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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

人と人との繋がり 

大切なご家族を亡くされた方々のお気持ちを思いますと、

地道に生きていくことしか能がない私に出来ることは、

今、与えられているこの生を大切にする以外ないと思っています。



誰かのために、どういうふうに自分が役立っているのかは、わかりません。

直接分からなくても、良いと思っています。

役に立つ、立たないというような判断は誰もすべきではないと思うのです。

大切なのは、心。

自分以外の誰かのために尽くすことが生きている証拠だと思います。

例え、大したことは出来なくても、心を尽くすことぐらいなら

自分にも出来そうだと思えるからです。



" 寂しい思いをしていないでしょうか? "

ご家族、大切な方を亡くされた方々のほとんどが思われるでしょう。

今までも、これからもお尋ねになる限り、お答えします。

知っていることはお話し出来ますが、知らないことは言えません。

(伝え手が憶測や想像で言い切ってしまったら終わりです。苦笑)



" 人と人との繋がり " は、私達の居るこの物質界だけでは

ないようです。

そのことに気づかされることが増えてまいりました。

私たちの世界は、殺伐とした世情になって来ました。

だからこそ、

人と人との真の繋がりや思いやりというものを知らされる度に

生きるということはどういうことなのかを深く思います。



Nさんとご家族の交流からも、温かい繋がりを知らされました。

Nさんから頂いたメールを一部掲載させて頂きます。



- - - - -

(略)

初めにいらしてくれた女の子はおそらく以前に別の霊媒の方に視ていただいたときに
来てくれた子と同じ子なのだと思います。
その方とのお約束は三十分間で息子にたどり着いたか着いてないかくらいで
終了のお時間になってしまいました。
(その女の子が)息子を導いてくださったようでとても感謝しています。
もしかしたらひとりでは会いに行くのに躊躇している息子を連れてきてくれたのかな
とも思います。

細身で顔も細目で額に少し前髪がかかっているとお聞きして息子だとわかりました。
そして十三日にもアガサさんのところに行っていたとのこと。
私が待ちきれなくて月曜日の夜に
「金曜日によかったらアガサさんのところに行ってね。会いたいよ」と話していたのでした。
もしかしたらそれで間違えてしまったのでしょうか。

アガサさんが息子に、助けてくれてありがとうと言ってくださって
息子はとても喜んでいると思います。
人に優しくて人のためになることが好きで、そしてお礼を言われるのが好きな子なんです。
ありがとうございました。

(中略)

息子が言ったことで、アガサさんが「『ごめん』?『ごめんなさい』?どっち?」
とお聞きくださったときに息子は「ごめん、ママ」と言っていたのかもしれないと思いました。

(略)

- - - - -



Nさんの息子さんだと分かった時、本当に嬉しく思いました。

なぜなら、それまでに何度か、私のところに来てくださっていたからです。

私に近づいて来られる方々がそれぞれのご家族や会いたい方と

結びつく瞬間は、何とも言えないものがあります。



前日の夜、間の抜けた顔をしながら、いつものDVDを観ていた私。

そっと優しく、私の腕に触れてくれたのは、この女の子でした。

( 用事があるんですね。明日、必ず、向かいますから。)



伝え手が他界と繫がる時間については、心身が楽なのは、

30分程度だろうと思えます。

しかしながら、

ひとりひとり、性格も事情も違い、

伝わり易い人もおられれば、伝わりにくい人もおられます。

繋がりはじめたかどうかの判別がつかない頃に

タイムオーバーになってしまうのは、私としても不本意。

ようやくエンジンがかかってきた時に、

何とか手応えを感じ始めた時に、

電源オフにするなんて私には出来ない。

何のための、誰のための交流なのか?ということです。

簡単なことではありませんが、尽くしがいのあることです。

ご家族に会って頂きたいって思うことは、自然だと思います。



私達の居る物質界で人と人とが繫がるように、

他界でも人と人とが繫がるようです。

真の優しさと温かい心をかけることは、かける側にとっても

かけられる側にとっても、心温まる機会でしょう。



" 独り寂しく、泣いてさまよっている・・・"

