05 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 07

愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

やっと会えた! 

(前略)

亡くなって3年経ち、益々毎日会いたさが募ります。

"髪の毛は黄土色みたいで、ぴったりしたシャツでなくチノパン
をはいていて、ニコニコして人当たりが良さそうな感じの方"、というのは
本当にその通りでした。
濃いめのブロンド髪で、いつもシャツとチノパン(これが彼の仕事服)
そしてとても外で愛想の良い人でした。

"肋骨辺りが吸われるような痛み"を感じられたというのは、
多分肝臓(右側葉?)のことかもしれません。
主人は◯年頃から極度のうつ病でそれをアルコールでセルフメディケイトし続け、
最後は結局アルコール依存症で亡くなりました。
うつ病がきちんと診断されず、正しい処置治療がなされなかったのが悔しいです。
本人もとても辛かったと思います。

私は彼がうつ病になったのは今でも自分の所為だと思っています。
彼はフルマラソンなどに沢山参加する、健康な人でしたが◯歳を過ぎたころから
体がいう事をきかなくなり(今では男性の更年期障害だったとわかります)
とても辛そうで、その上仕事でもストレスが沢山ありました。

そのころから別人のように家庭をこころみなくなった彼に対して、
私は本当にやさしくない、酷い妻だったと思います。
彼の気持ちを考えて寄り添ってあげれなかった、今でも悔いだけが残ります。
彼は残りの人生に全く希望が持てなかったんだと思います。
(中略)
絶望でアルコールに溺れていく彼がこの先なにも楽しみがないと思ったのは
当然だったと思います。

俳優のロビン・ウィリアムスのことをおっしゃってましたよね。
実は彼の一番好きな俳優でした。
(中略)
教え子の親から彼がどんなに献身的な先生であったか、
夫が生徒にいかに正当公平で真摯であったかというメッセージをもらいました。
他人に対して公平であるというのは、アメリカに住んでいるとなかなか難しいことです。
差別はしたくないけれど、差別をしなくては説明できない不条理なことが多々起こるからです。
夫をとても誇りに思います。

アガサ様が観たロビンウィリアムスのフラバー、という映画は観た事はありませんでしたが、
いつか観て見たいと思います。
(ア:私が唯一、持っているのがこの映画なのです。とても存在感のある、心の温かい俳優さんでした。)

ロビンウィリアムスが亡くなった時、
その理由が重度のうつ病でアルコール依存症からの自殺と聞いて、
主人と全く同じだったのを偶然には思えませんでした。

(中略)

私は未亡人になってやはり日本に帰りたいと言う気持ちがとても強かったのですが、
子供達もいるし仕事もあるのでもう少しここでがんばろうと思います。
これからの人生、彼を失ってどんな人生になるか見当もつきませんが
とりあえず今日もやらなくてはいけないこと、
できることをするKeep Moving Forwardしかありません。

私は主人と日本で出会ったのですが、亡くなった彼の遺体に
(太平洋を越えて、日本まで来て私を探してくれてありがとう、
 いつか私がそっちに行ったらまた私の事を探してね。)と言いました。

いつかまた会える日まで
(略)

- - - - -



他界に繫がりますと、複数の方々がいらっしゃいます。

当日のご依頼人様のご家族や親しい方の他にも、

ご自分の"出番"を待っておられる方々です。



ご自分の出番ではなくても、家族と話をしたいお気持ち一心で

私の近くに来られる方にも使命感に燃えます。

ご家族に会って頂きたい_

それが私の気持ちであり、人として自然な思いです。

そうした方々がこの春には数名様、おられました。

Mさんのご主人も、その内のおひとりでした。



ご主人は、この春ぐらいから、他の方の交流時にお越しになっていました。

2回程、来られるのですが、当日のご依頼人様にとっては

心当たりのない方です。

初回のみならず複数回となりますと、さらに責任を感じてしまいます。

( 必ず、ご家族に会えますよ。大丈夫!)

そう強気に思いつつも、ご本人のお気持ちを思いますと

何とも歯がゆく思います。

自分の無力さに苛立つことも多いのです。



Mさんの交流前夜、普段見ている映画やドラマを見ようと

DVDを物色。

突然、何故か、ロビン・ウィリアムス主演の映画を

観たくなりました。

「何でかわからんけど、これ、観たくなったから良い?」

家族たちにそう尋ねて、観ることにしました。
(我が家ではチラ見でも全員が観るもんですから。笑)



当日の朝、私の大切な"依頼人"_ 彼がまたお越しになっていました。

( 今日のMさんがあなたのご家族だと良いのになぁ・・・)

そんな気持ちを知ってか知らずか、

とにかく、彼は常にニコニコと優しい温かい表情でした。



( ねぇ、あなたのご家族じゃなかったら、どうする?)

ふと、気弱になってしまう自分を情けなく思います。

( どうするって尋ねるまでもないのに・・・アホやなぁ、自分。)



また、もし、ご存知なくても、私のところに来られる限り、

正直で在り続けるしか、自分に出来ることはないのです。

何度も何度も忍耐強く来られる・・・

この方は私にとっては、" 顔なじみ " 。

何とかご家族にご紹介出来る日を祈らずにはいれませんでした。



Mさんとスカイプでお話をはじめました。

私の大切な"依頼人"がニコニコと姿をぼんやりと表し始めました。

「 Mさんのご家族だと良いのですが・・・とにかく、お伝えしていきます。」

と言い始め、

姿やお人柄などを描写し、伝え始めました_

Mさんは、

「 わかります。夫です。」

そうおっしゃったのです。



「 あぁ、良かった!!! 」

妙に嬉しがる私に Mさんは驚かれたかもしれません。



「 どんなに私が嬉しいかお話します。」

なぜそうも喜ぶのかを簡単にご説明しました。

( あぁ、やっと! やっと、ご家族に伝えられる!)

