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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

日常のこと 

私が大切に思っていることは、

普段の生活

日常

現実

飾り気の無い、そのままの姿。



けれども、

自分が大切に思っていることが本当にそうかどうかは

わからないものです。

心からそう思っていると信じ込んでいるだけなのかもしれない・・・

思っていることや考えていることと

実際の行動が伴っているんだろうか?・・・

そんなふうに自分自身のことを思います。



先日、北海道のYさんご夫妻から、すごく新鮮なさんまが

たくさん届きました。

気候の厳しいところの作物やお魚は、ことの他に思います。

旬のものを頂くのは、その季節の身体に必要なものですから

最高のご馳走です。

少しだけご近所さん方におすそわけをして、

「 さあ!届きたてを頂こう!」

と私は、さんまを捌き始めました。

「 ここをこうやって、こうするんだよ。」

「 ここはね、こうした方がこうだから、こうするんだ。」

というような簡単な説明をしながら(笑)、捌きました。

子どもの表情も真剣そのもの。



すると、自分がふたり重なったかのような感覚になり、

心臓はドキドキするわ、

指先は震えてくるわ、で びっくりしました。

( 私と違う・・・)



でも、こういうことは長年の茶飯事なことなので

お得意の " すぐ忘れ " で忘れてしまいました。



翌日のご依頼時、お伝えの最中に、突然、

< 魚を捌くことが怖かった >

と言われたのです。

直前まで違う話を聞いていただけに、突然の話題展開で、

少し驚きつつも、

ご依頼人Nさんにそのことをお伝えしました。

「 お母さんは魚を捌くのが苦手だったようです。

 同時に私の昨日のことを思い出させてくれました。

 昨日、私がたまたま、魚を捌く機会があり、

 すごく動揺させられたのです。

 おかしいなと思っていたのですが、なるほど。

 私が妙に納得しました。

 お母さんのそのことは、ご存知でしたか?」

Nさんは、

「 いいえ。母がそうだったかどうかはわかりません。」とのこと。

私は、

「 いいんですよ。おわかりにならないことはそのままで。」

魚を捌くことについては話が通り過ぎていました。



後日、Nさんからご連絡を頂きました。

- - - - -

(略)

父に確認したところ、母は魚をさばくのが苦手だったようです!
知らなかったのでびっくりです。

何度も連絡してしまいすみません。
これだけは伝えておきたかったのです。

- - - - -



私は、胸いっぱいになりました。



魚を捌く、なんて本当に日常のこと。

とるに足りないことなのだろうと思います。

だけど、それを知らせてくださった。

知らなかったことが、後にそうだったと知らされる_

この衝撃は、Nさんにとって大きな喜びになったと思います。



家族だと思えること。

証拠。

証拠の数。

正直、私は「 数 」にはこだわりません。

数にこだわってしまうと、味気ない交流になり、

交流してくださっている方々にとても失礼な気持ちになります。



極端なことをいえば、

" たったひとつ。"

たったひとつであっても、

それを伝えてくれた家族の気持ちを思いますと

愛しい、

嬉しい、

と思えるかどうか・・・

です。

思いやりというのは、そういうことなのだと思います。



なんでも、多いに越したことはないのかもしれません。

だけど、数が多いと人間というのは"感覚"が麻痺してきます。

愛着が薄れる。

思いが薄れる。

感覚が鈍る。

感性が乏しくなる。

相手の立場になって考える想像力が乏しくなる、

という具合です。

本当に大事なことやものは、そんなに多くないのです。



大変な交流状態もありますし、

身体が楽な交流もあります。

辛い交流もあれば、

喜びと楽しさにあふれた交流もあります。



大切に思っていることが、

Nさんの後日ご連絡で、私自身に対しても

自分の"本当"を証明されたんだと思えました。

だから、

胸いっぱいに なったんです。



魚を捌くなんて、すごく地味で特別なことでもないけれど、

常日頃を大事にしているからこそ、

伝えることが出来たんだと思いました。

誰にでも当てはまりそうで、当てはまらない。



Nさんのお父さんは、突然、娘からそういうことを

尋ねられ、びっくりされたと思います。

だけど、

( お母さんだ。そうそう、苦手で怖がっていた。)

と懐かしい気持ちになられたかもしれません。



日常のことなんて、

忘れていきます。

自分に関係のある、よっぽどのイベント的な事でない限り、

人は忘れていきます。



イベント的なことに、家族の愛が在るのではなくて

苦手なこと、怖かったけれど、

家族のために、勇気を出して魚を捌いていた母の愛に

すごく感動しました。



お母さんは、

本当に怖かったんですよ。魚の捌きが。

だけど、家族の健康のために、なさった。

どれくらい苦手に思われていたのかは、わかります。

私が捌いていた時、突然、怖く思えたんですもの。(苦笑)

お母さんのお気持ちだったんですね。







< 娘ともうすこし、話していたかったんです。

 そばにいたかった。

 その分、いま、こうして孫と遊んだり、

 ご飯の準備を手伝ったり(見守る)できるのが

 穏やかでしあわせです。>




Nさんには、

「 お母さんはそうおっしゃっています。

 私からするとまるで、上京してるという感じです。

 しばらくしたら、お父さん(ご主人)のところに

 お帰りになりますよ。」

と 伝えました。






どうぞ、ごゆっくりなさってください。











= おまけ =

前橋在住の友人に料理研究家の先生がいます。
彼女は身体に自然なものを食材にして、とても美味しいものを作り出します。
子どもの誕生日に「遅れた〜!ごめんね!」というメッセージカード付きで
送られてきた手作りお菓子たち。
食材を厳選につぐ、厳選し、考えに考えて。あくなき研究を地道になさってます。
だからでしょうね。他のお菓子たちとは違うんです。
とても温かい空気で、ほっこりします。安心して食べられます。
彼女が作るお菓子やお料理は、あっという間に完売するそう。
姉であり心友であるKさん手書きのメッセージカードに書かれた
「完売」文字には、納得です。






