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Author:アガサ
他界された愛するご家族、大切な方との対話を地道にお伝えしています。

アガサ

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好きにしていいよ

どういう交流が正しくて、正しくないのか_

その判断は伝える側が決めるのではなく、

最も親しい方(ご依頼人)の心に温かみを感じるのだと

思います。



交流をさせて頂く度に、様々な方々と出会います。

存在、お人柄のみならず、その方の人生を垣間見る私は、

自分の日常(人生)に活かせなければ偽善だと思っています。



とはいえ、なかなか、見習えないことも多くあります。

そのひとつに、自分の持ち物について。

金額の高い安いではなく、愛着愛情思い出が詰まっている物を

どうするのか・・・

引越の度、また、年齢を重ねていくうちに、私物をどうするのかを

気にかけるようになりました。

特に頂き物は心がこもっていますから、とても難しいです。

Wさんの大切な方のご意見は、そんな私にセンセーショナルでした。



- - - Wさんメールの一部より - - -

彼は収集癖があって、趣味で集めた物たちが足の踏み場もないほど
大量に残されていて(もうかなり処分してしまったんですが)
処分したら彼が悲しむかな、取っておいてほしいかなと思って、
どうしたいか聞いてもらったら、
「『自分では片づけられなかったから好きにしていいよ』と言っています、
なんの未練も執着もないみたいですよ」とアガサさんから伝えてもらいました。

彼は会社でも同じようにいろんなものを集めてデスク周りに置いていて
異動になってもなかなか片づけないので後任の方が困って連絡すると
「「自分ではできないから好きに捨てるなり片づけて いいよ」と言ってた」
という話をちょうど会社の人から聞いていたところでしたので
まったく変わってない!と笑ってしまいました。
(何回か部署異動があったんですが、毎回その調子だったみたいです。)

それを聞いてアガサさんが思わず「え~全部人にやらせるの~?!」と声に出して
彼に言っていたのも可笑しくて、普通に3人で会話してる感じでした^^
でも彼は憎めない感じなんだよね、ってアガサさんに言ってもらえて、
会社の人も片づけのエピソードを話してくれた時、にこにこしながら
「しょうがないなぁもう」って言って笑い話にしてくれていたのを思い出して、
人って肉体がなくなっても普通に存在していて、彼らしさと かって変わらないんだなぁと
実感して嬉しく思いました。
それにしても言うことまでまったく同じとは。。。笑ってしまいました。


- - - - - -



他界しますと、確かに、物理的には片付けられませんが、

その観点ではなく、彼はある意味、超越なさっていたのでしょう。

あまりにも潔くきっぱりと言い切られるじゃ ありませんか。

思わず言ってしまった、「えぇ?!全部人にやらせるのぉ?!」

という私の発言は、衝撃的だったのです。

センセーショナル。

でも、ムッとしないのですね、こちらが。(笑)

面倒くさいな〜とは、不思議に思わないのです。

「じゃぁ、好きにしますよ。」と笑って返答してしまう、

返答させてしまう魅力を持っておられるのだと思いました。



とても、誠実で、頼れる人なのですが、こうした面があり、

それに対して、愛嬌を感じてしまうのは、お人柄の良さでしょう。



普段といいますか、日常のことを少し話しておられたことで

印象深く、メモしていますのは、

< 普通に家で一緒にテレビを観ていますよ。>

( テレビ、ですか。)

その続きを話そうと思っていましたら、

< (写真を向けること)それをやらなくてもいいよ。

 写真みたいに薄っぺらいところに入ってないから。笑>

と言われた私は、?と思っていましたが、

Wさんにはお分かりのことだったのです。



今までのように、好きなテレビ番組を一緒に見ること。

観る時は、彼の写真をテレビ画面の方に向けてあげてること。

タッチの差、一瞬の差で、先に話されることに、

今では不思議にも思わなくなりました。

不思議ではなく、時間の違いであり、今も変わらない愛情への

感謝の気持ちや照れくさい気持ちなどが含まれているのです。

Wさんは驚かれたでしょう。

けれど、その驚きは、彼の変わらない面を愛しく思う気持ちへと

変わってゆかれたものと思います。



- - - Wさんのメールから抜粋 - - -

初めてでしたので最初はドキドキ緊張していたんですが、
アガサさんのブログでもいろんな方がメールなどでおっしゃっていましたが、
涙涙な感じではなく、笑いあり、時々涙ありという感じで
仰々しい感じもなく、アガサさんが気さくに私にも彼にも話してくださるので
3人で普通におしゃべりや世間話でもしているような感覚で
リラックスできて、あっという間の時間でした。

(略)

