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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

わが子への貯金 

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昨日の帰り道、
持ってきた本も読み終えてしまい、
色々と考える時間が持てました。

昨日の帰り道、○月にお伺いした時より
自分の気持ちが変化していることを感じました。

○の今の様子を教えていただき、ありがとうございます。
○とは、住む世界は変わったかもしれなけれど、
私たち家族がこちらの世界でできることを頑張って、
幸せや楽しいと感じることを増やし、
天国に住む○に日常の出来事を報告できれば
○もそれを励みに
天国で幸せや楽しいと感じるように
過ごしてくれるのではないのかなと。

私が親として、これから○にしてあげられることは、
今までしてあげられなかった事を
悔やんでいることを伝えるより、
これからの日常での幸せや頑張りを貯金として
○に仕送りしてあげよう。
仕送りが増えたら○も喜んでくれる。
仕送りが減ったら○が悲しむ(○)
仕送りが出来ないこともありますが、
少しずつ、少しずつ。

そんなことを感じられた日になりました。


(Nさん)
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むこうからのお話や通信状態は

いつも同じでは ありません。

こちら側が 望むような、望んでいる通りには

なかなか行かないのだと思わされることは

多々あります。

家族を偲んでも 何も感じないことも

あります。

どういうことであっても、

現実を受け入れるしかないんだ・・・

そう思う日も あるでしょう。



家族の他界を迎えても、

感覚や思いというのは、ひとりひとり違います。

父としての思い、

母としての思い、

兄弟姉妹としての思い、

ひとりひとり違います。

それぞれに 励まし合いつつも、

人には いろいろな時があります。

強くなれる時と

弱気になっている時、

前へ歩いていこうと思える時と、

そう思えない時。

いろいろ です。

複雑な心境と問題が絡み合い、

なかなか 思うように行かないことも

あります。

悲しいことが起こり、

手相やら占いやら何やらに行くと

「 運命だったから 」

と言われたりします。

励ましも込めてもらっているだろうけど

運命という言葉で 片付けられないことは

あると思っています。

命に関わることに

「 運命だから 」という言い方は ない!

私は そう思っています。

とてもじゃないけれど、そんな言い方は

私には出来ないし、したくないし、

そんな血も涙もないような言い方は

しない。これが、私です。



一番苦しいのは、

死の真実を 思いやりのもとで

言えないことなのかもしれない_

生まれる、ということと

死する、ことは どちらも尊い。

その尊い真実を 隠し通すのは

想像を絶する強さと悲しみと愛を

維持しつづけなければならない。

これは 非常に辛い。苦しい。

胸の内を吐けたら、どんなに楽に

なるだろう・・・

でも、それは しまい。言うまい。



口に出すことは、我慢し続けることよりも

もしかして 容易いかもしれない。

” 真実を解明すること = しあわせ ”

とは、すべてがすべて言えないだろう。



それが、

家族にとって 最善であるかどうか

わからない。

自分の胸に押さえ込まれた感情は

膨らみ続け、

時に、爆発しそうになる自分を

わが子にために、

家族のために、

耐えねばならなことも あるのだ_

頭と心で感じ取っても、

当人になることは出来ず、

お辛い胸の内を察することしか出来ない

そんな自分が 増えてまいります。



この方と対面をさせて頂き、

その悲しみと辛さは

一体どこまで

耐えねばならないのだろう・・・

私個人としての感情は、

求められない、取るに足りない。

だったら、

あちらは 何と言ってくるのだろうか・・・

こちらに心を傾け、

あちらに耳を傾けての時間。



「 図書館からたくさん借りた、

 瞑想の本やそうした本も

 全く 読む気がしなかったです。

 読まずに返却しました。

 ” あなたも訓練すれば、

 ミディアム(霊媒)になれます ”

 そうしたことにも 心は揺れない、

 逆に驚きました。

 本当に多いんですね、そういうの。」

とおっしゃった姿に、

全うな強さと愛を感じました。

少しずつ 少しずつ

Nさんがおっしゃる「貯金」が

子どもさんのために、

ご家族のために、

ご自分のために、

貯まっておられるのだなぁ・・・

と とても嬉しく思いました。



言うは、易し。

行うは、難し。



こうして私たちは、

生きていく上で

何が大切なのかを知っていくのだと

思います。












アガサ










Posted on 2014/11/28 Fri. 12:02 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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28

霊媒に依頼するかどうか 

心で大切に思っていた人の他界を経験しますと、

ただただ悲しく、

その方が無事でおられるかどうか・・・

痛みや辛さや無念はないだろうか・・・

といったことを思い、

我が身の悲しさもあって、

「 会いたい・・・」

「 存在を感じたい・・・」

と思うのが自然です。

同時に、

「 もっとああしてあげればよかった・・・」

というような自責の念にかられます。

そうしたことから、

霊媒に依頼する___

というような考えが浮かぶのかも

しれません。

それを我欲とは思いません。



私が我欲と思うことは、

"会いたい人以外は、認めない。どうでもいい。”

"会いたい人を呼んで!”

