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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

4人でこれからも。 

( 大腿部の真ん中あたりが痛むな・・・

 そこだけじゃない。身体のあちこちに痛みがある。

 骨の中が痛いようだ。骨の中?内側?
 
 骨の内の 何らかの症状・・・)

交流のたびに、私は様々な"症状"を経験します。

疑似体験といえども、ある程度の痛みが実際に起こります。

ご本人方は、どれほどの痛みで、不安や焦りや様々な思いを

乗り越えてこられただろうと 思うのです。



10代前半ぐらいでしょうか、

男の子は私に話しかけてくれました。

< お母さんは、泣いて会いたいって。

 お父さんは、泣くのを我慢してる。

 お母さんを励ましたいって思っているんだよ、お父さん。>

( そうなんだね。お母さんの気持ち、私、わかりますよ。

 我が子は、お母さんたちにとっては身体の一部同然なんだもの。

 お父さんも、そうですよ。

 親にとって子は、自分よりも大事な存在。

 お父さん、偉いね。

 お母さんを支えているんだね。)

男の子は、私と少し話してから どこかへ行ってしったようです。

「 どっかに行っちゃったんだね。(笑)

 お父さんとお母さんのところへ行ったんだねぇ。」

そりゃそーです。

家族のところに居る方が良いに決まってますよ。

知らないおばちゃんのとこに居るよりかは、ね。(笑)



お待ち合わせ場所に行きますと、おふたりは待ってくださっていました。

男性の方を見ますと、

< お父さんだよ!>

( ええ、そのようね。)

女性の方を見ますと、

< お母さんだよ!>

( 笑 そうですとも!)

というように、親切に教えてくれます。

何とも言えませんね、子どもって。本当に可愛い。

男性は、いえ、お父さんはニコニコと柔らかな笑顔で。

お母さんは、緊張されている面持ちでした。

(当たり前です。緊張して、自然です。)



アガサ部屋に入って頂いて、少し休んで頂いている間に

私は、玄関や階段の電気を消しに、部屋から出ます。

東北大震災があってから、常に、電気を大事に思います。

寄付だけではなく、日常のすべてを見つめたいと思っています。

わずかでも寄付だけして、電気の使いたい放題・・・

これじゃ、意味ありませんもんね。(苦笑)



私的には、私が離席する数分間というのはとても必要だろうと

思っています。私が依頼側なら、後からそう感じます。

やっとの思いで、依頼した人の家に着くわけですから。

離席するというのは、信頼がなければ出来ません。

もちろん、自宅にお越し頂くこと自体、そうです。



「 すみません、お待たせしました。」そう声をかけながら、入室しました。

「 では、ぼちぼちと始めましょうね。」

ほとんどの場合、1分もしない内に、" ご家族 "がお越しになります。

( 私としてはもう少し、ゆっくり目でも良いんじゃないかなと

 思うのですが(笑)、まぁ、私の意見なんて何の効力もありません。)



さっきの男の子でした。

見た目、おおよその年代、性格など伝わってくることを

その都度、Mさんご夫妻にお伝えしていきます。

「 細身で、髪は・・・Nさんに似ておられると思います。

 お分かりになりますか?」

「 はい。」

「 では、このまま続けていきます。

 あ、その前に、お二人がお越しになる前に知らされたことを

 確認させてください。主に健康面です。」

「 はい。」

「 このあたりが痛みます。外傷かどうかはわかりません。

 と言いますのは、私は骨の内の症状だろうと感じています。

 身体のあちこち、、、骨のなかが痛むように思えます。

 これはお分かりになりますか?」

「 はい。わかります。その通りです。」

「 そうですか。彼は上手に伝えてくれていますね。」

ご夫妻にはそう話しながら、声無き声で、彼に尋ねました_

( ねぇ、さっきのこと、ご両親に話しますか?)

