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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

泣いて、笑って。 

ご依頼を頂いてから、数ヶ月後の対面と成りました。

その間、日程のやりとりのメールに書かれた短文の端々に、

ご依頼人Yさんのお人柄が香ります。

たった一言でも思いやりの言葉を頂くと 単純な私は

テンションがあがります。(笑)



当日、Yさんがお越しになる前に、すでに" ご家族 " がちらっと

来られていたと思います。

ああ、そうそう。

Yさんがお越しになる前に、こんなことがありました_

静かにしていますと、私の両方の耳をぐっと押さえられました。

( なんだなんだ? 耳がどうしたのですか?)

まぁ、後からYさんに伝えましょう・・・

静かにスルーしました。



Yさんがお越しになり、年代や容貌やお人柄などをお伝えし、

もうすでにおわかりなったようでした。

お伝えの際中に、さっきのことをハッと思い出したので

Yさんに申し上げました_

「 Yさんがお越しになる前、ご主人の耳、両方の耳を

 こういうふうになさるんです。

 この意味がわかりますか?」

ハッとされた様子で、すぐにこう話してくださいました。

「 主人は、柔道をしていまして、両方の耳がつぶれていました。

 でも、他の方々よりは ましでしたが。」と。

「 あぁ、なるほど。そういうことだったんですね。」

と納得した私でした。

「 あ、もしかすると、私へのイヤリングのことかも。」

そうおっしゃって、少しお話されましたが、

そのことについて、あちらかの返答は何もありませんでした。

「 イヤリングのことではないようです。

 むこうから何の返答も ありません。

 それに、私の体感では、イヤリングの感覚はありませんでした。

 ご協力をありがとうございます。」

少しでもニュアンスが違うと、それは、違います。

言葉ひとつ違うだけで意味も違ってきます。

神経質のように思われるかもしれませんが、大切なことだと考えています。



「 もうひとり、どなたかと一緒に来られているようです。」

その様子をお伝えしますと、

「 子ども、です。」

「 え?子ども?(おふたりの子にしては小さ過ぎるけど・・・)」

「 親戚の子です。」

「 あぁ、そうでしょうね。子どもとおっしゃってびっくりしました。」

と苦笑してしまいました。

ご主人が何かを話そうとされていたので、先にお話を聴くことにしました。



(これは・・・山や土地、広いなぁ・・・)

「 相続のことでお話があるようです。」

「 はい。」

Yさんの空気がぎゅっと緊張し始めたので、お尋ねになりたかったのでしょうね。

< 畑は、いつか良い人が出てくるから。そのままで。>

「 畑は、広い土地のことです、そのままでとおっしゃっていますよ。」

「 あぁ、良かった!揉めてたんです。結果、そのままになりました。」

「 そうですか。それは良かった。そのうち、良い人が出てくるからと。

 慌てなくて良いようですね。」

< 山も・・・周囲の人達の役に・・・>

「山」についてお伝えしようと思った矢先に、

待ちきれなかったYさんは、話し始められました。

ご主人のことが嬉しかったのでしょうね。

「 山もどうしようかと思っていたんです。

 子どもに遺して、手数になったら可哀想だと思っているので。

 近所の人の荷物をね・・・」

「 ええ。ご主人もそうおっしゃっていますよ。『 周囲の人に役立てて 』と。」

「 そうですか!良かったぁ。」

「 ご夫婦で通じ合っておられますね。なんだ、私の出る幕じゃないですね。」

と大笑いしました。

もちろん、冗談です。でも、正直な気持ちです。



< 息子が・・・いつか・・・使うから。>

( そうなんですか。奥さんなら大丈夫ですよ。ご安心ください。)



相続で大変な思いをしますと、自分の子どもには家族には

同じような苦労をさせたくないと思います。

つくづく、そう思います。

Yさんのそのお気持ちも、実経験をもった私にはとてもよくわかるのです。



< ・・・テル・・・>

( てる?)

何度か、「 テル 」という言葉が繰り返されるのですが、

音としては似ているように思えるのですが、

完全な音ではない 何か違うような気がしつつ・・・。

「 ご主人が『 テル 』という言葉をおっしゃるんですが、

 どなたかのお名前で心当たりがありますか?

 なかったら、私の聞き間違いです。」

考えてくださっていたのですが、心当たりがなさそうでした。



< 家族で旅行・・・良いもんだよ。>

「 ご主人が旅行のことをおっしゃっています。」

「 はい。わかります。

 以前、主人が『 退職したら旅行に行こう。』と言ってくれたのに

 私は『 友達と行った方が楽しい。』って言ってしまったんです。

 今は、そんなこと全く思いません。

 それに、イヤリングのことも・・・。

 滅多にそんなの買わない人なのに、折角買ってくれたら、

 『 イヤリングなんて、耳が痛くなるから。要らないのに。』って。

 主人が寂しそうな顔をしたんです。

 ひどいことを言っちゃった・・・。」

そう話されて、泣かれました。



ついね、言ってしまうことってあります。

親切にしてもらっても、嬉しいって心底思えない時も。

多分、照れもあるのだと思います。

「 ご主人からは、イヤリングのこと、旅行の断り?について

 執念深いものは(大笑)何もありません。

 お気持ちお察し出来ますけれど、何も終わりじゃありませんよ。

 今からでも、イヤリングをお付けになったらどうです?

 耳が痛くなるなら、10分でも、5分でも。

 『 ほら、イヤリング、付けてるよぉ〜!』って見せてあげれば

 良いじゃないですか。(笑)」

私からの提案に、ふたりで大笑いしました。

何でも悲しく結びつけないでほしいと私は思うのです。

後悔する気持ちも分かります。

だけど、謝って欲しいなんて、ご主人はおっしゃってないのですもの。



ご主人は、その後もいろいろなことを話してくださいました。



気さくなYさん。

ご主人と通じていたことを確信されたようでした。



以下、頂いたメールの一部に助けて頂きます。



- - - - -

(略)

久しぶりに主人に逢え、とても幸せな時間でした。
帰り道も主人はいつも近くにいるからこれからは頑張って生きていこう。
と思えることができました。

家に着いてからすぐに畑に行き、ありがとう。と伝えました。
これからは畑仕事も苦にならずにできそうです。


あれから、アガサ様からお聞きしたことを考えていたところ、
(てる)という言葉なのですが、
主人もすごく可愛がっていた○の子供が、
里帰りしている時事故で亡くなったのです。
その子の父親の名前が(テ○ル)と言います。
彼は事故後仕事もできず安定剤と睡眠剤を飲みながら家にいます。

(略)

