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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

自力 

愛する存在の 弱っていく姿を見て

悲しまない人は いない。

辛くない人は いない。



お医者さんや獣医さんに診てもらいたくとも

家庭の事情で 診てもらえない状況も ある。

それは 私も 経験したので、

気持ちは とてもわかる。

複雑な心境は いまだに 消えることは ない。

多分、この世に生を受けている間は

消えることは ないだろう。

あちらへ旅立ってから

愛しい人達、愛しい動物家族たちとの再会時に

きっと 大泣きするのだろうと思う。

そこで初めて 自分で自分を許せるのだろうと

思う。



自分を包む環境が 楽ではない方向へ

変化しはじめると、

大抵、人は、物事を悪く考えてしまう。

私は それを悪いとは思わない。

ネガティブだとは思わない。

暗いとは思わない。

四面楚歌の状態も 経験したので わかる。

そういう状態に置かれると、

” あぁ、悪いことばかりが起きる・・・”

と考えることも ない。

なぜなら、

どこを探しても 抜け道が見い出せないから。

でも、その状態を「 最悪 」だとは思わない。

自分を「 不幸 」だとも思わない。

そうしたことを考えられるうちは、

まだ ” 余裕 ”があるように 思える。



どんな状態におかれようとも、

どんな感情に振り回されようとも、

現実であり、

どれもこれも 自分。

逃げることなど しない。



しあわせな状態が 自分だとは思わない。

順風満帆が 最高の人生とは 思わない。

善い、正直で、誠実な人の人生 = しあわせ

とは限らない。

物質的、世俗的な視点からすれば、

辛いことの方が多いだろうと思う。

なんでも、

一方向から すぐに判断することに

” 落とし穴 ” があるのだろう。

人には 様々な面がある。

一方向からの考え(主観)は

精神的に 自分を苦しめ続ける。



自分を

善か悪か、

お金持ちか貧乏か、

点数が高いか低いか、

容姿端麗か否か、、、

そんな調子。

外的条件で すべてを判断することほど

愚かしいことは ない。



100%善人というのも いないだろうし

100%悪というの ないだろう_

ちっぽけな私は そう思っている。

善人振る必要もなく、

悪癖を重ねる必要も ない。



善の塊なら、私は この世に生まれていない。

悪の塊は、この世には 生まれない。



愛する人や親しい友人知人が、

猫ちゃんやわんちゃんが、

どんなに苦しもうとも、辛くとも、

” 助けてあげたい!”

と心からそう願っても、

本人にとって変わることなど できない。



ならば、

自分の悲しみや辛さを

次第に弱ってゆく愛する家族に投げず、

今まで一緒に生きてこれたことへの

感謝の気持ちで 包もう。




現実は現実。

どんなに悔やもうとも、

突然であっても、

なぜ?と思うことであっても、

他界理由を聞きたくとも、

知ったって、

聞いたって、

家族の身体が生き返ることは ない。

当人にすれば、

重い肉体をやっと脱ぎ捨てられたのだから。



自分の辛さや悲しさを

他人様に変わってもらうことは できない。

癒してもらうことは ないだろう。

他力では 真のところまでは 到達しない。

出来ない方が善い。

逆に、

相手の辛さや悲しさを 自分と変わることも

できない。

無関心とは 違う。



どういう状況にあっても、

今まで一緒に生きれた日々があったのは「 現実 」。

その現実への感謝で

自分の心を満たし続けよう。

誤摩化すのとは 違う。



真に感謝するのは、自力。

乗り越えてゆけるだろうと思う。

簡単なことではないけれど。





自分を真に救えるのは、他人ではなく、

自分。

今までの経験から そう思える。

自分以外のだれか_

家族、友人、知人、家族同然の動物たちの存在は

強力な支えになる。

が、全てと思うこととは 違う。

支えが依存になったとき、

無意識に 傷つけ合うことも ある。

真の力は「 自力 」。

自力とは、

自分の力を信じる、という意味ではなく、

自分の真心の力を信じることだろう と思う。



私は 自分に力があるとは思えないし、

そんなものを信じれない。

( 自分に力がある!と思った時点で 自分は終わってる。)



