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Author:アガサ
他界された愛するご家族、大切な方との対話を地道にお伝えしています。

アガサ

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繋げてゆく

2014.12.27 15:47|思うこと
一年というのは、

年齢を重ねるごとに 速く過ぎるように

思います。



暮れが近くなり、

今年の自分の行いはどうだったろう・・・

そう ふとよぎります。



人によっては、

思い出したくない程の

悲しみや辛さが

あります。

ですから テレビや新聞や何かで

そうしたことを見聞きされても

決して 卑屈にならないで頂きたい。

” 自分には将来さえ みえない ”

” 生きてたって 良いことなんて ”

とは 思わないで頂きたいのです。

なぜなら、

あちらから伝えられる愛は

常に 深い悲しみや辛さを

何とか 励まそうと

何とか 勇気づけようと

それはそれは

涙ぐましい努力をされた上での

愛なのです。



最愛のご家族の心は、

あなたの心と繫がっているのです。

悲しい時には そっと傍で見守り、

少し心が落ち着いてきたら、

少し穏やかな時間が持てたら、

生きていこうと

思えるかも しれません。

それは

あなた自身の心でもあるし、

ご自身で

ご家族からの愛という支えを

感じているのです。



” 何となく ”



天国のご家族からの愛は

証拠ではなくて、

この ” なんとなく ” とした感覚として

あなたに 届くのです。



愛を証明してほしいですか?

姿を見せてほしいですか?

ラジオの周波数が 私たち人間の目に

見えないように それは無理な話です。

愛は 私たちの肉眼で見えるような物質

とは 違うことを知って頂きたい。



心で 感じ取るもの。



悲しみも辛さも

留めては 何にもならない。

何かわからなくとも

具体的でなくても

温かい心へと繋げてゆくもの。



そこに 見返りがあるわけでもなく

ただ

温かく 穏やかな 繋がり。




あなたが しあわせで

ありますように。















アガサ


テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル:心と身体

娘をそっと見守る

今思うと、若くしてご両親を見送られた

のでしょう。

” もし、私が同じ立場だったら・・・”

ご依頼のあと、様々な人生を歩まれる

方々を思いながら、今、元気で過ごして

いる私の家族や実家の家族の健康に

しみじみと 有難さを感じます。

同時に、

ご依頼人の方の踏ん張りに頭が下がる

思いです。



ご依頼の前からいろいろとお気遣いを

くださった方でした。

「 自分よりも 悲しみの深い方が依頼されたら

 その方々を優先してください。」

そのようなことをメールで頂きました。

こうしたことを依頼する最中において、

なかなか、他の人のことを考えることなど

難しいと思います。

大切な家族を人を存在を亡くされたならば

何年経っていようと その悲しみが深ければ

私個人の時間を割いてでも、捧げるのが 真。

そうして、直前の直前まで、

この方は慈しみの心で 接して下さいました。



まず、まばゆい光と共に 表れた方に

不思議な感覚を覚えながら、お伝えしました。

ご依頼人さんがふと、思い出されたこと_

小学校高学年か中学生の頃、法事か何かで

お家にご親戚方が揃われた日、

” 見てはいけないものを見たような・・・ ”