- - - - -



ご主人は、可愛がっていた親戚の子どもと一緒に居るから

安心していいよとおっしゃりたかったのだろうと推測します。

子のお父さんの状態を思いますと、胸がしめつけられる思いです。

いつか、必ず、立ち上がられることを心から祈りたい思います。



夫婦の会話って面白いですね。

月日が経てば経つ程、照れが出てくると思います。

慣れていても、夫婦というのは親子ではありませんもの。

素直になれば良かった、

もうちょっと言い方があった、

いろいろなことを思って、私たちは生きています。



素直で在り続けることも勇気がいるし、

何が善いのかは、一概には言えません。

だけど、

悪かったなと思えば、その時から、行動に移すこと。

ばっと変わるなんて出来なくても、ちょっとだけ。

ちょっとずつ 少しずつ。

自分の心の中の動きだけでも 一歩ずつ。

そういうことの積み重ねが

いつしか、習慣となってくるんだと思います。



あ、そうそう。

ご主人は、あちらで「 飲み友達 」と楽しんでおられるのでした。

これについても、Yさんとふたりで大笑いしました。








泣いて、笑って。








人生は、深くなる。

素晴しいことです。
















新緑の季節。
新芽の緑が眩しいですね。
この写真は、前橋写真の新緑です。
新緑の雰囲気も、土地土地によって違うんですね。
この自然を子どもたちの将来に繋げたいと思います。












アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~

Posted on 2016/04/29 Fri. 14:05 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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29

長たる者 

「 長 」。

役職(ラベル)に「長」が付くということは、

自分のところで何を仕事としているのかを把握していて「 普通 」。

人と成り、も然り。



会社の幹部は、経営手腕とか何とかあるだろうけど、

単に経営だけなら、その会社でなくていい。

例えば、

私は餡子が好きなので、餡子の会社としよう。

餡子の会社の社長は、自分とこの商品の餡を知っていて普通。

どこの生産か、

どういう育ち方をしているのか、

商品になるまでの流れ、

扱う人間(社員など)の管理、働きぶり、

などなどを知っていることが 普通。



餡子が好きだから、この会社で働いている。

餡子が好きな人達の「長」になったのだから。

餡に何が含まれているのか、

どういうところで、どういうふうに育った素材なのか、

どういう流れで作られているのか、

商品になっているのか、

どういう人達がそこで働いているのか、、、、

そうしたことを「 知らない 」とは 言えないものだ。

自分が属する会社は、何屋だ ということだ。

社員の誰よりも、餡なら 餡のことを好きで

知っていなければ おかしい。





長たる者が、

豪華な車に乗って、

グリーン車に乗って、

ファーストクラスやビジネスクラスに乗って、

出張という名の接待を受けて、

豪華な食事を食べて、

高級な服を着て、

大きな家に住んで、

名士のような顔をして・・・

まるで、自分が

「 特別 」かのような勘違いをし続ける_

それらが「 長 」の成すことでは ない。

一社員と長に差は、ない。

同じ人間だ。

役職(ラベル)によって、人間に差は 無い。






長たる者の人格で その会社や団体、学校の

すべてが決まる。

その人格で 流れが変わる。

それほどの影響力があるのが「 長 」。

それを自覚してこそ、長。








長たる者、

襟首を正せ。

デスクの上だけで 仕事していると勘違いするな。

物を作って売っているなら、

製造過程、

素材生産過程を 見ろ。












官僚、政治家は、

貧困貧困と 流行語のように言ってないで

お忍びで

その現場へ 行き、

「 現実 」を見ろ。







そうして初めて、仕事が出来る。
















Posted on 2016/04/29 Fri. 06:34 [edit]

category: 思うこと

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29

40年程経って、ようやく。 

子どもの頃の記憶を、ほとんど覚えていません。

それでも、ふとした時に思い出すこともあります。

小学生の頃、祖父母の行動で不思議だったことが ふたつ。



ひとつは、祖父。

朝食がパンの日には、生の食パンに苺ジャムを一面に塗って食べていました。

小学生の頃、それがとても不思議でした。

トーストせずに、苺ジャムを全面に塗る祖父。

( 焼いた方が美味しいのに・・・)

そんなふうに思っていたと思います。



もうひとつの不思議は、

祖母。

明るく陽気で人と喋るのが好きな祖母は、

看板娘ではなく、看板おばちゃん。

近所の大学生の人達にも人気でした。

気前の良さがそう思われていたんだと思います。

私の中での不思議は、

祖母が近所のスーパーに行って、お菓子を買うこと。

自分は食べないのに。

かといって、まるまる、孫たちのためでもないように思えました。

買物や食事は、私の母が全部やっているにもかかわらず。

( なんで おばあちゃんは、あるのに買ってくるんかな?・・・)



あれから、40年程経った今、ようやく わかりました。

ある日、ふとした時に。

私自身の日常の行動中に、気づいたのです。



焼かない食パンに、苺ジャムを全面に塗る。

いつしか そうしている自分がいました。

それが楽しみでした。

ジャムを塗っている際中に、祖父を思い出しました。



祖父母は、小さな商店を営んでいました。

昔はどこもそうですが、生活は地味で質素。

静かな祖父は、長男。

長男だから家業を継ぐのが当たり前の時代。

兄弟の中でも、無口で静かな祖父が商売を。

絵に描いたような質素な人でした。



食パンに苺ジャムを塗るのは、質素な祖父にとって

ひそかな楽しみだったんだ_

私が祖父と同じことをしていることに気づいた時に

そう思いました。

近所のスーパーに行く祖母も、そう。

小さなお店を営むふたりにとっての楽しみ。

どこに旅行に行くでもない。

外食するでもない。

毎日、同じことの繰返し。

ぼんぼん育ちでも、欲のない祖父でした。

祖母は内向的な祖父とは違い、接客上手な分、

いろいろなこともあっただろうと思います。

今の時代には考えられない、小売りの掛け払いもありました。

子どもの私がするお手伝いは、

掛け伝票のお手伝いと

集金回りに付いて行くこと、

空き瓶などの整理、

お中元やお歳暮時期に付けるリボン作りなんかをやっていました。

一番喜んでくれたのは、リボンを作ること。

卸で買えば、見た目も良いリボンがあったと思います。

小学生の孫が作るものって・・・(笑)ほら、手作り感が、ねぇ。

祖母は、私の今の年齢で、初孫を見ました。

40代後半で、孫。です。



家族の、大人の背中を見て育つ。

あれ、やり!

これ、やって!

