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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

命日 

今日で、父が他界してから1年。

京都に帰ろうかと思っていたけれど、

今月も日々予定を頂き、休める時には休みたい・・・

そんな親不孝な娘を父は笑って許してくれるだろうと

思います。



命日。

命日をどう考えるかは、私たちの自由だろうと思います。

いい加減に考えて良い、という意味ではありません。

もし、私が他界したならば、自分の他界記念日を

特別に覚えているということはないと思います。

多分、私なら・・・

「 え?そうやったかなぁ〜」みたいな、ね。(笑)

父は、どう考えているんだろう・・・

ま、どう考えていてもいいよ。

元気で暮らしてたら それでええのやから。



この1年間、夢に出てくることもなかったし

気配をのぞかせることもなかったから、

まぁ〜、元気にしてるんでしょう。



帰郷し、実家の家族に顔を見せれてないこの1年間に

心の中で詫びつつ(苦笑)、

日課になっている、お香を焚き、

ほんの少し、父に対して話しました。



「 なぁ、お父ちゃん。そっち行ってから こっちでは

 1年経ったで。元気にしてんのん?

 まあ、元気にしてると思うけど。

 私はこのとおり、知ってるかもしれんけど、

 自分に出来ることを精一杯やってるから 心配せんでええ。

 心配してへんのは知ってる!(笑)

 お母ちゃんが『 寂しい 』って思ってるみたいやで。

 あんだけいろいろあったに、好きなんやって。私やったら無理やな。(笑)

 そっち行ってからでも妻孝行は遅ないで。(笑)見守ったげてや。

 これからも、元気で暮らしてな。

 ほな!」



時間にして 1分ぐらいでしょうか。

そんなようなことを話しました。

聞こえてるかどうかは、知りません。

私の場合は、どうでも良いんです。

いろいろあった父の人生、

家族の人生、

そして、私の人生。

そういうのを ひっくるめて 

「 おーきに(ありがとう)」という気持ちを持ちながら

話しかけたことが大事やと思っています。



あちらも、こちらも、口だけでは あきません。

口では 何とでも言えるんですから。(大笑)



父の他界時には、当時、ご依頼くださっていた方々に

本当に感謝しています。

ご自分の依頼日程として、随分前から予定を組み、

そのつもりで日常の調整をなさっていたにも関わらず、

突然の、日程変更の伺い連絡に 心を寄せて下さいました。



「 当たり前です。すぐお父さんのところへ行ってください。」

「 みずくさいことをおっしゃらないで・・・」

「 他人事とは思えません。」

「 今は(ご依頼人自身が)支える番です。」

数々の心優しい言葉を添えてくださいました。

皆さんのおかげで、父は、この世で多少の悪さをしましたが(笑)

すんなりと無事に辿り着けました。



命日。



これは、私たちの心を鎮める日なような気がします。

あんなこともあったなぁ、

こんなこともあったやん・・・

でも、まあ、元気なんやったら それでええわ って。

そういうふうに 思えたら

どちら様にとっても 良いんじゃないかと思います。



あちらに行ってまでも、

あれしないといけない、

これしないといけない・・・

というような「 手続き 」など 無いのですから。



しかめっ面せんでも ええのです。

命日やお盆やお正月などの行事は、イベントではありません。

人として大切なことが 置き去り、忘れ去られているから、

それを思い出す日だと思います。

思い出したら、日常に混ぜていけばいいだけ。



皆、必ず 他界するんです。

遅かれ早かれ、ね。

命日やお盆だけ 手を合わせたらええのと ちがいます。

普段の、日常から しゃきっと背筋伸ばして、

「 見ててや!」という気楽な気持ちと共に、人らしく生きていく。

頑張らないといけない時は、頑張る。

けど、

ずっと頑張ってることもないと思います。

成功する必要なんか ない。

成功したら、お金持ってたら、人っていうのは群がってくるから。(笑)

自分に、じゃないですよ、持ってるお金と成功というラベルに

くっついてくるだけですから。(大笑)

ええ格好する暇あったら、

言い訳する頭があるんやったら、

普通に生きること、

平凡に生き続けることのスゴさや偉大さを

心から有難いと思えること。



父が唯一(笑)、私に言ってくれた言葉 _

「 遠い実家より、近所の人を大事にしぃや。」

この言葉は、今も私の心を温めてくれています。



お父ちゃん、そうしてるで。

近所の人ら、みんな ええ人ばっかり。

おーきに、お父ちゃん。

(ここ、家賃高いけど、住めるまで住むつもり。大笑)









父に寄せて。




これは、里芋の葉です。畑は満員御礼状態。
狭い鉢で細々とわが家で暮らしています。
里芋の葉には、いつも綺麗な水の玉がころんころん。
吸い上げた水分+里芋内の何かが出てくるんです。
見てください!この綺麗な水の玉!



もう少し寄せて撮りました。
二昔前ほど、Macがこういうグラフィックをパソコンに使い始め、
爆発的に見かけましたね。
自然のものは、自然の美しさが在ります。
Macは好きな方ですが、自然の美しさには到底かないません。
じぃ〜と見入ってしまいます。
雨の季節。道端で頑張って生きている草や花をご覧になってみて。
綺麗ですよぉ。笑








Posted on 2016/06/28 Tue. 10:09 [edit]

category: 日常

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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28

目標があるから! 

