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Author:アガサ
他界された愛するご家族、大切な方との対話を地道にお伝えしています。

アガサ

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嬉しい知らせ

2014.07.31 20:14|日常

嬉しいお知らせは、順番をつけられません。

悲しみを乗り越えられる過程も、

しみじみと感謝するようになったと

しみじみおっしゃるお顔を見れるのも、

悲しみの涙が、安堵の涙へと

移ろいでゆくことも、

すべてに ほっと致します。



でも、嬉しかったなぁ~

” 産まれました。安産です。”

というお知らせ。



天国に行かれた方々とお話していますと

様々なお話に、

時に 驚き、

涙し、

笑い、

複雑な気持ちになります。



天から授かった命。

どうぞ、

末永く お守りください。



あぁ、良かった!

本当に、良かった!

あとで、お水で乾杯しますね、

天国に住んでらっしゃる、

あなたの愛しい方々と。











合掌

アガサ












今朝の夢


今朝、いつものように

午前4時頃に目が覚め、アガサ部屋へ。

静かな時間をしばらく持ったあと、

何となく、もう一眠りしようと

思いました。

時間にして、1時間ほど眠ったでしょうか。

その間に、不思議な夢を見ました。



見たこともない年配の女性が 私に

話しかけてくれているところから

記憶があります。

彼女の周りには、多くの子どもたち。

赤ちゃん、小さな子どもたちが

楽しそうに遊んでいました。

彼女は、

「 これくらいの子ども達が、一番可愛いねぇ~。』

とおっしゃるのです。

子どもが大好きなようです。



夢の中の私は、

なぜ、彼女の周りに

子どもたちが多くいるの?

見ず知らずの女性なのに

はっきりとしたこの存在感が

不思議でなりませんでした。



” 何か、言いたいのかも。”

そう思うも、いつものように

流すことにしました。



そして、その意味が

数時間後に わかりました。

その女性と子どもたちは、

再び登場されて、

ご依頼人さんに

深い愛と存在を伝えに来られたのでした。



やってきてくれた小さな子どもさんは

突然、私の身体をドンっと押しました。

お母さんへの愛を何度も伝えてと

言うのです。



「 大好き。」



と。

その後も、何度も何度も言ってと

言わんばかりに、私の服を掴みます。

愛を伝えるのは、

どれだけ言葉を重ねても

言い尽くせなくて、

最後の方で、私は 泣いてしまいました。



ねぇ、ボク。

あなたの気持ちは、

お母さんと

そろそろ産まれてくる兄弟に

しっかりと

届いていると思うよ。

私は、そう思うよ。












合掌

アガサ










前橋サークル

2014.07.25 06:30|思うこと

スピリチュアルということが

ビジネスに傾倒され始め、

アヤシげなビジネスと揶揄され

地に足がつかない人格を形成?

育成されている感があるのは

皆さんもご周知のとおりです。

スピリチュアルは、もはや、

ファッションのようになり、

気安く、

お金稼ぎ?

特別意識を持つため、

発露させるための「道具」と

なってしまいました。



40年以上も、前から"他界の友人たち"から聞かされることと、

こちらのことがかけ離れていると

本当に腹立たしく思う時期もありました。



そんな私にお声をかけて下さったのは、

群馬の前橋市のKさん。

2年前のある日、

” 素敵な仲間達と幸せになる愉しい時間を

 共有していけたら・・・”

