FC2ブログ
2019/06/07.Fri

やっと幸せに

交流準備をしていた時、届く声にいつしか、聴き入っていました。



< こんなに(私を)思ってくれるなんて、思いもしませんでした。

 何度も足を運び、話がしたいと思ってもらえて・・・

 もっと、主人を大事にしてあげたかった。>



話される言葉に含まれる思いに しばらく ぼんやりしていました。

( ご主人を大事になさっていたと思います。

 あなたのお声から、お人柄が伝わります。)

そう返事する私に、微笑みながら、彼女は続けて話されました。

<・・・私は、決して、良い妻ではなかったと思います。

 手を抜けるだけ、手を抜こうと思っていましたから。笑 >

( 私もですよ。笑)

肉体を脱した方と話す機会は、空気の流れがとても穏やかで

柔らかく、それをぼんやり眺めるのが好きです。

急かすこと、焦ること等、制限の多い物質世界との違いでしょうか。

柔らかな空気の移ろいに身を置いていました。



女性は、少し間を開けて、大切に話し出されたのです。

< 主人と出会って ようやく幸せになれました。>

言葉ひとつひとつに、彼女の人生、ご主人Mさんへの愛情と

感謝の気持ちがいっぱいで、私は静かに頷いていたように思います。



< それと、>

( はい。)

< 主人に最期に言いたかったことは・・・

 『 あなたに会えて、本当に幸せでした。』

 と伝えてください。>

胸がいっぱいになりました。

( もちろん、伝えます。)

こう返事するのが精一杯。

言いたかったことを言えて安心され、ニッコリでした。

その言葉にぼんやりしていた私の傍には、おられませんでした。



( あの言葉は、ご主人に言いたかったけど、

 言えなかったんだ・・・

 あなたがご主人に話すように心をこめて、必ず 伝えます。

 安心してください。)



懸命に、必至にお伝えするも、どうも、話が途切れ途切れに

聴こえてしまうことが私にはあります。

必ず確認するも、どうも、自分的に腑に落ちないこともあるのです。

そういう場合は、必ずといっていい程、後でメールに書いてくださるのです。

Mさんの交流にも、そのお知らせはメールにありました。



- - - - -

お花のことをしきりにお伝えくださるので、
いろいろ思いをめぐらせて見ましたら
お花畑のことではと思い出しました。
少し前のことですが、ニュース番組を見ていたらつい寝てしまって
ふっと目がさめたら、TVドラマの亡くなった夫から、
妻への手紙をある代書屋が書いて読み上げるシーンをやっていました。
手紙の内容は、"あちらの世界の美しいお花畑を君が来たら手をつないで
好きなだけ散歩しよう。それまでは元気でいて下さい。"のような感じです。
(自分の中ではお花畑ですが、きれいな景色だったかも)
普段TVドラマは全く見ないので、少し時間がずれていたら
TVを消していただろうと思うと偶然ではなく
そのときも妻からのメッセージのような気がしていましたが、
やはりそうなのかと感じました。

- - - - -



その直後に、別便でのメールを頂きました。

- - - - -

お花のこと、なんとなくしっくりこないので、いろいろ考えてみたら、
彼女がたくさんのお花の写真を撮り貯めているのを思い出しました。
気にはなっていましたが、見るのが辛くて今まで見ていなかったのですが、
フォルダを開いてみたらきれいな花の写真、彼女と一緒に自撮りした写真、
そして<鏡を見て>と言っていると伝えていただいたような、
僕が前で彼女後ろにいる_ちょうど鏡に映っているようなものもありました。

自分のことより、人のことを思いやる人でしたから
僕への贈り物のような気がしました。
泣けてしかたありませんでした。

- - - - -



交流中、

彼女は、ご夫妻でテレビを見ているとこを見せてくださいました。

それに、誕生日と、お花。

Mさんが前に立ち、後方に彼女が位置して 見守っていること。

見守っていることを感じられる日が来ますようにと願いながら、

鏡をぼんやり見てみてねとニッコリされながら話されたこと。

どれもありきたりだと思われますか?