そんなことは何も言われなかった。

だけど、働いて 働いて の家族がそこにいる。

重いものを扱う、祖父と祖母がいる。



思いやりや何とかというものは、言われて出来るもんではない、

と思っています。

かといって、「思いやり」と思って やるもんでもない。



当たり前のこと。

普通のこと。



「 手伝うわ。」



小学生の孫が自分からそういう言葉が

地味で働きもんの祖父母には、嬉しかったかもしれませんね。

あれから、40年程経って

ようやく 祖父母のことが少しずつわかってきたように思います。



家族って そんなもんですよね。

楽しいイベントで繫がるもんじゃない。

普通のこと。

日常のこと。

そんなのの方が 強い絆が作られるんだなぁと

思いました。














アガサ






Posted on 2016/04/28 Thu. 10:34 [edit]

category: 日常

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28

朝の散歩 〜 前橋にて 〜 

昨年11月振りの前橋。

4年前に初めて前橋へお伺いした時、私の故郷 京都市に

どことなく似てる・・・

そう思いました。

今の人が溢れる京都ではなく、私のなかで懐かしい京都に。



土曜日はご依頼をお二方頂戴し、どちらも素晴しい交流をされました。

日曜日の午前中は、午後から始まるサークル準備とイメージ。

それを終え、ちょっと気分転換するために、

近くを散歩しました。

最近は、散歩してないなぁ〜と思ったわけです。

愛犬の散歩距離は、私の散歩距離にはならないもんですから、

ちょっとは身体を動かそうと思いました。



若い頃、目一杯 身体を動かす時期がありました。

いつも、走っていたように思います。

ジョギングというのではなく、筋力と持久力をつけるためのトレーニング。

楽しむためではありませんでした。

食事も、楽しんで食べるのではなく、栄養素として摂っていた時期。

ケガが度重なり、ストップすることになりました。



若い頃は、ゆっくり歩く、立ち止まって風景を眺める_

そんなことを楽しいとは思いませんでした。

いつも、走っている、

いつも、必至。

そんな感じ。


日課だった柔軟と腹筋の日々が在ったのか?と思うほど、

運動不足の私がいます。笑

今では懐かしい思い出と記憶。

若かりし頃とは違う自分もまた楽しいもんだと思い、

朝の清々しい散歩を心から楽しみました。



携帯のカメラで好きなように、撮りました。(笑)

ピンぼけが多々ありますが、ご勘弁を。




萩原朔太郎さん。
どこかを見つめる眺める・・・何とも言えない表情を表現された像です。




私が若い頃、「 広瀬川 」の歌が流行っていたように思います。
この川だったんだ・・・と思いました。
あの方はお元気でしょうか。
※あの歌は仙台の広瀬川なんですね。教えて頂きました。どちらも川もしみじみしますね。




とても美しい眺めです。ほっとします。
本当に清々しい散歩道です。



こんな可愛い野花。
綺麗系のお花も好きですが、私は道端で咲いてる花が好きです。
派手さは全くないけど、逞しいもの。




ツツジの季節。
ツツジといえば、蜜!(笑)
小学生の頃、帰り道にそこいらで咲いてるツツジの花を摘んで、ちゅ〜っと蜜を吸ってました。
子どもの頃は皆同じようなことをしますよね。(笑)
一瞬、ほんのり甘さを感じる あの瞬間。
虫たちと自分を重ねたのでしょうか?
素朴な時代でした。




これは、珍しいお花ですね。
なんという花なんでしょうね。 まあ、名前はなんでも良いです。(笑)
とっても個性的だなぁ〜。




つくしの葉っぱに紛れた、たんぽぽの綿帽子。
こういうのが一番好きです、私。(笑)




このお花も綺麗です。気品がありますよね。
とても女性らしい感じ。儚げな感じもしてね。
ま、私には無いな、そういうの。(笑)




紫陽花のつぼみです。こんなちっちゃいのを見るのは久しぶり。
これから紫陽花の季節がやってきますね。
梅雨なんてまだ先!と思ってても、自然界は休むことはありませんもんねぇ。




なんだろう?・・・と遠くから思って近づくと ミミズクでした。
なんで、ミミズクなんだろう・・・???
でも、きっとこの場所に関係があるんだと思うな・・・
そう思いながら、ミミズクを後にしました。




秋か!と一瞬勘違いしてしまうような色。
自然界は、本当に無駄がありませんよね。
生命活動に、必要なことだけ。
自然に還るものばかり。
人間は・・・? どうかな? 




こらぁ〜!



キョロキョロ



あはははは

とでも言ってるんでしょうか?(笑)
不思議な椅子で、これについてなんの知識もない私ですが、
なんだか、人間の感情が刻まれていて面白いなぁ〜と思いました。





ゆっくり歩く散歩から

知らされることがあります。

普段、目にも留めないようなことも見たりして。










Posted on 2016/04/25 Mon. 15:46 [edit]

category: 思うこと

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25

頑な心 

ある晩のこと。

夕飯を終えた私は、洗濯物をたたんでいました。

コト、コト。

そうした音が何度が聞こえ、空気に緊張感が帯びてきました。

ほっておくのは私の常。

でも、どうしても無視できない状態になってきました。

若い男性でした。

( 今は、私の時間です。私の家族との時間。ご配慮ください。

 あなたのご家族と私がお話する時にお越し下さい。)

一旦は、帰られた様子でしたが、また、来られました。

この時は、ちょっと強めに申し上げました。

むこうの方々の用事があっての"訪問"なのは、重々承知しています。

でも、家族との時間、家族のための家事することは 私にとって

譲れないのです。

その若い男性の " 重々しい気持ち " を何とかしてあげたい_

そう思いながら、続けて家事をしました。



翌朝、昨夜のそのことはすっかり忘れていました。

Mさんを部屋にお迎えして、静かに向こうに合わせて行きました。

若い男性を捉えながらも、もう一人別の若い男性も来られている_

最初の方の方はおわかりにならないようだったので

次の方をと思った矢先、ふと、思い出された方がおいででした。

その方は随分前に他界された、ご親戚の方でした。

Mさんが思い出してくださったおかげで、ここ数日、私の中で

" 迷い子 "になっていた男性を見つけることが出来、

むこうからの反応(正しいという反応)に安堵しました。

この若い男性は、ずっと、時が止まったままのようでした。

とは言え、親戚と言えども、こうしたことを身内に話すのは

とても難しいことです。

Mさんには、

「 伝えなきゃと責任をお感じになる必要は全くありません。

 この方のご両親に伝えることは、善いことかどうかはわかりません。

 本当に繊細なことですから。

 聞き流す、という意味ではありませんが、まぁ、聞き流してください。」

と申し上げました。



「 次の方をお伝えしたいと思います。」

Mさんにそう伝え、次の方(別の若い男性)に合わせて行きました。

とても " 重々しい " 空気。

酸素量の違う高度を瞬時に移動することに似ているのかなと思います。

とても身体に負担を与える・・・それに似ているような気がします。



重々しい空気に、疲労困憊。

まさに、この四文字に尽きます。

それでも、伝わってくること捉えることを少しずつ、少しずつ

Mさんにお伝えしました。

「 年代は、20才前後。細身で、髪はこういう感じです。」

「 はい。」

「 この方、まつげが 綺麗ですよ。

 綺麗という表現で合っているかな・・・う〜ん、その言葉しか

 今は思い浮かびません。」

( 肉親であっても、こんな小さなこと_

 まつげが綺麗とか長いとかなんてわからないことかもしれない。)

そう一瞬、頭によぎりましたが、

この若い男性の重い空気を何とかしてあげたい、

そう思って ぐっと腹に力を入れました。



< そんなに心配しないで。>

( あぁ、そうでした。そうでした。伝えます。)



「 Mさんが来られる前に、何度か、彼はこうおっしゃっていました。

 『 そんなに心配しないで。』と。

 今、また、彼からその言葉を聞いて、思い出しました。

 今、Mさんの傍、私から見て右側のそこにおられます。

 ちょっと・・・その様子が、なんて表現すればいいのか・・・

 直立不動。ぐっと口を結んで。

 まるで、傭兵や兵隊さんみたいに・・・。

 なんで? なんでそんなふうなのかしら・・・。」

< ・・・守ってる。>

( 誰から? 何から?)

