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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

お告げなんて 

お告げ、なんてものはない。

そう捉えるのは、そちらの欲。



お告げなんてものはない。

ただ、

すべてに 敬意を払う。持つ。



家族同士

親に

子に

妻に

夫に

動物の家族に。

家庭内で 出来てはじめて、

家庭外でも できる。

友達に、

先生に、

会社の同僚や上司に、

周囲に人々に。

動物たちに。

自然界に。



お告げなんてものは、ない。

あるのは、

あなたの周囲にあるすべてに、

敬意をはらう。

敬意をもつ。



真意を理解できたなら、

おかしな行動も 考え方も

消え失せる。

自分の日常での不調和も

なりを潜める。

そちらの世の中が 光り輝く。



お告げと捉えることも、

伝えることも、

すべては「 私欲 」。

すべては、

心の在り方次第。








アガサ





Posted on 2014/08/31 Sun. 05:59 [edit]

category: 思うこと

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31

青緑 

” 青緑を 好む人は

 家族を 守る、

 家を 継ぐ、

 本筋を行く・・・”




まだ薄暗い早朝に

この話しかけで目が覚めました。

( 一体、何のこと?・・・)

そう思い、

夢などは大抵、

ほとんど覚えていられないので

覚え書きさせてください。





合掌

アガサ







Posted on 2014/08/29 Fri. 10:42 [edit]

category: 思うこと

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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29

満たす 


物で 満たそうとする

知識で 満たそうとする

人で 満たそうとする

言葉で 満たそうとする



何かで 満たそうとしなければ

満たされなければ

不幸せなのか



お気に入りのものに

囲まれていなければ、

不幸なのか



物は 素晴らしい面と

そうではない面の両方がある。



災害や災難にあったとき、

ごっそり 自分のところから

奪われてしまう。

・・・今までは何だったのか

と。



私はいつも思う _

この世から、

ラベル的なものが なくなり、

一律となった時、

その時に はじめて

私たちは

大切なことは何であるか、

何が大切なのか、

ということを知るのだろうと。



物と情報が溢れると

廃退への道へ 歩んでゆく。

気づかないうちに。

麻痺しているから。

不安をもみ消すために

物と情報で自分を溢れさす。

いつまでたっても満たされない、のに。



何もなくなったときに、

満たされていく。

空っぽになった時に、

満たすということが

わかりはじめる。











Posted on 2014/08/26 Tue. 09:58 [edit]

category: 思うこと

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26

誕生日 


誕生日。

子どもにとっては、手放しで

最高の日!

大人であっても、特別な感じがします。



子に伝えていることは、

誕生日の朝、

「 おはよう。」の後、

一呼吸おいて、

誕生日の言葉を心をこめて言うこと。



「 いままで そだててくれて

 ありがとうございます。

 これからも よろしくおねがいします。」

と、親に言う。

少しはにかみながら。

でも、きちんと言う。

心から言う。



それを親に言う。

私は、

「 今まで元気に育ってくれて

 ありがとう。

 これからも 元気に育ちますように。

 おめでとう!」

と言う。

父にも、そう言う。

照れくさい気持ちと共に。

子の空気感は、素晴らしく輝き、
(オーラという言葉が私は苦手。)

家中の空気感も 爽やかに。



そして。

家の手伝いをすること。

何でもいい。

自分が出来ること。

テーブルを拭く。

ゴミ出しをする。

など。



誕生日。

お祝いの言葉を言われること、

他から良い関心を得られることは

誰にとっても嬉しいもの。

誕生日というのは、

プレゼントをもらえる日、

ケーキを食べれる日、

優しくしてもらえる日、

といったように埋め込まれるだけでは

勿体ない。

親はもちろんのこと、

今まで関わった人々、

他界された人々、

動物たち、

自然、

そうした「すべて」があって

今の自分がこうして元気で居られる_

この「現実」に向けての

感謝を心新たにする日でもある、

ということを 毎年毎年 子に

伝えています。



そうしたことが、現実に何に

影響するかなどは どうでもいい。

ただ、

心から感謝する_

これが本当にできるのと、

口先だけとは全く違ってきます。

人生が違ってきます。



霊界からのたくさんの愛が届き、

この世の人たちからの愛が届き、

それを感じ、

心で「よしっ!」と奮起する日。



子に伝えている我が家の誕生日の気持ち。





本当に、

おめでとう。









合掌

アガサ

Posted on 2014/08/22 Fri. 07:51 [edit]