< うん。知ってることを知ってほしいから。>

( なるほど。じゃ、話しますね。)



「 息子さんが、お二人がお越しになる前に私に話してくださったことがあります。

 内緒話かと思っていましたが、彼の了解を得たのでお伝えしますね。

 お母さんは泣いて『会いたい』って。

 お父さんは泣くのを我慢してるって。

 お母さんを励ましているんですって、お父さんが。

 合っていますか?」

尋ねる必要もなかったなと思いました。

話の途中で、おふたりがそれぞれに涙を拭いておられたからです。



彼は、ぴょんとその場でジャンプのようなことをしてくれました。

膝を胸に近づけるような感じの、ジャンプ。

何かの練習か、準備運動か、と思いました。

Mさんご夫妻に確認しますと、「わかります。」とのこと。

私には、はっきり分からないけれど、ご家族にはすぐにわかる時、

家族ってスゴいなとあらためて思います。



息子さんは、何か・・・小さな動物?と遊んでいる姿を

見せてくれました。

( その子は、誰? )

< ◯ょーじ >

( きょーじ? きよじ?)

またしても、私には分かりません。

「 聴き取れないな・・・」とボソボソ呟いている私を

救ってくださったのは、Mさんご夫妻でした。

「 ジョージです。おさるのジョージ。」

「 あ・・・そうですか。お分かりになるのですね。」

「 はい!」



確認している時、私は、いつも以上にぼんやりしています。

気の無い返事やリアクションだなぁと思われるかもしれませんが

ご依頼人がおわかりになるか、ならないか。

私に必要なのはそれだけなのです。

それがあって、部屋の空気が変わり、やっとこさ、私は安心して

交流に入れるのです。



彼は素直に、話してくれました。

自分の気持ちも、ご兄弟のことも、お友達方へのエールも。



当日の夕方、早々とご感想メールをくださいました。

興奮さめやらぬお気持ちを乗せて。



- - - - -

(略)

伺う前は不安と期待が入り混じった感じでしたが、
お会いした後は直ぐに不安が取れました。
アガサさんのお人柄が私の想像していた通りでした
(ア:平凡で普通というのは本当に有難いばかりです。)

お話しが始まり、まずびっくりしたのが
次男が大好きだったぬいぐるみを可愛がってる事でした。
小さな頃からずっと一緒でしたし、旅立つ時も一緒に持たせたものでした。

これで確信しました!
アガサさんには次男が視えてる!
(中略)
痛みの箇所や風貌など全くその通りで、妻と二人でびっくりの連続でした。


今日は次男の本当の気持ちが分かり嬉しかったです。

泣きながらまだまだこの世で生きたかった!
やり残した事がある!
家族が大好き!
家も大好き!

本人が一番びっくりしてた、こっちにも学校があるんだよ!
その学校でサッカーやるのかな^ ^

本当に病気を治して大好きなサッカーをやらせてあげたかったです

今は元気にぴょんぴょん跳ねてる!
痛みが無くなって元気だよと見せてくれたんだなと思いました。

お兄ちゃんの事も心配してくれてた事
本人が帰って来たら伝え様と思います。
(中略)
家族4人でこれからも頑張って行こうと思います!

(略)

- - - - -



印象的だったのは、お帰りの際の、お母さんのお顔が

ガラッと変わっていたことです。

安心しきったお顔でした。

とても安心なさった表情。



部屋にお入り頂いたあとに話しておられた、

「 私、こういうのは全く考えたことがなかったんです。」

ということ。

もちろん、そうでしょうと思います。

ご依頼になる方々のほとんどが、そうおっしゃいます。

私自身も、そう思います。

交流をお伝えし、家族愛にあふれる機会を何度も経験しても

必要かどうか、

というのは私が答えるべきではないと思っています。



交流が必要かどうかはわかりませんし、

交流に何かを求めることは、私には認められないと思っています。

不安な表情や空気が、交流のあと、

穏やかな表情と安心した空気になったのを見て感じますと

心から良かったなぁと思います。

家族を思う気持ちは、本当に温かいなぁと思います。



" 家族4人でこれからも頑張って行こうと思います!"

とお父さんがお書きになりました。

そのお気持ちがメールの文字から伝わってきました。



おっしゃる通りですよ!

家族は、家族ですから!












