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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

寂しくないよ 

お電話を頂く前の静かな時間に 私は目の前に動く光を追っていました。

そうして、次第にはっきりと視えてくるそれら_

( 何だろう・・・何かがたくさんある。)

やがて、それらは、半紙に毛筆で書かれていました。

達筆な文字。

それはまるで花吹雪のように沢山散らばっていました。

まるっきりわからない。

( 書道を習っておられたのか?)

そう思っておきながらも そうではないことはわかる。

それは、あまりにも強烈な光景でした。



電話越しに、Kさん、そして、娘さんにご挨拶をしました。

あちらと繫がると何故か私は耳が少し遠くなるようで、

せっかくご協力くださっている会話も半分は聞こえていないよう。

それも、ある意味 私にとっては好都合なのかもしれません。笑

しかしながら、失礼があってはいけません。礼儀は大切です。



「 若い男性をおひとり、とらえています。

 背格好はこういう感じで、髪型はこういう感じ、
 ※こういう感じ:ブログに書くためにぼやかしています。ご了承ください。

 お人柄は・・・これから、じっくり拝見します。」



どなたに会いたいか、私にはわかりません。

前回どのような内容であったかも覚えていられません。

どなたが来られるのかも わかりません。

その時に来られた方を伝えるだけです。それが私の仕事です。



とらえた性格やお人柄をお伝えし、おわかりになるかどうか。

緊張の一瞬と言えば、その通り。



「 はい。わかります。息子だと思います。」

このお返事で、私は自分を緩めません。

「 ひとつ、確認したいことがあります。

 お電話を頂く前に私が視せてもらった映像です。」

「 はい。」

「 白い紙に・・・多分、半紙だと思いますが、

 毛筆で書かれたものが たくさんありました。

 これに お心当たりがありますか? ありませんか?」

「 あります。」

その理由を話してくださいました。

あいにく、半分も聴き取れなかったのですが、

お心当たりがあるのなら、それで良いのです。

それによって、確信へ空気が変わり出したのは

書くまでも ありません。



「 この若い男性が、優しい手つきで、とても丁寧に、慎重に

 手を動かしています。」

男性の手の動きを口で説明しながら、腑に落ちるまで、

カチッと正しさとはまるまで、何度も何度も手を動かし、

男性の動きと心にぴったりくるまで、繰返していました。



「 手の動きは、決まっているんですよ。

 右手を右から左へ、左手を左から右へ・・・

 とても優しい手つき。慎重になさっている。

 右から左、左から右へ・・・、下から上へ・・・

 その手の動く範囲は・・・20センチから30センチ以内。

 あぁ、なんだろう・・・

 でも、私には懐かしい・・・

 何かを折っているようです・・・

 白いものを。

 何とも言えない程、優しい手つきです。」

なんであるか、わからないこともあります。

皆が皆、あちらに慣れてきたら、上手く話せるようになる_

そんなことは ありません。

話せることが優秀で、ジェスチャーが劣る、なんてことは

ありません。

あるのは、必至で伝えようとしている人が私の前にいる。

それだけ。



しばらくしてから、Kさんがおっしゃいました。

「 赤ちゃんではないでしょうか。息子が亡くなる前日に

 赤ちゃんが亡くなりました。生まれてはいないのですが。」

確かそのようなことをおっしゃってくださったと思います。

私の内では、何かが合っていて、何かがしっくり来ませんでした。

まるで独り言をつぶやくかのように、

「 右を左へ、左を右へ、下から上へ・・・。

 上から下は無い。・・・」

と何回かつぶやいたり、心の中でつぶやいたりしていました。

私にはとても重要なことに思えたからです。

悶々としていた時に、

< 赤ちゃんはこっちで育ってるんですよ。笑>

と囁かれました。

( あ!そうか!そういうことだったのか!)

彼は、優しい手つきで 赤ちゃんのお世話をしていたのです。

私の身体に記憶されている懐かしい手つきも、

それで納得が行きました。



「 妹さん、おられますか?お嬢さんは、妹さんですか?」

「 いえ。姉です。」

「 でも、彼からは " 妹 " の印象が入ってきます。可愛いというか。」

「 その通りです。(泣笑)姉ですが、妹のようでした。

 娘も " 弟 " というよりは、兄というような感じでした。」

「 なるほど。息子さんは正しいですね。笑 」

「 はい。」



その後は、お姉さんへ伝えたいこと、

お父さんのこと、

そして、

Kさん、お母さんへ伝えたいことを話してくださいました。



Kさんから頂いたメールを少しご紹介致します。

- - - - -


今日来てくれたのは、息子です。
顔の感じ、性格、本当にその通りなんです。
息子は、就職してから一人暮らしをしていました。
朝会社に来ないので、上司のかたが見に行って下さったら、
ベットの上で眠るように亡くなっていたそうです。
本当に突然逝ってしまいました。
前の日に桜のお花見に行ってたそうです。
ちょうど○年たちました。
(中略)
寂しくはないか?
アガサさんに、聞いて頂いたときに、
『いつも一緒に、いてるから、寂しくないよ』と、言ってくれて、
空の上とか、遠くにいてるのではなく、息子は何も変わらず、
いつもいてくれてるのだと思いました。
こんなに嬉しいことは、ありません。
娘のことは姉ではなく妹のように思っていたこと、その通りです。
娘も弟ではなく、お兄ちゃんのような存在でした。
主人のことを心配していると言うのも、息子は生前からも主人のことを心配していました。
娘も夢で息子が、『(お父さんが)ベランダで泣いてる。』って心配してた夢を見ました。
夢で会っていたのかなと思います。
一人で言って、一人で突っ込むとことか、すごくわかります。
本当に息子らしいなと思いました。
お母さんのこと好きだと言ってくれました。今もお母さんが大好きですよと。
本当にすごくすごく嬉しいです。考えてみれば大人になってあまり、話さないと思っていましたが、
息子にしてみればそんなつもりはなく、いろんなことを話してくれていたんですね。
子供のころは、ママっ子でした。

(息子さんへ)
一生懸命話をしてくれてありがとう。
娘と二人なんとも言えない暖かい気持ちに、なりました。
(略)


- - - - -


随分前に他界されたお父さんは、ご自分の名前をおっしゃいました。

私が半分しか聴き取れないものの、Kさんは察してくださいました。

会ったことがない身内だけど、ご自分のお父さんと息子が会えているのは

安心に思えます。

会ったことがなくても、わかるようです。

わかるのは、きっと、愛情から。

名札が付いてなくたって。



あの毛筆のこと。

親が自分を思って思って思っての、こと。

その光景。

< それ 見てた。知ってる。>

その光景をどんな思いで 息子さんは見ておられたのか。

それは、まさに " 光の景色 "

光景だろうと思います。










親が 子を思い、

子が 親を思う。









これ以上のことは ありません。
















これも愛犬との散歩道端にひっそりと咲いていました。
都会では注目も浴びなさそうでしょう?(笑)
まあ、田舎でもそうかもしれませんね。(笑)
誰に見せるわけでもない。でも、咲く。咲かせる。
種蒔いてあるから当たり前!では無いんです。
自然の中にいて、咲くというのはものすごい大変なこと。
人間が要らんもんを空気中に混ぜてしまったら、自然界は変化します。
確実に変化します。
自然界のものは、人間のために存在してるのではない_
そこいらに咲く花や草木を見ると、そう思います。
人間は、ちょっと 我が身振り返って生きんとあきませんなぁ〜。(笑)









アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~



Posted on 2016/03/30 Wed. 15:14 [edit]