力は 信じないが、

自分の真心なら 信じれる。

確かに在ると 思える。



様々な経験を重ねると、

何が「 真の幸せ 」なのか・・・

その範囲は 広がるばかり。



何かを アテにして生きることほど

しんどいことは ない。

こんなに○○しているのに・・・

全然わかってくれない・・・



自分を 正義や真と思って生きることほど

欲深いことは ない。

真面目に生きているのに・・・

と。

どんなに真面目に生きようが、努力しようが

その先に アテがあるようでは

真とは 言えないだろう_ と思っている。

自力でと思いがちだが、

他力に頼っていると 言える。



「 他力本願 」は 誰にでも在る。

在ることが いけないことでは ない。

好みや価値観によるだろうと思う。



いずれにせよ、

自分の心を 感じながら、

目の前で起きている現実を

多方面から 見れるほうが

善いように思う。



苦しみの淵にいても

悲しみに どっぷり浸かっていても

物事の本筋を 見つめることができるような・・・

気がする。

















アガサ






Posted on 2015/07/28 Tue. 07:12 [edit]

category: 思うこと

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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28

一行日記 

その女性は 私にこう話されました_

< この時をどんなに心待ちにしていたか

 わかりません。・・・

 そちらにいる間に 娘に何かしてあげれたかなぁ

 と思うんです。>

非常に楽しみにされている気持ちを込めて、

そして、

こちらのでの人生を振り返りながら

少し寂しそうにそうおっしゃいました。

Tさんからお電話を頂く1時間程前のことでした。



脚のあちこちに移る、不思議な感覚と

頭の痛み・・・前頭葉右寄りだったり、

頸椎のあたりから後頭部にかけても痛みが

起こりました。

< 人生 忙しいばかりじゃ いけませんねぇ・・・>

そうおっしゃると 空気ががらっとかわり、

とても嬉しそうに、

とてもしあわせそうに こう話してくださったのです_

< 今日は おばあさん(私の母)と一緒に

 来たんです!

 娘にそう伝えてください。>

私の目の前に在る椅子には、

仲睦まじい母娘の姿が ありました。

50代後半にみえるその女性は 本当に幸せそう!

おばあさんはとても穏やかな温かな感じの方でした。



その様子や話されていることを

Tさんに伝えました。

Tさんは、どれもこれも思いあたるようで

胸につかえていたことを涙ながらに話してくださいました。

「 身体の弱かった母は 働いて働いて働きどうしでした。

 母の苦労をみていましたから、

 私に辛いことがあっても 母には言いませんでした。

 母が大好きです。

 なのに、病気を治してあげることが出来なかった。

 いろいろなことを謝りたいんです。」



娘のTさんの話を聴きながら、

お母さんも泣いておられました。

Tさんがそう話されている間、

お母さんはお母さんで、

「 私にとって娘が支えでした。

 だからどんなに辛くても耐えれました。

 娘が本当に愛おしいです。」

と。



娘は 母を慕い、思い、

母は 娘を愛おしみ、思い。

そのような光景が、数秒続いたように思います。

お母さんが私に、

< これ・・・>

そう言いながら 一冊の本を差し出されました。

黒か、濃紺か・・・そのような色の表紙でした。

Tさんに説明するも、心当たりがないようです。

「 あ、もしかしたら、棺に入れたノートかも・・・

 闘病中の母と私の会話です。

 色は・・・覚えていませんが、普通のノートです。

 母は目が悪くなってほどんど見えなかったので。」

そうご協力くださるも、あちらからの” サイン ”が

私の身体に起こりません。

「 どうやら 違うようです。

 お母さんにお尋ねしますので

 少し待っていてください。」

10秒程経って、

「 黒か濃紺の表紙のものをご存知ありませんか?