つい最近の日曜日、歩いて図書館まで借りていた本を返却に行きました。
「何か、借りる?」
「どうしようかな・・・」とそれぞれに言いながら、
思い思いに本を物色。
私が引き込まれたのは、この2冊でした。
早速、借りたその日に読み始めました。「ボブという名のストリートキャット」を。
読み始めると止まらずに、夕方まで読みふけりました。
贅沢な気分です。数時間、読めるなんて。(笑)
この猫ちゃんと主人公のお話は、実話だそうです。
日本ではあまり知られていないようですが、映画にもなったようです。
海外ではとても有名な猫ちゃんと飼い主さんみたい。
こういう出会いってやっぱり有りますよね。
人生が変わるっていう出会いは、一度あるかないかぐらいでしょうね。
もう1冊は、捜索犬の実話。ジャーマンシェパードです。
動物と触れ合うことは、命と触れ合うこと。
愛情たっぷりでいつも一所懸命ですね。

休日に、歩いて図書館へ行くというのは何とも贅沢でのんびりします。
図書館というのは良い空間ですね。



アガサ

Posted on 2017/04/25 Tue. 13:28 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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25

思いやり 

春の嵐があっという間に、桜の花を舞わせました。

洗濯物までどこかに飛んでいってしまう、強風の葉山です。



先週のことさえ、覚えていることが少なく、

二週間より以前になりますと、遠く淡い思い出のように感じます。

( 覚えていられない私をお許しください。)

こちらの回想も"遠く淡い"状態で書かせて頂きます。ご勘弁ください。



Mさんの娘さんが代筆されてのご依頼を頂戴しました。

備考欄にはこのようにお書きになっていました_

- - - - -

私自身、過去にアガサ様に他界との対話を依頼させていただき、
(中略)。

今回はパソコンに不慣れな母に代わりまして依頼のメールをさせていただいております。

母は他界した家族を不憫に思い、よく涙を流すことがあります。
他界した家族のことを思うと胸が苦しくなるそうです。
私がアガサさんの話をした時、母は涙を流し聞いておりました。

母の心の中には常に「会いたい」と思っている亡くした家族がおります。

もし、可能ならば母にもアガサ様と話してもらいたい、
そして母の心に温かい光が射してくれたら・・そんな思いから依頼させていただきました。

- - - - -

Mさんの娘さんは、ご自分の名前をお書きになりませんでした。

純粋に伝えたいという私の信念を尊重しての、ご配慮だとすぐ思いました。

娘さんの、ご配慮がとても有難く思いました。



前日ぐらいに、30才そこそこの男性がわが家の、私の周りに

おられました。

この方は散策しながらも、いつも何かを考えておられる様子。

とても頭の良い方です。

私から話しかけることは、しません。

いつも、その方が自由に、在りたいように、さなりたいように

そっとしておくことが大切だと私は思っているのです。

これは、他界された方に対してだけでなく、

肉体を持っている方々に対しても そう思います。

どの世界に所属していても、相手を尊重する思いやりは大事だと

思うのです。



当日のことは、当日のその時になられなければ、わかりませんが

この日は、Mさんのお父さん、お義姉さん、お兄さん、妹さん、

そして、お孫子さんをお伝えすることになりました。

もちろん、他にもお越し下さっていたように思います。

終始、Mさん、Mさんの娘さんの、ご家族ご親戚への感謝と思いやり、

そして、私へも思いやりをなげてくださっていました。



交流が和やかに進むなか、

お義姉さんが話しかけてくださいました。



< Mさんのおかげで、子ども・・・家族がまとまっています。本当に有難いです。>



そうお話しなりました。

Mさんにそう伝えますと、とても感激なさっているご様子でした。

「 お義姉さんの子どもたちが私を慕ってくれました。

  私も自分の子どものように思っています。

 そうですか。そう思ってくださっているのですね。」

「 はい。そうおっしゃっています。」

そう話していますと、お義姉さんの横に、、、女の子が

にこにこして手を振ってくれていることに気づきました。



( あれ? あ!・・・! )



「 お義姉さんの隣で、女の子がにっこりしながら手を振ってくれてる!」

びっくりした私は、思わず、口に出ました。

丁寧語も使わずに!

