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2016/09/13.Tue

笑顔のままで

Yさんからご依頼を頂いてから、労りの言葉をメールに何度か乗せて

くださっていました。



世の中には、本当に様々な方々がいます。

" 人と成り " と言うのか " 人柄 " と言うのかわかりませんが

真の人柄(性格?)が出るのは、困った時や悲しい時だと思っています。

楽しい時や順調な時というのは、比較的、自分自身でも広い心を感じます。

自分が窮地に立たされた時であっても、他に思いやりの思いを持てる、

言える、というのは本当に素晴しいことですし、

なかなか、そうした心遣いまで気が及びません。

Yさんをはじめ、労りの心を持ってくださるお気持ちは私を

とても励ましてくれます。有難うございます。



待ち合わせ予定時間の約1時間程前、

私の身体が突然、熱くなり始めました。

ほぼ同時に、若い男性を捉え始めました。

( Yさんのご家族の方・・・かな?

 Yさん方は、多分、あと1時間ぐらいしたら来られますよ。)

何やら言いたげな雰囲気でした。

<あ、じゃ〜、また後で来ます。>

そのような具合で、どこかへ行かれました。



(どなたであっても、あなたがご家族と会えますように。)

そう願いました。

誰であっても、私にはどうでもいいことです。

人は人。

思うことは、みんなの心が 温かくなること。

家族と家族が心があったかくなれば最良ですし、

人と人同士、真の心の交流が出来れば、通い合えば

それが最善。



さあ、そうこうしていましたら、

30分ぐらい前にお電話を頂きました。

ギリギリまで自宅は家族モードにしていますから、

お電話を頂いてから、バタンバタンと戸を閉めたり、

愛犬を居間へ一時的に移動させてから、(笑)

待ち合わせ場所へ。



ご一緒の男性は「 主人です。」とご紹介くださいました。

とても・・・なんと表現しますか・・・(出来そうにありませんが)

ご主人の空気は、持って生まれた"面白さ"がありました。

作った不自然なものがなく、全く自然な 何か、です。
(きっとこの部分を読まれているご主人は嬉々となさっていると思います。笑)



互いにご挨拶をして、少しお茶を飲んで頂いて、

多少のご説明をしてから静かに、始める・・・

予定でした。

1時間程前に来てくださっていた若い男性を

強く捉え始め、どっと波のように押し寄せてくるもので

私の頭の中もひっちゃかめっちゃか。

テンテコマイしていた私に、Yさんご夫婦は

労りの言葉や思いをくださいました。



早口でいろんなことをおっしゃった若い男性。

(この方は、何才ぐらいかな? 10代後半から、最長でも20才ぐらいか・・・)

( 見ようによっては、高校3年生ぐらいにも見えるし・・・あ、10代後半か。)

そんなことを思っていた私は、彼のスピードに乗り遅れていました。

乗り遅れた感を感じながら、

Yさんご夫妻に、若い男性の大体の年頃、髪型や髪質、輪郭や目の感じ、

といった容姿の面と性格の一部を伝えました。

おふたりともおわかりになったようで、泣いておられるようでした。



< ごめん・・・>

(なぜ、泣いてるの?・・・って私、バカなこと言うなぁ。)



彼が< ごめん >と泣いてつぶやいていることを伝えていると

すでに彼は、、、息子さんはスッキリした顔になっていて、

私は取り残された感じを覚えつつ、彼の様子を視ていました。

Yさんご夫妻の間に立っている彼。

「 息子さんは、おふたりの間に立っておられてですね、」

と実況中継していますと、

ご主人が、

「 それをわかっておられて椅子の間隔を開けられたんですか?!」

と驚かれた調子の声で言われました。

「 いいえ。たまたまです。
 
 多分、息子さんもその間が空いてたから、

 たまたま、そこに立たれたんだと思います。

 私にはそんな予知はありません。(笑)」

と、申し上げました。

ここで、「そうですよ。わかっていましたよ。」なんて

言えば " 株 " が上がったのかもしれないし、

交流に " 脚色 " 出来たのかもしれませんね。(大笑)

だけど、

違うもんは違いますから。

交流に " 株 " も " 脚色 " も全く必要ありません。

たまたま、です。

おふたりが座り易いようにと間隔を開けただけ。

私には、息子さんの嬉しそうな、ニタニタとニヤついたような

その表情がとっても可愛く思えて嬉しかったのです。



年頃の男の子がするような表情やジェスチャーをしたり

ちょっとふざけた感じでお父さんに < 親父ぃ >と言ったり。

( あれ?あなたはお父さんのことを「親父」って呼ぶの?