今はスッキリ晴れやかで、痛みも不調もなく、建設的にあちこち
飛び回っていると聞いて安心もしました。

とは言っても、こちらからは姿も見えなくて会話もできなくて
今後一人で生きていかなきゃとか考えると暗く寂しくなると思います。

(略)

- - - - -



交流を特別扱いする方もおられるかも、しれません。

なかには、神懸かりな、お告げ的なものに 押し上げるような

伝え方をされる方々も おられるかもしれません。



見下すようなことを言われたこともありませんし、

お告げ口調で言われたこともありません。(笑)

いたって、普通。

その人らしさがあふれる口調、そぶり、考え方。

相手を尊重する、というのは、見た目や肩書きではなく、

心(内面)がどうか、です。

内面というのは、普段、日常にこそ、色濃く出ます。



人前だけ、特別な時だけ、特別な場だけの"顔"や"振舞"は

作られたものであり、自己陶酔とも言えると私は考えています。

誰もみてないところで、どうか。

褒められもしない、感謝もされにくい日常で

どう在るか、どう在り続けられるかが、私の最大の関心です。



なぜなら、そこに、本性が出るからです。

善し悪しを判断するという意味ではなく、

個性というのは、素ですから、

素が一番出るのは、日常生活。



日常ほど、面白く、辛く、嬉しく、悲しいものはありません。

特別ではないところに、美しさが在るのだと思えます。

当たり前に思える日常ほど、愛に欲し、愛にあふれているように

思うのです。





度胸と愛嬌。

両方共、愛すべき無形のものです。













アガサ




















テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル:心と身体

思う心  〜 気高く、気丈な母心 〜

医療とは、何だろう。

なぜ、医師になろうと思われたんだろうか _

あらためて深く、こう思った交流でした。



医療拒否というのは、患者側にあっても、医療側にあるとは

思いもしませんでした。

何のために、猛烈に勉強され、専門知識と経験を積まれていた

のだろうか・・・

頭ごなしに患者側のご家族に対して、圧をかけるのか。

人に偉そうにしたかったから、医師という職業を選んだとは思えない。

初心は遠い昔に、権力と資力と引換えに置いてこられたのだろうか。

それでも、

誠実に真面目な医師も多くおられると思いたい。

実際、交流ご依頼を頂いた方々で医師をされていた方は実に、誠実。

それとも、慣れに甘んじてしまい、責任感と誠実に対応することが

バカバカしく思えてしまうのだろうか。

いづれにしても、どのような仕事、職業であっても、

迷惑をかけている者は鈍感で相変わらず、分厚い面をし続け、

真面目に尽くしている者は、表裏変わらず、真面目に尽くし続ける

のだろう。

何年かに一度、不誠実な医療現場の現実を耳にし、何とも

やりきれない思いが蘇ります。



Fさんから頂いたご依頼フォームには、「家族の死を受け入れられません」と

短い文章でお書きになっていました。

はっきりそう書いてこられるには、"相当以上の"何かがあるのです。



ものすごく遠い距離を車で伺いたいですとメールに追記されていました。

「 ええっ? 車で? 」

思わず、パソコンに向かって、叫んでしまう程 心配でした。

車でも、行ける距離というのがあるように思います。

いろいろな運転をする人達がいますから、長距離は大変です。

( 休憩を取られると思うけど、大丈夫なんだろうか・・・)

もうそのことばかりでした。





当日の朝、準備をし始めますと、かなり高齢の女性がおられました。

久しぶりと言えるぐらいの、高齢の方です。

Fさんのご家族の方か、ご親戚の方か、それは分かりません。



< どんなに苦労しても、子どものため! 子どものために、頑張る。>

訛りがあり、上手に聴き取れなかったのですが、心は私と重なります。

きっぱり、強い意思でそう言われました。

まるで、それは、私への助言のようにも思えていました。



< F・・F・・・F・・・・>

何度も名前を呼ばれます。

( 今日、お話ができますから、安心してください。私、頑張りますから。)



< 寿命だったから。気にせんで。

 人を悪くおもうたら いかん。

 Fがおって しあわせやった。>
※方言を大事に思っていますが、覚えていません。意味は上記の通りです。


しばらくすると、

< ようけの 人ら と会った。なつかしい子どもの頃の友達も・・・>

とおっしゃりながら、沢山の方々に囲まれて懐かしい笑顔で

おられるところを見せてくださいました。

( ものすごい人達に囲まれておられる・・・)

