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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

自分よりも 

クリスマスイヴの夜、家族みんなの布団を敷いていたら

< 親のいない子、家族と過ごせない子に寄付したい >

突然、そう言われました。

寄付はいつもしているから、特別には思わなかっただけに

お布団を敷く手を一瞬止め、

( そうだよね。多くの人達が家族と楽しく過ごしている中、

 寂しい思いをしている子ども達は居るもんね。)

と返した私。

突然の話しかけは、内容如何によって応じません。

善いことなので応じたのです。



翌朝、とても良いお天気でした。

洗濯好きの私は張り切って洗濯物を干していた時、

突然、それは起こりました。

机の上にある私の携帯に保存してある録音が鳴り出したのです。

ロックを外し、その音を選択して聴かない限りは鳴らない音_

子が3才か4才ぐらいの時の歌声。



( わかった!昨夜の子ね。もう来てるんだね。(笑)待ちきれないんだね。)



約束の時間になって、Nさんからお電話を頂きました。

でも、互いに声が切れ切れ。

電波や電気系統がおかしくなる理由はわかっていましたから

かけ直して頂き、私もやり直しました。

今度は、クリアに聴こえます。



< クリスマス・・・ぼくの好きな日だ!>

( そうだよね!私も、好きですよ。他の子どもたちも好きだろうね。)

いささか、一般的なことを私は返事してしまったせいか、

" 男の子 " は、

クリスマスだけではなくて、この季節をとても楽しみにしている、

楽しんでいる心を伝えてくれました。

そして、逞しさも。

< ・・・動物たちも 守りたいんだ。>

その気持ちに、私は心から同調しました。



話すように話してくれました。

子どもは素晴しいですね。

お父さんの心にふとよぎった気持ち、

クリスマスの飾り付けについて、

飾るお母さんの気持ち、

実によく知ってるなぁと感心しながら伝えました。



「 Nさん、息子さんがね、部屋を片付けているんですよ。」

「 そのままにしているんです。あの子の部屋に入れなくて・・・

 片付けた方が良いということなのかも。」

「 いいえ。それはちょっと違うと思います。待っててください。」

「 はい。」

( 誰かのために、片付けてるんだね。)

( 妹のため )

( そうなんだ。妹さんのためにスペースを開けてるんだね。)

( そう。だけど、僕の部屋でもあるんだよ。笑 )

( そりゃそうだね。)

( 妹は・・・こわがりなんだ・・・)

( そっか。私も子どもの頃、そうだったよ。)

( こわがらないようにしてあげたいんだけどね。)

( そうだね。)

すっかり、男の子と話し込んでしまった私は、

Nさんに伝えなきゃと 思い出せるところを話しました。



Nさんは、

「 あの子の部屋を妹に使わせようとしています。」

「 なるほど。お兄ちゃんは自分なりに手伝っているんですね。」

「 トイレに行くのも、一人で行けなくなって、ついて行っています。

 夜も ひとりで寝るようになったのですが寝付くまでは沿い寝しています。」

「 そうでしたか。お兄ちゃんはお兄ちゃんなりに、妹を思っていますが

 妹さんの方がちょっぴり何となく敏感に思われているだけなので

 時期が来たら、大丈夫ですよ。付き添ってあげてください。」

「 はい。」



「 お母さんに伝えたいことがあるみたいです。」

「 はい。」

< ずっと ずっと 大好きだよ! 僕が守ってあげるから!>

彼は万感の思いを込めて こう話してくれました。

この言葉をかけられて、泣かない母親は いません。

私も思わず、もらい泣きでした。



< さあ!楽しもう!楽しみだなぁ〜!>



心いっぱい、身体いっぱいでそう表現してくれました。

この12月は、クリスマスと誕生月だそうです。

なるほど!

それは、楽しみに決まってるね!



後日、Nさんから頂いたメールを添えます。

- - - - -

とてもとても幸せな時間でした。

前回はあちらにようやく慣れてきたところと言っていたのに、
今回はやりたいことがいっぱいあって忙しくしている○○がいて、
あの子らしいなぁと嬉しくなりました。
色んなことに興味を示し、どこにいても、どんな時でも、
楽しみを見つけて前を向いている子でしたから。

よく、
「たくさんの人に助けて頂いたんだから、必ず恩返しするんだよ。」
と話していたので、今はその意味がはっきり解っているのだと思います。
寄付、苦しい人を助けたい、あの子の想いが誰かの役に立てれば嬉しいです。

「お母さんは特別」。
「ずっとずっと好き」。
何より有難いクリスマスプレゼントが届きました。

今晩は、家族みんなで以前のような楽しいクリスマスの夜を過ごしたいと思います。

(略)
- - - - -



○○くんは、自分のお小遣いをためて、

親のいない子どもたちへ、

家族と過ごせない子どもたちへ、

寄付をすると言っていたとNさんから聞きました。

私自身の子どもの頃、そんなふうに思ったことがなく、

精神と心の高さに驚きました。

思っていることと、行動に移すということとは全く違います。



前夜のあの話しかけは、○○くんに間違いありませんね。

いつも、自分よりも弱い立場、小さな立場にいる人や動物たちへ

惜しみない愛を差し出していた子。

今も、そのままですよ、Nさん。



時間終わりの方は、もう待ちきれない思いでした。

その様子に私は、Nさんにこう話しました_

「 Nさん、お願いがあります。

 ○○くんのために、ご家族みんなのために、Nさんのためにも

 クリスマスを思いっきり楽しんで頂きたいのです。

 息子さんがこんなに楽しみにしているんですもん。」



Nさんは、心から了解してくださいました。



良かったね!