本当に、叫びたい気持ちでした。

" 顔なじみ "さんと一緒に、小躍りしたい気持ちになりました。

でも、我慢しました。(笑)



Mさんとお話する前、時折、私の頬を触れる"顔なじみ"さん。

とてもくすぐったいのです。

彼は、何度も、何度も、頬を優しく触れるのです。

そのことを、Mさんに伝えました。

頬を優しく触れるそれもご存知でした。

それは、

Mさんへの愛に満ちた温かい優しいkissだったのです。






" どうしても会いたい家族に会うため色々な場所や仕方を探して "

ご依頼フォームの備考欄にそう書いておられたMさん。



他の方々もそうだと思います。

目に見えないことが本当かどうか・・・一般的にはアヤシイと

思われていることであっても、一筋の希望を見出したい_

" どうしても会いたい "

依頼人様の一心です。



今も生きておられることをちゃんと伝えたい_

これは簡単なことではありませんが、

他人様のためにだから、

" よっしゃ、がんばろか!"

と思えます。



とにかく、

ご家族に逢えて 良かった!



本当に、良かった。













これ、何の野菜だと思いますか?
え? 簡単? きゅうり? 




これですよ、これ。
え? 何? もしかして・・・メロン? 





当たり! メロンです。
メロンも、いくつかを先にもいで、どれを残すかにしないと
甘みが足りないそうです。
で、小さいうちにもいだのは、このように切って、
浅漬けのようにしますと、すっごく美味しいんですよ。
きゅうりとは違う美味しさがあります。
まぁ、ウリ科はウリ科ですけどね。笑




アガサ







Posted on 2017/06/28 Wed. 09:30 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

TB: --    CM: 0

28

静かに敬意を。 

世の中が便利になり、ひとりひとりの発言や行動が

自由になり、

大切なものが置き去りにされてきた。



なにかあれば、表現の自由だとおっしゃる。

その"表現の自由"というのは、なんだ?

表現の自由はもちろん大切だが、

人を傷つけての"表現の自由"は いかがなものか。



表現の自由の名の元には、

人としての真心が 必要。

好き放題、言いたい放題、やりたい放題 が自由ではない。

自由の意味をはきちがえては 悲惨なだけ。



すべてにおいて、まったくの自由は ない。

自由を歩むには日々多くの覚悟が必要。

自由は、

人を傷つけたうえに成り立つものではない。



人ひとりの命を大切に、心底大切に思えるならば

非難や批判というのは口にも心にも出てこない。

それは、表現の自由でもないし、報道の自由でもない。



" お金があるから、受けられる医療だ "、

" ああすればよかったんだ "、

" そういう治療方法は間違っている "、

等と他人様に言うよりも書くよりも

他にやらなきゃいけないことが あるだろう?

他人様のことをどうこうおっしゃるよりも、

ご自分のご家族の心を大切にすることがあるだろう?

ご本人に直接言うのではないからといって言いたい放題は

人としておかしい。

他人様を傷つけるよりも やらなきゃならいことが

あるだろうと思う。



人ひとりの命。

懸命に前を向き続けたご本人、

愛しいご家族を懸命に支え続けたご家族の方々へは

静かに

静かに

そっとしてあげたいと思い願うのが、人ではないのか?



" 私はこんなに祈っています。"

" 故人とご家族にこういう祈りを捧げています。"

等ということも言う必要も書く必要も、ない。

それらは、自己満足の自己アピールであり、

自己陶酔以外の何物でもない。

言った直後、書いたまなしから、その輝きは陰湿なものへと

変化していく。



ご自分のご家族が他界された時に、

まったく知らない方々から

非難批判を浴びせられたら

どんな思いがするのか・・・

それぐらいはおわかりになると思う。

悲しみの淵におられる方々をそっとしてさしあげるのが

心ある者の思いやりと態度だろう。



精一杯 生き抜いて来られたご本人に対して、

精一杯 支えてこられたご家族に対して、

第三者が

エラそーに ああだこうだ言い、

さも何でも知っているかのようにSNS等に書くのは、

人として 善きことなのか?

その言葉ひとつひとつに、

発信側の美しい真心が含まれているのか?



