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2014/08/26.Tue

満たす


物で 満たそうとする

知識で 満たそうとする

人で 満たそうとする

言葉で 満たそうとする



何かで 満たそうとしなければ

満たされなければ

不幸せなのか



お気に入りのものに

囲まれていなければ、

不幸なのか



物は 素晴らしい面と

そうではない面の両方がある。



災害や災難にあったとき、

ごっそり 自分のところから

奪われてしまう。

・・・今までは何だったのか

と。



私はいつも思う _

この世から、

ラベル的なものが なくなり、

一律となった時、

その時に はじめて

私たちは

大切なことは何であるか、

何が大切なのか、

ということを知るのだろうと。



物と情報が溢れると

廃退への道へ 歩んでゆく。

気づかないうちに。



不安をもみ消すために

物と情報で自分をぼやかす。

いつまでたっても満たされない自分。



何もなくなったときに、

満たされていく。

空っぽになった時に、

満たされていたのだということが

わかりはじめる。











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2014/08/22.Fri

子の誕生日


誕生日。

子どもにとっては、手放しで

最高の日!

大人であっても、特別な感じがします。



子に伝えていることは、

誕生日の朝、

「 おはよう。」の後、

一呼吸おいて、

誕生日の言葉を心をこめて言うこと。

(さあ、何を言うのかな?)



「 いままで そだててくれて

 ありがとうございます。

 これからも よろしくおねがいします。」

少しはにかみながらそう言われました。

(親にそんなことを言うのって恥ずかしいだろうなぁ)



「 今まで元気に育ってくれて ありがとう。

 これからも 元気に育ちますように。

 おめでとう!」

と私。



子の空気感は、素晴らしく輝き、
(オーラという言葉が私は苦手。)

家中の空気感も一瞬にして爽やかになりました。



そして、いつもより家の手伝いをする。

ひとつ、大きくなったんだね。



誕生日。

お祝いの言葉を言われること、

他から良い関心を得られることは

誰にとっても嬉しいもの。



誕生日は、

プレゼントをもらえる日、

ケーキを食べれる日、

優しくしてもらえる日、

だけでは勿体ない。

親はもちろんのこと、

今まで関わった人々、

他界された人々、

動物たち、

自然、

そうした「すべて」があって

今の自分がこうして元気で居られる_

" おかげさまで "の気持ちを心新たにする日でもある、

ということを 毎年毎年 子に伝え続けたいと思います。



それが、現実、何に影響するかなどは どうでもいい。

生まれてきてくれたことに心から感謝したい。







本当に、

おめでとう。








アガサ







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2014/08/15.Fri

終戦の日に


お昼ご飯を食べていたら、

葉山町でも正午に静かな音が鳴りました。

遠くでお寺の鐘の音も。



家族が

「何の音だろう」

「何で鳴るんだろう」というので、

終戦の日だからだよと私は言いました。



家族でいろいろなことを話しました。

戦争をするのは何故か?

戦争によってどうなったのか?

戦争となったキッカケは何だったのか?

誰が戦争に行くのか?

招集された人達の思いは?

どれだけの被害があったのか?

どういうことになったのか?

などを子どもにもわかるように

家族で話しました。



今も、世界のどこかで

戦争や内戦によって

命が奪われているということを

知らせてながら、

地球儀を見ながら。



発言力や権力、お金といったものに

物を言わせる人々を前にしても、

何が善で、

人として正しいのか、

を心に持ち、そう生きれるかどうか。

そういう時代になったら、

きっと、

お父さんとお母さんは

牢屋入りか、殺される、

と子どもに言いました。



人前で

自分の意見や気持ちを伝えることは

とても大切なことなんだよと

わが子に 話しました。

我を通すために ではなく、

人として生きるために。と。



話合いによる和解というのは

時間もかかるし、手っ取り早くありませんが、

「この世」での伝達方法です。



平和は、いとも簡単に崩壊します。

守り続けようと努力しなければ、

皆が皆、武装することで

” 身を守る ” ということならば、

殺人者だらけです。



これは、戦争だけではありません。

家庭でも、そう。

会社でも、そう。

学校でも、そう。

どこででも、そう。



尊い命がたくさん奪われた戦争。

そこに何があるというのでしょうか?

