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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

小さな監督さん 

お天気も次第に霧雨から曇りへとなりつつ、

お迎えから我が家へと向かう間に、

今日は十五夜ということを私に教えて下さいました。

満月、というのは我が家に大いなる影響を与えるので

それだけは多少のチェックはしていますが、

日本の美しい季節を愛でている・・・とは

とてもとても言えない私なのです。

敬う気持ちはあるものの。



いつものように、静かにしていますと

とても元気な、元気!という字を身体いっぱいで

表現してくれている女の子が私の方に来てくれました。

数十秒とならないうちに、

強烈なアピールをしてきてくれるもんですから、

調整時のおすまし顔は、すぐに崩れました。



終始、(何のことを話しているのだろう)

というのが一切ありませんでした。

非常にわかりやすい。

まさに、” 同時通訳 ”的でした。

同時通訳的な機会というのは、

どんな著名で有名な霊媒であっても

そうはない、と聞かされます。

何がそうさせるのかは、別にどうでもいいこと。



とにかく、

再びご依頼くださったYさんとは、大笑いの連続でした。

ほろっと涙することもおありだったようですが、

子どもというのは、実によく視てるなぁ〜・・・

と再認識いたしました。

私の朧気な回想よりも、当日夜に下さったメールを

ご紹介しましょう。

録音もされず、Yさんのご記憶にある、

お伝えしたことについてのご感想であり、回想です。

お子さんを天の国へ預けられた親御さん方の胸に

きっと、温かなものが溢れるだろうと思います。



- - - - -

正直、2度目のお願いというのは、してもいいのか。
しない方がいいのか。悩みました。
頻繁にというのは違う気がしますし。
お空の事情も、あるのだと思っています。
けれども。やはり彼女を感じたい。
だから、特別な日に、お願いすることにしました。

ああ楽しかった。やっぱりお願いして良かった。幸せだ。
今は、その気持ちでいっぱいです。

彼女は、○歳でお空に行きました。
抗がん剤の関係で、大きくなれませんでした。
いくつだかわからない。それは彼女です。
どのお話も、あまりにも彼女で。思わず笑ってしまいます。
都合が悪い話は、○○○○!まさに彼女!

彼女は、人が好きです。小さな子供が大好きです。
それから、学ぶことが大好きです。
彼女は、ゆっくりしてる暇なんてありません。
それは、小さなころから、闘病中であってもそうでした。
闘病が楽しい。
彼女は長く入院していたのですが。そう言わしめた人です。
ああ、入院して楽しかった―。
彼女のお友達はそう言います。
それは、とてもたくさんの方たちが、彼女を、彼女達を守ってくれたからです。
だから、彼女がお空で忙しく、幸せでいることが、何よりも何よりも嬉しい。

そのことは、こちらでも、あちらでも、私が彼女に対して望んでいた事です。

(中略)

生きなければならない事も、重々承知しています。
それでも、子どもを亡くすと、残りの人生は惰性で生きる。
日の当たる場所から外れて生きる。
そんな感覚があるのです。
死に恐れはなく。死ぬときは、子どもに会える時。
子を亡くした親は、多かれ少なかれ、そんな風に思うのです。
だから、
「死にたい。まだダメなのかな。」そう思う時があるのです。
言葉にしている事もあります。(ひとり言ですが)
そのことを、ずばり彼女に指摘されてしまいました。
ちゃんと聞いてくれているんですね。
今は「わかってるよー!」そんな気持ちです。

彼女は、大好きな人のそばに寄る時に、体の一部を乗せるのです。
小さなころから、大きくなってもそうなのです。
私の心が本当に寂しいときに。眠れない夜に。今でもそうして。
べたべたしてくれるんだなー。何よりも彼女を感じて。
とてもとても幸せです。


もう一つ、とても嬉しいサプライズがありました。
アガサさんとお会いした時に、すぐに猫さんのお話をされたので。
○○ちゃんは、元気かな?どこかで思っていました。
いつも、元気かな?元気だと幸せだな。
生前からずっと、今でも頻繁に、子どもとともに、私の心にいる猫さんです。
とても大切にしている猫さんなのです。
ずっとずっと気にしていました。
姿を見せてくれて。本当に嬉しい。

娘達と猫さん。私の何よりも何よりも大切なものです。
私が生涯かけて、守るもの達です。

(中略)

私は幸せなんだな。そのことに気が付いた瞬間です。

お家が大好きな子でした、お家が大好きなんです。
うちは、○人で1つの家です。

(中略)

