04 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 06

愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

合う場所 

先月に、大切なお子さんを亡くされた親御さんから

悲痛な思いが綴られたコメントを頂きました。

- - - - -

わが子を自死で亡くしました。
自分が入院中で自分のことで精一杯で最後に逢うことも声をかけることも出来ず、
子の気持ちを思うと今すぐにでも後を追いたい気持でいっぱいです。
駄目な母親のところに生まれて申し訳なかったと思います。
藁をもすがる気持でメールさせていただきました。
(略)

子の気持ちを聞かせていただきたいです。
死なせてしまったのは私なので一緒に逝くべきなのだとおもいます。
少しの時間でもどちらにでも伺いますので、どうかよろしくお願いいたします。

- - - - -



一ヶ月半、親御さん、近いお身内、ご友人、先生方・・・

どのような思いで生きて来られたのか・・・

私がまず思うことは、このことです。

わが子の他界は、親にとって、生きることが地獄に思えます。

尽きることのない 思いです。



ご心情をわかったうえで、お引き受けする意のメールには、

「 当日、どなたがお越しになるのかはわかりませんが

 自分は正直で在ることに努めます。」

とお返事しました。



さて。

前日のご依頼が終わった後から、次の方が来られているのは

わかっていました。

Mさんのお身内の方のどなたか、です。

楽しいこの方は、いつもより 大きめの声で 家族達に

楽しく話させてくださいました。

( この方は楽しい人だなぁ〜)

感心するほどの楽しい気持ちになれました。



夕飯作りの時には、その方とは違う 若い男性が私の傍に

来られました。

うちの家族達も近くに寄ってきまして、

「 今日の晩ご飯は 何すんの?」と言ってきます。

ハンバーグとかお肉系を望まれているように思えましたが

( ハンバーグかぁ・・・お肉かぁ・・・作ってあげたいけど

 材料が無いんだよねぇ〜)

気軽にスーパーマーケットには行けない生活をしている私は(苦笑)

(ごめんね)と思いました。

その後、私が作り出すメニューを知ってガッカリなさったのか

傍からは離れて行かれました。(大笑)



翌日、朝から 心ウキウキ、そして、心軽やかです。

(朝からこんな楽しい気分をもらえるのって、最高やなぁ〜)

感心しながら、テンションのあがる心軽やかな曲を聴き、

口ずさんだり。(笑)



ここ数日の間のことを色々と思い出していました。

時折、歯の調子が良くないこと、

ここのところ、いつもの自分よりも遥かに多い量の

甘いものやお菓子をものすごく食べてしまっていたことを。

そして、前日の朝と当日の朝に

送るバス停の近くに生えてきていたタケノコも気になりました。

家族達が、「 あ!タケノコ!」と言うのです。

「本当だぁ〜 」と返事しながらも、ぼぉ〜としている私は

「 こっちにもあるよ。」というやりとりに、

(昨日も今日も、タケノコ発見が続くね。)と思っていました。



そうして、

Mさんとのお約束時間前、お電話を頂く15分ぐらい前でしょうか、

ちょこちょこと おふたりが それぞれに話して来られました。



< 痒いの?>

私が、治らない手や腕の湿疹のカユミとピリピリ感に我慢出来ず、

掻いてはいけないと思いながらも ため息まじりにさすっていたら

心配してくれているような声をかけてくださったのです。

( 痒いんです。掻いてはいけないとわかっているのですが、

 もう一年ぐらいずっとこういう状態です。痒くて。)

繊細で優しい方だなぁと思っていましたら、

70代前半かな、、、(人の年齢や年台って本当に難しいですね)

男性も来られているようでした。

とても楽しくなってきました。

(あ!この方か〜(笑))と納得。

若い男性が、年配の男性の方を見ながら

< このおじさんに 助けてもらいました。>

( そうですか。)

< 気づいて起きると 周りは暗かったようなんですが、

 すぐに おじさんが来てくれて。

 助けてもらって助かりました。>

と感激しきり。

( そういうことがあるんですね。よかったですね!)



Mさんからお電話を頂き、

伝わってくることをお伝えしました。

「 この若い男性を、10代後半か・・・20過ぎ・・・

 いや20過ぎには見えないかなぁ・・・私には 10代後半ぐらいの可愛い、

 可愛いって言ったら失礼ですね、大人の男性なのに。

 おわかりになりそうですか?」

「 はい!わかります。」

「 そうですか。それは良かったです。」



「息子さんは・・・なんと言えばしっくり来るかな・・・

とても心軽やかです。

ご家族のお気持ちを察しますと、心軽やかという表現は

ムッとされるかもしれませんが、嘘は言えません。

彼は、居心地の良さを感じておられます。

何と言う表現をすればいいか・・・

水を得た魚?

水が合う?

居心地がとにかく良いのです。」



Mさんをまじえての交流をしていくなかで、

歯が痛かったことも、

お菓子のことも、

優しく繊細なことも 私の内で納得出来ました。



「 もうおひとり来られているのです。男性で、70代に見えます。

 とても楽しい方で、歌もお好きだと思えます。

 わかりますか?

 息子さんは、

 < このおじさんに助けてもらった > とおっしゃるのです。

 全く知らない方だとは思えません。

 ご親戚だと思います。」



Mさんは、しばらくお考えになり、ある男性のことを

話されました。

「 わかるような・・・気がします。

 タケノコ穫りに行ったおじのことを昨日話していたのです。」

「 えっ?! タケノコぉ?!」

「 はい。タケノコです。」

その瞬間、タケノコのおじさんはものすごく笑われたのです。

( あ、そういうことだったんですね!)