いつものように洗濯物を干す準備をしていた時に

< ねぇ、私は 間違ったこと したと思う?>

若い女性に そう話しかけられました。

私には、もちろんわからないこと。

でも、しばらく考えて・・・(何も考えられないけど)

( いえ。それは私には 分からない。でも、あなたが

 そうされたことだから、私はあなたを尊重してますよ。)

そう返事をして、彼女は消え入りました。



Mさんが来られて、いつものように私は

「 録音はご自由にどうぞ。」と申しましたら、

「 いえ。大丈夫です。」とおっしゃり、

すでに、メモと鉛筆を用意されていました。(笑)



朝のことをお伝えしつつ、あちらに合わせていきますと

お顔の可愛さからは想像出来ない、背の高い若い女性が

Mさんの傍におられました。



「 左の、このあたり、脛骨の真ん中あたりに痛みが

 あります。娘さんが以前ケガされた場所と思われますが

 おわかりになりますか?」

「 はい。わかります。」

「 娘さん、正しいですね。では、次は顎なんですが。」

「 はい。」

「 うまく私に再現できるかどうかわかりませんが、

 下あごをこんなふうに横に動かされるんです。

 そして、戻す。この繰返しを何度かされます。

 多分、彼女は無意識で、癖だったと思われます。

 これについてはお分かりになりますか?」

「 はい。わかります。娘は矯正をしていたので

 そうしたことをしていました。」

「 彼女は、、、そのぉ、、、男の子みたい、というか

 女性なんですが、性別を意識させないような方。

 全く失礼な意味はありませんのでご勘弁ください。」

「 はい。そのこともわかります。」



< ○○○ 。○○・・・>

「 ○○○ 。○○・・・う〜ん。最後の音が聴き取りにくい。

 ○○○、○○というようなお名前に覚えがありますか?」

「 ○○△という仲の良い、本当に仲の良いお友達の名前です。」

「 お友達の名前ですか。わかりました。」



< ・・・高速道路の事故、知ってる?>

「 < 高速道路の事故、知ってる?>とおっしゃいました。

 私には、何のことやら・・・。テレビを見ないので

 さっぱりわかりません。ご存知ですか?」

「 ・・・さぁ(と頭を横にふられる)」

しばらくしてから、Mさんが話されました_

「 この前、不思議な夢を見たんです。

 娘と私と主人とで高速道路を走っていたんです。

 そしたら、検問のようなものがあって・・・。」

「 え? 夢で? 高速道路を走っておられたのですか。」

「 はい。不思議だなと思いました。」

「 そうですね。」

「 はい。」

「 結びつけようとすると、何とでも言えそうですから

 無理矢理、結びつけることはしません。

 娘さんは何かをご存知ですが、私にはわかりませんでした。」

「 いえいえ。」



娘さんは、それからも普段の生活のことを話されたりしました。

< 私、目標があるから!>

それを皮切りに、流れるように話し出されました。

私は自分の口なのに、止めることは出来ず、

彼女に任せました。

彼女は、驚くことを言われたのです。

普段、私は絶対に言わない、言いたくないようなことを

娘さんは、心をこめて真剣に話されました。

その内容は、Mさんと私の胸に納めるという約束を

しましたので割愛致します。

すべては年月を経て、真実かどうかが Mさんに分かるのです。



Mさんから頂いたメールに助けて頂いて、

この対話の回想を結びたいと思います。



- - - - -
(略)

帰り道 ずーっといろんな想いがあふれて、愛娘の笑顔が浮かんでました。
○と逢えなくなって、(中略)こんなにも娘の気持ちの変容に
ただただ驚きと嬉しさと切なさが入り混じった気持ちを抱えながら帰りました。

私が娘の立場なら、きっとまだまだネガティブな気持ちの殻に閉じこもっていると
思うのに、娘はしっかりと自身を振り返り、いろんな想いを抱えながらも
目標を持ちそのためにポジティブに成長している姿を親として誇りに思いました。

そして、娘からの私たちを想ってくれる気持ちを、 聞かせていただいたときの気持ちは
本当に言葉で現すことができません。 私の心の中に大切に大切にしまっておきます。
大事な大事な宝物です。

帰る道すがら、転職活動をしていたときの娘が描いていた人生設計みたいなものを
思い出しました。 (中略)
彼方で、○が決めていた方向に進んでいるんだと確信しました。

また、もうひとつ思い出したことがありました。
母に逢いにいってあげてと言っていたことです。
「 顔をみせにいってあげようと思う人がいることは、
 その人が私に逢いたいと大切に思ってくれている人で
 そんな人が自分にはいるということなんだ」と
何かに記していました。

逢えなくなって日が浅い頃、娘と逢えなくなることは決まっていて、
それは残された家族の魂を成長させるための出来事という内容の言葉に出合い、
親としての資質もないのに親になり、
自身の成長のために子供を踏み台にするような印象をもち、
この言葉にひどく落ち込みました。
でも、今日 ふとこの言葉にはもっと深い意味があるように思いました。
それが、何かは今はまだわかりませんが・・・・

娘のことがあってから、 私自身を振り返り、
ただ娘の心の平安だけを願い日々を過ごしてきましたが
今日のことを、しっかり心に留めてまた新たに親として娘にできることを、
もっと考えてその想いが娘に伝わるよう、
私自身の悲しみや寂しさにおぼれることなく日々を大切に過ごしたいと思います。

決して平坦な道ではありませんが・・・行きつ戻りつしながらでも歩いていかないと
娘と逢えるときに、合わせる顔がありません。

アガサさんにまで、猫背のチェックをすみません。 娘も猫背になりがちだったので
私がよく背中まっすぐにと言っていたからだと気がつきました。
よく見ているのには驚きです。