私は何万回、その言葉を聞かされ、お伝えしたとしても、

ありきたりだとは思えません。

なぜなら、その人にとって その言葉に含まれる歴史があって

思いがあって、おひとりおひとり違う響きがあるからです。

普通の日常こそ、私には特別に素晴しく思えるのです。



どうも頭の回転が鈍かったのか、カチッとし具合が 今ひとつ。

「 私の聴き取り具合が鈍いのか、解釈間違いをしているのか・・・

 多分、聴き取りが違っていると思います。

 今は無理にあてはめないでください。すみません。」

とMさんにそう言いました。

 

車でお家に向かっておられる際中なのか、お帰りになった後に

思い出されたのかはわかりませんが、Mさんは思い出されたことを

メールに書いてくださいました。

そのメールを読みながら、交流にやってこなかった " カチッ " が

やってきたのです。





< 主人と出会って ようやく幸せになれました。>

この言葉は、なかなか 言えるもんではありません。

”ようやく、幸せになれた”と思える人がいて、

そう思わせられる人がいるということです。

誰かと出会って、皆が皆、そう思えるわけじゃありませんもんね。



ご主人と出会われる前、幸せをお感じになったことは少なかったかもしれない。

安心でき、信頼を寄せれて、愛情に包まれるなんて、

自分にはやってこない・・・

そう諦めつつも、毎日を懸命に生きておられたのだと思います。

そんなある日、Mさんと出会われたのです。



ようやく幸せを感じれたというのは

ものすごく、、、なんて言えばいいでしょうか、、、

ものすごいことです。本当に。

心底、そう思えます。

そう話してくださったこの言葉が、未熟者の私の心に

とても深く響くのです。



やっと幸せになれたとおっしゃるMさんの奥様は

今も ご主人を大事にされています。

ご主人もまた、今も 奥様を大事にされています。



やっと出会い、幸せをお感じになられたのですから、

これからもお互いを思うおふたりの関係は ずっと続くのです。

本当の愛というのは、とても穏やかな気持ちになれます。

いろいろとあったからこそ、です。

本当の愛を言葉で伝える時、耳に聴こえるはずの言葉には

限界があるように思えてくるのです。



交流で経験した大切な思いのひとつ_

" 愛は静けさの中に " 在り続けるんだということ。

本当に、そう思えます。

どんなに辛く悲しく寂しくとも、最愛の人を信じれるんです。

最初は冷たい涙がいつしか、暖かさを帯びた涙に変わります。

そして、静かで穏やかな気持ちになってゆくのです。





















アガサ


愛する人・家族との交流 | Comments(0)
2019/05/12.Sun

母の日に寄せて

子どもの頃は今の祝日のように連休を意識された設定ではなく、

◯月○日と決められていましたね。

日が決まっている方が印象深いものがあったように思えます。



母の日。

毎年、お花を贈るぐらいしか出来ない親不孝もんの私。

それでも、母は嬉しそうに御礼の電話をくれるのです。

実際、母はお花が大好きです。

母は私のなかで、50代ぐらいで止まっています。

いつの間にか、高齢と呼ばれる年齢になり、父のもとへ

召されても自然に思えるお年頃です。



子どもの頃、母のことが好きなのに、母のような生き方は

したくないと強く思い込んでいました。

50過ぎた今、母の生き方は私が願っているものでもあるように

思えます。



" 故郷で生まれ育ち生きる。"

転々としますと、故郷が少しだけ薄らぐような気がしています。

薄情なことではなく、故郷以外の住んだ場所にも思い出が生まれる

からです。その地その地に、色々な思い出があります。

母の人生とは違い、私の人生は、余儀なく引越すことが多い。

ほぼ、同じ場所(都道府県)で人生を積み重ねられることは、

年齢を重ねれば重ねるほど、私の内で深い憧れ、淡い夢のように

思えます。

転々とすることに、さすがに疲れてくる年になりました。

家族それぞれのためとはいえ、ね。(苦笑)



すみません。前置きが随分長くなってしまいました。

母の日に寄せて、頂いたメールを掲載させて頂きたいと思います。


- - - - -

今回で3回目となる交流をして頂き、毎回母は「明るい方」だと言って頂き本当に嬉しいです。
(ア:全く覚えておりませんが、母上のご性格が今も尚ということです。)

相変わらず父が心配な事、私の結婚の事、変わらない母で胸がいっぱいになります。
いつも家に、そしてそばに居てくれてるとの事ですがアガサさんに交流をして頂く
この機会は本当に母と会話をしているようで不思議だけれど不思議ではなく、
以前のような感覚になれます。

月日が流れ、受入れている部分と受け入れられない部分がありますが、
何より母が元気で変わらない事で救われます。

(略)

婚活に関しましては、普段の生活にじょじょに取り戻しつつある時、
ふと父を安心させなければ・・・と考えました。
どうしたら?と考えた時、やっぱり私の将来の心配が一番だと思いましたので
一念発起し行動に移しました。