電話口と言いますか、スカイプ口では、

Mさんと、Mさんの娘さんの驚きの声やら、歓声がかすかに聞こえました。

私たちは、とても嬉しく思いました。



< 私も、この子の傍にいて、見守っています。>



Mさんがご自身の子どもたちを見守ってくれてるように、

お義姉さんも、姪っ子の愛娘の傍にいて見守っておられることを

どうしてもお伝えになりたかったようです。

その姿は、まるで " 保護者 " のようでした。

しっかりと、そして、愛情持っておられることがわかりました。



女の子は、多くのお身内の方々に大切に見守られ、

お母さんの年齢に近い、大伯母さんが他界でのお母さんのごとく、

しっかり育っている様子です。



家族親戚が互いに思いやり合い、信頼し合うことに

変わりはないのだとあらためて実感しました。



では、頂いたご感想の一部を掲載させて頂きます。


- - - - -



夜分かなり遅い時間に申し訳ございません。
(ア:メールは都合の良い時に読めますので大丈夫です。)

お身体、お疲れではありませんか。
(ア:お気遣い、有難うございます。心地良い疲れは、疲れになりません。笑)

本日は温かな交流の時間を過ごさせていただき、ありがとうございました。
交流が終わり、母と共にしばらくの間心地良い余韻に浸っておりました。

母は責任感が強く、しっかりしているので、昔から人に頼られることが多い人です。
それ故これまでの人生、苦労の連続だっただろうと思います。
(私たち子どもには感じさせないようにしていましたが。)

今日、母は自分の父親、義姉、妹、そして幼くして亡くなった兄と
交流が出来た事を心より感謝しておりました。

本当に久しぶりに心の底から喜んでいる母の笑顔を見たように思います。

さらに、祖父(母の父)や伯母(母の義姉)が亡くなった私の娘を
あちらで大事に育てて下さっていると知りました。
祖父は私が中学生の時に、伯母は私が幼少期に亡くなっています。
そのお二人と私の娘が今あちらで一緒に居るということに心が震え、感動しました。

むこうで娘が元気に笑顔で頑張っているのが分かり、安心しました。

こちらとあちらに離れていても、ずっといつまでも家族なのですね。
(中略)
より一層家族の絆が深まったように思います。(中略)
あちらから来て下さった方々にも感謝の気持ちでいっぱいです。

文章を書くことが苦手な母ですが、交流後(中略)気持ちを書いておりました。
母から預かった言葉を書いておきます。

「 今日はお忙しい中ありがとうございました。
 沢山の人達だったので、とてもお疲れになられた事とお察しします。
 私が気にかけていた人々が来て下さった事に感動致しました。
 また、孫娘が皆んなに守られ元気に成長してくれている事に一番の喜びを感じました。
 この家族の結び付きで今の私が生かされている事を実感致しました。
 (中略)
 これから残された人生を心穏やかに生きていく事が出来るように思います。
 もちろん今の家族があっての私です。”感謝”  M 」



母を見て、私も頑張ろうという気持ちになりました。



- - - - -



この回想を読まれた方々のなかには、

" いいなぁ〜、沢山のご家族から話を聞けて。"

と思う方々がおられるかもしれませんね。

お気持ちがわからなくもないですが、あえて申し上げたいと思います。

交流は、

人数の多い少ないではないと思います。

例え、

おひとりであっても、とても貴重だと思います。

素晴しいことだと思っています。

すべてが 特別ですが、

なにひとつ 特別なことは ありません。

そして、"当たり前"なことも、ありません。



" どこか遠いところに行ったような気がします。"