他人様の神聖な他界について、

ご自分の日常における不平不満をぶつけてはならない。



生まれてくること、

死すること。

どちらも尊い。

人生で最高の感動と感謝の瞬間。

静かな、静かな、神聖な時間。



生まれくる時も、

死する時も、

弔う準備をして頂く時も、

私たちは、多くの方々の手を借りている。

想像しえない思いやりと多くの方々の手に

お世話になるのだ。



悲しんでいる方々の一挙一動に対して、

責め立てるのは

止めましょうや。



他人様のことをいうよりも、自分の生き方を大切に

見つめた方が良い。





心静かにしていよう。

命に対して、敬意をはらおう。

他に対して、敬意をはらおう。









すべての方々のご冥福を祈ります。

心を受け継がれた、すべてのご家族の方々に

敬意を表します。










アガサ










Posted on 2017/06/24 Sat. 20:09 [edit]

category: 思うこと

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

TB: --    CM: 0

24

交流出来たら良いんだけど 

ほとんどの方がおっしゃること_

「 私にも視えたり聞こえたり出来たら良いんですけど・・・」

ということ。



お気持ちは、わかります。

会いたい人だけ視えて聞こえれば良いのですが

そうはいかないんです。

そうなると、全く知らない人達も、突然そこにおられてびっくり、

時間関係なく突然話されて、びっくりします。(苦笑)

都合の良いことは、ありません。

視えて聞こえても、すべてが分かるというのは無いですし、

見聞きしていることが本当(正しい)かどうかは、

また別の話なのです。



人様の交流を正直に忠実に伝えるということは、

そう簡単なことではありません。

どこかでちょっと習って出来る、、、

そんな薄っぺらいものではありません。

経験を重ねれば重ねるだけ、分からないことが増え、

葛藤も在り続けます。

何でもそうだと思います。



コツをつかめば出来る!というような謳い文句に誘われて、

お金を出して受講され、手軽に開業なさるもんですから、

間違って伝えられてしまうことが本当に多いのです。



" 違うところ " と繫がっていることさえも、気づかない。

依頼する側は、そうした人達から伝えられることを本当だと

思ってしまうのは仕方のないことなのです。

伝え手は自分のことを怪しまれたくない、本物だと思われたいがゆえに

自分の言っていることは完全に正しいと思い込んで伝えるもんですから

依頼人さんは、「そうなんだ・・・」と思い込むしかありません。

それで、言われたまま、その不安な言葉をずっと胸にかかえてしまわれるのです。



交流の後に、こうしたご経験を聞く度に、依頼人さんを気の毒に思います。

そして、自分の気持ちとは違うことを伝えられた大切なご家族や

愛しい方々の気持ちはいかばかりか・・・。

たまりませんよね。

私なら、たまらない。



会いたい気持ち、

今どうしているのか、

痛がっていないか、

元気でいるのか、

自分のことをどう思っているのか、

ご心配されるお気持ち、とてもよくわかります。



真面目に伝えておられる方々もいらっしゃると思います。

それにしても、

これだけ次々に、不安を与えられておられるのを聞きますと、

依頼する側が我が身を守る必要があると思います。

我が身を守ることは「相手を疑う」ということではなく、

「心の静けさ」です。

それが依頼する側にとっての護符でしょうし、

会いたい人やご家族に対しての真心だろうと思います。



" ご家族を信じること "

これです。





霊媒、霊能者、占術師、、、あと何という呼び名があるかわかりませんが、

自分から"霊感が強い"と言う人達も含めて、

そういう方々から不安めいたことや不思議なことを言われても

あなたの心すべてをそれに染めてはいけませんよ。

知人友人であっても、です。

言いたい放題、身勝手な人達は信用するに値しません。



鵜呑みにしないこと。

嫌なことを言われて、ショックを受けない人なんていません。

だからこそ、そういうのは信じないこと。



愛しいご家族、愛しい人の心を、大事に大事になさってください。



霊媒等が伝える交流なんて、わずか。

大事な家族のことを、

愛しい人のことを、

忘れるなんてないですよ。



私達が、お婆お爺になって、天命を全うしたその瞬間、

( そのちょっと前からかもしれませんが。)

再会するんですから。



「 会いたくて、会いたくて、

 寂しくて、寂しくて、

 どうしようもなかったけど、私、俺、思いやりを持って生き抜いた!」

心からそう話して、再会なさるんですから。



これが、自然です。



交流の9割は、霊媒がもたらすものではありません。

大事な人同士の信頼関係と思いやり、

そして、自由意思を大事にしてあげる気持ち。

これが大事です。



不安は、伝え手が依頼人さんの不安を読み取っただけ。

それを " そうおっしゃっています " と

涼しい顔で伝えられてしまってる人の気持ちにもなれ!

って私は思いますけどね。酷い話です。





大事なのは、信頼しあう心。

見えなくなったら、信頼出来ませんか?

そんなことはないでしょう?



痛い辛い肉体をずっと維持させることなんて

出来ません。



あなたを忘れるなんて、ありませんから。
















※虫が嫌いな方、すみません!

「" ぴかちゅー " に似てるやん!」

そう言いながら、携帯写真を撮りました。今年の春ぐらいでしょうか。
虫は苦手の私は、8年前に引越してきて、葉山の虫の多さと大きさに度肝抜かれっぱなし。
最近ようやく、見慣れてきました。
ちょっとずつ、(命いっぱい生きてるんやなぁ・・・)と思えます。

とはいえ、ゴキと蚊は、やっぱり嫌い。(苦笑)







アガサ





Posted on 2017/06/15 Thu. 10:42 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

TB: --    CM: 0

15

報われる 

交流お伝えが一段落しますと、相続に関することをよくお話しされます。

胸の内、ですね。私なんかが丁度良い"距離感"だからだと思います。

口も硬いし(笑)。



相続というのは、一般的には "本性" が出るように思います。

法律に則って分配されることもあれば、

" ご本人の意思 " が文章で残されていればそれに順じられます。



どちらにしても、受け取る側が互いに譲り合い、気持ち良く分配!

