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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

姉妹仲良く 

ご依頼を頂いてから、双方のスケジュール調整により

” ご機会 ”を迎えられたのは、一ヶ月半ぐらい後。

ご依頼くださったMさんが インターネット検索で

星の数ほどある中から・・・検索で埋もれている私を

見つけられたのは、偶然にも「母の日」だったそう。

その他にも様々な ” 偶然 ” が重なった日でも ありました。



- - - - -

父が亡くなって○年、母が亡くなって○年、
ずっと話をしたい、考えを聞きたい、
長すぎる間、ずっと心に願っていたことが、
ようやく叶った素敵な時でした。
(略)

- - - - -



最愛の家族が他界すると、ほとんどの人が

悲しく、辛い日々を迎えます。

人生の選択を迫られることが多い年頃に、

大好きで尊敬している両親を亡くすことは

本当にお辛かったことだろうと思います。



10年以上もの長き間、

生きることに必至だったろうと思います。

これでいいのだろうか・・・という不安も

もちろん あったでしょう。

ひたすら、心の中にいるご両親を感じながら

その機会を 得られたのだと思うと

言葉には出来ない思いが 私の中で巡りました。



” 一人っ子ではない分、よかったじゃない?”

と思われる方も なかには おられるかもしれない。

けれど、どういう家族構成であったとしても、

家族を亡くす悲しみや辛さは、

人数分で軽減できるものではない_ こう思っています。



おふたり(姉妹)にお会いする前に、

健康状態を伝えられました。

しばらくすると、先程伝えてこられた方とは違う方が

身体の状態を伝えてこられました。



この日は、

長年会いたかった、話したかったご両親と

親戚のおじさんが 来られました。

お三方はそれぞれに話したいことを話されました。

メインは、やはり、ご両親。

「 伝えたいことがあるようなので、お待ちください。

 ・・・ん? そうですか。わかりました。

 Mさんから順番に話されるそうです。」

おふたりの空気感が 安らぎに満ち溢れました。

伝えている間、ずっと。

自分の番だけのことに関心を持つのではなく、

姉妹それぞれについて、自分のことのように

心と耳を傾けておられる姿が 私に” 栄養 ” を与えて頂きました。



( おじさんもお話になりたいでしょう?)

そう言いますと、

<・・・○○○・・・>

とおっしゃいましたので、

姉妹のおふたりに、

「 この方が『 ○○○ 』というお名前をおっしゃいましたが

 ご存知ですか?

 ご存知なければ、きっと私の聞き間違いです。」

おふたりは目を丸くされて、互いに顔を見られ、

「 おじさんの娘の名前です! びっくり!」

「 そうですか。おわかりになるなら、良いですね。

 おじさん、素晴しいですね。」



そうこうしていましたら、もうひとり、

来られていました。

ご自分らしいことをなさって。



お盆と関係あるのでしょうか?

嬉しくも忙しい ” ご機会 ”でした。

では、

いつものように、頂いたメールに助けて頂きます。

- - - - -

(略)

父も母も口調や雰囲気はまったく変わっていませんでした。
私たち娘にメッセージを伝えるときも三姉妹の上から順番に…
というところでさえ、生前と変わらずそのままです。

父が寡黙ながらも最後に本当に大切な言葉を伝えてくれるところも、
母がいつも明るく笑ってはしゃいでいるところも、何一つと変わらず…

両親があちらの世界でも仲良く二人で一緒に、幸せにいてくれて
とても嬉しかったです。
何しろ、本当に仲の良い夫婦でしたから…。

私たち三姉妹の日々の生活もよく見てくれてるんだなぁ、と実感しました。
気持ちの面や体調のこともよく察してくれましたし。

(中略)

私たちはこの二人の両親のもとに生まれたこと、娘でいられること、
本当に心から感謝しています。

(略)

まさかアガサさんのご自宅から偶然にもこんなに近いとは知らず、
(供える)お花も用意できなかったので、
ただただ強い日差しの中、墓前をピカピカに磨いていました。

(略)