テーブルに座ると膝のあたりに、熱い空気が。ハァハァと。。。
ごんです。ごんの息。
「 食べたい。くれ。」でしょうか・・・(笑)
あげないよ、ごん。
そのかわり、ふかしたお芋さんをあげるから。

まったく、イジワルで食い意地の張ってる私とゴンです。











Posted on 2016/09/28 Wed. 13:00 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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28

普通に生きるとは 

以前何度かご依頼頂いた方から、お久しぶりのメールを

頂きました。 

可愛い純粋な心の持ち主の " 姪っ子 " への返信の一部です。

同じようなことを ふと思われている方がおられるかも

しれませんのでこちらにも書かせて頂きました。



普通に生きるとは・・・?



- - - - -


" 普通に生きる。"

私がよくそう言ったり、書いたりしていますのは、

自分自身のこれまでの人生を振り返って、

また、世間の人々の動きを見て、そう思います。



普通に生きるというのは、

多分、いろいろ経験した後にそう思えるのだろうと思います。

平坦な生き方が人生経験が浅い、とは言えませんが、

若い頃、

比較的平穏な温かな家庭環境でしあわせそうに

暮らし続けている知人友人達と自分を比べて、

(なんで私は普通に、落ち着いた生活が出来ないんだろう。

 そう望んでいるのになぁ・・・どうしてなんだろう?)

そんなように思っていました。



様々な自分の欲、他人の欲に振り回され続け、

45才過ぎた頃、ようやく、

生きるとはどういうことなのかと分かり始めてきたような

気がしています。



人生の波風を経験したからこそ、

普通に生きる、平凡に生きる、

この有難味をしみじみと味わえるように思います。



若い時はもちろん、我欲めらめらの時期もあって、

心身もエネルギッシュですから

楽しい!悲しい!ということがとても大きな波のように

押し寄せる時期でもあります。

そういう経験を、この年齢になって(あぁ、そうか)と思えます。

若い頃の思い出。

経験しといて、良かったのかもって感じ(笑)。

経験しなくてもよかったのでは?と思うこともありますが

まぁ〜、そんなふうに思ってみても今更どうしようもありません。



若い時だからこそ、

感情が激しく、

言い方を変えれば、大袈裟で(笑)、

困った時や悲しい時の手立てや術が分からなくて途方に暮れる・・・

失敗の連続、繰返しでした。

今なら、あの時はああしたら良かったのにな~と思いますが、

あの時は、そうすることで精一杯だったんで、まあいいかと思います。

若気の至りっていうね、アレです。(笑)

それに、

失敗って、何が失敗なんだか あやふやなもんですから。

一方向からすると失敗でも、別の方向からすると

失敗ではないこともありますもんね。



「 普通 」というのはとても抽象的で、

人によってその捉え方や感じ方は違います。

違いますが、

やっぱり普遍的なもの基本的なものというのは

そうは違わないように思います。



普通に生きる。



平坦な、無感動な、何もしないということではありません。

毎日、様々なことがありますから、

その様々なことにぶち当たっても、

優しさやちょっとした勇気、などなど

日常生活に思いやりや情けを持って生きつつ、

自分本位な危険なことには近寄らない、やらない、という

自己防衛と良識が大切と思います。



人生って いろいろ。

年齢と共に、生きることが少しずつ楽になるように思います。

楽になる、という意味は、許せることが増えてきたり、

あまりカッカしないというような意味です。

年を重ねることが、こんなに自分を楽にしてくれるとは

若い頃は思ってもみませんでした。(笑)



若い時は、友達や知合いの数で自分を満たしていた時期も

あるかもしれません。

人の出入りが激しかったような気がします。

いろんなことを経験していくなかで

人との繋がりというのは、

数ではないと思えるようになりました。



自分を偽らず着飾らず、素のままで接していたい。

繋がりが円熟してくると互いに空気のような存在に

なっていくように思います。

それが本当の「繋がり」なのだろうと思えます。

親しき仲にも礼儀があることも大切なこと。

私はそう思います。



存在しているから、悩み考えます。

そして、

人生を楽しむことも大切。



人生は長い短い、ではなくて

自分で良かったと思えたら

それで良いと思います。



普通に生きるということは、

自分の良心に偽らずに生きる、

ということなのかもしれませんね。

私もまだ人生の途中ですが、

普段着のような生活が一番居心地良いなと

思えるようになりました。



泣いて

笑って

怒って

楽しんで。



普通に生きるっていうのは、

自分のいろんな感情があって良いんじゃないかなぁ。

どれかに偏ってると 不均衡になるんじゃないかなぁ。

わかりませんけれどね。(苦笑)












おじぎ草の花です。
かっわいいでしょ! 小さな花火みたいです。
この小さな花火の直径は大体、2〜3cm弱ぐらいかな???だと思います。
雨風いっぱい受けても、咲いてます。








Posted on 2016/09/21 Wed. 07:40 [edit]

category: 思うこと

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21

家族全員並んで 

Yさんからのご依頼は、確か、今年の夏休み前に頂いたと思います。

私の家族への配慮や均衡を量るために、日曜を定休としたのは、

Yさんからのご依頼の後でした。

にもかかわらず、

「 もし、土曜日が大丈夫でしたら、土曜日に変更したいと思います。」

そうメールを頂きました。

ご自身が悲しいなかに在りながら、思いやりを差し出してくださる心に

感激しています。



前夜、眠る前の楽しみの読書。ゲド戦記を読み進めていまして、

シリーズ5の「ドラゴンフライ」を読んでいました。

本の世界に入り込んでいたところに突然、

どこかの訛りがまじったような・・・(9割5分覚えていません)