とおっしゃる方もなかにはおられます。

そう思われることを否定も肯定も致しません。

"遠い近い"が物事の中心や核ではないと思うのです。

両方の世界が遠く離れているわけではありませんし、

早々と家族や親しい人達のことを忘れてしまうこともありません。



他界しても、家族は家族。

友人は、友人。

愛しく、大好きなのは、変わりありません。



互いが 互いを思いやり合うこと、信頼し合うことに

何ら変わりはありません。

相手を心から信じる、思いやりを抱く・・・これを私は愛だと思っています。



状況や状態がどう変わろうとも、

肉眼で見えなくなろうとも、

そんなことは関係ない。

" 見える " から 信じられる、

" 見えない " から 信じられない_

そんな基準や感覚は、あまりにも物質至上的。

肉体を持っている人が、言ってることとやってることが

ハチャメチャなのは、どなたもご存知のことと思います。



寂しく思うのは、当たり前。

辛いのは、当たり前。

自分の辛さや悲しさで、愛で繫がっていることに

" 目隠し " をしないで頂きたいのです。



他界が、愛する家族と私たちを引き離すのではないと思います。

唯一、引き離すのは、自分だけを憐れむ感情(自己憐憫)。

悲しく辛いのなら、その分以上に、思いやりを他に差し出すこと。

多分、そうすることしか ないと思います。



まずは、身内から。

まずは、身近なところ。



そうした心掛けとたゆまない地道な姿は、

誰にとっても良い空気だと思います。

名前も知らない人にとって、

身近な人にとって、

他界のご家族にとって、

ご自身にとって、

善いことです。

温かみが差します。



普段の、日常で、温かみが必要で大切だと思うのです。

今を大切に。














今年も見事に咲きました!
愛犬ごんの散歩道にある、倒れている桃の木ですが、
倒れ具合がさらに進んだように思え、心配していました。
倒れながらも頑張っているその姿にいつも感動します。




ごんは、この桃の木まで歩かなくなりました。
今年16才ですから、人間の年齢でイメージしますと、、、いくつだ?80才ぐらい?
長生きしてくれています。
倒れても、歩けなくても、いつも " 精一杯 " !
心、打たれます。




アガサ



















Posted on 2017/04/19 Wed. 10:49 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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19

実家に出向く 

今月の初め、2年振りに実家に顔を出しました。

電車に乗って外出することがほとんどない私は、

交通機関のシステムに完全に付いていけてない!を実感。

数十年前の田舎のおばちゃんがタイムスリップしたみたいだなと思いました。



京都に着き、観光客の方々の多さ。

( 京都の空気は変わったなぁ・・・)

がっかりというか、その変わり具合に驚きました。

行く度に、海外からお越しになる観光客の方々仕様になっていて

私が生まれ育った頃の京都は、" 古き良き昔 "。

日本人も随分昔は、海外で そうだったと思います。

まぁ、それはさておき。



見る度に老いていく親の姿を実感した時、不意打ちをくらって涙が出ますね。

親というのは、いつまでも大きな感じ。" 年上 " の存在。

年齢についてではなく、存在です。

いつのまにか、自分より よぼよぼしてしまい、(当たり前ですが)

いかにも " 老人 " というような雰囲気と見た目。



いつもながら、ちょっとしか実家に留まっていない娘を

自宅前で見送る母。

バス停に向かう私は振り返らずに手だけ振ったりして。

振り返られなかったです。

泣けて来ましてね。( アホですね、私。)

母の前では " いつも強気の娘" で居続けたいのでしょうね。(苦笑)

親子ってそういう一面もあります。



私自身の人生も、皆さんと変わらず、いろいろありました。

再婚をして、様々な経験をしました。

苦労とは言いたくありません。

苦労されている方々は、世の中に多くいらっしゃいますし、

嬉しくない経験というのは、必ず、自分の肥やしになりますから。



苦しい時って、言えないんですよね。

誰にも。

もちろん、親兄弟に何も言ってません。

( 何とか、乗り切りたい・・・。)

そう心のどこかで強く思っていたのでしょうね。

七転八倒しながら、少しは心臓に毛が生えてきたかなと思います。(笑)



母が経験してない苦労を私はしました。

今もしているでしょうし、これからもするでしょう。

私が経験していない苦労を母はしていただろうと思います。

それぞれ、ですね。

家族であっても。



ご存知の方はご存知の通り、わが家はサラリーマン家庭ではありませんから、

安定という文字とは、無関係。(笑)

正直に生きていると何故か、家計は右肩下がりになります。

ま、そんなもんです。(笑)

そのうち、安定って何だ?と思えるようになって来ます。

これも心臓の毛の大切な1本に成りました。(笑)



様々なことが次から次へとやってきていて、

いくら乗り切りたいと思い続けて努力していましても、

人間誰しも、凹む時もあります。(苦笑)

( もう、あかんのかな・・・)

そう思っていた頃のことでした。

何も知らせていないのに、突然、父がお金を送ってきました。

( なんで? なんでわかったん? )