今年の我が家のクリスマスは、頂いたリンゴを使って、
りんごのパウンドケーキ、クッキー、リンゴの甘煮を作りました。
甘煮は、アイスに添えてもヨーグルトに添えても美味しいですもんね。
(・・・添える暇もなく、自分で自分を労うために、単独で私の胃袋へ!笑)
夜には恒例の「 クリスマスキャロル(スクルージ)」を観ました。
クリスマス開けの26日は、私的に大掃除。
なので、今日は、朝から筋肉痛です。(笑)







アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~

Posted on 2015/12/27 Sun. 11:28 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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27

幻想的で日本的な演奏会 

久しぶりに家族全員で出かけた、演奏会。

どんな音色だろう、

どんなふうだろう、

と楽しみにしつつも、身体の具合が良くないのを

少し気にしつつ。

まあ、倒れた時は倒れた時だ!的な私は、

家族と共に歩いて会場へ。

歩くのは、身体に良い。

道ばたなどにある小さな自然を見つけながら、

教えてもらいながらの徒歩は 本当に良い。

会場に着き、席に座り、驚いた。

かなり、幻想的!



時間通り、始まり、その音色と舞台の雰囲気に飲み込まれ

魅了されて行く。



" なんて 素晴しいんだろう・・・”

目をつむると(つむらなくても良い)、

そこには小鳥がいて、木々の音や木漏れび、風の音、匂い、

さまざまな自然が広がっていく。



私の席からは、

演奏者の方々は、空気中で手を動かしているように見える。

だけど、弦楽器のような音が会場に響く。

まるで、魔法のよう。

奏でる方々は、音と動き、身体全体で表現されている。



演奏と演奏の合間には、詳しい説明もされる。

今に至るまでの試行錯誤さえも、観客に聴かせてくださる。

使っておられる紙コップも絹糸も使いこんで行くうちに

素晴しい音色を出してくれるとのことに 驚いた。

「 へぇ〜 」

「 ほぉ〜 」

ため息まじりに聴き入りながら、発案者の方の

これまで歩んでこられた20年という歳月を感じた。

こんなに素晴しい楽器や音楽を編み出した方は

とても可愛い女性。



すでにその活動は世界へと広がっておられるようだ。

ストリングラフィ。

クリスマス前に、幻想的な音色とパフォーマンスに

家族共々、会場に来られた方々全員が

彼女たちの紡ぎだす世界に 魅了されたのは

言うまでもない。



写真撮影を許された時間に、1枚だけ携帯で撮影。

映りが良くないですが、どうぞご覧ください。↓










演奏会後のワークショップにも参加し、とても楽しく作れた。

教え手は、演奏者の方々。

クラッシック系の音楽会は、気分的なことだけでなく、

全身の調整をしてくれるので一石二鳥かも。



「 さあ、帰ろうか。」と子に言い、帰りかけたところ、

その日、取材に来られていた方が

「 インタビューしてもいいですか?」と言われ、

カメラを向けられた息子は、恥ずかしそうだった。

恥ずかしそうにしている顔は、本当に素直だと思った。



午前中の身体の不調は、音色と共に どっかに飛んでいった。









ご興味のある方は、↓↓↓

Stringraphy(ストリングラフィ)のホームページ



























アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~

Posted on 2015/12/21 Mon. 15:44 [edit]

category: おすすめ本など

thread: 音楽を楽しもう!  -  janre: 音楽

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21

自分の気持ち、相手の気持ち。 

ここのところ、頂くメールに書かれた内容で

目に留まるものが ありました。

複数の方々の内容が似ている、というのも

何か考える機会なのかも しれません。



” 自分の気持ちは 家族だからといって

 友人だからといって

 同じように わかち合えないのですね。”

ということをそれぞれの方々はご自分のお気持ちをのせて、

実体験を思い返して メールを書いてくださいました。



これから書くことは 私の個人的思いであり考えです。

正しいとか 正しくない ということではありませんので

どうぞ ご勘弁ください。

- - - - -

喜び、感動、そして、悲しみ、辛さ・・・

こうしたことを親しい人、

家族、友人 といった人々と分かち合えることを

私たちは望みがちです。

そう思うのは、自然です。

「 うん、わかるよ!私もそう思う!」

というように同感してくれたら テンションは上がるでしょう。

逆に、

「 いや、私の考えは 違うな。」

というように同感賛同を得られなかったら テンションは下がるだろうと。

誰でも そうですね。



分かち合いたい内容にも 多分に違うと思いますが

根本的なことについて、私自身の経験を思い返してみて

こう思います_

” 気持ちを分かち合えることは、素晴しく、稀有。”