わかってもらえた嬉しさと、私の間抜け具合に大笑いされました。

私もおかしくなってきまして、笑いながら、

「 その タケノコおじさんに間違いないです。」

と言いました。



おじさんは、

< (息子を)こっちで預かってるから、安心しなさい。>

とそう話されました。

そのまま、Mさんには伝えました。

< こっちで色々と経験するだろうから、安心しなさい。

 躾けてやっから。>

と 笑いながら話されました。

気さくな タケノコおじさんです。



このへんでMさんから頂いたメールの一部をご紹介いたします。


- - - - -

(略)

息子が幸せでよかったです。
お伺いしようとしてメモにまずひとりでいるのではないかと書いたところ
大丈夫だということで安心しました。
(ア:ご質問される前に、息子さんが最初にお話になったのは、
独りではないということでした。そして、おじさんも一緒でした。)

ひとりでいるのなら今にでも逝かなくてはと思っておりました。
息子が唯一の生きがいで自分だけ生きているのはちがうのではないかと感じていました。
息子の言葉を伝えていただくとき、一言一言言葉を選んでくださり
締めつけられるような胸の苦しさが和らいでいくのを感じました。
どんなひどい言葉でも受け止める準備はありました。

(略)

止められなかった自分とそこまで苦しんでいるのなら
あちらの世界でも良いのではと思っていた自分を責めました。
息子の様子を聞いて現世では得られない安心感があるようで
遠いところで独り暮らししているように思えました。
親戚のこの時期に亡くなった竹の子のおじさんがいます(笑)

まだいなくなって日が浅いので毎日泣いていますが
息子が笑顔だと知り良かったです。

(略)
息子のために買いものもなくなり、気力もなく仕事を辞めようと思いましたが、
こうして息子の様子を聞けたので(略)辞めずに頑張ろうと思うようになりました。

(略)
父に電話をしたら(略)、タケノコのおじさんは(略)確かに歌も好きでした。

自分のことばかりで祖父母にとっても一人しかいない孫でした…
父は寝込んでしまい…今回のお話を伝えたところ、
いないから忘れていくのではなくて好きだった焼肉も貯金も続けて
何か買ってあげようと大変喜びました。
私も忘れていく方が息子のためかと思いましたが
今日、お話を伺いハンバーグ作り中です。
今度、息子の話を聞くときはお母さん頑張っているねといわれるように
息子も楽しんでいるのなら私も息子のことを思いながら楽しもうと
思えるようにもかんじてきました。

(略)

- - - - -



自ら選んだから・・・

だからといって、暗闇に放り込まれるわけではないのです。



一般的には、イメージが良くないかもしれません。

ですが、

日本は、先進国と言われ続けながらも、自ら選ぶ方々が

ものすごく多いのです。

これを、ご本人だけのせいには出来ません。

魂、運命、前世、何とかっていう方向からは考えられません。

そうしたことを憶測や推測では言えたとしても、

それらは 発言する人の考えに寄るものです。

真実であることとは、かけ離れていると思われます。



家族が "家族" を思って、藁をもつかむ思いで探される。

" 家族 " は、家族に言いたいこと話したいこと_

自分の気持ちや思いを話したいと思われる。

双方の心が繫がっているのを確認するために、自分は

交流を引き受けるのだと思っています。



愛する家族を思う気持ち、

愛する人を思う気持ち、

愛する動物家族を思う気持ち、

どの気持ちも 決して ぷっつりと切れてしまっているわけじゃない。

繫がっているのに、切れたと思い込んでおられる。

そんなことはないですよ、と思うのです。

悲しみと不安な気持ちが大きくて、

そうお感じになるだけなのです。



" いないから 忘れていく " その方が良いんじゃないか・・・

お気持ちを察することは致しますが、そんなことってありません。

忘れるなんて そんな淋しいことってありません。

そう簡単に忘れるわけがありまりません。



共に過ごした時間を 帳消しになんて 出来やしません。

そうでしょう?



肉眼で見なくても、家族は家族です。

何処行ったって、家族は家族。

愛する人は、愛する人のまま。



肉眼で見えなくなっても、愛情は育めます。

とても難しいことですが、

だけど、そうだと思うのです。



正直、何度も何度も 辞めようと思ってきました。

体力的にも 気力的にも 家計的にも(苦笑)、

しんどいからです。

現実的なこととはいえ、弱音です。

真面目に生きれば生きるほど、その実、しんどい_

これは普通ですね。(苦笑)

あまりにもしんどいことが続き過ぎると、

「もう来月辞める!」と心の中でつぶやくんです。

不思議に、数日内に <続けなさいよ> と こう来る。(笑)

そう来たか・・・と苦笑いしながらも、続けています。



私が続けるのは、続けられるのは、

依頼くださる方の依頼フォームやメールに、

ご家族への愛情があふれているからです。

悲しみがあふれているからです。



" ご家族 " や " 愛する人 " が伝えたいとわが家に来られます。

数日前や前日、当日。

何とか自分が元気でいることを伝えたいのだと思うのです。



" 来られる方々 " を もういない方々だと思ってしまったら

無視してしまったら、私は 私を許せないと思います。



どうぞ、お子さんのために、

お子さんのことを思って、

お孫さんのことを思って、

今までなさってきたことを続けてください。

今まで出来なかったことを愛をこめてなさってください。

あくまでも 自然に。



霊媒なんか通さなくても、そうした愛情は

必ず、ご本人に 直接届いています。

自分の経験から こう申し上げます。





タケノコおじさんが、

< こっちに任せなぁ〜 >

って おっしゃっていますよ!













= おまけ =

芽が少し出ていたクルミを自宅に持ち帰り、家族達が育てています。
芽が育ち、今ではこんなに!
まっすぐ、まっすぐ伸びています。
ぐんぐんと育っています。
毎日、こうして頑張って伸びているクルミから元気をもらえます。(笑)
些細なことですが、植物が育つから、私達は生きていけるのです。





アガサ


Posted on 2018/05/21 Mon. 13:15 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

TB: --    CM: 0

21

自分らしく 居ろ。(笑) 

頂いたメールの一部をご紹介いたします。

こうして頂いたメールを掲載させて頂くのは、交流を促すのではなく、

家族や大切な人の存在というのは、なんら今までと変わりないのだと

知って頂きたいのです。



私達の手が届かないようなところ、

私達のことなど 忘れてしまったり、

早々と生まれ変わったり?、

不安のまま 暗黒の世界に閉じ込められたり?、

といったような不安材料など 蹴散らしてください。



悪質な我欲に満ちた方々の口車に乗せられないように

そうした悪いことをおっしゃる方々を信頼するのではなく、

特別意識を持ったタチの悪い方々を特別だと思うのではなく、

あなたの大切な方、ご家族を信頼なさって頂きたいのです。



Cさんのご家族が 私に知らせてくださったことは、

ご本人のプライドを思いますと 到底出来ないこと。

言いづらいことです。

なのに、伝えてくださった。

その勇気とご家族への思いの深さに感激しました。

名前よりも はるかなインパクトのある知らせ方だと思いました。



いつも 私の胸にあること _

" 伸び伸びと 自由に 話したいことを話して頂く "

これが 私の伝えたい " その方らしさ " だと思っています。

同時に 私なりの礼儀なのです。



- - - - -

(略)

