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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

ここにいるよっ! 

- - - - -

壮絶な争奪戦の末、勝ち取られた新アガサ部屋を

訪れることができてうれしかったです。
(ア:建築ラッシュで窓から見える景色や空気が息苦しいため、家族に部屋交換の話合いをしました。笑)

これまでとは異なる景色の中、ゆったりとした気持ちでその時を待ちました。

アガサさんとのお話はいつも楽しく、つい時間を忘れてしまいそうになります。
しかし娘が娘らしくきちんと制してくれました(笑)
今日は、といいますか もしかすると毎回かもしれませんが
娘らしさを感じ沢山笑うことが出来ました。
涙無く娘をしっかりと感じながらの時間はとても有意義でした。

自分のペースに周りを引き込み、場を和ませつつ、自分の世界観をしっかり出す
周囲を細かいところまでよく見ていて、どこか大人びた目線で分析。
私の良く知る娘です。
アガサさんの元にあらわれた娘はそのままでした。

こちらの時間で活動していることには驚きました。
(中略)
それではきちんとご飯を出さないと不満だろうな~と思いました。
冷食NGには恥ずかしいやら可笑しいやらでしたが、手作り心がけます(笑)

一年前からずっと悩んでいたことも、娘の希望を知ることができスッキリしました。
なんとなく感じることは、やはり娘からのメッセージでもあるのかなぁとも思えまし
た。

女の子はいろいろ大変ですね。
今までもこれからも娘が喜んでくれることを心がけていこうと思います。

そうすることが私にとっても幸せですから・・・



私自身、ここ最近の中では特に調子が良かった今日です。
普段家から出ないことも多く運動不足この上ないのですが、
珍しく“歩こう”と思いました。

暑からず寒からずな気候では、娘と散歩をしていました。
なんとなく気分がその頃とリンクしているようでした。

帰りも逗子駅までのんびり歩きました。
なんだかとっても楽しかったです。

(略)

- - - - -


Kさんご依頼の当日朝、家事とKさんお迎え準備に

バタバタしていた最中のことです_

< 私は ここに いるよ!>

そう女の子はとてもしっかりとした声でアピール。

( ん? あぁ、Kさんのご家族ですね。)

ぼんやり気味の私にきっと何度も話しかけてくれたのでしょうね。

” やっと気づいたか!"というような空気が漂っていました。(苦笑)

< ママに そう言ってね。>

( ええ、必ず言いますよ。思い出せたら・・・)

彼女は、きっと私に呆れたと思います。(笑)



Kさんは、何度目でしょうか。2回? 3回目?
(ア:4回目だそうです。失礼致しました。)

覚えていませんが、Kさんとお会いできることも

とても楽しみです。

お互いに顔を見るなり、笑い、

何を話しても、笑い。

楽しい空気がそこいらに充満しています。

こうした空気は交流の際に私を助けてくれます。



「さぁ、おしゃべりで疲れてしまわないうちに(笑)、

 ぼちぼち 始めましょうか。」

そうして静かなわずかな時間を待っていますと、

娘さんは元気な姿で来てくれていました。

いろいろと娘さんは話してくれました。

ママのこと、パパのことも。



< ・・・いつも いっしょなんだよね。 他のも 食べたいなぁ〜 >

と彼女は言いながら、揺らぐ映像を見せてくれました。

( お供えのことね。なるほど。)

「 Kさん、娘さんがね、

 『 いつも いっしょなんだよね。ほかのもたべたいなぁ。』

 っておっしゃるんですよ。おわかりになりますか?」

最後まで話し切る前に、Kさんは大笑いしながら、

ハンカチで汗をふいておられるようでした。

「 お菓子はたくさんいろいろと供えているんですよ。

 だけど、ごはんは・・・そんなに食べないだろうと思って

 ご飯をぺんぺんとたたいたものを供えているだけなんです。」

「 あ〜、よく供えてある、アレですね。ご飯ぺんぺんとね。」

「 そう!(笑)」

「 わかりますよ。(笑)」

「 娘は食べれなかったので。」

「 ええ、そうですね。それはこちらでね。」

「 ええ。」

「 何か話してくれています。ちょっと待ってください。」



( しばし、耳をかたむける )