実は私は、命日とか、宗教とか。形にこだわりはなく。
それでも、今日は彼女のお空の誕生日。
(彼女は自覚ないですけどね)
とてもとても幸せな1日となりました。



- - - - -

話されることをYさんに話す。

そのまま、話す。

Yさんはアガサの口から、身振りから伝えられる中に

愛しいご家族方をお感じになり、

思い出しながら、

今も元気でいるのだと実感されました。



常々、私の胸にあるのは、

無機質な " 証拠提示の連続 " ではなく、

話を伝える中に愛しい家族を感じる、

実感する_

今や 痛みはなく、健康そのもので

以前と変わらないのだということを

知って頂く。

わかって頂きたいのです。



ご依頼人にとっても、

" ご家族 ” にとっても、

互いが互いへ 思いやりや愛情を胸に、

互いが互いを労り合い、

自然に 安らぎを与え、頂く機会。

それを明日へ繋げて行く。



命に終わりはないのだと

ほんの少しでも

なんとなく

( そうなんだぁ・・・)

と思えるように。



そう思えるのは、

ご依頼人ご本人と”ご家族”の信頼ひとつです。

冷たく固まった心が 解けてゆくのは

愛に触れた思いやりだと思います。



この子が話すその素振りや内容から、

「” 小さな監督さん ”みたいですねぇ。」

そう思わず言ってしまいました。



私もAちゃんからたくさんの声援をもらいました。

励ましの言葉を直接もらったわけではありませんが、

話していて、元気になった!

そんな娘さん、いえ、

そういう方なのです。











夜に携帯で撮ったので本来の可愛さが損なわれましたね。スミマセン。











アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)







Posted on 2015/09/28 Mon. 07:12 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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28

自分の心を 

霊媒というのは、

他界されたご家族の存在を伝えると共に

生きていこうと思えるキッカケを手助けする

ことも同時に有ると思っています。



ご機会(あちらとの交流)を繰返し頂くことが

霊媒の質とは 無関係。

霊媒を介さずとも、ご本人が 生きていこうと

思えるようになることが 究極の効果。



話せるようになりたい、

聞けるようになりたい、

そのお気持ちはわかるけれども、

そうなりがちなのだけれど、

” そっち ” の方向ではないのです。

そこ ではない。



大事なのは「 心 」。



どんなに話せても、
(話せるって何?)

どんなに聞こえても、
(聞こえるって何だ?)

しあわせになるとは 思えない。



最愛の家族を忘れて生きる、

という意味では ありません。

思い出にする、

という意味でも ありません。



必ず 前を向いて 歩んで行って頂きたい。

数度実感された方々には、そう願っています。

ご依頼を頂くことが 霊媒の真価ではない。



出来る限り、本人の意志力で

ご自身の人生を 歩んで行こうと

思えること。

自分の心を 信じること。

自分の心を信じるということは、

最愛の家族をも信じるということに

繫がる。



自信を持ちなさい。

家族を大事に思う自分を疑ってはいけない。

大事だと思っている家族を 疑ってはいけない。



そうしたことが

ご依頼人に必要だと思えてきたとき、

あちらからそうだよと言われ始めると、

私が介入しての交流から

ご本人の意志力を高める方向へと

促してゆきます。



人生には、私のような介添人が必要ではなく

すべては、自分の意志力。

生きる力(意志力)。



そうして、

霊媒に依頼する、というところから

自然に離れて行くのが、

自然だと思います。



依頼者、霊媒という関係から

知人、友人へと変化するのも

自然の流れ。



そもそも、霊媒は 要らない。

これが私の極論です。



心を信じ、

家族の心を信じる。

それさえあれば、十分。



肉体(目にみえる)を信じるのではなく、

心(目に見えない)を信じること。


































アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)



Posted on 2015/09/24 Thu. 09:25 [edit]

category: 思うこと

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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24

やっと、会えた! 

Kさんから、ご依頼を頂いてから約2年。

ようやく、愛しいご家族を実感されました。

3度目の機会でした。

霊媒を尋ね歩くタイプの方ではなく、

2度目から約1年経ってからの、機会でした。



会いたい、実感したい_

この気持ちで皆さん、ご依頼をされます。

私も、いつも心から会われることを願って、

臨むのですが、

あちら側(霊界)は、

近いようで 遠く、

遠いようで 近い。

私たちにどのような感情があろうとも

あちらの姿勢を崩さない強さがあります。



さて。

最初は、ゆっくりの進み具合でしたが、

確実に、Mさんのご家族でした。

やりとりをしているうちに、

不思議な感覚に なっていました。

( 私だけど、私ではない。)