なぜなら、

同感賛同の表面は、「 嬉しい!そうだよね!」という連帯感。

裏面は、足下を見づらくなる、です。

気づきにくくなる、ということです。

常に、周囲から Yes Yes Yes と言われ続けてしまうと、

" はだかの王様 " や、" 高慢な女王 " に成り果て、

判断も狂いだし、自分は偉いと思ってしまう。

皆、自分の考えや意見と同じ、と思ってしまう。

そうでない場面に遭遇してしまったら、烈火の如く・・・

それはそれは 制御の効かない状態になってしまうのは当然。

これが、ラベルを持つ望む憧れる人の行く末です。



人ひとりひとり、顔が違うように

ひとりひとり 考え方も感じ方も 違う。

同感、賛成してくれなかったからといって

落ち込む必要は ないと思います。

現実、落ち込んだり、テンションが下がったりするでしょうけれども、

自分とは違う意見や気持ちが在る、ということを 知ります。

気づきます。

それは とても大切なこと。

孤独を感じる必要など 全くありません。

「 なんだ、素っ気ない。」とイジける必要も ない。



自分の気持ちを大切に思うならばこそ、

相手の気持ちも在るんだ、

ということも 気づかねばなりません。



私が ご依頼人さんによく申し上げるのは、

「 ご家族であっても、親しい人であっても、

 こうしたこと(あちらとの交流)は、とても微妙で繊細なことです。

 聴かれないのなら、言う必要はないと思いますよ。

 ご自分の胸の宝物となさって温めているのが良いと思います。」

というようなこと。



スピリチュアルな話をしたいのに、周囲にする人がいない_

たまにそう耳にします。

私的には(ごめんなさい)、

スピリチュアルな話は しなくて良いと思います。

大抵は、夢物語的になってゆくからです。

口に出せば、話にすればするほど、そうした話は

私たちが日常で大切にしていることと少し・・・

次第に かけはなれたものになってゆきます。

そういうことに気をとられることよりも、

周囲の意見の左右されない、自分の静かな心を大切に

される方が 良いだろうと思います。

何事も、良識で判断することは、一番大切。



肉眼では見えないとされていることに関しては

群れるから 話がややこしくなる。

群れると 話が大袈裟になっていきます。

こうした傾向が現実在ることも、心の片隅に置かれておくと

良いでしょう。



家族といえども、

友人といえども、

違う人間。

違う人格。

同意出来ないからといって、嘆き、悲しみ、恨む必要など

全くありません。

ひとりひとり、考えが違うのです。

このことを 心底 理解していれば、

自分の感情にも、相手の感情にも 穏やかに構えることが出来ます。

自分の考えと違う、相手の考えに過剰な反応は しなくなります。

それが、「 自分も相手も尊重する 」ということ。

意見や考え方が合わないからといって、

テロや戦争を勃発させてしまうのは、我欲しかありません。

誰のことも 思いやっていない証拠。

そこには真実はなく、

あるのは 持論を正当化させている我欲のみ。



自分の考えに 頑なになる必要もないし、

自分は孤独だと思う必要も ない。

同じ意見を持つ人々を 求める必要もないし、

探す必要も ないと思います。

自分の考えが 正しいのか そうでないかを判断するのは

他人の定規ではなく、自分の定規(理性と良識)です。



コミュニケーションを持たない、ということではありません。

互いに尊重し合う、ということです。



すべての人(心)は 自由です。

風が吹くように 伸び伸びしていて良いのです。

違う意見だからといって 焦る必要は

これっぽっちも ありません。

阻害する必要など 全くありません。



自分の行いが 公明正大ならば

それで 良いのです。



相手は 相手の気持ちがあるのは当然。

なぜなら、

自分には 自分の気持ちがあるからです。

とても シンプルです。



相手の気持ちも ご大切に。

自分の気持ちも ご大切に。















おまけ写真↓


昨日、久しぶりの休日でした。
家族との時間をとりたいということで、季節も季節なので、
ペーパークラフトを朝の家事が一段落した10時頃から始めました。
意図的に、すべてを手作業で。
便利な機械が生活に馴染んでしまっているので、超アナログなことは
心と集中力を養うのには、ぴったり!と思いましてね。
まぁ〜、大変でした。(笑)
子どもは飽きて来るは、で。デジタル世代には、必要なことですから
「自分でやり始めたことは、最後までやんなさい。尻の始末をしろ。」
と一言だけ言いました。
最後は、家族総出。
4時間ぐらい、かかりましたが、写真のように仕上がりました。
仕上がった時は、「やった〜!出来たぞ!」と大声で万歳。

買えば何でも簡単に、綺麗なものが手に入る時代。
そうではないことを、物事の裏方を見せてあげることで
物事を大切に思える心を育ててやりたいと思います。

あ”〜、疲れたぁ〜!
でも、ボケ防止には良いのかもねぇ。(大笑)





アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~











Posted on 2015/12/14 Mon. 10:38 [edit]

category: 思うこと

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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14

話したかった気持ち 

長い回想になりそうです。

依頼フォームに書いてくださった言葉、

「 対面と電話で迷っています。」

そう書かれていました。

「 対面も電話も変わりません。無理なさらないように。ご都合の良いように。」

という返事をお返ししたと思います。

しばらくしてから、Mさんは葉山まで行きますというメールを下さいました。



前日、前日のご機会を終え、ほっとしていたとき

どなたかが来られているようでした。

けれども、いつもあちらと繫がっていては身が持ちませんので

明日のご機会に備える意味でも、現実的な意味でも、

家庭人として あれやってこれやってと過ごしていました。

時間が流れるにつれて、濃く繫がってゆく・・・

内心、

( 明日は 大変な日になるな・・・)

どう大変になるのかは どうでもいいこと。

とにかく、気合いを入れながら お布団を敷いてると

" その方 " は私に近づいてこられました。

( 大丈夫。明日ですよ。明日○時からですから。)

と諭すようにお話しました。

就寝するも、なかなか 眠れない。

うとうとしたでしょうか、夜に何度か起きてしまう

トイレに(面倒くさいなぁ)と思いながら、襖を開けると

壁を隔てた、丁度私のお布団の位置に ぼんやりとした

光(光体)を肉眼で確認しました。

( よっぽど、私に話したいのですね・・・)

と小さな小さな声で話しながら、身体を休めるために

寝ることにしました。



当日、Mさんから約束時間の前に

「 事故渋滞のため、遅れます。すみません。」

とお電話を頂戴しました。

「 あせらずに、安全にお越し下さい。」と言葉を添えて。

てっきり、電車&新幹線&電車経由だと思っていましたので

本当にびっくりしていました。



待ち合わせ場所へ行くと とても温厚なお人柄のMさんでした。

自宅に着いて、お茶で一息ついて頂いてから

私の方は 静かに自然に あちらと繋がって行きました。



< ごめんなさい!>

そう言ってMさんに倒れかけるようにして 泣き崩れる女性。

「 Mさん、この女性が深夜私がトイレに行く途中で光の姿で

 私の前に表れてくださいました。」

そう切り出しながら、その場で感知していることも伝えました。

「 わかります。彼女です。」

「 話してゆかれるなかでもこの方であることがわかると思います。」

「 はい。」

「 それと、お越しになる前にあちらから伝えられたことですが、

 身体のこのあたり(体感のあった部分を説明)、

 そして、こういうお名前をおっしゃいました_ ○○○。

 あちらで赤ちゃんにあったのか、赤ちゃんのこともおっしゃっていました。」

しばらくお考えになって、

「 いついつ頃(私の記憶忘れ)亡くなった従妹が○○○と言います。

 その身体の痛みの方はそうだと思います。

 ほとんど会っていなかったので、あとはわかりませんが。」

「 いえ。大丈夫です。ありがとうございます。」



< 話せる人がいなかったんです。>

「 この方が、彼女が、『 話せる人がいなかったです。』と

 おっしゃっていますが、わかりますか?」

「 わかります。」



" 彼女 "は、ぽつりぽつもおっしゃるものの、私には

彼女自身の胸にかかえていることが あまりにも大きく深く、

どうしようか、どうしたものかと 考えていました。

そのまま、Mさんにもそう伝え、

「 無理はさせないし、私も無理をしたくないですが、

 無理と思ってしまえば 私がこうしている意味がありません。

 何とか、彼女が軽くなってほしい・・・」

そのようなことを話していたと思います。



突然、彼女は ワッと大泣きを始めました。

彼女は私に重なり、私はその間 自分から離れることにしました。

短時間でたくさん、ぎゅっと泣かれた。

そうして、彼女は 自分の押さえていた気持ちを

正直に話していってくれました。

よく話してくださったと思います。

本当に。



彼女をとりまく空気は、ガラッと変わりました。

とても軽やか!