となれば最高なのですが、ぽんっと目の前にお金や不動産がちらつきますと

なかなか そうは行かないように思います。

専門家に間に入って頂いても、ややこしいこともたくさんあります。

遠い親戚までご参加される場合も、あります。(苦笑)

" 貰えるもんは、貰いたい!"

そうなるんでしょうね。



「 え? そんなの、仲良く分けたらいいじゃな〜い!」

と思われる方々もいらっしゃると思います。

すんなりと皆が譲り合うことが出来るのなら、私なんかには

お話しになりません。

皆が譲り合い出来るなら、この世に、警察、弁護士、税理士、

裁判、犯罪というもの自体が存在しないと思います。

その場になると、ころっと変わるというのもあるし、

欲が沸々と沸き出すのが、人の感情です。

魔が差す、というのもあるでしょうね。



想像で考えるのとは違って、現実その場そのケースに遭遇しないと

人間というのは分からん、のです。



私がよく観ていた「名探偵ポアロ」シリーズでも、よく揉めておられます。

「 何にもしていない◯○さんには、相続があって、

 いつもお世話をしていた私には何も頂けないんです。」

というのは可愛いぐらいで、大抵は、犯罪が起こります。

いつの時代も、人の欲は いかばかりか・・・ですよね。



ご依頼を頂くということは、その方のプライベートなことまで

知らされます。

びっくりするような話をよく耳にします。



大抵は、正直で誠実で我欲の少ない方がご心労なさいます。

我欲の強い人に翻弄されるのです。

本当に気の毒に思います。

わが家も、そうした時期が10年程続きましたから、心から

ご心労をお察し出来るのです。



" 人に迷惑をかけず、真面目に地道に生きて質素に暮らしています。

あの人達は何もせず、自由気ままに 生きているのに、

どうして相続出来るのでしょうか? "

空しい限りです。

世の中、どうなってんだろう?って思いますよね。

本当にお気持ち、わかります。

努力や誠実さって報われないのかなぁ・・・と思えたり。



そもそも、" 報われる " ってどういうことだ?と思いました。

" 報われる " というのは、

「 努力や苦労に対して、それに見合ったような期待通りの成果や成功が得られること。」

だそうです。



ここでふと思いました_

" それに見合ったような・・・"

" 期待通りの成果や成功・・・ "

そう考えてしまうことに、そもそも 無理があるんじゃないか?

努力して、苦労して、それに見合った成果や成功をしている人って

この世の中に一体、どれだけいらっしゃるのだろう?と。

結果を期待するから、頑張る・・・というのは確かに在ると思います。

だけど、期待通りに行くというのは、誰にもわからないことです。



例えば、運動会。

子どもたちが皆、頑張りますね。

特にリレー。観る側も力が入ります。

皆、頑張っています。

だけど、突然転倒したり、バトンの受け渡しが上手くいかなかったり・・・

というのが発生してしまいます。

なんでだろうな〜 と思いますが、思ったところで仕方が無い。

一時的にがっかり、悔しくて泣いたりするけれど、

" 皆で頑張ったんだ!"

" ◯○君、◯○ちゃん、頑張ったよ!"

というように、負けてもそれを乗り越えて、清々しい気持ちになります。

これは、勝った側では、味わえません。

種類が、違うのです。



悔しさを乗り越えるというのは、本当に大変なことです。

でも、それは勝つよりも、見えない価値があると思いますよ。

勝ち続けることは、ないし、

負け続けることも、ないでしょう。

人生は、勝ち負けではないし、ましてや、他の人と比べることでも

無いのだと気づいていきます。



それは、" 報われなかった "という悔しさを経験しているからです。

逆に、

「 あぁ、努力が報われたぁ!」という思いは、用心です。

喜んでも、気を引き締め直すこと。

これは肝心ですね。

そのままにしていますと、足元をすくわれます。



この世は、物質至上。

触れられる物が優先されています。

お金は、無いより有った方が良いでしょうし、

家も、そう。

在った方が良い、ですよね?
(うちなんて、両方、ありません! 大笑)




何不自由なく有る、という方々も世の中におられます。

家計は安定し、

家族も元気、

持ち家もある。という方々。

だからといって、そうした方々に一切の不安が無いか?といえば

それは違う話だと思います。

人様を羨む気持ちは、あって自然と思いますが、

くれぐれもご自分の感情にぐるぐる巻きされないよう、ご留意ください。



まぁ確かに、ポンっと相続で入ってくるのは助かるでしょう。

家計も助かるでしょうし、家計に余裕が出来ると

精神的にもゆとりが出てくるかもしれません。

しかしながら「相続する」というのは、プラスもマイナスも相続せねばなりません。

プラスだけの相続は出来ないのです。



この世的(物質的)に考えて生きることは、

私たちの心を狭くしてしまうように思います。

自分の得しか考えないような、ね。

損得勘定しか働かないなんて、味気ないですよ。

人間に深みがありません。



物質的に報われたいと切望されるのなら、我欲強欲で生きねばなりません。

他のことを考えることなく、自分中心で生きねばなりません。

人が泣いていても、自分さえ楽出来れば良いと思えねばなりません。

それが出来れば、物質的に報われると思います。

自分の心と行いは、表情・人相・空気感にまで影響を及ぼします。

どちらで生きようとも、バランスは取られます。



この世は、ごちゃ混ぜ。

不完全な人間で世の中は動いています。

だからこそ、自分の心と対峙出来るのだと思います。

甘い誘惑が多いからこそ、理性を輝かせることが深い意味と意義を持ちます。

" 他の振り見て、我が振り直せ " です。



" 自分の存在を忘れ、

少しでも、自分以外の誰かのためになるかもしれない。

自己満足に浸る暇もなく、葛藤しながらも地道に地味に続けて行く。"