退職後、(中略)実家で一緒に過ごした夏はもうすぐです。
その夏を悲しみ憂いて過ごすのではなく、楽しかったことや
今頑張っている姿を想い応援しながら過ごします。

(略)

- - - - -


一時間の交流後、Mさんと私は しばらく無言でした。

流れる涙もそのままに。

" 時間 " のない時間を過ごしたかのようでした。



娘さんの決意や目標は、私の想像を越えていました。

ご依頼人に確認出来るか出来ないかで、私のしていることが

成り立っています。

Mさんがお帰りになったあと、ぼんやりと私が生きている

こちらの美しいもの(そこいらの草や木や山)をぼんやり

眺めていました。

脳は、この世的な範囲を越えたため 休息が必要だったのだと

思います。





< 満足です。ありがとう。>





娘さんが再び立ち寄られ、そうおっしゃって

すぐに どこかへ行かれました。

胸いっぱいになり、

ちょっと 泣けました。

嬉しいとか、感激したとか そういう言葉では

言い表せない 色々な感情を感じながら、

「 ありがとう。」

そうつぶやきました。
















わが家のプランターでの「スイカ」ちゃん。
直径1センチぐらいなのに、スイカだ!
思わず、拍手しました。
すごいですねぇ〜、ほんと。
家族は「だめだ、このスイカは。悪い空気吸って病気だ。」と言いますが、
私はスイカにこそっと
「 そんなことないよ。立派だよ、立派。偉いね。立派立派!」
と耳打ちしました。笑












アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~













Posted on 2016/06/21 Tue. 10:03 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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21

偶然見つけた、現実。 

本当に久しぶりのお休みの今日、

逗子駅周辺まで歩いて買い物。

大体、1時間半から2時間。

喉が弱い家族の、喉うがい液。

ごんとぺこのごはんの大好物の、花かつお。

切手シート。

おふろ掃除液。



行きは ちょいとしんどかったです。

こんなに体力が落ちているのかと驚きましたが

帰りは 少し慣れました。



約1時間ほど自分の時間が持てて、

何気なく、インターネットを閲覧していました。



偶然見かけた、現実。

静かに 心に語りかけられます。




★ 動物たちの命を救い続けている人 松村さん ★



ご存知の方も多いかもしれませんね。

私はテレビを見ない生活な分、

与えられる情報ではないことを

大切に思います。



こういう人が「 本物 」だなぁ。

そう 思う。



よし! また 頑張ろう。












アガサ



























Posted on 2016/06/17 Fri. 13:11 [edit]

category: 日常

thread: 生きる力  -  janre: 学校・教育

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17

心のシャッター 

老眼だけど、視力は子どもの頃からとても良い私。

今も結構遠くまで見えるのです。

ご依頼人の方とお母さんが来られる少し前から、

私は目の周りの筋肉というか肌というのか、

そのあたりがキュキュと動き始めました。

( 目が悪いのかなぁ・・・)

何の返事もないまま、その動きが続きました。

( 焦点を合わそうとしているの?)

返事はありません。(苦笑)

そうこうしていますと、ご到着の電話連絡を頂きました。



ご依頼人は娘さん。

「 いらんものがついてきて すみません。」

そうおっしゃったお母さん。

お母さんに会えたのがとても嬉しかったのです。

何故だか、すごく懐かしかった。



最近、日本のお茶を淹れている私。

棒の部分のほうじ茶。とてもほっこりする懐かしい味です。

口の中を少し潤してから、静かにしていますと、

お母さんの近くに、中年の男性が立っておられました。

とてもお母さんを慕っている様子。

そして、

心がピシャーーーっとしている。

まるでシャッターを閉めたような感じでした。

( さぁ・・・どうするかだ。)

交流をしていて難しいと感じる時のひとつに、

心を閉ざされている方との交流があります。

でも、

私には自分の経験があります。

そうこうしていると、ぽつりぽつり伝えてくださいました。



「 ご主人は、心のシャッターを降ろしていますが、

 これは今に始まったことではありません。

 子どもの頃からのことでした。

 育ってこられた環境による影響が大きいです。

 Hさんのお母さんを本当の親のようにご主人は思っておられ、

 何でも話せたのです。

 自分の言うことをただただ聞いてくれる、耳を傾けてくれる・・・

 彼にはそうしたことがとても嬉しかったし、

 安らぎを感じていたのです。」

そのようなことを伝えはじめた私は、

彼の心を代弁しているかのようでした。



Hさんとお母さんは、頷きながら認めておられ、

泣いておられたように思います。



後半あたりで覚えていることが少しあります。

< ・・・ごめん。>

そして、ありがとうの言葉。

普段から、自分の気持ちを言う人と違い、

自分の気持ちを言うことに慣れていない人の言葉は

とても重いのです。

" そんな言葉、誰でも言うんじゃないの?"