自分だということを 家族に分かってもらえるという全く同じ境遇に在る方というのは、
お伝えしてくださる言葉や言い回し、そして電話越しに伝わってくる雰囲気まで
主人そのままで、こちらは泣いているのに何故か笑ってしまう、
そんな不思議な気持ちになりました。

(略)

何度もお電話でもお伝えした通り、こういった事は生まれて初めてで、
なにより主人は(略)目に見えないものは完全に信じない、
うっかり私が何か変な夢でも見ようものなら鼻で笑う、
そんな生活だったもので、アガサさんにお願いしつつも、
主人が来てくれなくてもいい、来る訳がない、
そんな期待をしてはいけないんだと心のどこかで思っていたほどでした。

それなのに、お伝えしてくださることも、真っ先に子供の勉強のことであったり、
私には私らしくいろと言ってくれたり、全てがとても彼らしい。
もはや、あれ?主人とアガサさんて面識あったっけ?!と思えてくるほどで。

あんな一言余計なめんどくさい性格の彼を、それもあの性格は
家族の前にしか出さないで生きてきた彼なのに、それをアガサさんが
とても上手に伝えてくださることが夢のようでした。
世の中には目に見えなくとも信じられることが沢山あることを、
今日改めて教えて頂きました。
(ア:おっしゃる通りです。世の中のことは知らないことばかりですが、知らないこともまた、善いのかもしれませんね。)

お話が終わって電話を切る手が震えていました。
感動?感謝?どんな言葉で表現できるのか分かりませんが、
最初の緊張とは打って変わって、終わってみればとても心が暖まるお時間でした。

側にいる、子供の事は任せろと言ってくれたことは、私の一生の宝物にしたいと思います。
自分から伝えることが苦手な人だったので、
きっとこれからもサインなんかは中々出してくれないと思うのですが(苦笑)
そこは私らしく、自然に。
(ア:サインなどにこだわる必要はありません。サインなどなくても絆があります。)

どうせ私には出来ないこといっぱいありますので(笑)、無理はせず。
アガサさんがお伝えしてくれたこと、怖いくらいに主人が言いそうなことでした。
亡くなってもうすぐ◯ヶ月経ちますが、今日ほど彼を近くに感じた日はありません。

なんだかんだと甘やかしてくれた彼を思い出して、
目には見えなくても甘え続けていきたいと思います。
きっと、あれこれ頼みすぎ!って小馬鹿にされるのも覚悟で。
それでもきっと彼はまんざらでもない顔で引き受けてくれるはずです(笑)

(略)

- - - - -



前日か当日、忘れましたが、私の大腿部や臀部、大腿部側面には

生暖かく、ゆっくりと流れてゆく感触がありました。



( なんだろう・・・わからない。

 でも、懐かしい感じがするのは なんで?)

そのはっきりとした感触には、痛みも伴わなかったのが

不思議でした。

でも、その体感は決して不自然ではないのです。



前日は、ティッシュの箱をとても気にし、

当日は、トイレのことばかり気にしている私。

( なんでかな? まあ、ご依頼の前はいろいろあるからな。)

と苦笑いする自分。

好き好んで 霊媒になるわけではありませんから、

心身への影響というのは、諦めの境地です。

自分であっても どうしようもないのだと思うようにしても、

何が何だかチンプンカンプンのことも沢山あります。



チンプンカンプンな状態の私に 助け舟を出してくださるのが

ご依頼くださった方々です。

家族にしか、わからないこと。

家族だから、わかること。

必至に 適した しっくりとくる言葉を選び出し、伝え、

Cさんが「わかります」とおっしゃた瞬間、

" ご家族 " の 例えようもない喜びが 私に伝わります。

それこそ、何とも言えない のです。



どれだけ 嬉しいでしょう。

想像なさってみてください。

その嬉しさに 感極まることもあります。

( あなたがどなたであるか、わかってくださいましたよ!)



手に手をとって万歳! の気分です。

良かったね!良かったね!と両肩を手でぐっと掴んで、

家族の絆、愛する人との絆に

賛辞を送り、拍手を送りたい気持ちでいっぱいになります。



Cさんのご主人も そうですが、

他界したら 全部を知っているわけではないと思います。

残した家族や愛する人のすべてを 知りつくすのは無理。

なぜなら、彼らもまた、特別ではないからです。

余程のストーカー的性質を持っていないかぎり、

知り尽くすのは無理でしょう?

こちらに居ても、あちらに所属しても。



交流を大絶賛は致しません。

交流がすべてだと 思っていません。

交流している時だけが、家族なんではないはず。

ずっと 家族です。

いつも。



あなたや私が 淋しくても 悲しくても 恋しくても

家族は 家族。

愛する人は 愛する人。

愛犬は 愛犬。



時に どうしようもなく 悲しくなることがあります。

自分でもなんでかな?と思うくらいに。

恋しくて 仕方ない時が あります。

それは きっと、

愛する人が

愛する犬ちゃんや猫ちゃん達が

私達の傍に 居るからだと思います。



頭で判断出来ない。

だけど、

心が反応するのです。

だから、

恋しくて、

涙がとまらなくなるのだと 私は 自分の経験を通して

そう思っています。



そう思うことで、誰かに迷惑をかけたりしませんから

別にいいかなと思っています。(笑)



みんなが、互いを思いやるには、

自分の痛みを 大切にしてやらねば、

思いやることなど 出来ないように思います。



制限のある肉体を持っていた時には、

肉体の内側にある部分(心)を思いやることは

なかなか 難しいもの。

制限ある肉体を脱したからこそ、わかりづらかった、

人の思いやり、

家族の思いやり というのが 少しずつわかってくるようです。






Cさん!