私は父と母が築いた家族が大好きでここを離れたくない・・・
と若い頃は結婚願望が無く、ぬくぬくと甘えてました。
母があちらに住居を変えた時も今まで充分幸せだったから残りは地獄でも耐え
られる。と思っていました。
でも、3回の交流でやっぱり出てくる結婚の話・・・・・。
重たいお尻を上げ、今日に至ります。

(略)

- - - - -



お会いする度に、その方の空気(雰囲気?)が違います。

面白いもんだなぁ・・・と思えるほど、空気が違うのです。

毎日の積み重ね、日常がそうした変化を生むのでしょうね。

Cさんも空気が変わられたかな〜と思いました。

良い意味で、です。



Cさんのお母さんが、毎回、娘さんの結婚について仰っていたとは・・・笑。

そのお変わりのないところが、私にもとても嬉しく、

人様のご家庭の温かさ、ご家族への愛情に浴すると

心がほんわりと温かくなります。



結婚が全てではないと思っています。

結婚すれば絶対にしあわせになれる!ということでも

ありません。

信頼できる、安心できる、あくせく働くこともない・・・

夢は広がりますが(笑)、結婚はそんな甘くない、ですよね。

いろんなことがありますし、

不意打ちのことも起きます。

自分独りの方がよっぽど、気楽! と思えることも多々あります。(笑)



それでも、親というのは、自分が他界した後、大人に成っていても

わが子のことを気にかけます。

子が自分と全く同じ経験をするわけではないけれど、

子を信頼していないのとは違うのですけれど、

なんせ 親は いつも 子を思います。

子が いくつになっても、です。



なかには、

親に苦しめられ続けた方もおられます。

どんなにお辛かっただろうと思います。

そうしたお辛い子ども時代、少年少女時代を過ごされた方々は

本当に優しく、とても繊細です。

ご自分が身内から苦しめられたからこそ、

人の痛みがわかるのです。

良い思いばかりをしていては、思いやりは育ちませんもの。



自分の年齢の時、

母はどうだっただろう・・・

父はどうだっただろう・・・

どんなふうに生きていたっけ・・・

そう思う時があります。



親が老いていく姿を見るのは、子にとって辛い時があります。

自分の知らない人みたいと悲しくなることもあるでしょう。

だけど、自分も親と同じぐらいの年齢になった時、

似たり寄ったりになるのです。



肉体は 老朽化します。

肉体は 変わります。

性格や性質、人柄というのは、そんなに変わりません。

懐かしいまま なのです。



私が交流に臨む時、最も重要視するのは

お人柄。

性格です。



交流は、大切な方とアガサだけがするのではありません。

会席者全員が交流に参加するのです。

だから、交流なのです。



Cさんは書いておられます、

"この機会は本当に母と会話をしているようで不思議だけれど不思議ではなく、

以前のような感覚になれます。"

というように。



そこに、会いたい話したい母上がおられるから、

母上と会話をしているように思えるのです。

いたって 自然な思いです。



と、私は思います。












アガサ








愛する人・家族との交流 | Comments(0)
2019/04/19.Fri

雨降って、地固まる。雨のち晴れ。

自分が大事に思う人や信頼していた人が、

自分に嘘をついているのではないか・・・

そんな思いがまとわりついてしまった時、私達はどれだけ

自分の感情に振り回されてしまうのでしょうか。

そういう事態になっていない時に想像する自分と、

実際、その渦中に落とされてしまった自分とでは

大きく違ってくると思います。

果たして、実際起こった時にも冷静に持論通り

自分を保てるでしょうか?・・・



私の場合は、無理だと思っています。

動揺することは避けたいと願いますが、やっぱり、人間ですから

動揺するのも自然だと思うのです。

覚悟が足りない、考えが甘い云々ではなくて、そこは、

やっぱり、人間なんだと思うのです。



まずは、

Mさんから頂いたメールの一部をお読みください。

- - - - -
(略)
「散歩や買い物という日常が幸せだったとご主人が言ってらしゃいます。」
とアガサさんから伝えられるその言葉でやっぱり主人だと思いました。
特別なことは無くても一緒に居ることが幸せでした。
仕事が忙しく、出張が多い人でしたので、愛犬と過ごすお休みを大事にしていました。

○月に主人が亡くなった頃は、喪失感と裏切られていたのではないかという疑念とで
夜も眠れず、気が狂ったように主人の携帯や手帳などを見ていました。
それがさらに自分を追い込み病気もしました。
熱があっても気がつかず、腎盂炎になっていました。
その頃のことが時々フラッシュバッグし辛かったのですが、今年に入り、
主人との生活は幸せだったし、大事にしてくれた◯年間は嘘では無かったと
思いたいと思うようになりました。
この頃、アガサさんのブログを拝見しました。

