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Author:アガサ
他界された愛するご家族、大切な方との対話を地道にお伝えしています。

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美しい5月に。

2013.05.27 05:18|日常
美しい5月のある日、

17年ほど生きてくれた実家の愛犬が

天国に召されたと、

母から大泣きの電話で知らされました。

いろいろな思いで、

頭と胸がいっぱいになりました。



寂しいのは 言うまでもない。

ぼろぼろと流れ出る涙は

安堵の涙でもあるような気がしました。



長い年月、ひとつの肉体を休みなく使うのだから、

いろいろなところに ガタが来て自然です。

愛犬の全身はきっと痛みだらけだっだと思います。

目も見えなくなり、

歯も抜け落ち、

体調も日々、変わっても



動物たちは決して不機嫌にはならない。

身に起こるすべてを 受け入れる。

痛いからといって 身近にいる人に

八つ当たりしない。

どのような状態であろうと、

受入れ、、

その消え行く生命の灯火を

最期まで 精一杯 灯している。

愛犬から、

愛をいっぱい 教えてもらいました。

存在そのものが 愛だと気づかされました。

電話を切った後も、

感謝の涙が 一筋、また一筋と流れ落ちます。



そうした悲しみも複雑な心境も

人との出会いによって和らぎます。



いろいろなことに

感謝せずにはいられない。



自分が天命を全うするその時、

再会できるのが 楽しみです。


再会の時まで、精一杯生きよう。

今日も 精一杯 生きよう。












アガサ










良いエネルギーは

2013.05.18 06:36|思うこと

良いエネルギーは・・・

という表現が 適切かどうかは

わからないけれど、

今回はそう呼ぶことにします。



良いエネルギーは、

決して強くない。

ジンジンしたり、ピリピリとはしない。



ふわ~と 柔らかい 優しい

空気のような そんな感じがします。

いつまでも 包まれていたい感じ。



強いエネルギーには、

どこか「我欲」が感じられる。



人当たりはいいけれど、

何か不自然な感じ。

とても面白いんだけれど、

何か奥でうごめいている感じ。

話し方は上手いけれど、

言葉に重みがない感じ。

身振り素振りはフレンドリーだけど、

瞳の奥が冷たい感じ、

など。



逆に、

人づきあいはよくないけれど

言葉をあまり話そうとしないけれど、

何故か 落ち着いてくる・・・

ただ その人との空間に浸っていたくなる・・・。



おわかりになりますか?

この違い。

「 ああ、そうだ。」と

頷いていらっしゃる方も多いでしょう。




強いエネルギー = 良いエネルギー

では、ありません。



活気がある = 良質

とは違う。



わんさか人が集まる = 本物

とも違う。



肉耳、肉眼の判断が100%ではない、

ということ。

口先では、綺麗なことを言っていても、

掲げられた「看板」がどんなに良さそうに

表現されていても、

真実とは かけはなれている場合が多いです。

当の本人さえも、自分の我欲に気づいていない

場合だって あるのです。

肉眼で見えること、

肉耳で聞こえることは、

いかようにでも

脚色、演出できるのです。



本当に 良いエネルギーは、

ちょっとやそっとでは、見抜き難い。

なぜなら、目立たないから。



そうだからこそ、質の良さが保てるのです。



良いエネルギーがあっても、

人がどどっと押し寄せると、薄くなります。

美しい大自然を想像されたらお分かりになると思います。

人が次々と押し寄せると自然のみならず、空気さえも乱されてしまうのです。



我欲と光のエネルギーは全く異なります。



前者は、人混みに存在し、

後者は、人混みには存在しない。



良いエネルギーは

静かに深く、心にしみます。



目立つ必要など全くない良きエネルギーは

ひっそりとただ存在しているからです。












アガサ














飛んでいけたらなぁ・・・


時折、

飛んでいけたら いいのに・・・

って 思います。



伝える内容について、

「今まで申し上げたことはおわかりになりますか。

 わからない場合はわからないと教えて下さい。」

と、お尋ねします。

耳を澄ませると・・・

声をころして

泣いてらっしゃったのです。

( 泣いておられたんだ・・・返事など出来るはずは、ない。)



待って、待って、待ちわびた、愛しい家族との再会。

会ったこともない他から伝えられることが、

最愛の家族だと心がわかった瞬間、溢れる涙。



自責の念にかられる方を 私は

どうすればいいんだろと思いながらも何もできない。

気の効いた言葉をかけることもできない自分。

そっとしておくことしか、考えつかない。



交流を精一杯伝えても、悲しさや辛さといった感情の傷口が

余計に広がる場合もある。

私自身、何ともやりきれない気持ちに包まれます。

自分の感情を払拭するためなのか、

そうした時は、無言で掃除をします。

気が済むまで、掃除をします。

何も考えていないようにも思えますし、

交流そのもの、ご依頼を受ける意味を

自問していることもあります。



そんな時、

その方のところまで飛んでいけたらなぁ・・・と思います。

せめて、

背中をそっとさすってあげたいと思うのです。











アガサ










身に起こってくることを

2013.05.11 05:29|思うこと

身に起こってくることを

すべて 選ぶ必要はない。



危険だと あなたが察知したならば

世間体など 考慮せずに

あなたの真心、良心、良識で選ぶこと。



選ばなくていいことだって

人生において 訪れる。



それを試練だからと決めつける必要など ない。



今迄の自分の人生を振り返ってみると、

相談できない状態が多かった。

後悔はないけれど、

素直に「助けて欲しい」という気持ちを

認めてあげてもよかったのかもしれない。

今となっては、どれもこれも自分だと思える。

自分の心や気持ちを自分でガンジガラメに

しなくても良かったし、強く見せる必要などなかったと

今では 思う。



心が苦しいとき、困ったときには、

この人になら話せると思える人に

話してみるのが良い。



ひとりで悩まないこと。



ひとりで考えることがあってもいい。

でも、

ひとりで悩まないこと。



自分は「ひとり」だと、

自分で自分の孤独を決める必要などない。



自分が蒔いた種なら、自分で刈り取るだけ。

家族と言えども、自分以外の人の蒔いた種まで、

あなたが背負うことはない。

その人が蒔いた種は、

その人自身が刈り取らないと。



しあわせは、自分で創っていくこと。

誰かが、

あなたをしあわせにしてくれるのではない。



あなたは、正々堂々と自分の選択をなさること。



そう願います。







アガサ













やっと、会えた。

「 会いたい家族にやっと会えました。

今まで多くの霊能者や霊媒という人達に

会って来たけれど、

誰だろう、その人・・・とわからなくても

『ありがとうございます』と言ってきました。

これで、一区切り、つきそうです。」



しみじみとそうおっしゃる表情には安堵で溢れていました。



安心される表情を拝見できますと本当に良かったと思います。

肩の荷が降りる瞬間でもあります。



今迄、言われたことで疑問に思われていたことも

堰を切ったように、お話下さいました。

思わず、

耳を疑うような内容もあったりで

目に見えない世界だけに、

言いたい放題なのか?! 

と思ったりしました。




とにかく、会いたいご家族にお会いされて良かった!









アガサ