 それに拘られているわけではありませんが・・。

 それに、お母さんは、字が読めるようです。」

あちらからの正しいという合図の” サイン ”が

なかなか 来ません。

( ・・・日記・・・日記 確かに日記に

 関係することなんだけど・・・

 一方的な感じは 受けない。

 お母さん、日記が どうされたのですか?)

十数秒経ったころ、

「 あ、わかった! わかりました。

 お母さんは、Tさんと交換日記をしたいそうです。

 もちろん、お母さんの書かれる字が見えてくる、

 ということはないでしょうけれど。」

「 日記、書こうかと思っていました。

 けれど、書けず終いです。」

Tさんの声は 少し嬉しい声に変わっていました。



「 あ、ちょっと待ってください。

 まだ続きを言いたいそうです。」

< 一行だけ と言ってください。

 それ以上長くは(娘にとって)良くないから。(笑)

 私も それぐらいが丁度良いです。>

「 Tさん、お母さんが『一行だけ書いて』と

 おっしゃっています。

 それ以上書くと、娘が悲しむからって。」

「・・・わかりました。母の言うとおりだと思います。

 一行だけにします。」



< 娘に伝えてください。

 私のことを思って、自分の幸せまで制限しては

 いけないって。あの子は私を思って、娘自身が

 幸せを感じ過ぎてはいけないって そう思って

 いるのです。>

そのまま伝えますと、

Tさんは涙声で「そうです」とおっしゃっていました。



< 娘がしあわせを感じる時、私も幸せを感じます。

 幸せになっていいんだと伝えてください。>

( はい。よくわかりました。)

Tさんにそう伝えますと、こうおっしゃっていました。

「 母にいっぱい謝りたいこともあって、

 いろいろ聞きたいこともあったんです。

 でも、

 一番知りたかったのは、

 母が今しあわせかどうか ということでした。

 私が電話する前から、母は アガサさんに

 祖母と一緒に来ていて、とてもしあわせそうだと

 伝えてもらいました。

 私が一番知りたかったのは それでした。」



以下、Tさんから頂いたメールの一部に助けてもらいます。

- - - - -

(略)

セッション中殆ど泣いてしまい,申し訳ありませんでした。
何故か,朝から涙が止まらないのです。
久しぶりに母の声が聞ける喜びなのでしょうね。
こんな歳なのに,恥ずかしいです。

(中略)
祖母と一緒にいると聞いて安心しました。
以前の様な弱々しい母ではなく
元気で,お洒落も出来、文字も書けるようになって,嬉しく思います。
その事が1番心配してた所です。

ずーっと心の中では,母に何度も「ありがとう」と言ってましたが、
やっと直接言うことが出来ました。

一行日記・・・‥母とのつながり。
悲しみが深い,私への母からのプレゼントです。

たまたま黒い表紙のノートが有りましたので,今日から書きます。

(略)

- - - - -





一行日記。

何とも愛がつまった提案です。



” たまたまあった黒い表紙のノート ”

たまたま在ったようですが、

お母さんは ご存知だったのかも・・・

しれませんね。






良うございました。













アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)







Posted on 2015/07/22 Wed. 06:47 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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22