< 身体は大事にせんとなぁ〜、なんとかかんとか、

 なぁ〜、母さん。>

というようなことを話されました。

( 私に話しかけてくださっているんですか?すみません、ぼーとしてました。
 
 確かに。そうですよね。そうですよ。健康が良いですね。)

( かあさん? 母さんって呼んでおられるの?・・・ま、いっか。)

とても温かい空気と言葉(思い)でした。

思わず、ふふふと笑った後、本をまた読み続けました。



当日の朝。

どうも、身体がしんどいな・・・

なんだか熱っぽいな・・・

これは、風邪のような感じかな?・・・

この方はかなり具合が悪かったんじゃないかな・・・

自分の、急激な体調変化を観察しながらも、

実際に しんどくなる自分を割り切るしかありません。

ぼぉーとしていく頭の感覚、

あれもこれもやっておかなきゃ、

だけど、どこかで線引きしないといかんなぁ・・・

そんなことを次々に浮かんでは消えながら。



到着のお電話を頂き、ばたんばたんといつもの如く、

家中の扉をしめて、

愛犬を一時、居間の方へ移動させてから待ち合わせ場所へ。



お待合せ場所に行きますと、息子さんとご一緒でした。

最初はYさんおひとりの予定でしたが、息子さんのお仕事の都合で

ご一緒出来ることに成られたそうです。

" 心の優しい子です "

Yさんから同席ご連絡メールにそう書いておいででした。

お出迎えの瞬間に、心優しいだけでなく、心深い方なのがわかりました。



少し時間がありましたので、簡単なご説明をしたり、私自身の常日頃

考えていることなどもお話ししました。

他愛もないおしゃべりのような感じです。



そうして、静かにしていますと、60代ぐらいの男性を捉えました。

気持ちの良い方。

本当に。



私が知り得たことをお伝えしていると、

ご依頼人さんの確認をとらなくても、空気から返事が伝わってきます。

けれども、あえて、確認をとるようにしています。

特に、最近は、交流中、耳が遠くなるのか、

ご依頼人さんがお話される言葉が聴き取りにくい(聴こえづらい)のです。

(聴く姿勢でいるのに、聴き取りにくいのは、ちょっと問題です。)

ですから、空気から返事が伝わるわかるというのはとても助かるのです。(苦笑)



どのような些細なことからでも、ご依頼人さんが認められると

ご本人はとても喜ばれます。本当に、喜ばれます。

その姿を視て、私も嬉しくなります。



妻であるYさんへの言葉(思い)、

ご同席なさった息子さんへのアドバイスをおっしゃって

おふたりとも、感激なさっていたご様子でした。

その言葉は、他の方が聞かれますと当たり前か普通に

思われると思います。

でも、家族は違うんです。

以前からよく言っていた言葉だったり、

自分たちの今を知ってくれているのだと思えるのです。

それが、家族というものだと思います。

特別なことではないのです。

前から一緒。

変わらない。



お父さんと呼ばせていただきます。

お父さんは、いくつかびっくりするようなことを

視せてくださいました。

< 年末に・・・家族みんなで集まって・・・>

( ええ。伝えます。)

横並びにずらっとご家族が並んでいるところを

視せられた私は、信じられない光景でした。

同時に、なんとも愉快な楽しい気持ちになりながら、

「 子どもたちも、ご家族全員で横にずらっと並んでおられるんですよ。」

と笑いながら話しました。



Yさんと息子さんはお互いの顔を見合わせながら、

びっくりしながら、だけど、嬉しい表情(だったと思います)で、

「 そうなんです!うちは、毎年、家族全員でずらっと並んで

 家族写真を撮っています。それこそ、猫も犬も並んで!」

あらま〜!

なんて、羨ましいことでしょう。

私の小さな家族達は経験していないことです。

本当に素晴しいことです。

毎年、家族みんなで並んで写真を撮るなんて!

しかも、横並びに!

(拍手もんです。)



もうひとつ、びっくりしましたのは、

お父さんが赤ちゃんを腕に抱いておられたのです。

伝えたかったのは、

< 泣き止まない時には、息子が腕に抱っこするといい。>

そのまま伝えました。

< このことを思い出して、この子は安心すると思う。>

何とも言えない、例え難い、深い愛情で私は胸いっぱいになりました。



Yさんが忙しく、バタバタされていることをご存知でした。

< 孫たちが小学生ぐらいになってきたら、>

( はい。なってこられたら?)

< いろいろと思うところが出てくるだろうし、子どもたちからも

 頼まれることが増えてくるだろうけど、>

( はい。)

< 本人達、夫婦に任せておくこと。ほっとけ。>

(わかりました。)

< ほっとくことは、難しいんだ。(笑)けど、それも大事だ。>

(はい。伝えます。)



Yさんはすべてお分かりのようでした。

そして、予想できうることだとおっしゃっていました。



泣かれながら、

「 主人と約束したんです。どちらかが先にいったら、

 見守ってるよって。」

「 わたしが先にいったら、主人の傍にいて見守ってるって。」

「 わたしは泣き虫なんですが、看病をしているものが泣いてたら

 不安になるだろうと思って泣かなかったんです。

 そしたら、『 強いなぁ 』って言われて。(泣)

 強くなんかないのに。仕方ないじゃないって。」



後日、Yさんから頂いたメールの一部を掲載させて頂きます。

悲しいニュースが増えた今、家族が助け合う思いやりあうのを

見聞き出来ることは心に暖かな火が灯るようです。



- - - - -

(略)