ずっと家族ですよ、ご主人。

当たり前のことですけれども。(笑)



Cさんは、お父さんにはならなくて良い。

あなたは、お母さんですから。

Cさんらしく、のんびりと。

それは、とても素晴しいもの。



私は そう思いますよ。















= おまけ =

散歩をしていますと、自生のクルミが落ちています。
都会派?の私は、指でほじくらないといけないところに落ちているものを
採るのが苦手。(笑)
私「泥、ついてるやん」
家「当たり前。」
私「まぁ〜ね。(苦)」
返す言葉が少なめの私。(大笑)

金槌でクルミを割る家族達。
中味を与えてもらい、食べる私。
私「うわっ。クルミやん!クルミの味するで。」
家「クルミだよ。」
若干、ぽかんとした空気が漂いますが、家族達は流し慣れています。





これはクルミの木です。
ウォールナット。人気の材木らしいです。
ネットでクルミを調べれば調べる程、すごいなと思います。
クルミだけでなく、自生する植物というのは、その土地に適しているのです。
適しているということは、その土地に住む人間に適しているということを
雨降りが続く間に、嫌っちゅ〜ほど、痛感しました。
寒冷地の、山の中での生活では、日光が採り難いのです。
日光が当たり難いと、人間は、カルシウムを吸収しにくくなります。
カルシウムというのは、骨だけではなく、神経にも必要なのです。
(お!若い時分に、栄養学を学んだのが、もしかして活きてる?笑)

日照時間の短い季節がある北欧に、うつ状態が多いというのも今回、山の中の
生活で分かる気がしました。
以来、太陽の陽射しを浴びるように努めています。
食生活だけでなく、すべてが絡み合っているんですねぇ。感心しました。

そういうことで、皆さん!
お住まいの土地で採れる植物(野菜など)に関心を寄せてみては?
旬に採れるものも、大切みたいですよ。
今は旬など無関係で売っていますけどね。(笑)
旬は旬。
地元野菜を大切に。





Posted on 2018/05/10 Thu. 14:33 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

TB: --    CM: 1

10

傍にいるよ!  〜 愛あふれるお母さん 〜 

Aさんから頂いたメールです。



- - - - -

(前略)

先日は母が亡くなって以来、初めて目の前の霧が晴れたような時間でした。

たくさんの親戚の方が側にいて下さり、元気に笑って過ごしていること、
お喋りで忙しいこと、思い浮かべると私まで笑いが込み上げていました。

親は自分より先にいなくなること、頭ではわかっていたつもりでしたが、
あと20年、せめて10年は母が生きていてくれると思っていました。

(略)
母を外に連れ出す為、私が就職してからも毎日の様に母と外に出ていました。
私が結婚して◯○から◯○に引っ越してからは本当に寂しい思いを
させてしまったと思います。

産後◯ヶ月の時に母の病気がわかり、手術をした事を
「◯ちゃんにだけは言わないように」と周りに口止めをしていたらしく、
私も初めての育児に精一杯で、毎日の様に母と電話で話していたのに
病気の事に気づけずにいました。

息子が◯歳になった時に転移の話を聞き、目の前が真っ暗になりました。
生きた心地がしないまま病院を探しましたが、進行があまりに速く、
受け入れられる状態ではないとそれから一ヶ月程ちゃんと話ができないまま
他界しました。

母は私にとって母であり、姉のような妹のような、娘のような、
一番の親友のような存在でした。
(略)
母がいなくなり、私は自分の体から大事なものがごっそり抜け落ちてしまったような
感覚で生きてきました。
母は、(略)苦労していたのにそれでも生きたいと願っていました。
人にも優しかった母がどうして今、死んでしまうのか。

子が生まれてからは誰よりも側で成長を見てほしかった、
可愛い可愛いと生き甲斐を見つけた様に幸せそうだった、
やっとお母さんこれからだねって時でした。

信仰心が深く、長年お経をあげていた母でしたが、
その時の私は神も仏も無いのかと思いました。

私の長年の原因不明の体の痛みは先祖供養が出来ていない、
過去世の因縁からだと十数年ほど前からある宗教に母は参加していました。
先祖供養をする為には毎日お経をあげること、導くと言って、
その先祖供養をする為に一人でも多くその宗教に入れ、
人のお世話をする事でした。
そうしないと降霊して御指導をしてもらえない組織でした。

母が最後に入院していた時も、その宗教の方達が、
「人を導かないと助からない、お母さんがどうなってもいいの?!
 病室にいる時間があったら一人でも多く導くこと!」
こんな宗教的ないざこざもあり、別れ方があまりに辛く、
悲しいものとなってしまいました。

母を助けてきたつもりだったのに、自分の方が助けられていたこと、
産後自分の事で精一杯で母の病気に気づけなかった後悔や、
絶望感、喪失感あらゆる感情がありました。

母が病室で痛みや息苦しさをこらえながら、
「側にいるからね、◯ちゃんにはお母さんが側にいるから私は大丈夫!って思って生きてほしい」
と言ってくれたこと、その言葉が私を支えアガサさんとのご縁を頂くきっかけにもなりました。

長々と申し訳ありません。

交流の際、要所要所で母の人柄がわかり、思わず泣き笑いしていました。

私の健康面を気づかって、体が冷え切っていること、
サプリメントじゃなく毎日少しずつ食事から取り入れた方が良いこと。
主人の事を良い旦那さんと言ってくれ、栄養があるものを作ってあげたら、と。
(アガサさんのお宅の焼き焼きメニュー、うちも夜の定番メニューにしたいと思います(笑))
(ア:焼き焼きメニューは月に2回程度なら喜ばれると思います。(笑))

子の事も、相変わらず可愛い可愛いと言ってくれてること、
今も見てくれてるんだなぁと嬉しく思いました。

私が日記を書く時は密着しているよ、と言ってくれた事とても嬉しく、
毎日欠かさず書きたいと思います。

私がいつか死ぬときは迎えに来てくれるかという質問には
「もちろん行くよ!大勢の親戚と一緒に!」と言ってくれているとのことで、
てぐすねを引く感じですとアガサさんに言われ、
ユーモアに溢れた母らしいなぁと嬉しく思いました(笑)

(略)

母が他界した時は、子どもが小さいので子どもの為に生きなければいけない、
ただもう二度とこの絶望から救われることは無いのだと思っていました。

母は今も生きていることを伝えてくださり、本当に本当にありがとうございます。
前を向いて生きていきたいと思います。
言葉では言い表せないひとときでした。

(略)

- - - - -



どなたが来られるのかわからないのが、交流だと思っています。

どなたが来られても、心からの敬意をもって、

" その人となり(お人柄)"を寸分の狂いなく伝えるのが私の仕事と

思い続けています。



Aさんご依頼の前は、様々な表情と内面を伝えてくださり、

複数の方々かと思う程でした。

当日の朝、親が子を思う気持ちが次々に聴こえてきました。

その声から受けるお人柄、性格、こちらで生きてこられた姿勢、

様々なことが一気に舞い込んできます。



話し方で、" 人となり " が伝わります。

人格を偽ることは出来ないのです。



Aさんのお母さんは、愛情溢れる" ばぁば "としてこれから!