不安と焦り 

ある方からご依頼を頂きました。

頂いたご依頼フォームから 感じ取るものがありましたので

ご本人へは

「ご依頼に関して、ご再考されてはいかがですか?」

お気持ちをお察しした上で お返事をさせて頂きました。

そのお返事には、こう書いてありました _

「 どうして良いか分からない不安で不安で仕方ない状態で

思い出したのがアガサさんで、思わずすがってしまいました。」



その方にあてたメールの一部を掲載させて頂きます。

同じような境遇におられる方の目に止まれば、

ほんの少し 勇気が沸いてこられればいいなぁ・・・

そう思います。



- - - - -

依頼を頂いたら「ありがとうございます」とは、

違うと思っているのです。

その方にとって何が大切なのかを感じれねばなりませんし、

行動を促すことも大切と思っています。

ご依頼をお受けすることがベストとは

思わないことも あります。

スピリチュアルビジネスとしてなら、

どなたでも、いつでも、

「承ります」で良いのだと思いますが、

私はそうは思いません。



すがる気持ちも依存も、経験していますから わかります。

わかった上での思いやりと冷静な判断をさせて頂いています。

そうでないと、私は続けられません。



うちのわんこも、老犬になりました。

わんこの誕生日が過ぎる度に、

ガクッと老いてゆく姿を目の当たりにします。

だからこそ、愛しく思えます。

一日一日、老いてゆきますから、

ああ、今日も散歩が少し出来たねぇ・・・と思えます。



老いは 不安ではありません。

老いは 勲章だと思っています。

わんこ達は いつも私たちに、

限りない愛を与えてくれているではありませんか?

感謝で 不安を蹴散らしてください。

それが、私の言うところの「ど根性」です。



不安を数え出したら、キリがありません。

私と私の家族は、不安定の中で生きております。

不安定が 日常となると、

そのうち、

何が必要で、

何が大切なのかが はっきりとみえてきます。



そういう意味で「慣れ」は、

頼もしいものでもあります。



- - - - -



不安や焦り。

誰にでも あります。

不安から這い上がってくるスピードも、

他と比べなくてもいいと 思います。



誰それは、強いから・・・

私は、ダメだから・・・



そんなふうに 思うことは ありません。

比べるから 余計にしんどくなるのです。



不安になっても

焦っても

じたばたしたって仕方がない。

じたばたしたって いいじゃない。

じたばた出来る限り じたばたしよう。

そう思ったことも何度もありました。

人間というのは 不思議なもので、

そのうち、飽きてきます、

じたばたすること自体に。



不安と焦りがあるから、

人間 成長するのだと思うのです。

不安な中で 自分を冷静に見つめるということは

非常に難しいことです。

でも、それは やる必要が あります。

今の時代、これからの時代、

ますます 必要になってくると思うのです。

そういう練習は、

ワークショップやら何やらで とってつけた

” やっつけ工事 ”的にではなくて、

日常、

毎日、

コツコツと積み重ねることが 大切です。



それは 必ず 実を結びます。

大きな力と なります。

私は そう思います。














ある日、子どもが「 来て来て!」というので、腰の重い私は(よっこらしょ)と
言われるがままに行きました。
空を指差し、「見て!」と。
その指の先には・・・
子どもは嬉しそうに「 ね、ドラゴンだよ!」と言いました。
なるほど、ドラゴンに見えるね。(笑)








アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)






Posted on 2015/07/18 Sat. 11:22 [edit]

category: 思うこと

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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18

父と母 

脳の血管が詰まったような感覚と痛みが 私に起こり、

< 離して!>

手や腕を自由にしたい思いが よぎりました。

( なぜ、手や腕を動かせないのですか?)

そう思った直後、

ご依頼人Mさんは 電話口で静かに話してくださいました_

「 症状が強い時に、とても暴れるので・・・」

と精一杯話してくださったので、

「 そうですか。全部お話にならなくてもお察しします・・・」

そう言ったように思います。

「 今も その思いが強く残っているわけではありません。

全く事情も知らない赤の他人の私に

自分だということを印象づけるために

辛いことでも思い出してくださっているのです。」

ということをMさんに はっきりと申し上げました。

Mさんは安心されたと思います。



あちらから、ご両親が一緒に来られ

お父さんの話したいことを

最初は お母さんが代弁されていましたが、

次第に お父さんご自身が 話してくださいました。

印象的なのは、

< ○○円以上の価値が あるじゃないか。>

と おっしゃったこと。

何についてそうおっしゃっているのか

さっぱりわからなかったのですが、

Mさんにお伝えすれば、

きっと わかるのでしょう・・・と思い

お伝えしました。



あまりにも ” 日常的 ” すぎることに関して

話してこられるのが、私はとても嬉しく思いながら

ご依頼人Mさんにお電話でお伝えしていたように

思い出します。



< 苦労させた >

と お父さんはおっしゃっていました。

Mさんにお伝えしますと、

「 苦労なんてしていません。

 私は本当に温かい家庭で育ててもらいました。

 友人も連れ立って 遊びに連れてってくれました。」

というようなことをおっしゃっていました。

私の聞き間違いか・・・

とも一瞬思いましたが、

確かに お父さんはそうおっしゃったので

そのままに しておきました。



Mさんから頂いたメールに助けて頂きます。
(一部掲載です。)


