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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

突然の贈りもの 

突然の贈りもの。

これほどテンションのあがることってありません。

我が家は全員、食べること大好き。

「 ちょっとずつだからね。」と念を押しても

すぐに ぺろっ です。

私が小言を言いますと(笑)、

「 明日、どうなってるかわからないよ。」と反撃されます。

最近は ごんまでが そわそわし出します。

まったく 食いしん坊な家族です。(私もですけどね。)



美味しそうに食べるごんです。

ごん目線でセリフをつけてみました。





「 やった〜! ごちそうだ〜!」




「 家の中で食べよう。」




家族「 どこいくの?」
ごん「 え?家で食べるんだよ。」





「 あぁ〜、しあわせぇ〜。しあわせってこういうことだね。」




「 こんな美味しいの、食べたことない!」




家族「 待て!」
ごん「 ・・・」
私「 食べてんのに、可哀想やんか。」





家族「 よし!」
ごん「 人間って複雑なんだね。 」
私「 大目に見たって、ごん。」






ごん、野良ぺこは、本当に幸せものだと思います。

拙ブログを通して 温かい思いやりを投げてくださり、

ご依頼頂いた方々からも 声をかけて頂いたり、

気にかけてくださったり。



ごんのあの腫瘍は、見た目すっかり綺麗になりました。

ご近所さん方からも 「 本当に良かったねぇ〜。」と

声をかけて頂いたり。

野球ボール大の腫瘍が取れたことで、すっきりしたと思います。

いつもいつもあんなの口の周りにあったら・・・

人間だと 気持ちがへこみますよね。



あの腫瘍の経験があったから、家族全員が

ごんに対して さらに、愛情深く思えているように思えます。



健康が 当たり前。

普通が 当たり前・・・

ではないことを 様々な経験を通して 心に刻めたら

また 少し 人間らしくなれたかなと思います。






突然の贈りもの。






心は 本当に有難い。

一口一口噛み締める私と

ガツガツ食べる家族との対比が また 面白いです。



思いが深い分、

有難味も 深まります。

「 有難いねぇ、本当に 有難いねぇ。」

そうつぶやく私は 家族から見ると

おばあちゃんのように思えた、でしょうね。(笑)






いいんだよ、おばあちゃんで!

おばあちゃん、万歳だっ!














おかげさまで こうして元気に暮らしています。

いつだったか、今月に入ってからか、

夕飯を作っていた私の足を突然ガリガリっとされました。

「 イテテ・・・どこのわんちゃん? まあ、いいわ。」

そう思っていた数日後に

以前ご依頼くださったRさんからメールが届きました。

そのメールにRさんの愛犬Dの癖?(ガリガリっ)が書かれていたのでした。

Rさんと私は、びっくりです。

彼女の愛犬が 私のところに来てくれて、

今も尚、元気なんだよと本人(本犬)らしいアピールしてくれたんですね。

そのおかげ?で(笑)、お菓子を頂戴出来たということです。



それにしても・・・

ガリガリっとされた時は、リアルに痛かったなあ〜。

まあ、元気なんだからいいや。(笑)

嬉しい痛み、でした。













アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~

Posted on 2016/02/24 Wed. 16:59 [edit]

category: 日常

thread: かわいい♪コーギー  -  janre: ペット

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24

お父さんっ子 

うぐいすの声が 遠くから聞こえてくるようになりました。

葉山に越してきた時には隣に草っ原があり、桜の木などもあって

木々には様々な小鳥たちや虫たちが居ました。

春の訪れを知らせてくれるうぐいすの可愛い声の成長具合が

楽しみでした。今はその木々や草っ原もなくなりました。

遠くからでも聞こえるうぐいすの声に 懐かしさを覚えます。



数年前に一度ご依頼頂いた、Nさん。

数ヶ月前のことでさえ、一週間前のことでさえ、私の内からは

きれいに流れ出してしまうあちらとの交流。

お顔は一度拝見しますと絶対に忘れないのが特技と言えば特技。

お待合せ場所に行き、すぐに、Nさんと分かりました。

今回は、ご主人もご同席。

男性が同席されるのは、勇気の要ることです。

本当にそう思います。



いつもの如く、朝からバタバタしている私に

端的な・・・短い言葉での "アドバイス " というか、

つっこみを入れてくださる若い女性がおられました。

いえ、実のところ、その当日の朝からではありません。

前夜から、でした。

そうだとわかっていたのですが、家族の手前 平然を装い、

あくまでも普通にしているのが 子どもの頃からの私なりの

家族への思いやり。他への礼儀。



いろいろとお考えになっていて、何から話そうか、何を言おうか、

決められた時間内で効率良く話すこと・・・

そうしたことを とても綿密に繊細にお考えのようでした。

肉体の有無に関係なく、その若い女性のお気持ちやご心境を

尊重して そのご様子をそっと見守ることにしました。



Nさんご夫妻が来られる前に、彼女は私に話してくれました_

<・・・親・・・手を・・・にぎり・・・・>

( ご両親の手をにぎりたい、のですか? )

何度か尋ねるものの、返事は返ってきません。

しばらくして、さっきと同じようなことを話されましたが

はっきりとは 聴き取れませんでした。

( 手をにぎりたい気持ちはわかるけど・・・でも、何かが違う。)