なかなかお盆の時期に葉山までお墓参りには来れないので、
祖母も喜んでくれたのだろうなと思います。

父と母の言葉は忘れないようにメモを残しました。
それはお守り以上に大切な私の確かな支えであり、
世界一の宝になりました。

(略)

- - - - -



お墓参りも兼ねて、葉山の方に来られたおふたり。

そのお寺さん近くに、私が住んでいたことも

おふたりにとっては 嬉しい偶然でした。









本当に 良うございました。












アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)








Posted on 2015/08/26 Wed. 11:18 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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26

ご依頼を引き受けるということ 

暑さの中にも 秋の気配が感じられるようになりました。

秋生まれの私としては、待ちに待った季節。



さて。

何故か、書きたくなった「ご依頼を引き受ける ということ」。

依頼されたらどういう気持ちなのかな?

そう思われることもあるかもしれませんね。

私の場合は・・・

ご依頼が増え続けますと 嬉しいというよりは

” こなせるのか? ”

この思いがいつもあります。

” 私が出来る限りのことを しよう。

 家族とのバランスも 保とう。”

この2つが 次に浮かびます。



大切なご家族の他界で 深く傷つき、

悲しんでおられる方々に

伝わってくることを正直に忠実に伝えること_

しごく 当たり前のことです。

現実は・・・ご依頼人の方々から

今までの経験を聞かされるたびに、

正直+忠実+誠実であることは

珍しいように 言われます。



憶測ですが、多分そうしたことは

伝え手が、

・自分の世界に入って信じきっている

・自分を「特別」だと思い込んでいる

・何かに「かぶれている」
(※日本は低レベルで、海外は高レベル 等)

・受け売りによる助言
(※実経験ではなく、聞いた読んだ話を転送するだけ)

といったようなことから起こるのだと思われます。

いづれも「自己中心」的視点観点です。



確かに、

何も伝わってこない場合も 実際 あります。

そういう時も、正直で忠実で在らねばならない。

そのままご依頼人に告げることは

想像されるよりも 厳しい・・・。

深い悲しみにある方には、嘘でも励ましたい、

というのが 人情です。

そうした方を目の前にして、電話口にして、

「 確定できません。」と告げることは 私にとっても

とても 言い難いこと。非常に辛い。

でも、嘘は言えない。

あちらから伝えられていないことを 私は言えない。

悲しんでいる人に、さらに、がっかりさせるようなことを

言わねばならない・・・

過去、何度も、私は 霊界を睨むような気持ちに

なったことがあります。



「 何も 聞こえません。何も 視えません。」

何度かありました。

なかには、

( この人、偽者なんじゃないの? )

そう思われる方も おられました。

どう思われようと、嘘は つけないし、つかない。



正直あること、

忠実であること、

誠実であること というのは

疎まれることも あります。

この世は、理解ある人ばかりでは ありません。



人の感情(気持ち)は すぐにオーラに反映します。

言葉に出されなくとも、

知らなくてもいいことまでも 知るということ。

知らされてしまう、のです。

ですから、

より傷つく回数が 多い分、

喜びも 大袈裟すぎるほど 有難く思えます。



私が いつも心していること_

” 真実より我が身を選ぶことは 絶対にしない ”

です。



依頼を引き受けるということは、

非常に 責任が重い。

霊媒は 人気商売ではありません。

地味と地道と忍耐を一生の友にする覚悟と

目立つことは 避けること、

どこまで 自分を捧げれるか_

自分がどういう状態であろうとも、です。

それが条件だろうと思います。

向き不向きは何ですか? と尋ねられれば

耐えられるかどうかだろうと思います。

能力が高い低いの問題では ありません。

能力があっても、冷酷で不誠実で偽善的であっては

失格です。

犠牲者が出るばかりです。







” 霊媒に 依頼しなくてもいいように・・・”

これが私の役目のひとつ。



依頼くださる方が

” 多分、大丈夫。

 依頼しなくても 生きてゆこうと思える。”

そう思えるようになること_

それが 私の願いであり、祈りです。



ご依頼を引き受けるということは、

ご依頼人に

スピリチュアルな世界に気づかせるため

ではありません。



不思議な現象に興味を持たれるようになっては

霊媒は 失格です。

人としても 失格でしょう。







家族の姿が 肉眼で見えなくなっても

何ら 変わりないのです。

家族は、家族です。



信頼、

永遠の愛、

感謝、

そうしたものまで 消えるわけではないのです。



何を 信じるか?