軽い空気を身にまとって。

笑顔も 出てきたので 私も一安心出来ました。

詳しくは書きませんけれども(抜け落ちてる部分があるので)

Mさんから翌日頂いたメールを部分的に掲載させて頂きます。



- - - - -

帰路では、彼女があちらにいってから今日までの自分を考えました。
現実を受け止められず、泣いて苦しみ、
自分は生きていく必要があるのかと思いながら日々過ごしました。
そして、彼女は何か月も苦しみ悩み、今の自分なんかより、
もっともっと辛い月日を過ごしていたのに
「助けてあげれなかった、オレは全然向き合おうとしなかった、
 追い込んでしまったのはオレだ、全部オレのせいだ。」
そのような、自責の念だけの毎日だったと思い返しておりました。

何かにすがりたい、彼女の魂の存在をどんな形でもいいから確かめたい。
そんな気持ちになりネット検索をし、アガサさんのところにたどり着きました。
どのように検索したのか、キーワードさえも記憶にありません。
本当に引き込まれるように、ブログを読み、申込みしていました。

そして、お会いした○日。
まさしく彼女の声を届けてくださいました。
私は、感動で言葉にならない、過去に経験したことがない気持ちになっていました。
私の気持ちを彼女に伝えて下さり、彼女がそれを受け入れてくれて、
生前から閉じていた心を開いてくれたことに、ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。

私たちは、結婚という形には至りませんでしたが
○日、○月○日に結婚したつもりでいます。

アガサさんが、「彼女自身も結婚に対して引っ掛かりがある」
「二人だけになりたい」、「本当の自分を出した時に」と言われました。

思いあたることがあります。
(中略)
彼女が中学の時に就寝していると、毎晩のように母親が部屋に入ってきて、
暴力を受けていたそうです。
反抗期だった娘を許せなかったみたいです。

そのときから「お母さん」と呼んだことがないそうです。
そんな母を自分以外介護する人がいない。
子供のころ、母から受けたことを全部呑み込んで面倒みるしかない。
とても辛かったと思います。
彼女はすごく頑張ったと思います。

私側も仕事や諸事情があり、結婚に対してのタイミングが合わないことがありました。
だから、お互い何も考えなくてもよいところで二人だけになりたいと考えていたんだと思います。
そして、精神的ストレスが爆発した時に私に辛く当たってしまうかもしれない。
そのことで、嫌われたくない。ケンカしたくない。
彼女は、全部わかっていて、悩んでいたんだと思います。

アガサさんから言われた「自責の念は逃げ」という言葉に気が付かされました。
その通りだと思いました。
今でも、悲しい辛い気持ちに変化はありません。
でも、それを心にしまいこみ、彼女への感謝の想いを心で伝え、いつも隣にいてくれる
そう思いながら、彼女が愛してくれた自分を取り戻して生きていくことが
必要なんだと気が付きました。

(略)

- - - - -



ほっそりとした彼女が、心から安心できる信頼できる

愛しい人の胸に飛び込む。

傍に寄り添う姿。

そのお顔には、穏やかな微笑みが ありました。

彼女の傍にいて、静かに待っていてくれたのは、

Mさんの従妹さんやお母さんでした。



血の繫がりだけではないのは何度も教えてもらっていますが

そうした光景を目の当たりにしますと、

この世的な縛り(考え)を違う側面から振り返れます。

肉親は 温かいものですが、

肉親であるがゆえに 酷い環境も あるのです。



「 Mさん、彼女は もう大丈夫だと思います。

 私が「大丈夫です。」と言いきらないのは、

 その状態をお見せすることが出来ないからです。

 私の経験からは「大丈夫」なんです。

 本当に 良かった。」

「 結婚したかったです。」

「 ええ、わかります。

 結婚って、心次第だと思います。

 紙切れ一枚、戸籍上で " 結婚 ” したって、

 本当の意味での結婚されているご夫婦って少ないもんですよ。

 心で結婚する_ というのは、最高の結婚ですよ。

 私は そう思っています。」



愛する者同士が、この世的な理由によって

この世的な結婚が叶わないことも あると思います。

ご依頼を通して、それは重々経験させて頂いてます。

結婚しても、家庭を築けるとは 限りません。



心から安心できる。

心から信頼できる、信頼を寄せる。

困った時ほど、支え合う。

それが 家庭です。





朝7時にお家を出られ、葉山に着かれたのは

午後1時半。

葉山を出られたあと、

無事に家路に着かれますようにと祈らずには

いられませんでした。



その夜、私が家事をしていた時に、

< ありがとう。>

ほっそりした彼女は わざわざそう言って来れました。

そして、すぐに 消え入り

きっと、愛する人のところへ あちらの世界へ

安心して 行かれたのだと思います。




いつも互いに思い思いの本を子どもと読むのですが

この夜、子どもよりも早く眠ったのは

言うまでもありません。











長い回想を読んでくださり、有難うございます。

おまけ↓


ご近所さん方から「良いわねぇ〜 」と褒めて頂いている、ほお袋。
大きいし、重いだろうし。
ご飯も食べにくいだろうし、目障りだろうな・・・何とかしてやりたい。
ちょっと移動出来れば良いんだけど・・・と考えて、要らない布をきって、
ミシンで縫って、そこいらにあるリボンを入れて。
緩んできますが、以前よりは少し楽なようです。
これからも改良改良を重ねて行こう!と思っています。










アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~

Posted on 2015/12/13 Sun. 05:11 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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13

苦しいのは誰か、ということです。 

以前から ずっと思っていることが あります。



ご家族やお身内がご自分で他界(自死)された方に対して

妄想や憶測といった様々なことを他人が 口にすることは

いかがなもんか。

そうした興味本位は、

まさに「 他人事 」だからこそ言えるその鈍さ、非情さに

呆れかえる。



どれほど、ご家族は 苦しみ悲しんでおられるか。

行き場のない気持ち、

一秒一秒が重い日々をどんな思いで暮らしておられるか_

想像したことは あるのか?