正義だと双方が言うけれど、人殺しには違いない。



わが子に、

他を思いやるというのは

実際にどういうことなのか、

どういうふうにすることなのか、

そうしたこともまぜながら話しました。



原爆が落ちた日、

終戦の日、

震災の日、

お盆、

その他 いろいろな日に

わが子に 親として伝えねばならない

思いを心から話し続けたいと

思います。















合掌

アガサ














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2014/08/13.Wed

いつか


心が苦しい、悲しい時。

人によっては、

慰めの言葉にさえ、苛立つことも

あるかもしれません。



苦しいのは、自分ひとり。

悲しいのは、私だけ。

どうせ、ありきたりの慰めの言葉を

言ってるだけなんだから・・・etc

と、まあ、書けばキリがありませんが

これは誰しもこう過った経験が

おありだろうと思います。

特に、家族や身内からといった、

自分と近い関係や距離にある人達から

言われると、余計に反発するものです。



でも、ちょっと考えてみて。

確かに、悲しいことや辛いことは、

身に起こった本人が ” 直接的体験 ” します。

この世の中、

直接的体験で済まされる世の中では

ありません。

関節的な体験であっても、

当人の悲しみや辛さというのは

周囲の人・・・特に、家族に

非常に大きな影響を与えます。

繊細な人が家族にいれば、

知人やご近所さんにいれば、

当人以上に、悲しみや辛さが

長引き残ってしまうことも、

現実 あるのです。



大切な人を、

家族を失う ということは

とても悲しく、辛いもの。

それだけ ” 大きな存在 ” なのですもの。

仕方ありません。

命というのは、それだけ尊いもの。



悲しみが続くあなたを

辛さが続くあなたを

見守り、慰めたいと願っている

ご家族もまた、

とても悲しく、辛いものです。

葛藤もあり、複雑な思いで おられます。



悲しむな、というのではありません。

辛くない、というのでもありません。

悲しいこと、辛いことを背負うからこそ

いたわり、ねぎらい、思いやりの心が

育つのだと思います。



苦しい時、悲しい時ほど、

世の中をみること。

世の中で起きていることを

見聞きすること。



悲しくても辛くても、心を腐らせてはいけない。



いつか、きっと別のものに変わっていくから。










数ヶ月前から顔を見せてくれるようなった、野良ちゃん。

とても可愛い女の子です。時折、遊んでくれます。

お天気が悪い日は、とても心配。健やかに生き抜いてくれることが私の祈り。






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2014/08/09.Sat

8/9

子は 親を思い

親は 子を思う。

誰かが 誰かを思う。

偲ぶ。



違う世界に 住もうとも

違う世界へ 行こうとも

愛というのは かわらない。



むしろ、

愛は 深くなり、

伝え方や伝わり方だけが変わるだけ。



同じ世界で 生きていた時は

お互いが 遠く感じていても

違う世界で 生きると

お互いを 身近に 感じる。



朝を知らせる小鳥のさえずりのように

昼のような軽やかさと活気を

夜は 月や星の輝きのように

天国にいるあなたの言葉にならない思いを

悲しみに沈む家族に伝えよう。



必ず。











合掌

アガサ





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2014/08/02.Sat


- - - - -

子供が1歳○ヶ月で亡くなり○月○日で
一年になりました。
私達家族は流れる涙は止まる事はありませんが、
最近では身内でも(敢えてかもしれませんが)
(中略)してくれる人はいないのに、
(中略)してくださって、
上手く表現出来ませんが、嬉しかったです。

きっと色々な事を犠牲にされ、
精神的にも体力的にも大変なお役目だと思います。

ほんとうにありがとうございました。

家族で映っている写真で○に映っているのが
亡くなった子供の○です。
亡くなる一週間前に撮りました。
(中略)

生きている時から私の子供とは思えないくらい、
穏やかで優しくて、
可愛らしい子で、
亡くなった今でさえ、私に愛情を注いでくれて、
ありがたいです。
私が与えるより与えてもらってばかりでした。

今日はほんとうにありがとうございました。

- - - - -

メールに写真を載せてくださいました。

ご家族の写真は、日常を写されたもので

とても温かさがあふれています。

本当に、天使のような子。



世の中では、いろいろなことで

幼い子どもたちの命が奪われています。

事故、

犯罪、

病気、

戦争やテロ。

特に、子どもたちの死は

胸をひきさかれるような思いです。



中には、

わが子を虐待し、

殺してしまう親さえ

います。

(親とは言えないけど)