誰を 信じるのか?

ではなく、

家族愛を 信じること。



悲しみが深い分、

ご家族に対する愛や感謝の気持ちの大きさに

驚かれ、気づかれたと思います。



それを大切にして頂きたいのです。

心から そう思います。




この目で見えること、

この耳で聞こえること、

それらが すべてではありません。

それらだけでは ありません。



愛は 静けさの中に あるのです。



それを 私が言わずに 

いつの日か

心から理解される日が来ると信じて、

ご依頼を引き受けているのです。
















アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)







Posted on 2015/08/23 Sun. 22:14 [edit]

category: 思うこと

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23

命を大切に 〜 普段からの積み重ね 〜 

夏休みの時期に

毎年 痛ましい事件や事故が起きます。

なぜ?

どうして?

と起きてしまった原因分析をしてしまうのが

一般的なところ。



私たちは あらためて こう思う必要が

あるのかも しれない_

” 世の中には いろんな人が いる。”

そして、

” 生と死は 隣り合わせ ” 。

聞いたこともあるし、

頭ではわかっていても、

つい 忘れてしまう。



世の中が便利になると、

その便利さと目新しさに夢中になり、

つい、「 油断 」してしまう。

電子的コミュニケーションや

24時間オープンしているお店、など

便利なものばかりが 開発される。



便利さの裏に潜むのは、油断。

我慢しないことを積み重ねる。

カッとなる感情が 膨大し、

待つことを 忘れてしまう。

忍耐の裏に輝くものが 面倒に思われる。



” 世の中には いろんな人が いる。”

私の場合、ぼんやりとながらも、

そうなんだなぁと思えたのは子どもの頃。

実家は商売を営んでいたので、サラリーマン家庭よりは

人の出入りが多かった。

来られるお客さんは・・・実に様々。

その人の放つ空気感(オーラ)の変化を

バックヤードから ぼんやりと眺めていた。

近所の人はもちろんのこと、

観光客も来られるし、

ふら〜 っとしたような人も来られる。

なかには、

最初からおかしな空気感を放っている人も

おられた。

そんな時は 反射的に 子どもライオンか、

警戒する動物にでもなったような気分に

なっていた。

お店を営む祖父母をみて、子どもながら、

” 人が集まってくる場所は 大変だな・・・”

そう思っていた。

” なぜ、多くの人々が集まってくるのだろう・・・”

そんなような、どうでもいいようなことを

子どもの頃の私は 不思議に思えた。

出来る限り、人混みには近寄りたくない子だった。



今は、驚くことに

小学生の低学年の子どもが ひとりでコンビニに

出入りするようになってしまった。

これは「 そういう時代だ 」と言いきれるのだろうか?

とても 自然な流れとは思えない。

思いにくい。

小さな子どもがウロウロしてるだけで

ヒヤヒヤしてしまう。



いつもいつもではないけれど、

どんな危険が潜むのかをイメージし、

家族団欒の時にでも話し合うことも

大切なことではないかと 思う。



危険を予想し考えることは 面倒くさい。

でも、事が起こってから

「 想定外 」とは 無責任にも 言えない。



この世には いろいろな人がいるからこそ、

最大の敵は、自分自身の心に芽生えてしまう

「 油断 」なのかもしれない。



自分でさえ、すべてのことから守りきることは

不可能だろう。

まして、家族を守りきることは 無理だろうと思う。



カルマや何とかのせいでは ない。

運が良い、悪いでは ない。

原因追及したところで 命は 蘇らない。



とにかく。

昼間であっても、人の出入りが多い場所や、

夜遅くまで照明が付いていても、

「 油断大敵 」。



” 生きることは、死と隣り合わせ。”

脅える必要は ないが、

油断する必要も ない。







他から命を奪われた方のことを思うと

胸が張り裂けそうだ。

またか!