というご年齢です。

私よりもちょっとだけ年上の女性。

無念だとか、成仏しないとか、何だとか・・・

悪いことが起きるからこうしなさい!というようことを言われるのは、

悪質極まりないです。

想像で " 伝えている " 風なだけ。

想像で、" お告げ " をしているご自分に酔っておられるだけ。

ちゃんちゃらおかしい。

精一杯、生きてこられた方に対して失礼過ぎます。



人生に起こることというのは、運命という言葉では

片付けられないと思っています。

心の良い人が辛苦な人生を歩まれることもあり、

また、私利私欲いっぱいの人が、

権力と資力に満ちた順風満帆な人生を歩まれているようにも

思えることもあります。



私が若い時分、その不公平さに腹立ち(苦笑)、理解出来ませんでした。

今は、ほんの少しですが、そうした不公平さを冷静に思えることが

増えました。

理解するというよりは、「人生はいろいろだ」と思えるようになったのだと

思います。






" 真面目に生きていれば・・・"

こういうのは関係ないみたいです、この世は。(苦笑)

でも、だからといって、自暴自棄になり、

他の誰かのせいにするのは、ちょいと違う。(苦笑)

どんなに 他人様のせいにしたって、自分の心には嘘はつけないのです。

自分が自分の素直な心と向き合わないから、苛立つのです。



ささやかなでも、真心に満ちて生きる_

そのように心掛けて生きたいと思うことで、人の道(人生)を歩むのだと

思います。

辛いことや悲しいことがなければ、人なんて我が身を振り返ることなど

しません。(笑)



お母さんの人生これから!ですよ。

たくさん頑張ってこられたお母さんです。

痛かったしんどかった肉体から自由になられて、

健やかな身体になられたのですから。



私達の肉眼で見えないのは、確かに 淋しく辛く切ないことです。

だからといって、消えてなくなったわけじゃない。

肉眼で見えないからといって、すべてが疑わしいわけじゃない。

思いやりの心が、肉眼で見えるか?と言われれば見えない。

思いやりというのは、とってつけたものではなくて、

空気を伝わって 心がしみじみと感じる温かさだと思います。






< 日記、書くんだよ。ちゃんと傍にいるから!>

「Aさん、お母さんが日記のことをおっしゃっています。

 日記を書くんだよって。ちゃんと傍にいるからって。

 尋ねたいことがあるときは尋ねてって。

 おわかりになりますか?」



「 はい!わかります!」

Aさんの声が、軽やかで 嬉しさに満ちて

はずんだ声だったのは、書くまでもないですね!





母の心。

親の愛。

子の心。

子の愛。






言葉や行動ですべてを表現しつくせませんが、

なぜか、真心というのは

空気を通じて 心で 感じます。

私は 心で 感じ取ります。

なぜなら、心は 素早く 真実を感じ取るからです。




お母さんの愛情は、

Aさんの心に しっかりと育まれています。

ご家族の心にも しっかりと届いていると思います。















= おまけ =


越してきてから、さらに、地産、日本製を意識しています。
体調を崩してからは特にです。
その土地その土地に適した物というのは、深い意味があります。
それらはものすごく地味ですが、年を重ねていくと、その深い意味が
身体を通して 身にしみます。

海外の物は魅力的でオシャレに思えるのですが、身体の内に入る"食べ物"は、
特に配慮した方が良いでしょう。
生活の基盤を置いている風土というのは、無視できませんね。
お味噌汁、焼き魚、梅干し、煮物・・・あぁ、やっぱり日本の味。
・・・ということで!
地元の玉子ちゃんを購入しています。
中には、有精卵が売られていまして、子が興味を持ちました。
「お世話をしたら、ひよこに成るかな?・・・」
普通の玉子よりは数百円高いですが、一パックだけ買いました。

大人知識は、横に置き、「とにかく、やってみなよ。」と言いました。
身の回りにあるもので温室のようなものを作ったようです。
5月上旬ぐらいがリミットだろうね〜 と話しています。

「そんなの、ひよこに成るわけ ないじゃん!」
そうかもしれませんが、ダメ元でやってみる心を私はそっと育みたいのです。
カチコチの頭ではなく、若者の柔軟な発想と心を見守りたいと思います。






アガサ





Posted on 2018/04/30 Mon. 13:25 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

TB: --    CM: 0

30

青年の約束 

かいつまんでも、長い 長い お話です。



5年程可愛がっていた野良愛猫ぺこと一緒に暮らせる!ことに

突然引越し騒動の中に見出していた"心の灯火"。

無事保護し、自宅に入れ暮らせる夢が5年越しに叶った!・・・・

とはスムーズには行かないもんですね。(苦笑)

同意をしてくれていた家族が、突如、難を示してきました。



ぺこは、可哀想に狭いゲージの中で暮らさねばならないのかと

途方に暮れました。

( ずっと野良で自由にやってきたのに、これでいいのか?)



保護してから、鳴き続けていました。

( 不安だろうな。野良で生きたいんだ・・・)

野良を好むぺこをむりやり捕まえてしまったと思った私は

外に放してやりました。

( きっと、びゅっと走り去っていくだろうな・・・)

甘っちょろい覚悟みたいものも 胸に抱きつつ。

予想反して、家の周りから離れようとしませんでした。

( わが家を私を家族だと思ってくれているのかも・・・)

すぐに家の中に入れたのは言うまでも ありませんでした。



置き去りにも出来ず、一緒に連れていきました。

だけど、ゲージ生活。

(どうすれば、ぺこは幸せなのかな・・・)



ぺこへの愛情は、欲が絡んでいるんじゃないか?