もし、そう思う方がおられるとしたら、

ご自分の日常や今まで歩まれた人生をしみじみと

思い出されたら良いと思います。

人生は、他の人のコピーではないのです。

兄弟姉妹であっても、全く違います。

この意味は、Hさんから後日頂いたメールから感じとって

頂きたいと思います。



- - - - -
(略)

昨日という日がかけがえのない一日になりました。
正直、夫は来てくれないんじゃないか、私に逢いたくないんじゃないか…
そんな不安がありました。
でも、来てくれた。
嬉しかったです。
本当に嬉しかったです。
もし、来てくれたら聞きたいことが沢山あったけれど言葉にならない思いでした。
こういう機会を持てたご縁に感謝いたします。

母も大変、喜んでいました。
夫が来てくれたうえに父も一緒に来てくれて言葉を聞けたことが嬉しかったようです。
同席できて本当に良かったです。
(中略)

母は(中略)夫のことを息子以上に大切に思い尽くしてくれました。
そして、義両親にも私を可愛がってもらいたい親心から尽くしてくれました。
なのに…人生とは…。
夫が発病した時、心のどこかで自業自得と思う私もいました。
しかし、それ以上に夫婦そして家族の在り方を見つめ直し絆を強めるきっかけにしたい。
夫がこの病になったのは意味があるのだ。
大切なことを気付かせてくれているのだ。
そう強く思い、夫の病を夫婦で家族で克服したいと、
できることは精一杯、努めたつもりでした。
なのに、逆効果。距離感は広がるばかりでした。
分かり合いたくても言葉がなかった。
何をしても独りよがり。
空回り。
毎日がギリギリのところで生きている感覚でした。
寄り添いたいと思っていた感情は負のエネルギーの強さに嫌気がさし、
いつしか諦めと憎しみに近い感情に変わってしまいました。
愛の深さと同じ分の嫌悪感が私の心を支配していきました。
でも、結局は見限ることも見放すこともできませんでした。
やせ我慢をしながら強くなり過ぎて、踏ん張って支えることしかできなかった。
優しさで支えることができなかった。
夫に私への愛情がなくなっても私は夫を憎みながらも愛し続けていたのです。
(中略)

ただ、昨日、夫が来てくれたことで私の中に穏やかな光が射し込んだような感じがしています。

- - - - -


< ごめん。>

< ありがとう。>

この言葉は、3文字と5文字。

深く、本当に深い言葉だと実感しながら伝えました。

実際、私の胸の内、そして、口から発することに

ご主人が重なっていて、私自身は横に居たような感じでした。

伝わる量(話される量)ではない、と思っています。

「たくさん話されること=通じている(良い、素晴しい)」

では ありません。

生きてきた歴史(日常)が 詰まっているからです。



さりげなく、もうひとりいらっしゃることに気づきました。

年配の男性。

背格好や髪型やお人柄などをお伝えしただけで、

お母さんのご主人、Hさんのお父さんだとお分かりになりました。

娘を思う言葉を言われ、

妻には、

< まだまだ こっちには来ねぇぞ。笑>

とおっしゃりながら、

< そんときは、迎えに くっから。(行くから)>

と添えて。

Hさんとお母さんは、顔を見合わせて泣かれていました。

なにやら、母と娘で思うところがあったのでしょう。



お父さんは、お節介にならないように、

義息子によりそって来られたのです。

もっとも、そんなことをご自分からはおっしゃらない。

そのさり気なさに、お父さんの娘への愛情、

妻への愛情を感じました。







過去は、過去です。

過去の辛さや悲しさを今に継続して生きることは

おやめになった方がいい。

これから、です。

遅い、とは少しも思いません。

心にシャッターがおろされていたって、

ずっと おろしているわけではありませんもの。

相手がどうであれ、

まずは、自分の心のシャッターをあげること。

それが良いと思いますよ。



< ごめん。>

< ありがとう。>



そうおっしゃったんです。

今までは、今まで。

これから、ですよ。

これから!









< 女ばっかりで 仲良くしろ。笑>

仲良くお暮らしください。









※そうそう。
目の周りをキュッキュするのは、ご主人の癖だったようです。
伝え忘れて、メールで確認をするなんて・・・
どれだけ物忘れが激しいのでしょうね。すみませんでした。









" そろそろ、ごんの写真を載せて欲しいなぁ〜・・・"
という空気を読みました(笑)。
大抵は、玄関でこのように寝ています。
鼻息部分が、水浸しになります。
動物がいますとやっぱりニオイがするんですよね。
だから、
ご来客がある時には、インセンス(天然成分100%の線香)を焚きます。
それで、ごまかしている、っちゅ〜わけです。(笑)

・・・ごまかせてるかなぁ・・・?











Posted on 2016/06/15 Wed. 10:33 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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15

他界の日常 

" あちらの世界のことをブログで教えてほしい。"

と心からのメールを頂きました。



私はこの世に生きていますので、直接知ることは無理でしょう。

しかしながら、"ご機会"を通して教えて頂いたことを

思いつく範囲で書かせて頂きます。



- - - - -

生活環境は、こちらと似ているようです。

図書館があったり、

学ぶ場所(施設)のようなものがあったり、

音楽を聴くようなホールのようなところがあったり、

土手があったり、というような具合。

家もあるようです。

多分これは、こちらから他界に移行した際に

" 馴染み易い " ように配慮されているのではないかと私は考えています。



食べることについては、あまり触れられたことはないように思います。

身体(肉体)を保持する必要がないからでしょうか。

私たちが摂っているような " 食事 " が、必要がないのも頷けます。



お供えについてご依頼人さんからよく尋ねられますが、

上記の通り、お供えを他界では食べている!とは言われたことが

多分ないと思います。感謝こそすれ。

" お供え " したものを " 食べる " ということではなく、

お供えをする人の思う気持ちが届く、というようです。

心地良い空気のように届くと思われます。



他界してからしばらくは、のんびりされるようです。

一概には言えませんが、他界との交流は、早くて半年。

1年ほどは待った方が良いと言われているのは、

他界でゆっくりと馴染む、養生する期間に当たるのだと思います。

ただ これも、一概にいえません。

人によって違うようです。



例えば・・・

運動会に参加し、山登りに参加し、会社で泊まりがけの出張があり、

帰ってきてから、溜まりに溜まった洗濯物の山と散らかった家の中

の掃除をし、しかも大家族分の・・・。

こうして例えを考えるだけで想像するだけ私は疲れますが(苦笑)

こういうのってとても疲れそうでしょう?