(略)
アガサさんに主人のことを聞き、信じたいと思えました。
(略)
主人が病気になってから来てくれた愛犬も主人に寄り添い
今は私に寄り添ってくれています。
この子のお陰で私は乗り越えて来れたんだと思っています。
もちろん主人も支えてくれていたと思います。
主人には今、生活できていることに感謝しています。
(略)
心が軽くなりました。前を向いて生きて行けそうです。

- - - - -



何度も申しますが、交流に来られる方から嘘を言われたことは

ありません。

私が他界を盲信することはありませんが

先入観という色眼鏡で見ることもありません。

ご依頼人、他界の方、どちらかを依怙贔屓することもありません。

カチッと音がするほどの本当かどうか、です。



Mさんのご主人は、家庭を守り続けてくれた妻に感謝の思いを

深くされていました。

ご主人は、

<私が仕事が忙しくてもやってこれたのは、妻が家庭をしっかりと

守り続けてくれたからです。親のこともあり、苦労をかけました。

本当に感謝しています。>

とおっしゃったのです。

今の時代、結婚相手の親を看るというのは珍しくなりました。

そんな時代であっても、妻が自分の親を看てくれることが

どれほど大変なことなのかというのがご主人はわかっておられたのです。



交流を続けていくなかで、Mさんからあることを伝えられました。

悲しみにくれるその最中に突然起こったことによって、ご主人への

疑念が浮上してきたのです。

「 私は本当に主人のことが大好きなんです。」とそうおっしゃれる

Mさんですから、相当のことだったと想像するのは難くありません。

信頼しきっていただけに、ボキッと折れてしまわれたのです。



ここで私が申し上げておきたことがあります。

「そうだとしても携帯や手帳を見るなんて・・・私ならそんなことしない。」

というお考えの方もおられると思いますが、

そうしたことは考えないで頂きたいのです。

人を本当に理解する、思いやりを持つ、公平な心の目を持つ、

というのは、人様のされてきたことに対して批判的に独自的に

意見することではないのです。

どんなにお辛かったでしょう、

どんなに苦しかったでしょう、と同情ではなく、

相手の心を慈しむ気持ちが大切なのです。

(批判や非難は、簡単に誰にでも出来、自分の心さえ蝕みます。)



ご主人は誠実に心から話されました。

きっとご主人も妻がそういう疑念を持ち、病を患ってしまう程

苦しんでしまうとは想像もされていなかったと思います。

真実ではないことで、ご夫婦それぞれにお辛かったのです。



他人様の何気ない行動で、傷ついてしまうことは

私達の日常にあります。

だからとって、傷ついたままでいるのは違いますね。

声をあげなければならない時もあるし、

頃を見計らって、静かにしている時もあったり。



交流も終わる頃、Mさんのお声は違っていました。

誤解が解けて、ご主人もほっとされていると思います。



雨降って、地固まる。

雨のち晴れ。













アガサ







愛する人・家族との交流 | Comments(0)
2019/04/05.Fri

相手の良いところを見つめて

Nさんご家族様方とのお約束した当日。

起床直後、頭痛がしました。

直後というよりは頭痛で起きた、というほうがぴったり。

頭痛持ちも辛いな・・・と思います。



(まいったな・・・今日は、Nさんご家族様方が来られるのに。

 頭痛、辛いな・・・ま、耐えるしかない。)

にわか”頭痛持ち”となった私は、

転居後の、今はまだ見知らぬ地の風景を見ながら歩きました。

ふと、何か気配がして、歩いてきた道を振り返ると、

花粉をたっぷり含んだ杉の下を歩いてきたのだと気づきました。

( ・・・なんとまぁ。ま、通り過ぎたからどうしようもない。苦笑



徒歩5分ぐらい先にある待ち合せの駅へと到着。

山の中と比べて、超が付く程の便利な住環境、思わずニヤりです。



付近の景色をぼぉ〜と眺めていました。



< あ〜、早く会いたいわぁ。早く来ないかな〜。>

ぼんやりしている自分とは違い、乗って来られる電車を

今か今かと待つ女性が傍におられたのです。



( ご家族をお待ちですか? 久しぶりなんですね。)

< 久しぶりというわけじゃないけれど。笑>

( そうなんですか。笑)

< とにかく、会えるのを楽しみにしていたんですよ!>

( 会えるのは楽しみですもんね。)



< あ!あの電車! きっと乗ってる!わぁ〜 >

隣の女性_ おそらく、私より10歳程上の女性の空気に

喜びが増してきました。

嬉し過ぎて 目頭が熱くなってらした。

横に居た私まで感激し、目頭が熱くなりました。



電車が止まる前から、その方は、

< ほら!私の家族。あそこ!>

( え、どこですか?)