考えらない!

どうなっているんだ!

と思っても キリがない。



防げるのは 日々の、家庭で

命について考える、話す機会。

親が 普段からそうした姿勢を見せていくしか

ないだろうと思う。

それでも、完璧は ない。



この夏に 命を奪われたすべての方々の

ご冥福を 心から祈ります。














アガサ

















Posted on 2015/08/22 Sat. 11:18 [edit]

category: 思うこと

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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22

” 今まで信じられなかった ” 

2回目の機会でした。

前回、初めての機会の時には ” ご主人 ”とわかりつつも

繋がりぐあいが弱々しいので 終えさせて頂きました。

こうしたことは、

相手の状態にもよります。

その状態を見極めるのも 私の役目。

いつもいつも、双方が万端!というわけでは

ありません。



さて、当日。

どなたかが私に近づいてこられました。

私自身の体温が 上がってきます。

熱を帯びるような感じ。

< すごく 会いたかった・・・。

 今までは(こんなことを)信じられなかった。

 とまどっていた。

 こんなことが あるのですね。>

そう 話されました。

男性は、ご自身の健康状態を伝えられたのち、

名前に○で始まる英文字をおっしゃり、
(続きを聴こうとしたけれど、聴き取れなかったこともご依頼人Aさんにはお伝えした。)

娘さんにハグをされている場面を視せて頂いた。

< 彼女は(ハグしたことを)わからないだろうけどね >

少し笑いながら話された目には、

涙が にじんでおられたのです。



いろいろと話してくださったのですが、覚えていません。

いつものように

ご依頼人さんから頂いたメールに助けて頂きます。

- - - - -



前回、会えなかった主人が来てくれて、本当に嬉しく思いました。

病気の状態、性格の描写などどれもピタリとあてはまっていました。
(中略)

私には見えないけど主人がそこにいるんだ、本当にいるんだと、
とてもうれしくなりました。

生前、かたくなに唯物主義者だった主人が、
あちらの世界に行ったことにより、
信じていなかったことが現実に起きているのであるから
認めるしかないという境地に至ったことも嬉しく思いました。
それによって、私に会いに来てくれたのですから。
(中略)

「いつもそばにいる、これからも君と一緒に子供たちを見守っていく」
と言ってくれたこと、それは私がまさに望んでいたことでしたので、
主人から言ってもらえてこれからの生きる支えをもらえたように思いました。

特に、離れて住む娘を抱きしめていてくれたという場面には
涙が止まりませんでした。
遠く離れている分、(中略)娘のことを私の代わりに守っていてくれると知り、
心強く思いました。
(彼女が気づいているかいないかは別として)

余談になりますが、主人は大学で教鞭をとっておりました。
アガサさんの英語の勉強が最近はかどったという話は、
主人が関係しているのかも?と私も思いました。

そして、「○」という名前の大文字。
確かにわたくしどもの苗字は「○」から始まります。
(中略)
珍しい名前なので、アガサさんが聞き取りにくかったのもわかる気がします。

主人であることを何度も確かめてくださろうとなさったり、
主人の気持ち(言葉)を真摯にお伝えしてくださり、
本当にありがとうございました。

(中略)

帰宅してから、私は主人の好きな○○を作り、
子供はお花のアレンジメントを作って飾り、
改めて 主人が生まれてきてくれたこと、
私たち家族を作ってくれたことに感謝いたしました。

- - - - -



ご主人は、英語圏の方でした。

けれど、そこに何の垣根もありません。

双方、英語で話したわけでもありません。

言語という垣根は、この世的。

私は そう思っています。



とにかく!