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30

周りがそうであっても 

いつでしたか、思い出せません。

どなたの時であったかも、思い出せない。

< ○○○ >

名前をおっしゃる若い女性の声をとらえました。

その時のご依頼人さんに伝えるも、

「 わかりません。」とのこと。



わかりませんと言われても、私の内で残るその名前。

" どうしても "という思いが残る。

体調は、私の内から消えてしまうように、

数日内には名前も私から流れでてしまう。

その前に願っておきたい_

( あなたが いつか ご家族と会えますように・・・)




しばらくしたある日、

「すぐにでも依頼したいのですが、遠方のため、

行けないのが苦しいです。でも、いつか。」

そうしたメールを頂きました。

こうしたメールをよく頂きます。

そうつぶやきたいお気持ちが よくよくわかります。

いつか、と思いながらも、こうしたことというのは

とても複雑です。私はそう思います。



その方、Mさん。

Mさんから頂いたメールには、こう書かれていました。

「 急のご依頼で大変申し訳ありません。
 ダメもとでお願いしてみました。
 その日なら対面でお願いできると思ったからです。
 予約がとれそうもなければまた改めてお願いするつもりでおります。
 急なお願いをさせていただいて本当に申し訳ありませんでした。」

手にとるように気持ちがわかっても、伝わっても、

私は一日におひとり(一組)様だけ。1時間で疲労困憊です。

そんなに年くったかなぁ〜? と思うこともありますが、

交流が終わった後の私は、家族が言うには、疲労を隠せてないようです。

Mさんがご希望された日程のスタート時間ならば、お約束できたのです。

これは、偶然か、はたまた。



Mさんが来られる前に、あちらと波長があってしまいました。

前髪を揃えた感じの、ロングヘアの若い女性が

恥ずかしそうに 私の視界に入りました。

( あ!今日の方?)

そう思った瞬間、途切れました。

( さあ、自分を整えよう。)

そうして静かにしていました。

すると、私は 誰かの目を通して どこかの建物の天井から

下方を視ていました。

( はっきり見えないけど、いろいろと動いてる。

 あれ、なんだろう・・・

 白い帽子? えらくフィットしてる。何だろう。

 帽子じゃないな・・・ヘルメットみたいにフィットしてる。

 不思議なかぶりもんだな・・・)



そのあとは、私の身体を以前の痛みを転々と、

まるで光のような速さで移動しました。

覚えていられないので、走り書きが精一杯。



<・・・1988年・・・>

( 1988年? 1988?)

<・・・1988・・・>

(それは、生まれた年ですか?)

返事はありませんでした。



お待合せ場所にMさんをお迎え。

悲しみ、不安がMさんの周囲にありました。

皆、そうです。誰でも、そうです。

初めて、人と会うというのは不安で当然。

でもその不安だけではない、何か。



部屋にお招きし、ただただ静かにしていますと

朝来られた女性、若い女性が、来られました。

すぐに、Mさんの近くに 来て、甘えて。

私に伝わってくること、

私が捉えること、

Mさんが来られる前に捉えたことを伝えました。



白いフィットした帽子のようなものについては

「 わかりません。」とおっしゃいました。

「 わかりました。他のお伝えした内容について、

 心当たりがあるかどうかを教えて下さい。」



ひとつひとつ丁寧に教えてくださいました。

「 娘です。性格や髪型もその通りです。

 体調も。

 1988年は、驚きました。

 あの子の兄弟の生まれた年です。」

「 そうですか。それは良かった。では、続けます。」



< ○○○ >

( え? ○○?)

彼女は、口を大きくして、大袈裟に表現してくれています。

その様子が面白くて、可愛くて、思わず、くすっと笑えました。

きっと、私も口を大きくして 彼女の真似をしていたと思います。

「 このようなことを言われています、

 ○〜○〜、か、○○○。

 あー、だけど、最後の音が聴き取りにくい。

 どなたかのお名前かもしれません。」

「 娘です。

 ○○○は、娘の名前です。

 ○○と、友達から呼ばれたり、私もそう呼んだりしていました。」

「 そうですか。それなら良かったです。」

「 どなたかと一緒に来られているようですよ。」

< おじい・・・ >

( おじいちゃん、ですか? おじいさん、ですか?)

< おじいちゃん >

「 彼女は、おじいちゃんと一緒に来られたようです。

 そのおじいさんは・・・・」

少し伝わってくるお人柄や背格好をお伝えすると、

「 私の父のように思えます。」

「 そうですか。でも、当てはめなくてもいいんです。

 必要があれば、何かむこうから伝えてくださいます。」

あちらの出方を様子見していたのですが、それ以上のことは伝わってきません。



( 娘さんに注目しよう・・・かな・・・)

そう思った時に、Mさんが思い出したかのように話してくださいました。

「 白いぴったりとした帽子のようなものですが・・・ 」

「 はい。」

「 こんな感じの帽子かなと思っていたんですが、

 ヘルメットのようにぴったりしてるとアガサさんがおっしゃったので、

 ふと思い出したことがあります。

 身体の具合のことがあり、あの子に合ったものを作ったのです。

 あの子は、知っていたんですね・・・。」

「 知っておられたかどうかは、わかりませんが、

 私はMさんが来られる前の時間に、見せてもらったのです。

 上の方から下を見下ろすように。何度も。強く印象づいたのです。

 そして、今、合っているという" 返事 " が私の体感で強く有ります。

 ですので、合っていますよ。Mさんのおっしゃる通りです。」






< やっと会えた!やっと、会えた!>



その直後、部屋の空気は一片し、

何度もそう話してくれる彼女は泣いていました。

さらに、部屋の空気が熱を帯び、私は自分をコントロール

しづらくなってきました。

「 『 やっと会えた!』と娘さんがおっしゃっています。

 今は これを伝えるので 精一杯です。すみません。」



少しの間、母と娘だけの時間でした。

泣いて、泣いて。

私は、そっと 私を彼女に明け渡しました。



落ち着いてこられたかと思え、続けることに。

その後も、彼女は話してくれました。

< 今は、"子どもたち"のいる病院で励ましてる、見守ってる。>

それはどういう意味なのか、

全く知らない人達を励ましている・・・とは違う何かが

私にはありました。

( 何だろう・・・)

そう悩む私に、彼女は、ジェスチャーをしてくれました。

そのジェスチャーを真似して、Mさんに見て頂く。

「 こんなふうにね、まるで、子どもを抱くような感じで。

 この動きは、赤ちゃんを腕に抱くようですよ。」

そう説明しながら、

娘さんの真似をしながら、私は、一昔前_

わが子が生まれた頃を思い出していました。

「 娘さんは、今、"子どもたち"のいる病院に居られるようです。

 励ましているというか、見守っていると。

 何か心当たりありますか?」



はっとされたようで、

「 あの子の○が出産しました。○○だったんです。○は自宅に戻っています。」

「 そうですか。」
(なるほど、だから「子どもたち」とおっしゃったんだ。笑)