- - - - -

(略)

お話し中にもおもうところはたくさんありましたが、
しばらくしてもういちど会話を思い出してみると
さらに思い当たることやもうすこし深い解釈のできる内容もあり、
本当にもう、涙が止まりませんでした。

ひさしぶりに父や母と話をできて、
とってもとっても、うれしかったです。
感じることはできるんですね。

両親にわたしから伝えたいこと、感謝の気持ちに尽きます。
父や母が気にかけて心配していることもあったようなので、アガサさんを通して
伝えることができて本当によかったです。

(略)

- - - - -



電話を終えたあと、

Mさんは もう一度 ご両親からの言葉を

思われたようです。

あらためて しみじみとする” 心の交流 ” を

経験しましたとメールに書いてくださいました。



” ご機会 ” の時は、ご依頼人さんは大変に緊張されます。

複雑な思いが交差するなかですから、

致し方ありません。よくわかります。

電話をきったあと、

帰り道、

数日経ったあとなどに 思い返すと

あの時には あまりわからなかったことが

はっと 思い出されることも 多いようです。



そうしたときに、

家族から伝えられた言葉の意味や

その思いの深さに

家族との日々、

人の一生の重さ、

存在の尊さに

心が震え、温まります。



それが 経験だと 私は思うのです。

” 見える・聞こえる・感じる ”

を遥かに越えたものが、

心の経験だと 胸をはって私は言えます。



” 心の経験 ” は、大切な 大切な宝です。

色あせることのない、

輝きが鈍ることのない、

一生の宝(経験)なのです。













アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)








Posted on 2015/07/16 Thu. 06:26 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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16

無関心 

正しく在り続ける _

ものすごくエネルギーの要ることで

常に 自分との闘い。



なぜなら、

楽な方がいいから。

自分に 直接関係のないことには

” 触れず 障らず ” でいたいもの。

命に関わることは、

無関心であってならないと思う。



現政局の動きに対して_

私たちが どんなに反対しても、

議席数で 多分 決まってしまうのだろう。

そして。

人々は しばらくは非難し続ける。

そうは 長くは続かない。

なぜなら、

自分達の生活は何も変わった感じもないから。

大震災のこともそう。

しばらくすると、

人々の関心は薄れてゆく・・・。



口では「反対」「嫌だね」と言うものの

自衛隊に入隊しないのだから、

まあ、うちには関係ないか・・・

というのが 正直なところかもしれない。



ちょっと 考えてみてほしい。

自衛隊のひとりひとりに、

親がおられ、

家族がおられる。

その人達の 悲しみは どうでもいいのだろうか?

自分の身に降り掛かってこない限りは

人というのは ” 無関心 ” だ。

とはいえ、

自衛隊入隊人数は 年々減っているのが現実。

そうすると、

集団自衛権であれ、

個別自衛権であれ、

” 人数 ” を集める必要が出てくるのは

簡単に予想できる。



人々が忘れた頃に、

突然の「赤紙(召集令状)」に驚くだろう。

” なぜ、夫が?!”

” なぜ、子が?!”