< あそこあそこ!あそこの三人。ほら!分かった?>

( あ、わかりました!あの方々ですね。三人?

  もしかして、あなたは、Nさんのご家族ですか?)

そう言い終わる前に、女性はどこかへ行かれたようでした。

( あれ? どこ行かれたんだろう。面白い人だなぁ・・・笑

  あの方が、Nさんの会いたい方だったらいいな・・・)



会いたい人だと一瞬にしてわかる瞬間、

名前や誕生日や携帯電話の番号ではなく、

家族の人柄や心が伝わってくるあの”瞬間”は言葉では例えられません。

同じ屋根の下で暮らしてきた年月への懐かしさからなのか、

不可能だと思っていたことさえ、消え失せ、

家族の、真の存在と心と 自分の心が重なるのを心が認識する瞬間、

本当の自分に戻れたような気がするのです。



たまたま、話しかけてくださった方が

Nさんご家族であれば・・・こう願わずにはいられませんでした。



小さな我が家での交流は、終始、和やかでした。

笑いに包まれ、時に、涙があふれていました。



私の回想よりも、頂いたメールの方が大事に思っていますので

Nさんとご家族様方から頂いたメールの一部を掲載させて頂きます。

文章量としては長めに思われるかもしれませんが、

読まれますと長くは感じません。

書き手の心がじんわり感じることの方が印象に残ると思います。

どうぞ、ゆっくりと心からお読みください。



- - - - -

母は、本当に突然逝ってしまったので、悲しさ寂しさ虚しさ、
心がぽっかり空いたような感情をこの半年間ずっと抱えて過ごしてきました。
それでも、毎日は過ぎて行くし、やらなければならないことも多い…
今回の交流で母に会えるかもしれない!と、楽しみにして毎日を頑張っておりました。

交流が始まってすぐ、アガサさんが気さくで話しやすい方と仰った時、
すぐに母だと分かりました。

父のことを「かっこいいでしょ?」とアガサさんに同意を求めることも、
追いつかない程、話し続けるという様子も、
お供え物は自分で取りに行くからあげなくて大丈夫!というのも、、
どれもとても母そのもので、その場に母がいることを実感出来ました。

母が亡くなる3年程前に「今までの人生でどの年齢が、一番楽しかった?」
と聞いた事があります。
その時、「そうねぇ、やっぱり子育てしてる時かしらね」と笑顔で答えていた
ことを思い出しました。
数日前からアガサさんの子育てに口を挟んでいたとのこと(笑)、
子育てが楽しかった!と言っていた母らしいな。と感じました。


生前、人の良いところを見て付き合いなさい。
感謝の気持ちを持って毎日を過ごすんだよ。と、常々母から言われてきました。
しかし、母が亡くなったことで、余裕を無くし、周りが見えなくなっていました。
人が優しくしてくれないことに腹を立て、
なぜ私ばかり苦労をしなければいけないのかと、そう思って過ごしていたように感じます。
でも、違うのだと、アガサさんからの母の言葉を聞いて気付かされました。
人の悪いところは大したことない。
そこに注目するよりも良いところに引き寄せられる方が自分が居心地がいい_
というのが母そのもので、ハッとさせられました。
大切なことを教わっていたのを忘れていたな。と、、
自分のことしか考えられなくなっていたんだな。と気付くことが出来ました。

また、心を込めてありがとう。と伝えて欲しいと言うのも、まさに母でした。
どんな小さなことも大袈裟なくらい喜んで、
満面の笑みでお礼を言ってくれていたのを思い出しました。
(略)
アガサさんから出た母の「ありがとう」はとても重みがあり、今でも涙が溢れてしまいます。
生前もっと感謝を伝えていれば良かったとも思いましたが、(略)
これからも感謝を伝えていきたいと思います。