「 いえいえ。娘さんはこちらではそうだったのは仕方ないですが、

 彼女はとても" 食べる " こと、献立に興味を持っていますよ。」

「 確かにそうでした!病院での食事に興味津々でした。」

「 今は身体が楽になっていますから、娘さんは食べることを

 表現なさっているんです。

 あちらから伝えられることには、すべて意味があります。

 意味のない言葉をポンと言われることはありませんよ。」



娘さんとの話は続きます。

< 友達とね・・・>

という話を切り出され、実に驚くようなことを

話してくれました。



「 Kさん、私もびっくりしているんですけど、そのまま言いますね。

 娘さんは親しいお友達が何人かいて、その方々と・・・

 ・・・えっと、何て言えばいいんだろう・・・

 まるで・・・え?あぁ、わかりますよ・・・

 まるで、お宅拝見みたいなことをね、

 そうです。女の子は、自分ん家にお友達たちを呼びたいでしょう?

 そういう感じで、ですね、お友達のお家に行った時に、

 お供え物をご覧になるようです。

 で、ですね、先程のあの話だそうです。

 まるで、女子会みたいだなぁ〜・・・」



Kさんと私は、驚きつつ、大笑いです。

ふたりして、身体を小さくして、身につまされる思い。



「 見てるんですね。(笑)」

「 えぇ、娘さん、ご覧になってるんですよ。(苦笑)」

とKさんと私はなぜか、小声で話していました。



「 ずっと食べることや献立をチェックすることは

 ないでしょうけれど、今の、流行なんだと思います。

 そこに執着が続くことはありませんから。

 安心なさって。」

「 わかりました。」

「 どうしてもねぇ、この季節、作った料理が

 " 茶系 " になりますもんねぇ〜。

 自分でも、あ、茶色ばっかりだって思いますもん。(笑)」

笑いすぎて、涙がちょちょ切れているKさんは、

そうそうと頷きながらハンカチで目尻を抑えておられました。



母親同士の会話に、娘さんは呆れた空気で

< なんでもいいけど、冷凍は嫌だよ。>

と話されるのです。

( あらまぁ〜、よくご存知ですね。)

< 友達のところ、冷凍だよ、アレって、友達が言ってた。>

( ・・・・・)



「 Kさん、娘さんがね、『 冷凍は嫌だ。』って。」

「 はぁ・・・・(ため息)」

そして、私たちはまた大笑いです。



「 女の子は、大変ですねぇ。(笑)

 チェックが厳しいんですね。

 こちらに居てもあちらに居ても、変わらないんだぁ。」

「 きびしい、ですね。(笑)」

「 手、ぬけませんね。手作り、手料理が良いんですよ、娘さん。」

「 はい。それは、前からそうでした。

 じゃ〜、これからは作らないと、ですね。」

「 ええ。そうですよ。

 ご飯ぺんぺんだけじゃー、駄目だってことですね。」



ふたりで大笑い。

娘さんは、半ば呆れながらだったかも。

まったく " 普通 " の、日常です。





Kさんは、霊感のある知人から突然言われたそうです_

「 娘さん、食いしん坊になるって。」

その言葉を聞かされたKさんは、一体何のことだか

さっぱりわからなかったそうです。

そりゃそうです。

突然予期しないことを言われたら、誰でも???ですよ。

自分のことを言われるのはまだしも、

他界した家族のことを、言われると

無視できないです。

ちょっとした言葉でも、敏感に思ってしまいます。



なぜ、そうした気持ちを想像できないのかなと思います。

思いやりは、想像力の豊かさと関係あります。

便利な世の中は、思いやりを後回しにされるのでしょうか?



とにかく。



あちらから言われることには、すべて意味があります。

無責任なことなど何もありません。

意味がわからないのは、伝え手の責任です。

伝え手には、多くの責任が常にあります。

その責任は、ご依頼人にお伝えして、確認がとれたら

ようやく、肩にのしかかった大きな責任を

おろせるのです。






< わたしは ここに いるよ!>






ママの心の問いかけを

娘は しっかりと言いました。

普段、日常とかけ離れてはいません。

親を忘れる子が、いるもんですか。

愛深い家族を忘れることなんて

ありませんよ。
















= おまけ =

畑に植える時期までの間、自宅で育てています。(家族が)



いちごは、花をつける部分とそうでない部分があるんですって!
本当に知らないことばかり。
来年の5月頃にイチゴは収穫です。冬の果物じゃないんですよ。笑
冬というイメージがあるのですが、それはクリスマスケーキ都合なんですって。苦笑