お伝え出来て 良かった。



そう思える瞬間だけ、

胸をなでおろし、

肩の荷を降ろせたと思えます。

心から 開放感で溢れます。

良うございました。


















アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)




Posted on 2015/08/18 Tue. 07:12 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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18

最大の学び 

愛しいご家族を亡くされた方、

愛しい人を亡くされた方、

今のところ、そうしたことを経験されていない方、

さまざまな方々から 聞かされることは

「 目に見えない世界のことなんて

 全く興味がありませんでした。

 これからは そうしたことも

 頭に置いていこうと 思います。」

というようなことです。



学び_

この言葉を耳にするたび

言葉の響きが しっくりこない私がいます。



今朝、ふと、外を見ながら

台所の片付けをしていて

こう思えました_



” 生きている時に 最愛の人の死を

 経験することが 最大の学びだろう。

 それ以上の学びは ない。

 生きること、

 死すること。

 その両方を経験することが学び。”



まったくもって その通りだと思いました。

私たちは、

目に見えない世界に 近づこうとし

見ようと、

聞こえようと望むでしょう。

双方の領域を 肉体を持ちながら

行き来することは 辛くもありながら。

その ” 現実 ” は あまり言われない。



そうしたことに 関心をもつことが

学びではないと 思うのです。

そうしたことへの知識をつけることが

最善ではないと 思うのです。

こうしたことに 専門知識は ないのです。



最大の学びは、

生きること、

生きているうちに

愛する家族や

愛する人の死を

経験することだろう_

そう思います。



そこから先に行こうとすると、

不思議なもので、

我欲が絡んでくる。

我欲が絡みだしたら、

それは「先」ではなく

誘惑されているのです。

停滞か、

あるいは・・・

良識バランスの欠落

へと迷い込む。







悲しみを背負って 今を生きていく。

悲しみにどっぷり浸かって 生きるのではなく。

多くのものを背負って 生きていく。



これ以上のこと(学び)が

あるだろうか。



私たちは、

愛する人の他界を経験して

命の大きさ、

存在の大きさを

知らされるのです。





命。

最後は ここに辿り着く。
















アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)






Posted on 2015/08/14 Fri. 07:24 [edit]

category: 思うこと

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14

あちらとのコンタクト(交信)に必要? 

繰返しの内容になるかと思いますが

こうした被害が後を絶ちませんので、

せめて、私の耳に入ってくる限りは

このことについて、何度も何度も綴らせて頂こうと

思います。



あちらとの対話(交信)に、

霊媒や霊能者といった人たちへの

「 事前情報 」は不必要です。



名前・生年月日・どういう関係か・他界の経緯など

ありとあらゆる情報、

そして、

愛しい家族に、恋人に、親しい友達への質問内容_

こうしたことを事前に伝えることは「 不必要 」です。



与えられますと、先入観となり、

(↓言い方が厳しいですが、お許しください↓)

コンタクトの邪魔になります。



私はもちろんのこと、

正しい志を持つ霊媒や霊能者の人達は、

決して「 事前情報 」には触れないで頂きたい_

そう申し上げているはずです。



あちらから言われる言葉と称して伝えられたことに

不安や恐れなどのショックを受けられた場合には、

その内容は、あちらからの伝言ではなく、

あなた、もしくは、その霊媒か霊能者のオーラに

混ざっているものを言われただけです。

疑い、

不安、

嫉妬・・・など

依頼側の心理状態は オーラに盛り込まれ、

簡単に読み取られてしまいます。

決して、それらは

「あちらとのコンタクト」では ありません。

断じて ありません。



多分、そうした霊媒や霊能者や占い師は、

事前情報以外のことをその場で言われますと
(依頼者に尋ねられますと)

ガラッと空気が変わると思います。(苦笑)

で、大抵、

キレ気味になってゆかれると思いますよ。

または、

自分がいかに「本物」であるかどうかを

ご自分でおっしゃったり、

どこどこで修行や勉強をしてきたとおっしゃったり、

「 ラベル的圧力 」をかけてこられるでしょう。

(そんなの どうでもいいのに。ねぇ。笑)



世の中、いろいろな人が います。

勉強だと思いますが、

くれぐれも ご留意ください。






真実は あなたの真心に在ります。

相手が誰であろうと、

常識と良識と真心でご判断なさるのが

一番です。














アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)








Posted on 2015/08/11 Tue. 10:20 [edit]

category: 頂いたメールへのお返事

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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11