何を話していたのか、あまり覚えていません。

ご依頼人さんに「では、さようなら。」と

お見送りやご挨拶をした後、私から去ってゆくのです。



今、覚えているのは、

あの時、私は、Mさんのお母さんになっていたこと。



Mさんから頂いたメールに助けて頂きます。

- - - - -

(略)

今回もまた、もしコンタクトが取りづらい結果となっても
時期ではないんだと、自分の気持ちの一区切りにしようと
今回、アガサさんに三度目の依頼をさせていただきました。

最初は、やはりコンタクトがし辛いような感じで
申し訳ないなという思いと、まだ時期じゃないのかなという思いと
でも、アガサさんが必死にコンタクトをとろうとしてくださってて、
本当に有難い思いでいっぱいでした。

(中略)

アガサさんが伝えて下さる言葉や性格はまさに
私がずっと会いたかった 母 でした。

(中略)

母の性格、「私は大丈夫だから」という言葉、
向こうでも人づきあいが忙しそう!
お母さんそのものの感じがしました。

(中略)

「寂しくないわけじゃないけど、だって仕方ないじゃない」
って本当にお母さんらしかもという感じです。

びっくりしたのは、
「これからどうするの?」と言われたことです。
ドキッとしました。

(中略)

やはりお母さんは、私を見守っていてくれてるんだ。。
胸が熱くなる思いです。
何より一番私が聞きたかったこと、知りたかったこと。
死んだりしないんだよ、生きてるんだよ、
会いたい時にはいつでも会えるし
お母さんは、寂しくない、一人ぼっちじゃない。
それがなによりです。

(中略)

ひとつ、心残りなのは
ずっとお母さんに言いたかった、
ごめんね、もっといろいろ親孝行してあげたかった
こんな娘でごめんねと謝りたかったのと、
本当にありがとうと大好きだとアガサさんを通して
今日の場でお母さんに言いたかったです。
せっかく来てくれていたのに
なんか嬉しくて忘れちゃいました。

母が突然に体調が悪くなって、入院してほぼ意識のないまま
○週間後にあっという間に他界してから、約二年。

受け入れられなく、人生に希望もなくなり
半分は、母と一緒に亡くなってしまいたかったと
心に思ってきました。

でも、今日、アガサさんとのご機会の時間を過ごさせていただき
本当に 私自身何か大きく変わりました!

お母さんと会いたいし、悲しいし、寂しさはありますが、
他界しても、本当にお母さんは生きている!と確信し、
絶対に減らないと思っていた悲しみが減った気がします。
元気でいまも見守っていてくれている。
昨日までの自分より安心して、力強く人生を生きて行ける気持ちで
今いっぱいです。

- - - - -



Mさんは、大好きなお母さんを信じて、

待って、待って、待ってあげました。

「 待つ 」ことは、とても忍耐が必要です。

頭でわかっていても、実際は なかなか。

なぜなら、

待ったからといって、必ず 見返りがあるとは

限らないのですから。

自分が「待った気分」でいても、

相手にとっては まだ道半ばの状態かも しれません。



Mさん、他の方々もそうですけれど、

皆さん、私にお礼を言ってくださいます。

でも、違うのです。

謙遜してそう言ってるわけでは、ないのです。

ご依頼人の方々には 申し訳ないのですけれど、

あちらとのやりとり中は、” ご家族 ” の状態を

最優先しています。



こちらの純粋な思いやりが あちらのご家族に

届きます。

心配するのではなく、

思いやりが必要なのです。



どんなに思いやりをもっても、時機というのが

あります。

待つこと。

待って、待って、待って。

待つということは、今の時代、もっとも必要な

ことだなぁと思えます。



Mさんをお見送りして、くるっと踵を返した時、

私は 思わず 顔がほころびました。



「 あぁ、良かった! 」



家に戻り、頂いた最中は格別でした。

数年分の思いが プラスされていますもの。

隣で食べている家族には、

この格別さは わかるまい・・・(笑)

心の中で ほくそえみました。

(ちょっと、イジワルでしょ?!笑)




本当に、良かった。

肩の荷がおりました。














アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)







Posted on 2015/09/20 Sun. 05:46 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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20