ご近所さんから頂き物の「ゆず」から種を残しておいて
巻きました。(家族が)
やっとここまで成長しました。
実をつけるまでに「18年」かかるそうです。気の長いことですが、
それまで元気で生きていたいな〜と思います。(笑)

植物の成長は、とても静かで、とても地味。
だけど、確実に成長しますね。
天候や湿度など自然にとても左右されますが
なるほどと思えることがたくさんあります。










アガサ 葉山在住
〜 愛しい家族とのひととき ~




Posted on 2016/10/30 Sun. 08:41 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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30

給食は義務教育ではない。 

なかなか、更新が出来ていませんのに、

回想ではなく、思うことを書いてスミマセン。(苦笑)



問題になっている、給食(給食費)。

選べるようにすれば良いと思いますが、

それで解決するとは思いません。

お金の面では解決するのかもしれないけれど、

子どもが可哀想。

嫌な思いをしてると思います。

子どもは純粋なんですから。

大人には大人の言い分がそれぞれにあるでしょうけど

子どもの言い分は一体誰が聞いてくれるのでしょうか?

ねぇ。



選べるようになったとしたら・・・

お昼ご飯をもたせないご家庭、

お弁当を作るご家庭、

コンビニなどで買ってというご家庭、

家庭の事情でお昼抜きなお子さんも出てくると思います。

我慢してね、その時間になったらどこかへ行くかも。

それはそれで、また新しい問題が発生するでしょうね。



給食費のみならず、

アレルギーの観点からも、給食は難しいですね。

責任の所在が問われますね、学校側にどうしても。

食べることは、各家庭が原点ですから、

他人任せはしづらいですね。



義務教育の " 今迄の当たり前 " を見直していくことで

様々な問題点が改善するでしょうし、

先生方も本来の仕事に集中できると思います。

親御さんの意識も、ハッキリすると思います。

" なーなー " と " 信頼 " とは違うから。



ある国では、学校の授業は昼迄だそうです。

お昼には自宅に帰り、家でご飯を食べるんですって。

で、午後は家で勉強したり、家庭の用事をするそうです。

良いですね。

働いているお母さん達は多い国ですけれど、

家庭での役割を決めているみたい。



" 日本のお母さんは、なんでもやりすぎ。"

と直接、聞いたことがあります。

洗濯や掃除、食器の後片付けや簡単な料理など

家族で持ち回りだそうです。

独り立ちする時に、家事が一通り出来ていることが

" 子育て "のひとつ。

わが家では、宿題をやっていようが何してようが、

ご飯準備の時に、参加しなければ尋ねます、子どもに。



日本の義務教育。

他国の方々と話したり、メールのやりとりで感じるのは

お金がかかる義務教育だなということ。

例えば、教科書。

日本では、毎年、まっさら。個人のものですね。

海外では、個人扱いではなく、

いわば、図書館の本のような感じ。

借りるという具合です。

日本は、教科書というのも裏で色々なことが絡んでいますから

いつまでたっても、毎年、まっさら。

それほど使い込まないのに、勿体ない。

紙の書物には、デジタルにはない、良い面が多くあるので

資源の面からもお考えになったらいいなぁと思っています。



義務教育に関わることは、今迄通りでは合わなくなってきました。

時代の流れなのでしょうか?

それとも、私たち大人たちの常識や良識が失われつつあるから?

後者でしょうね。



義務教育。

全てがタダ(無料)ではありません。

授業料や施設修繕修理費などが税金でまかなわれるけど

給食費は含まれていないのです。



大人がわけのわからないことを言ったら、

子どもが可哀想。

平気な顔をしてみせてるけれど、

子どものそういう気持ちを大人は親は

見過ごしてはいけない。

子どもは純粋なんですから。



本当に、

大人がしっかりせんとあきませんなぁ。

大人がもっと勉強せんと。

文句言うてるだけやったら、アカン。

道にゴミをぽいっと捨ててたらアカンね、大人がね。

子どもに偉そうなこと、言えないわねぇ。



大人がちゃんと生きんとね。

















先月でしたか、友人から頂きました。彼女の手作りです。
「 あんまり上手くないんだけど、アガピーにって思って作ったんだぁ。」
とのこと。
彼女は、私のことをアガピーって呼ぶんです。(笑)面白い人です。








Posted on 2016/10/25 Tue. 12:17 [edit]

category: 思うこと

thread: 子育て・教育  -  janre: 学校・教育

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25

正々堂々と。 

- - - - -

(略)