父のことですが、私たち娘が思っているよりも遥かに父のことを愛していたんだな。と感じました。
母は普段、そんなに口に出して「かっこいい」と言うタイプではなかったですが、
確かに「お父さんなら大丈夫」「だってお父さんだもん」「さすが◯◯さん!」という言葉は
結構聞いていました。笑
それだけ信頼し尊敬の念を持っていたのだなと、改めて気付かされると同時に、
そんな温かい夫婦の間に産まれて、私は本当に幸せ者なんだなと気付くことが出来ました。
父は、今回の交流で母が傍にいることを少し感じられているようです。
私が母の代わりになることは不可能ですが、母の話をたくさんし、
少しずつでもこの生活に慣れていけたらと思っています。
(略)
きっと平坦ではない道のりを、母に大丈夫!と言われるとなぜか大丈夫な気がします。
無理かも。と思っていた気持ちもやってやろうじゃないか!と少し気持ちに変化が出た気がします。

今回の交流で、姿は見えないし、話すことも出来ないけれど、
物事に対する姿勢や価値観、そういったものをきちんと私の中に残していってくれたんだなと
改めて感じました。
(略)

生前は、困らせたり、怒らせたり、泣かせたり、、そんな事ばかりで後悔しかなかったですが、
感謝を伝えるのに遅いことはないのかもと少し思えています。

- - - - -

昨年の夏、母は頭が痛いと言って突然倒れ、そのまま意識が戻らぬまま他界しました。
くも膜下出血でした。
本当に突然すぎる別れでした。
母はさぞ心残りだろうし、悲しんでいるのではないか、泣いてばかりいるのではないか、
今は頭の痛みや身体がつらいことはないか、母がどんな様子なのか、ずっと気がかりでした。
(略)
待ち合わせのとき、早く会いたくて、とてもコンビニの前でなんて待っていられなかった、
と母と重なった心情を伝えていただいたこと、今になって、じわじわと、母の会いたい気持ちと
それを表現してくださったアガサさんと、2人の気持ちが嬉しく、切なく感じられます。
母の愛情を感じました。
母からの、心をこめてありがとうを伝えていただいたときは、涙が止まりませんでした。
母の姿が見えたように思いました。

アガサさんに、涙ぐんでおられます、って言われると、母の表情がありありと浮かびました。
とても丁寧に母のことを伝えてくださり、本当にありがとうございました。
(略)
母のことをじわじわと、確実に、感じることができました。
(略)

父のことが今も大好きで、ずっとそばで顔を見ていたい、カッコいいと思っていること、
こんなに主張してくるとは、意外でした。笑
そしてもっと側にいたかったと思っていること、やはり寂しいです。
母の父に対する愛情は、私の想像以上でした。
勝ち負けではないですが、なんだか完敗という感じです。。笑
帰り道、父は嬉しそうでした。
アガサさんにお礼のメールをするよと言ったら、一言、
ありがとうございましたとお伝えくださいと、申しました。

今までどおり、母に話しかけて、相談して、母だったらなんて言うかなと
心の中で話しながら過ごしていきます。
人の良いところ、キラッとするところを見て、
人のダメなところなんて些細なことと思って気に留めず、
自分が機嫌よく心地良くいれるような生き方をする母を、
今回改めて、我が母ながら尊敬するなと感じました。
そんな風に思う機会にしていただけたことも、とても有り難く思います。
母に育ててもらった娘であることに自信を持って、
母がしてくれたことを思いながら、私も子育てをして、生きていきます。

でもやっぱり会いたいです。
近くにいてくれているのを感じることができたし、
何も変わらず母はいて、心は繋がっていると思う。
でも、やっぱり声が聞きたいし、会いたいです。
今回交流して、改めてそう強く思う気持ちもあります。まだまだですね。
(略)

- - - - -


印象的だったのは、

「 母からの褒め言葉を聞かないと 他の人からどんなに褒めらても

 褒められた気にならないんです。」

ということ。

ご家族全員が「その通り」と言うように

うんうんと首を縦にふっておられたこと。



人は誰しも、良い所とそうではない所があります。必ず。

時と場合によっては、良いところよりもそうではない所に

意識が向くでしょう。



お母さんは、ご自分の人生を歩まれていくなかで

相手の良いところとそうではないところとどっちが

自分にとって居心地が良いのか?ということを幾度となく

経験されてきたのだと思います。



お母さんが話してくださっていた子育て。

乗ってこられる電車を待ちながら、こんなことも話していました。

< 子どもの年齢によって、親も思うことが変わってくるけど。笑>

( はい。まさに、そうです。うちは思春期突入です)

< いいじゃなぁ〜い。笑>

( 小学校低学年ぐらいまでが良かったですよ。)