 「 何かからMさんを守っているようですよ。誰から?」

< ・・・父から・・・>



ちょっと差か、同時ぐらいに、

Mさんが「 主人から、、、かしら、、、」と おっしゃいました。

それについては、何も申し上げることは私にはありません。

人の人生は様々。

ご家庭の数だけ、いろいろな家庭があります。

私から尋ねることではないのです。



「 彼、頑固ねぇ〜(苦笑)、本当に。

 だけど、彼はとても自由な人ですよ。」

Mさんは、時折、ハンカチを顔にあてられたりして、

ずっと、静かに聴いておられました。

そして、ご自分の中で思われるところがあったのでしょう。

ぽつりぽつりと話し始められました。



Mさんの話し始めで、私は、割り込むように話しました_

「 話途中なのにすみません。

 交流時の、私の身体への痛みについて、ですが、私の経験から、

 あることが考えられます。

 そして、私はそうなのだと確信しています。

 でも、その言葉を言おうとは思えないのです・・・

 どちらにも思い出させたくないのです。」



Mさんは「そうです。」と頷きながら続きを話されました。

ずっとご家族に脅えて生きてきたこと。

家族中が脅えてきたこと。

結果、わが子にそういうことが起こったことは、

自分達夫婦の責任だと思っていること。

なぜ、子どもを救えなかったのか、

なぜ、あの時もあの時も・・・。



壮絶だったろうと思います。

本当に。

まるまる幸せな家庭で育ってきた人というのは

少ないだろうと思いますが、

壮絶とまではいかないのがほとんど。

そうでもないかな?・・・わかりません。



家族なのに、家族を寄せ付けない。

その空気は家に充満します。

ひとりが発することは、家族全員へ波及します。



どのような理由や経緯、今までがあったにせよ、

いつまでも、彼を傭兵や兵隊のようにさせたくない、

彼の頑な心を何とか風通しを良くしてあげたい_

私はそう思いました。



「 相手を変えることなど、出来ません。

 自分さえもなかなか変えることなんて、出来ない。

 でも、脅えて生き続けるのは、私は違うと思います。

 相手がそうだからといって、自分の心も同じところに落とせば

 同じことです。

 正々堂々と生きること、だと思います。

 例えば、相手が挨拶しないからといって、じゃー、自分も挨拶しない、

 そんなんではないと思うんです。

 挨拶する、っていうこと自体は善いことでしょう?!ねぇ。笑

 何かしても、言っても、返事は返ってこないかもしれない。

 でも、そんなのはどうでもいいんです。

 自分が人としてやることは、やっていれば。」

私自身の過去を振り返って、そう申し上げました。

ちょっと出しゃばりだったかも。(苦笑)



息子さんは、この話を聴いてくださっていたのか、

彼の周囲にある空気が、重々しさが少し軽くなったようでした。

「 今回の交流で、息子さんの心が100%軽くなったとは言えません。

 だからといって、お経を唱えたり、

 なんかしたら善いというわけでは ありません。

 ご本人が自分で気づくこと。

 周囲からの手助けはあるにせよ、自分の心は自分で気づかなきゃ

 どうにもなりません。

 でも、私は、息子さんはご自分で気づかれると思っていますし、

 そう信じています。大丈夫ですよ。」



この日は、ぐったりと疲れました。

翌日は、頭、首、背中、上腕・・・上半身が凝っていました。

けれど、家族との団欒では、白目むいてても話を聴きますし、

ちゃんと参加します。(大笑)



後日、Mさんから頂いたメールの一部を掲載させて頂きます。



- - - - -


始め、アガサさんが伝えて下さった息子の容姿について
「まつ毛」「きれいな」という言葉に?だったのですが・・・

(中略)このままでは火葬まで自宅にいられないと言われ
○○○を依頼しました。
(中略)
○○○をする事によって最後まで自宅で一緒にいる事が出来ました。
○○○を終えた後の息子は生きたまま眠っている様で本当にきれいでした。
「まつ毛こんなに長かったんだね」
眠っている息子を皆と眺めてそんな会話をしたのを思い出しました。
(中略)・・・はまさに息子だと思いました。

私の傍にいてくれた事
そうだと信じてきたけれど 確信できてうれしいです。
ハプニングの時はいつも「息子がついているから大丈夫」と自分に言い聞かせて
自分自身を励ましてきました。

息子の存在を感じる事が出来た分、
帰り道は会いたい気持ちが膨らんでしまいました。
何だかどっと疲れて (何もしていない私が言うのも申し訳ありません)
自宅に戻ってから倒れ込むように横になって2時間ほど眠ってしまいました。
アガサさん本当にお疲れ様でした。

○○に対してアガサさんから「労いの言葉は伝えた方が良いですね」と言われた事
常々伝えたいと思っていても私には出来ない事でした。
(中略)
でも変われるチャンスを息子が与えてくれたのだから努力します。

(略)



- - - - -



頑な心が いけないのではありません。

誰にでも いろいろな時期ありますし、

いろいろな出来事があって、

そうなることもあります。

心が固くなってるなと感じても、

心はそれだけではないことも 確か。

頑な心の欲するところ、真逆なところがあると思います。



いろんな時があって、

いろんな自分が居て。

これだけの人達が 暮らしているんですもん。

そりゃぁ、いろいろ ありますよ。



前夜、息子さんは お母さんより先に、

何かを私に言いたかったんだろうと思います。

自分の気持ちや家族への素直な気持ちも

言いたかったんじゃないかなぁ。



とにもかくにも、

結果オーライと申し上げたいと思います。














見てください!
この可愛いのは、里芋。
種?親芋?からこんなに成長しました。
こんなに小さいのに、里芋の特徴が出ていますよね。
葉っぱはね、最初は、くるくるっと巻かれていたんです。
家族皆で、「 あ!葉っぱが開いた!」って喜んだんですよ。
平和そうですか?(笑)
この平和な会話に至るまで、我が家もいろいろあったんです。(大笑)
けど、
結果 オーライです。
過去のことは、どうでもいい。
ほじくり返さなくても。ね。

いつも有難うございます。








アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~




Posted on 2016/04/20 Wed. 16:05 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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20

心 やわらかく。 

私の中で薄れて行きながらも、印象に残っているのは、

Eさんのご到着を待ちながらの時間に言われたことです。



< 爪の形が(自分と)似てる。笑 >

( どの指ですか? 右手?)