母、笑う。 

先日、ご依頼頂いたMさんから

とても 心にぐっと来る一言が添えられていました。



- - -

今朝方、父親の夢に笑った母親が出てきたそうです。

死後何回か見てるのですが、

笑って出てきたのは今回が初です。

- - -



ご機会のことをご存知なのは、依頼されたご本人だけ。

お父さんはもちろん、ご存知ないのです。

だけど、お父さんは その日、夢で

妻が笑っている夢をご覧になったのです。

嬉しい偶然、と思っておきましょう。



ご依頼人さんは、

家族にも伝えたいという気持ちがあります、

そうおっしゃっていました。

「 こうしたことはとても微妙ですし、繊細です。

 信じる、信じないというようなことでもなく、

 家族であっても、悲しみのなかにいても、

 それぞれにお考えがあると思います。

 きっと、時機が来れば 自然なかたちで、

 ひとりひとりに合った方法で

 ” ご家族 ” からご家族に伝わりますよ。

 私は そう思っています。」

私の考えではありますが、そう添えておきました。



お母さんは二ヶ月程前ぐらいから、

他様の機会でも 来られていました。

数ヶ月の間、

来られる度に、「必ず、ご家族に会えますように。」と

思っていた方でした。



お母さん、ほっとなさったのでしょうね。

ご家族に会えて、話せて。

Mさんからの心のこもったメールの最後に

そう書いてくださいました。





家族と家族が 会える。

夢で会えるというのは、最高だなと思います。

そのうえ、

時期を同じくして、安心してと言うことを

あちらから 伝えられる。

家族に応じて。

こんな嬉しい偶然は ありませんね。



追記として書いてくださったお知らせによって、

こうしたことは、その方にとって

一番良い形で

「 元気だよ。大丈夫。」

ということを 伝えてこられるのだと

あらためて 思いました。



お父さん、とっても嬉しかったと思います。

悲しんで 心折れておられることは

想像するに難くありません。



お母さん、

さすが、お母さん。




嬉しい「 追伸 」でした。

ありがとうございます。

















アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
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Posted on 2015/09/19 Sat. 18:53 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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19

名前 

名前。



尋ねて言ってくれるものではないと思います。

尋ねなくても、言われる時、聴こえる時が私には

あります。

私の場合は、大抵、尋ねません。

すべてを 任せています。



ご依頼人さんの中には、

” 家族 ” の名前を言われたい方、

聞きたい方が おられると思います。

確かに、 "てっとり早い” 情報だと思います。



名前を告げられると、一瞬の驚きはあるにせよ、

そこから愛する家族、会いたい人を感じる・・・

つまり、イメージ出来ることとは また違うように思います。

個人的に、私の中で、

"てっとり早い” 情報に、深みを感じません。

多分、てっとり早い情報で良いのなら、

3分で十分。

3分間というのは、話してみると十分なのです。

カップ麺ではないですが、

「はい!できあがり!終了ぉ」という感じ。

それを言わなきゃ、家族だとは思えない_

これは、強制的です。

強制的なものは あちらには届きません。

どんなことでも、

てっとり早いものは、

どこか無機質なように思えます。



以前、ブログに書いたかもしれませんが、

私の経験を例にします。

随分昔、イギリス在住で長年学んで活動を

している友人から機会を得ました。

私自身の伝え方に、私自身が疑問や壁を感じていた頃で

友人を通して、

祖母が思いやりをくれたのだと思っています。



祖母のことを伝えられました。

「 おばあさんは車に乗る時、何か、特別な気持ち・・・

 緊張のようなものを感じていました。」

情報量としては、そんなになかったように思います。

けれども、圧倒的でした。

それだけで、祖母だとわかりました。

祖母の、誰にも言わなかった気持ち。

きっと本人さえ、そうは意識していなかったかもしれません。

他の人にはありきたりで、車に乗り馴れていない時代の人なら、

そうだろうと思うでしょう。

でも、私にとっては、

( あぁ、そうだったんだ・・・そうかもしれない。)

心に、すぅっと入ってきました。

自分の人生を歩み、年齢を重ねてきたからこそ

理解できる気がしました。

その言葉で、祖母の内面までもイメージ出来たのです。

祖母をより身近に思えました。



こうしたこと(交流)は、人によって

受け取り方、考え方が違うと思います。



私が思うところ、そうだと思えることは、

てっとり早い情報を求めること、告げることではなく、

家族を感じる機会だろうと 思っています。

身体はなくとも、家族をイメージできること、

家族を身近に感じる機会だと思っています。

それが、交信で、交流なんだと思います。

大切なことは、

その場に居る者たちが、心を交流すること。

依頼人も、

” 家族 ”も、

霊媒も。



心と心を通いわせることは、

無機質な状態や空気では 叶いません。

数ではなく、質なのだと思います。

そして、そこに、心がなければ。







私は そう思っています。














アガサ 葉山在住
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Posted on 2015/09/18 Fri. 09:57 [edit]

category: 思うこと

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18

やっと、見つけた。 

ご依頼人のご家族以外の方々も 時々来られます。

もちろん、知らないと思う場合は

「 わかりません。すみませんが。」

と心優しく、ご依頼人さんはそうおっしゃいます。



何度も 来られる。

何度も 「わかりません。」と言われる。



( この人、家族を探しておられるんだ。きっと。

 ご家族と会えますように。

 絶対に、会わせてあげたい・・・)