「 でも、"子どもたち"は まだ病院に居ます。」

と話してくださいました。

叔母となった彼女は、

子ども達を見守っているから安心して、とでも

言いたかったのかもしれませんね。



< ○は、関東には向いてないと思うな。

 そのうち、○○に戻ってくればいいのに。

 戻ってくるよ。笑>

そのままお伝えしました。

その後、続けて

< 家族がね、バラバラ。離れてる。

 一緒がいいよ。集まってほしい。>

これも、そのままお伝えしました。



涙ながらに、話してくださったのは

娘さんがおっしゃった、家族のこと。

愛ゆえの理由があり、バラバラな生活となったこと。

家族のことを思う娘だからこそ、そう思っていたことを

伝えてくれて とても嬉しく思われたでしょうね。

悲しい涙だけではなく、安心の涙も混じっていたように

思います。



「 あの子が亡くなって、そうした会に入りました。

 霊媒のような見てくださる方がいて、周りの方々は

 みんな、「子どもだと思える。あの子からだ。」と おっしゃっていました。

 とても良い方です。

 でも、私に伝えられるあの子は、あの子らしくなかった。

 その後、何人かの方々に見てもらったのですが、

 伝えられることに ひとつでも食い違ってくると、

 その場に居るのが辛くて、飽きてきて、

 早く帰りたいと思っていました。

 がっかりの連続でした。

 そんな時に、アガサさんに辿り着いたのです。

 なぜなのかは思い出せないのです。

 けれど今では、あの子がそうさせてくれたのかと思えます。」





帰りは駅までゆっくり歩きますとおっしゃったMさん。

お待合せ場所までご一緒し、その道すがらで、

「 驚きました。兄弟のこと。そんなふうに思っていたんですね。

 本人が懸命に勉強して入った学校で、会社で。

 ようやく、やりたい仕事が出来ている!と思っていたし、

 本人もそう思っていたのですが、

 『 そのうち、○○に戻るよ。』なんて言うもんですから

 びっくりしました。

 親としては、勿体ない!って思いますよね。

 けれど、それは「親」だからなんでしょうね。

 仲の良い兄弟姉妹ですから、そこらへんは、

 親よりも通じているんでしょうね。」

と、笑っておいででした。

「 そうですよ。親は、子どもが生活できるように

 なっていて欲しいって願うもんですよ。

 誰だってそうですよ。親ですもん。ねぇ〜。」

と、母親同士で笑って。










<やっと、会えた!>



彼女がどうして、2回も繰返しそう言ってくれたのかが

Mさんのお話でわかりました。

周囲がどんなに褒めそやした人であっても、

自分に当てはまるとは限らない。

それは、私についてもそう言えると思いますと

Mさんに申し上げました。





「 こんなことが起きるなんて思ってもみませんでした。

 どうして、あの子なんだろうって。」

泣いてそうおっしゃいました。

私たちは、多くのニュースを見聞きします。

事件や事故、という災難は、気の毒に思いますが、

どこか遠いところの話のように思えます。

なのに、ある日、突然それは起こる・・・。

なんで?

どうして?

なぜ、うちの子が・・・。









お答えできるような「先生面」は、ありません。

起こってしまったことをなぜかと解明する力もありません。

けれども、

自分の口から発することに 責任感は持ちたい。

今までの経験があっても、あてはめることは したくない。



なぜなら、

周囲が皆そうであっても、

そうだと口を揃えても、

自分が 一欠片でも 何かが違うとそう感じたら

それは「 違う 」のだから。



大切なのは、霊媒を見つけることではないと

いつも私は申し上げています。

キッカケはそうかもしれませんが、

霊媒が 心の平和をもたらすのでは ありません。

" ご家族 " の心が届いて ようやく心に温かみが伝わるのです。

大切なのは、家族の心を信じること。

家族との信頼。



信頼は、愛がなければ。

愛が育ってこそ、信頼となります。

私は そう考えています。


















愛犬との散歩道沿いに咲いている菜の花。
黄色というのは、周りにぱぁ〜っと明るさをくれますね。
ミツバチやてんとう虫たちも居たりして、ね。
私の毎日は、我が家の毎日は、本当に平凡。
子どもにはもっとぱぁ〜と外をかけめぐって欲しいな〜なんて思ったりするのですが
親の行動と似てしまうんですかねぇ。苦笑
でも、家族で こんな小さなことを眺めれる時がとても有難いです。





アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~








Posted on 2016/03/24 Thu. 11:50 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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24

すべてを越えて 

今までは主人の気持ちを聞こうともしないで、
私からの嫉妬や愚痴や辛さや哀しみばかりで‥‥
主人はきっと困って居たと思います。
アガサさんから、私への主人の気持ちを伝えて頂いた時に
「こんなに愛されていたんだ、こんなに大事にされてたんだ‼」
と、想っていた以上の大きな愛に涙が溢れました。
そして、自分の浅はかな考えが恥ずかしく成りました。

(中略)

これからも主人を愛し、家族を愛し、
いつまでも‥いつまでも 仲良く寄り添って暮らします。

- - - - -



家族や人、動物、

一緒に暮らしているがゆえの一喜一憂は、日常にあります。

悲しい辛い時は、一緒に居るがゆえ 孤独感もより一層感じますし、

嬉しい楽しい時は、人生最高!という感じがします。

まあ、「人生最高!」と思えることというのは 極稀にあるからこそ

そう思うもの。



有難いと思うことはあっても、それをしみじみと思えるのは

一番辛いことを経験して、思えることなのかも しれません。



肉体を持っている私たちにとって 一番辛いことは

愛している存在(家族、人、動物、etc)を失った時。

正常ではいられない。

どれだけ、毅然として 平然を心掛けていても

心にぽっかり空いた穴を 感じずにはいられません。

それを忙しさに誤摩化していても、誤摩化しきれるものでは

ありません。

それが 心 です。



" もっと ああしてあげればよかった。"

" もっと こうしてあげたかった。"

" もしかしたら、別の生き方をしたかったんじゃないか。”