そういうことがあったそうです。

お伝えした特徴が垣間見られた方と

同じでありました。

とても強い光の方(血縁関係のある方です)が

ご依頼人を見守っておられることに、

あらためて感心しました。



次に来られたのは、仲良くお三人で

お越しになりました。

お伝えしていくうちに、ご両親であることが

わかりました。

お父さんは、仕事で忙しく、わが子と

遊びたくとも遊べる時間が少なかった

お気持ちの中から、私にひとつの思い出を

話してくださいました。

大切に開かれたお父さんの手の平には、

思い出のものが 大切そうにありました。

それは、

ご依頼人が子どもの頃、好んで遊んでいた

あるものでした。

どこにでもあるものです。

でも、お父さんは、それをとても嬉しそうに

私に見せてくださいました。

胸がいっぱいになりました。

子どもにとっては、些細な、日常的な遊びでも

今とは違って、お父さんが子どもと遊ぶこと等

なかなかなかった昭和の頃。

本当に、お父さんは嬉しかったんだなぁ・・・

そう思いました。

そして次は、お母さん。

そして、お母さんと仲良しのおばあちゃん。

心が美しく、清い方で、明るく努めて

家庭をきりもりされていた方。



お父さんがおっしゃること、

お母さんがおっしゃることを

伝えますと、

ご依頼人は 感極まって泣かれていました。

両親の話が、すべておわかりになるようでした。



こうした機会を私は当て物と思っていません。

話しの機会と思っています。

なので、「天国との対話」としています。

天国との対話は、霊媒や霊能者のような者だけ

がわかるのでは ないということを

ご理解頂きたいのです。

ご依頼人の方が、心でわかること。

仲介役は、必要ないのです。



私経由で知らされるご両親の思いは

思案される日々の中にあっても、

すでに、

ご依頼人の心に 届いていたようです。



「 なんとなく・・・

 なんとなく、母がそう言ってくれて

 いるような気がしていました。

 あぁ、そうですか。

 父なら、そう言うと思います。」



お父さん、お母さん、おばあちゃん。

お三人の方々は、まさに「親」の鑑。

そっと、

木の傍で立ち、見守る姿。

本当に そうでしたよ、Tさん。

親というのは かくあるべきなのだと

あらためて 私も思いました。



手を出してしまった方が親的には

手っ取り早いし、

いちいち細かく指示したり、

ついつい 口うるさくなってしまうもの。

親とは大体、そういう存在ですね。

でも、そうした経験をしていくうちに

親自身も、自分の感情と向き合いながら、

忍耐と愛を学んでゆく_

そうして、ようやく、

「親」という漢字のように成れてゆく・・・

そのように思います。



静かに、

見守る。



人としての行いを、

見守る。



必要な時を

見極める。



これらは、相当の強さと

バランスのとれた愛と

心のしなやかさが必要と思います。

最初から、出来るはずなど

ありません。

心労や苦労なくしては、

学び得ないもの なのです。



日常の中で、いろいろ経験して

少しずつ 少しずつ

いろいろなことが 身になってゆきます。

美しく、清く、正しく、強いものは

決して、

目にみえる「物」では ありません。

目には見えないだけに、

「認定証」などありません。

「レベル」などありません。

そんな物質界的な判断や価値観(欲)

などでは到底計り知れないのです。



心の光。

その光は、

日常を真に生きていくことで

輝きを増します。



お父さん、お母さん、

そして、おばあちゃん。

娘への愛を伝えてくださり

ありがとうございました。








アガサ








テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル:心と身体

美しい日本

2014.12.10 15:52|日常
以前、お電話でご依頼くださった方から

写真が届きました。



” あぁ、美しいなぁ・・・”



私は 滅多に旅行に行かない生活

ですので、こうして お写真での

お便りを頂きますと、

行った気分になれますね。

( 単純な自分で 助かります。)



ご家族のお寺に行かれた時のもの

だそうです。

何となく、この方の背中を押すような

そんな美しい景色に 思われます。



まずは、生まれ育ったこの国、

日本の美しいものや言葉、精神を

愛でる 認める心を 持ち続けたいと

思います。



整備された自然の傍ではなく、

透明感のある空気は

何よりの ご馳走です。

美しい水源。

田畑。

自然の息吹が感じられる場所_

そうしたところで 育つ、

生活できるというのは

生涯の宝です。

物欲溢れるところにはない、

決して 得ることのないものが

あるのです。



本当に 美しい。







写真の説明も転載させて頂きました。



お寺から更に登った山の上に展望台があり、
行ったことが無いと言う母を連れて行きました。
阿蘇山からの噴煙&灰が重い色の雲みたいに見えました。
山ばっかり。
でも、風向き次第ですが、空気は本当に綺麗です。





山の神々しさ、太陽の輝きに感動して撮して見ました。





ありがとうございます。








テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル:心と身体

生きる希望

お約束の時間前に、

ふと、話しかけられました。

” まだ若いから、再婚をして

 しあわせになって欲しいと

 伝えてください。”