category: 思うこと

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22

終戦の日に 


お昼ご飯を食べていたら、

葉山町でも正午に静かな音が鳴りました。

遠くでお寺の鐘の音も。



家族が

「何の音だろう」

「何で鳴るんだろう」というので、

終戦の日だからだよと私は言いました。



家族でいろいろなことを話しました。

戦争をするのは何故か?

戦争によってどうなったのか?

戦争となったキッカケは何だったのか?

誰が戦争に行くのか?

招集された人達の思いは?

どれだけの被害があったのか?

どういうことになったのか?

などを子どもにもわかるように

家族で話しました。



今も、世界のどこかで

戦争や内戦によって

命が奪われているということを

知らせてながら、

地球儀を見ながら。



発言力や権力、お金といったものに

物を言わせる人々を前にしても、

何が善で、

人として正しいのか、

を心に持ち、そう生きれるかどうか。

そういう時代になったら、

きっと、

お父さんとお母さんは

牢屋入りか、殺される、

と子どもに言いました。



人前で

自分の意見や気持ちを伝えることは

とても大切なことなんだよと

わが子に 話しました。

我を通すために ではなく、

人として生きるために。と。



話合いによる和解というのは

時間もかかるし、手っ取り早くありませんが、

「この世」での伝達方法です。



平和は、いとも簡単に崩壊します。

守り続けようと努力しなければ、

皆が皆、武装することで

” 身を守る ” ということならば、

殺人者だらけです。



これは、戦争だけではありません。

家庭でも、そう。

会社でも、そう。

学校でも、そう。

どこででも、そう。



尊い命がたくさん奪われた戦争。

そこに何があるというのでしょうか?

正義だと双方が言うけれど、人殺しには違いない。



わが子に、

他を思いやるというのは

実際にどういうことなのか、

どういうふうにすることなのか、

そうしたこともまぜながら話しました。



原爆が落ちた日、

終戦の日、

震災の日、

お盆、

その他 いろいろな日に

わが子に 親として伝えねばならない

思いを心から話し続けたいと

思います。















合掌

アガサ














Posted on 2014/08/15 Fri. 13:06 [edit]