ということはありません。

もし、こういったことを伝え手(霊媒等)が言ったとしたら

それは伝え手の先入観であり、先入観と想像が作り上げたイメージ。

亡くなり方によって、伝え手が決めつけては真実もへったくれも

あったもんじゃない。



真実と先入観は、違います。

先入観は、真実を歪め、妨害します。



あなたの大切なお子さんは

ひとりぽっちなんかじゃない。

真の " 人と人との繋がり " の恩恵を受けておられます。

少しは安心なさってください。












Nさんのお子さんや他のお子さん方に優しい真心で声をかけたその女の子は
Nさんの交流から約1ヶ月に、判りました。
彼女もご家族と交流なさったのです。
本当に良かった。









ごんの散歩道にある、傾きつつも頑張っている桃の木です。
立派に実をつけていますよ!
たま〜の、早朝散歩時にチラ見出来て嬉しかったです。
こうしたことからも勇気と元気をもらえますね。




アガサ









Posted on 2017/07/24 Mon. 14:36 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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伸び伸びと自由に。 

家族関係は、様々です。

家族全員の関係が良好なのが正しくて、

そうではないのが駄目で・・・というようには捉えていません。

縁あって家族になったとはいえ、皆が皆、常に、互いに

思いやり合う・・・というわけではないのです。

私は、ただ、正直に伝えるだけ。



お約束時間の1時間半前から調整する時間を過ごしている私は

突然、後頭部の上のあたりから、斜め下に向けて

何とも言い難い、鋭い痛みを感じました。



日常的に人様の痛みを体験していますと、痛み具合や周囲の空気で

" ご本人 "がわざわざおっしゃらなくても、大体 わかります。

私達の居る世界では、言わないとわからないことがほとんどですが、

他界では、言わないでもわかる(察する)ことが多いです。

それを言葉に直すのが難しいと感じます。



ご自分のことを言わない方々も おられます。

皆が皆、自己アピールしたい方々ばかりではありません。

そのあたりも、意を組んであげたいと思っています。

言葉を飲むことも、

その気持ちの深いところも、わかってあげたい_

心からそう思っています。

たまに、わかり過ぎて辛いこともあります。

そういう時、私は泣きます。



さて。



Aさんはとてもお若く、お子さんがいらっしゃるとは到底思えない程、

可愛らしい女性です。

実際は、私が思っていた年齢よりも約10才ぐらい大人だとか。

人の年齢って、本当に分からないもんですねぇ。(笑)



Aさんが来られるまで気配さえ全くなかった、"この方"。

性別、大体の年齢、背格好、お顔の形、服装などを伝えた後、

事前にあった痛みの箇所と、どういう痛みなのかについても

お話ししました。

「 この方に、お心あたりはありますか?」

「 はい。そうだと思います。」

「 そうですか。ではこのまま、この方と交流しますね。」



あ、そうそう。

Aさんがお越しになる前、私の目は、窓から見える緑ばかりを

追っていました。

それでもぼんやりと窓から見える緑を眺めていました。

すると、働き盛りの男性の声で

< 緑が多いところ・・・田舎の方が良い。

 子どもたちも伸び伸び育つ・・・

 周囲の・・・年配の人達の目もあるし・・・>

そう話されました。

( あなたのご意見ということで、お伝えしますね。)



彼は、とても楽しそうに、嬉しそうに来ておられました。

とにかく、ご本人の心はとても軽やかでした。



Aさんはたしか、このようにおっしゃっていました_

「 彼に怒られると思って、覚悟してきました。

 彼が亡くなってから、霧が晴れるかのようにも思いました。

 夫を亡くした妻は、悲しまないとおかしい・・・と思っていました。

 感謝することはあっても、悲しいと思えない自分がおかしいのかな

 と思いました。」

というように。



私は、こう話しました_

「 一般的には、そう思われると思いますが、私はそうは思いません。

 こうだから、こうしないといけない・・・というのは、世間体。

 これだけ、ご主人が心軽やかです。私は正直に伝えるだけです。

 ご主人の肩も、Aさんの肩も、どちらも持ちません。

 世間体の目で物事を見聞きして、判断する人達は確かにおられますが

 そんなのはほっとけば良いのです。

 好きなように言わせておけば良い。

 ご主人も、Aさんも、お子さん方も、伸び伸びと自由になさるのが

 一番ですから。」



Aさんは、拙ブログをお読みなって、

伴侶の他界を経験なさった方々が全員、悲しみの中におられるのだと

思えておられたようです。

ご自分は悲しい気持ちよりも、

"子ども達をしっかり育てないと!"