と様々なことや感情が 自分の頭と胸、体中、周囲の空気中を

かけめぐります。

これでもか これでもかと 自分を責め立てます。

それは 誰もが通る 心の道。



記事頭に掲載させて頂いた方は、

家族からみても、相思相愛。

相思相愛を絵に描いたような夫婦愛、家族愛に包まれた方です。

「 仲が良かったから、そう思えるんじゃないの?」

こう思われる方も 中にはおられるかもしれません。

人生、そんな単純なものではないのです。

ご自分の人生が単純ではないように。



交流を終えたあと、

日が経つにつれて その交流での内容が少しずつ変化すると

多くの方々がそうおっしゃいます。



「 あの時には わからなかったことが、

 ある日突然 その意味が心で 深くわかったり。

 あんなこともあったり、こんなこともあったのに、

 どうして アガサさんは そう思わないんだろうって思っていたんです。

 でも、そうじゃなかったんですね・・・

 何度かこうした機会を持って、ようやく わかってきました。

 淋しいけれど、とても幸せです。」



愛しい家族の思い、

愛しい人の思い、

決して ひとつやふたつではない と思います。

かといって とても多い、とも思えません。



愛は、言葉にすれば いくらでも語れるでしょう。

いくつ語っても 足りない。

そのうち、言葉の範囲を越えてしまうのです。

言葉で表現出来る範囲を越えてしまうと、

そこから先は、

心が優先してきます。

涙が流れてきますし、

言葉がなくなります。無言になるのかもしれない。



愛する、ということを

愛する人や動物達を失って初めて

その方の存在の大きさ、愛の深さが身にしみて

心で理解できるように思うのです。

だからこそ、

今、目の前にいる家族を

人を

動物を

生命を

心から 愛する。

大切になさってください。

誰も 祖末に扱ってはなりません。

ご自分も、です。

これは当たり前のことのように思われますが

なかなか 簡単なことではないのです。



生活音が聞こえるなか_

決して、生きやすい世の中ではないけれど、

この世を生きていく。

最愛の存在を埋めることは出来ないけれど、

どこかで 誰かが 自分を支えたいと思ってくれていて、

目には見えないけれど、

耳には聞こえないけれど、

最愛のその人は 今もずっと 自分のことを思ってくれている。

たまにあるかもしれない、心静かな ふとした時間に

愛は あるのだと

今もなお 愛されているのだと感じてゆく。



目にみえるものが すべてではないし、

耳にすることがが すべてではないし、

目にみえないものが すべて素晴しいこと、ではないけれど。

この目で見えようと見えまいと

聞こえようと聞こえまいと、

そんなことは 関係ないのです。



すべてのことに対して、

「 生きていく 」と大切に思うことが

自分の人生を創ってゆくのだろうし、

自分以外の人や動物といった生命に

その余波が波打つのだろうと思います。



大切にすればするほど、心が傷つくことは増えます。

けれど、決して 怖がってはいけない。

怯む必要も ない。



愛するということは、同時に、傷つくことでも あります。

なぜなら、心が豊かになるのですから。

傷ついたって いいんです。

心に蓋をしては、愛する人からの愛が届きにくくなります。

他界した愛しい人達、動物達と

心で繫がるということは、

言葉でうまく説明できませんが

いろいろなことを経て、少しずつ自分の心を感じる

ということだろうと思います。










愛は、すべてを越える。

すべてを越えて、

あちらとこちらのヴェールを越えて、

互いに歩み寄れるのは、

愛があるからこそ です。










愛こそ すべて。































アガサ 葉山在住
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Posted on 2016/03/17 Thu. 11:06 [edit]

category: 思うこと

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17

薬を飲まないで 

お電話を頂く前の時間に 窓の外を眺めました。

外は寒いので暖房を入れたことで 窓は氷が付いているよう。

こんな寒い雨が降っている中、わんちゃんが居ないことを

祈りながら 指で窓をきゅきゅっと円く描きました。

( あ・・・居た。そっかぁ・・・外に居るんだ・・・)

そうつぶやいた私に 若い女性が話しかけてくれました。

< 気になるんですね。>

( ええ。こんなに寒い雨が降ってるのに家に入れてもらえないなんて・・・)

< ・・・うん。>

( すごく可哀想に思えてしまうんです、私。)

そうして " 彼女 " は消え入りました。

( 話を聞いてくれて、ありがとう。)

消え入った彼女に お礼をつぶやきました。



Kさんからお電話を頂くものの、通話状態が悪く

再度、かけ直してくださいました。今度はクリアに聞こえます。

まず最初に捉えた方をお伝えしますと、おじいさんのようでした。

おじいさんは自分だと少しでも判ってもらえ始めると

見た目はそんなにですが、喜んでおいででした。

何を話されるのか待っていたのですが、

( 待ってたといいましても 10数秒ぐらいなんですが。)

「 黙られたままです・・・」と中間報告しました。



内心、どうしようかと思ったところで、

「 あまり話さなかった人ですから。」

と、Kさんが助け舟を出してくださいました。



他に、どなたかを捉えたようなので、その方を待ちました。

若い女性が 待っていてくれました。

姿形が捉えづらくあり、Kさんは

「 私の知合いの方かもしれません。○才ぐらいです。」

とご協力くださったのですが、

「 いえ。もっと若い、お嬢さん、娘さんと言えるお年頃です。」

そう。

私には確信する何かがあったのです。

その途端、お電話を頂く前に私に話しかけてくださった、

若い女性のことを思い出しました。

その方とのわずかな交流から 私の心に残っているものも

お伝えしました。



お伝えしていくなかで、健康状態も 合致しはじめ、

何もかもが同時進行していくなかで、

娘さんはこうおっしゃいまいた_

< 強い薬を飲まないで。>

「 Kさん、『 強い薬を飲まないで。』とおっしゃっていますが

 お心当たりがありますか?」

「 ・・・はい。娘のことがあり、その上、○が入院していて

 病院へ行っているのですが・・・その病院が似ていて、

 娘のことを思い出してしまうものですから・・・

 精神的にとても辛くて、お医者さんに診療して頂き、

 薬を飲んでいます。中には強い薬もあります。」

ということをおっしゃっていたと思います。



そのことを話されている間も、娘さんは

< 強い薬は 飲まないで。>

と私に話されます。

「 娘さんは本当にお母さんのことを心配されています。

 でも、Kさんのお気持ちもお辛いでしょう・・・

 何の専門知識もありませんが、強くどこかに効くものは

 別のところに対しては副作用があるように思えます。

 娘さんはとても心配されています。」



Kさんは、薬のことについて、話してくださいました。

娘さんが入院されていた頃、飲まれる薬の量があまりにも多く感じられ、

医師に相談されたこと。

薬を減らしてしまったせいで、命を縮めてしまったのではないか、

私のせいではないか・・・とずっと心に重くのしかかっておられたことを。



< 母の気持ちがわかったんです。逆の立場になって、本当にわかりました。>

もちろん、そのこともお伝えしました。



娘は、病院へ行く、院内を歩く母の傍により沿っていること。

母が辛そうにする時に傍にいること。

家のある場所にも訪ねていること。

母は自分に気づかないけどね、と少し笑っておられること。



「 心療内科の薬は・・・安定剤というのでしょうか よくわかりせんが、

 とても強いらしいです。

 飲まずには過ごせないことも、わかるように思います。

 念押しで娘さんが私におっしゃいました、

 『 強い薬は飲まないで。』

 その気持ちは、娘さんのことを心配されたKさんのお気持ちと

 同じだろうと思うんです。

 私には、娘さんがお母さんを案ずる気持ちでいっぱいです。

 胸が・・・いっぱいなんです。

 娘さんのこのお気持ちを お納めください。」





いつまでも悲しむんじゃない_

ご家族からそう言われることはとてもショックだろうと思います。

だからといって、そうたしなめた人が 決して 悲しんでいない、

ということではないと思います。

しっくりくる言葉が 見つからないのだと思います。

もしかすると、

そう言うことでご自分へもおっしゃっているのかもしれません。

家族といえども、ひとりひとり 悲しみ方が違うと思います。



家族が他界する。

こんな大きなことは 他にはありません。

生まれてくることも 大きいですが、

悲しみは 喜びとは また違うものです。

喜びは いつか、平常のなかに混じり合います。

悲しみは 混じりません。

混じらないと思います。

混じりにくいと思います。



深い悲しみは、

霊媒から伝えられることで癒されるとは

到底 思えません。



大事な家族を信頼すること。

これしかないのではないかと 思う今日この頃です。

























愛犬との散歩に出掛ける時に、ご近所さんがお庭の手入れをされていました。
「 綺麗ですね、そのお花。えっと、なんていう名前でしたっけ・・・。」
「 ラナンキュラスだよ。笑」
「 あ、それそれ! 本当に綺麗ですよねぇ。」
「 お玄関に置いてといてあげるから、散歩に行っといで。」
「 え?! 良いんですか! ありがとうございます!」
短い散歩を終え、玄関の鍵を開けていたら、後ろから足音。
「 はい。この瓶もあげるから。」
といって、数本のラナンキュラスと可愛い草木を指した可愛い小瓶を頂きました。

お花って一気に部屋の空気が華やかになるんですね。
ありがとうございます。








アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~








Posted on 2016/03/14 Mon. 13:38 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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14

思いもよらない、人から。 

お待合せの場所へ行き、その辺を見回しても おられません。

( あれ?)