家に帰りアガサさんとのやり取りを母に話したところ、
その時は結びつかなかった事も色々とつじつまが合い母と涙しました。
祖母や義兄、主人、皆がついていてくれて本当にありがたいと
感謝の気持ちでいっぱいになり、また涙です。

昨日までの私の口癖は主人はどこにいるんだろうばかりだったと
思い出しました。
だからこそ主人は、そばに居る、わかってくれ と言ったんだなと思います。

あまりに辛い状況が続き主人にすがりたい気持ちがあったのだと思いますが、
これからの自分の努力と主人が側についていてくれる事をはげみに、
すべき事をして行こうと思っています。

(中略)

正直、交流中もどこまでお話していいものか決めかねておりました。
言葉足らずなお返事しかできずにおりましたが、ただ自然に任せようと思い直しました。
ズバリ 的を得た言葉が出る度にドキッとし、
最後に言われた「◯○◯○○」と言う言葉で観念いたしました。
この方には包み隠さずお話しようと思いました。

帰りの私は明らかに違っていました。
自分で笑顔になっているのがわかりました。

(略)

- - - - -



お待合せ場所に到着されたYさん(仮)から、

到着しました電話を頂きました。

そのお声を聴き、びっくりしました。

お名前からくるイメージとは全く違ったからです。

名前からくるイメージと声、雰囲気というのが

おおよそ、一致しますので 全く違うとなるとびっくりします。

電話口から聴こえる声は、何とも言えない柔らかな声でした。



アガサ部屋にお越し頂き、そのことを話しますと、

大層、ご謙遜されていました。

仕事柄、声を使われるとのことで勉強しても、

コンプレックスの塊だとか。

周囲の方々はとても素晴しい声をなさっているそうで

叱咤激励をされていますとおっしゃっていました。

「 どうおっしゃっても、私には 深みのある柔らかな声としか

 思えないですよ。」

と申しあげて、少しご説明をして、静かに入っていきました。



とても品のある高齢の女性と 男性。

( ・・・もうひとりおられるようだけど・・・)

順番にお伝えしようと心掛けていますが、

ごちゃ混ぜになってくる時があります。

おふたり両方を少しずつ描写してお伝えしていきますと

高齢の女性の方はおわかりになり、

男性の方も、ほとんど会っておられないようでしたが

おわかりになるようでした。



( ・・・もうひとり、おられると思うんだけどな・・・)

そう思いながらも、高齢の女性(Yさんのお祖母さん)が

凛とした表情と雰囲気でこうおっしゃったのです_

< やらなくてはいけないことがあります。わかっているね?

 それを覚悟して(腹をくくって)やんなさい。>

相当の覚悟が要るのだと思いました。

困難から逃げてはいけない、何か。

ちょっとやそっとではないこと。



Yさんは、何度も、涙ながらに

「 わかります。」とおっしゃっていました。



そうしてしばらくして、

お祖母さんは、ある動きを見せてくださいました。

古い巻物のような、、、、

そうしたものをさっと横に流し、じっと読む動き。

すべてに無駄な動きはなく、静の境地のような空気。

(それは何? 何ですか?)

そう尋ねながら、彼女がしたように見よう見真似で私も

動きに集中しました。



「 こういう動きをなさいます。まるで、古い巻物か何かを

 ざっと横に広げるような動き。こういう感じ。

 私には何だかわかりません。

 ・・・う〜ん、彼女は、どなたかの代弁をなさっていると思います。」

「 わかります。」とYさん。

「 そうですか。おわかりなるのですか。わかりました。」



同時におふたりと交流しながら、

もうお一方を伝えねば・・・。

まばゆい光がその人から発せられ、輪郭さえも見えないのです。

( 困ったな・・・どう表現すればいいんだ?)

そのまま Yさんに伝えました。

そうしますと、

指を動かしているのがすっと見えて、

自然に私の指や腕が動き、

「 こういう感じでね・・・

 こういうふうになことをなさっています。

 なんだろう・・・

 彼は、多くの方々を・・・何て言うか・・・

 こういう表現は私は好まないのですが、

 多くの人々を癒しておられた。

 (どう伝えるかもごもごしながら)

 それにしても、言葉で表現するのは何て難しいんだ。」

語彙力の乏しさに自分で苛つきながら、

腕や指は動くのと、私の頭の中での整理整頓が追いつかないまま

何とか、この方を伝えねば・・・

( あなたは何をなさっているの? 旋律に包まれている・・・)