といったものです。

キツいことを言うようですが、これは自分本位です。



霊媒というのは、特別な人間ではありません。

普通の人間です。

それを特別扱いする霊媒自身や、周囲の方々が

物事の真理を見つめねばならないのです。



" アガサさんを紹介されました "

とおっしゃる方々が多くおられます。

紹介された方は、

私が "普通の感覚の人だから"、

ということで安心されてご紹介されたのだろうと思います。



心で大切と思っていた人の他界が

悲しいのは事実です。

皆、そうです。

ただ、

我が身の悲しさに溺れていてはなりません。

そこには最愛の人への愛が成りを潜めてしまうから。



悲しさを認めつつも、

辛さを感じつつも、

ご家族やその方と出会うことが出来た縁に

心から感謝できるのならば、

悲しみもいくらかは和らいでくるように思います。



” あぁ、この人と出会えて良かった。”

” いろいろあったけど、良かった。”

そう しみじみ出来てきますと、

悲しみでいっぱいだった心に

温かみが差してまいります。

それこそが、あちらの温かさです。



他界された方と繫がるのは、

霊媒や霊能者で繫がるのでは、ありません。

特別な能力だけが繫がるのでは、ありません。

悲しみのなかに在っても

ご自身のそうした穏やかな温かい思いが、繫げるのです。

心と心で 繫がるのです。



霊媒や霊能者が必要なのではありません。

そうした本や講座を受けることが

必要なのではありません。



必要なのは、

穏やかな心。

温かな心。



それらは、特別なことで得るのではなく、

平凡な日常からです。










この三連休は、前橋へ出張に行ってきました。
お世話になっているお家の屋上から赤城山が見え、
それはそれは美しく雄大でした。
ありがとうございます。





アガサ


Posted on 2014/11/26 Wed. 09:49 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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26

他界した家族との交流 

他界されたご家族との交流を望まれる方々は

とても多いです。

反面、仕方ないと思える方々も多いでしょう。

どちらが正しいとも思いません。

人それぞれの思いや考え方がありますね。



他界との交流(対話)のあと、私は

ぼんやりとした時間が少しあります。

超集中後の、あのぼんやりとした時間と空間。

ふと、いろいろなことが頭に浮かんでは消え_

ただただ ぼんやりと 何を見ているでもなく。



今月は、

男性からのご依頼を多く頂きました。

こうしたことに 男性も女性もないと思います。

そう。

最愛の人への愛と悲しみ辛さ切なさといった感情に

制限や区別などないのです。



他界後まもないと感知する時、とても気遣います。

留意する理由は、人それぞれに違いますから、

ご依頼人さんには、そうしたこともお伝えします。



私の経験から言えるのは、

ある方がそうであったとしても、

別の方に当てはめられることはない、ということ。

経験を重ねても、

"あちらはこういうもんなんです"

