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Author:アガサ
他界された愛するご家族、大切な方との対話を地道にお伝えしています。

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救命応急講座

2013.06.28 13:17|思うこと

今日は、

「救命応急講座」へ参加してきました。



消防署の建物の中に入れる!



子どものような気持ちと、

20年以上前に救命応急を経験してから

随分と変わっただろうなという思いで

受けることにしました。



過去、市バスを待っていた時に

目の前で人がバタンと倒れられてびっくりしたことがあります。

意識がなく、瞳孔は開いてき、、口から泡が出てきたので、

周囲の方に救急車を呼んで頂いている間に

その方を応急する、という機会が何度かありました。



救急車が来るまでの時間は、とても長く感じます。

そうした経験があったので

いつ何時やってくるかわからない緊急に遭遇した時、

知識があればと思ったのです。



葉山消防署の方々は、

とても丁寧に教えて下さいました。

受講時間は、3時間。

実践 実践 実践でした。(当たり前)

結構、体力を使いました。



救急車が到着するまでに 

隊員の方々の到着までに、

少しでも応急対応されているのとされていないのとでは、

社会復帰率が倍以上違うそうです。



20名ほどの方々が参加されていて、

皆さん真剣です。

頼もしさを感じると同時に、

救急医療に携わっている方々の

献身的な姿と心に

あらためて感動します。



誰でもが出来ることではないし、

救える時とそうではない時もあるでしょう。

職業だからといって割り切るのも難しいだろうと思います。



命を救う。

本当に大変で、

素晴らしい務めです。



これから、夏。

海や川などでの事故に繫がらないように

気をつけたいと思います。

まずは、未然に防ぐことが大切です、

とも おっしゃっていました。




「救命応急講座」。

AEDの使い方も教わり、良かったです。

こういうのは、体験しておくと安心ですね。



消防署の方も、ぜひ、参加を呼びかけて下さいと

おっしゃっていました。



自治体で、定期的に開催されているようですので

ご家族で参加されるのも良いと思います。



私たち市民と、

救急隊員の方々と、

医療関係の方々とが

一連のチームとなり、連携して、

命を救うチーム。社会。

普段から心掛けておきたいとあらためて思いました。












アガサ








見れば見るほど 〜 愛しいあの子を見つめて 〜


以前に、

少し「絵」についてお話ししました。

ご感想をあらたに頂きましたので

ご紹介させて下さい。

------

見れば見るほど、あの子に似ているんですよ。

(中略)

この子の絵を手にしてから、

私はとても落ち着いた気持ちで過ごせています。

この絵にすべてがつながっていたのではないでしょうか。

------



額に入り、

飾ったところの写真をメールに添付して

下さいました。



不思議と、

写真よりも 存在感を感じました。

とても素敵な額に入れてもらった絵は、

一層、活き活きしています。

その写真に 私は しばらく見とれた。



この方は、

『 あの子の写真を見れないのです。』

と、以前、そうおっしゃっていました。

メールにも、そう書かれていたかもしれない。



” 絵にあまり興味を持たなかったのに、

 突然、あの子の絵が欲しくなりました。”