夏の贈り物 

多くの方々から メールを頂きます。

「 多くのなかのひとり 」ではなく

「 たったひとりの、その方 」ですから

返信には つい時間が かかります。

動きがのろいですから、一日に書ける返信数は

どうしても少なくなり もしかすると

やきもきさせてしまっているだろうと思います。

お詫び申し上げます。



今朝、頂いたメールに

爽やかな写真を贈ってくださいました。

自然の中で生きているものすべて、

美しいですね。

誰からも守られていなくとも、

生きている姿を 凛々しく思います。

何もなくても、与えられた生を生きる。

何者でもなくとも、生きる。

空を見上げるたびに、

山や海を見るたびに、

人から「雑草」と呼ばれているそこいらの草花を見るたびに、

真摯な気持ちが沸いてきます。



夏は 特に「命」と「欲」を感じさせます。

原爆、

終戦、

戦争にまつわること。

人の欲によって

多くの方々の 尊い命を 奪われたことは

歴史から 消えることは ありません。

本来、「科学・化学・技術」といったものは

命に貢献するものです。

それが 逆に使われてしまうことほど

残酷なことは ない。



” 原爆を落とされた年月日を覚えていて何になる?”

そういうふうに 思われる方々もいるでしょう。

さまざまな考え方が あると思います。

どう思われようと

尊い命が 犠牲になったことは「事実」。

後遺症を長く患われている方々も おられ、

心に傷を負った方々も おられる。



助けること、

救うことは 出来なくとも

せめて、

心静かに 頭を垂れ

平安を祈るとともに

そのようなことが 起こらないよう

時代を 見つめてゆこうと 思うのです。



権力などの「ラベル」がつきますと

人は 大抵、ラベルにコントロールされます。

情けないことです。

弱い証拠です。

そうした「ラベル」が 剥がれた時、

人は ようやく 自由になります。



” 自分は 何者でもない。”

私の胸に いつもあるものです。



ラベルは この世では 化けの皮と成るかも

しれない。

自分を 大きく見せられる道具かも

しれない。



この世に生きているのだから、

この世的視点で 生きるだけだ!

そう思う人も おられるでしょう。



この世を謳歌することと、

この世的視点のみで 生きることとは

少し 違うように 思います。



物質社会、

物質世界。

ならば、

「 心 」は 不要なわけです。

喜び、

怒り、

哀しみ、

楽しみ_

こうした感情は 不要となります。



完全に「 物質 」だけでは

人は

生きれないし、

生きてゆけないように 思います。



生きにくい世の中かも しれません。

けれど、

どう生きるのかは、

どういう心を持ちたいのかは、

すべて

自分に かかっているのです。

自分次第。

他から 習う必要など ありません。



自由といいましても、

制限された自由です。

100%の自由というのは

ないと思います。

それを はき違えないように

慎ましく 生きて行きたいと思います。












頂いた写真です。とても凛々しく爽やかです。








暑い日々、どうぞ、お健やかに。

アガサ











Posted on 2015/08/08 Sat. 09:15 [edit]

category: 思うこと

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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08

くそっ! 

< くそっ! >



ある朝、あちらの声で 思わず起きました。

初夏の頃、連日・・・とまでは行かないにせよ、

あちら側の声で起こされることが頻発していました。

( ・・・きっと、話せる日が来るから 安心して。)

ぼんやりする中、反射的に 静かに そう思いました。



数日後のご依頼人Kさんが来られた時、

それが叶いました。



< 来てくれるの、嬉しいなぁ >

数日前、怒りが消化されていなかった方は

実に身のこなしがスマートで

人目のひく方でした。

ご自身の健康状態についても 詳細に渡り

話してくださいました。
※ご依頼人さんからのご要望により割愛させて頂きます。


誰にも 弱音をはかなかった彼は、

< 彼女にだけは 心を許せました・・・

 自分を装わなくてもいいと思える彼女に

 甘えてしまい、不安や複雑な気持ちを、

 自分の怒りを 強く言ってしまったのです。

 ごめん。>

Kさんは はっきりとおわかりになるようでした。

対話をしていく中で、

彼の気持ちに 落ち着きが感じられ、

Kさんも 納得が得られたようでした。



Kさんから頂いたメールに助けて頂きます。
- - - - -
(略)