とは言えない。そう思っています。



一を知って十を知っているかのような浅はかなことは

自分の未熟さをひけらかしているような気が致します。

自分が何でも知ってるかのように、人様のことについて

判断を下すようなことは出来ない。誰にも。



よく耳にしますのは、

「 成仏していない(未成仏)」

「 ○○(特定の場所や物や人など)に憑いている 」

などといったような・・・安直なことです。

そうしたことを口にする方には呆れますが、

放っておくとしましょう。



死後の世界について、

魂について、

などといった目に見えないことについて

様々な本が出版されています。



そこそこ良書と思えるものは、

例えば、その手の本がこの世に

1000冊あるとすれば、

1冊あるかないかぐらいです。

良書と思えるものも書かれていることすべてが

真理ではないと思えるでしょう。

最初は良くても、途中から宗教じみてくるとか・・・。

目にみえないことについては

肉体をもって生きている私たちが

完全に知りえることなど出来ません。

それにこだわりすぎると、

当然ながら、アヤシくなってきます。

本に書かれていることは、

書き手の感覚であり、

読み手の「経験(実体験)」では

ありません。

読みあさり、書かれていることを

自分も体験したかのような妄想を

描く人々も います。

受け売り、状態です。

それらを、もっともらしく吹聴される・・・。

そして、他の誰かが信じてしまう・・・。

こんなおかしなことが存在します。



私は、こう思うのです_

どういうキッカケであれ、

死後探求をしたところで、

宗教的に盲信したところで、

もっともらしいことを言い、

聞いているだけで、

誰が しあわせとなるのでしょうか。

現実に、誰が救われるのでしょうか。

ご飯を食べられていない子ども達が

救われるのでしょうか。

親に虐待されている子ども達が

そうした考えを持つだけで救われるのでしょうか。

人間都合で命を奪われる動物達の死を

救うことが出来るのでしょうか。

この世から、

戦争がなくなるのでしょうか。

犯罪がなくなるのでしょうか。

いじめがなくなるのでしょうか。

正直に誠実に質素に生きている人が

安心して暮らせる世の中になるのでしょうか。

と。



家族の他界をきっかけに、

死後の世界について

興味を持たれる方は 多いです。

何でもそうですが、" ほどほどに "なさるのが良いでしょう。



追求することが貪欲になることが、

" 最愛の人 "との交流を深める鍵にはなりません。

最愛の人が、というよりも、自分の悲しみの方が

勝ってしまっている状態であることに気づかないと。



長くなりましたが、

他界されたご家族が望まれるのは、

ご家族の心を勇気づけることだろうと思えます。



重い辛い肉体を脱したのですから、

心身共に真に軽やかな状態です。

やっと、心と心の交流が出来るのです。



その交流は、

霊媒や霊能者や何やらがするのではなく

ご家族であるあなたご自身の心が鍵になります。

悲しみのなかにあっても、

愛する人を信じること。

縁あって家族になれたこと。

共に暮らせたことで様々なことがあったけど、

いろいろな経験が出来るのです。

だから、人生が深まります。

そうしたことで私たちの心は温まり、穏やかさを育てます。



交流は、心と心でするのです。

肉眼と肉耳でするのでは、ありません。





長くなりました。

いつもありがとうございます。







国産の蜜蝋を使って、夜に部屋を照らす蜜蝋キャンドルを家族が作っています。
蜜蝋を作るミツバチの素晴らしさに、驚きます。
羽で風を送り続けるだけの(役目)ミツバチもいるのです。
何日も何日も。休まず、羽を羽ばたかせて。
大変なことだろうと思います。
全ミツバチが団結した賜物がハチミツであり、蜜蝋となります。
私たち人間は、、、一体、何をどうしているのでしょうね。

アガサ









Posted on 2014/11/21 Fri. 09:07 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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21

形ではなく、心。 

秋深まる穏やかな日、

一本のお電話は男性の方でした。

最初にお越し下さった方から

伝えてくださることや

とらえることを

お伝えしてゆきますと、

1才ぐらいの時に他界された

お祖母さんのようでした。

お伝えするお姿は、

写真で見たことのあるお祖母さん。

お人柄などもお伝えしてゆき、

お祖母さんが孫であるご依頼人さんに

おっしゃりたいことを私に話しかけて

くださいました。

” この子は・・・祖末な食べ物を

 淋しそうに食べていてね・・・

 その姿が何とも可哀想で・・・

 何とかしてやりたいけれど、

 何ともしてあげれない。”

そのようなことを 切実に話してくださったのです。

食べられる姿も私に見せてくださり、

(本当に、寂しい後ろ姿だ・・・)

お祖母さんと私は、何とも言えない気持ちに

なって、しんみりしかけていました。

でも、お祖母さんは、とても前向きな方で

あれやこれやとお話くださっていました。



そうこうしていますと、

別の方々がおふたり、私に近づいて来られました。



そうして、伝えてくださることを

お伝えしていきますと、最愛の奥様でした。

奥様の今の気持ちが、私に移り過ぎたため、

お伝え出来るようになるために、

数分程、時間が必要でした。



<(ご主人が)私を死んだものとして扱いすぎなんです。>

(ご主人がそう思われるのもわからなくもありませんよ。

 もちろん、そうお伝えします。)



奥様のおっしゃった意味がおわかりになるようでした。

お伝えしているなか、奥様の傍に、可愛い”家族”がいることに

気づきました。

ご依頼人さんにお伝えしますと、

奥様がそれはそれは可愛がっておられた猫ちゃんのようです。

そのことについても、

ご依頼人さんが思い出深そうに、

大切にお話ししてくださいました。



行事やお経を読むということは、尊いことです。

そうした行いに、心があるかないかです。

(行事や宗教を否定しているわけではありません。)