帰ってから、長男夫婦に、そして今朝は三男に。

次男の嫁には次男から、それぞれ主人との交流について話しました。

皆、" 父さんらしい話し方だね。"

" 父さんが言っていたことだね。"

そして、年末年始の集まりと記念写真の事では、" 間違いない父さんだね "と確信していました。

お嫁さん達は泣きながら、でも「いい家族でしょ!」と主人が自慢していたと知り、

「お父さんらしい」と笑っていました。



約束通り、いつも見守っていてくれる‥

姿は見えなくなったけれど、主人を感じることができてとても幸せです。

子供達もそれぞれ、主人の言葉を大切に胸において、人生を生き抜いてくれると思います。

(中略)

帰り道、次男はとても晴れやかな顔をしていました。

私は また今日からいつも通り家事をして孫と遊びます。

いつも通り‥これが かけがえのないものですね。

(略)

- - - - -



お子さんが三人もいらっしゃって、全員、男の子。

男の子が三人もいると、母親は本当に忙しいです。

お三人共、心立派に育たれたのは、

もちろん、ご本人方の努力に寄りますが

それだけではないと思います。

「 毎年、家族が集まる 」というのは、

本当に大事なことだとしみじみ思います。

私はそれが出来ていませんから余計にそう思います。

ご主人、Yさん、息子さんから頂いた交流の通して、

つくづく考えました。





家族全員集まって、

並んで、

記念撮影。








お父さんが視せてくださった、印象的なこと_

旅行に行って、楽しそうな表情をなさっているYさんのお顔。

Yさんはとても楽しそうです。

とても可愛い顔をして。

とても嬉しそうなYさん。



長年連れ添った母さんを愛しく思うお父さん。

彼は、にこにこされて、忙しい母さんを見ておられます。





良うございました。











= おまけ =

子どもの用事で帰ってきたら、↑このようなものが食卓にありました。
私「 わ、おいしそう!『おめでとう』って何がおめでとうなん?」
家「 ほら、もうすぐ・・・」
私「 私の誕生日は来月やけど・・・・・・・あ!そうか!」
私「 あ〜、なるほどね。敬ってるってことやね、年寄りをね。」
家「 そうそう。一応、敬っておこうかなってね。」
私「 敬老の日、万歳!」(大笑)

まぁ、わが家では私への扱いが「おばあちゃん」なんでね、有難いことで!
焦げ気味ですが、ふんわりオムレツでした。ごっそうさん!





Posted on 2016/09/18 Sun. 16:26 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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18

お香 

毎朝、お香を焚く自分に

( なんで焚いてるの?)

ふと 思いました。





他界した人達のためではなく、

肉体を持っている皆に向けて。



心に、和平が 成されるように・・・。





空気に伝わり、空気から伝わり。

伝わったらいいな と思うけど

伝わらなくても いい。





そう思いながら、今朝も お香を焚く。











Posted on 2016/09/14 Wed. 08:16 [edit]

category: 日常

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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14

笑顔のままで 

Yさんからご依頼を頂いてから、労りの言葉をメールに何度か乗せて

くださっていました。



世の中には、本当に様々な方々がいます。

" 人と成り " と言うのか " 人柄 " と言うのかわかりませんが

真の人柄(性格?)が出るのは、困った時や悲しい時だと思っています。

楽しい時や順調な時というのは、比較的、自分自身でも広い心を感じます。

自分が窮地に立たされた時であっても、他に思いやりの思いを持てる、

言える、というのは本当に素晴しいことですし、

なかなか、そうした心遣いまで気が及びません。

Yさんをはじめ、労りの心を持ってくださるお気持ちは私を

とても励ましてくれます。有難うございます。



待ち合わせ予定時間の約1時間程前、

私の身体が突然、熱くなり始めました。

ほぼ同時に、若い男性を捉え始めました。

( Yさんのご家族の方・・・かな?

 Yさん方は、多分、あと1時間ぐらいしたら来られますよ。)

何やら言いたげな雰囲気でした。

<あ、じゃ〜、また後で来ます。>

そのような具合で、どこかへ行かれました。



(どなたであっても、あなたがご家族と会えますように。)

そう願いました。

誰であっても、私にはどうでもいいことです。

人は人。

思うことは、みんなの心が 温かくなること。

家族と家族が心があったかくなれば最良ですし、

人と人同士、真の心の交流が出来れば、通い合えば

それが最善。



さあ、そうこうしていましたら、

30分ぐらい前にお電話を頂きました。

ギリギリまで自宅は家族モードにしていますから、

お電話を頂いてから、バタンバタンと戸を閉めたり、

愛犬を居間へ一時的に移動させてから、(笑)

待ち合わせ場所へ。



ご一緒の男性は「 主人です。」とご紹介くださいました。

とても・・・なんと表現しますか・・・(出来そうにありませんが)

ご主人の空気は、持って生まれた"面白さ"がありました。

作った不自然なものがなく、全く自然な 何か、です。
(きっとこの部分を読まれているご主人は嬉々となさっていると思います。笑)



互いにご挨拶をして、少しお茶を飲んで頂いて、

多少のご説明をしてから静かに、始める・・・

予定でした。

1時間程前に来てくださっていた若い男性を

強く捉え始め、どっと波のように押し寄せてくるもので

私の頭の中もひっちゃかめっちゃか。

テンテコマイしていた私に、Yさんご夫婦は

労りの言葉や思いをくださいました。



早口でいろんなことをおっしゃった若い男性。

(この方は、何才ぐらいかな? 10代後半から、最長でも20才ぐらいか・・・)

( 見ようによっては、高校3年生ぐらいにも見えるし・・・あ、10代後半か。)