Yさんが何かを話してくださることも、夢うつつ状態で

聴こえづらく、返事も疎かになり、

申し訳ない気持ちもよぎりながらも

伝えられることに必至でした。



「 ◯○です。主人も私もそれをやっていました。」

「あぁ、◯○か! なるほど!◯○ね!」
※○の数は故意にぼやかして表示しています。

「 指使いが、主人とそっくりです。私には出来ません。」

「 私も、二度と出来ませんよ。」と大笑いしました。



ご主人は、

< 家族に心穏やかな生活をさせてあげたい。>

というようなことをおっしゃいました。

Yさんには、よくわかるお話のようでした。



交流も一段落をした頃、

Yさんから、Yさんご自身のことやご家族が置かれている状態を

少しずつ話してくださいました。



私はそれを聴き、絶句した直後、叫びたい気持ちになりました。

こんなことが現実にあるんだ。なんてこと!

その現実に立ち向かい、

相当の、相当の覚悟が要ることをなさったのです。



勿体振るつもりは微塵もありません。

万が一でも想像によってどこからか伝わりますといけません。

ので、書きません。

Yさんとご家族の身を案じて、ご勘弁ください。





愛する夫のため、家族のために、

権力に物を言わせる人達からの執拗な行いに

心折れながらも、真っすぐな心で努力なさるYさん。

何とも言えない気持ちに私はなり、万感込めて

Yさんの手を握りました。



そんなYさんが口にされた言葉は、

「 私は、同じような境遇におかれている方々の心に

 心から寄り添いたいと思い、選びました。

 現実は、逆に救われることばかりです。

 その方々の日常を考えると私なんて、と思います。

 感謝してもしきれません。」

でした。



いつか、そう遠くない日に、

その柔らかな声が多くの方々の心に響く場所を

訪ねたいと思います。





お帰りになる前、Yさんに言いました。

「 Yさん、私、最初はこの日程をお断りしようと思ったんです。

 私の50才の誕生日なので、ね。

 別に何があるわけではないのですが。笑」

「 そうでしたか。」

「 ええ。だけど、お受けしないといけない、という何かが

 あったのでお引き受けしました。

 お伝え出来て、よかったと思います。

 伝えなければならなかったのだと、今つくづく思えます。」



お伝えしたまなしには わからなかったことも

後日、つじつまが合ってくる。

その時の気持ちは、何とも言えない気持ちです。



普段、手に触れることもなく、見聞きすることもないけれど、

確かに見守ってくれているんだという安心感。

交流の後、その安心感は、長続きしないかもしれない。

だけど、

家族への信頼、思いやりを持続させながら

私たちは、生きてゆかねばなりません。





正々堂々と。
















= おまけ =


ごんの誕生日と私の誕生日は、続きです。
勝手に縁を感じている私です。(笑)
わが家では、「年寄りチーム誕生日」と言われています。
まぁ、好きなように言うときやぁ〜(笑)

※いろいろと贈りものを頂き、家族共々、有難く頂戴致します。












Posted on 2016/10/20 Thu. 16:28 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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頂いたメールより 〜 子育て 〜 

若いお母さんからメールを頂きました。

悩みは全く同じということはありませんが、

誰にも相談出来ず、心労なさっている親御さんに向けて

掲載することに致しました。



= = = = =

(略)

3歳になる元気過ぎる子に手を焼いております。

言葉が遅いせいか叩く行為も増え、友達も攻撃してしまい遊べません。
お散歩も嫌だと道路で全力で抵抗するので、◯○持ちの私の力では
抑えることが難しくどうしたらいいか困ってます。
(補足:持病をお持ちです。)

何度も言い聞かせても治らず癇癪がひどくなる気がします。

霊感のある方に、オーラが◯くてとても気性が激しくて難しいと言われました。
(◯の部分は色をおっしゃったのです)

我が儘ばかりでは社会に適応できないので、
何かわかってもらう良い方法はありませんでしょうか?

