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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

生き様 


静かに笑う顔、

一点を見つめる顔、

自然の中にたたずむ姿。

何気ないしぐさ。




それらを 垣間見るだけで、

その人の 生き方_

人生が どのようであったのか、

ふところの深さが

感じ取れます。




私は これこれをしています

私は どこどこへ行ってきました

私は こういう者です

私は これを持っています

私の家族は こんなことをしてます

私は、 私は、 私は、・・

果てしなく続く「私」という説明。



自分を 語ることが

必要でしょうか。

そんなにも 多くの言葉が

必要なのでしょうか。



言葉では 語れないものが あります。

それは、

生き様。

精神。

心。



言葉を越えたもの というのは

言葉で説明されるよりも

はるかに 大きく 偉大なものです。



一切の 誤摩化しなど 通用しない、

ひとつとして 同じものなどない、

魂 というものです。
















酒井雄哉大阿闍梨 に 捧げます。



合掌








アガサ AGATHA
~天国からのメッセージをお伝えしています~

Posted on 2013/09/24 Tue. 17:00 [edit]

category: 思うこと

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24

アセンション という アレ 


何年か前から、

いわゆる「スピリチュアル系」の人達の間で

アセンション という言葉が

ひっきりなしに 用いられていた。

私でさえ、数人の知人から 聞かされた。

熱心に「アセンション」とやらのことを

熱弁する知人達。

海外での豊かな経験をもつ知人たちも

口にし、書籍なども すすめられた。



真剣に聞けば聞く程、

申し訳ないけれど、

笑いがこみあげてくる。

耳を傾けようとするほど、私の中にいる、

もうひとの私は、

お腹をかかえて笑い出している。(^_^)



” アセンション プリーズ ”
(若い人にはわからないと思います)

大昔に流行った言葉を文字って、

オヤジギャグ的。



決して、そういったことをバカしている

わけではない。

私も、そう 肌で感じている。

ただ、解釈が 違うだけ。



スピリチュアルが大好きな、

スピリチュアル系の人達の理解は、

次元がどうこう、とか、

そういう方面のことを期待し、

熱望し、願望し・・・

といった具合だ。

日常に起こる全てを 何でも

そっち系に

解釈してしまう癖が ある。



私は、正直、そんなことはどうでもいい。

不思議な現象を 待ち望むよりも、

現実生活を 皆が心穏やかに暮らせること

の方が 興味があるし、切望している。



私が感じている「アセンション」というのは

人間が 今迄

適当にしていたこと、

人を騙し騙しやってきたこと、

地球や他の生物に対しての暴君な振る舞い、

といったことに対して、

バランスが 取られてくること

だと 思っている。



天災といわれていることも、

人災といわれている放射能(放射線)のことも、

もともとは、

私腹を肥やすために、

必要なことをせず、

マンネリを小馬鹿にし、

地道な 地味な「確認」と「些細な疑問」を

もみ消し、

騙し騙しやり続けたことに「バランス」が

取られたのだと思う。

それのツケが 回って来た。

地球全体に関わる程、大きなツケだ。



このままじゃ いけない!

国には 任せておけない!

困った人たちを 救え!



この動きは、世界中を動かした。

小さな国、日本で起きた天災+人災を

豊かな国も、

貧しいといわれている国さえも、

救おうと 動いた。

国民も 動いていた。



困った人を助ける。

強きは 弱きを 助くる。



これが、

自然の、

宇宙の法則のひとつ。



” 悪いことしたら、バチがあたる。”

だ。

脅しでも 何でもない。

ただ、「正負のバランス」が働くだけ。



私たち国民ひとりひとりの意識が、

肩書きや 利権などを振りかざすことに

「それは おかしい」

と、声を出すように なってきた。



これが、私の認識する、

アセンション。

高次元がどうこうではない。



現実生活において、

日常において、

地球を含める「生命」を守り、

共存して生きることへの意識が

表に出始めた、ということ。

これなら、私は、納得できる。

目に 見えない世界のことや

占いや、

何とか療法や、

霊能者や 霊媒や ヒーラー、

一読では意味がわからないカタカナ職業の人達は

本当に意識の高さを 見せようではないか。

ぜひとも、

その ” 先駆者 ” 意識を 現実の日常で

より一層 表現して頂きたい。



道に ごみが落ちていたら、

ごみ箱へ入れたり、

持ち帰って、捨てたり、

また、

子どもが 泣いていたら、

怪訝そうな顔を 投げるのではなくて、

笑顔を 投げたり、

また、

重そうな荷物を持っている人が

後ろに並んでいたならば、

ドアをあけたり、

お先にどうぞと合図したり、、、



そういう「現実的な行動」を

怪しいと言われる職業の人達は、

目にみえない物や世界を扱っている人達は、

率先して、お手本を見せて欲しい。



本当の「学び」は、

そういうことなのだから。



アセンション とは、

ここ数年に 始まったことではなくて、

ずっと 昔から

続いていること。










人へ

動物へ

植物へ

環境へ

地球へ

そろそろ 恩返しを

した方が 良いんじゃないかなぁ。





生きてる間に。



















合掌








アガサ AGATHA
~天国からのメッセージをお伝えしています~

Posted on 2013/09/18 Wed. 05:36 [edit]

category: 思うこと

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18

夕暮れ 


台風が 去って

家の窓を開けた。

” 窓を 開けれるって しあわせだなぁ~ ”