と思ったと同時に、違う方向を見ますと、いらっしゃいました。

( きっと あの方だ。)

「 Mさ〜ん!」

私の呼び声が届いたようで こちらを向かれました。

「 早くに着いてしまって・・・すみません。」と申し訳なさそうに

おっしゃいました。



お会いする前に 私に話しかけてくださった方々もおられるのですが

私もうっかり者で、書き留めておける時と お話を普通に聴き、

ちょっとしたお喋りのようなことをして そのまま消え入られることも

あるのです。

この日も そうでした。



Mさんにアガサ部屋へお越し頂いて、少しだけお喋りをして

静かな時間を1分程頂くと、

ある男性が姿を見せてくださいました。

視えること、感知することをお伝えしますと、

「 主人ですわ。」

「 え? ご、主人、ですか? 」

「 はい。姿からすると・・・」

正しい、という連絡がむこうから来ないこともあり、

私自身もそうだとは思えません。

「 失礼ですが、ご主人は お元気なのでは?」

「 はい。」

協力しようと思ってくださるお気持ちをとても有難く思いつつ、

「 いえ。私がお伝えする方は、" あちら " の方々です。

 ご主人がお元気なら、この方はご主人に似ておられる方だろうと思います。」

ちょっと お考えになっていたご様子。

「 無理にお探しにならなくても 良いんですよ。

 でも、この方はご親戚だと私は思います。

 親戚であっても、よくわからない・・・ということもありますから。」

「 はい・・・

 あ! 義父かも。あ、そうです。」

「 あてはめなくても良いですよ。私が描写したような方ならば、

 きっとそうでしょうけれど。笑 」

と言いながら、伝えてこられることを追加で話しました。

「 エプロンをされています。お店をなさっていたのでしょう。

 えっと、何のお店かわかれば良いんですが・・・」

 ( 食べ物・・・ですか?)

正しいという連絡がむこうから来ますので、そのことをお伝えすると、

「 そうです。義父の仕事はそうでした。」

私が感知するご性格面も その通りだったようです。



「 では、何をお話になりたいのか待ってみましょう。」

「 はい。」

「 怒っておられるようです。Mさんに対してではありません。

 息子さんに、です。 あ、ご主人に、ということです。

 怒るという表現もしっくり来ないな・・・

 Mさんには感謝なさっています。

 とても良い嫁さんだと思っておられます。

 が、『 甘やかしているように思える。』とも思っておられます。

 お分かりになりますか?」



Mさんの空気は びっくりしているようでした。

思いがけない人が伝えられ、その思いがけない身内の方からの

話しかけに Mさんの心を見透かされていた、

ご存知だったのだと嬉しかったのでしょうね、

泣いておられたように思います。



「 まさか、義父が来てくれるとは思いませんでした。

 特別に仲が良いというわけではありませんでしたが、

 私のことを親切にしてくれていたように思います。

 病院へ行った時に・・・

 病院へは身内はほとんど顔を出さなかったようですが、

 私が病院へ行った時に、『 お義父さん 』と声をかけたんです。

 そのあと しばらくしてから 亡くなったという連絡を受けて。

 私が声をかけたのがよくなかったのかな・・・と思っていたのです。」



< 有難かった・・・嬉しかった・・・>

「 ありがたかった、うれしかったと 思っておいでですよ。」

< それを言いたかったんです。>

「 御礼の気持ちを言いたかったそうです。」

「 そうでしたか。」



お義父さんのおっしゃりたいことが まだ どことなく

続いていような気がしたので、私は、この方以外に心を向けました。

( あ、ワンちゃんが いる。ワンちゃんと一緒なんだ。)

「 あのですね、この方、ワンちゃんと一緒ですよ。

 ある一定の距離を持っておられるんですけど、

 おとうさんなりに 気にされて 可愛がっておられるんじゃないかと

 おふたり(一人と一匹)を視ていて そう思います。」

Mさんは、そのワンちゃんをご存知でした。



「 他にどなたがおられるのか、探しましょうか・・・」

「 私が会いたいと願っていたのは、そのワンちゃんです。」

「 あ、そうなんですか。」

「 はい。」

「 仲の良かった祖父母もいるんですが・・・

 まさか、義父が真っ先に来られるなんて 思ってもみませんでした。」

「 あちらの順番というものは、どういうふうになっているのかは

 わからないんです、私。 分析することもしません。」



誰かが自分の心(悩みなど)を知ってくれている、

関心をよせてくれている_

しかも、思いもよらない人から。

それはそれは、びっくりですが、ほっとすることでもあるように思います。

なかなか口に出せない思い、悩みを

ひたすら耐えてきている時に そうしたことを知る、知らされるのは

本当に心安らぎます。

耐えていただけに、心が温かくなるような経験が私自身にあります。






伝えられるその人が、誰であるか。

それを認めようとする、しないは、ご依頼人さんの心の状態に

関係してくると私は思っています。

少しの描写などでも「 そうです。」と思える人と、

多くの情報を言われなければ認められない、と思う人と、

自分が言ってほしいことを伝えてこれなければ、と思う人 等

実に様々です。



私が、常に申し上げていること_

" 会いたいと思う人だけに限定しないでください。

 親戚、知人といったところまで、心を広げてあげてください。" 

ということ。

あちらの世界の自由度を広げてあげたいのです。

私たちが四角四面に " 決め込んで " しまったならば

それは、交流ではなくなるように思うのです。



Mさんは、わずかな描写ですでに「その人」だと思われました。

頭で理解(納得)する前に 心がそう感じます。

人によっては、涙となり流れ出てくるものがあり、

人によっては、夢うつつのような時間を感じられるようです。

いづれにせよ、

ご依頼人さんの心が受け入れられた場合、

すぐに、私の身体には わかってもらえた喜びが流れます。

その体感を感じ取りながら、あちらとこちらの人同士の交流を

心身で共有させて頂くのです。

本当に嬉しいだろうなと思います。



思いもよらない人からの伝言は、

思いもよらないほど

心にズドンと

優しく、温かいものを与えてくれました。





















自由を尊重することは、覚悟も必要です。


アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~












Posted on 2016/03/11 Fri. 12:30 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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11

にょきにょきと 

種から育てている苗が にょきにょきと育っています。

育てているのは もちろん 家族。

私ではありません。

赤ちゃんのように育てている、その姿に 感心します。



売っている種は、一回目は良いらしいのですが、

その実から穫れた種を蒔いても 一回目のような実にならないとか。

物によっては、妙なのが出来るのだとか・・・。

そういうふうに 操作されているんでしょうね。

種屋さんとしては、毎年買ってもらえなきゃ・・・ですね。



図書館で専門書を借り、

実際に 育ててみて わかること。

本通りでないことも 多いと思います。

「 なんでだろ。やり方がまずかったかな・・・ 」

そう悩む家族に、私は知ったそうな口をききます_

「まあ、なんでも 計画通りには いかへんよぉ。」

と。



命を育てるのですもの。

そうは 思い通りにはならない。

天気、湿度、、、

様々ことが関係してきます。

命を育てる、守るって いろいろなことがあります。

待つことって多いですね。



協力はするものの、育てていない私でさえ

にょきにょきと成長している姿をみますと

可愛いなぁ〜 と思います。

リビングは、ちょっとした温室のようです。

苗たちがところ狭しと 順序良く並んでいます。

太陽の陽の傾きに従って、移動させている家族。

夜は寒さから守る工夫。

出来るだけ、物は買わず、家にある物で流用。

( 頭を使うことは 良いことですね。)



小さな芽。

双葉になっていくこと、

光合成をすること、

花を咲かすこと、

実をつけること、

種をつけること。

当たり前のように思いますけど、

命を育てている間は油断すると 気づいたら

へにょへにゃっとなってしまってるんですよ。



大量生産では味わえない自然の味_

農薬、化成肥料などを使わないで育てられた野菜たちを

食べれるということは、最高に豊かなことだと思っています。

野菜から放たれる " 生命力 " の強さに 驚きつつ、

自然を大事にするための地道な努力の賜物です。



作り手の思い、手間日間、工夫と努力、愛情に

植物は 敏感に反応するんですね。

人も、そうだな・・・。



話が長くなりました。(すみません)