category: 思うこと

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15

いつか 


心が苦しい、悲しい時。

人によっては、

慰めの言葉にさえ、苛立つことも

あるかもしれません。



苦しいのは、自分ひとり。

悲しいのは、私だけ。

どうせ、ありきたりの慰めの言葉を

言ってるだけなんだから・・・etc

と、まあ、書けばキリがありませんが

これは誰しもこう過った経験が

おありだろうと思います。

特に、家族や身内からといった、

自分と近い関係や距離にある人達から

言われると、余計に反発するものです。



でも、ちょっと考えてみて。

確かに、悲しいことや辛いことは、

身に起こった本人が ” 直接的体験 ” します。

この世の中、

直接的体験で済まされる世の中では

ありません。

関節的な体験であっても、

当人の悲しみや辛さというのは

周囲の人・・・特に、家族に

非常に大きな影響を与えます。

繊細な人が家族にいれば、

知人やご近所さんにいれば、

当人以上に、悲しみや辛さが

長引き残ってしまうことも、

現実 あるのです。



大切な人を、

家族を失う ということは

とても悲しく、辛いもの。

それだけ ” 大きな存在 ” なのですもの。

仕方ありません。

命というのは、それだけ尊いもの。



悲しみが続くあなたを

辛さが続くあなたを

見守り、慰めたいと願っている

ご家族もまた、

とても悲しく、辛いものです。

葛藤もあり、複雑な思いで おられます。

そして。

あちら(霊界)へ帰られた、

愛しいご家族もまた、

あなたの悲しみを知り、感じ、

悲しまれているのです。



悲しむな、というのではありません。

辛くない、というのでもありません。

悲しいこと、辛いことを背負うからこそ

いたわり、ねぎらい、思いやりの心が

育つのだと思います。



苦しい時、悲しい時ほど、

世の中をみること。

世の中で起きていることを

見ること。

知ること。



悲しみは、無くなりはしません。

苦しみも。



だけど、心を腐らせてはいけない。



いつか、きっと悲しみと辛さが

別のものに変わっていくから。










数ヶ月前から顔を見せてくれるようなった、野良ちゃん。

とても可愛い女の子です。時折、遊んでくれます。

お天気が悪い日は、とても心配。健やかに生き抜いてくれることが私の祈り。






Posted on 2014/08/13 Wed. 06:08 [edit]

category: 思うこと

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13

8/9 

子は 親を思い

親は 子を思う。

誰かが 誰かを思う。

偲ぶ。



違う世界に 住もうとも

違う世界へ 行こうとも

愛というのは かわらない。



むしろ、

愛は 深くなり、

伝え方や伝わり方だけが変わるだけ。



同じ世界で 生きていた時は

お互いが 遠く感じていても

違う世界で 生きると

お互いを 身近に 感じる。



朝を知らせる小鳥のさえずりのように

昼のような軽やかさと活気を

夜は 月や星の輝きのように

天国にいるあなたの言葉にならない思いを

悲しみに沈む家族に伝えよう。



必ず。











合掌

アガサ





Posted on 2014/08/09 Sat. 09:52 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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09

 


- - - - -

子供が1歳○ヶ月で亡くなり○月○日で
一年になりました。
私達家族は流れる涙は止まる事はありませんが、
最近では身内でも(敢えてかもしれませんが)
(中略)してくれる人はいないのに、
(中略)してくださって、
上手く表現出来ませんが、嬉しかったです。

きっと色々な事を犠牲にされ、
精神的にも体力的にも大変なお役目だと思います。

ほんとうにありがとうございました。

家族で映っている写真で○に映っているのが
亡くなった子供の○です。
亡くなる一週間前に撮りました。
(中略)

生きている時から私の子供とは思えないくらい、
穏やかで優しくて、
可愛らしい子で、
亡くなった今でさえ、私に愛情を注いでくれて、
ありがたいです。
私が与えるより与えてもらってばかりでした。

今日はほんとうにありがとうございました。

- - - - -

メールに写真を載せてくださいました。

ご家族の写真は、日常を写されたもので

とても温かさがあふれています。

本当に、天使のような子。



世の中では、いろいろなことで

幼い子どもたちの命が奪われています。

事故、

犯罪、

病気、

戦争やテロ。

特に、子どもたちの死は

胸をひきさかれるような思いです。



中には、

わが子を虐待し、

殺してしまう親さえ

います。

(親とは言えないけど)



物があふれた今、

親が子どもを守ることも

その守り方や育むことも

変わってきているのかもしれません。



でも、私はこう思います_

新しく考えるのではなくて、

昔のように、

本来あるべき姿に戻ることで

大切なことが見えてくるのではないか

そう思うのです。



いつも、死と隣り合わせ。

私たちは そうです。

恐れていきるわけではありません。

人間、いつどうなるかわからない。

だからこそ、

思いっきり人生を楽しむ・・・

のではなく、

人としての道を歩いて行きたいと

思います。



天国から来てくれる子どもたちは

私に、

「 愛を伝えて 」

と言います。

「 悲しまないで 」

と言います。

その純粋な気持ちは、

あまりにも

健気で、

清らかなで、

明瞭で、

その美しさに涙がこぼれます。



どこに住もうとも、

健やかにのびのびと生きてほしい。

心から そう願うのです。






懐かしい頃。皆だれしも、子どもでした。
※この写真は頂いたものではありません。




合掌

アガサ







Posted on 2014/08/02 Sat. 04:33 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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02

なかなか眠れない (不眠症) 


先日、ご家族がなかなか眠れないので

可哀想だと耳にしました。

私も、小学校5、6年生の頃に

突然、眠れなくなりました。

朝方に うとうとする程度でした。

そうなりますと、

夜、眠る時間が近づいてくると

不安になりました。

・・・今夜も寝れないんじゃないか・・・

と。

案の定、寝付けません。

何かストレスらしきものがあったっけ?