" 家族達とポジティブに生きていきたい!"

という気持ちの方が大きいですとおっしゃっていました。

ご家族や親しい方の他界を経験された方々の反応に

こうでなければいけないという枠に他人が当てはめる自体が

おかしいと私は思っています。



人それぞれ、環境が違います。

家族を有難いと思える人もいれば、

家族が鬼のように思える人も居るのです。

どちらが正しい、ということはありません。

単に環境や経験の違いです。

そこに固執する必要は全くないと思っています。



- - - - -

(略)

亡くなった事実については、考えれば悲しいし涙も出ます。
しかしもっと自分の未来を考えたとき、意外と鬱々とした気分にならないのです。
主人には申し訳ないのですが、執着から解放されて、自由の身になったという解放感。
気を引き締めて子育てしなきゃ という覚悟。
何となくではありますが、主人自身も解放されて生前の鬱々とした雰囲気が
なくなっているという感じがしていました。
出来れば彼も生きて、彼なりに新しい人生を謳歌してほしかったです。

(中略)

やっぱり一番驚いているのは、彼が浮かれている?喜んでいる?楽しそうということです。
私が彼とコンタクトを取りに来て、純粋に喜んでくれていると。
一切、怒ったり恨んだりという感情がないと お聞きして、
本当に本当に驚きましたし、ほっとしました。

(中略)

純粋にただ「好きだ」と。「会えにきてくれて嬉しい」と。
私のしたことを、ひとつも責めもせず、そうやってポジティブな姿を見せてくれたことに、
そんな主人に今では「愛しい」とさえ思っています。
そんな感情、本来ならあり得ないんですよ、(ごめんね旦那)
今日、ようやく主人と仲直りできたような気がします。

(略)

- - - - -



Aさんのご事情を聞けば、一般的な人や人生相談的霊媒は、

立派なことをおっしゃるかも しれません。

そして、お決まりのように、

" 貴女に取り憑いておられる。" とか、

恨みつらみ的なこと、不安めいたことをこれでもか!という程

おっしゃるかも しれません。

ご依頼人の心理を読み取っての伝えなら、そうなるかもしれない。

でも、それは、" ご本人 " の意思ではないのです。



冒頭にも申し上げたように、

家族関係というのは、様々です。

伸び伸びと自由に・・・

というのは、好き勝手、という意味ではありません。

自由に行動するということは、その責任も負うのです。



自分が選んだことについて、

例え、それが失敗になろうと、うまいこと行かなくても、

一切、他人のせいにしないこと。

自分以外の何かのせいにして生きることほど、

情けないことは ありません。



覚悟をして生きることは、いつも、誰にとっても大事です。

すべての行動は、自分に帰ってくるだけ。



人を恨まない。

人を羨まない。



ネガティブが悪くて、ポジティブが良い、ということではありません。

ネガティブもポジティブも、その両方がバランス良く働くのが

良いように思います。



伸び伸びと自由に生きることの真価は、

そう出来なかった時期があるからこそ 有難いと実感出来るのです。

心が解放されるのも、辛い時期があったからこそ、です。



人生、何が起こるか 誰にも分かりません。

分からないからこそ、良いんじゃないかなぁ〜

と思うのです。












頂いたお菓子を貰えるのをじぃーーーーと待つ、ごん。
私は「待て!」をさせない人なので、この後すぐに食べれたんですよ。
良かったね、ごん。
ご主人様だったら、こうはすぐに食べれないよ!(大笑)






アガサ





Posted on 2017/07/11 Tue. 13:04 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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七夕の夜 

その日の精神的疲れは翌日に残さない_

これが私の努力していることです。

当たり前のことのようですが、

人間というのは感情を抜きにして生きることは

とても難しいですね。様々な感情があるからこそ、

様々な経験となり、様々な角度から自分を客観視出来る。

それがまっすぐに積み重なっていくと、他への思いやり

になっていくんだろうなぁ・・・

そう思っています。

とはいえ、日常は本当に色々あります。(苦笑)

ご依頼人様のご家族の方々の存在は、私にとりましても大きな存在。

思いやりでもって接してくださいます。

この男性も、そのおひとりです。

この方が近づいてこられますと、大きな心を思い出しました。



お電話での交流時間10分前、いつもの癖で私はトイレに行きます。(笑)

そこで、突然、話されました。

< 七夕の夜に 一緒に星を観よう。>

( はい。忘れずに伝えます。)

そうして、私の目は、友人から頂いたカレンダーに移動しました。

( ほのぼのした可愛いイラストだなぁ。七夕かぁ〜)

< 七夕のように美しい、綺麗な名前です。笑 >

( 名前? 名前・・・あ! なるほど! そういうことですか!?)