苗たちの元気さをお届けします。



春、ですね。

もう春なんですね。





私の英語の先生が「すっごく美味しいよ!」と教えてくださったので
今年の畑メンバーです。バターナッツかぼちゃ。
かぼちゃの成長って本当に早いですね。4000g級の赤ちゃんのようです。
味がとっても濃厚らしいです。





借りてる町民農園の隣スペースの方がくださったお花(ホーリーバジル)を
自然乾燥させ、種をとりました。
今年は、これでお茶を作れればいいなと思っています。
バジルの香りがするとても美味しいハーブティです。身体にも良いそうですよ。





まるで両手を広げて、お日様の光を浴びているかのようでしょう?
ピーマンです。
子どもの頃は苦手だったんですが、大人になってから大好きになりました。





家族曰く、「手間がずっとかかる割に栄養が少ないらしい。」。
お茄子です。お味噌汁に入れても、イタリアンな炒めものにもいいですね。
水分補給する夏にはかかせない夏野菜のひとつ。





これはね、お花。 マリーゴールドです。
黄色やオレンジの花びらです。色からも元気をもらいますよね。





こちらは、ほうれんそう。
町民農園では、成長しづらかったほうれんそうですが、家のプランターではしっかり成長中。
土壌との相性があるんですって。





ライ麦。
畑の土壌作りに麦が良いそうなんで、買ったら勿体ないから自分で作ることにしたそうです。





こちらは、ゆず。
ご近所さんから頂いたゆずの種をとって、育てました。
木になるまでか、実が出来るまでか忘れましたが、18年もかかるそうです!





彼女たちは、私のチューリップ。笑
ぐんぐん育ってます。楽しみです。





何年か前に蒔いたナデシコ。
花が咲き終わり、葉っぱだけの状態をみて、カットしたりします。
春が近づくと綺麗な葉っぱを出してくれるんですよ、
毎年。









たくさん苗が育ってきています。

問題は、

畑スペースがないってこと。苦笑











私の花粉症も 真っ盛り。













Posted on 2016/03/08 Tue. 12:52 [edit]

category: 日常

thread: 野菜づくり  -  janre: 趣味・実用

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08

意志 〜 毎日積み重ね、続けてゆく 〜 

東北大震災から 5年を迎えようとしている。

自分に何が出来る、というわけではないのを

知っている。



ここ葉山でさえ、大きく揺れた。

電気がいつ復旧するかわからない、

信号は消えたまま、

ガソリンも長い行列。

かの地に比べられない程度のこの葉山でさえ、不安だった。



現地の悲惨さは、世界中に広まった。

世界中から沢山の寄付が集まった。

思いやりが 集まった。

それらは 活かされているのだろうか。

本当に困っている人々に届いたのだろうか。



" 喉元過ぎれば、熱さを忘れる "

これが得意な我が国の政治家と官僚たち。

子どもの貧困をアピールするためのウェブ制作や広告に

ン億円も使う彼ら。

それが 日本。

そんな多額なお金があるなら、

子ども達の " 今" に使い、

" 将来への道 "を作ることに使ってほしかった。

当然ながら使われた多額なお金は、税金だ。

自分達が汗水涙ながして稼いだお金ではないから

無駄な使い方が 出来るのだろう。

ウェブ制作費が新築2軒分なんて、狂気の沙汰だ。

「 企業として賛同するので制作費広告費は 要りません。」

こんなことを言える、格好良い会社って 日本にはないんだろうな。

おおよそ、" もらえるなら、もらっとこ!"  だろう。

偉そうな顔をしたいなら、

自分は特別だと思いたいなら、

役損を買って出てみろ。

それが、" 務め" というもんだ。



と思ったところで、どうにもならない。

自分に出来ることを 考える。

ちっぽけな自分に 何が出来るかわからない。

些細なことだけど 出来ることをやり続けてきた。

これからも それを続けてゆく。

それは、電気を大切に使うこと。

毎月、前年同月比 減少させた。

ちょっとした心掛けが 数字になって表れた。

しかしながら、

節電しても、一般家庭が電気を自由には選べなかった。

" 原発を持っている電力会社の電気は もう使わない。"

始末のできないことを 続けていくことは おかしい。

自然エネルギーでまかなえるように 生活を整えればいい。



あれほどのことが起こり、今もなお続いている。

悲しみと我慢を虐げられているのがわかっているのに

使い続けることは 呵責もんだ。

ようやく 待ちに待った 電気の自由化。

ずっと 待っていた。

電気代云々では、ない。

後始末が出来ない、今さえ良ければ良いという考えと姿勢に

賛成しないだけ。





なんでもそうだが、反対すれば良いということではない。

動物を守ろうと言っておきながら、

原発反対、云々言っておきながら、

毛皮や革製品を身にまとったり、

原発を持っている電力会社の電気をお安く使うのは

おかしな話だ。

批判非難することは誰にでも出来る。

自分自身に問うのは、

自分の考えと行動が一致しているかどうか だ。





間違っていたのなら、正せばいい。

しがらみやなんやかんやと言ってないで 正せばいい。

その正す勇気が 有るか無いか だ。

過ぎた分を やめれるか どうかだ。

大会社の幹部ともなれば、役得よりも

役損を買ってでてこその 役員報酬だろう。

辞めたら責任が終わる、わけではない。

社員の方々も大変だろうと思う。

会社の幹部が しっかりせねば。

国の代表者達が しっかりせねば。







今もなお、故郷に帰れない多くの人々がいる。

ニュースにはあがってこない辛さと悲しみがあり、

踏ん張っている多くの人々がいる。



被災された方々に、

今もなお 命を危険にさらされている動物たちに、

我が身を捨てて 現地で働いている方々に、

多くの尊い命に、

自分なりの意を表したいと思うのは、

至って " 普通 " 。



将来を生きる子どもたちに、

原発の責任と重荷を背負わせたくは ない。

絶対に。



お金を払えさえすればいい_

それは本当の使い方ではない。

本来の流れでは ない。



利権絡みが 国民の悲しみと苦しみを増幅させる。

私腹をこやすことだけで 周囲が見えず、

良識、常識、そして、人の心さえ 見えなくなる利権。

自分の豊かさ、おべんちゃら、待遇に 興味があるだろうと

囁く " 利権(ラベル)"。



ちっぽけな存在の私でも、善いことと悪いことの区別はつく。

人の心を 祖末にするな。

動物たちに心なんてないと思うな。



不器用な生き方でも、

曲がったはことは やらない。



記念日だけ祈るなんて 私の性分ではない。

感慨にふけるだけなんて 自己陶酔だ。

大きなことは出来ないけど、

日常で ささやかことの積み重ねは 出来る。



あの日の、

あの時間に 祈ることが 追悼でもなんでもない。

祈って、さあ(行事は)終わったというような

晴れやかな顔をしてしまう人間には なりたくもない。

イベント化することではない。



大事なのは、これからだ。

具体的に どうしていくかだ。

日々に落とし込んで どうするか、だ。

それが 実際に出来ているか どうか、だ。

目標をかかげることだけでは 意味がない。

地味なことを 続けるかどうか だ。



犠牲になった多くの人達、動物たちに

私の、我が家の日々の小さな積み重ねを

捧げます_



この意志と小さな行いの継続を。





思いを毎日積み重ね、続けてゆく。

それが 意志と成ってゆく。

人に言うことよりも、

自分が 実際に やってるかどうか。

それだけだ。

























Posted on 2016/03/06 Sun. 21:30 [edit]

category: 思うこと

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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06

