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2016/08/29.Mon

突然の、見知らぬ人からのメール

ご相談を頂くなかに このようなお話があります。



<頂いたメール> - - - - -

ブログ等を通して、コメントやメールを頂きます。

その内容に一喜一憂します。どう思われますか?



<補足> - - - - -

ブログを書かれている方のところに、

そのブログを読まれている方から、あるいは、

その方のご事情をある程度ご存知の方から、

突然、

「 あなたのご家族からメッセージがありました。」

などというようなことを言われる_

ということです。

言われる側としては、もちろん、動揺しますよね。

キツいことです。



<ご返信> - - - - -

冷静に判断するならば、

その連絡くださった(書かれた)内容が、

" すでに、ブログで書かれている内容かどうか?"

" 相手の方にお話になった内容かどうか?" です。

ブログにも書いていない、何も話していないこと、かつ、

ご本人にだけわかることが書かれている、言われるのならば、

伝えの可能性は高いだろうと思えます。



私が判断する時のもうひとつに、

" 必要なことかどうか?"

" 緊急を要することかどうか?"

です。



こうしたことは、とても微妙なことです。

聞かされる側、言われる側も、

ご自分の判断を鈍らせてはなりません。

" 嬉しいけど、突然、なんだろう・・・どうして?"

って思うと思います。

その感性を大事にされたらいいと思います。



例えば、

私がどなたかのブログを読んでいたとします。

そして、

その方のご家族を夢で見たり、声を聞いたり、存在を感じたりと

そういうことが起こったとします。

私なら、ご本人に、それを申し上げません。

伝えません。

こういうことについては、

まず 自分を疑わねばなりません。

" 声 " や " 気持ち " が届いたのではなく、

自分の関心事が夢に出てしまった・・・

夢に出るほど、興味を持ってしまっているのではないか?

ということです。



文章を読んでいることで意識していなくても、

繰返し読むことで、それは脳に刻み込まれます。

無意識の下で。



別の面からも考えますと、

イタヅラをする存在(思念というか思い)は確かに在ります。

それが愛しい人をご家族を模倣する可能性も、大いにあります。

こうした " 危険 " も常に考えねばなりません。



" 伝わったから、伝える。"

こんな失礼なことはありません。

そこにあるのは「自分の欲」です。

そこには「相手の気持ち」が不在です。無視されています。



伝えることで相手の方がどう思われるか、

どうお感じになるか、です。

悲しみと辛さを経験なさった方々の動揺は、

想像を越えるものです。

目にみえないことを伝える、言うというのは、

言葉を発した後の「 影響 」を考えて、普通です。

相手の気持ちを想像して行動して、普通です。

それが相手に対する礼儀であり、本物の思いやり。



念押し、しますよ。

" 伝わったから、伝える。"

これには、危険が伴います。



" 頼まれていないことをして、感謝される。"

家のお手伝いをして、喜ばれることはとても嬉しいです。

誰でも、

感謝されれば、良い気分になります。

ただし、

目にみえないことに関しては、微妙で繊細です。

この場合、人間というのは「 欲 」が出て来ます。

そうして、

世間一般に多くおられる、

言いっぱなし、あるいは、

誰に対してもあてはまるようなことを

あちらからの伝言として伝える霊能者や霊媒や何とか、

自分には霊感があるとひそかに思っていたものが、

より強い願望へと豹変して育っていきます。



発端は全く普通であり、悪気は無いのでしょうが、

こうしたことに興味を持ち出しますと、

今迄の自分が感じなかった、自分の中にある欲が膨らみます。

自分のそうした感情を常に抑制し続ける理性を

育み続けることの方に関心を持たれた方が善いです。

人に害を与えずに済みます。



興味をもち、

憧れに変わり、

欲のままに行かれる方々は後を絶ちません。

それは、きっと、

人間誰しも持っている「 特別意識(憧れも含みます)」

をくすぐられるからだろうと思います。



私にも、そのようなメールやコメントが届いたりしますが、

頂いた文章を冷静にみつめて、その判断をつけます。

少しでもそっち系のニオイがした時には、

感謝を込めて、お返事はしないようにしています。

リアクションをすることで、

相手の方が間違った方向に行かれる可能性があります。

これは、感謝をしないこととは違います。



" 何を勇気となすか "

" 何を真実と見なすか "



自分の感情との見つめ合いのように思います。

私も日々、自分の感情と向き合い、

ご依頼を引き受けた時には、自分ではない方々の感情を取り込み、

日々、、、こういってはいけませんが、葛藤と闘いです。

責任があるから、です。



ブログを書きますと、様々なことがあります。

不特定多数の人々の目に触れるというのは、

嬉しいことや素晴しいご縁がある反面、

さまざまな発言や感情が届きます。



交流というのは、

「 ご家族の思い ≠ ご家族からの"言葉"がある 」です。

言葉や伝言がないことは、寂しいこと、見守ってくれてない、

忘れられている・・・そういうことにはなりません。

言葉にならない思いがあることを、ご存知と思います。

そのような意味です。

深い思いというのは、長ったらしい文章ではありません。



心揺れる時もあるでしょう。

悲しい時もあるでしょう。

けれども、

心をしっかり持つこと。

いろんなことを言ってくる人達は、世の中に多くいます。

何を自分に取り入れるか、です。



言葉数が過ぎました。(笑)

あちらからの思いや言葉は、とてもシンプルです。



愛にあふれた言葉は、多くの単語では綴られません。

本当に、とてもシンプルです。



- - - - -



あなたの心が穏やかになれば、と思います。




そして。

伝える、ということは想像を絶する責任と重圧が

伝え手に " 四六時中 " のしかかります。

それに耐えられない、耐えたくないから、

自分本位になってゆかれるのです。



" 伝えられたから 言う。"

これは、その内容と後の影響を考えて言わねばなりません。

好き放題言う今の時代は、

どれだけ人の心を傷つけているかは、

昨今のニュースで うんざりするほどですね。



発した言葉には、責任があり、

発する言葉には、人柄が醸し出されます。

口にする言葉は、気をつけねば。



真の思いやりを携えたいものです。














アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~

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