となっても、遅いのかもしれない。



自分の生活に直接関係ないことで、

現実に困っている人がいても、

” 他人事 ”のように思うのかも しれない。



大震災も、そう。

原発についても、そう。

今も、ずっと悲しみが続いている人がいても

自分には 関係ないから、、、

電気代は 安い方がいい、、、

そこに 住まなきゃいい、、、

どこどこで作られたものを食べなきゃいい、、、

と、なる。



" 無関心 ” が、最大の敵。



ラベル(権力など)がある立場にとって

都合の良いのは、

考えることが面倒くさい、何も考えない人間。



「 いつの間に、こうなったの?」

という方がおられるかも しれない。

テレビなどのメディアでは、

放送されないから。

” 目くらまし ” 的なニュースの陰に

一瞬、放送されたらいいほうで、

ほとんどのメディアやマスコミでは

ラベル(権力)に屈して

放送しないようになったのは

もう周知のこと。

そういうことを話す人を 疎ましく思うのも

権力のある立場の人達は ” 扱いやすい ”。

” 良い人 ” ぶっていれば ほとんどの人は

著名度、有名度を目の当たりにすると、

ほわぁ〜 となってしまうのだから。



権力を振りかざす人達にも ” 無関心 ”。

困っている人達にも ” 無関心 ”。

自分の身に降り掛かってから、

家族の身に降り掛かってから、

” 反対 ”

と言ったところで 遅いのかもしれない。



どこまで、平和を保てるかは

私たちひとりひとりの意識と

権力や武力に屈しない精神性が必要。





無関心は、最大の敵。











アガサ



Posted on 2015/07/15 Wed. 09:07 [edit]

category: 思うこと

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15

私たちが守り続けること 

日本は、世界で唯一、「原爆」の被害を受けた国。

多くの、本当に多くの人々、動物達の命が奪われたのです。

後遺症も続きます。

” その後の人生 ” に大きな影響があります。

それは過去のことではなく、今もなお 続いているのです。



武力を持つこと、

戦争をすること、

人をいじめること、

動物を殺すこと、

動物実験すること、

それらすべては、一方的な我欲。



我欲を正論化する側はそれを「正義」と言う。

「人のために」とか なんやかんや と言う。

正義と誰が為というのは、

他の命を奪うことは ない。



武力や武器に対して、

武力と武器で対抗しても、

互いに殺し合うことに 他ならない。



みな、ひとりひとりに家族がいるのです。

家族が亡くなる _

それで笑っている人を 喜ぶ人を

私は ひとりもお会いしたことは ない。



原爆を落とされた国 日本。

日本人だからこそ、

一切の戦争や武力行使には

敏感でありたい。



この地球上から

戦争や武力をなくせる精神力を持てるのは

戦争や武力行使の悲惨さ愚かさを伝えれるのは

日本人の精神だと

私は 思うのです。



エレベーターの片方を 急ぐ人用に空けるのは

日本人の精神、「思いやり」から。

震災の時、他国からの援助に来られた方々に

手を合掌するのは 「感謝」の心から。

肌の色や言葉の違い、宗教の違いなんて

関係ない。

人が他の命を奪うことは

未来永劫 絶対に あってはならない。

その加担さえも あっては ならない。





命にかかわることを

私たち国民を無視して 勝手に決めることは

あってはならんのです。




親が子を亡くした悲しみ、

子が親を亡くした悲しみ、

夫を亡くした悲しみ、

妻を亡くした悲しみ、

愛する人を亡くした悲しみ、

愛する動物を亡くした悲しみ_

私は 来る日も来る日も 知っている。

多くの人々や動物の命を

奪うことは

絶対に 許さない。





絶対に。









心と精神は 腐らせない。

アガサ 祈



Posted on 2015/07/14 Tue. 07:05 [edit]

category: 思うこと

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14

美しい言葉 


この世で 一番 美しい言葉は



” ありがとう ”



だと思います。



すごく助かったぁ!という時には

この言葉は出やすいけれど

日常においての ささやかなことにも

” ありがとう ”

と言える心をもちたいもの。



この言葉を 小さい頃から

家族の間で よく言われ合うと

心が育ちやすいのじゃないかなぁ。



” ありがとう ”