そんなことを思っていた私は、彼のスピードに乗り遅れていました。

乗り遅れた感を感じながら、

Yさんご夫妻に、若い男性の大体の年頃、髪型や髪質、輪郭や目の感じ、

といった容姿の面と性格の一部を伝えました。

おふたりともおわかりになったようで、泣いておられるようでした。



< ごめん・・・>

(なぜ、泣いてるの?・・・って私、バカなこと言うなぁ。)



彼が< ごめん >と泣いてつぶやいていることを伝えていると

すでに彼は、、、息子さんはスッキリした顔になっていて、

私は取り残された感じを覚えつつ、彼の様子を視ていました。

Yさんご夫妻の間に立っている彼。

「 息子さんは、おふたりの間に立っておられてですね、」

と実況中継していますと、

ご主人が、

「 それをわかっておられて椅子の間隔を開けられたんですか?!」

と驚かれた調子の声で言われました。

「 いいえ。たまたまです。
 
 多分、息子さんもその間が空いてたから、

 たまたま、そこに立たれたんだと思います。

 私にはそんな予知はありません。(笑)」

と、申し上げました。

ここで、「そうですよ。わかっていましたよ。」なんて

言えば " 株 " が上がったのかもしれないし、

交流に " 脚色 " 出来たのかもしれませんね。(大笑)

だけど、

違うもんは違いますから。

交流に " 株 " も " 脚色 " も全く必要ありません。

たまたま、です。

おふたりが座り易いようにと間隔を開けただけ。

私には、息子さんの嬉しそうな、ニタニタとニヤついたような

その表情がとっても可愛く思えて嬉しかったのです。



年頃の男の子がするような表情やジェスチャーをしたり

ちょっとふざけた感じでお父さんに < 親父ぃ >と言ったり。

( あれ?あなたはお父さんのことを「親父」って呼ぶの?

 そうは呼ばれないでしょう?お父さんご本人に向かっては。笑)

私の手前、何か照れくさいんだろうなぁ〜と思いました。



数日前から起こった痛みの場所を伝え、

そこに覚えがあるかどうかをお尋ねしました。

その痛み以外は、何の痛みもなくて、元気そのもの。

もちろん、そのこともおふたりにはお伝えしました。



< 会ったことないと思うんだけど、このじいちゃんと居るよ。>

( あぁ、そうなんですね。)

< 結構、言う人だよ。>

( 口うるさい? 笑)

顔の表情で< まぁ〜、ねぇ〜 >という具合。

年配の男性に注目すると、手に何かを持っておられるものの、

入れ替わってハッキリしない。

槍のようなものか、竿のようなものか、

畑道具のようなものが、瞬時で入れ替わるので困りながらも

そのまま伝えました。

特定には至らないものの、その両方をなさっていたご親戚が

おられるとのことでした。





< 随分、荷物、あるなぁ〜>

( ご自分のでしょう?笑)

< 要らないな〜、こんなに。>



「 ご自分の荷物の多さに呆れておられる様子ですよ。

 まるで 他人事みたいに。その様子がおかしくて。」

「 息子の荷物を全部ひきあげたんです。とても多くて。

 それも聞きたかったです。

 要らないって。じゃぁ・・・」



< 写真は置いといて。見るから。見たいから。>

「 あのぉ、写真は置いといて欲しいそうです。

 子どもの頃の写真なんかも特に。」

ハンカチで目を抑えられて、

「 写真のことも聞きたかったんです。

 そうですか、良かったぁ。

 私たちのことを思って、写真を置いておいてと言ってるんでしょうねぇ。」

( そうなのですか?)

< おれが見たいから。笑>

( 笑。そうみたいね。)

「 自分が見たいから、だそうです。親のため、ではないそうです。笑」




このような会話が続いたあと、

<おれ、究極に生きてる!って伝えてほしいです。>って。

「 息子さんが、<究極に生きてる!>っておっしゃっています。

 究極に生きてる、っておかしな日本語ですね。笑

 若い人の言葉でしょうか。笑

 だけど、彼の気持ちですよ。」

Yさんご夫妻は、その言葉に、息子の気持ちに、

息子の生き生きとしている姿に感激なさっていました。



そろそろ回想も限界のようです。

私の記憶力の乏しさを素晴しくカバーしてくださる、

Yさんから頂いたメール。一部を掲載させて頂きます。



- - - - -

(略)

ブログを拝見させていただくなかで、期待とは別に、きっと息子は
きっと想いを伝えに来てくれると信じていました。
主人は来てくれてもイメージが伝わるくらいと考えていたようです。
なのであんなにも普通に4人で談笑するといった状況になれるとは
想像してはおりませんでした。

交信を始めてくださる前からアガサさんが息子の状態を強く受けてしまわれて、
申し訳なさと有難さと嬉しさで混乱してしまいました。
エネルギーが満ち溢れ口数は少ないけれど秘めたものは人一倍ある息子の性格を
言い現わしづらそうにされているアガサさんに、息子の存在を物すごく感じました。

(中略)

「究極に自由」と言ったり「骨は撒いておいて」とか、「(自分の)荷物が多いなぁ」…
などの表現の仕方は息子らしくて、思わずクスリと笑ってしまいました。
自分が大切にしていた物にも執着せずに身体を脱け出て
「オレは生きているんだから」という言葉に主人は感動しすぎて
帰路は興奮冷めやらずでおりました。

息子と一緒にいてくださっている主人方の親戚のおじいさんが、
どなたか特定出来なかったのが残念で申し訳ない思いです。
もしかしたら…と思う方が2~3人います。ありがたいことです。
いつかわかる時が来ることを願っています。