誰にも相談できずに悩んでおりメールした次第です。
誠に申し訳こざいませんが、何かアドバイスを頂けたら大変助かります。
本当に突然不躾で申し訳こざいません。

= = = = =



私からのご返信です。

- - - - -

こんにちは。アガサです。

その霊感のある方?の発言が困りますね。

好き放題おっしゃって。

で、どうすればいいの?って感じですよ。困ったもんです。(苦笑)

さて。

息子さん。

手をやく、と思うと焦りますね。親は。

冷静に考えますと、「まだ3才」です。

この世におぎゃーと生まれてからたった3年ですよ。

社会に適応できる3才の子どもさんがどれだけいるのかなと思います。

大人だって身勝手な人が多いですもんね。(笑)

幼稚園や保育園に入るまでは特に、

どんな大人しい子でも親は心配で心配でたまりません。

これで良いんだろうか・・・ってよく思います。

育て易い子が世間一般では「良い子」、それが普通の成長と思われていますけれど、

いやいや、それはどうしてどうしてと思います。

お散歩が嫌だと言うなら無理に行かなくて良いと思います。

お家で絵を描いたり、他の遊びが好きなんだと思いますよ。

ちょうどそのぐらいの頃は、我が強くなってきます。

全部みごとに「いや!」と言います。(笑)

それは成長過程です。



それにしても・・・

その霊感の強い方は、誰のための発言なのでしょうかね?

そのようなことを人様に向けて言うことは

失礼極まりないと思います。

それが「 霊感がある 」とは言えないですよ。

「 霊感がある(と思い込んでいる)= 不躾 」これは困ったもんです。

そういう方々が多いのでしょうか?

思いやりや良識をなくされるのでしょうか?

わかりませんけれどもね。(苦笑)

" 言われる方(親)の気持ちにもなりなさいよ!(怒)"

と思います。(大笑)



さて。

お子さん。

嫌なもんは、嫌。

いいじゃありませんか。

私だって、嫌なもんや嫌だなぁ〜(笑)。

大人だって嫌なんですから、小さなお子さんなら尚更です。

嫌なことを無理にさせるのは、可哀想ですよ。親も子も。

中学生にでもなれば、嫌でもそこそこは勉強せねばならない時代です。

手放しで遊べるのは、小学生の間。

子どもの頃に遊べる期間がないと、あとあと、大変。

いろいろなことを規制していきますと、親もしんどいですもんね。



社会に適応するとは?

歴史に残る偉大な方々は、子どもの頃は一癖二癖、

いろいろあったようですよ。(笑)

3才です。3才。

数年前までは、赤ちゃんだったんです。

泣いて親を呼び、すやすや眠って、また泣いて。ねぇ。



無理矢理、「お友達ぃ」とかというくくりにしなくても

良いと思います。

だって、「お友達ぃ」と言ってるのは、親だけですもん。(大笑)

無理に繋がりを作らなくても大丈夫。

合う繋がりを見つめていくことの方が大事と思います。

親同士のつきあいも、疲れない程度にほどほどになさった方が

ご家庭を見つめることが出来ます。

何が大事なのか、ってとこです。



たまーにね、遊ぶ程度で良いんじゃないですか?

そう思いますよ。



今はどうしても、子どもの人数が少ないですから、

ちょっとしたことでもすぐに

「この子は他とは違う。おかしいんだ・・・」となります。

そして、様々な、新しい症状にあてはめる。

私は、それはちょいと違うんじゃないかって

思っています。



日本は色々と細かくなっているようで、

素晴しい細やかさなら歓迎なんですけど、

そうでもなさそうな空気があります。

本来の社会、真の社会というものに適応していないのは、

私たち大人の方かも、しれませんね。



= = = = =





子どもに向けて、

オーラが◯色だから厳しい、ですって?



だから、何なの?って思いました。



困っている人に対して、

あなたのオーラの色は◯色だから・・・

という発言や考え方は、無責任極まりない。



親は、愛を注ぐこと。

過保護が愛ではないと思います。



子がこけたら、

抱っこして起こしてあげる時期があり、

手を差し伸べる時期となり、

子が泣きながらでも

自ら起き上がる姿をじっと見つめ、

起き上がったら、ぎゅっと抱きしめる時期があると思います。



そうやって、愛の差し出し方は変わっていきます。

それが自然です。

愛をたっぷり注ぐ時期は必要。

ずっと同じでは、互いに成長しません。



手を差し伸べた方が楽ですけれど、

ぐっと ぐっと 我慢して、

胸がぎゅーっとなるのも我慢して、

子どもの命を見守る。



その時期があるからこそ、

子の成長は、ひとしおなんです。



私たち大人が子に示すことは、命を大切にする姿。



皆が皆、大学へ行かなくて良い。

有名大学へ行っても、犯罪に手をそめる人もいます。

やっていいことと、そうでない" 分別 " がない人もいます。

頭さえ良ければ、何やっても許されると勘違いしたまま

大人になる人もいます。



親が何を子に出来るのか。

親が何を子に伝えるのか。

命の大切さを伝え、思いやりを育てることだけですよ。

私はそう思っています。






オーラの色なんて、気にしないで!(笑)

大丈夫!




















