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2015/08/04.Tue

子煩悩、家族思い

「ご機会」前の私の静かな時間_

耳の中に少し痛みが走り・・・

(中耳炎? 違う。もっと手前)

(中耳の手前って何ていうんだっけ・・・)

と考えていましたら、

今度は、膝の内側が痛み、

次は、左太ももが肉離れのような痛み、と

次々に 伝えられることに感心します。

私自身の身体に伝えられる症状のほとんどを

私は経験したことがないので、

あちらのご家族も さぞ 大変だろうと思います。

ぼんやりと、

Yシャツの中に黒いタートルネックのシャツを

お召になっている姿が浮かびました。

( Cさんにあとで確認させてもらおう・・・)

調整は十分だなと思った瞬間、

こう話しかけられました_

< もう夏かぁーー

 子どもたちを海に連れて行ってやりたいなぁー >

そして、

私の足下には 毛がふわっとした可愛い家族も

すりよってくれていました。



ご依頼くださったCさんからお電話を頂き、

すでに伝えてくださっていることを話し、

すべておわかりになる、ということでしたので

対話を始めました。

ご主人は、

ご家族に対してのことをご自分を客観的に

ご覧になっているようでした。



いつもながら、詳細にわたってご感想をくださる

Cさんのメールに助けて頂くことに致します。

- - - - -
(略)

交信が始まる前に主人がアガサさんに伝えてくれた特徴には、
本当に驚きました。
(中略)

外耳炎はかなり前のことで、しかもたいしたことはなかったのですが、
耳鼻科で診てもらいました。
そんな細かいことを伝えてきてことに驚きました。
足の二箇所の傷は、紛れも無い主人の特徴です。
膝の内側の傷は子供の頃できた傷で、(中略)
左太ももの傷は、○○○○のための○○○○があった場所です。
(中略)

それから、タートルネックのことですが、少し私は勘違いしていました。
○○のアンダーシャツではなくて、
普段から主人は、ワイシャツの下に黒のタートルネックを着ていました。
寒がりだったので亡くなる直前の○月末くらいまで毎日着ていて、
「暑くないの?」と尋ねると、
「あったかくてちょうどいいんだ」と言ってたんです。

主人は子煩悩で、家族を大切にする人でした。
(中略)


「家族を守れていないのに、なんで存在しているんだ」
という主人の言葉に、胸が張り裂ける思いがしました。
「私が主人の寿命を縮めたのではないか」と、
この○年間悩み続けていましたので、
私の主人への配慮が足りなかったことを
思い知らされたようで正直落ち込みました。
再度、勇気を振り絞って録音を聴いてみたのですが、
全て主人の優しさ、家族への愛情の表れだと思い、
涙しながら聴いていました。
(中略)

温かい慈しみの眼で私と子供達を見守ってくれていた主人には、
感謝の気持ちでいっぱいです。
今でも生きている時と変わらず主人の愛情が私たちに注がれていることは、
とても幸せなことですね。
(中略)

「いつも主人は家族と一緒にいる、そして一緒に子育てをしている」
と、信じたいと思います。

主人に出会えたことは、私の誇りであり宝です。

- - - - -



今の時代は何でも何か・・・標語のような、

流行言葉が作られて ” ファッション化 ” してしまいます。

個人的には、

大切なものを 薄っぺらい扱いをされているような・・・気がします。

漢字の素晴らしさ、日本語の美しさを

大切に思いますので、

タイトルに「 子煩悩 」と入れました。



あちらに行くと、ガラッと人柄や性格が変わる!

ということは ありません。

口に出さなくても 心で思っていることは

伝わってきますが、

”その人らしさ” がにじみ出るように思います。

話しまくることが その人の ” 証拠 ”ではない、

そう思います。



ご主人は、実に ご主人らしく

話してくださいました。

何の違和感も ありません。

ただ 重い肉体から解放されただけなのです。



住む世界(波長)が変わると、

肉眼で見えなくなるので 寂しく思います。

私たちには、紫外線は見えません。

だけど、存在しているのは周知の通り。

磁力や電波も、そうです。

存在していても、そのもの自体を

肉眼で見ることは ありません。

肉眼で見えることが 全てではないのです。

肉耳で聞こえることが 全てではない。



心は 肉眼では見えない。

だからといって、心が存在しない とは言えない。

思い出(過去)は、

写真や物で思い出すことは できる。

火事や震災ですべての物が消え失せても、

ちゃんと 心の中に 存在する。



存在に 感謝の気持ちが混ざり合うと

穏やかになってゆきます。

漢字の「偲」。

偲ぶ、という言葉。

「 偲ぶ = 悲しむ 」 とは違います。



生きていくうちに様々なことがあり、

様々な思いを経験していきます。

全部全部ひっくるめて、

出会えたこと、

家族となれたことに

ありがたいなぁ〜・・・・・・

そう思うことが「偲ぶ」ということなのだと

思います。



とても美しく、

とても懐かしく、

侘しさも あって。



ひっくるめて 生きてゆこう _

そのように 思うのです。













アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)






愛しい家族、大切な人との交流 | Comments(0)
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