何が正しいのか・・・

もう わからない・・・

わかっているのは、ぺこが幸せじゃないってこと。





( 誰も しあわせじゃないんだ、この状態は。)

と思いつつも、

何をどう決断するのが善いのか、

頭ではその決断や行動を起こせ!と思っていても、

どこかで何かがひっかかり続けていて、

困っているのに 何も選べない悶々とした日々を過ごしていました。

悶々としていても 目の前で不安そうに鳴き続けるぺこと

その鳴き声に苛つく家族のストレスを解決出来ていない自分に

何とも煮え切らない奴だと思い続けていました。



いつも思い浮かぶ言葉_

( 誰も しあわせじゃない。)



家族が言うこともよくわかる。

だけど、ぺこが大好き。

不安だから鳴くしかない。

その不安を作ったのは、私。

辛く思うのは、罪悪感なんだろうな。

こんなはずじゃなかった・・・

家族全員から可愛がってもらえる姿を想像していたのは

私の身勝手な妄想だったのです。



見知らぬ土地、山の中で生きるというだけで関の山の私は、

時に 自分で自分を追い込み、

時に 自分を励まし・・・の繰り返し。



「 私は何を選んだとしても、後悔しかない。

 自分には何も出来ないってことを嫌という程、知った。

 皆にとっての最善と、ぺこにとっての最善だけを考えるよ。」

家族たちの前で そう呟いたのです。



悩みに悩み続けた3週間弱。

可愛がってくれて励ましてくれている子に言いました_

「 お母ちゃんは、ぺこが大好き。

 でも、今のこの状態は、誰にとってもしあわせじゃない。

 家の中で脅えて生きることほど辛いことはないよ。

 ぺこも大事で家族も大事。

 ぺこは、野良でいたいんだね・・・。

 元々、野良だったもんね・・・。

 なのに、可愛いからって、

 お母ちゃんが捕まえたんだよ。

 置き去りには出来なかった。

 だけど、不安そうにずっと鳴いてるってことは

 嫌だってことなんだよね。

 大好きだから、自由にさせてやろうと思うんだ。

 今から 散歩に行きがてら、ぺこに外の空気を味わわせてあげて、

 走らせてやろうと思うよ。

 ・・・・・もしかしたら、もう二度と会えないかもしれないし、

 もしかしたら、前のように、近くに居てくれるかもしれない。

 さっと走り去ったら・・・慣れていないこの山奥で

 寒さと腹ぺこで死んでしまうかもしれない・・・。

 だけど、

 だけど、家の中で脅えて生きるよか マシだと思うんだよね。

 お母ちゃん、間違っているかもしれない。

 言い逃れかもしれない。

 何が 正しいのか 考えても 考えても わからない。

 わかるのは、

 今 ぺこは しあわせじゃないってこと。

 ぺこを 自由に させてやっても 良い?」



「うん。帰ってくるかもしれないからね。」

「 そう・・・だね。。」



自宅からしばらく歩いたところで、キャリーバッグの扉を

開けました。

「 にゃぁー!」

と言いながら、ぺこは、ものすごいスピードで

目の前を走り去って行きました。

その走りっぷりが あまりにも 嬉しそうだったので、

涙が出ませんでした。



山の中を颯爽と走り出していくぺこの姿が見えなくなるまで

見送りました。

途中で一回、振り向いてくれました。

そして、すぐに また 走り去っていきました。



( これで良かったんだよ。これで、良かったんだ・・・)

心の中で何度も何度も繰り返しました。



その日と翌日は、放心状態の私でした。

涙も出ず。

その後、少しずつ 淋しさを感じ、泣いたように思います。

ぺこが居たところには、ぺこのニオイが残っています。

( ぺこ・・・)



寝る前と朝目覚めた直後、心の中でぶつぶつ言いました_

( 神様という方がおられるかどうかは存じませんが

 どうか、どなたかが聴いてくださるなら聴いてください。

 私は可愛がっていた野良猫を欲で引越先の、遠い山奥まで

 連れてきました。

 いろいろありまして、外に放してやりました。

 自分に対してはいろいろ思いますが、とにかく、

 ぺこが安心して眠れる場所、自由に走り回れるよう、そして、

 食べ物を得れますように・・・ずっと。

 私にもし頂けるしあわせがあるなら削って頂いて構いませんから

 ぺこを見守ってやってください。

 本当にお願いします。

 こんなにお願いすることなんて ありません。

 自分のせいで 誰かを不幸にするなんて ひどい私です。

 自分のやったことは 自分が受け入れます。

 だから、ぺこを守ってやってください。)



そんなような長い長いお祈りを毎日しました。

きっと、自分の気持ちを鎮めるためでもあっただろうと思います。



解放後、1週間程経ったころ_

友人夫妻が手伝いに来てくれるその日でした。

洗濯物を外に干していた時のことです。

ある青年が突然、私に近づいて来られました。

私は内心が整っているとは思えなかったので、

見間違っているんだよ、と思うようにしていたところでした。



< ぺこちゃん、見つけるから。>



その青年は、きっぱりと私にそう言うのです。

見たことのある青年です。

青年はこの日、手伝いに遠方からお越し下さる友人夫妻の

息子さんです。

( あなたは、◯○さん家のお兄ちゃん!)

ニヤッと笑って、首を縦に振ってくれました。

< 見つけてくるから。安心して。>



予想もしないことでした。

予想もしない言葉をかけてもらった私は、

にわかには 信じられませんでしたが 慰められました。

慰めの言葉だけで十分救われました。



全く知らない土地。

春といっても冬のような寒さ。

土地勘のない野良猫が生きるのは・・・と責めに責めまくる日々を

送っていたもんですから、

そんな私にとって、青年の言葉と気持ちがどれほど嬉しかったか。

それは、言葉では言い尽くせません。



来られたまなし、Yさんにそのことを打ち明けました。

「 そうですか。」と冷静に聞いておられた様子。



お昼すぎ、子が「お母ちゃん、これを見て。」と地面を指差します。

Yさんと一緒に子が指差すところを見ました。

そこには、ちびモグラの亡骸が置かれていました。

「あ!」

「Yさん、ぺこがよくこうした"お土産"を持ってきてくれていたんですよ!」

「 え?本当に?ぺこちゃんだったら良いですね!」

とにこにこ嬉しそうな顔のYさん。

「 はい!」

と言いながらも、信じられない私でした。

「ぺこじゃなくても、偶然でも、このタイミングで"お土産"を

 見れたのは、すごく救われました。」



そして、ちびモグラちゃんの亡骸の横に カリカリ餌を

添えておきました。

( ぺこだったら、食べるだろうから。)