おふたりを部屋へお迎えして、

「 若い女性が来られています。」と伝えただけで

Nさんは「 娘です。」とおっしゃいました。

ご性格やお人柄を中心にお伝えしてゆき、頷かれるNさん。



「 忘れないうちにおふたりがお越しに成る前のことをお話しします。

『・・・親・・・手を・・・にぎり・・・・』というようなことを言われ、

 私は、ご両親の手をにぎりたいのですか?と思いましたが、

" 何か " がしっくり来ないので、このことは保留にしておきます。

 必要があれば、おっしゃりたかったら、また後で話してくださると

 思います。」

そうお伝えしました。



< 両親は・・・一緒に仕事を・・・>

「 はい、一緒に仕事をしています。」

おふたりの心に少し変化があったのでしょうか、

その先から少し滑らかに私に届くようになりました。

「 娘さんが『 仕事のこと、これはこれから先のことを意味します、

 おふたりのお仕事のことは心配しないで。』とおっしゃっています。」

ご夫妻は、顔を見合わせておられたのではないかと思います。

思いあたることが おありのご様子。



「 家の中か・・・家というよりも建物という空間が視えます。

 娘さんは、じぃっとご覧になって、ぐるっと室内をご覧になり、

 チェック的なことをされているようです。」

「 家かしら、仕事場かしら。」

「 家、家庭、という感じの空間には思えません。

 上の方をご覧になったりしています。

 壁に何かが貼ってあるのかな・・・」

「 仕事場だわ・・・。」

「 そして、これは、いる、やっていく、

 これは、要らない、やめる、といったような判断的なことをです。

 おわかりになりますか?」

思いあたるようなところがおありだったように思います。

ご依頼人の方のお顔やしぐさを見て判断しない私は、空気で受け取ります。

表情や言葉よりも確実なのは、私にとって " 空気 "。



ふいに娘さんが、お父さんに 甘えるような様子を視ました。

「 しっかりした娘さんなのに。(不思議だなぁ)

 お父さんに甘えておられます。娘さんは、お父さんっ子なのかな。」

「 はい。」

「 けれども、そうではなくなりました。長女だけど、長男のようです。

 しっかりとされていて。余計なことは言われない。」

「 はい。男みたいでした。ねぇ。」

「 でも、娘さんは甘えん坊です。私から拝見するとそう視えます。」

「 はい。」



次第に、娘さんの感情が高まり、それをどう伝えようかと考えつつ・・・

伝えないわけにはいかない!この一心になりました。

「 私から言うのもなんですが、娘さんはお父さんと話したいと

 心から望んでおられます。

 こういう場を信じるのは難しいと思っていますが、

 娘さんは 心の中ででも何でも話してほしいようです。」

私は、娘さんに代わって、そうお願いしました。



心の中で話しかけてほしい_

いつか、そうすることが自然になるなら・・・

そういう思いでお父さんに申し上げました。

けれど、すべては 本人の自由。

無理に、不自然にすることは 私は望みません。

あちらも もちろん そんなふうなことを言ってこられません。



しばらくしてから、

お父さんがぽつりぽつり、話し始めてくださいました。

娘さんの性格や 頑張ってこられたことなど、

娘さんが他界されて数年経った今も、お友達や上司の方が来てくださること。

「 私たちは、本当に有難い、救われています。」と おっしゃっていました。



お父さんが話されている途中に、

< ・・・親・・・手を・・・>

と娘さんが話しかけてくださっていました。

その直後か、ほぼ同時ぐらいに

お父さんが しみじみと " その " ことを話し始められました_

「 娘の手がだらんとしていたままでした。

 最期が近づいていると思い、娘の手をにぎらせたんです。

 そしたら、ふぅ・・・と息をして。」

< 安心できたの。> 

(そうですか。)

「 穏やかに逝かれた。」

「 そうです。穏やかでした。」

< ありがとう と 言って・・・>

(もちろんです。)

「 娘さんが『 ありがとう。安心できた。』とおっしゃいました。」

「 そうですか・・・手をくませたから、しんどくなったのかと。」

「 いえ。娘さんは 穏やかでした。ありがとう と。」



鈍い私をつつくように娘さんは、閃きをくれました。

「 あ! 娘さんがおっしゃっていた意味がわかりました。」

おふたりは 多分、キョトンとされたと思います。

「 私は、ご両親の手をにぎりたい、触れたいのかと最初思いながら、

 何かが違うと思って『 これは保留にします。』と申していたことです。

 お父さんが手をにぎってくれたことを娘さんは伝えたかったんです。

 それが、自分だという証拠にもなると。

 そうお考えだったんです。

 お父さん、ありがとうございます。これでわかりました。」

おふたりの空気をさらに感じ、部屋の中の空気が一体になりました。



それでは、いつものように

頂いたメールの一部に助けて頂きます。

- - - - -



本日はありがとうございました。
ひとりきりの娘を亡くし、悲しい思いと同時に
この先どのようにしたらよいのか主人といつも話しておりました。

でも娘もいつも一緒に仕事のこと、さきのことを考えてくれていると聞き
うれしく思います。

こちらにいるときは、絶対あとはつぎたくない と言っていたのに
亡くなった後、娘を知る皆さんは「いずれは私があとを継ぐ」と言っていたと
口をそろえておっしゃるので、そうなのかなあと半信半疑で聞いておりました。