物があふれた今、

親が子どもを守ることも

その守り方や育むことも

変わってきているのかもしれません。



でも、私はこう思います_

新しく考えるのではなくて、

昔のように、

本来あるべき姿に戻ることで

大切なことが見えてくるのではないか

そう思うのです。



いつも、死と隣り合わせ。

私たちは そうです。

恐れていきるわけではありません。

人間、いつどうなるかわからない。

だからこそ、

思いっきり人生を楽しむ・・・

のではなく、

人としての道を歩いて行きたいと

思います。



天国から来てくれる子どもたちは

私に、

「 愛を伝えて 」

と言います。

「 悲しまないで 」

と言います。

その純粋な気持ちは、

あまりにも

健気で、

清らかなで、

明瞭で、

その美しさに涙がこぼれます。



どこに住もうとも、

健やかにのびのびと生きてほしい。

心から そう願うのです。






懐かしい頃。皆だれしも、子どもでした。
※この写真は頂いたものではありません。




合掌

アガサ







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2014/08/01.Fri

なかなか眠れない (不眠症)


先日、ご家族がなかなか眠れないので

可哀想だと耳にしました。

私も、小学校5、6年生の頃に

突然、眠れなくなりました。

朝方に うとうとする程度でした。

そうなりますと、

夜、眠る時間が近づいてくると

不安になりました。

・・・今夜も寝れないんじゃないか・・・

と。

案の定、寝付けません。

何かストレスらしきものがあったっけ?

もう随分昔の話なので、思い出せませんが

私の場合は大したストレスなど

なかったと思います。

そんな不安の最中、はたと思いました。

” 人間、いつかは眠るんだろうし、

 寝ようと焦るから眠れないんだ。

 じゃ~いいや。

 眠くなるまで、寝なくていいよ!

 私!”

そう自分に話していたもんです。



この頃は、蕁麻疹もひどくなり、

全身にひろがりました。

眠れないのは、なんとかまぎれても

蕁麻疹の痒さと辛さには参りました。

近所のお医者さんで、診て頂き、

毎日、注射を打ってもらっていました。

一週間目ぐらいだったか、

注射をしてもらっている途中で、

気分が悪くなり、気を失いそうに

なりました。

今風に言うと” ヤバい!” 状態です。

” 蕁麻疹も出るなら出ればいい。

 気を失うほど気分が悪くなるのは

 おかしいんだから。”

小学生の私はそう思い、通うのを

やめました。



中学生になり、不眠症も蕁麻疹も

いつのまにかス~と治まっていきました。



原因や直し方というのは色々あると思います。

日本の医療は、とても素晴らしいと思います。

でも時々、こう思うんですよ。

自分の身体なりの理由があって、

そうなるんだと。

身体が声にならない悲鳴をあげて

いるんだろうって。

だから、症状として出てくるのだと。



眠れない時期、

眠れなくて悶々としたり、

夜がくるという不安で

仕方がなかった小学生の頃。

眠れない時間が私にはあるんだと

気づきました。

ならば、

眠れない。苦しい。嫌だ。・・・

そう思うのはやめようと思いました。

自分に与えられた時間なのだと

思うようにしました。

隣で寝ている家族の安眠妨害に

ならないように、

薄暗い手元照明を点け、

しあわせな気持ち、

やさしい気持ちになれるような

本を読むことにしました。



私の身体も大切。

私の心も大切。

心も身体にはいつもお世話に

なっている。

小学生の私は、

自分の心と身体に

「ありがとう」という気持ちを

心温まる本を読むことで

感謝しようと思ったのかも、

しれません。




自分の心と身体というのは、

自分が一番の仲良しでありたいと思うのです。



リラックスしろと言われても、

リラックスしにく自分がいるならば

それで良いと思います。

リラックスの方法なんて、

人それぞれですもの。



ただ、

自分の心が、

温かくなるようなことを

優しい気持ちになるようなことを

してあげた方が自然かな・・・

と思います。



あなたがいつか

そのうち、

ぐっすりと眠れますように。

” ああ、やっと寝れる!”

お布団に大の字になれるしあわせを

噛み締めながら。









今年初めて、近所の海へ入りました。
浜辺には可愛い桜貝がありました。








アガサ

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