それが本当に幸せだなぁ と思うのです。



報われるとか、報われないとか、そういうのは

どうでもいいと思うのです。



あなたは、素晴しく 心を尽くしておられるのです。

私はそう思いますよ。

















この季節は、ほおずき。
わが家では、食用のほおずきを家族が育てています。
鑑賞用のとは違って、とても美味しかったそうですよ!
「まるでマンゴーのようだった!」と本人びっくりしていました。
(へぇ〜、そうなんやぁ〜・・・)
と思いながらも、私は、今一、勇気が出ません。(笑)
まぁ、そのうち、頂いてみようかな。






アガサ



Posted on 2017/06/13 Tue. 12:10 [edit]

category: 思うこと

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

TB: --    CM: 0

13

お母さんと見る。 

階段をいつもの調子でゆっくりと上がっていたところ、

突然、後ろにぐらっと倒れそうになりました。

階段自体がぐらついたのか、バランスを崩したようになり、

びっくりして手すりをつかみました。

(何? 今の。年だから?)

あまりにも妙でした。



Yさんご依頼の交流日の前日夕方、晩ご飯の準備をしていましたら、

「 手伝うよ。」

と言いながら、家族が手伝ってくれるのです。

( あれま〜、どういう風の吹き回し?)



夜、寝る前にようやく気づいたのです。

Yさんのご家族が近くに来てくださっていることに。

鈍いですね、私は。

でも、私の経験が本当かどうかは、Yさんに確認をとってみなければ

わかりません。(そりゃそーですとも)



当日の朝、

< お母さんに楽させてあげたい >

( え? あぁ・・・)

時間を見ると、朝4時半前。

心のなかで( お母さんに楽させてあげたい )を繰返し思い、

孝行な人だなぁとしみじみしながら起きました。



待ち合せ場所に到着されたYさんからお電話を頂きました。

電話口から聞こえるYさんのお声は、何となく弾んでいました。

こちらまで嬉しくなりました。

アガサ部屋にお迎えした直後、突然、左手の甲が突然痒くなり、

まるで、草か、葉の裏に花粉があるのに触れて肌が痒くなったような感じ。

( なんだろう・・・急に痒くなって。しかも、左手の甲のここだけ。)

左手の甲をぼりぼり掻きながら、交流に入りました。



嬉しそうな笑顔で来てくれた青年。

いろいろとお伝えした後(内容は忘れました。すみません。)

Yさんからのご質問を息子さんに尋ねました。

「 今さら聞いても仕方ないのですが、どうなったのか・・・」

「 どういうふうになって(他界)されたのか?ということですね。」

「 はい。」

返事を待ちました。

そして、私の身体が揺れたのです。

と同時に頭に蘇ったのが、数日前の階段でのあの妙なぐらつき。

その時の感覚を注意深く扱いながら、Yさんに話しました。

「 そのように伝えてこられますが、分かりますか?」

「 はい。わかります。わかりました。」

「 息子さんはどなたも責めておられませんので。」

「 もちろんです。」



「 他には、ありますか?」

「 はい。今、そちらで何をしているのかと思いまして。」

その返事をご本人の気持ちに近づけるのには、少々時間がかかりました。

時間にして、10分ぐらいでしょうか?

5分ぐらいかもしれませんが、どんなに時間がかかったとしても

どんなに手こずっても、ご本人の言いたいところに合わせることが私の役目です。

その返事には、正直、私も驚きました。

Yさんも驚かれました。



Yさんから頂いたメールを読んで頂ければ、きっと、

驚きつつも、私達だけでこちらを生きているのではないのだと

あらためて感謝し、心が温かくなられると思います。



ほぼ、全文です。

- - - - -



息子の元気で、楽しそうにしている様子を伝えてくださり
有り難うございました。

"ただいま" と帰って来た息子の手の感触まで伝わるリアルな夢は、
やっぱり(中略)ここに居るよと教えてくれていたんですね。

夢で会えたことがとても嬉しく思えた反面、夢であることが悲しかったのですが。

これからもまた会いに行くよと言う息子の気持ちが嬉しく
この世界ではないけれど、◯○は生きているんだと感じられました。

今何をしているの? の質問に

何か石のような物を一生懸命 選別している姿を視られたアガサさん。
それが 病気を治す成分のある物を自然の中から探しだそうとしているところだったなんて
その姿は何かに夢中になっている息子そのもので、
あちらの世界からこちらの研究者のどなたかにインスピレーションで知らせてくれていたなんて。