これをやり遂げて、「 あ〜あ、疲れた。ちょっと休もうか。」と

昼寝をした とします。

1時間程の昼寝時間で復活!の人もいれば、

何だか1週間ぐらい身体がしゃんとしないなぁ〜という人もいます。

そのような感じで、回復のために睡眠時間や熟睡具合が

人によって違います。そのような意味です。



「 え?半年も寝てるの?1年もゆっくりするの?」

と思われるでしょう。

寝る、というのはちょっと違います。

ゆっくりする、馴染む期間ということです。

コミュニケーション方法も、こちらとは違いますから、

ちょっとずつ慣れるためにそれぐらいの期間が要るのだろう・・・

というところです。

" 時間 " が他界をコントロールしているわけではありませんので、

その感覚は薄れてゆくと思います。

時間の前後がはっきりしないのかな、曖昧なのかなと思うことも

多々有りました。



人それぞれ、時期それぞれですが、

話しかける内容がハッキリ届く、ということではないようです。

それも頷けます。

良識で考えて頂ければおわかりになると思いますが、

私達が家族と同じ屋根の下で暮らしていても、

本人の何から何まで " 知ってる " ということがないのと一緒。

それと同じです。

盗み見、盗み聞きをする、というようなことはないのです。



他界は、魔法の世界ではありませんから、

手品のように物がポンっと現れるわけではありません。

そんな楽な世界なら、私は物質世界に生まれようとは

思わないなぁ〜(大笑)。

でしょう?ねぇ。

例えば、こういうことを尋ねられたことがあります。

お供えをすると、他界でそのお供えが出てくる・・・

と。

あきらかに、物質世界の考え方だと思います。

他界は、物に頼らなくて良い世界です。(笑)



考えられるのは_

そのようにお伝えされた方(伝え手)は、

とてもファンタジーなことがお好きなのかもしれませんね。

あるいは、どこかでご本を読まれて、その本に書かれた内容が

正しいと鵜呑みされ、伝え手の意識に記録されているのかもしれません。

それでそうお伝えになったということも考えられるでしょう。

伝え手の思考や考え方というのは、伝え方に多いに関係してきます。

意識的であろうと無意識に近い状態であろうと、影響は出てきます。



だからといって、「 他界は何もない」とは違います。

誤解されませんように。

物欲が薄れていくのです。自然に。

必要なくなってくるのですから、それは自然な流れです。

そして、その流れは「 心の充実 」だろうと思われます。



私たちのいる物質世界と違うところは、物以外にもあります。

わかりやすく申し上げますと「 治安が良い 」ということです。

欲から犯罪を起こし続ける人々は、そういう人々ばかりが周囲におられます。

言うなれば、犯罪者心理のエリア。

つまり「 類は共(友)を呼ぶ 」です。

似たような者が集まってしまうのです。

例えると・・・

いじめる人が他界したとします。

周囲は、自分と似たような「 人をいじめる輩 」ばかり。

類は友を呼ぶ、というのは、そういうことです。

いじめるのが好きだから、まぁ、いいのか。

嗜好ですもんね。

ご本人がこれはいけないなと気づくまでは

ずっとそのままだろうと思います。

私たちの世界では、刑務所というのがあり、刑期を終えると出ます。

心から反省しなくても、刑期を終えると出て来れる。

刑期というのは「 制限(期限) 」です。

物質世界ではあらゆるところに、制限があります。

物質は必ず劣化します。肉体も衰えますよね。

それが、他界ではありません。制限がありません。

物質がメインではなく、心がメインだからです。



小さな子どもたちは、近親者や周囲の方々に助けられて

すくすくと成長します。

いじめや虐待によって他界した方々には、

サポーター(守護霊方)の手厚いサポートがなされるのです。

病気などを患っていた方々は、肉体を保持する必要がなくなり、

痛みから解き放たれ、身軽になり、心軽やかになります。



そして!

愛しい家族である、ペットたちとも会えます。

会える!遊べる!

これも、嬉しい再会です。

虐待されたり、動物実験台、商品のために殺された動物たちに

愛情を注ぐようなことを他界でやりたいと思っています。

私の、他界後の楽しみのひとつです。



あとは・・・

こちら的なラベル(学歴、職歴、お金、家柄など)は一切なく、関係ありません。

それを生き甲斐にされている方には残念なんですけど。

執着が悪いわけではないのです。

人に迷惑かけていることも知らずに、我欲を通すほどの執着は

大変だろうなぁ・・・と思って、ニュースを読んだりしてます。

まぁ、ご自由になさればいいと思うけど、

" 自由 " の持つ本来の意味ではないと思います。








他界後、ゆっくりされたあと、

少しずつ、他界での生活に馴染んでゆきます。

家族のことを思ったり、見守ったりしつつ、

自分と向き合います。

そうして、

大抵の方々は「 他のために尽くしたい 」と思われるようです。

他界まなしの方々を助けたり、手伝ったり。

大震災など人々や動物たちが困っている状況を助けに行かれます。

そうおっしゃっていた方々がおられました。

忙しかったと言われていました、そう言えば。

まるで、ボランティアのような働きをなさるようです。



こちらと他界での生活は

同じではありませんが、類似していると思います。

こちらからすれば、あちらは「 他界 」。

あちらからすれば、こちらは「 他界 」。



家族を心から思いながら、

愛する人を心から思いながら、

愛しいペットたちを思いながら、

こちらで懸命に生きたことを誇りに思い、

私たちもまた、精一杯、人として生きたい。

私自身、そう思っています。



ご機会に同席させて頂いても、私は、

他界を追求しようとは微塵も思いません。

自分から「 他界を知っている。」などと言うことに何の意味があるのかな?