そう 思った。



窓を開けることなんて、なんでもない

普段の 普通のことだけど、

有難いなぁ・・・ と思った。



同時に、東北の子ども達のことを

思った。

祈った。



しばらくすると、夕焼けの色が

いつもとは違う美しさだった。

思わず、

ウッドデッキに 出た。

オレンジ、

ピンク、

ゴールド、

パープル、、、

いろいろな色が混ざり合い、

重なり合って、見とれた。



自然の美しさを 携帯写真では撮れないだろう。

でも、撮ってみた。



実家の母に 久しぶりに電話をしてみたくなった。

京都も 台風の被害があると夫から聞いたから。

母も、家族も皆、元気そうだった。

わずか10分程の電話だったけど、

お互いの健康を気づかえることは

有難い。

最近、知人や身内が 次から次へと

亡くなるので、母は、「寂しいわ」と

話していた。

『 せやなぁ。

 せやけど、天国で皆、井戸端会議でもして、

 しゃべってるから、大丈夫やで。

 安心し~やぁ。』

と、私。




いつまでも 元気で いてほしい。








やっぱり、目で見る方が 美しい。







合掌






アガサ AGATHA
~天国からのメッセージをお伝えしています~

Posted on 2013/09/16 Mon. 18:17 [edit]

category: 思うこと

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16

愛する 


誰かを愛することで

いろいろな自分と 向き合う。

天にも昇るような!

しあわせな時も

あるだろう。

地に落ちていくような・・・

悲しみの時も

あるだろう。

相手の感情が ころころと変わり

それに 疲れ、

疑問を もったり、

何かの病名に あてはめようと

してしまう自分がいたり。

いろいろな「自分」と向き合う。



愛は いろいろな面を持つ。

愛は 進化する。

形を 変える。



条件が 揃わなくなっても、

大切な存在であれば、

条件がそろっている時と

変わらず、

大切な存在なんだと 気づく。



愛すると、

心が 傷つくことも 多い。

これもまた、愛の側面だろうと思う。



愛する過程で 傷つき、

悲しみ、

喜び、

しあわせを 感じ、

怒り、

哀しみ、

楽しみ・・・

いろいろな感情を 経験してゆき、

愛というものの 大きさや深さ、

素晴らしさを 知っていく。



しあわせなだけが 愛ではない。

悲しいだけが 愛ではない。



愛する人が、

努力にかかわらず、

貧しくとも、

愛する人が、突然の事故で

寝たきりになろうとも、

あなたを あなただと

わからなくなろうとも、

その人は その人。

何ひとつ 持っていなくとも、

その人は その人。



物や条件が整ってなければ、

愛せないのは、

自分のために、愛してるだけ。

自分だけを愛しているだけ。



愛。



愛というのは 複雑であり、

シンプル。

両極を経験していくことで

深くなっていく。



人を愛することで、

自分を 知っていくのかも

しれない。



愛は 祈り。

祈りは 愛。



真心をもって 行動する。

見返りを求めず、

丁寧に 生きよう。

それが できた時、

そうしつつある時、

すでに、

たくさんの愛を 頂いているのだと

真に 気づける。

私自身の経験から、そう 思う。



愛は 静けさの中に。













合掌








アガサ AGATHA
~天国からのメッセージをお伝えしています~

Posted on 2013/09/12 Thu. 04:59 [edit]

category: 思うこと

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12

感情は「生もの」 


感情(気持ち)は「生もの」。

と、私は 思っていて、

子にも そう伝えている。



生ものだから、

ありがとう!

ごめんなさい

は、

すぐに 言うこと。

と、伝え続けてる。



感情(気持ち)というのは、

生きてる証拠のひとつ。



嬉しい!

しあわせ!

ラッキー!

ハッピー!

という気持ちは、笑顔いっぱい、

体全体、心から伝えると

さらに、増える・増える・増える。

伝えられた方も、しあわせになる。



ごめん。

ごめんなさい。

すみません。

申し訳ない。

すまん。

という気持ちは、言いにくい。

でも、「生もの」だから、

すぐに、伝えた方が良い。

でないと、

腐ってきて ドロドロになり

異臭を 放ってしまう。



パソコン、

携帯が普及し、

インターネットというものは

本当に便利。

ただし、

” 物に頼りすぎると ロクなことはない。”