 そうは呼ばれないでしょう?お父さんご本人に向かっては。笑)

私の手前、何か照れくさいんだろうなぁ〜と思いました。



数日前から起こった痛みの場所を伝え、

そこに覚えがあるかどうかをお尋ねしました。

その痛み以外は、何の痛みもなくて、元気そのもの。

もちろん、そのこともおふたりにはお伝えしました。



< 会ったことないと思うんだけど、このじいちゃんと居るよ。>

( あぁ、そうなんですね。)

< 結構、言う人だよ。>

( 口うるさい? 笑)

顔の表情で< まぁ〜、ねぇ〜 >という具合。

年配の男性に注目すると、手に何かを持っておられるものの、

入れ替わってハッキリしない。

槍のようなものか、竿のようなものか、

畑道具のようなものが、瞬時で入れ替わるので困りながらも

そのまま伝えました。

特定には至らないものの、その両方をなさっていたご親戚が

おられるとのことでした。





< 随分、荷物、あるなぁ〜>

( ご自分のでしょう?笑)

< 要らないな〜、こんなに。>



「 ご自分の荷物の多さに呆れておられる様子ですよ。

 まるで 他人事みたいに。その様子がおかしくて。」

「 息子の荷物を全部ひきあげたんです。とても多くて。

 それも聞きたかったです。

 要らないって。じゃぁ・・・」



< 写真は置いといて。見るから。見たいから。>

「 あのぉ、写真は置いといて欲しいそうです。

 子どもの頃の写真なんかも特に。」

ハンカチで目を抑えられて、

「 写真のことも聞きたかったんです。

 そうですか、良かったぁ。

 私たちのことを思って、写真を置いておいてと言ってるんでしょうねぇ。」

( そうなのですか?)

< おれが見たいから。笑>

( 笑。そうみたいね。)

「 自分が見たいから、だそうです。親のため、ではないそうです。笑」




このような会話が続いたあと、

<おれ、究極に生きてる!って伝えてほしいです。>って。

「 息子さんが、<究極に生きてる!>っておっしゃっています。

 究極に生きてる、っておかしな日本語ですね。笑

 若い人の言葉でしょうか。笑

 だけど、彼の気持ちですよ。」

Yさんご夫妻は、その言葉に、息子の気持ちに、

息子の生き生きとしている姿に感激なさっていました。



そろそろ回想も限界のようです。

私の記憶力の乏しさを素晴しくカバーしてくださる、

Yさんから頂いたメール。一部を掲載させて頂きます。



- - - - -

(略)

ブログを拝見させていただくなかで、期待とは別に、きっと息子は
きっと想いを伝えに来てくれると信じていました。
主人は来てくれてもイメージが伝わるくらいと考えていたようです。
なのであんなにも普通に4人で談笑するといった状況になれるとは
想像してはおりませんでした。

交信を始めてくださる前からアガサさんが息子の状態を強く受けてしまわれて、
申し訳なさと有難さと嬉しさで混乱してしまいました。
エネルギーが満ち溢れ口数は少ないけれど秘めたものは人一倍ある息子の性格を
言い現わしづらそうにされているアガサさんに、息子の存在を物すごく感じました。

(中略)

「究極に自由」と言ったり「骨は撒いておいて」とか、「(自分の)荷物が多いなぁ」…
などの表現の仕方は息子らしくて、思わずクスリと笑ってしまいました。
自分が大切にしていた物にも執着せずに身体を脱け出て
「オレは生きているんだから」という言葉に主人は感動しすぎて
帰路は興奮冷めやらずでおりました。