何の力がある、というわけではない。

会いたいと思って来られるのに、

まだ見つけることが出来ない自分。

無力だ、無力だ、無力だ・・・

無力なら 霊媒を辞めちまえ!・・・

そう自分を叱責する。

なにが、霊媒だ!・・・



いや、霊媒だとか 霊媒でないとか、

そんなことは どうでもいいんだ。

そんな ” ラベル ” は どうでもいい。

そんなんじゃない。

私なら、

やっぱり、家族に会いたいって思う。

会ってほしい。



だから、

私のところを尋ねてくださったのかもしれない。

会えたらいいね、

本当に、会えたらいいね。



そうした気持ちを 心の片隅に置き

ゼロの状態で ご機会に望みます。

伝えてゆくと、

( あ、また、この方だ・・・)

お馴染みになった気もしなくも、ない。

(「わからない。知りません。」と言われようが

 来られてるんだから、言うよ。 

 私は どう思われようと構わないのだから。)



描写を伝え終わり、

いつもの

「心当たりはありますか?」と尋ねます。

何の期待もしない。

ただ、

「心当たりがあるか、ないか。」だけ。






「 はい。あります。」






この言葉を聞けた時、

電話口のご依頼人の空気を感じる時、

私は、

「 あぁ!本当に良かった!良かったですね。」

と なる。



探して、探して、探して。

来る日も、来る日も。



すんなりと行かなかった分、

その喜びと安堵は 半端ありません。









やっと、見つけた!








どんな事情があったって、

とにかく、家族に会えたのだから、

いいじゃない。

家族がそうだとわかってくれたのが

とてもとても嬉しそうなのです。

その嬉しさが 伝わる時、

やっぱり 私は 涙が ちょちょ切れる。




何ヶ月にも及ぶ忍耐が

ぱっと 消え失せる瞬間です。













アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
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Posted on 2015/09/17 Thu. 09:46 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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17

心静かなひととき 

先日、「心静かなひととき」の依頼を頂き、

機会を持てました。

ご依頼の日々のなかで、私自身にとりましても

そうした機会は タイミング的に良かったようです。

依頼を下さった方々との再会は、本当に

とても懐かしいものでした。



瞑想的なことから始まり、

その場の雰囲気を視て、変えます。

自分でも

(なぜ、これを話しているのだろう・・・)

と思いながらも 流れに任せています。



ひとりひとりの調子を 実感し、

必要があれば お話もさせて頂く_

そういう具合です。



アガサ部屋は狭いので、

おふたりで 丁度いっぱい。

私を入れて、3人となり、

ドアをしめますと、空気がぎゅうぎゅうになります。

生体から発せられる空気感は

本当に わかりやすい。

言葉通り、エネルギッシュです。



おふたりの間に 私は位置して、

静かな時間と空間に入っていきますと、

それぞれの方々から 映像が発せられ、

ちょうど 私の前で ふたつの世界が出来ます。

( あぁ、そうなんだ。

 ○○○さんは、こういうところを視ておられ、

 ○○さんは、こういうところにおられるのか・・・

 へぇ。どちらも良いところだなぁ・・・)

と一瞬思い、

話している自分へと戻ります。



終わったあと、お茶で喉を潤しながら

ちょっとした感想を話してくださいました。

おふたりとも、私が拝見したとおりのところを

話されました。

ともすれば、それっぽいこと_

スピリチュアリティ溢れるようなことを

言いたくなったり、妄想してしまったりします。

そうした知識を付ければ付けるほど、

知識に溺れ、過信し過ぎてしまう人ほど、

視えてくるもの、聞こえてくるものは、

” 色眼鏡 ” 的なものが 増えてきます。

おふたりは、実に ご自身らしさに溢れていました。

自然体で実感することは 本当に

素晴しいのです。



自分のことを 過大評価する人も居ますが、

ほとんどの人は 過小評価します。

過小評価することは 悪いことではない、

と私は思っています。

自分に対して、疑問のようなものが持て、

いつかは、良いことへ繫がるようにも思います。



自分を知るということは、本当に難しい。

一生かかっても、知れるかどうか わからない。

けれども、よく耳にする言葉_

" 自分のことは一番自分が知らない "