うわぁ〜と思いました。

何だか分からないなりにも、パズルのピースがカチッと

はまったようなすっきりした気持ちになりました。



Nさんとのお電話が無事繫がり、ほっとしてから、

静かに伝え始めました。

< 子育てを頑張りすぎている。苦笑

 子どもの人生は、彼の人生だから、自由に選ぶのが良いよ。>

Nさんにそのままお伝えしました。

「 わかりますか?」

「 わかります。わかります。

 子どもは、私のことを思って、私が喜ぶ方を選んでいるんじゃないかと

 思っていました。主人の言う通りですね。主人はわかっているんだ・・・」

「 そのようですね。」



<・・・ひざまくらを・・・>

( あ! ひざまくらの人でしたか!)

「 Nさん、数日前に他の方の交流前、ひざまくらのことを

 話される男性がおられたのです。

 数日前の方はご存知ないとのことで、申し訳ない気持ちになりましたが、

 今、ご主人がひざまくらのことをおっしゃるんです。

 とても安心出来て、癒されておられたようですが

 おわかりになりますか?」

「 はい、わかります。耳掃除をしていました、ひざまくらにして。」

「 良かった。おわかりになって。」

「 喜んでくれていたんですね。」

「 そのようですよ。笑」

「 よかった・・・」



お子さん方への助言、思い、

そして、

会社の方々への感謝の気持ちもおっしゃったあとに、

電話口から男性の声が何度か聞こえてきました。

「 あぁ、びっくりした。今、男性の声、ご主人の声が

 肉声で少しですが聞こえたもんですからちょっと驚きました。(笑)

 よっぽど、話したいんですね。(笑)」

「 えぇ?! そうなんですか? 主人の声がわかるのですか?」

「 どのような声かを言葉で説明するのは難しいですけれど

 混線ではありませんよ。何度かいままでに経験しています。

 まぁ、滅多にありませんけれど。

 大抵、私だけに聞こえるので、ご依頼人様にも聞こえたら

 楽だなぁと思います。」

と笑いながら申しましたが、本音です。



交流を再開していますと、また、声が聞こえました。

「 また話された。わかってます、ご主人。

 ご主人とNさんと私とで話しているんです。

 他にもいらっしゃるだろうと思いますが。(笑)」

対面以外の場合は特に気を付けて実況中継的に伝えます。

電話では様子が見えないですからね。話しすぎて、時々、

どこまでお伝えしたのかわからなくなることもあります。



そうこうしていましたら、突然、

「 あ!パパだ!パパの声!今、聞こえました!」

とNさんが叫ばれました。

「 本当ですか!? スゴい。こういうこともあるんですね。

 一生に一度、あるかないか、でしょうね・・・いえ、

 ほとんど無いでしょうね。

 ブログに書いたらえらいことになるなぁ・・・(苦笑)」

「 ありがとうございます!

 本当にありがとうございます!嬉しい!」

電話の向こうでNさんは、感激しきりのご様子。

「 でも、私のせいじゃないですよ。私にも何がどうなったら

 こういうふうになるのかはわかりませんもの。」



感激冷めやらぬうちにNさんから頂いたメールを一部掲載致します。



- - - - -

(略)

子供達と録音を◯人で聞いたんですよ。
そうしたら パパの声だ!って やはり言いました。
だよね だよね って。
パパらしいねって。

◯人とも 受け入れがたく いつか出張から 帰ってくると思って
生活していましたが これからは 仕事に行って ちゃんと帰って来てると、
思えると言ってます。

それぞれへの忠告は 私も含めて真摯に受け止めました。

彼が一生懸命 (略)一緒に星空を見ようと伝えてくれて
声のプレゼントをしてくれて

(略)

1番変わったのは、私の心です。強くなりました。
一段の階段を登った気持ちです。

(略)