そう何度か、耳にし、

お電話を頂いてからに

いたしましょうとお返事をしました。



そうして、お伝えしていくなかで、

やはり、おっしゃってこられたのです。

そのことをお伝えしつつも、

「 こうしたことは、Mさんのお気持ちが

 大事です。言われたからといって

 その通りにしなきゃと思わなくても

 良いと思いますよ。

 奥様にも 私なりのそうしたお話も

 しましたし、きっと、奥様も全てを

 お分かりになったうえで、ご主人を

 思いやる気持ちが大きいがゆえの

 お気持ちだと思います。」

と、お伝えしました。

その他にも、いろいろとお話になり、

Mさんはお分かりになったようです。

本当に、心優しい純粋な女性です。



Mさんからメールを頂きました。

心にぐっときました。

愛、切なさ、いろいろな思いが私の

胸に訪れました。

- - - - -

実は妻が亡くなる数ヶ月前に、

自分が死んだら再婚してくれ

と言ったことがあったのです。

妻は人のことばかり心配する

心の優しい人でした。

私であればそんなことを思う

余裕はないと思います。

しかし、今の私の生きる希望は

死んで妻に再会することなので、

こればかりは妻の希望をきいてやれません。

妻が許してくれ、この先もずっと夫として

妻の側で過ごしていけることを願ってます。

(中略)

不思議なもので、妻が生きているときは

人生あっという間だなと感じていたのに、

今はこれからの人生がとても長く感じます。

(中略)