正直、彼が来てくれるのかどうかとても不安でした。
彼は私に対して後ろめたい気持ちがあったでしょうし、
もしかしたらまだ苦しんでいて
話が出来る状態ではないかもしれない、そんな風に思っていました。
(中略)

私が気にしていたことについて、彼が亡くなった直後に
知人に紹介されて会った霊能力があるという占い師さんの指摘でした。
彼女の言うことはぴんと来ないことが多く、あまり信じられませんでしたが
かなり残酷なことを言われ、その後少々トラウマになってしまいました。
(中略)

(アガサから)伝えられたことに、心から納得することができました。
そして彼が抱えてきた苦しみやどうにもならない怒り、
怖かった気持ちを解いてあげることができて、本当に良かったです。

(略)

- - - - -

相手を不安にさせ、伝え手を印象づける、

依存させるために使われるのは、

悪質な霊感商法であり、洗脳であり、

最近では、マインドコントロールも含まれます。

表現方法は、強い、圧力的、やんわり・・・

様々あるにしても、

いずれも、この世側の欲から発するものです。

伝えられた方は、トラウマになる可能性が大きい

と思います。

また、そういう悪意がないにせよ、

そうしたことを伝えてしまうのは、

” 繋げる場所 ” が違うからです。

依頼人の持つ不安や恐れ、

逆に、強い願望などを読み取り伝えてしまう_

それを「 あちら側からのメッセージです」と言う・・・

無責任で自己満足に溢れた伝言です。

目にみえない世界のことについては

特に、

ラベル(有名、著名、云々)は関係ないのです。

日本人の場合は、

” ラベル ” がとても好きで、安心しきってしまう

ところがありますから、被害が後を絶ちません。

しかも、心が弱っている人に対して

行われるわけですから、非情極まりないことです。

(人の道に反することは やらない方がいいのにね。)



あちらに行かれた方々が わざと 私を

起こすというのはないでしょう。

もう昔のように、我が身に起こることを

いちいち、「なぜ?」「どうして?」と

分析はしなくなりました。

分析などしたって 何の意味もありませんもの。



< くそっ!> であっても、

< ありがとう > であっても、

私にとっては 同じ です。



相手が

有名な人であろうと、

一般の方であろうと、

日本人であろうと、

日本人以外の人であろうと、

何の違いも ありません。

” 色眼鏡 ” は 持ち合わせていないし、

興味もありません。

皆、平等です。



話しかけられた言葉に、

真実味があり、

愛情が感じられた場合に限り

私は 反応します。



それが

どういう言葉であっても、です。



くそっ!


私には 愛から発する言葉に

聴こえました。

だから、伝えた。

それだけです。


















アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)






Posted on 2015/08/05 Wed. 06:23 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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子煩悩、家族思い 

「ご機会」前の私の静かな時間_

耳の中に少し痛みが走り・・・

(中耳炎? 違う。もっと手前)

(中耳の手前って何ていうんだっけ・・・)

と考えていましたら、

今度は、膝の内側が痛み、

次は、左太ももが肉離れのような痛み、と

次々に 伝えられることに感心します。

私自身の身体に伝えられる症状のほとんどを

私は経験したことがないので、

あちらのご家族も さぞ 大変だろうと思います。

ぼんやりと、

Yシャツの中に黒いタートルネックのシャツを

お召になっている姿が浮かびました。

( Cさんにあとで確認させてもらおう・・・)

調整は十分だなと思った瞬間、

こう話しかけられました_

< もう夏かぁーー

 子どもたちを海に連れて行ってやりたいなぁー >

そして、

私の足下には 毛がふわっとした可愛い家族も

すりよってくれていました。



ご依頼くださったCさんからお電話を頂き、

すでに伝えてくださっていることを話し、

すべておわかりになる、ということでしたので

対話を始めました。

ご主人は、

ご家族に対してのことをご自分を客観的に

ご覧になっているようでした。



いつもながら、詳細にわたってご感想をくださる

Cさんのメールに助けて頂くことに致します。

- - - - -
(略)