心優しい奥様がおっしゃった気持ちに、

その通りだと思いました。



そのお気持ちは、

ご依頼人であるご主人の心に

優しく、

温かく、

刻み込まれたと思います。



「 あぁ、そうですか。やっぱり そうですか。」



愛しい妻の気持ちに

安堵し、なるほど、と 思われたご依頼人。












(後日追記)
頂いたご感想です。
※お礼文やお褒めくださるお言葉は省略させて頂きます。
- - - - -
(中略)
祖母が見守ってくれている事や家内の気持ちが確認出来て、
心の中が暖かくなりました。
今はすごく穏やかな気持ちでおります。
(中略)
お話しいただいた中で「○○○」のような言葉が聞こえると
おっしゃっていたと思います。
何に付いての言葉か何ともわかりませんが、
家内の妹の名前が「○○△」と言う名前なので、
ひょっとすると何か関係あるのかな?とも思ったりしました。
(中略)
- - - - -





アガサ










Posted on 2014/11/16 Sun. 16:14 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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16

迷った時には 

迷った時、

自分では もうどうしようもない_

と途方に暮れる時。

私にもたくさんそうした機会が ありました。

今も あります。

生きているのですから、これからもあると思います。



そうした時、私の場合はこう考えます_

" 優先したいことは 何か?"

そう自分に問いただすのです。



自分の人生は、自分だけのものではありません。

家族や 多くの人達と関連しあっていて

人生という織物が出来ていると思っています。



行動を起こす前でもいいし、

行動をしている最中でもいい。

迷った時には、

何を 優先したいのか、

何を 優先すべきなのか、

と、ふと立ち止まってみても良いと思います。



例えば、

"霊媒と家族とどちらが優先か?"

と私に尋ねられたならば、

家族を選びます。

責任もありますから、割り切るということは難しいでしょうけど、

人生において何を優先したいのかを自分の中ではっきりさせておけば、

ブレが少なくなっていくように思います。



人生には、迷いがつきもの。

何度も何度も考えて、ようやく決心したことでさえ、

途中で「間違ったのか・・・」と思うことはあります。

誰にでも あります。






" 何を 優先したいのか?"






優先したいが無理だと思える時も、

違う方向から考えてみることで、できることもあるのです。

一方からだけで物事を判断しては、どんづまりに陥り易い。



そして、

" なんのために、それを優先するのか?"

です。



自分だけではなく、

家族全員のしあわせが含まれているのなら

私は 良いように思います。



誰かを犠牲にしてまで

優先することなど続かない。



私にとって、

今、築き中の家族が一番大切。

子どもの頃から"家族って何だろう?"と思ってきた分、

何物にもかえがたいのだと思います。












アガサ

Posted on 2014/11/13 Thu. 17:50 [edit]

category: 思うこと

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13

身体は正直もん 

先日、ご依頼くださった方からは交信のご依頼を頂いていましたが、

お越し下さる前に、他界からの空気はそうではありませんでした。

( あれま。そうなんですか・・・)

まぁ、何も決めつけることなくご依頼人さんをお迎えしました。



そのことをお伝えしようかと思っていましたら、

「 通信をお願いしましたが、アガサさんにお任せします。」

「 あぁ、そうですね。私、というか、他界に任せましょう。

 今日は、あなたへのアドバイス的なことがどうやら多いようですよ。」

とこうなったのです。



次から次へと あちらから話されました。



どれもこれも、ご依頼人さんにとって

モヤモヤされていたことに対してのアドバイスのようでした。

「なるほど!」としっくりこられた様子。



他界から話されることは、

無理なことは何一つなく、至って自然でした。



「親戚を看取ってから、この辺(肩や腕など)が

 ドシンと重いんです。」

とおっしゃっるご依頼人。



「 ご親戚はそのような方ではありませんし、

 憑いてるとか、未練とか何とかという類いでは、ありません。

 大抵の霊能者さんや霊媒、霊感があると自負している方々は、

 『あ〜、それはご親戚の念です。』なんておっしゃる方が

 多いかもしれませんが(大笑)それは ありません。」

とお伝えしてから、

私自身の体験やら経験などをまじえて、

痛みの原因について いくつかお話を致しました。

すっかり、ご納得され、安心なさったご様子。



身体は、実に正直です。

繊細な人であればあるほど、身体の痛みとなって私たちに

「おーーーい!」

と表現してきます。



憑かれる、というようなそんな単純なものではないのです。

もっと、現実的なことなのです。









アガサ

















Posted on 2014/11/12 Wed. 14:47 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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12

導かれる・・・ 

「 あなたは、導かれています。」

「 あなたは、試練の時なのです。」

「 試されています。」

「 生まれる前にあなたが決めてきたんです。」

etc...