と言われて嫌な気持ちにはならない。

そう言われると 人の喜ぶ顔が見たくなるし、

人の役に立つことが嬉しくなる。



あちらへ逝かれた方へも、

あちらに住んでいる方も、

” 本当に ありがとうねぇ ”。



互いに いたわり合い、

互いに 感謝の心を持ち合えるのは

本当に しあわせだと 思います。



私は

世界で一番美しい言葉だと

思います。





” ありがとう ”






小さな、些細なことにこそ、

” ありがとう ”

と思える心が 平和に繫がると

思います。











アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)











Posted on 2015/07/12 Sun. 06:06 [edit]

category: 思うこと

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12

学校 

学校って 何のために あるんだろう。



そう思うニュースが 増えてきた。

私は学校が大好きで、友達も大好きだったし、

大人しい感じの子とも、話をしたりして

友達の輪に 入ってゆく姿が嬉しかった。

今は、そうではないのかな?

クラスで、ひとり寂しそうにしていたり

する子には 声を掛けるので 普通と

思うのだけど。

今は、そうではないのかな?



子どもが持つ心は本来変わらないけれど、

溢れる物質と、

家庭環境が 変化していってるのだろうね。



親が 忙しくなりすぎてるのかな?

先生も 忙しくなりすぎてるのかな?

子どものことよりも 自分を優先なのかな?



無関心でいることの方が

心が 辛いだろうにね。



そうじゃないのかな?

今は、ちがうのかな?



目をみたら わかるじゃない?

雰囲気をみたら わかるじゃない?

とってつけたことをしなくても、

その子が 寂しいかどうか、

困っているかどうか、って。



学校って 何だっけ?

何の為に 義務教育があって、

学校に行くんだっけ?



大切なことを忘れているような・・・

気がする。



先生が気がつかなくても

親が気づいてあげたいと

そう 思う。



子どもの目をみて、

空気を視てあげたい。



イベントを与えることよりも、

生きていくこと、

人として大切なことを

家庭で 伝えたい。



学校って 何のために あるんだろうね。



助け合うことの素晴らしさと

わかり合おうとする大変さと

わかり合えた時や助け合えた時の

感動を 学ぶ場で在ってほしい。

学校って そういうところだと思う。

それが 大人になって

大いに 役立つから。



学校が 悲しい場所と成りませんように。

自分さえ良ければいい、という場所では

ありませんように。




みんなが、助け合って

すくすくと育ってほしい。




アガサ









Posted on 2015/07/08 Wed. 14:59 [edit]

category: 思うこと

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08

元気なんだよ! 

お電話を頂く前の 静かな時間に

その子は 強烈な印象を 私に

視せてくれました。



身体が ふわぁっと浮き・・・

スローモーションで 視せられました。

(これ以上の表現は、避けます。)



思わず 目を背けたくなりましたが

伝えるために 視届けないといけない・・・

やりきれなく、切ない気持ちでいっぱいでした。

(お電話を頂く前に 気持ちを切替ないと!)

覚えていませんが、水を飲んだり、

外の景色を見たりしていたと思います。



そして、ご依頼人○さんからお電話を頂きました。

1分程のお時間を頂くと、男性が出てこられました。

お姿や性格などをお伝えしていくと

ご依頼人のおじいさんだったようです。

そうこうしていますと、先程の子が

表れました。

私は一瞬迷いました。

(ショックを受けられなければ良いが・・・)

「 ある男の子が私の方に来られています。」

と言い始めて、私に伝えてこられたことを

一部始終お伝えしました。



○さんは、動揺されながらも静かに

「 知っています。」

とおっしゃいました。

「 この方をお伝えし続けても良いですか?

 会いたい方が他におられるなら・・・」

「 いいえ。会いたい人はその子です。」

電話口から聴こえるお声からお人柄に安心し、

あちらから来られているのですから、私が

伝えないわけにはゆきません。

そのまま 続けました。



この子に 寄り添ってきて下さったのは

ご依頼人○さんのお祖父さんでした。

ご自身のアピールもある程度された後、

機会が終わるまで、

ずっと傍に寄り添ってくださいました。



その子は、

” 元気なんだよ!