きっと本人は恥ずかしいのか、甘えなのか、親には本心を言いにくかったのでしょうね。
本当にそんな子でした。

小さい時から父親っこで、それが大きくなったら素直に話せなかった
男みたいなところがあったのに 本当はもっと甘えたかった、娘らしいです。

いつもは娘の写真を見つめるだけの主人でしたが
これからは もっと心で娘の話しかけるようにすると言っておりますので
娘の希望がかなうといいなあと思います。



- - - - -



メールを頂いて、本当に良かったと思いました。

娘さんの心が ご両親に届き、

お父さんに届いたようです。



ずっと静かに 黙って聴いておられたお父さん。

娘のことを話される時のお父さんの瞳は

とても深い愛でいっぱいでした。



ふと 私は 昨年他界した父のことを 思い出しました。

いろいろなことがあって、

彼女のように 父親っ子ではありませんでした。

父には気の強いだけの娘に思えたかもしれません。

それでも、ある時 ある一言がキッカケで 私の心にあった棘が

溶けてなくなりました。

他界後の父を 心配したことは ありません。

他界したって 父は父。







彼女は、父親っこ。

あの時の彼女に 戻っていると思います。



両手を広げて、お父さんに抱きつき、

< お父さん、大好き!>

そう思ってるんじゃないかなぁ。



もちろん、

お母さんのことも大好きなんですよ。

つっこみを入れるぐらいですから!


















可愛い花が咲き出しました。
折れた枝だったのにね。
そのままだと、道やどこかに置き去りのまま。
心無い人がぽきっと折ったのか、強風で折れたのかは わかりませんが
どこかの誰かが拾って、水を毎日変え、暖かいところに置き、
愛情をかけて、楽しみにして・・・
毎日、心の中で声をかけられて。
こんなに美しい花が、咲きました!
もう春はそこまでやってきていますね。











アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~

Posted on 2016/02/22 Mon. 07:11 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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22

子どもたちに食事を。〜 こども食堂、ごちハウス 〜 

貧困などの理由により、

成長盛りの子どもたちの食事が 気になっていました。

気になっている方々も多いと思います。

たまに見る、インターネットの社会ニュースの

子ども達に関係したことを読みますと、心が痛むばかり。



貧困や親からの無関心によって、

子ども達への影響は、

食事、

勉強、

でしょう。



親が働かず(働けず)、生活保護費や学校の奨学金を

親が使い込み、子どもたちの食事さえ 無関心。

日に日に痩せていく生徒を見かねて、

先生が こっそりと食べるものを渡したり。

福祉団体に駆け込まれたり。



コンビニのお弁当やおにぎりを食べれたら良いほうだそうです。

施設に一ヶ月ほど行け、

三食食べられること、

お布団で寝れること、

おやつまで食べれること、

子どもたちは「 天国みたい 」と言ったそうです。

帰り際、「 また来たい!」と。

日本で、ですよ。



膨大な税金をしぼりとりながら、

将来のある子ども達は ほったらかし。

国がやらないから(情けない)、

地域の人達が手をつなでなさっている。

マンパワーや資金にも限界があっても、

国は 知らんぷり。



前置きが長くなりました。すみません。

悶々としていた私は、

このような素晴しい行いをされていることを知りました。

↓↓↓

------------------------------------------------

こども食堂

------------------------------------------------

ごちハウス

------------------------------------------------



食べることは、生きること。

基本です。

何でも食べればいいか?

そんなことは ありません。

添加物いっぱいの、いつまでも固くならない

保存料のたっぷりの市販お弁当では 健康を害します。

身体を作る大切な成長期に、

作っている人の温かさを感じることも食事のひとつ。



アガサ支援先のひとつに、

貧困による子ども達の食事を支えている方々を

加えたいと思います。

よく調べて、今週か来週か、今月中には実行します。



他界の子どもたちの心と触れ合って、

親子の愛に触れ合いながら、

他方で こんな悲しい現実がある。

子どもたちを取り巻く環境は、大人の責任。国の責任。

税金ばっかり取ることに夢中で、

年金を使った投資に驚くような金額(何十兆円)の大損を出しても

関係省庁は 知らんぷり。



赤ちゃんからお年寄りまで、

ひとりひとりに課せられている借金は、ひとり800万円にのぼるとか。

そして、その償いを 将来ある子ども達に追わせるのですから、

日本の政治家や官僚は、腹黒いとしか言いようがありませんね。






こども食堂さん。

ごちハウスさん。

こうした取組みが 日本全国津々浦々まで 広がることを

本当に願ってやみません。

ぜひ、ご覧になって頂ければと思います。














子どもが救った、小さな1本の枝。
白い花びらが見えてきました。
生きてるんですね。この小さな命と生命力に驚き、励ましをもらいます。
今朝はもっと花びらの先が開き始めてきました。
家族全員で、大事に大事に見守っている命です。



















Posted on 2016/02/17 Wed. 08:40 [edit]

category: 日常

thread: 生きる力  -  janre: 学校・教育

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17

ひとり親、ふたり親(両親) 〜 数じゃないと申したい 〜 

ご依頼のあとも メールを頂けることに

とても嬉しく思っています。

思っていることと、していることの確認が出来る機会だと思えます。



ご主人が他界され、

お子さんの成長や日々の悩みに

心不安になられること、

どうしたらいいのか、

そうした思いをメールに綴ってくださいました。



その方へ私がお返事させて頂いた一部を書かせて頂きます。

同じような思い_

全く同じ思い、というのはありませんが

お子さんがおられて、育児や仕事に行き詰まったり、

不安に思われている方々に、届けばいいなと思います。



- - - - -



ご主人なら・・・とお考えになるお気持ち、わかります。

けれども、私は「 母として 」お考えになるのが無理がなく、

自然だろうと思いますよ。

父親がいないから、と思うのは逃げにも繋がります。
(厳しいことを申し上げてすみません)