というメールを頂きました。

霊能者や霊媒養成など全く無意味と思っている私は、

現実と良識を大事にしながら自由にさせて頂いてます。



前橋サークルは、2年目。

参加者全員の空気も整い出し、相乗するものも出てきました。

現実に根ざしたこうした会はとても心地良いです。




先日、家族で横須賀美術館に行ってきました。
久しぶりのおでかけでした。




合掌

アガサ











親はひとり、でも。

2014.07.21 05:30|日常

ご事情があって、

「 親は自分ひとり 」の方々は多く

いらっしゃいます。

経済的、精神的、いろいろな面で

ご苦労、ご心労が耐えないでしょう。

でも、どうか、

” 引け目 ” を感じないで頂きたいのです。

片親だから、苦労する・・・

片親だから、心が育ちにくい・・・

などとは思わないで下さい。

それは、偏見です。

両親がいても、

皆それぞれにいろいろな事情があり、

苦労するでしょうし、

心が育つとは限りません。



いづれにせよ、

親が物事を偏見視しないこと。

子どもに望むように、

親自身の行動も そうあること。

大人になるから許されることが

増えるのでは、ありません。

大人になったら好き放題していい、

のではありません。



親であるということに、

時に 不安になり、

すべてのプレッシャーから

逃げたくなることもあるでしょう。

子どもがいなかったら・・・

ひとりになりたい・・・

頼れるパートナーが欲しい・・・

と。

そう思って、自然です。

しかしながら、

世の中に起こっている事件のひとつに

再婚、または、同棲相手が

子に対して 虐待をする_

この問題が頻発していることを

忘れてはなりません。

いつも子どもが犠牲となります。

もちろん、

誠実で思いやりに満ちた方も

おられます。



子どもが不幸になっていくのは、

親が、親でなくなる状態です。

親が恋愛に重きを置きますと、

子どもの存在が、

希薄な存在になります。

そうして_

いろいろな不調和音が鳴り響いて

ゆくのです。

人を好きになってはいけない、

というのでは ありません。

異性としてどうかだけではなく、

父親としてどうか、

母親としてどうか、

ということが最優先になるのは

言うまでもありません。




親がひとりであろうと、両方揃っていようと

子育ては、楽ではありません。


簡単だと、楽だと、思うことの方が不自然です。

簡単で楽でないからこそ、

素晴らしいことがたくさんあるのです。



いつか、必ず_

子の存在が 親を助けます。

親が、

自分のために必至に生きて、

育ててくれたことは、

子どもの心に刻み込まれます。

子が、

卒業式の日を迎える時・・

勤め出したら・・・

独り暮らしをしたら・・・

結婚したら・・・

子が産まれたら・・・

子育てをしていたら・・・

子があなたの年齢になったら・・・

子の人生の中の、その時期に

親が自分を育ててくれた道のりが

わかるのです。



スケジュール管理と楽しいイベントで埋め尽くすことが、

家庭の役割ではないのです。

家族、家庭というところは、

心を育むところ。





携帯やインターネットの世界ではなく、

実際の、

目の前にいる、

一つ屋根の下で生活をしている家族に目と心を向けること。



人生なんて、あっという間。

一緒に過ごせる時間は、あっという間。




アガサ



子どもを信じる

2014.07.16 05:55|日常

昨夜届いた一通のメールには、

親御さんの不安で不安で、

いたたまれない気持ちが

たくさん載せられていました。

こうしたご相談には、

当然ながら「霊視不要」です。

メールの最後に

こう書かせて頂きました。



- - - - -

一番避けたいのは、

親がジタバタすること。

子どもさんが、

他界されたわけではないでしょう?

子どもを亡くした親御さんは、

自分を責めて責めて・・・

責め続けている方々は

たくさんおられる。

私も思いが伝わり、苦しくなります。

だけど、

” 苦しくても悲しくても、

 親は生きて下さい。

 愛しい子どもさんはそう願っていますよ。”

と心から伝えます。

あなたの子どもたちは、

元気に生きててくれてるでしょう。

子ども達を信頼して。

子どもたちと同じ目線で

「おしゃべり」をしてみてください、

夏休みは。

(中略)

子どもにも、感情があります。

大人より繊細です。

大人がぎゃーぎゃー言ったり、

ジタバタしたり、

我欲に満ちて、どうするんですか?

と思います。(苦笑)

親だって、人間。

時に、ジタバタもするけれど、

親としての本物のど根性を

育てていきましょう。

子どもたちを見てごらんなさい。

頑張ってるでしょう?
(命を輝かせているでしょう?)

夏休みがもうすぐだから、

嬉しそうでしょう?!