気になっていた写真ボードは、飾っておいて欲しいと想像とは真逆のことを言われ、
嬉しくて言葉になりませんでした。
無言の帰宅をしてから○○に付すまでの三日間で
私たち家族に与えてくれた○年間の幸せの記録を一枚一枚選び出し貼り付けたもので、
わたしの執着が息子の足を引っ張っているのではという思いと
飾っておきたいという思いでずっと葛藤していました。
同じく大学の友だちが作ってくれたアルバムも開いては涙…
こんな状態では息子はいつまで経っても安心できないだろうなぁと。
わたしが片付けてしまうと思って「あぶなかったぁ~」という表現は
いかにも息子が言いそうで本当に嬉しく苦笑いしてしまいました。

(中略)

声を聞けない、姿を見ることができない寂しさは有りますが、
今回アガサさんにお会いできて「悲しい」という感情が薄れました。
それ程、息子の存在が自然に感じられました。



- - - - -



突然の事故。

突然、我が子の変わり果てた姿を受け入れる親など

この世の中に居ないです。

いつも交流が終わってから、ご依頼人さんのお気持ち、

ご依頼に至るまでのお気持ちを思います。

自分は伝え切ったのだろうか・・・

全力を尽くしても、伝え切れてはいない。

悲しみ、辛さ、悔しさが混じって、涙が溢れてくる感覚を

その涙を ぐっと眼球の奥で抑え、

一滴も流してやるもんか。

自分の感情に負けるもんか! _

私の、子どもの頃からの性分のひとつが

オバハンになった今、私の原動力のひとつなのかもしれません。





Yさんとご主人の言葉が印象的でした_

「 現場に向かう時に 私たちはとても楽しい気持ちになったんです。

 息子が楽しんでいたことを知らせたいのかなと主人と話していました。」

「 あの子の顔は、とても穏やかでした。フッと笑っているように思えました。

 口もとが笑っているようでした。」

「 あの時に私たちが感じた楽しい気持ちは、あの子が知らせてくれたのかな・・・」



彼に尋ねてみました。

それもお伝えしました。



私自身は、こう思います_

愛しい家族が、

嬉しい気持ちや楽しい気持ちを知らせてくれたと思うことは、

誰に迷惑をかけることでもないのです。

それが憶測であれ、なんであれ、

嬉しいと思えることは、良いと思います。



愛で繫がっている者同士、

愛で繫がっている家族同士、

温かい心というのはいつでもどこにいても

届くのですから。






" 笑顔も、性格も、

あの子のまま。"

何も変わらんのです。

遠くに行ってはいない。

遠くに行ったと思っているのは、

私たちのなかにある、

身についてしまった"物質的な考え"によるもの。






「 笑顔だったんです、息子は。」 

そう思えたことは、冷静で、心で接しておられたことだと思います。

スゴいことです。

その思いは、瞬時に、息子さんを救ったと思います。















なんでしょう?! このダランとしたうっとりした表情は!(笑)
どんなにお世話をしていても、愛犬のご主人様には適わないですね。(笑)
怒られても、厳しくされても、このとおり。(チェッ 笑)

この秋で15才になりますから、身体機能は低下していって自然。
肉体は劣っていっても、存在と心は永遠です!
大好き、ごん。

さ、おむつ、換えよか!(大笑)

※16th Sep.追記
ごんは、おむつ生活ですが とても元気です!
食欲も元気さも、顔に出来ていた大きな腫瘍が奇跡的に取れてから
すごくあります。
ご心配くださり、ありがとうございます。ごんは幸せもんです。





Posted on 2016/09/13 Tue. 12:29 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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13

よく思うこと 

よく思うこと。

これを不均衡と言えるのかどうか、

不公平と言えるのかどうか、わからない。



私のなかで " 妙な現象 " としてあるもの_

国の動き。



注目しすぎないが、無関心でもない。

ちっぽけな自分が( なんで?)と思ったところで、

怒り心頭したところで、

何んにもならない。

まあ、怒りの空気を発生させてしまうだけだろう。(苦笑)

(それについては、自分で " 後始末 " はしているが。)



ご存知の通り、

ご依頼くださった方々から頂いた大切な貴重なお代の一部は

毎月、6団体か7団体さんへ寄付支援させて頂いている。

(全額寄付出来ていないところが自分の情けないところ。)

寄付している側としては、

正しく運用されているかどうか、

子ども達や動物達に届いているかどうか、

ということをいつも考える。

考えているだけではなく、

送られてくる小冊子やホームページなどで

活動内容を確認している。

(広告や啓蒙的な活動費が増えると私はゲンナリする。

 都内の一等地とも呼べるところに、事務所を構えることは

 不要だし、一等地である必要がない。)



さて。



" 少しでも「 命 」を救いたい。"



この思いに突き動かされて、自分では動けないジレンマを

抱えているから寄付支援をしているわけだ。

(自分が " ちょっと欲しいなぁ " と思ったものを買い控えて、

 その分を寄付支援にしている感じでもある。)



今や、多くの救済団体が存在する世の中になった。

(なかには、綺麗な看板と謳い文句を掲げながらも、

 詐欺活動をしている団体もあるだろうけど。)



心がこめられた(と思っている)活動と支援が

実に多くの命と心を救っている。

活動するには、この世はどうしてもお金が要る。

少しでも・・・という思いに、支えられている。



方や、

湯水のように税金を使う側が、在る。

多額な、本当に多額なお金を常に使える状態にあると

(自分が汗水たらして働いた「直接的」なお金ではないだけに)