私も、家庭問題は山積みです。本当です。

誰しもパニックに陥ったり、

悪い方向へと考えてしまうことがあります。

あったっていいじゃない、と思います。

落ち込んだあとは、開き直ります、私などは。



誰かにとって代わる、ということは出来ません。

出来ることはただひとつ。

自分が思いやりを込めて生きること。

その姿勢を後ろ姿を(子に)見せること。

親はこれしか、これでしか、

説得力がないのだろうと思って、私も日々奮闘しております。



- - - - -



自分だけでも辛いのに、お子さんがおられる方は

沈んでいられないのが 現実です。厳しいですね。

小さなお子さん、

小学生のお子さん、

中学生、

高校生、

それぞれの年頃に起こる問題や悩みは尽きないものです。



ふとよぎるのが、

" お父さんがいれば・・・"

" お母さんがいれば・・・"

ということ。



" 私は ひとりぼっち "

そんなふうに思っては、ご主人、奥様が居たたまれないでしょう?

" 私には 無理。ひとりで何もかも 出来ない!"



本当に、何も出来ていないですか?

子どもさんが育ってくれることを願っている親の心を

お持ちじゃないですか?

私は、立派だと思いますよ。



家族のために頑張って働いておられる世の中の

シングルマザー、シングルファーザー(で合っていますか?)

の方々は本当に立派です。



子が成人するまで、この思いで必至でおられる。

自分のことはそっちのけで、仕事に家事に奮闘なさっている。

何も出来ていない、何も出来ない、なんて思わないで。

そんなわけがありません。

ご夫婦揃っていても、子に心を向けない親御さんはおられます。

ご夫婦揃っていても、一人親のように頑張らねばならない人も

世の中には いっぱいおられるでしょう。



出来ないことは、いっぱいあります。

夫婦揃ってたって、あります。

そうですよ。

家族の健康を維持するために、日々頑張っておられる_

立派です、本当に。



欲しいものを買い与えるのが、親ではないのです。

物を得るため、自分の欲を叶えることが

人のしあわせ と勘違いさせることの方が

人としての人生を狂わす原因にもなります。



親の数ではないと思います。

両親が揃っていても、人をいじめる、脅す子は います。

ひとり親だから、育たない。

ふたり親だから、育つ_

では ありません。

見た目で判断しては 真実は視えてきません。



私がよく申し上げる「 丁寧に生きる 」というのは

例えば、こういうようことだと思っています。

↓↓↓

うちの家族の靴下の先は、よく穴が空きます。

油断していたら、10足分ぐらいあっという間。

買えば楽で、新品ですから、子も喜ぶでしょうけど

なかなか買いません。

子どもの前で、繕い物をします。

物を大事にする姿を見て知ってほしいのです。

「 まだ履けるから、繕ったよ。

 まだまだ履けるのに、捨てたらゴミになるから

 直しておいたよ。」

嫌がらずに(多分)繕った靴下を履いてくれます。

(買ってほしいなと思ってると思うのですが。)

些細なことの連続が「生きる」実感だと思います。



物が安く、豊富にある世の中。

何でも速く。

揃っていて「普通」。

でも、これが普通ではありません。



その「 普通 」の状態が崩れることは あるのです。

いつも同じ、そのままの状態が続く、ことはないのです。

すべては 変化するもの。



だから、大切にする。

だから、丁寧に接する。

そうした心と行いは 必ず 自分に還ってきます。



親が物を大事にする姿を 普段から見ていれば、

どんなに生意気ぶりたい年代になっても、

大事な心というのは ぶれないものです。

それが、親が子に伝えれる、出来ることだと

思います。





何でも出来る親(人)になろうと 思わないこと。

何でも出来たって、しあわせとは限りません。



子どもの前で泣いたって、

「 じゃ、また、頑張るわ!」

と思い、言うことが大切だと思うのです。



子どもに親が伝えるのは、

生きている姿、

生きていく姿。



買い与えることではないのです。

人に羨ましがられることをさせる、ではないのです。



辛い状況にあっても、

悲しい気持ちであっても、

泣いたって、

苦しんだって、

心を失うことなく生きている姿。

思いやりを大切にする姿。

それこそ、人間の姿です。



ご主人は、必ず あなたの傍におられるし、

子どもさんを見ておられる。

奥さんも、そう。



あちらも、こちらも、

愛こそ すべて。











目の前にいるご家族を 愛してください。

" ご家族 " も そう思ってると思います。

どちらも 大切なんです。















ご依頼をきっかけに文通をしているFさんから届いた、北海道の香り。
ほとんどどこにも出掛けられない私は、こうした便りにウキウキします。
「わぁ〜、綺麗!」「美味しそうぉ!」とどのページを見ても面白い。
DMで届く旅行会社のチラシを眺めては、旅行気分になっていますから
安上がりな私です。(笑)
Fさん!ありがとうございます!
お手紙を書こうと毎日思っていますのに、まだ、書けていません。
待たずに待っていてくださいね。










アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
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Posted on 2016/02/16 Tue. 10:57 [edit]

category: 日常

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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会えるんだよ 