- - - - -



交流は、奇跡を切望し、体験する機会ではないと思っています。

愛しい人、ご家族、ご友人といった親交の深い方々との心の交流の場。

私が交流に対してシビアで在り続けていますのは、

夢や幻想、妄想ではないからです。

適当なことなど言えません。



すべての方々に対して、

礼儀を保った上で伝える、貴重な機会だと実感しているからです。



不可能を可能にするのが、霊媒では ありません。

他界してから家族を大事に思うのではなく、

常日頃から、

喧嘩しても、どちらかが理性で歩み寄る、話し合おうとする心

仲違いしていても、孤独だと決めつけないこと

自分ひとりになりたい時も、助けてもらった時のことを思い出す_

自分の、心のしなやかさの積み重ねが日常生活だと自覚すること。



それを日常に役立たせ、

いざという時に、どなたかの心を温め、

家族が他界されても、

愛しい人が他界されても、

悲しさのなかに在りながらも、

信頼の積み重ねがこの時とばかり 輝きを放つのだと思います。



七夕の夜。

例年は曇り空が多いのですが、曇りだって見上げましょうよ。

雲の上には、星が瞬いているんですもん。



今夜はどうやら、晴れそうです。

この回想記事を読まれた方々も、夜空を見上げてください☆

おひとりであろうと、

ご家族と一緒であろうと。

とにかく、あなたは独りじゃないのですから。














これはメロンです。




「メロンの網目は、まぁ、かさぶたみたいなもんなんだよ。」
「 へっ? かさぶた? イメージ悪いなぁ・・・」
「 メロンがある程度の大きさになると表面に傷がついてくるんだ。」
「 へぇ〜」
「 その傷を覆うようになってくるのが、あの網目模様。」
「 え? そうなん。それは知らんかった!知らんことばっかりやけどな。笑」
「 で、ごんの絵を描いてみた!うまく網目になるかな」
「 わ、ほんまや。ごんや。網目になるで!」





お! 網目になってきた!
めくりたい部分もある!
目の下あたりとか・・・イーとなる私。あほですね。(苦笑)





わぁ〜、すごい網目。
ごんの姿が分かりづらくなったけど、実験成功!

植物ってすごいですね!




アガサ






Posted on 2017/07/07 Fri. 11:13 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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07

対面の日程につきまして 

おはようございます。



対面のご希望日程につきまして、ご連絡させて頂きます。

拙ホームページ、ご依頼フォームにも書かせて頂いていますが、

私の書き方が下手なあまり、ご迷惑をおかけしております。



●対面ご希望日程

- - - - - - - - - - - - - - - - -

9月11日(月)〜

- - - - - - - - - - - - - - - - -

上記日程以降で、ご希望日程をお知らせ頂けますよう

お願い申し上げます。



「 少しでも早くに・・・」のお気持ちは十分にお察ししています。

きちんとした働きぶりをするためには、やはり、休むことが必要です。

やっつけで、適当に、いい加減な働きをするわけにはまいりませんので

ご理解頂けましたら有難いです。



ご依頼頂く方々のために、

" ご家族 " の方々のために、

そして、

私の家族のためにも、

夏休み期間を設けさせて頂いています。



尚、お電話やスカイプにつきましては、通常通り、

お引き受けさせて頂いています。


















これをご存知の方は、私と似た年代ですね!(笑)
子どもの頃から「あんこ」が好きなのは今も変わらずです。
昔はそこらで必ず見かけた「シベリア」。
私が子どもの頃には、祖母がお仏壇にお供えとしておいていました。
私「 おばあちゃん、何、これ?」
祖母「 おいしいで、それ。食べてええよ。」
私「 ええ?! こんなん、おばあちゃん用やん!」
偉そうな口をたたきながらも、その後、食べました。(やっぱり!)
(あ、こんなん好きやわ。)
それ以来、お仏壇に供えてあるものを観察するようになりました。(笑)

最近は、滅多に売られていないですね、シベリア。
(ほとんど出歩かないからかなぁ〜?)
先月でしたか、近くのコンビニで偶然見かけました!
随分、高くなったのですが、買おうかどうしようか迷ったのですが、
たまの贅沢!・・・をさせて頂きました。
(4切れほどで、300円ぐらいしたんですよ。)

美味しかったなぁ〜。






アガサ







Posted on 2017/07/02 Sun. 07:02 [edit]

category: アガサよりお知らせ

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