湯水のように、

いや、

空気のように、彼らは使う。

どんどん、使う。

民のために考えていますよ、というようにバラまく。



いつも思う。

よく思う。

そんなお金があるんだったら、

いま、こうしている時も 奪われようとしている、

ガス室の前で脅えている動物たちを救ってよと。

その根源を作っている「命」を商材している企業やシステムを

取り締まれよと。

貧困貧困と口ばかり、活動アピールのために

口にしたり、広告ばかりにお金をかけているなら、

その分を実際に、

直接的に、

子ども達や犬や猫などの動物たちを助ける資金とすれば

こんなに、

救済する団体が増えなくても良いのだから。



救済する側だって、

家族がおられ、ご自分の仕事がある。

身を削って、救済活動をされている。

自分の何かを抑制して、他を救済されている。

ご自分のお子さんとの時間を割いて

そうした活動をなさっている方々も多いだろう。

( ちょっと話はそれるが、

 その場合、" 他のため " という意志と目的に向かってはいても

 子どもさんの心は、正直なところ、

 寂しい思いをさせているのではないかと私自身を振り返って

 思ったり、する。)



国は、

そうした方々に甘んじ続け、

寝ていても入ってくる税金を好き放題使っている。

その先の活動や内容(事実)を調べずに。

勝手に、自動的に入ってくるから そういう感覚に

なるのだろう。




寄付支援したら、それで " 自己満足 " とは行かない。

お金は、エネルギーのひとつだろう。

エネルギーにも、目的や種類があると思う。

個人としてのエネルギー。

社会としてのエネルギー。

寄付は、社会のエネルギー。



命を救う一方が在り、

命を残酷にも捨て、奪う他方が在る。



ひとりひとりが動ける範囲、

ひとりが心を尽くせる量というのは、

有限だろうと思う。



もう少し、全うな国になっていってほしい。

個人が身を削り、他に捧げるために税金が在るのだから、

全うに なさって頂きたい。









ちっぽけな一個人が、よく思うことだけど、

きっと、

多くの善良な方々も 同じようなことを

感じておられると思う。




なんのための「 税金 」か?

と。









命を救済するために使われたい。















Posted on 2016/09/05 Mon. 07:00 [edit]

category: 思うこと

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05

You made my day ! 

たまには回想を読みたいな・・・と思われている方も

おられるかもしれない、ですね?

約1ヶ月程の長い休養を頂いたあとの初日の回想です。





お待合せ場所にお迎えに行き、サングラスをさっと外されたRさん。

Rさんのお顔に、懐かしさが押し寄せてきました。

( 私が懐かしいと思うの? それとも・・・誰?)

部屋の場所を、家のなかで移動して、初めての交流。

同じ建物でも空間によって空気が違うので、多少の緊張が沸きました。



全ての先入観を捨て、

リラックスとは違う リラックスに入ると、

私の視界に、ひとりの若い男性と高齢の女性が

仲良くたたずんでおられました。

「 おふたり、おられます。

 ひとりは男性。若そう。日本人の体型とは違うな・・・

 髪の色は・・・何色って言えばいいのか・・・

 黄土色? 黄土色。すみません。黄土色としか言葉を思い出せません。

 日本人ではありません。

 髪型は、こうこうこんな感じです。

 背の高さは、これぐらい。」

その後もいろいろと伝わってくることを言ったように思います。

「 こちらの高齢の女性は、、、日本人女性です。」

私に伝わってきた容姿やお人柄などを伝えました。



ご依頼人にほとんど注目しないのですが、

多分、Rさんは泣きながら、何か英語で話しながら、

「 夫です。若くて、髪もそういう色です。」

というようなことを話してくださいました。



「 彼はね、とても勉強が、勉強というか、学ぶこと、

 う・・・ん、学ぶこと?この言葉でしっくりくるかなぁ・・・

 何て言うんでしょうね。単に勉強を勉強として捉えている方ではなくて、

 えっと・・・あぁ、言葉って本当にまどろっこしい!(苦笑)

 変な日本語で済みません。」

「 いえ。おっしゃっている意味はわかります。そうです!

 彼はとても頭の良い人です。」



そのあとも、Rさんは交流に参加しておられました。

彼の言葉(思い)に対しての反応を

言葉や身振り手振りでなさっていました。



「 彼は、とても上手に交流してくれます。」

「 そうですか!」

「 彼は、おちょこちょいと思っています。」

( 彼女がおっちょこちょい? 誰?)

「 何の事かわかりませんが、足下にあるものをよく蹴飛ばしてしまうって。

 覚えていますか?」

「 ・・・いえ、思い出せません。」

「 いいですよ。大丈夫。」と言いながらも

 何かが 私のなかで " しっくりこない "。



「 彼は頭が痛かったって。ぼぉーとしてしまう。」

「 (驚いた様子で)そうです、彼は脳○○でした。」

「 あ!・・・さっき言った" おっちょこちょい "ですが、

 彼だった。彼は足下がおぼつかないのか、よく足下付近のものを

 蹴飛ばしてしまっていたようです。そういうことね。なるほど。

 そういうことだそうです。」

「 その通りです!脳○○の影響でうまく歩けなくなって・・・」

Rさんは、思い出してハンカチで目を覆っておられました。



しばらくすると、あたり一面真っ白な風景になりました。

「 どこだろう。ここ。あたりは、(低い丘?よく見えない。)真っ白。

 雪かな?・・・

 Rさんとふたりの世界です。彼。自然の中にふたりだけ。

 彼はロマンティックだな・・・そういう気持ちでいっぱいです。

 何も無いんだけど、とても綺麗で、とてもしあわせな気持ち。

 わかりますか?」

Rさんは、わかりますとおっしゃっていたのですが、

私がちょっと違うなと思っていたなかで、

そのうち、はっと思い出された旅行があり、

雪ではないけれど、あたりは真っ白で、

まるで雲のような感じだったそうです。

周りには、何もなくて・・・ふたりだけ。



「 彼は、思い出したんですね。そこが最高に良かったって。」

「 (泣いて言葉にならない)・・・・」頷くRさん。

< また、行きたいな。>

「 また、行きたいって言ってますよ。」

「 はい。奇跡のような旅行でした。到底、彼の状態では旅行に

 行けない状態だったのに。また行きたいって言ってた。」



その後も交流は続きます。

高齢のおばあさんが、アプローチ。

「 おばあさんがね、『 彼はとっても良い人ねぇ〜。』って

 こんなふうに彼の腕をもっておられるんですよ。

 とっても嬉しそうですよ、おばあさん。

 でも、どうして腕を持つの?(笑)」

「 おばあちゃま、イケメン好きでした。(泣き笑)」

「 あぁ、そう! なら、わかった!納得!