頂いたメールで 久しぶりに泣きました。

ご紹介したいと思います。



- - - - -



先日主人の夢に○○が現れて、

主人の目をしっかり見つめ、

涙を浮かべながら、

「 会えるんだよ 」

って伝えてくれたそうです。

また会える・・・。

一生懸命、伝えてくれました。



- - - - -



夢でご覧になった時のお気持ち、

奥様にそう話された時のお気持ち、

ご主人から そう聴かれた時のお気持ち。



ここのところ、多忙で 涙さえ枯れかけていた私に

久しぶりの涙が溢れました。



たった一言。

その重さ。

優しさ。

愛。



たかが夢だと思われるかも しれません。

けれども、

わが子があちらへ旅立った親御さんのお気持ちは

いつも 私の周りにあり、

いつも 私の心に あります。



お子さんが 懸命にご自分で伝えられたその姿が

目に浮かぶような気が 致します。



" わが子が 元気であれば、それで良い。"



ほとんどの親御さんは しぼりだすように

そうおっしゃいます。

想像を絶する苦しみと悲しみがありながらも。



いつか、

いつか会えるその日まで

悲しみ、苦しみ、時々ふいにやってくる穏やかな時

それらと共に

生きていく_

言葉で言えるほど、簡単なことでは ありません。

一生、背負ってゆかれるその思いや覚悟に

私などは 足下にも 及ばない。

努力しても したりない。








大丈夫。

必ず、会える。

再会は、たとえようがない_

そう聴いたことがあります。

そう思いを伝えられたことがあります。

深い悲しみと苦しみを経験した人だけに与えられる、

想像しえないほどの

喜びとしあわせ。





" 会えるんだよ。”





必ず、会えるから。

そのことを忘れないで。






















学校でもらってきた折れた桜の小枝。
強風の時に折れたのかも、しれません。
コップに水を入れて、時々、ライトをあてたりして、
「生きる」と信じているわが子。
黙ってその姿をみている私。
願いがかなったようです。初々しい薄緑の部分が育ってきました。





自然農法を自分で研究しながら、出来る範囲で実践している夫。
とうとう、種から苗を作ることまで手を出しました。笑
その几帳面さに、驚きます。(私は無理だなぁ〜)
わが子を育てるように、大切に大切に育てています。
いつか、そうしたことが続けられるようになるといいね。

そして、不精な私。
家族たちのおかげで、自然に育つものの逞しさ、自然に育てることの難しさ、
自然に育てられたものを口にする稀有さ、貴重さを実感しています。
大量生産、安く買いたい、形を優先した市場と消費者意識などを思うと、
アレルギーをはじめとする各種病気というもの、現代社会の代償かと思えます。










アガサ 葉山在住
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~天国の人々の思いを伝えています~






Posted on 2016/02/12 Fri. 13:49 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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愛犬の腫瘍 

我が家の家族、ごんの大きな大きな腫瘍が取れました。

びっくりです。

取れる_

そんな可能性などゼロだった私は、

ただただ この現実に びっくり です。



ごんを気遣ってくださる方々に心から感謝をこめ、

同じような腫瘍がわんちゃんに出来て

心を痛めている方々に向けて 書かせてください。



あれ?

と思うような小さなイボを発見したのが昨年の1月か2月か、

もっと前の一昨年の夏ぐらいだったか、

今となっては覚えていないですが、気になっていました。

2年前の1月下旬に大手術をしていますので、

老犬に 手術は負担だろうということで 家族と様子見することに。

様子見、つまり、自然治癒なり 自然にしておくことに

何度、歯がゆく思ったか わかりません。

それが「 正しい 」ことかどうか。

愛犬にとって「 善い 」ことがどうか。

次第に大きく成長する腫瘍に 気が気でなりませんでした。




2015年 5月頃



2015年 10月頃
どんどん大きくなっていた頃。
ご飯を食べる時にも口元に腫瘍があり、この頃から出血が少し出てきました。




2015年 11月頃
腫瘍が熱を帯び、出血や膿みの量が増えてきました。
匂いもしますので、嗅覚の良いわんこには辛いだろうと思い、
数時間毎の手当てが必要になりました。
それにしても、あまりにも重そう!
何かないかなぁ・・・↓↓↓




2015年 12月頃
いらなくなった布で袋を作り、
両端にリボンを入れて、筒状のものを作りました。
5つ、ぐらい作ったでしょうか。
手当の度に、洗い、干し。
自分の手間や時間がかかっても、とにかく、少しでも心地悪さを軽減したい、
その気持ちでいっぱいの毎日でした。
ご近所さん方から「あら、いいアイディアねぇ〜」と言われ、ほっこり。
その一言が身にしみました。有難いですね。

その内、サイズがあわなくなり、ちょっと複雑な思いもしたけれど、
(悲しんだって状態は変わらないんだから。しっかりしろ、自分!)
そう自分に言いつつ、作り直すことも度々。

そんな日々、今年に入った1月中旬のある夜中、家族に起こされました。
一階へ行くと・・・ぐったりしたごんがいて、あたりは・・・血の海でした。
患部を手当する私の手は、血だらけ。あふれてくる箇所を見つめ、一瞬放心。
(素人には無理だ!)心の中でそう叫んだ私。
着の身着のまま。
(道路が混んでいませんように。生きて到着出来ますように。)
そう祈りながら、後部座席でごんをしっかりと抱いていました。
救急動物病院へ到着したのは、夜中1時頃だったでしょうか。

獣医さんも驚いておられ、とにかく、止血。
運がよければ、止血した先から肉が腐り、腫瘍の一部が取れるかもと言われました。
念押しで「あくまで応急処置の止血です。」と何度も言われました。