と思います。私にとってそういう感情や行動は、全く意味がない。



他界に居る家族や多くの人々、動物達が健やかに生きている_

それで十分だし、それを信頼して、安堵して、

自分もこちらで生きたいと思っています。



" 他界もこちらも、尊重する。"

どこに居たって、どこで生きていても、

生きること、死することを心から大切にまっすぐ見つめたい。

それで善いじゃないですか。ね。



機会を頂けば頂く程、他界に関しては言えなくなります。

こちらにいながら、他界を知り尽くすことは 無理。

こちらでさえ、知らないことばかりです。



ご家族や愛しい人の他界により、

悲しみの中におられる方々に心から申し上げます。

悲しいのは、自然なのです。

悲しみをなくそうと、抹消しようと思うから無理があるのです。

私は、悲しみも辛さも楽しさも嬉しさも怒りも経験しています。

どれも私の大切な感情だと思っています。

悲しいのは、

それだけ大切な大きな存在だからです。

命は、存在は、偉大なのです。

家族の他界は、誰にとっても悲しい。

そうでしょう?



こう申し上げることを誤解なく噛み締めて頂きたいのです_

悲しい気持ちが辛い、ということは、

愛しいご家族を思っている、ということではないのです。

自分が辛い状態から逃れたいということに集中しているだけなのです。

自分の心と向き合う、というのは

こちらにいても、他界にいても永遠のこと。



すべては、自分の心。

心次第。



- - - - -



これで締めくくらせて頂きます。

懸命に書きました。

文字からは誤解も生じると思います。

それも承知の上で、書きました。

これが正解、ということではなくて、

良心で読んで頂ければと思います。







夏が近づくと、他界に関係することを 何故かテレビで番組をされます。

ゆゆしき行いだと思います。

なぜなら、テレビから見聞きする内容は「 本当。正しい。」_

テレビをご覧になっている方々が、テレビから放送されることは

真実だとお思いになるからです。

メディアは、大衆への影響をもっと真剣にお考えにならねばなりません。














これこそ、この時期!(笑)
蚊、見えますもんね。実際、痒いですもんねぇ〜。(大笑)
蚊取り線香のどこが「真ん中」ぐらいだろうと思っていました。
そして、糸で計り、真ん中が写真のあたりぐらいと分かりました。
「 へぇ〜、意外だなぁ・・・」
と言いながら、真ん中あたりをポキッと折って、2カ所に分けて点けました。
大体ですが、80センチ弱ほどの長さでしたよ、蚊取り線香。
私の日常はこんなようなことをふと、やります。(笑)
これが息抜き。(大笑)








アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~

Posted on 2016/06/13 Mon. 06:50 [edit]

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13

心は嘘つけない。 

交流をしていくなかで、一番難しいところは、心。

心というのは多面性があります。

一筋縄では理解出来ません。

心というのは、他界していようが、こちらに居ようが、

変わりません。



他界したら誰でもかれでもが、心が浄化される・・・

というような自動的なことはないようです。

この世的な誤摩化しは効かない。

嘘はつけない、ということです。



わかりやすく例えますと、

表沙汰になるならないに関わらず、

人を騙したり、脅したり、いじめたりしたとします。

もちろん、犯罪も含みます。

人を蔑むように生き続けるも 誰でも他界します。

たまたま、お金持ちだったとします。

他界したら、

お金を積んで、

高額な戒名をつけてもらったり、

高僧にお経を唱えてもらったり、

一等地にお墓を建ててもらったり・・・

というようなことをすれば、

自分がやってきた行いがすべて「帳消し」になる!_

そんな都合の良いことなどありません。

人としてどうなのか?

というところです。



犯罪でなくとも、

"ラベル"崇拝し、自分に酔っている人達は

日常を見直した方が善いと思います。

学歴、勤務先、職種、お金の量・・・

これらは、この世的。物質的。

他界では、そうしたものは、一切関係ありません。

すべては、「 心 」。



悪いことしてるな、

誰かを傷つけているな、

誰かを困らせたな、

というようなことが少しでも心にあるならば、

思ったら吉日、すぐに止めた方が善い。



勇気を奮い立たせて、欺瞞なことは止めること。

潔く今までの悪しきことを認め、止めること。



それが出来る、出来ないは、

いままで、一度でも

心から 誰かに感謝したことがあるか、ないか_

だろうと思います。



自分さえ良かったらいい・・・

誰も見てないからいいだろう・・・

他の人もやってるから、別にいいだろう・・・

といったようなことは、やらない方がいい。



誰もみていなくても、記憶(記録)されているのだから。

自分の心に。



自分で蒔いた良くない種は、

自分でしか刈れない。

他の家族に影響する、ということはありません。

家族といえども、自分ではないから。

家系の因縁、なんとか、、、、というのは迷信。

感情の良い悪いはあったとしても、

良い霊、悪い霊というのも、人間が勝手に作ったこと。



これからの季節、テレビ番組で

そうした類いの番組が放送されるかもしれませんが

低迷し続けるテレビ局の視聴率狙いですから

そのあたりは良識でご判断ください。



悪いと思ったら、止める。

良いことを地道にやっていく。

最初は、自分の感情とのにらめっこ。

でも、忘れた頃に 良い習慣になっていく。

それが、性格に加わり、

人格が備わってくる。



そうやって、ようやく

人と成れる。









そう 思います。



















プランターの隅っこに、可愛い「オジギソウ」がやってきました。
風で飛んできてくれたのかな〜?と家族間で言ってました。
わが家で前から大人気のオジギソウ。
そっと触れると、動くところが良いですよねぇ。