想像することが出来るなら、

人様のことを あれこれ 言うことは出来ないだろうと思う。

ましてや、

ご家族に対して 非難や批判の目など 向けられないだろう。



気の毒に思え、どう言葉をかけていいか・・・

励ますということは なんて難しいのだろう、

何とか 何とか・・・

そう陰ながら 祈るのが 人情というもんだ。



大事な家族を失って 悲しまない人は いない。

もし、自分だったら?

自分が家族を失い、

どこかで 興味本位に 好き勝手言う人の存在を知ったら?

どんな思いがする?

想像力の欠如は なんと痛たましく 迷惑なことだろう。



人様の悲しみを

興味本位で 無責任な言葉を口にする暇があるのは

平和ボケか、正しい想像力の欠如か、非道徳的か・・・

いづれにせよ、そうしたことを言えるのは、

ご本人の人生に 満足されていない " 証拠 "。

ご自分が不在の " 人生 "。



人を責めることで 何が生まれるのか?

何が 良くなるのか?

人前では元気そうに、毅然とした態度を装い、

ひとりになれば、悲しみの涙を流されている方々の姿を

想像も 出来ないのか?



人は 非難批判し合うために 存在しているのではない。

自分さえ 楽しかったらいいのでは ない。



ご家族の他界がどういう経緯であれ、

悲しみの日々に おられる方々に

思いやりをひっそりと持って頂きたい。

そうしたことを 思い出して頂きたい。



気の効いた素晴しい言葉が思い浮かばなくとも

言えなくとも、

慈悲や慈愛の思いは その人本人の空気感から

伝わってゆく。



興味本位の、品のない言葉や思いよりも

温かな思いやりの方が

全方向に対して良いのは 明らか。

もちろん、発する自分にとっても。



下手な妄想憶測する暇があるのなら、

ご自分の家族や家庭を 大事になさること。



” 自分が言われて されて 嫌なことは、人様には やらない。”

幼い頃から、親に言われてきたことだ。

基本中の基本。

子どもたちだって 知っている。

苦しい人、悲しい人、立場の弱い人_

命を救いたいと思うのが 自然の流れ。








思い立てば、吉日。

善は急げ。

今からでも 遅くない。












アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~

Posted on 2015/12/11 Fri. 09:26 [edit]

category: 思うこと

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11

みんなで、ご飯。 

朝から私の周りに来てくれたお嬢ちゃんは、

それはそれは よくお喋りしてくれました。

久しぶりに会った親戚の伯母さんに話しかけるような感じ(笑)。



前回は遥々、葉山までお越しくださり、

今回は、初スカイプ挑戦のRさん。

事前に「スカイプは初めてなので」と

わざわざメールを一言添えてくださいました。

そうしたちょっとしたお気持ちが、私の活力となります。



全身で元気なんだと、両手両脚をばたつかせて登場。

「 あらまぁ、なんていうか、私はこんなふうには動けませんね。笑

 元気いっぱいって感じですよ。」

「 年齢当ては、私、苦手なんです。苦笑

 そうですね、10代前半、10才前後かなぁ。」

「 はい。」

Rさんは、スカイプ越しに緊張なさっていただろうと思います。

「 首の右側に とてもひんやりとしたものが感じられます。
 (しっかりした体感)

 この部分に 心当たりはありますか?」

「 はい。そこが悪かったのです。痛がるので手で支えたりしていました。」

「 そうですか。よく伝えてくれてます。」



< ○○○が居るよ。一緒にいるよ。>

「 とおっしゃっていますが、この名前に心当たりはありますか?」

「 (お考えになるも)わかりません。」

「 わかりました。

 次は・・・えっと、◎○と聞こえます・・・

 ◎がハッキリしないので、少し待ってください。」

聞こえにくいなりに、話されている音に近づけるために

音を探り中、Rさんは、

「 ・・・わかります。そうです。」

と涙ながらに話されるのですが、私にはわからないしハッキリしない。

「 もう少し待ってくださいね。

 ・・・◎○、ううん、ちがう。この音じゃない。」

ちまちましている私に お嬢ちゃんは イラっと来られたようで(笑)、

< ○○○!>

と、ヤケクソではないですけれど、叫んでいる様子。

「 え? ○○? ○○ちゃんね!? 合ってる?」

< もう・・・最初からそう言ってるのに。笑>



" ふたり " のやりとりに Rさんは 思わず、

「 あぁ!そうです。娘は○○ちゃんって言われてました。」

と協力してくださいました。



これだけ、バタバタとしたやりとりをしても私的には、

名前は然程 重要視していません。

自分だということを言っている方の努力に

優先順位など どうしてつけられましょうか。

性格や人柄、こちらで家族がよくやっていたようなことを

伝えられる方が じわじわぁっと心に来るのです。

( 私個人的に、です。)



< 今日は、お父さんから言うよ。笑 >

( もちろん。どうぞ、話して。)

< ・・・バタバタしてるの。なんていうか、効率が悪い感じ。>

( お父さんの会社でのこと?)