2016年 2月初め頃
散歩から帰ったある日、大きな腫瘍が9割とれました。
残りの肉片は最初平べったかったのですが、日を追うごとに膨らみ
イチゴ大になってゆきました。
一瞬、またあのようになるのかとも思いましたが、
「 どうなったって、現実から目をそらさないぞ!」
それだけでした、私の心は。




2016年 2月10日
残りのイチゴ大が・・・びっくり!とれました。
昼間、自分でたまたま掻いて、ひっかかったのでしょうか、
「キャンっ!」と叫んでました。
晩ご飯を作り終えた時に、ふと見ると、包帯の膨らみが別の位置に移動していたのを見て、
本当に驚きました。








まさか、の まさか。

奇跡だと思いました。

とれる、なんて思ってませんでした。

夢のまた夢・・・そんな夢は見まいと。



いろいろありましたが、結果 all right 。

安心は しません。

年ですもの。

わずかな日数でも、あの大きな腫瘍がとれて

身軽になれたのです。

それで十分です。有難いです。



頑張ろうとは思わない。

動物は いっつも 頑張っていますもの。

長生きして、とも 思わない。

精一杯 生きてるから。



毎日、耳元で囁くのは、

「 ごん、大好きだよ!」。






大切な 大切な 私の家族。












Posted on 2016/02/11 Thu. 11:29 [edit]

category: 日常

thread: ペットの健康・病気・怪我  -  janre: ペット

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身体が震える判決 

よってたかって 一人の命を奪う。

残虐なやり方で。




他人の私でも、身体が震えるほど

腹が立つ。

腹が立つ、という表現では

表現できないようなことが 日本で増えてきた。





身体が震える判決。

法律的なことも全く知識はないけど、

人としての常識は 持っているつもり。

裁判とは、

罪を裁くところだと思っていた。

バランスをとるところでもあるのかと

思っていた。



優秀でキャリアをお持ちの方々が

そう判決されたのだが、

10年や15年で、

残忍な行為と 奪われた命のバランスが

とれるのだろうか???

日本の刑罰は残虐なことに対して、

他国の判決と比べると驚く程、軽い。

陰湿で執拗な残酷な内容に変貌していても。



" 罪を憎んで、人を憎まず。"

到底、私には 無理な教訓。

わが子をそんな目にあわされて、

「 有難うございます。はい、わかりました。」

と言える親が この世界に居るのだろうか?



時間の流れや深さは、

被害にあった者と加害者とでは 全く違う。

残酷で残忍な行為に及んだ者が

後々、書籍を出版したりするケースもあったようで

それが「 更正 」の現れとでも言えるのだろうか。



少年法は、更正する、させたいという目的が

あるのだろうけど、その目的は達成しているのだろうか。



人の命を無惨にも奪う行為に、年齢は関係ない。



" 寄ってたかって、一人を攻撃する。"

卑怯の塊。

ここでどれだけ加害者達に言葉を並べても

彼らにとっては 痛くも 痒くも ない。



被害にあわれた側は、実名を公表され、

プライベートをさらけ出される。

詳細がわかってくるまでは、

ご家族への非難や中傷の槍が

投げ続けられただろう。

今も そうかもしれない。

かたや、

加害者側の名前は、公表されない。

インターネットで調べられる時代でも、

公表は されない。

人を殺しておいて、公表されない。

"よってたかって "、殺しておきながら。






憲法を変える必要がある_

国のお偉いさん方は 血眼。

自分たちの首をつなげることで 頭がいっぱい。

お金をもっともらうことで 心がいっぱい。

選挙に勝つことで 手いっぱい。







下を見たらキリがない、と思う方もおられるかもしれない。

そんふうに出歩いてるからだよ、と思われるかもしれない。

親がしっかりしていないからだよ、と思われるかもしれない。



そうした他人事のように言う心_

無関心さが

社会の歪みを 作っていると思う。

大震災のこともそうだが、

自分に直接関係のないことは 風化されてしまう。

節電している家は 減っているだろうし、

原発再稼動も 国をあげてやってる。

自分さえよければ、他人はどうでもいい国、日本。なのか?





一人の人間として、何も出来ないけれど

ご家族のことを 祈らずにはいれない。

あまりにも 気の毒過ぎる。






あまりにも・・・。










ただただ 祈ろう。











※2/12追記
メールやコメントを頂きました。
うんうんと頷きながら拝読致しました。
祈りというのはとても消極的なかよわいことのように
思われがちですが、決してそうは思いません。
思いやりの気持ちはとても強く、大きいのです。
ありがとうございます。




Posted on 2016/02/10 Wed. 16:46 [edit]

category: 思うこと

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10

父の愛 

ご依頼を頂いてから当日まで一ヶ月以上もあり、

その間、心をこめたメールを何度か頂戴しました。



「 詳細には触れないでください。」



という私からのお願いをぎりぎり守ってくださり、

ご自分の心境を素直に、つぶやくようにお書きになりました。



依頼する方のお気持ちは、普通は 自分のことだけで精一杯。

" 会えるか、会えないか。"

" 自分の投げかけていることについて返事が来るか、どうか。”

” 感激する場となるか、どうか。”