思いもよらない話でしたが、自然が大好きだった◯○が
自然の中から人に役立つ物を探しだそうとするのはわかるような気がします。

すごい仕事をしているんだね。
感激しました。

また私生活でも嬉しいお知らせ。

優しい彼女と言って良いのかな⁉

だいぶ照れていた様子でしたが、
嬉しさを隠しきれないちょっとにやけた顔が目に浮かびました。

良かった本当に。
とても優しく可愛い人だとアガサさんが伝えてくださり本当に嬉しいです。

今回、出てきた早々笑顔だったのはきっとそのせいですね。

こちらにいたときはあまり聞かなかった話なので
親としてはとても気掛かりでした。
良かったね◯○

また姉や姪っこのことも見ていてくれてありがとう。
他にも見守っていてくださる方々もいたんですね。
有り難いことです。

私の回りには気遣い、助けてくださる方が沢山います。

それでも息子の存在はあまりに大きく、
この孤独感を埋めることが出来ず、
寂しさに堪えられなくなることがあります。

(中略)おかげさまで息子と再会することができました。
いまだいろんな感情は交錯しますが、
対話を通して
新たな世界でのびのとやっている様子を教えていただき、
感動し安心いたしました。

まさに暗闇の中からひとすじの光を見いだした心境です。
本当に有り難い貴重な時間をいただきました。
感謝しております。


- - - - -



" 今、何をしているの? "

その返事を息子さんご本人の意図するところに合わせるのは

本当に難しかったです。

難しいというよりは、自分との我慢比べ。

どれだけ正直で居られるか、

どれだけ真実を伝えたいと思っているのか_

自分の感情に負けてしまったら、アガサは終わり。

自分をどれだけ忘れられ、人様のことを優先出来るか、です。



息子さんの目の前には、多くの石や自然のものが有りました。

その中をじぃっと見つめる、真剣な眼差し。

自然のものが好きだから見つめていたのでは、ないのです。

他のために役立てたい、という気持ちが私に流れてきたのです。

集中力、努力、そして忍耐力が全身に伝わり始めると熱を帯びてきました。

それをこちらで頑張っておられる研究者の方々に

インスピレーション、閃きとして伝える_

息子さんの気持ちに近づけることが出来た時、

Yさんと私は驚きました。

そんなことがあるなんて、

そういうことをしているなんて・・・。



他界しても、やることがあり、

" 他のために " 地道に努力を重ねていく人々がいる。

" 他のために " 働くこちらの人々と

" 他のために " 働くあちらの人々とがこうやって

繫がっているんだと実感しました。

私たちは、自分が発見したり考えたりすることを

まるで、自分ひとり頑張ったかのように思いがち。

本物ほど威張らないのは、素朴で純粋でいられるのは、

自分の力を遥かに越えた何かが関与しているのだと思わずには居れず、

まるでそれは誰かがやったかのような感覚になります。



この実感にも私の身に起こった理由があるのですが、

あまり詳しく書きますと余計な先入観となり得ますので、

ご勘弁ください。






「 息子のために、桜の木を植えてくださったのですが、

 知っているのでしょうか?」



< お母さんと一緒に見に行くよ!>

( そうなんですね。笑)

「 お母さんと一緒に見に行くよとおっしゃっています。」

「 あ!」

「 へ?」

「 今度、会社の社長さんがその場所に連れていってくださるんです!」

「 あぁ、そうなんですか。息子さんも一緒に、ですね。」

「 はい!」



他界したら何でもかんでも、知ってるとは言いきれません。

万能になるわけではないのです。

それで、自然だと思います。



もしかしたら、息子さんは自分のために植えてくれた桜を

ご存知だったのかも、しれません。

だけど、

息子さんは、お母さんと見に行きたいのです。

その気持ちが親孝行だと私は思います。








良いもんでしょうなぁ・・・。

息子と桜を見るっていうのは。













ちょっと前の、先月中旬ぐらいに畑仕事先での"大御所"の方々から頂いたそら豆。
いつも思うんですが、自然のものというのは本当にうまいこと出来ていますね。
そら豆の鞘は、ふんわりお布団というか、まるで、お母さんのお腹の中みたい!
ふんわりふんわり真綿で包まれ、この緑の帽子みたいなところから栄養を
もらんですね!まさに、子ども。




そして、栄養部分と重なっていたところが黒くなったら食べ頃、だそうです。
黒いカーブの上に、点をふたつ描きたくなります。(笑)
そら豆は、さっと茹でるだけで美味しいですね!
茹でたてに頂くのが最高に美味しい!
ただ、茹であがったニオイが嫌だと家族達は言います。(笑)
「 ごんの耳のニオイがする・・・」ですって!失礼な!(苦笑)
(まぁ〜、確かに香しいとは言えない・・・。)
年くったら、犬も猫もニオイがするのは当たり前だ!(笑)
人間だって、加齢臭っていうのがあるじゃないか!(大笑)

とにかく、農薬がかかっていない旬のものを摘みたてで頂くのは贅沢気分満点!










アガサ


Posted on 2017/06/07 Wed. 16:30 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

TB: --    CM: 0

07

もつれた紐がほどけて行くように。 

私たちの感情は、生まれてからの経験で色が付き、編み込まれていくように思います。

特に子どもの頃の体験は、人生において色濃く影響するように思います。

それは、誰かの本を読んだり、誰かの講演を聞いて得たことではなく、

私自身の人生からの感想です。

Fさんの愛しい方も 子どもの頃の影響を感じ得ました。



ご遠方ですから、出張が関東の場合にご依頼を頂戴していたと思います。

ご連絡を頂いた日が、たまたま、空いていました。

自分的には(休養日に充てた方が良いんじゃないか・・・)と思いましたが

" 決めつけることはすべてを制限してしまう " というのが持論。(笑)