それを大事にしてあげて。

- - - - -



子は親の鏡だと思います。

親が「心」を大切にして生きれば、

子どもは「心」を大切にします。

親が、無作法であれば、

子も、無作法。

親が真実を語り、生きれば、

子も真実を大切にします。



今は、ゲームやインターネットなど

便利で楽しい物はたくさんあります。

そうした「受け身の娯楽」や

「架空世界」に慣れてしまうと

人間は、脳を使わなくなります。

考えようとしなくなります。

見た目の楽しさや楽さに

流れていこうとします。



社会問題や犯罪、

こうしたことの芽は

子どもの頃から

少しずつ 少しずつ

育っていくのです。

突然に、育つわけではないのです。



子育てが大変と言いますが、

子育てが大変なのではなくて、

親となった側が、

自分の感情を見つめる機会が多いのが

大変と感じるのです。



子どもは、

本当に素晴らしいのです。

信じて。

守って。

心をこめて。

命はそうして育むのだと

思うのです。



育児書や著名な方々の教育論、

学校や塾が、

子を育てるのではなく

親自身が、自らの「人となり」を以て生き

子どもが親の背中(生き様)を見て育つのです。

それが、子育てだと思います。



静かに遊ぶ「物」を与えるのではなく、

自分の心を見つめる機会を

与えることの方が

子どもたちが困った時の手助けと

なります。



そう思います。







アガサ





これからの時代に大切なこと

2014.07.05 05:04|思うこと

我が家にはテレビがありません。

そう選びました。

ニュースは、家族が世界中のニュースに

目を通すのが日課となっていて、

毎日のように、こう言ってきます_

「 知るべきニュースは放送されず、

 政府にとって都合の良いことだけを

 記事したり、放送したりするのが

 腹が立って仕方がない。」

と。

私は、霊媒道に入りましてからは

ニュース(情報)を読むのは最低限に

していますが、家族の気持ちは

よくわかります。



世の中の流れが、

どうなってきているのか を

空気でさえも伝わるようです。

そんな時代になったのでしょうね。



どういう時代であっても、

大切なのは、

「 自分と向き合う 」こと。

「 考える習慣 」をつける、

「 心と命の尊厳 」だと思います。



先日、家族からこのようなことを

聞かされました。

最近、

10代、20代の人達のところに

” 自衛隊への勧誘 ” ハガキや封書が

届くそうです。

中学生のところにも 届いたそうです。

その子は妙だと思い、学校の先生に

話したそうです。

そういうことなんですよね。

少しでも、良識や常識で

「 おかしいんじゃないか?」

そう思えたら、周囲の人に話す_

ということ判断が 大切なことだと思います。

「 なんだ、これ?」といって、

ゴミ箱にポイっと捨てる、

また、ハガキや封書が届く、

また、ゴミ箱に捨てる、・・・繰返し。

大抵はそうだと思います。



面倒な状態、

自分には関係ないと思うこと、

楽しくない状態、

綺麗でない状態、

そうした状態が 嫌だから

無関心を重ね、

自分の興味のひかれることだけに

頭と時間を割く・・・

今のこうした時代を支えているのかも、

しれません。



以前に、

「 私は自分の家族のことだけが

 気になるんです。

 他の人のことは、どうでもいいというか、

 自分のところが しあわせだったら、

 良いんです。」

とおっしゃった方がいました。

驚きましたが、正直な方だなと思いました。(苦笑)



政治家の皆さんもそうですね。

国民の生活がどうこうよりも、ご自分が選挙に勝つことだけがお仕事のようですから。

それはそれは生き難い世の中になっていきます。





私達に出来ることは、

考える習慣を持つこと。




これからの時代には、

物事を冷静に多方面から考えることが

生きていくうえで大切。








虫たちの生きる場、この立派な木も、近いうちに伐採されることでしょう。
西日から、強風から、我が家を護ってきてくれました。
たとえ、伐採されても 私と家族は忘れません。
いつも、ありがとう。



アガサ

母と娘


季節はいつのまにか、夏。7月。

先日お越し下さった方は、

ご依頼、瞑想会の場でお会いする方で

葉山町在住の方。

透き通るような色白のお肌。

すぐに日焼けする私とは大違い。

髪型もとても似合っています。



さて。



部屋にお通しし、

他愛もないお天気などの話をしながら、

いつものように 自然に 穏やかに調整。

しばらくしますと、

Tさんがお越しになる前から来られていましたおふたりが、

お越しになりました。



Tさんがお見えになる前、

” ○○の母です。”