と、ご相談を下さいました。

この時ばかりは、

小さい時から絵を描くのが好きで良かった

とつくづく思いました。



絵を描くことで、

目に見えないといわれていることを

見えるように出来たこと、

そして、描いた絵が

愛しいお子さんに似ていたことに

安心と確信を頂きました。



いつか、お子さんの写真が見れると思います。











アガサ






瞑想 〜 あなたにとっての 〜

2013.06.20 09:47|思うこと

瞑想について、お返事をする機会が

ありましたので、

また、この場を借りて書かせて頂きます。



瞑想は、こうでなくてはならない、

ということが無い と私は思うのです。

いろいろなご本が出ています。

いろいろな修行をされた方々が

いらっしゃいます。



「私は、これこれしかじかを

 どこどこで 誰それに教わり

 授かってきました。」

という人を、私は気にしません。

こう思うのです_

命がけの苦行をされた方ほど、

そのようなことは ご自分から

おっしゃらないと。

誇示されないのです。

なぜなら、そういった「感情」は、

もはや どうでもいいこと。



人から どう見られる、

どう見られている、

どう見られたい、

なんては、

そこに「自分」が存在していない。

存在しているのは「他人の目(考え)」だけ。



苦しい思いや悲しい思いを

真に心で受け止められたならば

人様には、

ああだこうだ、と言わなくなっていくと思います。

瞑想だけでなく、その他のこと、日常においても、

同じようなことが言えると思うのです。



私たちは、ある程度、自由です。

数十年、数百年前に比べて、

自由に生きることが出来ています。

自由とは、好き勝手することではなくて、

限られた自由の中で、

めいっぱい生きることだと思うのです。



今、置かれている環境のなかで

精一杯やる、誠実に生きること。

他を傷つけることなく、です。



なぜ、瞑想をするのか?

ざわついた心を落ち着けるためなら良い方法です。

決まったやり方はありません。

上手に出来る方法などないのです。



瞑想は、魔法ではありません。

目を閉じて、静かにすることも瞑想であるように、

目をあけて、善きことを心こめてすることは瞑想以上のものです。

普通であること、平凡であることを、愉しむこと。



心の目をしっかり開けて、ご自分の優しさを

心で感じながら生きる日常に意味があると思います。









アガサ







生きている証拠


先日お伝えしたことについて、

「アガサさんに 確認して欲しい、

 見て欲しいです。

 うきうきわくわくです!」

とメールを頂き、

葉山までお越し下さいました。



お電話から聞こえてくるお声は、

とても可愛らしく、

こちらまで元気になるようなお声。

声というのは、その方の姿勢や性格、

生き方までが伝わってくるような気がします。



当日、お迎えに参上した時もわくわくなさっていました。

交流に静かに入ってゆき、お伝えしてゆき

後半は、

お越し下さったご依頼人様とおしゃべり。

"ご家族"様も、私たちのお話に参加されています。



「 ある物 」をバッグから出して来られました。

今回のご依頼人さんの大きな目的のひとつ_

私が、何度も繰返しお伝えした「あること」

の確認。

今まさに、それを出してこられ、

私に 見せて下さいました。



( 驚いた!・・・これって・・・)

その時の(前回の交信)感覚が蘇ってくるかのようでした。

同時に、ご家族の感情も伝わってきたように思えます。

「 それです。その美しい風景です。」

持って来て下さったそれを私は何度も何度も、見つめました。



他界した後も、生きているんだ。と念押しされたいお気持ち。

( あなたが見せてくださったのは、これなんですね・・・)

驚きつつも、しみじみいたしました。

同時に、とても有難かった。



生きている証拠_

死後証明をする、



長きにわたり、海外で生き、研鑽を積んでいる方が

おっしゃっていたことを思い出しました_

” 技術的なことばかりに目を向ける人が多く、

 大抵は、多くは、そこで止まってしまう。

本当に、大切なことに気づくまえに。”

とおっしゃっていました。



< 亡くなった後も生きているんです。>

私には、この言葉の重さがわかる。

彼らの心を心から伝えようと思っているのです。



持ってきて下さった「証明」。

とても、素晴らしかったです

私まで、わくわくしました!

ご夫婦の愛をたっぷりと浴びさせて頂きました。











アガサ








愛しいわが子を描く

2013.06.19 05:36|思うこと

ある方から、絵のご依頼を頂きました。



ご家族の写真を飾れる人もいれば、

そうでない人も、いらっしゃいます。

私は、どちらの方の思いも 分かります。

私なりに経験していますので、

写真を見れないお気持ちも、分かるのです。

無理しないほうがいい_

そう 思っています。



『 写真を 見れないのです 』



そのことを何回かお話下さいました。



絵のご依頼を頂いた時、

ふたつの思いが複雑に絡み合い、

駆け巡りました。

ひとつは、お受けしようという思い。

もうひとつは、

描いた絵をうけとられた時のお気持ち。

見たいような、見れないような・・・複雑な心境になられるのではないか。



交流当日の朝、

愛しいご家族は、髪型について見せてくださいました。

懐かしい、あるシーンも見せて下さいました。

私まで、楽しくなるような、微笑ましい記憶。

一瞬、私の記憶か?とも思ったほどです。

( それは あり得ない。)