< 左・・・>

左と言われたので、自分の指を一本一本見ました。

< それ。>

( あぁ、真ん中の指ですね。中指。)

< そう。>

( へぇ、そうなんですね。Eさんが来られたら尋ねてみます。)

< 聞いてみてください。>



そういう会話があったのに、

Eさんとお会いするとしばらくは忘れていました。

あ!

と思い出せたので、Eさんにお尋ねしてみました。

「 Eさん、Eさんが来られる前の時間に、

 ご主人がこんなことをおっしゃったんです。」

そう切り出しながら、お話ししました。

すると、

「 あぁ、確かに! そういう爪の形をしていました。そうそう。」

「 ご主人のおっしゃることは、その通りでしたね。笑 」

突然そういうことを言われたEさんは、

びっくりされたと思います。(笑)



しばらくして、ご主人は、お子さんのことを話し始めました。

ご主人自身がその子に良かれ、合うだろうと思っていたけれど、

お子さん本人の様子を見ていて、

そうではないんじゃないか・・・

と思っていることを。

Eさんへは、お仕事の面でのアドバイス。

どちらも「 なるほど。わかります。」とおっしゃっていました。



最後の方で「ご質問はありますか?」と尋ねますと

「 お墓のことで、主人に相談したいことがあります。」

そうおっしゃったEさん。

その話をご主人は聴きながら、

< ○か○・・・かなぁ〜。>

「 ○か○かなぁ〜 とおっしゃっています。

 あ、・・・続きがあるようです。」



その続きに話されたことは、

Eさんの胸にすっと馴染んだとおっしゃいました。



- - - - -

前回同様に、夫がいつも家族と一緒にいることを感じました。
子供への思いが時と共に変化していたことも、
姿が見えないけど、夫は生きているのだと実感しました。
お墓の○○の時は夫と会話しているような錯覚がありました。
結果は本当に彼らしい判断になって、私もスッキリしました。
(中略)

夫が一緒にいてくれていると思いながら、
日々の忙しさや寂しさに気持ちが硬くなると、孤独感に苛まれて、
何に対しても被害的に考えてしまいます。
感謝の気持ちもなくなりますね。
私にとって、アガサさんのところへ伺うのは、
夫との交信で心を柔らかくするためなんだと感じました。
(けれどそれに依存してばかりでもいけないと思っています。)

(略)

- - - - -


後日、Eさんから頂いたメールの一部です。

Eさんは、ご主人と話しているような " 錯覚 " を感じたと

おっしゃっていました。

Eさんがおっしゃりたいことは、

とても自然だった、ということだろうと思います。



むこうとの対話や交流は、

大声を出したり、

儀式的なことをしたり、

聖職者の方々がお召しになるようなものを着たり、身に着けたり・・・

" それっぽい " ことが必須でも必要でもありません。

それらは、見た目で相手を押さえ付けたい欲から発するもの。

交流は、とても自然なのです。

しかしながら、

足し算や引き算、九九のように習って覚えれば出来る、

というような類いのものでは ありません。



何かを言われてるような気がする・・・



そういう言葉をよく見聞きする機会をもらいますが

そんなことはありません。

私がむこうから私に関して " 何か " を言われた時は、

必ず 疑います。

相手にはしません。

「 真面目に生きてるから。精一杯生きるから。」

虫の居所が悪い時には(笑)、そんなふうに思います。



私たちの毎日、人生に対して、

あちらの誰かが いちいち 口出しするようなことはありません。

見守ることと、口出しすることとは 全く違います。

何かを言われたからといって真に受けるようなことは

私はしません。



なぜなら、

自分が生きるということは、

自分の選択の積み重ね。

その " 自分の選択 " は、自分だけに留まらない。

必ず 周囲の人々に対して何等かの影響があります。

自分の感覚を大事にすることと、

その感覚を試すこととは、全く 意味が違ってきます。



交流は、

一歩間違えば、何かを勘違いすれば、自分も含め、

伝えている相手、周囲の人々に多大な影響が出ます。

自分で見える、聞こえる、という人を私が信じないのは

得手勝手な行為(我欲)だからです。



そういう意味で、交流は、簡単ではないのです。

非常に難しいものである、とも言えます。

けれど、とても自然なことなのです。



愛しい家族が他界したら、

自分の毎日に関与してほしい!と誰しも望むことです。

望むがあまり、ムキになってしまうこともあります。

ムキになることを

愛しい家族は、愛しい人は、望まないと思います。



何か尋ねたい、と思ったら、

まずは、冷静になること。

例えば、

お茶を飲んでから・・・

心が落ち着く曲を聴いてから・・・

など 心を落ち着かせるようなことをして。

そして、

返事を待つのではなくて、

あなたと会えて良かった・・・

そう ゆっくりと思ってみてください。

心底そう思えたら、自然に心が落ち着いてきます。



申し上げたいのは、

返事の有る無しで、

愛を確かめようと、試そうとなさらないように。



心や精神を試す必要も 試される必要もない、

ということです。



愛は 静けさのなかにあります。













久しぶりの「ぺこ」登場です。
春の穏やかな昼下がりに、昼寝をするぺこ。久しぶりの昼寝姿です。
長い手足を伸ばして、気持ち良さそう。(ごん、気にすんな。)





もっと近づいて撮ろう・・・
と思ったら、やっぱり。起きた。
白目、ならぬ、黄色目をむいてました。笑
まぁ、たまにはゆっくりお昼寝しなよ。ねぇ〜。
※老眼のデメリットは、ピンぼけ写真の枚数が増えたこと!










アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~

Posted on 2016/04/18 Mon. 15:03 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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18

地震 

早朝、

< ギャァァァァーーーー! >

という叫び声で 目が覚めた。



誰なんだろう・・・。

とにかく、その声で起きた。



地震で多くの方々が困っておられる。

支援を受け入れる態勢が整ってから・・・というのが

現地の役所関係の声。



まさか、大地震が来るとは!