という期待をこめて。



翌朝、ちびモグラちゃんは居ませんでした。

カリカリ餌は・・・

そのままでした。



「 違う猫なんだよ。」と家族。

「 そうかもね・・・ そうだよね。」と私。



期待はしない_

それは、自分を戒めるためでした。

自分の欲が長く続き過ぎたがゆえの、思いでした。

可愛いぺこにひどい仕打ち※をしたのですから。
※テリトリーを奪うことは野良の命に関わると思います。



それから1週間後の週末。

お昼過ぎに、家族が窓の外を見て言いました。

「 あれ? ぺこに似た柄の野良が居るよ。」



違うだろうと思いながらも視線を落としますと、

ぺこ でした。



「 ぺこっ!」



私は、叫びたい気持ちを抑えて、

小さめに呼びました。



「 にゃぁー」

と返事しました。



ぺこ、でした。

とても用心して しばらくは カリカリ餌に近寄りませんでしたが、

私が離れて行くと そっと食べに来ました。

ほっとしました。

とにかく、食べたから。



( ◯○くん、本当に見つけてくれたんだね。

 なんて御礼を言っていいか、わからないよ。

 ほんと、嬉しい。

 ありがとうね、◯○くん。)



すぐに お母さんのYさんにメールをしました。

すごく喜んでおられました。

夜には お父さんからも一言メールが来ました。



Yさんから頂いたメールに書かれていたことに感激しました。

お母さんであるYさんにその話をした後、

Yさんは、こっそり 息子さんに話しかけたそうです。

「 その証拠を見せてよ。」

と。

その言葉の後に、ちびモグラちゃんの発見があったのです。

その1週間後に、ぺこと再会したのです。

親子の絆、繋がり、愛情というのは、本当にスゴいと思います。



他界の人の言葉や気持ち(心)は、私にとって

いつも 突然で、

いつも 正しく、

温かみにあふれています。



ただ、私からすると

到底、実現不可能と思われることも言われるものですから

言われた直後は、信じることが出来ないのです。



他界からの言葉は、

信じる、信じない、

正しい、正しくない、

といったことではなくて、

いつも 心に響き、温かいのです。



山小屋の一室に置かれたケージから出たこともない、

全く知らない土地(山の中)に走り去ったぺこ。

マーキングなど一切ないのに、数週間後、わが家の傍まで来た。

偶然かもしれませんが、命に偶然はないと思います。



寒冷地の山の中の寒さは、

温暖なところで生まれ育ったぺこにとって、命に関わるものがあるでしょう。

( そのうち、また 以前のように慣れてきてくれたら、

 保護して、葉山に帰してあげたほうが良いんじゃないか・・・)

とも考えていました。

だけど、もう捕まえてはいけないと思いました。

もう二度と、テリトリーを奪ってはいけない。



野良として生きることを好む猫もいれば、

家猫として順応していく猫もいると思います。



どちらが 幸せかは わかりません。

それぞれによって 違うと思うのです。



この広い山の中で 再会出来たのは、

青年のおかげです。

神様がおられるかどうかは私には分かりませんが

青年がおられるのは間違いないです。



愛する人を亡くされたすべての方に申し上げたいのです。

私達の肉眼で見えないとされていますが、

大切な方は、消えてしまったんじゃない。

ただ、私達の肉眼には見えないだけで、

今も、

この青年のように生きておいでです。

生きるという概念が、朽ちる"肉体"の有無だけでお考えなら

愛するということは、存在しなくなります。



人間の肉眼に見えていることだけがすべてではないのだと

いうことを、心からお伝えしたいと思い、

この実話を書きました。



不可能を飛び越えて、

ぺこが 目の前に あらわれたんです。



" 愛しているから、自由に生きるのを心で祈る。"

愛することは、自分の感情と向き合うことでもあるのだと

ようやく 少しだけ わかったような気がしています。










= おまけ =


屋根にかかる枝一枝を、友人夫妻の協力を得て、伐採しました。
細い枝でも、すっごく重いんですよ。本当に。
たくさんは切りません。
それが自然の中で住むということ。
自然の中で便利を求めることの方が不自然。
街に住む方が良いと思います。私はどっち派だろう。
今はまだ、街派かな。(苦笑)




先週の午前中は、雪が降りました。寒っ。





友人夫妻が薪になるものをお知合いを探して、わざわざ持ってきてくれました。
軽トラで!
実際に使える薪ストーブ設置には、7桁は行くそうですよ。
ということで、薪ストーブ設置は、夢のまた夢ですが、薪はあります!




ちびモグラちゃんは居なくなって、カリカリ餌だけでした。
この1週間後、ぺこに再会できるとは思いもしませんでした。







アガサ







Posted on 2018/04/16 Mon. 12:36 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

TB: --    CM: 0

16

とりそぼろ 

前日の午後3時過ぎ、"夕食は何を作れるか?"の時間。

この日は珍しく すんなり決まりました。

「 よし!とりそぼろと玉子そぼろ。

 さやえんどうが無いなぁ〜・・・まあ、いっか。」

頭には三色が浮かんでいたのですが、現実は二色。(笑)

料理は、お世辞にも並の腕前とは言えない私。

レパートリーも極端に少ないからか、私が台所に立つと、

なぜか、家族のテンションは低め。

一番テンションが低いのは、焼き魚&お味噌汁定食。

( 最高のご飯メニューだと思うんだけどなぁ〜 )



二色そぼろ、完成!

「 簡単で見栄えするから良い!」と私。

< 美味しそぉ〜 >

若い女性の声が耳元でしました。

ん? と思いましたが、久しぶりのとりそぼろに自己満足です。

「 久しぶり!」と言いながら、私も食べていました。

いつもは " おかわり " をしないのですが、この日は " おかわり "。

" よく食べるなぁ〜、お母ちゃん・・・" という無言の視線が痛い。(笑)

でも、そんなの気にしません。

何故か、食べたかったのです。

日常は、とにかく、ぼんくらな私です。

そのぼんくらな私は、お布団に入ってからようやく気づきました。

( Nさんのご家族だったんだ・・・)



翌日早朝、家族に 子どもの頃の、母との思い出を話していました。

( なんで、子どもの頃の思い出を話してるの?)

その内容からして、Nさんのご家族が話したいのだと察し、

家族におつきあいしてもらいました。

< 随分、好き放題生きてしまったなぁ。

 必至で充実していたけど、母はちょっと寂しく思ったかな? >

( そう思うのですね。わかるような気がします。)

彼女と私の心がひとつになっていたのです。



Nさんが来られるまでに、彼女はいろいろと話してくれたと思います。

私も忘れまいとメモをとっていました。

" 男性のように仕事が出来る方 "

そう走り書きをしていた時です_

私の傍でリアクションがありました。

( あぁ、そうだった! あなたは、仕事が出来る人だ!)