< 私たち子どもの方が、時間になったら終えるし。テキパキしてるよ。>

( まあ、お父さんのお仕事は大変なんだね。)

< 12月ぐらい 早く帰ってくればいいのに。>

( 12月って忙しい月だと思うよ。)

< 早く帰ってくればいいのに。>

というような会話をRさんに伝えたところ、

「 本当に よく見ていますねぇ。笑 」

「 ええ、本当に。」

「 ○○○は、よくそう言ってました。『 早く帰ってきて。』って。」

「 そうですか。」

「 主人に伝えます。」

「 話し出しやすいのなら、お話になってもいいですね。」



< おばあちゃんが・・・寂しそうな後ろ姿。

 背中に手を置いてるけど、わからないかも。

 ご飯をみんなで食べたらいいのに。>

「 わかります。あの子の言ってることが。

 私も 薄々そう思っていました。」



ご家族それぞれに思っていることを話してくれました。

そうこうしていますと、

スカイプが少々混線したかのように思われ、

女の子の声がしたので、てっきり Rさんかと思いました。

次に、

「 ○ ○ ○ 〜 」

という年配の男性の声で お嬢ちゃんの名前を呼ばれて。

確かに、スカイプのヘッドフォンから聴こえましたと話し、

こういうふうに、こういう感じのとRさんに伝えますと

お身内の方のようです。

おじいちゃんと一緒に居る、

近所の・・・人も居る、

そうしたことも知ることができ、Rさんはとても安心なさったようです。

Rさんが知りたかったことも、彼女は心で

伝えてくれました。

それは、ご家族だけの宝と致します。



- - - - -

(略)

前回の依頼の時はまだ娘が他界して間もない頃でした。
きっとまだ伝えることが難しかったでしょうに、
一生懸命に「自分」だと分かってもらうため、伝えてくれたことを覚えています。

そして、今回。
また愛おしい娘に逢うことができました。

前回の時よりもおしゃべりといいますか・・・
ずいぶん伝える内容が多くなっていて、本当に驚きました。
性格も話す言葉も、生きている頃のまま。
疑う余地もなくあの子そのものでした。

(中略)
あちらに行っても私たち家族一人一人のことを深く観察していて、
気にかけてくれていることが分かり、心が熱くなりました。
特に、同居している主人の母親のこと(娘にとってはおばあちゃん)を見てて、
「さみしそう。かわいそう。」と娘が言ったときは、
頭をガツンとやられたような気がしました。

たしかに、娘を亡くした悲しさ、寂しさを理由におばあちゃんの方に
あまり気持ちが向いていなかったかもしれません。
娘が元気だった頃はにぎやかで笑顔も絶えなかった我が家でしたが、
最近では以前のようなにぎやかな雰囲気もなくなっていました。

本当は私も薄々感じていたことでした。
今回、このままではいけないと娘に気づかされました。

アガサさんとのお話の後、
早速主人の母の部屋へ行っておしゃべりをしてきました。
アガサさんとのやり取りの話もしました。

おばあちゃんは涙をためて、
「良かったねぇ、良かったねぇ。」と嬉しそうに聞いてくれました。

少しずつ、少しずつ、家族の団らんの場を
もう一度増やしていけたらいいなと思っています。

(略)

- - - - -



子どもたちとのやりとりには、いつも驚かされます。

大人の私たちが忘れ去った、

" 理由をつけて まわりくどいことをしている"

のだと あらためて気づきます。



人を思いやる真っすぐな目、真っすぐな心に

Rさんも私も 心があらわれるようでした。





それにしても。





あの声。

肉声でした。

私だけ聞いて申し訳なく思いますが、

あまりにも、普通の日常での声でした。

Rさんは、

「 おじいちゃんがあの子を呼ぶ、その言い方、

 わかります。」

とても懐かしそうに心からそうおっしゃっていました。




まるで、おじいちゃんは、

< こっちもそんなに変わらないんだよ。>

とでも言いたそうでした。





< 大丈夫だ。心配せんでええよ。>














アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~

Posted on 2015/12/07 Mon. 20:21 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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07

学校へ行く、ということ 

あまりニュースを読まない私。

(テレビ無い生活なので。笑)



大震災以来、国のやり方や在り方に嫌悪感を抱いている。

国を世界にアピールするために、巨額な税金を使うけど

国内の" 命 " に無関心な政治家や役人に 飽き飽きする。

選挙のために、税金をばらまく。

自分の稼いだお金じゃないだろう!って思う。

いつから正直もんが困る国になったんだ。

日々、電車に飛び込む人々がこんなに増えた。

物質は豊か かもしれないけど、心は貧弱だ。

弱者を見捨てる、見て見ないふりをするのは、最悪。

とても強い者がとる行動では、ない。



教育においてもそう。

ほとんどの先生方は、ご自身の生活時間を減らして

渾身の日々。

方や、一部のイカれた者が教師という立場を理解せず

変態、変質者と化す。

一部の勘違いした保護者は、学校へ文句を言う。

人と人との関わり方が 薄っぺらいものに

なっている証拠だろう。



我が家では、時折、子どもに尋ねる_

「 何をしに学校に行っているの?」

「 何のために、学校に行ってるの?」

と。

意見を言いにくいかもしれないので、

「 例えば、アメリカのような国土の広い国では

 距離的に通えない子どもたちも いるんだよ。

 そういう子どもたちは、インターネットで

 オンラインの教育を受けているんだって。

 お母ちゃんの英語の先生とこの子どもたちも

 そのオンライン教育なんだよ。

 学校って何しに行くところだと思う?」



こんな難しい(笑)質問に、子どもは自分なりに

短い言葉、あっさりした内容で答える。

すると 家族は、

「 学校に行かなくても良いと思うんだよ。

 本当にやりたいこと、

 研究したいことがあれば、

 将来、やりたいことがあれば、

 家で勉強した方が 良いと思うよ。」

と勧める。(苦笑)

家族は、学校が面白くない、という経験者だ。(笑)



学校へ行くことは、私はとても楽しかった。

友達たちとのお喋り。

クラスで団結して協力しあっている、

あの何とも言えない空気の充実感がたまらなく好きだった。

ひとりの力では、成し得ない あの熱いエネルギー。



今の学校は、どうかな?

いじめや何かで苦しんでいる子どもたちが多いと聞く。

新任の若い先生だと 一部の子どもたちが

授業妨害をすると 聞く。

そういう時は、親が子をしからねば、ね。

躾の部分は、家庭の責任だ。



子ども自体が、学校へ行く意味や目的が 不鮮明。

辿れば、親自身が そうだろうと思う。



なぜ、学校へ行くのか。



義務教育だから?

皆、行ってるから?

うちの子だけ 他と違ったら恥ずかしいから?