思っておられなかっただろうし、

5年前に大地震が東北であったから・・・

しばらくはないだろう_

そう思われていたと思う。



日本は、地震の国。

いつどこで起きるか分からない。

私たちは、日常のこと、目先のこと、自分のことで

頭がいっぱいになってしまう。

つい、

地球が生きていること、を忘れてしまう。

自然現象をコントロールすることは 出来ない。

だからこそ、

地震の国 日本は、災害対策や救助の段取りなどを

最優先して準備しておかなくてはいけない。

こうしたことに、私たちの税金を使って頂きたい。

大切な命を ひとりでも 一匹でも多く救うために。



不倫、

麻薬、

居眠り、

ヤジを飛ばしたり、

ふんずりかえる、

「 復興させる= 公共工事 」という単純な考えを言う、

精魂こめてないデザイン、

なんとかナンバー制度、

etc・・・

そんなことに多額の税金を使わないで頂きたい。



やらなきゃいけない、

常日頃、整えておかないといけないことが

あるだろうが。



困ったことがあったら、

動こう、動きたいとするのは、

そうした方々ではなく、

一般の方々。



とにかく、

国が動かなきゃ。

誰よりも速く動かなきゃ。





九州に住んでおられる方々、

一秒一秒、ご不安のことと思います。

毎日新聞社を通じて、少しでも支援致します。

被災されたすべての方々、動物たちに、

救済活動されているすべての方々、動物たちに、

心から祈ります。















※追記:5月5日
毎日新聞東京社会事業団経由で寄付支援致しました。
被災されている方々に少しでも届きますように。



アガサ












Posted on 2016/04/17 Sun. 07:34 [edit]

category: 思うこと

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17

一年前の言葉 

Mさんが来られる当日の朝、なにげなく外の景色を見ていますと

< 誕生日プレゼント・・・ >

プレゼントに関しては、ここのところ、いろいろありまして(苦笑)

つい、その声の主の男性の言葉の続きを遮断してしまいました。

またしばらくして、私は、ある物のある部分を見つめていました。

( そこに何か、あるのですか?)

と尋ねるも 何の返事もありませんでした。



大きなリュックを背負っておられたMさん。

遠路遥々、ここまで来られたんだ・・・

この時を待っておられたんだ・・・

来られる方、お電話やスカイプの方との その瞬間は、言葉にはなりません。

なかには、私を見るなり、走り出し、涙があふれ出す方もおられます。

おひとりおひとりのお気持ちに対して、気の効いた言葉をかけれるような

そんなスマートさは私にはなく、胸が熱くなる私はぐっと腹に力を入れ直し、

お天気の話やら何やらの話をいたします。





Mさんの髪は、以前より短くなっていました。

とてもお似合いでした。

私は男性のような短さ。髪が短いがゆえのことを話したりしていました。

いつも通り、静かに、自然に始めます。

私がお伝えする言葉ひとつひとつに、静かに耳を傾けておられる様子。

容姿やお人柄やお仕事柄のことや、普段の生活スタイルをその男性は

伝えてくださいました。

「 心当たりはありますか? 」

「 はい。わかります。」

私は伝えてこられる内容に、" 尾ひれ背びれ " を付けることは好みません。

信頼に、" 尾ひれ背びれ " は必要ないと思っています。

信頼には、長い年月がかかっています。



「 彼は、寝転がって、こんなふうにね、してるんですよ。」

「 はい。よくそうしていました。」

「 Mさんの顔ばっかり、見ていますよ、彼。面白い人ですね。」

「 はい。」

「 彼は、Mさんの顔が好きみたいですよ。

 なんでそんなに顔ばかり見てるんですか?って尋ねたんですよ。

 そしたら、そうおっしゃっていました。」

少し恥ずかしそうな顔をされながらも、Mさんはこうおっしゃっていました_

「 食べてる時の顔、寝ている時の顔、顔を眺めているのが好きなんだと

 彼は言ってました。」

「 そうですか。 今も、彼は 変わりませんね。

 でも、彼のその気持ち、わかるような気がします。

 私も、Mさんのお顔を見たいと思ってしまいます。

 彼の影響かも しれませんねぇ。」

Mさんと私は、ふふふ と笑いました。



最後の方だったと思います、

Mさんに「 何かお尋ねになりたいことはありますか?」と申しました。

すると、

「 明日、私の誕生日なんです。」

「 そうですか。それはそれは。」

「 はい。彼は何か言っていますか?」

「 尋ねてみましょうね。」

妙な気持ち。なぜだかそわそわし始める自分。

けれど、彼からは何も返事が来ないのです。

「 彼は、何も言わないです。」

「 やっぱり、そうですか。。。彼はそういうことを言う人ではないのですが

 でも、ちょっと聞いてみたくて言いました。」



私を妙な気持ちにさせている " 彼 "は、とうとう私を押し切りました。

「 なぜだか、わからないのですが、どうも、彼がそうしたいようです。」

と私は、部屋にあった、自分のある物を差し出しました。

「 これをMさんに。」

「 え? 良いんですか!」

「 ええ、良いんです。もうどうしようもありませんもの。

 向こうがそうさせたがっているから、どうしようもありませんね。(笑)」



Mさんの笑顔には、別の意味があったようです。

「 アガサさんは覚えておられないと思いますが、一年前のことです。」

「 そうですね、覚えていないでしょうね。おっしゃってください。」

「 彼が 一年前、アガサさんを通じて『 ○の○○○○○ 』と言ったんです。」

「 へぇ〜、そうなんだ。」

「 その時には、私はなんのことだかわからなかったんです。」

「 そうでしたか。・・・あぁっ!!!」

「 そうなんです! 私、今、これのことだったんだと思いました。」

「 うわぁーーー! すごいな、彼。まいったなぁ〜(笑)」

「 はい。(笑)」





あちらでは、時間の概念がない と言われています。

私はあまりそうしたこと(知識的なこと)を大事にはしません。

すべては自分の経験を優先させます。

彼のとられた行動や思いは、その知識に当てはめることは出来ませんね。

知識というのは、そういう程度です。

何の為の知識か?

知識は、人や動物、命に役立たせてこそ「 知識 」なのです。



こういう時に、あちらの " 粋 " を実感します。

たまにあるから、その実感具合も ひとしお。



誕生日プレゼントやお祝いの言葉やイベントなど

普段から 関心のなさそうな人が、

たまに こういうことをされる、

一生に一度のことかもしれませんが、

そういうことをされる。



たまにあるから、喜びもひとしお。



Mさんがお帰りになったあと、私は、しばらくの間、

こう つぶやいていました_



やられた・・・

まいったなぁ〜・・・。


















最中みたいものに、お湯をそそぐと、あら不思議!
中から 可愛いものが出てきました。
この最中みたいなのが溶けると もちもちっとした食感。
お出汁もすごく美味しかったです。
家族全員で、わぁーわぁー 言いながら。笑
子どもが「美味しいから、もう一つ食べたい!」と言い出しました。
「 美味しいから、一日一回。明日のお楽しみにしなよ。」と私。
子ども心はわかります。
わかった上で、わきまえることを伝えたい。
まぁ〜、単なるイジワル母ちゃんかもしれませんけどねぇ。(大笑)












アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~







Posted on 2016/04/16 Sat. 11:04 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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16