< そう? それは親の贅沢ね!笑>

( まぁ〜、そうですね! 親の贅沢ですね!笑)

< ほら、見て。線路の近くを歩いている女の子達!>

( わ、可愛いですね。姉妹でしょうね。)

< お揃いの上着、着てる!可愛いぃ>

そうおっしゃるお母さんは、娘さん達の幼い頃を思い出して

おられたんだと思います。



わが子の幼い頃を思い出しながら、

家族それぞれのことを思いながら、

電車の到着を今か今かと待っておられたんです。



すべて 懐かしくて

ぜんぶ 愛しくて。












アガサ






愛する人・家族との交流 | Comments(0)
2019/03/15.Fri

心が繫がる、ということ。

- - - - -

息子とこうして交流ができた事を大変嬉しく、ありがたく、思っております。
(略)

息子はもう働いているとは、驚きました。
いつまでも大学生のままではないのですね。

パリッとしたスーツ姿で、嬉しそうに登場してくれた事に、
息子の私を安心させたいという心を感じ、涙があふれてきます。

息子は、私と娘の事や、家族の在り方、いろんな事へ気にかけてくれている。
息子のやり方で、私達を見つめ守ってくれている。

いつもその事へ感謝しておりますが、今回は特にその息子の優しさと強さを感じて、
私の中へ安堵感がぱーっと溢れ続けています。

私は息子へ至らなかった部分や息子へ申し訳ない気持ちが、常にあります。
この罪悪感はなかなか消えませんが..、
息子が大きく優しく強くこちら側を見つめてくれているのなら、
それに答えられるような人間にならないといけないなという気持ちに今回はなりました。



今晩の夕食に、息子からのリクエストの献立で作りました。
(略)
「一緒に食べようね」と息子に問いかけながら、食べました。
涙はでませんが、共有しているという優しさに包まれているような気持ちになりました。
そして不思議な事に、私も娘も「いつも以上の美味しさ」を感じました。
これは息子のパワーだと、信じています。

特別な事をしなくても、普段の生活の中での小さな幸せ、
それを息子はいつも感じていててくれた事にとても感謝いたします。

「◯◯○」というワードが出てきてくれて、本当に、嬉しかったです。
同じ空間で共に過ごしていたという事を、思い起こさせてもらえました。
息子のコタツ布団、時々干さないとね、と。
(この部分アガサさんと一緒に笑えて、嬉しかったです)


昨晩の夢に、赤ちゃんの頃の息子が出てきてくれて、
少しだけお世話をさせてもらいました。
(息子はたまに、夢に出てきてくれています)
(略)
息子とつながっているんだと、この自分の感覚を大切にしています。

そして、アガサさんにして頂いている交流も、大切にさせて頂いております。
胸のあたりがあったかくなるような、開けるような、そういう感覚にさせてもらえております。

アガサさんはいつも、息子と丁寧に交流してくださり、そしてそれをまっすぐに伝えてくださり、
私は息子と交流できる事は当然嬉しくありがたい気持ちなのですが、
息子とアガサさんが交流している事自体も、とても嬉しくあったかい気持ちになっているのです。

生前の息子は、同級生よりも年上の方とのやりとりに安心していたふしがありました。
きっと、アガサさんと交流している息子は、アガサさんから安心と安らぎをもらえているのでしょう。
だから、アガサさんへそういう意味ででもいつも感謝をしております。
今回も息子と交流をしてくださり、本当に、ありがとうございます。

スカイプ、今回はきちんとつながって良かったです。

(略)