父が送ってきてくれた現金書留を抱きしめ、ひとり、泣きました。

張りつめていた気持ち、情けなさや何やかんやが、

ばぁ〜っと流れ出たんでしょうね。

今思い出しても、胸が詰まります。



30代中盤までずっと、父が大嫌いでした。

波瀾万丈的で、彷徨っていた時期でもあります。

母は電話口でぎゃーぎゃー言ってまして、今度は、父が電話口に。

父は、電話で一言、

「 わかった。」

それだけ言ってくれました。

父のその一言で、何十年分の凍っていた私の父への気持ちが溶けました。

不思議なもんですね、親子って。



それからも親孝行らしいことは、今だに出来ていません。

これからは、せめて、年に1回くらいは実家の家族の顔を見に

帰郷しようかなと思っています。



直接会う_



他界の方々と交流を常日頃させてもらってますが、やっぱり、違います。

それは、至極自然なことですけれど。

お互いがこっちに居るうちに、

会えるうちに、

会えるのだったら、

会った方が良いように思います。



世の中、どんなにインターネットで繫がって便利になっても、

直接会うというのは、全く違います。

直接会って話すというのは、強烈です。

会うことが " すべて " とは思いませんが、

会いたいと思う人には、時間とお金を無理しない程度に

会った方がいいのかなと思えます。



私たちには、様々な制限があります。

時間

距離

体力や体調

お金

そうした"制限"があるからこそ、

物事や心を大事だと実感出来るのだと思います。

全てが自由に手に出来ると、感激や実感といった感覚、

肉眼では見えない触れられないものというのは、

どうしても鈍ってしまい、麻痺してしまいます。

制限があるからこそ、私たちは、丁寧に誠実になれるし

実感できるのだと思います。



親には 親の人生があり、

子には 子の人生があって、

友には 友の人生があり、

他人様には 他人様の人生が あります。



自分の感情で

大事な家族、他人様、動物たちの生き方や行動や考えまで

決めつけることは なりませんね。



愛しいご家族、愛しい人、愛しい動物たちが

重い肉体から解放された後までも、

私たちの " こうであって欲しい!" を押し付けては

なりません。

" すべてが自由 " なのですから。



愛というのは、自分の欲や感情とは無縁のもんです。

そう 思います。







遠いと言わないで、年に一回は実家の家族に会いに行こう。

ねぇ。(笑)















大好きな家族、ごんです。
老犬になってから食欲増大。かな?
顔面左に出来た腫瘍ボールが運良く取れてから、食欲増大!です。
いつも食べるものを探しています。
ごはんの後は、おむつが留まりません。お腹が膨らむんです。
ガムテで留めないと、えらいことになります。
" 居るのが当たり前、ではない。" ということをごんからも学び中のわが家。
健康というのは、恵まれた状態です。
当たり前とは思いません。
毎日めいっぱい、「大好きだよ、ごん。」って言えるのが、しあわせです。



アガサ












Posted on 2017/04/13 Thu. 10:23 [edit]

category: 日常

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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13

どこにいても 

春はイメージとは違って、雨が多いですね。

お越し頂く時には、しのぎ易い方が良いなといつも思います。

どれだけ電車を乗り継ぎ、どれ程長くの時間をかけて来られるのか・・・

遠路はるばるお越しになる方々のお心や決意の強さに思いを馳せながら、

数年に一度程度に帰郷する時に「遠いなぁ」とブースカ思う私の心の狭さに

我ながら情けなく思うばかりです。



Mさんが来られる当日、準備を終えた"静かな時間"に

30代後半ぐらいの男性が来られました。

< よろしくお願いします。>

そうおっしゃって一礼なさいました。

( 私の方こそ、どうぞよろしくお願い致します。)



静かな時間を得るために、瞼を閉じました。

瞼を閉じているにも関わらず、眼球がひどく乾燥して来ました。

( あらあら。眼が乾燥するなんて、珍しい。)

そこには、画面を見ながら黙々とお仕事をなさる姿が在りました。

( あなたは、眼を使いすぎですよ。まばたきをしなきゃぁね。)

そう話していますと、心臓が痛み出しました。

しばらく、継続的に痛みがありました。

( わかりました。心臓が痛かったのですね。)



瞼を閉じていることに飽きてきた私は、眼を開けました。

ぼんやりと外を何気なく見ていたところ、

< こういう・・・このままが心地良いんです。>

( そうですか。Mさんとあなたのご関係のことですね?)