これは、私の持論。



感情は「生もの」だから、

溜めておくと、

どういうものに変化するか

わからない。

もしかして○○ではないだろうか、とか

自分の悪口を言っているんじゃないだろうか、とか

悶々と 悪い方へと考えてしまうことも

あるだろう。



ついつい、物事を悪い方へと考えて

しまいがちなら尚のこと、

感謝の気持ち と

謝る気持ち は、

すぐに 伝えた方が 良い。

出来る限り、

声(肉声)に出して 伝えること。



私たちは 今 生きてる。

でも、

一寸先は どうなっているか

わからない。

命の保証 は ない。

あなたにも ない。

もちろん、私にも ない。

不安になるのではなく、

素直に 生きること。



感謝の気持ちを伝えられて

嫌な気持ちになる人はいない。

ありがとうと言われて、

目を つりあげる人は いないだろう。

ごめんなさい、も 同じ。

うやむやにすることで、

事態は 予想もつかない程に

知らないうちに

膨れ上がることも ある。



どんなに文明や科学が発達しても

私たちは、心を 持っている。

心は とても 大切。

感情は「生もの」。












合掌








アガサ AGATHA
~天国からのメッセージをお伝えしています~

Posted on 2013/09/11 Wed. 05:45 [edit]

category: 思うこと

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11

終わりなき 悲しみ 


家族の他界は

残された家族を 深い悲しみに

包みこむ。




その状態にある方々から

コンタクトの機会を頂く私は、

決して、

悲しみに「慣れる」ということは

ない。




霊交信を「システム」と表現する、

海外の有名な?指導者もおられる。



何があっても、

長年のキャリアを積もうが、

そのようには 思えない。



終わりなき 悲しみから

少しずつ 少しずつ

自分の気持ちと向き合うことで

いつの日か、

夢で会っていることを

思い出せるようになるかもしれない。

私は 心から そう願ってる。

祈ってる。



あなたは、生きてる。

悲しみにくれる日々もあるだろう。

だけど、生きている。

生かされている。

天国に行ったご家族も、生きてる。



悲しみも、生きている証拠。

苦しみも、生きている証拠。



終わりなき 悲しみは

終わりなき 愛の証 だということに

気づける日が 来る。

必ず、

悲しみの その涙は、

いつか、

安堵の涙に 変わるから。



” ありがとう ”

笑顔で そう言える日が

必ず来るんだから。



大丈夫。















あなたの心が 安らぎと平和に
満たされますように。

合掌








アガサ AGATHA
~天国からのメッセージをお伝えしています~

Posted on 2013/09/10 Tue. 16:38 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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10

いつも視えるの? 


多分、こう思う方もいらっしゃるのでは?

と思う。



” いつも 視えるの?"



と。

これについては、人それぞれだとは

思う。

いつも、視える人が 優秀ではない。

世界でもスーパー級の霊媒であっても、

視える時と、

視えない時が ある!

と、はっきり言っている。



私も、もちろん、ご依頼を下さった方に

正直に伝えている。

(嘘つくことほど、最低なことはない。)



私の経験と 経験から推測するならば、

視える、視えるといつも言うことの方が

不勉強だと 思われる。



いつも 誰かが 見える なら、

グラウディング(地に足をつける)不足。



本来、私たちは、肉体に宿った時点で

そういった伝達方法が抑制される。

それが「普通」であり、

それが「良好」な状態なのだ。



たまに、

視えることを 自慢したり、

特別扱いを されている人がいるようだが

私からすれば、” 気の毒 ” だ。



なぜなら、

いつも、

” 誰か "に 脅えていなければならない。

いつも、びくびくしているのだから。

起きていても、

寝ていても、だ。

気の休まる時が、無い。



もっと 疑問なのは、

そういう状態に「憧れる」人たちだ。



憧れる?

想像しただけでも、、、

いや、想像しないことにしよう。

人の役に立たないことなど、

想像するに値しない。




13才ぐらいまで、

いつも、脅えていた。

あんな生活は、こりごりだ。




最近になって、

ようやく、そういった電源の

スイッチON・OFF ができつつある。

完全にコントロール出来るのは

ずっと先だろう。







” いつも 視えるのですか? ”






このご質問には、

心から 心をこめて、

こうお答えしよう、






” いいえ。”






” 私が 視ようとするのではなく、

 私を 必要とされている時に、

 お伝えしています。”








視えることに憧れる人は

私は どうでもいい。



その欲を満たしてくれる講座は、

世界中に、星の数ほど ある。



ご家族の他界による悲しみの淵で

ずっと

縮こまっていらっしゃる方にさえ、

いつも、私は、正直でありたい。

正直で いなければ ならない。







世間一般で使用されている、

スピリチュアルという言葉は

もはや、

本来の意味も意義も、輝きも、

失せてしまっている。







タイトルやラベルなんて

どうでもいい。






天高い秋の空のように

嘘偽りのない心と精神で

在り続けるだけ。
















愛は 静けさの中に あり、
輝き続ける。

合掌







アガサ AGATHA
~天国からのメッセージをお伝えしています~

Posted on 2013/09/01 Sun. 06:00 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

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