Posted on 2016/06/10 Fri. 11:18 [edit]

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10

ふぅと思うこと 〜 味 〜 

ふぅと思うこと。



味のある人、

味のある家、

良いですよねぇ。



見た目は、平凡そのもので

ぱっと人目もひかない。

でも、そういう人の回りの空気は

とっても柔らかくて、居心地良い。

トゲトゲっとしてない。

ギスギスしてない。

ギラギラしてない。

本当に 空気みたい。



キレイな人は増えて、

キレイな家は増えたけど、

不安の裏返しが基になってる。

そうしたことを幾度も乗り越えてきた、

味のある人や家って

なかなか ないなぁ。



味が出てくるには、

長いこと かかるからなぁ。

地味ぃなスルメみたいに。

出会った時なんかは、うわぁ〜って思う。

いいなぁ〜、この家。

この人、いいなぁ〜って。



味がある って

良いねぇ。

ほっこりする。

普遍な感じがする。



そういう人って

口数が少ないんだよね。

あんまり多くを語らない。

自分のことは、語らない。

そういう家って、目立たない。

お洒落でもなんでもない。

お洒落な地域にも ない。








ホント、粋だなぁ〜って思う。


















最近、家族が増えました。
カナヘビという呼び名のトカゲちゃん。か、トカゲくん。
子どもって何でも知ってますよね、ホント。
「 空気の入替え 」とか「日光浴は○分以内」とか
「 なんで、日光浴をさせるのか。」とか。(笑)
いろいろ教えてもらいました。

だけどさ、元気なうちに自然に帰しておやりよ。
ねぇ〜。こんな狭いとこにさ、入れられて。
蜘蛛やコオロギを与えられて食べてもさ、自分で穫る方がいいよねぇ。
私、そう思うんだ。
トカゲちゃんも、そう思うでしょ。
与えられるよりも、自分から、って。








Posted on 2016/06/06 Mon. 16:40 [edit]

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06

他界との交流につきまして 

" 他界との交流とは、どういうものか?"



について、私の経験をもとに書かせて頂きます。

その点をご配慮頂ければ助かります。



拙ブログをお読みになると、伝え方や伝わり方が違うと

お感じになると思いますが、

交流内容に「 差 」はありません。

もし「 差 」というものをお感じになっているとするならば

性格の違いだということを理解してあげてください。



物静かな性格の人が おられます。

とっても明るい性格の人も おられます。

もともと無口な人もおれるし、

人見知りなく誰とでも話せる人もおられる。

気分屋な人も おられるし、

無頓着な人も おられるでしょう。

性格というのは、とてもユニーク(唯一)です。



例えば、

人見知りをする家族に、

「 誰それさんみたいに、よく喋ってよ。」

なんて思うのは、ちょっと違うと思います。(苦笑)



誰かと誰かを比較する、

比べる _

他界との交流において、他と比べることは

なさらないで頂きたいのです。

お気持ちは、とてもよくわかっています。

だからこそ、です。

比較は、ご自分にご家族に " 制限 " を設けてしまいます。

制限は、交流を妨げる要因にも成ります。



" 名前を言って "

" 呼び名を言って "

" 暗証番号を言って "

" やっていたスポーツを言って "

" 頑張っていたことを言って "

・・・ect

お気持ちは、本当にわかります。

本当に。

こうしたご質問を今までたくさん頂きました。



交流時、ご本人は懸命に伝えようとされるのです。

それこそ、あの手この手で。

それを報い入れるのは、心から必至でなければ、です。

無我夢中です。

後から「どうでしたか?」とご質問頂いても

覚えていられない程、集中していますし、ある意味、

放心状態です。



" 懸命なお気持ちに、必至に取組む。

 それをお伝えする。

 おわかりになるか、ならないか の確認を取る。"

交流は、この流れの繰返しです。



" あれ しなさい。"

" これ しなさい。"

" それは? "

" まだ してないの?!(まだ言わないの?)"

と、まぁ〜、私が うちの子に言うような小言は

言わない思わないであげてください。(大笑)