行事(法事 など)に関しまして 

以前からよく頂くご質問です。

法事についてですが、大きく広げて「 行事 」と致します。

これはあくまでも私個人の考えですので、正しいとか正しくないとか

そういう類いのご判断はされませんようお願い致します。




他界されたご家族、ご友人、お知合いの方々へは

心から偲ぶ _

それが最高です。

十分です。



生まれてきたこと、他界することに関しまして「行事」は、

どの国においても、宗教的な考えと名残りが多くあります。

生死に関わることだけに、型にはめようとするのが、

人の感情です。



私的には、

それをやらなきゃいけないことはない、と思っています。

それをしなきゃ、

丈夫に育たないとか、極楽浄土しないとかは、迷信。

不安をあおれば、それをするでしょう?(笑)

宗教というのはそういうものです。

古来からある宗教が悪い、良くない、という意味ではありません。



例えば、「 戒名 」。

これは、仏教ですね。

キリスト教ではそういうのは必要ありません。

戒名がなければ・・・、

お墓がなければ・・・、

無事にあちらに辿り着けないのか?

どうぞ、心でお考えになってみてください。

私としては、「そんなことありませんよ。」です。

心が大事です。

真心で生きることだけ。



例えば、

正直に、質素に、出会う人出会う動物たちに真心で接して来られた人が

他界されたとします。

自分のものを人に差し出すような人生を送ってこられたので

世間で言うところの「 貧乏 」です。

ご家族も質素に暮らす日々。火葬だけは何とか出来ました。

何とかしてあげたい気持ちは山のように高くて海のように深い。

けど、現実、戒名もお墓も買えない。

三度食べるご飯さえままならない状態。



ならば、あちらで苦労するのでしょうか?

成仏といわれるようなことが出来ないのでしょうか?

そんなご家族は責められるのでしょうか?



そんなん、おかしいですやん。

ねぇ?(笑)



逆に、

欲の塊で、自分さえ良ければいい、

人を騙して、犯罪して、だけど、大金持ち。

高い戒名をつけてもらって、お墓も超高級!

だったら、あちらでの待遇も良いのか?



それは、無いでしょう。(大笑)

無い無い。







宗教によって、

それが必要、あれが必要・・・というのは、異なります。

ここで、私は子どもの頃から疑問に思っていました。

「 なんで そんなん 要るの?」って。

大人になっても そう思います。

まあ・・・、そういうことですよね。笑



色々な行事や縁起物やら何やらというのは、

教会なりお寺や神社というところに、お金が入る仕組みです。

それが悪い、という意味ではありません。



お坊さんも、善の塊のような方もいれば、

高級車持ってたり、煙草すったり、女遊びしたり・・・

おられますよね。

もっとも、そんなことをご自分からは、おっしゃらないと思いますけど。

言わないだけでそういう方って多いです。

その人がどういう仕事をされていようと、

どんなに " ラベル " があろうと、

顔や空気から 心の在り方は にじみでます。

嘘つけないのです。



「 見た目や肩書き(ラベル)で物事を判断しない」のは

そういうことです。

人間って、そんなんじゃないんですよ。

学歴があるから、偉い。善い人。

学歴がないから、低い。悪い人。

そんなこと決められないでしょう?

昨今を賑わすニュースからも、うんざりする程です。

そんな"定規"や"杓子"で、心の中は 計れません。





良識で考えること。

常識では考えない。

常識は時代変われば、内容も変わるから。





各家庭、様々な事情を抱えておられます。

遠いところで生きておられるご家族や親戚の方々もおられるでしょうし、

実に様々な事情があって、行事に参加出来ない方々も多いと思います。

なかには、絶縁なさっているところも いらっしゃるでしょう。

そういう状態であったとしても、そこに、拘らない方が良いですね。

そこを責めないほうが良い。



行事をやったって、集まったって、

心がこもっていなければ何の意味もありません。

偲ぶ心があれば、善いと思います。

有難うと心から感謝する気持ち、

愛する気持ちがあれば、それが最高です。

様々な事情を抱えているからこそ、

申し訳なさも募ると思います。

でも、そういうことは あちら的にはあまり関係ないようです。

お墓というのは、偲ぶ気持ちや偲べる場所としての " 標 "。

自分に立ち戻る場所や機会でもあると思います。

場所に拘らなくても良いと思いますよ。

そこに行かなきゃ、偲ばない偲べない感謝出来ないということでは

ないのですから。



私はこのように思っています。



それに、

あちらから「 お墓参りしろ!」とか「 早くお墓を買って。」とか

「 法事は皆で揃ってやって!」などということをおっしゃった方は

今のところ どなたもおられません。

面倒くさいことはしなくていいんだ、という意味ではありません。

その点は誤解をなさらないでください。



心から尊敬している尼様、お坊様、シスター、神父、牧師様も私の心には居ます。

彼らが聖職者だから尊敬しているのではありません。

外見や肩書き(ラベル)の部分で人の扱いを変えるような私ではありません。

人として、というところで尊敬に値するからです。





何かのご参考になればと思います。




















一生かけて、我が家の家族でいてくれること。
心配したり、怒ったり、笑ったり。
共に生きていること、生きてきたことが 宝。
命を大事に思う、というのは、日常からそうすること。
人の見てないところでも、そうすること。
人が見ていなくても、自分の心は見てる。

今日も目を見て、優しくなでられる幸せを噛み締めました。
「 おはよう!ごん。いつも、ありがとうな。」




アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~















Posted on 2016/04/13 Wed. 13:05 [edit]

category: 思うこと

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13

ぺこんぺこん鳴らす 

その日は、雨でした。

お越し下さる方のことを思いますと、気の毒に思いますが

私にとっては・・・恵みの雨でした。(笑)

その理由は、ご依頼人Kさんにご説明しますと、大笑いされました。



Kさんがお越しに成る前に、身体の数カ所が痒くなりました。

しばらくすると、

舌を使って、ぺこんぺこんと器用に鳴らす女の子が傍に来ていました。

口というか顎というか、上手く説明できません。

その音を聞き、

( あー、私には その音は無理。鳴らせない。上手やなぁ〜。)

と感心しました。

いつしか、私の物の見方は、その子の見方や捉え方とダブり始めていました。

( 早く、Kさんから到着の電話が来ないかなぁ・・・)