未来は続いているんだよ 

夕方、愛犬との散歩から帰ってきた時か行くところか

覚えていませんが、玄関にわんこと居た時、すぅっと

若い男性が現れたように思いました。

ちらっとそちらの方を伏せ目で確認した直後、すぐに

おられなくなりました。

( 明日の、ご家族の方でしょう・・・)

そう静かに 自分で自分に話しかけるように、

普通に。自然に。



翌朝、準備の準備をしていますと

口の中が、何と言うのでしょう・・・

ネバネバし始めたのです。

( なんだろう。このネバネバ感・・・)

口をゆすいだり 何なりしている時に ようやく

鈍い私は気づきました。

( この方の、なんだ。Yさんが来られたらお尋ねしよう。)



静かにしていますと、その若い男性は私の心に話しかけてこられました。

< ぉ母さんは、あれからずっと苦しんでる。

 もう苦しまないでほしんだ。

 ・・・(自分の)将来がないと思っているようだけど・・・

 ・・・(自分の)未来は続いているんだよ。>

私は、その囁きに返事が出来ませんでした。

ただ聴いているだけで、気の効いた返事や言葉が出てきませんでした。

しばらくして、不安が押し寄せてきたのです。

< ・・・どちらが良いのか わからない。

 家族の傍にいるほうが(家族にとって)良いことなのか、

 それとも、

 思うようにした方がいいのか・・・>

そうして、私自身が、こちらの世界に居るのか、

あちらの世界に居るのか、わからなくなりました。

地に足が着いていない_ そんな簡単なことではなくて、です。

( こちらに戻ってきなさい。)

そのようなことを言われ、私は ハッとし 私の身体と意識を

合わせたのです。

複雑な思い、でした。



玄関先でYさん親子さんをお待ちしている間に 少しずつ 私を取り戻しました。

2回目ということで、Yさん親子さんの緊張感も少しは

ゆったりとしておられたようです。

先程の余韻が少し残っていたので、私がお茶を飲む時間を頂き、

「 ぼちぼち 始めましょう。」

で、また ゆるやかに あちらに合わせて行きました。



大きな鞄、合宿から帰ってきたかのような鞄を肩に掛け

玄関先で帰ってくる元気そうな姿。

大きなシートを 誰かのために 敷いている姿。

そこには責任感とわくわくする気持ち、

とにかく、皆のために、という気持ちでシートを広げる姿が

ありました。

どちらもお分かりになるとのこと。



「 あぁ、そうでした。おふたりが来られる前のことをお伝えしとかなきゃ。」

口の中がネバネバすること。

自分でも(ネバネバするって、どういうことだろう)と

思っていましたが、とにかく、おわかりになるか ならないか。

それだけが私には必要です。



「 口の中が ネバネバしはじめたのです。なんだろうと思ったのですが

 とにかく ネバネバしました。おわかりになりますか?

 こんな表現ですみません。」

「 わかります。」

「 え? おわかりになるんですか?」

「 はい。」
(ここで説明をして下さったのですが、忘れました。)

「 おわかりになるのなら、良いですね。素晴しいですね。」

「 そして、

『ぉ母さんはあれからずっと苦しんでいる。

 もう苦しまないでほしい。

 将来がないと思っているようだけど、

 未来は続いているんだよ。』

 とおっしゃいました。

 おわかりになりますか?」

「 はい。わかります。」

そうおっしゃってハンカチで涙をふいておいでのようでした。



そのあと、

ご自分の部屋のこと、

スペースのこと、

妹さんへの言葉や思い、

お父さんへの思いやり、

を話しておられました。



家族の対話は、泣いたり笑ったり。

考えさせられたり、様々です。

いつもの如く、頂いたメールに助けて頂きます。

覚えていられないのなら、録音されては?と思われる方々も

おられるかもしれませんね。(笑)

ご依頼人が録音をされるのは、私の中ではOKなんですが

私がご依頼人さんとご家族との交流を録音するのは、

私の中では、" 非良識 ” なのです。

ご勘弁頂ければ、幸いです。



- - - - -



私たちのように最愛の者をなくした家族にとって、
『普通』がどれだけ有難いことか、
『普通』であることがどれだけ幸せなことか…
あたりまえにあると思っていたことが、
実はそれが奇跡なのだということを、いつも考えさせられています。
ですから、『普通』の息子でいいんです。
思いは特別ですが、特別な息子でも何でもない、
親思い、家族思いの普通の息子です。
だから、アガサさんから最高の褒め言葉をいただいたと勝手に思っています。笑

今日も私にとっては貴重な時間でした。
今の息子が思っていること、考えていることを聞かせていただけたのは本当に有難いことです。
なかなか前を向けずに毎日が過ぎていることを息子はちゃんとみているんだな…と。

自分が病気と闘っているときも、常に私のことを心配しているような息子でした。
今もそうさせてしまっていることに申し訳ない気持ちでいっぱいです。
少しずつでもゆっくりと時間をかけて、息子の気持ちに応えていけるといいな…と思っています。



- - - - -



本当に良い青年です。

最後の方で私が、

「 本当に普通の、良い息子さんです。」というようなことを

Yさんに申し上げたのです。

私の中で " 普通 " というのは、最高のこと。

世の中が便利になりすぎておかしくなってきたように思えて、

普通の感覚、

普通の感性、

普通の生活、

普通の行い、

といったものが 今はとても稀少です。

皆大抵は、" 特別 " に成りたがります。

普通の暮らしが出来ることがどれほど有難いか、価値があるのかを

知っているつもりです。

強い者が弱い者を守ることは、普通。

道で転けている人がいたら手を差し伸べるのが、普通。

命を大切に思えて、普通なんです。

口癖といいますか、考え癖なんでしょうね、普通が素晴しいというのは。

なので、つい 口からぽろっと出てしまい、後でハッとして、

Yさんにメールをさせて頂いたというわけです。



この肉体を脱しても、人は人。

人は、心。

身体の痛みからは解放されますが、

心とは向き合うようです。

私たちも、日々いろいろあるように、あちらに引越しても

いろいろ思うもの。

私は それで 自然だと思います。

今まで多くの あちらの方々と接してきましたが、

おひとりおひとり違います。

皆一緒の行程を行く、とは言えません。

大きくみると大抵は同じに見えるかもしれませんが

同じでは ないのです。

ひとりひとり、個性があり、性格が あります。



どんな気持ちも、心も、大切に向き合いたいし、届けたい。

なぜだかわかりませんが、使命感からではありません。

他人事とは思えないのです。





人も動物も植物も、

すべては 何かが共通しているのかもしれない。

どこかで 繫がっているのかもしれない。















Yさん、少しずつです。少しずつ。

それが 自然だと思います。

それで 善いのだと思います。























アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~







Posted on 2016/03/05 Sat. 16:32 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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05

仲良し姉妹 

前日のご依頼が終わり、しばし ぼぉーとしてから

一階へ遅めのお昼をつまみに行こうとした時、

全身からエネルギー(こんな表現ですみません)が

吸い取られるような・・・倦怠感とでも言うのでしょうか、

そうした状態へと突然成って行きました。

それは、" 覚えのある "体感とは言え、しんどさの中に居ながらも

しばらく様子を見る必要があるのです。

家族の手前、平然を装っていながらも、身体に力が入らず、

特に上体の真ん中(胃のあたり)が弱り、

次第に腸のあたりへと痛みが移って行きました。

家族「 どうしたの?具合悪そうだよ。」

私 「 突然、具合が悪くなってきた。横になるよ。」

( 痛かったのでしょうね。あなたは我慢強い人だ・・・イテテ )