- - - - -





どなたかと初めて会う時、初めて話す時、ある程度、緊張します。

交流ともなれば、それプラス、違う種類の緊張が私にはあります。

責任、というものに近い緊張です。



そうしたものも、話していくうちにお互いの信頼関係が繋がり、

増してゆき、友情のような感覚が芽生えてきます。

こうした流れは、こちらもあちらも同じのように思えます。

心と心が在るからです。



違うとすれば、偽は通用しない、ということ。

私達の世界では、外見や言葉を使ったコミュニケーションで

大雑把な関係が成立します。

自己アピールが巧みな人とそうでない人がいます。

それに伴って、損得もあるのかも しれません。

でも、他界は違います。

偽善や嘘は通用しない。

権力や肩書きなども通用しない。

それらは、何の価値もない。

だから、続けようと思えるのです。



普通の人が どれほど美しい心の持ち主か。

地味な人が どれほど愛情深いか。

目立つことに興味のない人が どれほど勇敢か。

大切なことは、肉眼ではパッとわからないもの。



深い辛さと苦しみと悲しさを経験してこそ、

本来の眼(心)が開くのだと思います。

どれほど大事な存在だったか・・・

辛い程の悲しみを経験することになって気づき、わかるのは

残されたと思えてしまう私達だけではありません。

こちらにおられるご家族やご友人も、そう。

あなたの 他界された大切なご家族、大切な人も、そう。



とりかえしのつかない思いを募らせる毎日で

どんなに自分のことが嫌になったとしても、

あなたを嫌いにはならない。

憎むなんて、しない。

だから、周囲の 全く知らない他人様が幸せそうに見えても

ひがんだり、憎んだりは しない方が善い。

後ろめたく思う必要など これっぽちもない。

もしそうしたものがあるのなら、そんなものは

捨ててしまった方が善い。



普通の何気ない平凡な毎日が どれほど幸せなのか_

あなたが身にしみてわかったはず。

これは経験した人にだけ その真価が分かるのです。

辛いほど、悲しいほど、切ないほど、分かっておられる。



特別なことばかりの人生ではないからこそ、

人生に深みが増すのです。



ご飯やおかずを作ったって、物質が " 減る " わけじゃない。

量が減ったらわかりやすいけど、それは仕方ない。

「 作ったって、供えたって、空しいだけ・・・」

そう思ううちは、自分の感情の方が比重が大きい。

物質的なことにばかり着眼するから、分からないだけ。

このどうしようもない思いは、この悲しみは、一体 誰のための悲しみなのか_

そう自分に問いかけ続けたことも、私にはありました。



家族のために疲れていてもご飯を作ってくれる気持ち、

淋しく空しく思えても、平穏と幸せを祈る気持ち。

損得ではなく、自分のためでもない、相手を思う気持ちが

あなたの大切な人の心に 届くのです。

霊媒の言葉だけが届くんじゃない。

一緒に過ごした何気ない日々、日常で培った思いの方が

どれだけ大切で、どれだけ嬉しく思われるのかは

言うまでもないのです。



それは、肉眼では見えない。

物質ではないから。

物は必ず 朽ちます。

必ず 劣化する。

私達側で言うところの"有形"は、誤摩化しても無理。

朽ちて劣化することが自然なのです。



物は大事にすれど、心はもっと大事なのだということを

大切な家族、大切な人の他界によって 私達は身にしみて

分かります。

切なくなるほど、身に沁みるのです。

長い年月をかけて、心底 わかってくるのです。



肉眼で見えることは大事ですが、それだけに頼ってしまったら

それだけが " 存在する " と思い込んでしまったら、

大切なことが 見えないまま。



子どものために、親がご飯を作る。

親のその愛情が肉眼で見えるのか?と言えば、見えない。

見えるのは、料理。

愛情や精神は、見えない。



作っても供えても、確かに 物理的な量は、減らない。

そこだけに着眼してしまったら、子どもさんが気の毒で

滅茶苦茶だと思います。

(きついことばかりを言い、スミマセン)



子どものために作られたご飯の味が

いつもより美味しく思えたのは、

親子、家族の心がお互いに繫がっているのを

心が認識したからです。

心が認識しますと、" 数 " を求めなくなってきます。

ぎゅっとした愛情を認識しますから、回数は無関係。



Yさん、

お母さんを支えたいと思う息子さんの気持ちを

どの言葉で伝えれば 十分に伝えられるのか、

頼もしさをその言葉以外でどう伝えれば、

息子さんの心そのままに伝えきれるのか・・・

言葉に詰まる時が何度もありました。

それほど、息子さんは成長なさっているのです。



お母さんが自分の好物を作ってくれたことに

息子さんは喜ばれました。

いくつになっても、嬉しいもんだと思います。



しかも、オロナミンC付き!















ア独り言:

オロナミンCか・・・

大昔、徹夜続きの時に飲んでたなぁ〜(笑)








= おまけ =

先週のある朝、雪が降っていました。
雪景色も、冬とは違うなぁ〜 と思いました。
どこか、明るい感じがします。

マイナスも朝方のみとなり、マイナスにもならず、1度や2度となりますと
雨戸を開ける時には「暖かくなったなぁ」とほっと息をつけます。
それに馴染んできますと、突然のマイナス5度や雪となると
「 寒っ!」
と言ってしまいます。(笑)
気が緩むんですね。(大笑)

気が張っている時があって、気が緩む時があって、その両方や中間もあって
良いんでしょうね。(笑)








アガサ





愛する人・家族との交流 | Comments(0)
 | HOME | Next »