口はモゴモゴし始めるので、心の中で「早く、早く!」と思っていました。



Kさんにお越し頂いて、ちょっと一息ついて頂きました。

世間話的なことでさえ、ふたりで大笑いしてしまい、

「 大笑いしすぎると疲れてしまうので(笑)、アガサになりますね。」

と断りを言いながらも大笑い。

テンションが上がってしまうのも、実は、娘さんの影響。



「 Kさんが来られる前、私に起こったことをお話しします。」

ということで、かゆみのことをお伝えしました。

「 わかります。○○○でした。」

Kさんがどういう言葉を話されたのか、聞き直したわりには

覚えていませんが、とにかく、おわかりになるようでした。

「 おわかりなるなら、良いですね。」



そして、今、伝わってくることを織り混ぜながら、

それについての Kさんの確認も頂きながら・・・

ふと、" ぺこんぺこん " を思い出しました。

「 Kさん、えっと・・・なんて表現すればいいのか

 ぴったりくるのかわかりませんが、舌で、口というか、

 ここら辺を使って、音を鳴らしてくれるんですよ。

 ぺこんぺこんとしか表現出来ないんです。

 それをこの子が鳴らしてくれて、、、私には無理だと思います。

 あの音は出せません。」



Kさんは、懐かしそうに、嬉しそうにおっしゃいました。

「 わかります! あの音は、あの子にしか出せないんです。」

その意味を話してくださいました。

「 あぁ、なるほど。だから、私も「その音は無理」だと

 反射的に思えたんだ・・・。あぁ、すごいな、娘さん。」



「 彼女は、来られた時、こういう感じでした。

 う・・・ん、なんと表現するか・・・」

と言葉だけでは難しいと思い、ジェスチャーも混じえて、

こんな感じですと説明しました。

「 えっと、、、ああいう感じだな、、、あれ?なんていうんだっけ、

 昔流行ったあのどろっとしたオモチャ・・・」

「 スライム!」

「 あ、それそれ!スライム!

 (女の子に向かって)ごめんね、こんな表現してしまって。

 そういう感じでね、くっつかれてるんですよ。」

「 ものすごく、わかります!(涙笑)」



常に女の子は、テンションが高い状態でした。

ママのこと、

パパのこと、

よく見てるなぁというようなことを話してもくれました。

「 女の子は、よく見てますよねぇ。鋭いですねぇ〜。」

と母親同士の会話になっていました。



彼女は、私の目に あるシーンを重ねて視せてくれました。

それは、お花見。

ママを下から見上げ、

桜の花も眺め。

とても綺麗でした。

< また、行こう! ママ、元気になるよ!>



「 Kさん、娘さんがこういうシーンを見せてくれています。

 それを見たら、ママは元気になるよ!って言ってますよ。」

「 ・・・覚えてくれてたんだ・・・びっくりしました。」

Kさんは、ハンカチを両目にあてておられました。



Kさんからのメールに助けて頂きます。

- - - - -

○回目の依頼でしたが、今日が一番私のよく知る娘のように感じました。

時間の経過と共に悲観に暮れるばかりではなくなりましたが
ふとした中で娘の日常の姿が浮かび目頭が熱くなることが多くなりました。
(中略)

やはり私たちのことをよく見ていてくれている・・・
頭ではわかっていてもこうして確かめないと不安でたまらなくなってしまいます。
縋ってばかりいてはいけないと思うけれど、
もう少し私には娘の言葉が必要なのかなと思いました。
(中略)

気候の良い春は娘と私で桜や緑を見に出かけたことが何度かあります。
車椅子の娘は下から私を見上げてはほほ笑んでいました。
いろんなところへ連れていっても記憶にはないのかもしれない・・・
そんな思いもあったので、アガサさんにビジョンで伝えてくれたことに
驚きと嬉しさでいっぱいになりました。

そして、お友だちができたことの報告。これは意外であり、本当に嬉しかったです。
歩くことも喋ることも出来なかった娘です。
(中略)
娘自身が興味を持った相手でも、周囲がそれに気づかなければ友だちになることが出来ませんでした。
今、自分の意思で友だちを作ることができた!そのことを教えてくれた!
こんなことがあると思っていなかったので感激しました。
(中略)

些細なことを思い出しては涙していますが、
今日伝えてくれた娘の癖のことはすっかり忘れていたものでした。
(略)


- - - - -



< ・・・○○○ちゃん、○○○ちゃん >

( ○○○ちゃん?)

< お友達が出来た!>



「 Kさん、○○○という名前のお友達をご存知ですか?」

「 いえ、知りません。」

「 何度も、その名前をおっしゃるんですよ。」

「 あ!・・・」

ここで 私があることを思い出したのです。

「 Kさん、Kさんが今回のご依頼をくださった日って覚えていますか?

 大体でもいいので。」

「 たしか、○月の終わりか、、、ぐらいかなと思います。」

( 大体同じぐらいの時期だ・・・)

「 大体同じぐらいの頃から、度々、○○○というお名前を言われていました。

 何度も言われてましてね。その時の方にお尋ねしても、おわかりならなかったんです。

 今、はっきりとわかりました。

 娘さんがどうしてもそのことを言いたくて言いたくて、

 ずっと私に囁いてくださっていたんだと思います。」

" 思います "で伝えてはいけないと思った矢先に、

あちらから " 正しい " という連絡が私の身に起こりました。

「 とはいえ、これを確かめようもありません。」

「 でも、娘なら、友達が出来たのなら、それだけを伝えると思います。

 名前を何度も言ってくるということは、きっと " 何か " あるんだと

 思います。」

「 いつか、その " 何か " がハッキリしたら、連絡ください。

 一緒に歓喜しましょう。(大笑)」






Kさんは、今が一番辛いかもしれないとおっしゃっていました。

辛さや悲しみは、種類を変えてやってくるようです。

その時期に合わせてなのか、

何なのかはわかりませんが

そうおっしゃったお気持ちが 少しわかるような気が します。

なぜかは わかりません。

けれど、「 気持ち、わかります。」とは言いづらい。

その言葉を口した途端、

私の中で何かが薄っぺらくなるような気がするのです。



「 ここで大丈夫ですよ。」とおっしゃる方々が多いですが、

わずかな時間でも 傍に居たいと思うのです。

それは、愛しいご家族や人々、動物たちの思いでもあると

思っています。








< ねぇ、知ってる? 夜、くっついて寝てるんだよ!>

そう話す彼女の目は、爛々とし、

クスクスと笑うのです。









今も。ね!




















久しぶりに家族と行動を共に出来ました。しかも、春休み最後に。
老犬と愛猫がいますから、家族全員での外出はしたくないのです。
そういう理由で私が出張以外は、私が留守番することが9割。
その私を思いやってか、近場の江ノ島に決めてくれました。
神社をのぼっていきますと、趣のあるトイレがありました。
そこに立ち寄り、私は、手を洗うために、前方にあるセンサーに手をかざしました。
はて、どこから水が出るんだろう・・・
次の瞬間、「 あ!冷たっ! 服、濡れた!」。
私の右腕が、かなり濡れました。
まさか、龍の口から水が出てくるとは・・・思いもしなかった。
家族に言うと「普通さ、気づくよね。なんで、ここに(龍が)在るのかって。」ですって。
ああ、そうですかい。(笑)









アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~

Posted on 2016/04/08 Fri. 18:00 [edit]

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