というのは、少し違うのだと思いました。

無意識のところなのか、

潜在意識の欠片なのかは わかりませんが

(どっちでもいいですが)

心を静かにしていくと、

(眠りかけている、寝ている感覚)

自分が一番リラックスできる環境や

自分らしさ(個性)というのを

知ることが出来るのかも・・・しれません。



おふたりを拝見し、再認識しました。
























アガサ 葉山在住
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Posted on 2015/09/16 Wed. 07:21 [edit]

category: 思うこと

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16

愛すべき、ちょっかい父さん 

ずっと待ってくださっていたHさん。

短文のメールからも Hさんの思いやりが滲みました。

本当に嬉しく、有難いばかりです。



そうして、迎えた当日。

ご本人から伝えられる健康状態に、頷かれました。

それは、病院の診断(入院理由)では なくても

娘さんには わかることでした。



健康面を伝えてこられて、

しばらくして、次第にお顔が視えてきますと、

(あれ?)

(この方、先日の別の方の時に人情あふれる意見を

 言ってた方だ!)

伝えてくださることをHさんに伝えている際中、

お父さんは、娘さんのHさんに伝えている間も

腕組みをし、脚を組まれて、

そうだ、そうだと頷きながら聴いておられたのです。

脚の組まれ方も ちょっと違ったので、

それも伝えました。

多分、Hさんはあっけにとられたんじゃないかなぁ・・・

良い意味で。

「 そうです。父はそうでした。身体が柔らかいのを

 自慢しているところがありましたから。」



< よく 海に行ったよ。>

この言葉で私はてっきり、ご家族と行かれたのかと

思いながらも、そのまま伝えました。

Hさんからは 私が予想もしなかったことが

返ってきました_

「 はい。よく海に行ってました、ひとりで。

 釣りが好きだったもので。」

( はぁ・・・ひとりでねぇ・・・

 まあ、良いんですよ。お父さん。

 趣味ですからね。趣味は良いですよ。

 でも、たまにはご家族ご一緒でも、ねぇ〜(笑))

そんな私の話など、多分、スルーされたと思います。

良い意味で。



そのほかにも、いろいろとお伝えくださったと思いますが

いつものように、頂いたメールに助けて頂きます。



- - - - -

(略)

今日はお時間を頂き、本当にありがとう存じました。
他の方に迄、ちょっかいをかけて
娘として、仕方ない思いでおります。
その方に申し訳ありません、とお伝え頂けますか?
(ア:大丈夫です。とても喜んでくださっていました。)

昔は話さない父でしたが、
晩年、(中略)
よく喋る、といいますか、
自分以外にちょっかいをかけて
自分のことをきちんとやってから
と、母に叱られていました。

脳幹出血の症状をアガサさんに
味あわせてしまい、本当にごめんなさい。
痛くなかったですか?
(ア:痛みは一瞬です。ご安心ください。)
○回目の出血で旅立ちました。
悪い○○で亡くなった訳でないから
人生不思議です。

足組も、切なかったです…。
(ア:それもまた、お父さんらしいですね。)

(中略)
父が、アガサさんにいる…電話越しにいる…。

(略)

- - - - -



翌日、メールにお父さんの入院中の写真を

添付してくださいました。

私が拝見したとおりのお顔でした。

こうして、写真で確認できるのは 本当に有難いです。



お父さんは、多分、早く来られていて、

どうしようかなぁ〜と思っておられた頃に、

聞こえてきたのだと思います。

自分の家族ではないけれども、

他の方が困ってる。

黙ってられなかったのだと思います。

わかるような気がします。

それ、ちゃんとしたがいいよ、

という感じ。(笑)

ちょっかいというよりは、人情から。



家族の思い出は いろいろ あります。

良い時もあれば、

すごく腹が立つ時も あります。

それの連続で 気づけば ン十年過ぎていて

昔、ああだったなぁ〜

こうだったなぁ〜

と 苦い思い出も 懐かしく思える日が

やってくる。



家族揃っていた頃が 懐かしく、

切なく思う日もあって

人や

命の大きさに 気づけるのかもなぁ・・・

と 思います。







愛すべき、家族です。















アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)







Posted on 2015/09/11 Fri. 12:05 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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その人にとって 