ということで 精一杯だと思います。



Aさんも、不安と期待が入り混じる複雑な心境だったでしょう。

そんな心境に在っても 私のことを気遣ってくださる。

気遣いと励ましの言葉を 必ず メールに添えてくださいました。

日々いろいろあり、表に出てくる今年の幕開けだっただけに

心の底から Aさんの心遣いが 本当に嬉しかったです。



半月ほど過ぎた頃に頂いたメールには、こう添えてありました_

「 家族にアガサ様の事を伝えましたら、母も弟も、ぜひ同席したいとの事でした。

 ホームページには、2名までとの事でしたが、遺された家族3名、

 皆で会話を試みさせていただけませんでしょうか・・・」。

( お三人かぁ。この6畳程しかない、しかも江戸間だし

 窮屈な思いをして頂くことになるな。。。)

そんなことを気にかけながらも、

「 どうぞお越し下さい。」とお返事させて頂きました。



今年に入ってから、家庭や家族のことでさらなる配慮が

物理的に必要となり、時間配分を一層きっちりせねばと

思う回数が増えていました。

ご依頼人とお会いする前に伝わってくることは

" お預け " にしようと、遮断しようと。

そう出来る日もあれば、そう出来ない日も ありました。

Aさんのご家族には、そう出来ませんでした。

お約束の時間30分程前から、私の内面は

もう私だけではありませんでしたから。



ミドルエイジ・・・50代ぐらいの男性が 私の周囲に存在される。

この方だ!と思いつつ、こういう時って一瞬、迷うのです。

話をするか、どうか。してもいいか、どうか。

けれど、安心できる空気を持たれたこの方に私は

心を開けることにしました。



< ・・・ろう >

どなたかのお名前を告げられる。

最初は聞こえづらくて、最後の方だけ聞こえてくる_

しばらく時間をあけて、またもや、

< ・・・ろう ・・・>

聴き取りづらい自分に イライラする。

私の気持ちを察してくださったのでしょう、

別のことを思われました。



待ちきれない思い。

話したいことがいろいろある・・・

それらをうまく伝えられるかどうか・・・

" ふたり " で ちょっとそわそわして、落ち着きません。

次第に身体が寒くなってくる私は、

ストーブの近くにしゃがみ、指先に暖をとるも、じっとしてられない。

狭い部屋の中を うろうろしていました。



15分前ぐらいに、到着のお電話を頂き お迎えに。

お迎え場所に行き、この方だと思い お名前を呼ばせて頂きました。

可愛い(といっては失礼かな?)女性がAさん。

車には、綺麗な女性( お母さん?若い!)とご兄弟(良い息子さんだ)が

おられました。 同乗させて頂き、駐車する場所へとご案内しました。



アガサ部屋へご案内して、まずは、ちょっと一息つく。

私はその " 機会 " になると、室温、湿度、そして、酸素の状態まで

とても気になってしまう。自分でも、なんでそんなに?と思う程。

外界の些細なことでも、スイッチON状態の私にはとても大きく

影響するようで しきりに温度についてお尋ねしていました。

( 普段は そんな神経質ではないんだけどなぁ〜(笑))



そうして ゆるやかに あちらと波長を合わし始めました。

すぐに 先程の男性が 表れるものの、

( もう少し観察させてください。)

そう願っていても、やっぱり無理でした。

口もとが ゆるみ、むずむずし始める。

とても嬉しい!

この気持ちで 私は包まれました。



いろいろなことをお伝えしたものの、鮮明には思い出せません。

頂いたAさんからのメールに助けて頂きます。



- - - - -

(略)

私はあの時、驚きと戸惑いもあって、なかなか思うように言葉が出ませんでしたが、
今日の機会を持てて本当に良かったと思います。

アガサさんがおっしゃってたように、亡くなって間もないからか、
はっきりと父のことを読み取れない、情報が少ない部分はあったかもしれませんが、
ああ、父らしいな…と思うことが多々ありました。

私に対して言っていた○○の状態のことは、おそらく病床の父には話していなかった
と思うのですが、よく見ていてくれているのだな、と思いました。
そのこと に対し私はひそかに、「父なら諦めないでとことんやりつくすだろうなぁ」
と思っていたので、あの時、同じような言葉をかけられ、どきんとしました。

私なりの方法で、納得できるまでやってみよう、と思えました。

また、アガサさんが悩んでくださいました、
「家族四人で仲良くしてくれ」の「四人」の部分ですが、
おそらく、明日から夫になります私の婚約者のことだろうと思います。
あの場でお伝えできなくて、申し訳ありませんでした。気持ちがぐるぐるしていました。

父は、婚約者のことまで想ってくれているのか…と、
嬉しい気持ちと切ない気持ちと、頭をよぎっていました。

母に対する思いも、弟に対する思いも、皆それぞれに受け入れています。
弟は、父の遺影に向かって今の仕事について悩みを話していたようです。
強く心配していたことは、きっとそれに対してだろうな…と言っていました。
やはり、そばで見てくれているのですね。

(略)

- - - - -



ああ、そうだった!

家族4人、ね。



< 家族四人で 仲良くやっていってほしい。>

( 4人、ですか?)

< 4人です。>

( 奥様、娘さん、息子さんの 家族3人ではありませんか?)

< (笑)いえ、家族4人です。>

( う・・・ん。(悩))

こうした場面がありました。

私は ふと 犬ちゃんのことを想念でつかんだので

わんちゃんがいるのかどうか を尋ねてしまいました。

「 犬がいます。」と おっしゃるものの、

「 そうですか。そうなのかな・・・? わんちゃん含めて4人? う・・・ん。」

腑に落ちなかった、その時の私は、

Aさんからのメールで 納得いきました。



奥さんに対して、○○のことは忘れていないよと言われ、

息子さんには、ことの他の思い。

どうして?