必要があれば、物事が起こってくるので、成り行きに任せよう_

そんな具合でした。

たまたま、Fさんの出張が入り、ご連絡を頂き、

たまたま、ぽこっと空いていた日。

もちろん、お引き受けしました。

起こってくること、起こったことについて、

必要なのか、それとも、不必要(感情の縺れ)なのか・・・

感覚的ではありますが経験によってわかるようになりました。

Fさんからのご依頼も引き受ける必要がある、と思えたのです。



当日、朝から、身体の中を転移するように一瞬の痛みが続きます。

それと、記憶が瞬間的に、一部、低下。

まったくの空白。

唯一、私が覚えている数字列16桁が、まるっきり思い出せない。

( ちょっと焦るけど、もう、影響が増してきたんだな・・・)

こんなことは過去に一度もなかっただけに、焦りました。

これはもう、ド忘れ程度のレベルではないのです。

脳細胞のほんの一個か数個、あるいは、ニューロンの触手が外れたのか・・・

そんな気さえしました。



非常に強いイントネーションで話されます_

< 俺の身体は、どーなってるんや!>

( どーなってるんや!?って、どうされたのですか?)

外見的も健康そのもの。元気そのもの。

ですから、ご本人も多少の、瞬間的な痛みがあっても大したことではない、

と思っておられたようでした。

いつしか、それが身体のあちこちに頻発し始めてから、

異変に気づいた・・・_

そのように ご本人は思い出すように話されました。



視せられたある記憶 _

それは、初夏。

あたりは海に太陽の光が反射して、きらきらと輝いていました。

そこに居られる彼とFさん。楽しんでいる空気。

ゆっくりのんびりした心と、心から楽しんでいる心が伝わります。

( そこは、何処なんでしょうか・・・)

ぼんやり眺めていた私は、心の中で話しかけましたが、

おふたりの姿に見とれて、尋ねたことさえ忘れてしまいました。



< いつも・・・誰かに・・・愛されたい・・・>



( いつもだれかに愛されたい? それって誤摩化してるだけでは?)

叱るつもりはありませんけれど(笑)、

思ったことを正直に返事として話します。

返事はありませんでしたが、声にならない思いが流れて来ました。

そして、私はおっしゃったことを理解したのです。

( あぁ、そうだったんですね・・・そっか、わかりました。)



Fさんがお越しになる前でしたが、少しは、" ご本人 " のことを

理解したように思えました。



Fさんからのご依頼は、今回で2回目だったように思います。

2回目になりますと旧友に会うような感じに思え、懐かしさが出てきます。

ほんの少し、たわい無いおしゃべりをしてから、静かに入っていきました。



大体の背格好を描写し、Fさんが来られる前のことを話していますと、

何やら、年齢のことを話されている様子。

「 年齢は・・・そうですね・・・え?若く見られたい?(笑)

 いくつと言えば良さそうかな・・・

 40代? え? 43?

 随分と細かい数字までおっしゃるんですね。(笑)

 Fさん、彼は、なんでかわかりませんけど、『43才』っておっしゃるんですよ。」

と笑いながらお伝えし、思いあたるかどうかの確認をしっかりせず、

伝えてこられることに集中していました。



< こう・・・>

( こう・・・何ですか?)

< こうじ・・・>

( こうじ? って?)

名前ではなさそうな感覚が入ってきますが、私が考えることではありません。

「 こうじ というような音が入ってくるのですが、おわかりになります?」

「 ふと思ったのですが『 こうべ 』だと思います。」

「 こうべ?」

「 はい。先程、話して頂いた初夏のキラキラした海。」

「 ああ、こうべ(神戸)ね! あぁ、その "こうべ"ですか!(笑)」

「 はい。」

「 なるほど。おわかりになるのなら、良いです。」



確か、彼が来られて座られてから、アガサ部屋をぐるっと眺めておられました。

「 Fさん、この方、彼ですが、この部屋をぐるっとご覧になっているんですよ。

 珍しいのかな?まぁ〜、他人の部屋は珍しいもんですよね。(笑)

 いいですよ、お好きなだけ眺めていてください。」

と話しかけながらも、すべての行動には意味があると思っている私です。

このしぐさにも きっと 何か意味があるんですよ。(笑)

その意味は、Fさんが交流後に話してくださり、私も腑に落ちました。



「 彼の体型は、、、ちょいとこのあたりがぷよぷよっとね(笑)

 こんな感じでね、つままれるんです。

 自分の身体ですから、私には贅肉がいっぱいあるのは知ってます。

 今更そんな指摘をしなくても、って感じです。(笑)

 だけど、彼は気になっている様子なんです。」

目頭を抑えながら、笑いながら、Fさんはこうおっしゃいました_

「 そうなんです。彼は元々はぷよっとした体型ではなかったのですが、

 病気による(何とかっておっしゃったのですが忘れました。)もので

 お腹のそこらへんがぷよっとしてきたんです。

 本人はとても気にしていたようでした。」

「 そうでしたか。なら、良いですよ。」と彼に向けて言いました。

「 それに・・・」

「 はい。どうぞ。」

「 それに、その場所なんです。そっちじゃなくて、まさに、その場所でした。」

「 右側のここ?」

「 はい。」

「 そうでしたか。」

「 覚えていてくれたんだなぁと思って・・・」

「 嬉しいですよね。」

「 はい。」



では、Fさんから頂いたメールの一部を掲載させて頂きます。



- - - - -

(略)