お約束の時間になり、交流を始める前に、

朝起こったことをお伝えしました。

髪型については、以前はそうでしたと教えて下さいました。

懐かしいシーンにも、その通りです、と懐かしそうにおっしゃいました。



思い出というのは、写真でなくても

心の中に しっかりとあるもの。



いよいよ、その時を迎え、伝わってくることをお話しながら、

確認を頂きながら、同時に、絵を描いていきました。

もちろん、下書き。



まるで、思い出話のような時間でした。



そして、しばらくお時間を下さいとお願いして、

スカイプを終えました。



しっかりと時間をかけて仕上げたい。

どれだけ、心をこめて描いても

心が余る、ということはありません。



ようやく、絵が仕上がりました。

光あふれる笑顔。

今も、生きてるんだから!

そう語りかけてくれているようでした。

子どもの顔というのは、不思議。

ある時は、お父さんに似て、

ある時は、お母さんに似て、

また違う時には、目がお母さんに似て、

また違う時には、口元がお父さんに似たり。



ご依頼下さった方と私との間にある、

互いを思う、思いやりと信頼。

だから、お受けしました。

そして、言葉には出来ない、大切なものを頂いた。

















" おじいちゃん、ありがとう!"
絵の楽しさを教えてくれたのが祖父です。
子どもの頃、私が高熱を出す度に、ぬりえを買ってきてくれました。
塗り方も教えてくれて、嬉しかったです。
絵の才能があった祖父でしたが時代が時代だけに家業を継いだ祖父。
静かでとても地味な人でした。いつもいつまでも大好きな祖父です。








アガサ







お告げ

2013.06.09 10:17|思うこと

お告げ。

好きな人もいらっしゃるだろう。



最近、霊能者の知人から何度も連絡を頂いた。

連絡を頂く時に限って、私は、

その場にいなかったりするので不思議。



何度もご連絡を頂くので、

御身に何事かあったのかと思ったりもした。



内容はおっしゃらない。

直接お話したいと留守電に残されるだけ。

いつもの如く、

霊がどうこうとか、

憑くとか それ系のことなのか、わからないが、

そう大したことでもないのかなと

そのままに しておいた。

その手のことを重要視する人は苦手だ。

現実に根ざされた方が素晴らしいのにと思う。



そして、

滅多にない「家族Day」の際に

お電話を頂いた。



内容は・・・・

「お告げがありまして、お伝えしようと思います」

とおっしゃった。

お話をされたいようなので、聴くことにした。



具体的な内容は、

大地震が起きる ということだった。

そして、

それが、カルマだとか、地球の浄化だとか

ということと結びつけられたものだった。

私の考えはこう_

地球は生きているから、

いつどのような動きがあってもおかしくない。

至って「自然」。



人様に伝えるだけが、

お告げを言う人の務めではない。

自分は他とは違う、という意識は

まともな道から外れてしまう。

人に、上も下もない。

選ばれる者、選ばれない者、

などいう区分けも一切ない。

人も動物も皆、平等だ。



お告げを崇め奉るよりも、

予言を気にするよりも、

空に浮かぶ雲を眺めた方が良い。

空気を感じた方が良い。

風の匂いを感じた方が良い。

鳥の動きや、

動物たちの動き、を眺めるのがいい。



木々の色、

葉の色、

花の咲き具合を

知った方が良い。





私は、そう思う。













アガサ






逗子花火をおすそわけ

2013.06.01 21:16|思うこと

逗子花火を観にいってきました。



音と花火が素晴らしすぎて

途中で写真を撮るのをやめました。

この目で、

直接見て、

心に刻むことは、

写真をたくさん見る以上に実感します。



少しだけ、おすわけです。



そろそろ、

逗子、葉山は、夏を迎えます。










アガサ