い毎日を

過ごしておられる方々が、

"ご家族"や愛しい方からの温かなぬくもり(心の交流)を

お感じになると悲しく辛いだけの毎日ではなくなります。

そう思っています。





" 地道に "

続けていけるところまで、心を尽くします。





いつも温かいお心とご信頼を寄せてくださり、

心から感謝しています。










対面の方で歩かれたことのある方には、懐かしいかもしれません。
この道は随分と建物が増えました。これからもまだ開発は進むようです。
不思議なもので、開発されていくと空気が変わります。
開発というのは、人間にとって本当に良いことかどうかは、?です。

自然界で生きる動物達にとっては、住むところが奪われるのは確か。
野良愛猫ぺこも、生活圏がどんどん奪われていっています。
他の動物達も、そう。
人間というのは、自分達の利便性を追求することばかり。
動物達、自然界さえも、人間のためにあるかのように。
日本の人口はどんどん減少してきていて、廃墟となってる建築物が
問題になっていても、日々、新しく建てているこのアンバランス。
利益と自分達さえ良ければ、他のことを考えないのは害以外何でもありませんね。
せめて、考えて生きていきたいと思っています。
せっかく脳がありますから。(笑)


あと何年か経ったら、すっかり様変わりするでしょう。
葉山の山々が削られませんように。





アガサ








Posted on 2017/09/07 Thu. 14:55 [edit]

category: アガサよりお知らせ

TB: --    CM: 0

07

思わなかった日は、ない。 

数日前の夜、珍しく寝付けず、何となく天井をぼんやりと

眺めていました。

すると、霧で出来たものがそこに在りました。

それ自体が動いているのか、それとも、中にあるものが

動いているのか・・・

とにかく、それが何なのか見入っていました。

同時に、何となく、" お迎え " のように思えたのです。



その瞬間、

( まだ、嫌です。子どもが・・・せめて子どもが大人になるまで待ってほしい。)

そう心の中で話していました。

翌日の夜も、その霧のようなものは在りました。

私の知らない男性が、何故か、私を"お迎え"に来ていることに
(ア:男性のことをRさんにお伝えしたところ、お心当たりがありますとのことでした。)


いろんな気持ちが複雑に交差します。

けれども、隣で寝ている子どもの顔を見つめ、

寝息を聞いている今、こうして感じる幸せな空気に感謝しつつ、

何が起ころうとも、生きてこれたのは家族をはじめ、

友人、知人、多くの方々のおかげなんだとしみじみしました。



翌日、交流の時を迎えました。

胃の横、左下方向のあたりに痛みがあり、

( 肝臓だろうか?)と思いつつ、解剖図表で確認することもせずに

( Rさんにお電話を頂いたら確認させて頂こう)と何とも怠慢です。



お約束の時間が近づくにつれて、すでに来られていた・・・私に

重なりつつある若い女性は、大変な喜びようでした。

( わぁ〜、すごく楽しみになさっていたんですね。)

返事を待つほど、野暮ではありません。



しばらくして、女性はぽつりぽつりと思い出すかのように話されました。

< 私は いつも 死と隣り合わせでした。>

( そうでしたか・・・それはお辛かったですね。)

< イライラを母にぶつけていたのです。ごめんなさいと言いたいです。>

( 大丈夫。必ず伝えますから。大丈夫。Rさんはおわかりです。)



この日、朝起きてから数日振りにとても穏やかでした。

私自身の割り切りかなと思ったのですが(苦笑)、どうやら違う感じ。

しばらくしてから、この女性の影響だと分かりました。



なぜだか、彼女は、私にとても親しみを持ってくださっていたのです。

( 以前に、あなたにお会いしたのでしょうか?私 )

そんな馬鹿げた質問など、どうでもよくなりました。

だって、彼女がとても嬉しいのですから!