息子と一緒にいてくださっている主人方の親戚のおじいさんが、
どなたか特定出来なかったのが残念で申し訳ない思いです。
もしかしたら…と思う方が2~3人います。ありがたいことです。
いつかわかる時が来ることを願っています。

気になっていた写真ボードは、飾っておいて欲しいと想像とは真逆のことを言われ、
嬉しくて言葉になりませんでした。
無言の帰宅をしてから○○に付すまでの三日間で
私たち家族に与えてくれた○年間の幸せの記録を一枚一枚選び出し貼り付けたもので、
わたしの執着が息子の足を引っ張っているのではという思いと
飾っておきたいという思いでずっと葛藤していました。
同じく大学の友だちが作ってくれたアルバムも開いては涙…
こんな状態では息子はいつまで経っても安心できないだろうなぁと。
わたしが片付けてしまうと思って「あぶなかったぁ~」という表現は
いかにも息子が言いそうで本当に嬉しく苦笑いしてしまいました。

(中略)

声を聞けない、姿を見ることができない寂しさは有りますが、
今回アガサさんにお会いできて「悲しい」という感情が薄れました。
それ程、息子の存在が自然に感じられました。



- - - - -



突然の事故。

突然、我が子の変わり果てた姿を受け入れる親など

この世の中に居ないです。

いつも交流が終わってから、ご依頼人さんのお気持ち、

ご依頼に至るまでのお気持ちを思います。

自分は伝え切ったのだろうか・・・

全力を尽くしても、伝え切れてはいない。

悲しみ、辛さ、悔しさが混じって、涙が溢れてくる感覚を

その涙を ぐっと眼球の奥で抑え、

一滴も流してやるもんか。

自分の感情に負けるもんか! _

私の、子どもの頃からの性分のひとつが

オバハンになった今、私の原動力のひとつなのかもしれません。





Yさんとご主人の言葉が印象的でした_

「 現場に向かう時に 私たちはとても楽しい気持ちになったんです。

 息子が楽しんでいたことを知らせたいのかなと主人と話していました。」

「 あの子の顔は、とても穏やかでした。フッと笑っているように思えました。

 口もとが笑っているようでした。」

「 あの時に私たちが感じた楽しい気持ちは、あの子が知らせてくれたのかな・・・」



彼に尋ねてみました。

それもお伝えしました。



私自身は、こう思います_

愛しい家族が、

嬉しい気持ちや楽しい気持ちを知らせてくれたと思うことは、

誰に迷惑をかけることでもないのです。

それが憶測であれ、なんであれ、

嬉しいと思えることは、良いと思います。



愛で繫がっている者同士、

愛で繫がっている家族同士、

温かい心というのはいつでもどこにいても

届くのですから。






" 笑顔も、性格も、

あの子のまま。"

何も変わらんのです。

遠くに行ってはいない。

遠くに行ったと思っているのは、

私たちのなかにある、

身についてしまった"物質的な考え"によるもの。






「 笑顔だったんです、息子は。」 

そう思えたことは、冷静で、心で接しておられたことだと思います。

スゴいことです。

その思いは、瞬時に、息子さんを救ったと思います。















なんでしょう?! このダランとしたうっとりした表情は!(笑)
どんなにお世話をしていても、愛犬のご主人様には適わないですね。(笑)
怒られても、厳しくされても、このとおり。(チェッ 笑)

この秋で15才になりますから、身体機能は低下していって自然。
肉体は劣っていっても、存在と心は永遠です!
大好き、ごん。

さ、おむつ、換えよか!(大笑)

※16th Sep.追記
ごんは、おむつ生活ですが とても元気です!
食欲も元気さも、顔に出来ていた大きな腫瘍が奇跡的に取れてから
すごくあります。
ご心配くださり、ありがとうございます。ごんは幸せもんです。





愛しい家族、大切な人との交流 | Comments(1)
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