 元気なんだけど、お母さんが悲しんで

 なかなか 会えないんだ・・・”

と 話していました。

( そっか。そうなんだね。

 だけど、きっと、お母さん方と会える日が来るから

 安心してね。)

そう言いました。





あちらでは、” ひとりきり ” ということは

ありません。

必ず、誰かが 傍にいてくれるのです。

傍にいてくれる方々は、

身内の場合もあるし、

身内でない場合もあります。



真実を知ることが当然のことのように思われる、

交信。

さまざまなことを 伝えられると

真実を知ることが 良いことなのかどうか、

私たちにとって良いことなのかどうか、

判断出来ない・・・そう思うこともあります。



愛する人を失うことは とても辛い。

認めることも難しい。

言い尽くせない様々な思いがあります。



そうした様々な思いを 受け止めたい、

お察ししたいと思います。

でも私はどちら側にも立ちません。

” 悲しいから、出会わなければよかった。”

” 辛いから、あの子を思い出したくない。”

ではないのです。

愛は 傷つくほどに 深くなるのだと

思うのです。



ご家族との愛を

愛しい人との愛を

悲しみで塗り替えないで頂きたい。

普通に 会話に 混ぜてあげてほしいと

思います。

過去の存在ではないのです。



私は そう強く願います。


















アガサ 葉山在住
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)







Posted on 2015/07/07 Tue. 16:18 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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御礼 そして お願い 

優しいお心をメールに託してくださり、

時間をみて、自分の気持ちをみながら、

ぼちぼちとお返事させて頂いています。

本当に、ありがとうございます。



拙ブログでは 私がメインではございませんので、

私事のことはあまり書かないように気を付けております。

ですが、先日の父の他界につきまして、考えた末、

書かせて頂きました。

それは、ご依頼くださっている方々に

日程を変更してくださった御礼とお詫びを

不精ではありますが、

書かせて頂きたいと思ったからです。

本当に 有難うございます。



早々に、ご機会(ご依頼)を再開しております。

これにつきまして、様々なご意見を頂戴しております。

お優しいお気持ちからのメールと拝読しておりますが

これだけは申し上げねば・・・と思いました。

どうぞ、お許しください。



私が父の傍にいなかったこと、

離れて住んでいることで、

悲しみがピンとこないわけではございません。

私の身に起こることすべてを

ブログに書いてしまうのは違うと考えています。

時に、言葉足りず、文章表現がまずいことも

あるかと思います。お詫び申し上げます。



早々に、

お約束していますご機会に臨んでいますのは

私の悲しみの量とは 無関係でございます。

霊媒の道を歩むにあたって、覚悟せねばならない_

そう先日書かせて頂きました。

私事の悲しみや様々なことを ある意味、

麻痺させて、臨まねばならない_

そういう気持ちや意味を含んでいます。



私が 悲しい顔をし、

辛い空気を出していては、

到底、

人様の大切なご機会に臨むことは出来ません。

麻痺させねばならない、のです。

これを 犠牲とも思いません。

無理をしているとも思いません。

良いことをしているとも思いません。



ただ

やらねばならない。



それだけです。

そういう意味で、

覚悟をしています。



悲しみというのは、人それぞれです。

表現する人もおられるし、

表現しない人もいらっしゃいます。

表現できない状況にある人も います。

また、

家族の形や歴史というのも、様々です。

自分がこうだからといって、

他の方にあてはまることは ないのです。



父の他界につきましては、

十分なほど、温かいお気持ちを頂きました。

メールをくださった方、

メールを出してはかえって迷惑がかかると思ってくださった方、

何も触れず、ひっそりと祈ってくださった方、

本当に 有難いばかりです。



万感の思いを込めてまして、

御礼申し上げます。

ありがとうございます。

勿体のうございます。





私の悲しみにつきましては・・・

そっとしておいて頂ければ助かります。






さあ、今日もお務めさせて頂きます!

アガサ











Posted on 2015/07/07 Tue. 10:11 [edit]

category: 思うこと

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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