そうして しばらく横になっていました。

横になってばかり居られないので、腹のあたりにぐっと力を入れ

普段通りの自分に戻りました。



翌朝、お越しになるCさんの準備をしていた時、

突然言われました_

< ・・・双子のように・・・仲が良いんです。>

( そうなんですか。それはとても嬉しいことですね。)

家事をバタバタとしているさなかに、

< 何て 軽いんだろう!身体が軽い!>

そう嬉しそうにおっしゃる思いを受けて、私には想像しえない程の

経験がお有りなんだと静かに見守っていました。



そうして、お待合せ場所に到着されたとの連絡を受けお迎えし

Cさんを部屋にご案内しました。

時間が少しありましたので、世間話をしていたと思います。

私の出身地のことや、季節のこと。他愛もないことばかりです。

そのあと、静かに、ゆっくりとあちらに合わせて行きました。

どのような方法で私に伝えられるのかは、

その場になってみないとわからないのもの。

ひとりひとり、性格が違います。私はそこを大切にしたいのです。



Cさんのお身内の方々は、

女性おふたりが重なっておられたように、覚えています。

その瞬間の、判別がしづらかったように思います。

時々、そうしたことが起こります。



( 慌てなくていいですよ。時間はありますから。)



すると、

私の目の裏に、ある光景を見せてくださいました。

( それは・・・脚をさすっているのですね?)

反応は、Yesです。

< ・・・それを言えば、姉はわかります。>

( わかりました。)

「 脚をさすっておられるのを私に見せてくださいますが

 お心あたりがありますか?」

しばらくの間、Cさんはお考えでした。

「 おわかりにならないのなら、いいんですよ。

 次にいきますから。」

そう言い終わった頃だったでしょうか、

「 入院している時に、妹の脚をさすってあげていました。

 そのことでしょうか?」とCさん。

( そのことですか?)と尋ねようとする直前、というよりも

Cさんがご協力くださっている時に、

伝わった喜びが 私への体感となって伝わってきました。

「 どうやら、そのことのようです。

 とても嬉しかったし、安心できたとおっしゃっています。」

このことを聴かれて、Cさんは涙されていたようです。



< ありがとう って言ってください。 本当に ありがとう。>

その言葉と共に伝わってくるのは、とても文字では表現できない

感謝の気持ちと 大きな大きな愛と・・・

あと何だったでしょうか、

私たちの使っている言葉や文字というのは限りがあります。

一つ選ぶとするなら・・・

感謝と愛が混ざった深い思い。

そうした思いが私の全体を包み込まれますと 私の平常心は

容易く負けてしまいます。

「 妹さんが、心から『 ありがとう。』っておっしゃっているんです。

 こんな表現しか出来ずにすみません。

 短い言葉でありきたりに思えるかもしれませんが、

 そうじゃないんです。

 本当に、ありがとうっておっしゃっています。」

Cさんからの返事は、無理でした。

泣いておられたからです。



その後、

妹さんご自身の状態、

ご家族のこと、などを伝えて来られました。

どれも、お姉ちゃんのCさんにはおわかりになるようでした。

そうしたことを話している時に、

< 夢。夢でね・・・>

と一瞬おっしゃったのですが、私が別のことを聴きとろうと必至で

そのことを伝え漏らしてしまったのです。



最後の方で、Cさんが私に

「 夢に妹が出てきたんです。とても若くて。こんな感じで。」

とジェスチャー付きで表現してくださいました。

その姿は、今日私の近くで捉えた妹さんそのもの。

「 そうです。最初にもお伝えしていますが、とても身軽です。」

< 夢のこと、先に言われた・・・>

しばらく、私は縮こまっていました。

彼女はお姉ちゃんの夢に出てきたことも先に言いたかったようです。

それを ぼんくらな私が 後手になったものですから、

ちょっと「あ〜あ」という感じにお成りでした。

その状況も、Cさんにはご説明しました。

Cさんは

「やっぱり そうでしたか。

 2回目の夢では何か言いたそうだったんですが、何だったんだろう。」

「 先程お伝えしましたご主人のこと、お子さんのことのようです。」

少し安心されたようです。



回想記憶も限界です。

Cさんから頂いたメールに助けて頂くことに致します。

- - - - -

(略)

過去のブログを拝見していたので、アガサさんに
痛みなどが起こらなければがいいな…と思っていたのですが
やはりそうだったのですね。
(不安な状態にさせてしまって申し訳ありません。)
前向きに泣き言を全く言わず痛みに耐えていた妹の姿が思い出されました。

(中略)

いろんなことから解放されて嬉しそうな様子がとっても想像できました。
妹節はアガサさんがなんとか常識的に解釈した言葉からでも分かりました。
じっとしていることができない性格はあちらの世界でも変わっていませんでしたね。
姉ちゃんの味方だよ!その言葉には涙が出ました。
それから、祖父のゴツゴツした手も懐かしく思い出されました。
もうすぐ(仏教での○周忌)を前向きな気持ちで迎えることができそうです。
本当にありがとうございました。
あっ妹にも念を押されていたので健診(病院)に今年こそは行きます。

- - - - -



Cさんに、

「タクシーを呼びましょうか?どうされますか?」

と尋ねました。

「 海まで歩けるのなら、海を一目見て帰りたいと思います。

 妹と一緒に。」



海まで行く道は、まっすぐ まっすぐですよ。と

お待ち合わせ場所付近の道路までご一緒してお伝えしました。

妹さんと一緒に海をご覧になれたようです。

- - - - -

お別れした後、思ったよりも早く海に辿り着きました。
道中、ホッとしたのと同時に
それでもやっぱり会う事ができないという寂しさが増してきて
涙がポロポロでしたが…
トンネルを抜けて橋に来たとき、思わず「おお!!」と言ってしまいました。
ほんとに素敵なとこですね(富士山大好きなんです)。
オフシーズンのちょうどよい時に来られてよかったです。
浜辺でとても癒されました(無事にバスにも乗れました)。

- - - - -

無事にバスにも乗れました、ということを知れて

ほっとしました。(私は酷い方向音痴なものですから。)





重い肉体を脱ぎ捨てる_

その開放感は、ご病気であればあるほど

まるで羽が生えたような気持ちだろうと思います。

妹さんは、周囲の人達が重苦しくなることを

とても苦手と思う方です。

妹さんの笑顔は、

そうしたことを願い、弾き飛ばすような笑顔。

その笑顔を 最初の最初に 見せてくださいました。



ニコっとね。






















以前のようには べったり我が家で過ごすことはありませんが
ご飯の時間になると顔を見せてくれます。
私は、孫娘か娘が里帰りをしてくれたような気分になります。
家族からは「おかあちゃん、" 娘 "が来たよ!」と知らせてくれます。




約1年半程前のぺこ家族です。
こんな時もありましたねぇ。懐かしいです。
子離れ時期が過ぎてから1匹だけは自力で我が家まで来ました。(すごい!)
もう1匹は・・・きっとどこかで元気にしていると思います。



親離れ、子離れ。
お互いの成長に向かっての一歩、ですね。
それにしても微笑ましいですね。

今日は、ぺこの誕生日。一年前、避妊手術をする際に作るカルテの
誕生日欄をじぃーと見つめる私をみて、院長先生は、
「女の子だから、3月3日にしときましょうかね。」とニッコリされて。
そういうのが嬉しいですよね。
おめでとう、ぺこ。






アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~



Posted on 2016/03/03 Thu. 14:49 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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