学校は、子ども預かり場所 ではない。

親の欲やストレスを ぶつける場所では ない。

学校や先生に対しての尊敬が 薄くなったなぁと思う。

気の毒に思うほど、先生方は、保護者に気を使っている。

まったく バカバカしい。

学校は、親が主役じゃない。

子どもが学ぶ場なんだから。



学校は、学習を通して 楽しいところであって欲しい。

家庭では経験できない素晴しい経験が出来る場所 _

それが「 学校 」のあるべき姿。

子が毎日楽しく通えて、自然の姿。

意見の食い違いがあったって、

ケンカしたって、

即、仲直り出来るぐらいじゃなきゃ。

その力や切替は、「 家庭力 」。

学校が 教えるもんじゃない。



「 1クラス、子どもは 20人弱。

  1クラスに、先生は 2人。」

これが私の考える比率。

国はこれを実現した方が良い。

早急に、実現すべき。

将来、税金を納めてほしいなら。(苦笑)

一つの学校に、施設全てを整えなくて良いと思う。

プールや、遊具や、そういうの。

物ではなくて、育てることを経験した方が良い。

小さい生き物にも、命があり、同じ命だということを

心に刻むことが 何よりも大切。



私が住んでいるところは、比較的 自然があり、

都会と比べて 多少は ゆっくりした雰囲気の

学校が多い。

それでも、

通学する子どもたちとすれ違う時に、

ちらっと見える子どもたちの瞳に、気になる時もある。

愛に満たされている瞳と そうでない瞳。



満たされない感情は どこに行くか。

ゲームへ、

スマートフォンへ、

インターネットへ。

これらの害を警察が親に呼びかけているけど

それも おかしな流れ。

親が なんで じっとしてるんだ?って思う。

物質を与えてから、騒いで泣いても仕方ないだろう。



物事には、良い面とそうでない面 _

メリットとデメリット、

光と陰、

この両面が 必ずあるということを

子に伝える役目は「 家庭 」。

地域との連携は大切。

けれど、それに依存してはいけない。

まずは、家庭。

家族を大事にしなくて、誰を大事にする?

外っ面の厚い、偽善者だ。



なんのための「 それ 」なのかを親自身が

きっちりと考えた上で、行動した方が良い。

子どもは、自分の親をとてもよく見ている。

本当に よく見てる。



私の学校教育の理想は、「 分校タイプ 」。

子ども時代に ほのぼのと ゆったりと出来なくて

いつ ゆったり じっくりと

命を見つめる?



デジタルに慣れてしまうと 命さえも玩具のように

思えてしまう。

デジタル利用の過度は、私たち人間の想像力を貧弱にさせる。

感性の面においては、

大人になってからと 子ども時代とでは

全く違う。

なんでも、ほどほどに。



国も 親も 本質を見つめないと

周囲の流行や何かに 流されていては

大切なものが 音もたてずに素通りする。



学校は、何するところ?

なぜ、行くのか?



楽しいと思えることが あればと

願うばかり。

子どもたち全員の瞳が 輝いていて 自然。

これを 理想だとは 思わない。

自然だと 思っています。



何か違う、だけど出来ないんだよと思うんなら、

やり方や 考え方が 違う方向へ

行ってるだけ。
















次第に大きくなる腫瘍が本当に重そうで不憫に思います。
居ても立ってもいられないから、何とか、少しでもと思い、
手作りで「こぶ入れ袋」を作りました。端には柔らかいリボンをつけて、結んで。
当分、もつかな?(笑)
そのうち、ガシガシとするんだろね。ま、いいよ。
その時は、また、工夫するから!
考えて、考えて、生きていく。







アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~

Posted on 2015/12/04 Fri. 09:49 [edit]

category: 日常

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04

母さん、気をつけて。 

数ヶ月毎にご依頼を数年続けてこられたYさん。

毎回、来られるご家族が話されるのを

楽しみになさっているご様子に

母の愛を感じずにはいられません。

ご自分で向こうに行かれたお子さんは、

毎回来られるものの 話題が実に様々。

私の方が話の内容についていけず、

理解に乏しさを感じながらも、

Yさんにお伝えすると

「 息子はそういう子でした。」とおわかりになる。

「 息子が言いそうなことです。」と笑われる。

親と子の結びつきの深さに 胸が熱くなるのでした。



お約束時間になり、

あちらに合わせ始めると もう来られていました。

非常に軽やか。

まるで・・・

細かい霧状のような、

炭酸の細かい泡のような・・・

そのような軽やかさが私の周囲全体に広がっているよう。

いくつか、ご自分だということをおっしゃって、

Yさんがおわかりになり、

私も納得出来たところで、

息子さんは、ご自分が話したいことを話し始めました。



可愛いさかりの甥っ子たちを見守っていることを

話されたあと、

< お父さんの○のあたりに痛みが1月あたりに出るから

 今から気をつけてやって。大事には至らないけどね。>

そう伝えますと、

「 わかります。○○が弱っているようなんですが、

 その痛みが○に出るようで・・・何年か前に痛みが

 あった場所です。あ〜、そうですか。わかりました。」

とおわかりになったようです。



<・・・妹は教育ママなんだ。これから先、

 エスカレートしていくだろうから・・・

 孫たちを見守っていてやってほしい。

 気がぬける場所として。

 まあ、本人も気づくことが起きるだろうけど。笑>

「 と おっしゃっていますけれど、おわかりになりますか?」

「 えぇ、とってもわかります。(笑)
 
 そんなに厳しくしなくたっていいのにって思っていました。

 よく 見てるんですねぇ。(笑)」



時間もそろそろ、という時に、

息子さんが、Yさんのお仕事の行き来に傍におられる映像を

視せてこられました。

「 Yさんがお仕事の行き帰りか、帰りか・・・

 隣に息子さんがおられるのですが、ご存知ですか?

 いつもではありません。

 決まっているわけでない。

 けれど、よく一緒におられます。」

Yさんが何かを言おうとされたのですが、

むこうから続いているので、私は続けました。

「 なんだろう・・・傍に居る、見守っている・・・

 そんな意味ではありません。

 そんなんじゃない。何か・・・こう・・・

 え? なに?