このような言葉は、

スピリチュアルビジネスで

よく言われる言葉です。



言われた方は、

楽しくなかったり、

辛いことがあったり、

悶々とした時期でありますから

” あぁ、やっぱり!そうなんだぁ〜”

と感心?共感?してしまいます。



私は、この手の言葉には

信用も信頼も寄せません。



自分の大切な人生を

一体、

誰にどなたに試されるというのか?

試される必要があるのか?

導かれているというのか?

です。

完全な他人事の言葉であり、

聞き飽きたフレーズです。



何の説得力もありません。

それらは、真理ではないからです。



私は、自分の人生は、

自分だけの人生とは 思っていません。

家族にも深く影響を及ぼし、

ご縁のある方にも影響があるからです。

誰しも、ひとりでは生きてはゆけません。

自分の人生ではあるけれど、

自分だけの人生ではない。



いい加減な、調子の良い、口先だけ、

思いやりのかけらも見つめない、

自分さえ良ければいい、

と思い、生きている人生ほど

気の毒なことは ないと思います。



正直であり続ける。

誠実であり続ける。

思いやりに満ち、

丁寧に暮らす。

こうしたことを人生の指針とし、

生きていくと

それほど 多くのことは出来ないことに

気づきます。

大きな口など たたけない。

偉そうなことなど 言おうとも

思えないのです。



人様の武勇伝?や

美しい旋律のように聞こえる話にも

何の羨望も 持ちません。

人がどうであれ、

自分の毎日の積み重ねから

多くのことを経験する_

自分が経験したことは、

「 確実 」であり、

「 確かなもの 」となります。

自分の経験・・・

苦い、苦しい、辛い、悲しい経験こそ

確かなものです。

楽しいことは、

まあ・・・適当でも構わない。

順調な時程、心を亡くす言動や

行動が起きやすいものですから。



試練の時・・・

人生、試されてたまるか。

導かれる・・・

人生、導かれたくもない。

自分の人生の舵取りは、

自分で やる。

乗り越えてやる。



自分が やらなきゃ

誰が やる?!



人生は、甘くもないし、

気持ち次第で、

辛くもなくなる。



私は 自分の人生から

そう学んできたし、

失敗しても、

他人の言葉に依存して

暮らすつもりは

さらさら ない。



真の感謝をしていれば、

そんなきれいごとの言葉に

心が動かされることも ない。





動物たちは、常に「生と死」と向き合わねばいけない。
他まかせでないから、生きる姿そのものが美しいのです。









アガサ 葉山在住 霊媒 Medium AGATHA
~天国の人々の思いを伝えています~
霊交信(霊界通信)公開霊視







Posted on 2014/11/09 Sun. 11:05 [edit]

category: 思うこと

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09

記念日 

先日、我が家の記念日でした。

我が家では、

記念日の当人が 家族に感謝の気持ちを

伝えています。自然にそうなりました。



記念日だからといって、

どこかへ行きたい! 

プレゼント(物の)してほしい!

プレゼント(物の)したい!

ということが 全くないのです。

それが良いのかどうなのか・・・

分かりませんし、判断しようとも

思いません。

そうしたことに無関心なのでは

ありません。

人生に起こる色々なことのおかげで

何かがストンと落ちた感じが

しています。



家族全員が 健康でいられる。

話せる。

質素ながらも食事ができる。

食事に文句を言う家族もいない。

笑いあえる。

そして、

雨風、寒さ暑さをしのげる家に

住める。

ご近所の方々はとても親切_



これ以上、求めるものや欲しいもの等

何も私には ないなぁ〜

と、家族と共に話せることが

あらためて、しあわせの境地を感じます。



肩が凝ったら 肩をもみ、

肩の固さから

家族にかかっている負担を知ります。

無言の、言葉です。



子どもは元気に外で遊び、

愛犬と共にゆっくり歩く散歩道。

これを感謝せずには いられません。



誰一人、文句を言わず、

作ってくれる食事を残さず食べ、

洗濯してくれること、

掃除をしてくれる、

ふとんを干してくれること、

に感謝し、感謝され、

子は家事を手伝い、

子が人の道を歩けるように、

人として大切なことを話せる_

日常。



"私に、家族を授けてくださった。"

そうしたことに、

心からしみじみと思える一日でした。



記念日は 物をもらう日ではなく、

気持ち(念)を記す日

と 思っています。



何でもない平凡な日常に 私のすべてが あります。










ある日の、自分のお昼ご飯。
もちろん、これだけでは足りません。(笑)











アガサ





Posted on 2014/11/04 Tue. 09:16 [edit]

category: 日常

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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