< ・・・母を思わなかった日は ありません。>

そうおっしゃった時、全身に、切なさと恋しさが溢れました。

どうしようもないほど、涙が溢れました。

( お電話を頂く前から 泣いてしまった。)と苦笑いする私。



速く時間が経たないかと思いました。

そうして、ようやくお約束の時間になり、お電話を頂きました。

電話口からは、優しさと温かさに溢れた声。



「 Rさん、すでに若い女性が来られています。とても嬉しそうなんです。」

電話口ではすでに嬉し泣きの声が聞こえてきていましたが、

「 数十秒、私、お時間を頂きたいのでお待ちください。」

そう断りを入れて、他界に合わせていきました。

合わせる必要もなかったのです。

なぜなら、すでに、彼女は私と重なってくれていたからです。



痛みの箇所、おおよその年齢、雰囲気、性格、人柄といったことを

伝えていきました。

Rさんは、どれもおわかりのようでした。



<・・・み◯○>

( それは、どなたかのお名前ですね )

「 Rさん、どなたかのお名前だろうと思いますが、

みほこ・・・みさこ・・・いや、違うな・・・みし、、、うまく聴き取れていません。」

「 いえ、有難うございます。私の傍でメモを取ってくれている子が、

 娘のいとこですが、み◯子と言います。」

そう聞き終える前に、"彼女"はとても喜んでいます。

「 Rさん、彼女はとても喜んでいます。み◯子さんととても仲良しのようです。

 姉妹か、仲の良いお友達のように思われています。」

Rさんは心から答えてくださいます、

「 そうなんです。ふたりはとても仲が良かったんです。」

そう言いながら、お電話口のむこうで嬉しそうに話しておられる空気が

届いてきました。



お電話を頂く前にお話し頂いたことをRさんにお伝えしました。

「 娘さんはこうおっしゃっていました、

 < 私は いつも 死と隣り合わせでした。>

そして、

<イライラを母にぶつけていました。ごめんなさい。>と。」



Rさんは、涙声をなんとかしぼりだしながら、

「 いえ。私の方こそ、娘に謝らなくていけないんです。

 本当にごめんなさい。」

と、おっしゃるのです。



「 Rさん、続きがあります、

 < 母を思わなかった日はありません。>

 娘さんはそうおっしゃったんです。確かに、そうおっしゃった。」

「 私もです。」

今にも崩れ落ちるように Rさんは話されておられたと思います。



「 Rさん、それはお互い様です。お嬢さんも同じです。

 家族ですもん。それは。ね。」

「 はい。」

「 彼女は・・・私が思うに、身体が丈夫ではなかったと思われます。」

「 はい。」



<父は・・・>

( お父さんですね。)

< 父は泣き虫です。>

(それは大事な娘さんだもの。)

「 Rさん、娘さんが <父は泣き虫です。>っておっしゃるのですが。」

「 はい、その通りです。」

と、悲しい涙に少しだけ笑いが混ざりました。



「 あのぉ、娘に尋ねてもいいですか? 今どうしているのと。」

< 笑 >

( あ、先に言われてしまいましたね。笑 )

次の瞬間、私は、どこか広い広いところ、とても綺麗なホールに居ました。

とても、広い!

何かイベントが催されるような場所のようですが、

がちゃがちゃしたものではなく、すごく、気持ちが清々するところ。

音楽ホールか・・・何か。



見せてもらっているところをそのまま描写している私には

意味がわかりません。

けれど、すでにRさんは おわかりでした。

「 娘は主人とよく、音楽を聴きに行っていました。」

と感慨深そうでした。

その一言で納得。

( 家族ってスゴいなぁ・・・)

そう思っていたときに、一昨日夜と昨夜のことが頭に浮かびました。



( 霧のような・・・アレは一体なんだったんだろう。)

そう思い出していた矢先、Rさんから話されました。

「 娘が亡くなる直前、天井の方をみて、目を見開いていたんです。

 何を見ていたんだろうと思いました。そして、頷いていました。」

( あ!)

と思いました。

彼女はすでに私に説明してくれていたんだ・・・一昨日の夜と昨夜に。

( あれか!)

