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2014/08/13.Wed

いつか


心が苦しい、悲しい時。

人によっては、

慰めの言葉にさえ、苛立つことも

あるかもしれません。



苦しいのは、自分ひとり。

悲しいのは、私だけ。

どうせ、ありきたりの慰めの言葉を

言ってるだけなんだから・・・etc

と、まあ、書けばキリがありませんが

これは誰しもこう過った経験が

おありだろうと思います。

特に、家族や身内からといった、

自分と近い関係や距離にある人達から

言われると、余計に反発するものです。



でも、ちょっと考えてみて。

確かに、悲しいことや辛いことは、

身に起こった本人が ” 直接的体験 ” します。

この世の中、

直接的体験で済まされる世の中では

ありません。

関節的な体験であっても、

当人の悲しみや辛さというのは

周囲の人・・・特に、家族に

非常に大きな影響を与えます。

繊細な人が家族にいれば、

知人やご近所さんにいれば、

当人以上に、悲しみや辛さが

長引き残ってしまうことも、

現実 あるのです。



大切な人を、

家族を失う ということは

とても悲しく、辛いもの。

それだけ ” 大きな存在 ” なのですもの。

仕方ありません。

命というのは、それだけ尊いもの。



悲しみが続くあなたを

辛さが続くあなたを

見守り、慰めたいと願っている

ご家族もまた、

とても悲しく、辛いものです。

葛藤もあり、複雑な思いで おられます。



悲しむな、というのではありません。

辛くない、というのでもありません。

悲しいこと、辛いことを背負うからこそ

いたわり、ねぎらい、思いやりの心が

育つのだと思います。



苦しい時、悲しい時ほど、

世の中をみること。

世の中で起きていることを

見聞きすること。



悲しくても辛くても、心を腐らせてはいけない。



いつか、きっと別のものに変わっていくから。










数ヶ月前から顔を見せてくれるようなった、野良ちゃん。

とても可愛い女の子です。時折、遊んでくれます。

お天気が悪い日は、とても心配。健やかに生き抜いてくれることが私の祈り。






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