と話してくださいました。

「お母さんと私で、何気ない会話をしていたのですよ。」

とお伝えしておきました。

もちろん、会話の内容も。

その会話の内容に、

愛しいお母さんを思い起こすことが

含まれていたようです。

お母さんらしさを耳にされ、

涙をぬぐっておられたようです。



お母さん、若くして他界されたお祖父さん、

ご依頼人、そして、私。

見た目、2人なんですけれども

4人での会話のひとときは、

ご依頼人さんにとって

とても佳い機会となったようです。

表情に輝きが増しておいででした。



他界から届く内容は、

突拍子ではなく、

私たちが悩みを持っていても

” あぁ、そうだな。その通りだな。”

と 思えます。

無理なく、自然な感じです。



さあ、そろそろ終わりかなと思えたその時に、

突然、

お母さんは私と重なって来られました。

お母さんが私に託される思いを

伝わってくるままに

さっと走り描きのような絵でも

ご説明しました。

それらは お母さんが

よくそうしておられた姿でおられたようです。



「今のこの状態をどう表現しようか・・・

 すみません。

 言葉が見当たりません。」

というようなことを言いながら、

何か お伝えしていたと思います。



気が少し遠のいている私の耳に聞こえたのは、

「 とても今、母を 感じます。」

という言葉でした。

母がそこに居るのが、わかる _

これはもう、言葉では説明の

つかないことなのです。

体感されたご本人にしかわかりません。





Tさんは、お母さんの愛に包まれ、

ご自身の胸の内も「よしっ!」

という希望と意欲の光で

輝かれていました。



「 すっきりしました。」



そうおっしゃるお顔とお姿は

葉山の自然のように、

爽やかで しなやかでした。







きのこのキャンドル、なんて可愛いのでしょう!
ほのぼのします。
部屋がまるで 緑いっぱいの自然の中にあるようです。
アンティークな感じの一輪差しも 素敵で和みます。ありがとうございます。





アガサ






わたしを生きる、とは

2014.07.02 13:20|思うこと

頂いたメールの中に

”「わたしを生きる」ことって 何だろう?”

と書かれていました。



きっと、答えはないのだろうと

思います。

一生懸命に やってることが

「 わたし 」であるかは

判りませんし、

思い通りに、好きなことを

している自分が

「 わたし 」かどうかも

定かではありません。



よくわかりませんが、

人間って、

ある程度の年齢になれば なのか、

ある程度のところまで 行くと

次第に、

子どもの頃の自分に 戻って行く

のではないかなぁ・・・

と、最近思う機会が多いです。



自分自身を振り返っても

そう 思います。



他の人を見聞きして、

” あぁ、何て素晴らしい生き方や

考え方をされるのだろう!”

と思えて、ふと、

私は どうなんだろう?

私は 私らしく生きてるのかな・・・

そう 思ってしまいます。

本当は、

こういうふうに生きたい、

あんなふうに生きたい、

いろいろなことが頭と胸に

押し寄せます。

そして、それら自体が

わがままに 思えるかも しれない。



もし、あの時 ああしていれば・・・

あっちを選んでいれば・・・

私も 何度も 思ったことがあります。

そして、

最後は、いつも同じところに

辿り着きます_

” 私は、

平凡中の平凡。

でも、私を育ててくれた家族がいて、

もう会わないだろう学校の先生方がいて、

多分、会わないだろう旧友たちがいて、

心から愛したペットたちを見送り、

今も、わが子同然、大好きだ。

「 わたしを生きる 」、

「 わたしとは? 」、

「 わたしって何だ?」、

というのは全くわからないけど、

今、生きていれることはスゴいこと。

そう思えてるってことは、しあわせなんだ。

それで 十分かも。

そう思うわたしがいる。

これが「 わたし 」だ。”





生きていて 何の役にたつのか、

生きていて 何になるのか、

何のために 生きているのか、

生かされているのか、

わからないし、

知ろうとも 思わないけれど、

生きたくとも

生きれなかった時代があり、

事故や事件や災害で

命を奪われた多くの人たちが

おられる。

他人事では ないのは、

肌で感じてる。

どこにでもいるような、

平々凡々とした私だけど、

毎日、同じようなことも

丁寧に 生きることで

何か・・・

言葉には 出来ない「何か」に

なってるんじゃないかって

思うのです。



自分を生きるっていうのは、

そういうことなんだろうと思います。








Yさんから頂いた、可愛いコップ。
手に馴染むんですよ。
大量生産ではないものが、私のお気に入りです。






アガサ