交信が始まる前に主人がアガサさんに伝えてくれた特徴には、
本当に驚きました。
(中略)

外耳炎はかなり前のことで、しかもたいしたことはなかったのですが、
耳鼻科で診てもらいました。
そんな細かいことを伝えてきてことに驚きました。
足の二箇所の傷は、紛れも無い主人の特徴です。
膝の内側の傷は子供の頃できた傷で、(中略)
左太ももの傷は、○○○○のための○○○○があった場所です。
(中略)

それから、タートルネックのことですが、少し私は勘違いしていました。
○○のアンダーシャツではなくて、
普段から主人は、ワイシャツの下に黒のタートルネックを着ていました。
寒がりだったので亡くなる直前の○月末くらいまで毎日着ていて、
「暑くないの?」と尋ねると、
「あったかくてちょうどいいんだ」と言ってたんです。

主人は子煩悩で、家族を大切にする人でした。
(中略)


「家族を守れていないのに、なんで存在しているんだ」
という主人の言葉に、胸が張り裂ける思いがしました。
「私が主人の寿命を縮めたのではないか」と、
この○年間悩み続けていましたので、
私の主人への配慮が足りなかったことを
思い知らされたようで正直落ち込みました。
再度、勇気を振り絞って録音を聴いてみたのですが、
全て主人の優しさ、家族への愛情の表れだと思い、
涙しながら聴いていました。
(中略)

温かい慈しみの眼で私と子供達を見守ってくれていた主人には、
感謝の気持ちでいっぱいです。
今でも生きている時と変わらず主人の愛情が私たちに注がれていることは、
とても幸せなことですね。
(中略)

「いつも主人は家族と一緒にいる、そして一緒に子育てをしている」
と、信じたいと思います。

主人に出会えたことは、私の誇りであり宝です。

- - - - -



今の時代は何でも何か・・・標語のような、

流行言葉が作られて ” ファッション化 ” してしまいます。

個人的には、

大切なものを 薄っぺらい扱いをされているような・・・気がします。

漢字の素晴らしさ、日本語の美しさを

大切に思いますので、

タイトルに「 子煩悩 」と入れました。



あちらに行くと、ガラッと人柄や性格が変わる!

ということは ありません。

口に出さなくても 心で思っていることは

伝わってきますが、

”その人らしさ” がにじみ出るように思います。

話しまくることが その人の ” 証拠 ”ではない、

そう思います。



ご主人は、実に ご主人らしく

話してくださいました。

何の違和感も ありません。

ただ 重い肉体から解放されただけなのです。



住む世界(波長)が変わると、

肉眼で見えなくなるので 寂しく思います。

私たちには、紫外線は見えません。

だけど、存在しているのは周知の通り。

磁力や電波も、そうです。

存在していても、そのもの自体を

肉眼で見ることは ありません。

肉眼で見えることが 全てではないのです。

肉耳で聞こえることが 全てではない。



心は 肉眼では見えない。

だからといって、心が存在しない とは言えない。

思い出(過去)は、

写真や物で思い出すことは できる。

火事や震災ですべての物が消え失せても、

ちゃんと 心の中に 存在する。



存在に 感謝の気持ちが混ざり合うと

穏やかになってゆきます。

漢字の「偲」。

偲ぶ、という言葉。

「 偲ぶ = 悲しむ 」 とは違います。



生きていくうちに様々なことがあり、

様々な思いを経験していきます。

全部全部ひっくるめて、

出会えたこと、

家族となれたことに

ありがたいなぁ〜・・・・・・

そう思うことが「偲ぶ」ということなのだと

思います。



とても美しく、

とても懐かしく、

侘しさも あって。



ひっくるめて 生きてゆこう _

そのように 思うのです。













アガサ 葉山在住
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Posted on 2015/08/04 Tue. 05:53 [edit]

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