Posted on 2016/10/14 Fri. 21:43 [edit]

category: 頂いたメールへのお返事

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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14

母と共に 

お元気でいらっしゃいましたか? 

気がつくと、10月も中旬です。びっくりします。

早いですねぇ、時の流れというのは。

" 最近、ブログ更新されてないなぁ・・・"

" どうしたのかなぁ・・・"

と思ってくださっていると思います。(ニヤリ)



時間のある時には、身の回りの整理をしています。

どういう整理かと申しますと、例えば・・・

頂いたお代から月々、寄付支援している先の検討などです。

何度も何度も考えるんですね、これが。

あーでもない、こーでもないと。

時代の変化と共に、環境も変化していきます。

日本も随分変わりました。

今迄と同じで・・・ということですとどうしても隙間に

油断と怠惰が発生してしまいます。



何もかもが変化していきますが、変わらないのは、

家族を思う愛だろうと思います。

まずは、

Rさんから頂いたメールの一部を掲載させて頂きます。



- - - - -

(略)

ずっと、今日のこの日を心待ちにしておりました。

今回もまた愛おしい娘と話すことができました。

前回よりももっと成長していて、話す内容もずいぶん大人びてきて
しっかりしており、びっくりしました。

でも、やはり言葉遣いや性格はあの子のままなのですね!
懐かしさと嬉しさで胸がいっぱいになりました。

娘を亡くし◯年の月日が経ちました。

泣いてばかりの毎日から少しずつ日々の暮らしの中で
笑顔も出るようになりました。

しかし、ふとした瞬間に襲ってくる絶望感や悲しみは
未だに私たちの心を締め付けます。

そんな時には、交流を思い出し、
「あの子は今も元気に生きている。大丈夫、いつか必ず会えるんだ。」
そう思って心を落ち着かせます。

今日も約一年ぶりにアガサさんを通じて娘と対話をする中で、
改めてあちらの世界を強く確信することが出来ました。

元気いっぱいにアガサさんに話す娘が目に浮かび、
「娘がいる、今ここに!」
途中何度もそのように思いました。

「妹を見張っているよ。」
・・・まさにあの子らしい言い回しです(笑)

(中略)

娘と一緒に来てくれたおばあちゃんですが、アガサさんから特徴を聞いて、
すぐにこの8月に亡くなった義母だと確信しました。
娘にとってのおばあちゃんになります。

娘が亡くなった時、義母は深く悲しみ、よく涙を流していました。
今、あちらの世界で再会できたのですね!

娘亡きあと、病気に苦しんだ義母ですが、最後は本人の希望もあり、
住み慣れた自宅で看取ることが出来ました。

亡くなる前によく私に義母が話してくれたのですが、
「目をつぶると、亡くなった両親が現れるんよ。
 きれいなお花を身に着けて、にこにこ笑っているのよ。
 両親っていうのは本当にいいもんだねぇ。
 ◯○ちゃん(娘の名前です)も目をつぶれば出てくるよ。可愛いの。ふふふ。」
という感じで本当にうれしそうに話されるのが印象に残っています。

その頃、すでに体中が病魔に侵され、限界を迎えていたのに関わらず、
その話をするときだけ本当に穏やかな顔になるのです。

義母の様子を聞き、むこうで元気はつらつとされているのが分かり、
私も心から安心しました。

(中略)

この度はアガサさんに心臓の痛みや貧血の症状を体感させてしまい、
申し訳ありませんでした。
(ア:いいえ、そんなこと気になさらないでください。)


季節が変わり、これから気温も下がってまいりますので、
どうぞお身体お大事にされてくださいね。
(ア:ありがとうございます。お互いに身体を大事にしましょう。)


