FC2ブログ
2015/04/22.Wed

繫がる場所が違うと _ 霊媒の責任

霊媒と称する者、

ミディアムと称する者、

様々な呼び名?自称名?があります。

呼び名や名称というものは何でもいい

と思っていますが、

名称や肩書きがどうであれ、

伝え手が間違っていけないことが

あります。

それは、「 繫がる場所 」。



これを間違えれば、ご依頼人にとって

聞いているのが苦しくなってきます。

繫げる局を間違えると、

不安、憎しみ、恨み、嫉妬、ひがみ、

( えっと、あとは何があるっけ?)

まぁ、そうしたものと繫がります。

これは、あちらの世界の、ではなく

こちらと繫がっているのではないかと

思うのです。

つまり、

ご依頼人の不安や恐れといった感情や記憶を

伝え手(霊媒)が、

あちら側と勘違いして伝えているのではと

思います。

伝え手(霊媒)は、大抵、

自分が伝えていることは公明正大 _

正しいと思っているのです。

伝え手が、あちらから伝えられる内容は

すべて正しい、そう思い込むことは

危険と思います。

与えられた情報が正しいかどうかの

判断が、非常に大切なのです。



伝え手(霊媒等)が

繫がる場所を間違えると どうなるか?

繋げる場所が違うと

受け手(ご依頼人等)に

もたらされる情報は、

不安・恐れへの新たなる材料と

成ります。



人の勧めで「 あの人は素晴らしい!」

と言われるがまま、受けられたある方は

伝えられたあと、悲しく辛いショックを

受けられたそうです。

以下、頂いたメールの抜粋です。

- - - - -

(略)
前回、別のところで告げられた事が
とてもショックで、
それがまたあり得る話だったので、
余計に辛かったです。

また、あちらの世界は、
苦しくはないけど楽しくもない、
自由のようで不自由さの中で
暮らしていると聞いたので、
それが一番のショックでした。

セッションを受けたことを後悔しました。
愛に溢れた家族が受けるべきなんだ_
そう思いました。

亡くなったあとは、幸せでいて欲しかった。
自由にしていて欲しかった。
前回セッションを受けてから今日まで、
苦しくて苦しくて、たまらなかったです。

もう、亡くなった人の言葉は
聞くべきではないと思いました。
直接謝ることも、
やり直すことも出来ませんから。

だけど、
やはり会いたい。
もう一度、確認したい。

その一心で、
インターネットで検索致しました。

ミディアムさんや、霊媒師と言われる方は、
いろいろいらっしゃいます。

だけど、アガサさんのホームページには、
他にないほど、惹きつけられました。
信じられる。そう感じました。
直感でした。

お願いして、本当に良かったです。
彼が自由にいる、苦しくない、
それが分かって本当に嬉しいです。
(以下省略)

- - - - -

メールは、ご機会終了後、

その日のうちに頂戴しました。

私は、そのメールに書かれた内容を

一瞬、見間違いかと思うほど

驚きました。

どんなに辛い状態のまま、

過ごされてきたろうと。

心から 本当に気の毒だと思いました。

一週間程前からでしょうか、

私の静寂な時間に、何度も何度も

表れる方が おられたのです。

その方が、メールをくださった方のご家族でした。

” やっと話せる! ”と言わんばかりに

あれもこれも、一度にいくつも話をされるので、

私はテンテコマイでした。



あちらから来られたご家族は、

自分の気持ちや思いを伝えたい!

傷ついたままでいる家族を何とかしたい!

その一心で、何度も何度もアプローチを

されたのだろうと察します。



人からどんなに、

「 この人は、素晴らしい人だよ!」

と勧められても、それが本当かどうかは

自分の目で感性で確かめることは大切。

なぜ、大切か?

なぜなら、

勧める人と自分は 違う感性だからです。

同じ人格で家庭環境、ではないからです。



本当に必要ならば、

自分で探そうと、” 自分 ” がします。

それが「 時機 」。

人が勧めても、気乗りしないのは

「 時機ではない 」のです。



霊媒が繫がる場所を間違えると

多くの被害が生まれます。

だから、

” 霊が見える、声が聞こえる だけでは

 真実とは言えない。”

こう拙ブログに書いているのは

そういうことなのです。



人様に伝える。

これは、ものすごい責任が

あるのです。








アガサ 葉山在住 霊媒 Agatha
~天国の人々の思いを伝えています~
天国との対話(霊交信 / 霊界通信)








頂いたメール | Comments(1)
 | HOME |