妻が元気であると知って安心しました。

- - - - -



私がこうして、頂いたメールの一部を

転載させて頂くのは意味があります。

それは、

読まれる方が今一度、

生きるということと向き合う機会で

あればという思いもあります。



思いやりをもって生きる、

心穏やかに生きる、

思いやりに満ちて生きる。



これらは、楽しくないことかも

しれません。

これらの本当の輝きを知るのは、

悲しみを知った人でしょう。

他界された方々でしょう。



どんな悲しみがあろうとも

苦しみがあろうとも、

自暴自棄になっては なりません。

心を捨てては なりません。



心穏やかで在り続けることは

難しいことです。

生きていくには、大切なこと。



どうか、あなたが

できるかぎり

心穏やかで あられますことを

心から祈らずにはいられません。




ありがとうございます。





テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル:心と身体

多くの方々を見送られる

はつらつとしたその方は

声にもとても力のある方。

静かにあちらとの調整に入りますと

うわぁと押し寄せてこられる・・・

というのは大袈裟かもしれませんが

とにかく、多くの方々が

お越しになっていまして、

次から次へと来られるのです。

私としては、じっくりと確かにお伝え

したいのですが、入れ替わり立ち替わり_

そうした”テンヤワンヤ”状態の私を

Kさんはご覧になって、

「 その方に似た方を前日、ふと

 思い出しました。

 私の職業柄、多くの高齢者の方々を

 見送ってきましたので、皆さん、

 来てくださっているのかもしれません。」

と助けてくださいました。

あぁ、なるほど。

そういうことがあるんですねと

納得いたしました。



それから、ある方が私に

「 ○に乗っていました。」

と話して下さいました。

私は、多くの方々の出入りに

てんやわんやしておりましたので

もうどなたが話しておられるのか・・・

そんな最中に冷静に話された男性のことを

お伝えしますと、

Kさんは、ものすごく大きな声で

「 えっ?!」

と目をまんまるになさり、

驚きのあまり、しばし沈黙。

あちらの方々も驚かれての数秒間。

その驚きは、義父様のご職業を

突然言われたので驚かれたようです。



お帰りになる時に、

ふと、我が家の玄関にある

お香をご覧になって、

「 お香の香りって、あちらに

 届くって言いますよね?」

と教えて下さいました。

私は、

「 物として届くのではなくて、

 きっと、

 お線香なり何なりをなさる方の

 心が届く(通じる)のだと

 思いますよ。」

と申し上げました。



なぜなら、

お線香のひとつも買えない国や

人々は世の中に多くおられるでしょう。

物をお供えしなければ、

行事をしなければ、

あちらには何も届かないのか_

そうした疑問がわきます。

心(魂)の世界ですから、

物質の世界ではありません。

物がなくとも、

思いやりと慈愛にあふれた心さえ

あれば、

それが最高のお供えと思います。



あちらには、物では通じない。

心、

真心で 通じるのだと思います。

あちらの方々からは、

そう教えて頂きました。



多くの方々に愛と元気を与え続けて

おられるKさんを美しいなぁ・・・

と思いながら、後ろ姿に手を降りました。



ありがとうございます。











アガサ


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ジャンル:心と身体

天国からの電話・・・

「 来年にお願いしようと思っていたのですが 」

少し照れくさそうに そうおっしゃった

Yさん。

背の高い男性なのですが、

待ち合わせ場所へお迎えした時、私は

おつきあいしている頃のような錯覚に

陥っていました。

自分でも「何故だろう」と不思議に

思っていたのですが、最後の方で ようやく

その感覚の意味が 私なりにわかったような

気がいたします。



お越しになる前の調整を済ませて

しばし、ぼんやりしていますと

いろいろと私に話しかけてくださる方が

いました。

他愛もない世間話のように感じつつも、

何故、そうしたことを話してくださるのか_

それも不思議に思っていました。



Yさんがお越しになり、しばらくしますと

こうした機会を心待ちにされていた奥様が

嬉しさいっぱいを伝えて来られました。

話し続けていたようで、

もう1時間程 経ってしまったかもと

時計をちらっと見たのですが、

30分弱ほどしか経っておらず、

奥様がどれほど表現したかったか、

また、

繋がり具合の良さに正直驚きました。



「 妻の写真を持ってきたのですが 」

とYさんは、鞄の中を探されていた時、

奥様は鞄近くの、Yさんの後ろにおられ、

” どれ?どの写真を持ってきたの?”

とわくわくされる姿で寄り添っておられ

(あぁ、仲が良いんだなぁ〜・・・)

と、ほのぼの致しました。



写真を2枚、見せてくださいました。

今回、私にお姿を見せて下さったのは

若い頃のお姿でした。

その写真のおかげで、私が Yさんのことを

おつきあいしている頃のように感じたのかが

わかったような気がしました。



そして。

以前、外出中に音楽を聴いておられた時に

突然、携帯電話が発信音に切り替わったことに

驚きました_

ということを話し始められました。

携帯電話にはセキュリティがかかっており、

何かに押されて電話をかけてしまった・・・

というようにはならないそうです。

どこにかかってしまったのだろうと

あせっているうちに、相手先の留守電に

切り替わったそうです。

その「相手先」は、私だったようです。(笑)

私は、「そういえば、2度程あったようです。

あぁ、Yさんでしたか。」と愉快になりました。

Yさんにしてみれば、

セキュリティもかけているし、

携帯の電話帳のア行のトップは他様だし、

知人友人に電話をしているし、

私にかかるはずもないのですが・・・

と驚いておられました。



Yさんご本人は、

「 来年になってからお願いしようと思っていたのですが 」

と照れながらも、その不思議な成り行きに

少々戸惑っておられますと、

奥様が隣で、ふふふと微笑んでおられました。



お家で聞こえる音、

そして、

私への不思議な発信電話。

奥様からの ” サイン ”かもしれません。

私は こうした現象を言いきることは

致しません。

言葉の影響を知っているからです。

それを検証する道具を私は持っていませんし、

日本にそうした機関はないと思いますが、

そういうことは、たまに、起きるのです。

本当に、極稀に。

私については、

そうした現象を 望むことはありません。

そうした現象が起きたからといって、

また、次を期待することも ありません。

そうしたことは、とても温かな気持ちに

してくれるだけです。



奥様がなぜ、私に話しかけてくださったのかは

Yさんにメールでご連絡することに致しましょう。



温かな機会となりました。

ありがとうございます。








アガサ







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ジャンル:心と身体

生き急がずに

2014.12.02 09:39|思うこと
手をかざして何かが治せたり、

呪文やお経を唱えたりというように、

行っている側が

エネルギーを与える!

ということだけを考えますと、

自己満足や欲が膨らみます。



私たちは、ただ、

心を寄り添うことしか

出来ないように思います。

あとは、

ご本人が少しずつ、少しずつ・・・

の繰返しのように思います。



そうした消極的で時間のかかるようなことが、

何でも直ぐに解決したがる現代人にとって、

すぐに効果を求める人にとって、

とても大切なことのように思うのです。

美しいものというのは

長い長い月日がかかるもの。



生きることが 辛い。

生きることは 難しい。

確かに、そうです。

楽に 生きる方法などないと思います。

楽に生きようとするから、

今から逃れようとするから、

善悪の区別が

つかなくなってゆくのです。

本当の愛が

見えてこなくなります。

感じられなくなります。



私たちは支え合って、

支えられて、

生きています。

自分の感情が強くなりすぎると

大切なものがわからなくなる。



物を大切にしても、

物には依存しない。

形あるものは、

いつか 朽ちる。

朽ちないのは、

形ないもの。



言葉は ある意味、物質。

その奥にあるものこそ、

形のない大切なもの。

それは 心。



そう思うのです。
















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