あの彼が、あんなにたくさんお話ししてくれるとは、思っていませんでした。
過去2回とも、何かスッキリしないこともあったのですが・・・。
(ア:今回2回目ではなかったのですか?そうでしたか。)

「お腹のぜい肉をプニプニと掴む」事を聴いたとき、もう、彼以外の何者でもない!って。
彼を最後に見舞った時の事・・・自分で言うのも変ですが、茶目っ気たっぷりに
出てきたお腹を気にしていた彼をつまんだ時の事です。
その時から、ほんの少し彼の態度が軟化してたのを思い出します。

年齢も「43歳くらいに見せたい」、これも本当に思い当たる節がありすぎです。
彼が健在だったとき、お互いに少しでも健康で若くいたいよね・・・などと話し、
私は43には見えるかしら・・・(当時ですが)なんて交わした、たわいもない会話を
覚えていてくれたんだなあと。
(中略)

帰りの電車の中でも、そして今も、昨日のことを思い出すたびに涙が出ます。
ほんの些細なほつれが、どんどん大きくなって、お互いに意地を張り合ってた部分も
あるかもしれません。
(中略)

生前、言わなかったことや言えなかったこと。
お互いにたくさんあります。
人生において、そのような事を少しでも減らしていく・・・
私自身がこの世を去る時に、そんな後悔を少しでも減らせるように、
彼との付き合いの中で学ばせてもらったのかもしれません。

少しずつひも解くようにと言うよりも、一気にスッとほどけた!って感じです。
わからない、わからない・・・で何年も過ごしてきました。
でもこれからは、「ああ、あれはきっとこうだったんだ。」って
自分を納得させられると思います。

今回は本当に、心から嬉しいと思える時間でした。
この時間を与えてくれた、アガサさんと彼。そして見えない力にも感謝です。
本当にありがとうございました。

- - - - -



自分の身体に不調を感じる時、私達はとても不安になります。

日本の医療サービスは、世界一だと思いますが、それでも、病院へ行くというのは

なかなか"重い腰"か"重いお尻"をあげにくいもの。



不安が入り混じりますと、感情をコントロール出来なくなります。

不安に対処するような育てられ方というのは、まず、しないからです。

だから、私達は、不安にうろたえてしまうのは仕方ないのです。



Fさんが来られる前、彼が私に見せてくれた心。

< いつも だれかに あいされたい >

それは、子どもの頃の彼の本音でした。

子どもの頃の心が私に流れてきたのです。



「 彼は、とても厳しい家庭で育ったと聞いています。」

Fさんはそのように話してくださいました。

それで、私的には、納得。

すべてが繫がったのです。



私が尽くしているこの地味な道は、伝えるだけでは足りない。

相手を理解しようと心底思っていなければ、心は開いてもらえません。

頭で相手を理解しよう、したい、では、駄目なんです。

他界はお見通しだから。(苦笑)

上っ面(口先だけ)では駄目。

まさに、文字通り " 心底 " 。

これは、私だけがそうで在るだけでは不十分。

ご依頼人様ご自身も、愛する人・家族を心底受け入れていなければ

交流はスムーズには行かないと思います。



心底、相手を受け入れることは、

自分の感情よりも、相手のことを尊重する信頼するという心です。

どんなに自分が辛くても寂しくても悲しくても、

また、そういう状態におかれていても、です。

相手が愛しい人、愛しい家族なんですから、全くの他人様よりは、受け入れ易いはず。

そこに、受け入れ難い"何か(感情)" が在るとすれば、

それは、ご自身の独占欲です。

自己中心的欲。

厳しい表現のように聞こえるかもしれませんが、これは、私自身の人生で

乗り越えてきたことです。

自己中心で有り続けている時には、真実は見えてこないのだと

真実を心に重ねることが出来ないのだと経験しています。





彼は、こうも話していました_

< 血の繫がった家族よりも、ずっと俺を心配してくれている。>





彼のこのお気持ちに、反論がある方もおられると思います。

でも、世の中には、いろいろな家庭環境があります。

皆が皆、家族愛に包まれた方々だけではないのです。



他界との交流は、証拠を伝えるだけではないと思っています。

もっと、大きな・・・とても深い場。機会。

心を話す、理解する、受け入れる、許し合う_

そういう場が、他界との交流なのだと私自身捉えています。





長くなりました。

Fさん、もつれた紐がほどけて良うございました。


















昨年、学校で田植えをし、持って帰ってきたお米を発芽させ、育てていました。
もう穂がつきました!
日本で一番早いんじゃない?!とわが家では言いたい放題。(笑)
家族達が地味に、時に、喧嘩しながらも育て続けている姿を見て
(ほんまに、育つんかなぁ〜?)と思っていました。
あらま、びっくり!穂がついた!うわぁ〜と思いましたね。
叱られながら育てていましたから。(苦笑)
(私なら相手が親であろうと「うるっさいなぁ〜!ほっといて!」と言うのに。(大笑))

" 継続は力なり "

続けることは、我慢と忍耐の連続。そればっかりだろうと思います。
で、ある日、キラッと光る瞬間が訪れます。我慢と忍耐を経ているから、喜びも一入。
穂がついて良かったね!








アガサ

Posted on 2017/06/04 Sun. 07:14 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

TB: --    CM: 0

04