 だから、べったりしてるんね、おばあさん。」

Rさんと私は、大笑いしました。



Rさんの涙はもっと深い涙でした。

「 夫はむこうに誰も知合いがいないから、

 おばあちゃんにお願いしていたんです。」

「 だから、おばあさんと一緒に来られたのかもね。

 おふたり、本当に仲良い感じだもの。」

「 良かったぁ・・・」



このあとも交流が続きましたが、

私の回想はいつものように限界。

Rさんから頂いたメールを掲載させて頂きます。



- - - - -


(略)
あの後 電車の中でいろいろ考えつつも
亡くなって以来初めて心が軽やかになりました。
本当にスーッと心が軽くなり自分でも信じられませんでした。

その後興奮のあまり街をさまよい、カフェで夫の写真を眺めつつ
にやけまくり、デパ地下で夫の好きなものを爆買して爆食後
久しぶりに爆睡いたしました。
(日本で覚えた「爆」を使ってみました!)

(中略)

アガサさんだからこそ安心して夫も元気に来てくれたんだと思います。
(おばあちゃままで連れて!)

人様みたいな法要はしてませんが夫と私にとって
とても素敵な○周忌になりました。
なんというか幸せすら感じました。
本当にありがとうございました。

(中略)

私は○○にいる時にアガサさんの存在を知ってから
あー絶対アガサさんに会いに行かなくては・・・
なぜか導かれ何の迷いもなかったです。

(中略)

まだまだ前向きには生きられず頑張ることもできません。
泣いてばかりの毎日ですがアガサさんとお会いして
心の中に何かcoreなようなものができたように感じます。
それを大切にしていくのかなと今は思っています。

- - - - -



Rさんから待ち合わせ場所到着の連絡を頂く前、

静かにしていた私は、

突然、身体中が熱くなってきました。

(更年期かと思うけど。けど、これは更年期の熱さじゃないな・・・)

この熱さはいつもの熱さとは違っていました。

今わからなくても、Rさんが来られた上で伝える必要があれば

私から問わなくてもおっしゃってくるだろうと思いました。

そのことは、いつもの如く、

瞬く間に、私のなかから流れ去りました。



交流の最後の方で、Rさんが彼の闘病中の時のことを

話しておられた時のことです。

ガァ〜っと身体が熱くなってきました。

耳でRさんのお話を5割程聞きながら、

私は自分の身体と意識を明け渡すことしました。

( 思っておられたことを話してください。)



< わたしは チャレンジしていたのです。

 どこまで自分が出来るのか。>

「 Rさん。

 日本語にこういう表現があります。

 " 命 燃やして " 。

 彼の思いは、なになにしたくない、とかではないのです。

 ただただ、この今ある命を 印象づけたい。

 自分で自分の命の強さを感じたい、チャレンジしたくて。」

「 (大泣きされながら)わかります。

 彼の医療チームのドクター達は皆「もう無理だ。」と言ってました。

 『 もう逝かせてあげよう。』と。

 彼はそれから○十日も、心臓を動かしていました。

 私は病院に、彼の傍にずっとその間、いました。

 彼のその姿をみて、ドクター達は、

『 奇跡だ。』と誰もが話していました。」



Rさんはとても苦しかったと思います。

彼女は、最愛の夫が生きることだけを願っていたから。

生きると信じていたから。



< ワイングラスをティンティンとスプーンかフォークで鳴らす彼>

「 彼が必ず、傍にいるということを証明すると。

 ワイングラスのようなものをティンティンと鳴らしていますよ。」



ワインはおふたりが大好きだったとのこと。

きっと、ワイングラスを鳴らす、ということにも

おふたりにわかる、私にはわからない、

深い愛の物語があるんでしょうね。






You made my day! & You are my hero!

後日、私にくださったメールに書いてありました。

素晴しい言葉だと思いました。

しばらく ぼぉーとその文字を眺めていました。



明るく振る舞うそのなかに、様々なことがあり、

深い深い悲しみがあり、

けれど、笑顔たっぷり。

無理をしているとは私は思いません。

人間、悲しいから悲しい顔をずっとしているわけには

いかないのです。

無理を承知。

無理を承知で、前に、陽の当たる方向を見つめること。

泣きながらでも、

辛くとも、です。

いつか、必ず。

無理をしなくても心が穏やかになってくるから。












= おまけ =


写真の撮り方が下手ですみません。
頂いたロールケーキです。すっごく大きいんです。
家族全員(人間だけ)できっちり分けて(笑)頂きました。
あと一口、二口というところで、お腹が膨れてきました。
「 あぁ、年ってこういうことかぁ・・・」と私。
「若い時なら、全部をひとりでぺろっと食べれたのになぁ・・・」
「食べたいのが食べられないって悔しいね・・・」
と言いながら、食べたんですよ、自分の分は!
(食い意地が張ってるでしょ。)

すると、ですね↓↓↓



こんなふうにね、絶対来るんですよ、真横に。
そいでもって、こんな可愛い顔をしますね。
「 悪いけどね、本当に悪いけどね、あげれないんだよ。犬だから。」
そんなこと、ごんにはおかまい無しです。




アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~






















 



Posted on 2016/09/03 Sat. 16:27 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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