その人にとって、機会を得ることが

ベストかどうか_

ご依頼を頂いても、事務的な流れに則りません。

その判断は、私が決めることでは ありません。

自然な力(流れ)が 自然にしてくれます。

自然ってスゴいなぁ〜 といつも思います。

私は ただ 静観しているだけです。



物質的なものを依頼されるのではありませんから、

依頼された方の気持ちは大きく揺れるだろうと

思っています。

様々な気持ちがあって、自然です。



だから、キャンセル料など設定しません。

「 繊細な場(機会)」と申し上げているのは

霊界とこちらだけのことを指しているのではなく、

ご依頼人さんの気持ちも非常に繊細に動くことも

含んでいます。



” 伝わったことを言うだけが、役目ではない。”

ご依頼を受ける日々の中で、自然にそう思えてきます。

「 依頼が入った!わぁ〜い!」・・・では、ないのです。

「 え? キャンセル? では、キャンセル料を払ってください。」・・・では、ないのです。

そんな自己中心的な思考で 続けることは出来ません。



その人にとって 何が最善か?

ということを考えて、普通です。

「 あちらから伝えられることを伝えてこそ、その人のためになる!」

「 あちらの世界が在ることを証明するため!」

様々な考えがあるでしょう。

あちらから伝えられることを言いたいなら、

ブログか何かに書いておけばいいし、

あちらの世界が在ることを証明したいなら、

その欲を満たすようになさればいい。

欲のおかげで” 活気 ” に満ちるでしょうけれど

私の考えは、違う。



依頼したとはいえ、伝えられることで、

まだ、受け止められない時期もあるでしょう。

他界した家族のことも、

自分自身のことも、

すべてが 大きすぎて 消化できないことも

あると思っています。



見えない世界のことを伝えるということは、

依頼する人の心も扱う、ということなのです。

なんかの一つ覚えみたいに

あちらのことばっかり思いを寄せていては

自己中心型と言わざるを得ない。



” 依頼されたら、淡々と伝えればいいじゃん! ”

” ひとつでも多く、当てるのが霊媒の役目だ! ”

” あちらの世界を証明するのが霊媒だ! ”

こんな機械的なことが 概念だとしたら、

私は 霊媒失格。

両手万歳して「やった!私は失格だぁ!」って小躍りします。



あちらから伝えられること、

表現されることに 忠実であり続けること。

わからない時も、正直であり続けること。

伝えることによって、

依頼人さんが、生きる希望を少しでも持てるようになること。

依頼なさった後、心が追いつかないと感じるなら

素直になってください、

キャンセルすることも選択肢に入れてください、と伝えること。



” その人にとって、何が大事なのか。”



それを感じること、見極めることも

立派な役目だと思っています。



私の心友で、長年、服飾関係に携わっている方が

います。

どれくらい前だったか忘れましたが、

お店にお邪魔していた時に 常連のお客様が来られました。

そのお客様が服を選んでおられ、

買おうとなさったのでしょうね、それについて

彼女は、何ておっしゃったと思います?

「 ねぇ、それ、同じようなのを前も買ったよ。」

って。

思わず、私は お店の陰で ふふふ。

” お客様のことを思われてお仕事をされてる。粋だなぁ〜”

そう思いました。

和気あいあいとしたそのシーンは、

とても気持ちの良いものでした。



業種はなんであれ、

仕事をする、ということはそういうこと。

" 箔 "を付けるために するんじゃない。

自分の好きなことだけを好きなようにしているのは

仕事にはなりません。

仕事は、単に

やりぁ〜いい、ってことでは 味気ない。

どんな仕事だって、そう。

そんなんじゃ いつまでたっても 同じ。

何したって 同じ。



自分がするそのことに、

相手の笑顔が 見えるかどうか、

相手のしあわせな姿が イメージできるかどうか、

です。



" その人にとって、どうか。"



そう考える、

そう思いを馳せるなかに

言葉では言いあらわせない輝きが

あるのだと思います。

























アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)







Posted on 2015/09/09 Wed. 10:06 [edit]

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保つ 

世の中が、というより、日本が落ち着きのない空気に

包まれてきているように思います。

とても勤勉で、精神性の高い国なのに

そういう時期なのでしょうか。

あちらとの交流をしていても、通信状態が粗いな・・・

と思うことが昨年より増えてきました。

気のせいかと思い、踏ん張っておりますが

” どうも おかしい ”