 あぁ、わかりました。聞こえました。

 『 気を付けて 』って おっしゃっていますよ。

 ご存知でしたか?

 ご存知でなくても、いいんですけどね。(笑)」



Yさんは、多分、びっくりされていたと思います。

(ご本人の顔は、Yes 、No の確認以外は

 ほとんど見ないので、わかりませんけれども。)



「 わかります。言ってることがわかります。」

そう Yさんはおっしゃって、話してくださいました_

「 私ね、いつ頃からだったか ハッキリ思い出せませんけど

 車に乗る時、乗っている時に、

 『 お母さん、気を付けて。』って言われてるような気が

 何度も何度もしていたんです。

 主人や娘たちからはそんなこと言われたことないし、

 なんだろうって思いながら。

 息子だと思ったんです。

 でも、自分の妄想かなって思っていながらも、

 『 お母さん、気をつけて。』って言われると

 『 わかった。気をつけるね!』って思って。

 何度も何度も、そんなことがあります。

 そういう時の時間も決まってないんですけど、

 結構、そういう回数が多いなって思っていました。」

と興奮気味で、そうおっしゃっていました。

「 なんだ。ご存知だったんですね。

 Yさんの妄想ではありません。

 息子さんが そうおっしゃっています。」

「 わかります。(頷いて)わかります。」

流れる涙は、愛と感謝の涙。



Yさんは、こう付け加えておられました、

「 私、スピード出し気味なんです。笑」

「 あぁー、そりゃー、息子さん、心配ですよ!笑 」。

大笑いで幕を閉じました。






こうなるまでに、月日が流れています。

” 通り ” が良い時とそうでない時もあります。

” 通り ” の条件は、暫定ではないと思います。

けれども、

私が経験しているなかで、いくつか理由が

わかってきているなかのひとつに、

これだけは言えるんじゃないかって思います。

それは_

ご家族への許しが 始まっていること。

心から受け入れること。

これが一番難しい。



そして、

私を 受け入れてくださること。

霊媒としてではなく、ひとりの人として、です。

心の通い合いです。

スピリチュアルなんかでは ないのです。

人生そのもの。

こうしたことに、

スピリチュアルな団体の認定なんか要らない。

何かの評価があるとするならば

私が興味を持つならば

あちらの方々の気持ち、心、

ご依頼人の方々のその後、

だけ。






< 母さん、気をつけて。>






大丈夫ですよ、

お母さん、はっきりとわかってらした。

車、飛ばさないって。

気をつけるって!













二ヶ月程前、家族が私の大好きな干し芋にチャレンジ。
出来上がりは・・・固かった!(笑)
でも、ほんのり甘いのは 自然の甘さ。
市販の味に身体が慣れていた私は、家族のおかげで
自然の味を感じれるようになってきました。
普通は、固くなるんですよね。(苦笑)
それで、自然です。
いつまでも柔らかい、腐らない、っていう方が ” 不自然 ” 。
不自然な物に慣れてしまった現代人への警笛として、
様々な病気やウィルスが流行るのもある意味、「自然」なのかも。
自然の味は、第六感を思い出させてくれます。




アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~


Posted on 2015/12/03 Thu. 11:53 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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03

胸いっぱいの愛 

出会った一匹の野良猫、ぺこ。

出会ってから様々なことがありました。

突然、我が家にあらわれてから

二年近くなるのでしょうか。



食べること、

眠る場所、

暑さ寒さ、

雨や暴風から少しでも和らげてやりたい。

でも、

可愛がってるだけじゃいけない・・・

そう思っていたまなし 昨年の11月に

ひょっこり 可愛い子猫2匹を連れてきて、

嬉しさと同時に、

考えねばならないことがとうとう目の前に

ドサッとやってきた・・・

様々なジレンマを感じつつも、

避妊手術を受けさせました。

二度と会えない覚悟で。



しばらくして、再び、顔を出した時には

嬉しくて 嬉しくて。

全身で愛の喜びを感じました。

楽しいばっかりではないですが、

愛猫、愛する娘 ぺこ との日々が いつしか

私の日常の一部になっていました。



先月あたりから、何となく・・・

何が というわけではないのですが

甘えてきて いつものようにカリカリを食べている

ぺこの周りの空気が 少し違うような気がしました。

( いやいや、気のせいだ・・・)



寒さが増してきて、今年は雨が続き、

家の外に作ったぺこのお家の改築が日課になり、

賃貸だけど、家に中に入れてやりたいという気持ちが

大きくなり・・・

けれど、所詮、賃貸。

我慢と天気とのにらめっこな日々。

ある夜、

眠る前に心から祈りました_

” どうか、ぺこが雨風しのげる暖かな場所で

 暮らせますように・・・"。



あの時の あの祈りは 叶ったようです。

ほとんど姿を見せなくなりました。

どこかで 安心して、

昼寝付きの「 食ちゃ寝 」出来る場所が

見つかったんだと思うようにしています。



とはいえ、

やっぱり寂しいのは、愛でしょうか。

それとも、

欲でしょうか。(苦笑)



ふと、思い出した 私の大好きな絵本、

「 あいしているから 」のモールくんの気持ちに

自分を重ねて、この絵本の最終部分を抜粋いたします_



- - - - -

モールくんは とりかごを あけると、

ことりを はなしてやりました。

だって、あいしているんだもん。

なみだが あふれて、とまらなくなりました。

(中略)

モールくんの むねいっぱいに、

あたたかい きもちが ひろがっていきました。

- - - - -



もし どこかで見かけたら、

「 ぺこ!」って 呼ぶよ。

ありがとう、ぺこ。

お腹空いたら、また うちおいで。







今年秋のあたたかな昼下がりのぺこ。
私の服をぺこの布団にして昼寝中。












「 あいしているから 」。
子どもさんも大人も、心温まる本だと思います。
私の大好きな絵本の一冊です。





アガサ 葉山在住
天国との対話 愛しい家族との時間
~天国の人々の思いを伝えています~

Posted on 2015/12/02 Wed. 09:07 [edit]

category: 日常

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02