- - - - -



すべてを受け入れるということは、

気持ちや意気込みだけでは無理だろうと思います。

実際の、様々な経験を通して 自らの心のなかで、

葛藤に次ぐ葛藤の経験や日を重ね、

自ら 導き出したもの_

覚悟に似ていると思われるそれによって

自然になるまで熟成され、

とにかく、じっと待つ。

自分に馴染むまで、心や精神に染み込むまで待つ。

その繰返しがいつしか " 受け入れる " 状態になっている

のではないかと思うのです。



家族を亡くしますと、

人であれ、動物であれ、

自分にとって身近な大切な、失いたくない存在が

手の届かないところに行ってしまったとなると、

正気ではいられなくなります。

様々な感情が波のように 次から次へと押し寄せてくるのに、

現実の生活、日常生活は待ってくれません。

自分の感情に浸れる環境であっても、

自分の感情に浸れない環境であっても、

どちらが恵まれているとは言えないと思います。

どういうことにも二面性(多面性)があります。



娘さんと一緒に来られた義母様は、相当、心臓が弱くなっておられました。

私の心臓はリアルに痛み、激しい動悸となり、

貧血が起こり・・・自分の健康状態と錯覚してしまう程でした。

(確認をする意味でも、その後、健康診断に行きました。)



どなたの時も、毎回そうですが、どなたが来られるとも

わかりません。複数回目であっても、わかりません。

すべてを委ねる、忍耐ぐらいしか私に差し出せるものはありません。

だからこそ、娘さんと再び、交流出来たことは喜びでありました。

成長した" 空気 "を感じる時、歴史を感じます。

ご依頼くださる方との歴史、

ご家族との歴史です。



娘さんは、

お母さんのお仕事について色々とアドバイスなさっていました。

驚きました。

子どもは、本当に よく見ています。

子どもが言うことは、実に 正しい。

大人のように色眼鏡で見ない考えない分、すんなりと私の心に伝わります。

娘さんは、お母さんのお仕事の、突然の変化についても言及されました。

Rさんに伝えますと、とても腑に落ちておられたようです。

とても大変なお仕事に転属され(させられ)、

おそらく、葛藤の日々でおられると思います。



Rさん、覚えていてください。

娘さんがおっしゃったこと、

一緒に働いていると思えることや、

手助けのタイミングのことを。

確か・・・

<いつも、手助けされているって、そんなのないよ。

 本当に、必要な時に、それってわかるんだよ。>

そのようなことをおっしゃっていました。

娘さんがおっしゃっていることはとても正しいと思います。



お父さん(ご主人)のことも、しっかりとご覧になっている。

娘はすごいなぁ〜と思いました。

子はスゴい!

親も負けてはおれませんね。








天職に、楽なことなどないと思います。

厳しいことばかりなように思えると思います。

その大変ななかでほんの一瞬の輝きが有るかもしれません。

軽々とやってのけるようなことは天職ではないと思います。

望んでもいないことがやってきて、

大変なことの連続が いつのまにか 自分の一部に

なってしまっている _

それが授けられた仕事なのだと思います。

どのような仕事も、楽ではありません。

楽な仕事は、そもそも 仕事ではないのです。



吐き捨てるように発せられる辛い言葉は、その方の悲しみの裏返しです。

自分は誰にも大事にされない、愛されないと思い込んでいるから

キツい言葉を相手に吐いてしまうんです。

様々な複雑な感情があって、そう言ってしまうのだと思います。

親の愛を知らないのかどうかは、わかりません。

心底、命の大切さをご存知ないのかも、しれません。

あるいは、心を閉ざすことで自分を守っておられるのかも。

憶測は、いろいろ出来ます。

わかっていることは、

相手にも自分にも、心があるということ。

傷つくほどに、愛は深まります。

ちっぽけな私の人生経験から、

この言葉をRさんに添えたいと思います。



我が子が親よりも先に他界されたその深い悲しみを

深い人間愛としてさらに育まれんことを。

命の大切さを辛い程ご存知だからこそ、

お出来になることがたくさんあります。

あなたはひとりではありません。

それを忘れないでください。



" 母と共に "。


















= おまけ =

町民農園の長老お三方から " 里芋先生 " と呼ばれている家族。
今年初の里芋です。今年は長雨大雨ということがあり、ほとんどの農作物にとっては
被害となりました。
家族は長雨大雨で、毎日毎日、ぼやくわ、愚痴るわで聞かされる方も大変でした。(笑)
だけど、里芋にとっては恵みの雨。里芋はとにかく「水」が必要だそうです。
結果、とっても大きな、見事な里芋に成長しました。




大きさのために、手にとってみました。
ほら、大きいでしょう?!
私の手は女性にしては、大きい方なんです。(と思っています)
手首と手の区切り線から中指の先端まで、18cmはあります。(普通?)
ですから、この手の中にある里芋は大きいんですよ。
茹でて、塩ふるだけでご馳走です!







Posted on 2016/10/12 Wed. 11:59 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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