もう随分昔の話なので、思い出せませんが

私の場合は大したストレスなど

なかったと思います。

そんな不安の最中、はたと思いました。

” 人間、いつかは眠るんだろうし、

 寝ようと焦るから眠れないんだ。

 じゃ~いいや。

 眠くなるまで、寝なくていいよ!

 私!”

そう自分に話していたもんです。



この頃は、蕁麻疹もひどくなり、

全身にひろがりました。

眠れないのは、なんとかまぎれても

蕁麻疹の痒さと辛さには参りました。

近所のお医者さんで、診て頂き、

毎日、注射を打ってもらっていました。

一週間目ぐらいだったか、

注射をしてもらっている途中で、

気分が悪くなり、気を失いそうに

なりました。

今風に言うと” ヤバい!” 状態です。

” 蕁麻疹も出るなら出ればいい。

 気を失うほど気分が悪くなるのは

 おかしいんだから。”

小学生の私はそう思い、通うのを

やめました。



中学生になり、不眠症も蕁麻疹も

いつのまにかス~と治まっていきました。



原因や直し方というのは色々あると思います。

日本の医療は、とても素晴らしいと

思います。

でも、私は、こう思うんですよ。

自分の身体なりの理由があって、

そうなるんだと。

身体が声にならない悲鳴をあげて

いるんだろうって。

だから、症状として出てくるのだと。



眠れない時期、

眠れなくて悶々としたり、

夜がくるという不安で

仕方がなかった小学生の頃。

眠れない時間が私にはあるんだと

気づきました。

ならば、

眠れない。苦しい。嫌だ。・・・

そう思うのはやめようと思いました。

自分に与えられた時間なのだと

思うようにしました。

隣で寝ている家族の安眠妨害に

ならないように、

薄暗い手元照明を点け、

しあわせな気持ち、

やさしい気持ちになれるような

本を読むことにしました。



私の身体も大切。

私の心も大切。

心も身体にはいつもお世話に

なっている。

小学生の私は、

自分の心と身体に

「ありがとう」という気持ちを

心温まる本を読むことで

感謝しようと思ったのかも、

しれません。



改善する治療が悪いわけではない。

ただ、私には合わなかっただけ。

他の人には合っても、です。

人のことを思って、

思いやりで進化している医療と

思いたいです。

他かどうこうではないのです。



結局、

自分の心と身体というのは、

自分が一番の仲良しでありたい_

そう思うのです。



リラックスしろと言われても、

リラックスしにく自分がいるならば

それで良いと思います。

リラックスの方法なんて、

人それぞれですもの。



ただ、

自分の心が、

温かくなるようなことを

優しい気持ちになるようなことを

してあげた方が自然かな・・・

と思います。



穏やかな気持ち、

優しい気持ち、

というのは、

私たちが思っている以上に

想像する以上に、

静かではありますが、

とてもパワフルなエネルギー

なのだと思いますよ。



身体と心は、

難しいことなんて

望んでないんです。

それは、私が知っています。



思いやりをかける。

思いやりを頂く。

この両方のバランスをとることが

すべてに繫がっているんじゃないかな~

って思うのです。

自然に、バランスよく

思いやりをかけれているならば、

自然と思いやりを頂くでしょう。

バランスは、自然にとれて行きます。

(ガツガツしなくたって。ね。)



あなたがいつか

そのうち、

ぐっすりと眠れますように。

” ああ、やっと寝れる!”

お布団に大の字になれるしあわせを

噛み締めながら。

そう 心から祈ります。








今年初めて、近所の海へ入りました。
浜辺には可愛い桜貝がありましたよ。



合掌

アガサ




Posted on 2014/08/01 Fri. 05:29 [edit]

category: 思うこと

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