こんなに素敵な、立派な息子さんに どうしてそこまで

寄り添われるのか私は首をかしげてしまう。

そういうことだったのですね。







ゆっくりとスタートしはじめ、輪郭がぼやけながらも

おおよその容姿、お人柄や性格をお伝えすること、

お伝えすることに "入り切っていた"私は、一段落つき、

意識を戻らせると、お三人それぞれ、

" 野球ボール " 状になったティッシュをお持ちになっていた!

「 わぁ、こんなにティッシュ、使っちゃった!」

「 どうぞ、こちら(ごみ箱)に捨ててください。

  持って帰らないでくださいね。笑 」



そのあとは、私がいままで あちらの方々から話して頂いたことを

例にあげて 形式に拘る必要の無さも 少しお話ししました。



お子さんを視れば、お育てになった親御さんの心や精神が

わかります。

心や精神というのは、にじみでるものなのです。

繕うことなど出来ないし、突貫工事でどうにかなるものでも

ない。



とても印象に残ったご家族でした。








個人的に嬉しかったのは、

息子さんがきちっとした服装(スーツ)をお召になっていたこと。



いつもカジュアルな服装、普段着の私ですから、

見た目の話ではないんです。

ご依頼人の服装を云々ではないのです。

お若いのに、気遣いがお出来になる、というのが

とても逞しく、気持ちの良いものでした。

こういうことって 出来そうで 出来ないものですから。



情けない権力者達が、はびこっているこの日本において

若い方々が ぴしっとされるというのは 

とても気持ちの良いもので、心強いと感じます。





玄関先で失礼させて頂いた私は、

窓から、車に乗って帰ってゆかれるのを眺めていました。



お父さん!

お気持ち、わかるような気がします。

良いご家族を築かれましたねぇ。

本当に。



そんなことを話しかけたと思います。










父の愛、深きなり。





















アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~







Posted on 2016/02/08 Mon. 11:29 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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08

感覚 

” 自分が思っていること(感覚)と、

 人が思っていること(感覚)は 違う。”



家族であっても、友達であっても それは違う_

頭ではわかっているつもりでも、実際、それを痛感する時に

多くの方々は ショックを受けられるのではないか と思う。

感情が ざぶんざぶんと揺れ動く。



度々、そうしたことをお話でメールで頂く。

ショックだったろうと 心底思う。



自分の感動を相手にも伝えたい!

分かち合いたい!

という気持ちがあっての親切心から なのだけれども。

なんというか・・・

「 タイミング 」が 合わなかったのだろうと思う。

そんなに がっかりする必要もない。

かといって 憤慨する必要もない。



話す内容にもよるし、話す相手の心境にも寄るだろう。

拙ブログで何度も繰り返し申し上げているように、

こうしたことを 自分以外の誰かに言う場合に

往々にして そうした ” 行き違い ” が起こりやすい。

それは 致し方ないこと。



誰も責めることなど出来ないし、

誰のせいでもない。

今後、人と話すことをためらう必要もないし、

気に留めなさすぎ も どうかと思う。



感覚。

考え。

気持ち。



こうした " 目にみえない ” 感覚(感性)は、

全く同じ というのがない。

私たち人間は、自分の感覚や感性と日々暮らしているので

自分の感性が 基準のように、思えてしまう。

悪いことではないし、ごく自然なこと。



生死に関わることに触れる時は、慎重になっても

し過ぎることはない。



「 お悔やみ申し上げます。」



このありふれた言葉でさえ、そのまま受け取れる時と

聞き捨てならないと思われることも あるだろう。

あまりにも ショックが大きいと 心の壁が分厚くなる。

思いやりによる一言であっても、

棘のように その人の心に刺さることだって

あるだろうと 思う。



じゃぁ、何も言えないのか?

何も 言わない方がいいのか?



逆に、

たった一言で 救われることも ある。

じゃぁ、もっと話しかけた方が良い?



ことは そうは簡単ではないかも。

心の壁が 薄くなるには、

心の氷が 溶け出すには、

時間が かかる。



どんなに時間がかかろうとも、

相手を大切に思える自分がいるなら

多分、

自然に 待ってあげれると思う。

待つ、ということを意識しないようになるまで。



心というのは、実に 様々。

自分の心だって ままならない。

ましてや、

自分ではない誰かの心を

自分の感覚と似せる、

そう思ってしまう、

というのは 人間特有の感情なのだろう。



夫婦であっても、

親子であっても、

友人であっても、

感覚は 違う。

感性は 違う。

人が 違う。



だからこそ、大事だと思える。

考えが違うからこそ 自然だ。

人間は、ロボットなんかじゃない。



どんな考えがあっても、良い_

とは思わない。

他の命を奪う考えだけは 在ってはならない。

他を脅かすような考えは 在ってはならない。



それら以外なら 私は

「 まあ、いろいろあるからね。」

と 思える。

と、思う。(笑)





" 愛は 相手を束縛しない。"

軽い意味も 都合の良い意味も ない。

この意味がしみじみとわかる時、

愛の一片を 経験している際中だろうと思う。





そう思うご依頼やメールが

続きました。

有難うございます。















アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
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Posted on 2016/02/06 Sat. 16:16 [edit]

category: 思うこと

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