< どちらかが 何か責任を感じていくのは、

 息苦しく思えるんじゃないかと思うんです。>

( 結婚、ということですね。責任というのは息苦しい面だけではありませんが、

 あなたのお気持ち、わかるように思います。)

< 彼女と一緒に居ることは、とても自然なんです。>

( そうでしょうね。伝わってきますよ、あなたのお気持ち。)



少し話が途切れたところで、何気なく外を見ていたところに

二羽の鳥さん達が電線にとまりました。

( あら、まぁ〜。偶然にしちゃ〜、出来過ぎだ。笑)

偶然というのは、本当に面白いものです。



鳥さん達をぼんやり眺めていると

< 金のネックレス・・・>

( 金の? ネックレス?)

と話され、返事をしましたが、その返事はありませんでした。



< どこに行っても、そばにいるから。と伝えてください。>

( それは、どういう意味ですか?引越のこと?)

Yesのような、そこまでハッキリしていないような感じでした。



Mさんが来られる前に話し込んでしまいますと、私、

疲れてしまいますので、話に区切りがついたところで

こちらに切替えました。



Mさんをお迎えしてからの交流のことは、ついこの間ですが

思い出せません。

彼女から早速頂いたメールに大いに助けて頂きましょう。



- - - - -

(略)

頑固な彼はまだまだ健在なんだと安心しました。
頑固すぎてアガサさんに不愉快な想いをさせてしまったのではないかと少々心配しております。
(ア:あちらから不愉快な思いというのは全くありませんよ。大丈夫です。)

二人の想い出詰まった部屋や仕事の事...
悩んでいる私を彼は見ていてくれてるんだと改めて思いました。

彼が亡くなってからも部屋はそのままで「執着」しているだけなのかもしれません。

この部屋を離れたら彼が寂しがるんじゃないか、
彼との想い出が消えて無くなるんじゃないか、
彼だけ置き去りにさせる訳にはいかない...
そんな事を考えていた私に
彼は一歩踏み出す「道」をひとつ作ってくれたのかもしれません。
「何処に行ってもずっと近くに居る」と。
だから縛られる事なく自分の道を歩けと背中を押してくれた気がします。

勿論決めて行動するのは私自身ですが、独りではないと改めて感じました。

(中略)

彼は彼のまま。
少し若くなるかもしれないけど必ずいつか逢える。私の好きな彼に。
だから私も彼の好きな私のままで居ないと‼と思いました。



- - - - -



交流が終わってからも、お話する流れになりました。

多分、Mさんにとって必要だったのだろうと思います。

Mさんが来られる前日から、ちらちらと気になっていた一冊の絵本。

そのことさえもすっかり忘れていたのですが、

交流が一段落してから、また、その絵本のことが気になりました。

これは、お貸しした方が良いということ。

過去に何度かそういうことがありましたので、

あちらの考えだろうと思いました。

私の大好きな絵本の一冊です。

荷物になりますが、お持ち帰り頂きました。

心ゆくまで眺めて頂きたいので、無期限で貸し出しです。(笑)






< しあわせになることを願ってる。いつも。>





彼は、私にはっきりとそうおっしゃいました。

あちらの方々の言葉というのは、心がこもった上での言葉

ですから、とても心に来ます。



Mさんがご心配になっていたことは、

他界すると何か無形のような、魂だけのような感じになって

遠い存在になってしまうのではないか?・・・

すぐに生まれ変わって、別の人になってしまうのなら、

Mさんご自身が天命を全うされた時に会えないのかな?・・・

ということ。

お気持ち、とてもよくわかります。

そうした本にはそう書かれていたり、

こちらの方々がご自分の考えや感覚が正しいと信じ込んで

そのようなことをおっしゃっているのが多いようです。

肉体をまだ持っている私は、そこらへんの実情は、よくわかりません。

だけど、交流を通して話されたことならお話し出来ます。

今まで、他界してすぐに、人が全く別の何かに成るなんて

言われたことがありません。

それに。

何一つ、不安なことや悪いことなど言われたことがありません。



どこに居ても、どこに行っても、

" しあわせになることを願っている。"

それが、彼の思いです。

心です。



私も、そう思います。












こんなに綺麗に咲かせてくれました!
最初に咲く花は、大きいですね。野菜たちもそうです。
次から次へとつぼみが出てきて、とても楽しみです。
切り花にしてしまうのは可哀想な気持ちになりますが、
アガサ部屋をお越し下さる方々のために、昨年に植えたラナンキュラス。
存分に彼女達の美しさをご覧頂きたいと思います。


アガサ










Posted on 2017/04/11 Tue. 15:39 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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