Rさんに、二晩に渡り、目の前で起こったことをすべてお話ししました。

そして、Rさんは安心なさったようでした。



彼女が一番重なったのは、お子さんへの思いでした。

それはきっと、ここのところ気にしている私自身の健康面と

我が子への思いから共感といいますか、共鳴したのだと思います。



< 母をはじめ、主人、父、家族身内のみんなが娘を心から育ててくれています。

 感謝してもし尽くせません。本当に。

 ・・・いつか、あの子が 物心ついた頃、そう 小学校に行き出したら

 ママがいないのはなんで?と思うでしょう。

 どうしようもなく寂しい思いをすることもあると思います。

 そんな時、私は 抱きしめてやることが出来ない。

 母にその役をさせるのか・・・それはそれで大変だと思います。

 ママの存在を与えてあげたい。

 もし、それをみ◯ちゃんが見てとれたら、娘を抱きしめてほしい。>



彼女は途中から涙声となり、それが私に重なり、私も

泣きじゃくって話していたと思います。

彼女の気持ちがわかりすぎるほど、わかる。

幼な子が生まれてすぐ、といってもいいぐらいの他界。








娘として、

妻として、

母として。



彼女の思いは いかばかりか。

思いは、全身からしぼりだすようでした。

実際、しぼりだしたんだと思います。

お電話を終えたあと、階下におり、家族が私の顔をまじまじと

見ていましたから。

( 何かが違ったんでしょうね。)








健康な状態が続くと、人は欲深くなる。

当たり前だと思えるから。

命が有限だと実感すると、不安にもなるが

不思議なもんで 大事なものが見えてくる。



次第に

覚悟が出来、有難さへの理解が深まっていく。







娘として、

妻として、

母として。

家族を思わない日は、ない。

彼女は今も生きておられる。













追記9/6:
私の書き方がマズくて、ご心配をおかけしているようです。申し訳ございません。
更なるご心配をおかけしないよう、ここに追記として補足させて頂きます。

回想記事の始めの方の描写と心情は、私自身の健康状態と心情とが丁度その時に、
起こりましたので "私だけ"の心情だと思っていました。
結果、私だけの心情ではなかったのです。
ですので "他人事"とは思えませんでした。
まさに、身を以て、ご本人(娘さん)のお気持ちが重なったということです。
肉体の命が有限だと覚悟しますと、自分のことよりも家族のことをとても思います。

人様からご依頼を頂き、交流をさせて頂いて何年もなります。
常に「生と死、その後」が私の心に在ります。

何の為に生きるのか?・・・
あまりよくわかりませんし、追求したことも、したいとも思いませんが、
家族のために、私を信頼してくださる方のために生きたい_ そう思うのです。

いつも温かいお心とご信頼を寄せてくださり、有難うございます。










またもや、ごん です。
これは、視線の先に「食べ物」があります。(笑)
食べれるうちが華。
喉のあたりの白い毛がちょっと汚れているでしょう?
「しあわせ汚れ」と呼んでいます。
ご飯を食べ尽くしても、もう残っていないのに、ぺろぺろとなめるので
どうしても汚れてしまいます。
ゴンのご飯を作り始めると、ゴンはビッチリと私に密着します。
いちいち、ついてきます。(笑)
作っている時も少しでもご飯の空気の近くに寄りたいようで(笑)
ごんは、私の足を踏んでいます。
小さいけれど、結構痛かったりしますが、良いんです。

ちょっと(どころではない!)口臭も更に増すんですが、心友から
教わった「生きてるニオイ」という美しい言葉で表現しています。
男共は、そう言いながら、口をへの字にするんですけどね!(愛情足りん!大笑)

生きるということは、ニオイがつきもんです。
加齢によるニオイもそう。
無臭の生き物っていませんよね。

全部、しあわせ。
全部、ありがたい。






アガサ

Posted on 2017/09/02 Sat. 11:11 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

TB: --    CM: 2

02