具体的なことを 知ろうとも 調べようとも

思いませんけれども、この感覚はぬぐいきれません。

大戦中も、某国の通信記録には

非常に状態が粗い、不安定と記されています。

空気の状態、動物たちの行動や命にまで

敏感に、顕著に表れます。



” にわとりが先か、たまごが先か ” 的でありますが、

自然の影響 → 人間へ影響

私たち人間の状態が不安定 → 自然への影響

どちらが先か? ではなく、共に影響しあっている

のだと思います。



大切な心や精神性を保とうとする人々と

大義名分を掲げて、新しいルールやシステムを

作ろうとする人々。

それが本当に、世のため、人のため、動植物のために

なれば良いのですけれど、

どうも、

” ラベル(肩書き、権力など)”の有る方や

ラベル好きな方、

ラベルの有る人に くっつきたい方は

ご自分のことを優先にされる。

自分たち以外のことは、どうでも良いという具合。

ラベルがあるがゆえに、影響大でしょう。

私みたいに ” ラベル不必要 ”と思う者には

理解し難いことが 増えてきているなぁ・・・

何だか、やっつけ仕事みたいだなぁ・・・

雑な時代のように思えます。

時代に合わせて・・・とか

より便利に誰それに優しい・・・とか、

そうした目くらましの手が横行しています。

そうしたことを非難しっぱなし、

嘆きっぱなしでは、何も変わりません。

むしろ、心が腐るだけのような気もします。

不平不満は、言う側が行動を起こさねば何も変わらない。



オギャーとこの世に生まれてきて、

生き方や環境で 違ってきますね。

同じ親から生まれ育てられても

ひとりひとり違います。



子どもの頃の経験や感情は あとあとの人生に

大きな影響を与える。そう思います。

親や周囲の大人に威圧されて育ったら、

どんなに良い人に見えても、威圧によって

ぎゅぅっと固まった感情というのは 残ります。

人のせいだ、という意味ではありません。

どこかで いつか そうしたものは

吐き出されようとするのだなぁ・・・

と、昨今のニュースを斜め読みしていて思います。

犯罪や事件は、最悪な表れ方。

ニュースにはならなくとも、

地域の警察情報に登録している私のメールには、

毎日のように、変質者、痴漢、といった情報が

入ってきます。

毎日数件も、です。



そうした悪い形で表れてしまう人と

そうでない人との違いは、紙一重だと思います。

その紙一重の紙はなんだ? ですよね。

私は、理性や良識だと思います。



よく、「心の声を聴きなさい。」と言われます。

残虐な犯罪を犯す人の大抵の言い分は、

自分ではない人(声)に言われたと供述されています。

それは「心の声」のなかの、

自己中心的な心の声なのです。

え? 心の声って良いものではないの?

そう思われた方が多いでしょう。

心の声、他界からの声というのは、

良いものも、そうでないもの(悪い)の両方が含まれています。



良くないものの代表としては、

” あなたは特別だ ”

” あなただけに本当のことを話す ”

” あなたは○○だ ”・・・

といったように「あなた」に限定されてきます。

誰しも そう言われると悪い気はしないからでしょうね。

特別扱いされることに、優越感をくすぐられる心理、

感情をついてきているわけです。

詐欺のように。

それにまんまと乗ってしまい、

信用してしまいますと、

信用してしまっている ” 自分 ”は、

次第に 言ってることがおかしくなり、

あやしくなり、

威圧的になり、

多重人格となり、

自分で自分が わからなくなってくるのです。

でも、自分で自分を完全に理解していると

勘違いしてしまうのです。

周囲が皆、敵に見えるでしょうし、

自分が最高の権力者のように思えてしまう。

自分だけが正しい人のように思えて、しまう。



人の心には、

良い心と そうでない心が 在ります。

どんなに良い人、でも。



どんなことも、必ず、二面性があります。

メリットとデメリットのように、セット。



バランスをとれるように、

良いバランス状態を保てるように、

それが本当に出来るのは、自分しかいません。



この世の人から、

他界から、

聞こえること、

見えることが、

すべて正しいわけではない。

必ず、その違う方向から光(良識)を当てること。

それには、

思いやりを持ち続けること。

現実的に 物事を多方面から 見直すこと。

自分の考えや意見さえも、常に多方面から

見直してみること。



時代がどうなっても、

自分の状態がどうあっても、

心を保つことは

自分へも、周囲へも、潔さを感じられます。




地道な努力の連続と忍耐。

そして、

笑うこと。



笑いは 邪をはね返し、

寄せ付けないのです。



















※また、長くなりました。ご勘弁!

” 笑顔で過ごす ”。
心掛けたいと思います。


アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
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Posted on 2015/09/08 Tue. 06:19 [edit]

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