ご質問は、もちろん伝えます。

でも、

今まで そうしたご質問に対して、

ご依頼人さんの感情を満足させるような返答が

あったとは思えません。



ご依頼される方のお気持ちは、わかっています。

痛い程 伝わってくるだけに何とも言えない複雑な心境になります。

そうした時に私が自分の感情を動かしてしまうと

交流は成り立ちません。

それと、

魂やあちらの世界のことを書かれた本をお読みになって

不安を感じられたら、そうした本は不安が消えるまで

読まない方が善いと思います。



他界との交流は、

「 自由で伸び伸びと 」させてあげたいのです。

これが大切と思っています。



交流は、

テストの場ではないのです。

心の交流の機会だと 私は考えています。



他界に本拠地を置かれている方々にとっての、

ご依頼人にとっての 心の交流の場。

自分の心を見つめる機会。

言って欲しいことを言わせる場でないことを

心より申し上げます。








「 自由で伸び伸びと 」。








心を込めて、申し上げました。

失礼な言葉や表現がありましたら、ご勘弁ください。

私には、どなたの交流も 貴重な機会としか思えません。

正しく交流することは、本当に貴重なのです。














菜園で必要らしい「マリーゴールド」。
植物を育てるのが多分、苦手な私も育てることに・・・。
(難しくないんですけれどね。)
次から次へと咲くんですね。




「 あ〜ぁ、枯れたなぁ〜。」と思いながら、枯れた部分を取りますと!
「 あ!あ!あ!」
種が出てきました。(当たり前過ぎる)
こんなに種が穫れるんですよ。
写真手前は、枯れたガク。赤いしょぼしょぼは、枯れた花びら。
マッチ棒みたいなのが「 種 」です!







Posted on 2016/06/03 Fri. 10:44 [edit]

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03

あちらの世界に物は「不要」。 

霊能者、霊媒、占い師、ヒーラー、セラピスト・・・

といった人達から、

「 ○○が必要です。」

「 ○○を買ってと言われています。」

というようなことがあったら、疑ってください。



あちらの世界は、物は不必要なのです。

位?も不必要。

名前?も不必要です。



多くの被害が今もなお、在ると思います。

時々、聞かされます。

言われた方の身に なってみろ!と言いたくなります。

ひどい話です。



ある方の了解を得て、ご経験を掲載します。



- - - - -


○○が亡くなってから
事実を受け止めたくない、信じたくないと思っていても
日常生活において、居なくなった事実を思い知らされる日々で
まさに、生き地獄でした。

それでも生きていかないといけない現実に
うんざりする思いでした。

地元で有名な占い師の所にも行きました。
でも、最終的に数珠を作りなさい!だったので、
これは違うでしょ!?
と思い行くのは止めました。

「 彼が、『お母さんと叔母さんに数珠をプレゼントしたい』って言っています。
『でも僕はお金が使えないから、おばちゃん(占い師)協力して。』
と言っていますので私からお母さんと叔母さんには数珠をプレゼントします。
でも、○さんに『成人のお守りで数珠を買って欲しいから。』と言ってますので、
次来るときは○千円だけ握りしめて来てくれたらいいから!」

と言われ、帰り道、
「 本当にあの子なら、数珠買ってなんて言わないよね~ 」
って大笑いしてしまいました。

1回目の時は、信じていたので 残念な気持ちやら・・・
失望感に覆われたのを覚えています。


- - - - -



こういうことをおっしゃる方が、

まだ、おられるのかと思いました。

情けないなぁ。

だったら、差し上げれば良いじゃない?

と思うのです。

そういうのは、例え、1円でも「 売りつけ行為 」です。

霊感?悪徳商法です。



あちらの世界に物は不要



パワーストーンとか、物に頼らせるような謳い文句は

止めた方が善い。

心が腐りますよ、と思います。

まあ、言う人の心が腐ろうがどうなろうが、

どうでもいいことですが。



最初は、無料・・・とか、よくありますね。

次からは・・・とか、

その内容は、料金が必要です・・・とか、

メール対応したから、有料・・・とか、

紹介だから、割引・・・とか、

どれもこれも、おかしい話です。



どんなに、地元で有名でも、全国的に有名でも、

そういうのは関係ありません。

「 有名 = 正しい 」というのは、ないでしょう?

今の時代。ねぇ。(大笑)

そういう方々に限って、

ご自分を「 特別扱い 」なさいます。

" 私は、どうとかこうとか・・・"

" 私は、守護霊に強く護られているから・・・"

" 私には強い力がある・・・"

" 私は、どこどこの団体の認定何とかです。" とか。

この手の話をされる方の目って、ものすごくギラギラしています。

私は特別なんだ!とその手の話のオンパレード。

そのまま、喋らせておけば、

とにかく、不思議な話ばっかりされます。

もう本当に、気持ち悪いですよね。そういうの。

近寄らないのが一番。



目にみえることも、見えないことも、

有名、学歴といった「ラベル」は、関係ないのです。

外側ではなく、内側が大事。

" 人として、どうか?"

それを大切になさったら間違いないと思います。



皆が皆、悪い、怪しいわけではありませんが、

欲が欲に繫がるというのは、あると思います。

" 有名だから "、" 頭が良いから "、" お金回りが良さそうだから "、etc

そういうのに釣られてしまうのは、心の中にそれが正しい、常識的と

思う何かが潜んでいるからと思います。

そうしたことは、失敗やガッカリな経験が

自分の考えを見つめる、見据える機会に成ります。

欲を携えてこられても、毅然とした態度で接するのが

人として「 普通 」です。



皆さん、気をつけてくださいね。







いままで、

「 物を買って! と伝えてください。」と言われた方なんて

ひとりもおられません。

物質世界では ないのです。












久々、ぺこの登場です。
隣接地で建築工事をされているので、その音やザワザワした空気が
嫌なんですよね。
来る時は、工事音が無い時。空気が落ち着いている時。
自然で生きる動物は、とても敏感です。
(わかる、その気持ち!)
貴重な昼寝時間に、パチりと撮りましたが起こしてしまいました。
(ごめんよ)
寒くなる前までに、何とか、プランPを成功させたいと思います。
(ぺこ だから、プランP。)







アガサ 葉山在住
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Posted on 2016/06/01 Wed. 12:20 [edit]

category: 頂いたメールへのお返事

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