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2016/03/17.Thu

すべてを越えて

今までは主人の気持ちを聞こうともしないで、
私からの嫉妬や愚痴や辛さや哀しみばかりで‥‥
主人はきっと困って居たと思います。
アガサさんから、私への主人の気持ちを伝えて頂いた時に
「こんなに愛されていたんだ、こんなに大事にされてたんだ‼」
と、想っていた以上の大きな愛に涙が溢れました。
そして、自分の浅はかな考えが恥ずかしく成りました。

(中略)

これからも主人を愛し、家族を愛し、
いつまでも‥いつまでも 仲良く寄り添って暮らします。

- - - - -



家族や人、動物、

一緒に暮らしているがゆえの一喜一憂は、日常にあります。

悲しい辛い時は、一緒に居るがゆえ 孤独感もより一層感じますし、

嬉しい楽しい時は、人生最高!という感じがします。

まあ、「人生最高!」と思えることというのは 極稀にあるからこそ

そう思うもの。



有難いと思うことはあっても、それをしみじみと思えるのは

一番辛いことを経験して、思えることなのかも しれません。



肉体を持っている私たちにとって 一番辛いことは

愛している存在(家族、人、動物、etc)を失った時。

正常ではいられない。

どれだけ、毅然として 平然を心掛けていても

心にぽっかり空いた穴を 感じずにはいられません。

それを忙しさに誤摩化していても、誤摩化しきれるものでは

ありません。

それが 心 です。



" もっと ああしてあげればよかった。"

" もっと こうしてあげたかった。"

" もしかしたら、別の生き方をしたかったんじゃないか。”

と様々なことや感情が 自分の頭と胸、体中、周囲の空気中を

かけめぐります。

これでもか これでもかと 自分を責め立てます。

それは 誰もが通る 心の道。



記事頭に掲載させて頂いた方は、

家族からみても、相思相愛。

相思相愛を絵に描いたような夫婦愛、家族愛に包まれた方です。

「 仲が良かったから、そう思えるんじゃないの?」

こう思われる方も 中にはおられるかもしれません。

人生、そんな単純なものではないのです。

ご自分の人生が単純ではないように。



交流を終えたあと、

日が経つにつれて その交流での内容が少しずつ変化すると

多くの方々がそうおっしゃいます。



「 あの時には わからなかったことが、

 ある日突然 その意味が心で 深くわかったり。

 あんなこともあったり、こんなこともあったのに、

 どうして アガサさんは そう思わないんだろうって思っていたんです。

 でも、そうじゃなかったんですね・・・

 何度かこうした機会を持って、ようやく わかってきました。

 淋しいけれど、とても幸せです。」



愛しい家族の思い、

愛しい人の思い、

決して ひとつやふたつではない と思います。

かといって とても多い、とも思えません。



愛は、言葉にすれば いくらでも語れるでしょう。

いくつ語っても 足りない。

そのうち、言葉の範囲を越えてしまうのです。

言葉で表現出来る範囲を越えてしまうと、

そこから先は、

心が優先してきます。

涙が流れてきますし、

言葉がなくなります。無言になるのかもしれない。



愛する、ということを

愛する人や動物達を失って初めて

その方の存在の大きさ、愛の深さが身にしみて

心で理解できるように思うのです。

だからこそ、

今、目の前にいる家族を

人を

動物を

生命を

心から 愛する。

大切になさってください。

誰も 祖末に扱ってはなりません。

ご自分も、です。

これは当たり前のことのように思われますが

なかなか 簡単なことではないのです。



生活音が聞こえるなか_

決して、生きやすい世の中ではないけれど、

この世を生きていく。

最愛の存在を埋めることは出来ないけれど、

どこかで 誰かが 自分を支えたいと思ってくれていて、

目には見えないけれど、

耳には聞こえないけれど、

最愛のその人は 今もずっと 自分のことを思ってくれている。

たまにあるかもしれない、心静かな ふとした時間に

愛は あるのだと

今もなお 愛されているのだと感じてゆく。



目にみえるものが すべてではないし、

耳にすることがが すべてではないし、

目にみえないものが すべて素晴しいこと、ではないけれど。

この目で見えようと見えまいと

聞こえようと聞こえまいと、

そんなことは 関係ないのです。



すべてのことに対して、

「 生きていく 」と大切に思うことが

自分の人生を創ってゆくのだろうし、

自分以外の人や動物といった生命に

その余波が波打つのだろうと思います。



大切にすればするほど、心が傷つくことは増えます。

けれど、決して 怖がってはいけない。

怯む必要も ない。



愛するということは、同時に、傷つくことでも あります。

なぜなら、心が豊かになるのですから。

傷ついたって いいんです。

心に蓋をしては、愛する人からの愛が届きにくくなります。

他界した愛しい人達、動物達と

心で繫がるということは、

言葉でうまく説明できませんが

いろいろなことを経て、少しずつ自分の心を感じる

ということだろうと思います。










愛は、すべてを越える。

すべてを越えて、

あちらとこちらのヴェールを越えて、

互いに歩み寄れるのは、

愛があるからこそ です。










愛こそ すべて。































アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~




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