彼女も私も笑いながら、ふたりでうんうんと頷きながら、メモを追記。

" デキる男性のように "

(これがぴったりだ!)(大笑)



Nさんが来られて、ごん(愛する4本足家族)に

温かい言葉をかけてくださいました。

それだけで、Nさんと私は、お互いに涙があふれそうでした。



「 背の高いスラッとした、若い女性です。」

「 非常に頭の良い方で、男性のように・・・あ!そうだった。

 すみません。言い直します。

 " デキる男性 "のように仕事が出来る女性です。」

Nさんはハンカチを目に抑えながら、笑いながら「娘です」とおっしゃいました。

ここで、今朝のやりとりを話しました。

「 Nさんが来られる前、お嬢さんが話しかけてくださった時、私は

 メモをしていたんです。そこで、"男性のように仕事が出来る方"

 と書いていましたら、リアクションがね・・・(笑)、娘さんの。」

話し途中でしたが、私はもう我慢が出来なくなって大笑いし始めました。

「 娘さんは、あまりにも素直で、おかしくて。

 ああ、わかりましたと言いながら、追記したんです。

 " デキる男性 " というように!」

これには、Nさんも大笑いするしかないようでした。

同時に、涙も。

「 娘は そういう子です。」

「 ええ。ハッキリおっしゃる。」

「 はい。」

「 不思議にそうおっしゃっても、ムッとしないですよ。お人柄でしょうね。」

「 そうなんです。彼女はアメリカで医学の勉強をしに院まで行き、頑張っていました。

 性別問わず、多くの友人がいたようです。」

「 そうでしょうね。そう思います。」



「 Nさん、娘さんが子どもの頃の思い出を私に話してくださいました。

 母が、Nさんのことです、サラサラっと描く女性スタイル画が

 とても大好きで、本当に上手いの!と。

 小さい時、私にとってそれは宝物のようでした、って。

 今、どこにあるんだろう?・・・

 もうないか。(笑)

 勿体ないことしたなぁ〜

 そうおっしゃっているのですが、おわかりになりますか?」

「 はい。わかります。」とNさん。

「 私、服飾関係の学校をしています。娘が小さい時に、

 『 どんな服が来たいの?』と尋ねますと、

 『 こんな感じで、ここはこんなんで!』と話すんですが、

 まったくイメージが掴めず、紙に私がこういう感じかなと

 サラサラっと描いていました。

 娘はそのことをそういうふうに思っていたのですね。」

「 ええ。そのようです。嬉しいですよね。」

「 はい。」



娘さんは、ご両親のお仕事についても言及されていました。

Nさんがおわかりになるかどうかを尋ねますと、

「 とてもよくわかります。」とのことでした。



< 私は恵まれて育ててもらいました。

 ・・・両親の・・・母のそばに居て、ということが少なかった。

 今は、傍にいて、ゆっくり歩きたいなぁと思います。>

この言葉を聞き、私の胸にもぐっと来ました。



< (私を)産んでくれて ありがとう >

彼女は言葉をご自分で噛み締めながら、心いっぱい込めてそうおっしゃいました。





それでは、Nさんからのメールの一部を掲載致します。

- - - - -

(前略)

もう前からお邪魔して私の思うところをアガサさんに告ているなんて、
なんて娘らしいのでしょう
男性のように仕事ができる ではなく できる男性のように仕事をすると
訂正させるなんて本当にあの子のやるようなことです
でも本当に仕事が好きで 楽しんでやっていたと思います
(周りの先輩や上司にも恵まれたんだと思います)

とりそぼろのお弁当
何の感想もなかったのでそんなに好きではないと思っておりましたが
好きだったんですね
そして、ちゃっかりアガサさんのおうちで ご馳走にまでなってたなんて
ありがとうございます 
「昨日食べたから当分はいらない」って またしばらくしたら作るから
食べに来てね!!
(ア:本当にストレートで楽しい娘さんです。)

仕事の後継者のことへのアドバイス。
(ア:具体的なことなので割愛いたします)
本当にその通り。頑張ります。

いつも(しばらくは?)娘は私のそばにいてくれるようなので
いろいろ問いかけをしてみましょう
最後に私の父まで来てくれて そのままの父で本当に幸せな時間でした。

(略)

- - - - -


娘さんの話したいことも一段落ついた頃、交流時間は1時間程でした。

そろそろ、交流を終わりにしましょうと思いましたら、

高齢の男性が、あわててかけこんで、話してこられました。

「 孫が言うことをきかないんだっておっしゃっていますよ。

 小さい時はこうじゃなかったのにっ!って。

 もうそのおっしゃり方が、申し訳ないのですが、おかしくて。(笑)

 だけど、怒ってはおられませんよ。

 とても可愛がっておられたご様子です。」

男性の描写を伝えつつ、息せき切って話される内容を

Nさんに伝えますと、びっくりなさった様子。

「 私の父です!間違いありません!」

驚きつつも、とても嬉しそうでした。






交流をさせて頂いて、いつも思います。

他界が存在するしないというのは、最終的には、個人の自由だと思います。

経験しているからといって、それが絶対に正しいと言うつもりはありません。



ただ、私が言えるのは、

これだけのことを話してくださる " 相手 " がいなければ、

私は、ご依頼くださる方には 話せませんし、

その内容が本当かどうかの確認も取れません。



Nさんの娘さん、お父さん、そして、わんちゃんが

今も 存在しておられるからこそ、

話してくださるからこそ、

Nさんに伝えることが出来るのだと思っています。



この世で何が正しい、正しくないとか、

科学で証明出来るのか、できないのか、

誰それがどう言ったとか、言わないとか、

誰それが何をしたとか、しないとか、

そういうのは、人間特有の感情としてはありますが、

そこが大事なのではないと思うのです。



まずは、日常において、自分がどうか。

懸命になって生きているかどうか、

命を大切にしながら、命の限り、生きようと思ってるかどうか、

そういうことを大切にすることも 大事だと思います。

いろんなことを経験していくなかで、自分という生き物は

決して、孤立無援などではないんだ・・・

見ず知らずの、顔を合わすこともない多くの人達や動物達に

支えられているんだと気づいていくのだと思います。





人それぞれの性格は、とてもユニークです。

とても愛すべきものです。

Nさんのお嬢さんのように、他の人のことも考えた上で、

どうすることが 四方八方に善い広がりとなるのかを

シンプルに物事を見れるように心掛けたいと思います。












偏見なく。












アガサ











Posted on 2018/02/20 Tue. 09:36 [edit]

category: 愛する人・家族との交流

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

TB: --    CM: 0

20