眺めている私まで、感無量でした。

後で話してくださったのですが、ご兄弟やご親戚が多いとのこと。

出迎えの人達が多かったことを「 なるほど 」と思えました。



「 母親が亡くなってから◯日経った頃、こんなことがあって」

と交流の後、話してくださいました。

稀で貴重な実話でした。

お知りになりたい方も多くいらっしゃるかもしれませんね。

ご存知の通り、このブログは不思議系や興味本位系ではありませんので

ご容赦願いたいと思います。



Fさんにとって、ご自身の経験は、貴重で大事な宝です。

経験したから、死後があるのだと信じれた、

だから、依頼をしましたとおっしゃっていました。



Fさんは、本当に親孝行な人。

これほどまでに、孝行されていたのですから、大きなショックと

怒りでいっぱいだったのは当然です。

ものすごく口惜しくて辛くて、

どうしようもないお気持ちでおられるのは、仕方のないこと。

それでも、お母さんはあのようにおっしゃったんです。

自分だったらどうだったろう・・・と思いました。





親が子を思う気持ちは、痛い程、わかります。

いくつになっても、親は親。

年老いてきますと、子に従うことが増えてきますが、

それはそれで幸せを感じれるのです。

子が話しかけてくれるその言葉に、愛情を感じるのです。



遠い昔、

子が幼かった頃、子を抱っこする、手をつなぐ、ほっぺたを寄せる、

寝息を聞いてほっとする・・・

その瞬間にしあわせをしみじみ感じれる余裕はあまりなかったと

思います。

今のように、夫が家事や育児に協力してくれる時代ではないですから、

その時代の母親は、家事、育児、仕事、義親のこと等、必至の連続です。



子どもが大人になり、ふと、子どもが幼かった頃を懐かしいと

思い出せるのです。

大きくなった子どもに、しがみつけることは、親が子に甘える

ということではなく、子が幼かった頃を思い出せる至福の一瞬

なのだと思います。



どんな目に遭おうとも、人を悪く言ってはいけないよと言う母。

そこには、子に、心を腐らしてはいかんよという願いが込められて

いるのだと思います。

人がどうであれ、気丈であることが お母さんの人生において、

とても大切なことだったのです。

そうでなければ、生き抜くことなど出来なかった時代。

次から次へと災難が起きる時代でしたもの。





大病院の肩書きある先生が、患者を見下し、

医療を施さない自分に酔いしれているかのように圧をかける現実。

なぜ、医師を目指したのか・・・

一番大切なことを見失ってしまった医師が担当になったために、

大事な家族の体調が急変急降下していく様は、許し難い現実です。

私のような者が聞いていても、許し難く、非常に腹立たしく思いました。



それでも、お母さんは、

"人を悪く言ってはいけない" とおっしゃるのです。



自分が、Fさんのお母さんと同じ立場だったら、どう言えるのか?

お母さんのように言えるのか・・・

それとも、

あの先生に自分は殺されたと思ってしまうのか・・・



もし、自分だったら・・・

もし、自分の親だったら・・・

もし、自分の子だったら・・・



その時、自分だったらどうするのか。



どのようであっても、Fさんのお母さんのように

気高く、気丈な心を持ち続けることの難しさもあります。



Fさん、

たくさんの身内、友人、知人の方々に出迎えられ、

再会の感激でいっぱいの母上の姿は、

とても穏やかで神々しくみえましたよ。



折にふれ、Fさんのお母さんの思いを思い出したいと思います。

ありがとうございました。













= 最近の写真 =

葉の色が変わり出してから随分経ちます。
街の中でも、紅葉がとても美しい頃になりました。
遠くに見える山肌も、色とりどりのパレットのようです。
りんご散歩では、落ち葉が風で舞う度に、りんごは落ち葉を追いかけます。
ひきづられて転けないように必至の私です。(笑)

皆さんのところでも、紅葉していますか?






アガサ


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ジャンル:心と身体

おーい!

頂いたメールから一部を掲載させて頂きます。

- - - - -

(略)
朝一番に朝を流してきたなんて本当に主人らしいと思いました。
学生時代に同じクラブで一緒に汗を流してきた同級生が10年ほど前に亡くなっているので、
きっとそのお友達だと思います。

あちらの世界でも運動楽しめるんですね。私が悲しんでなかなか立ち直れていないことで、
心配ばかりかけて主人には申し訳なく思いましたが、整然と変わりなくにポジティブ思考で。
あっさりした性格そのままで、一緒に会話しているようで涙が出ながらもとても楽しかったです。

今は悲しいですが、本当に幸せでした。
これからも見えないけれどこんなに思ってくれている主人がいるだけで幸せです。
心配かけないように頑張りますが、思いが深いので、涙が出るけどこの涙が笑顔に変わる日が
来ればいいのにと思います。

主人と一緒にまたあちこちでかけていけるようになれるといいなと思いますし、
これからも二人で過ごしていきたいと思います。

(略)
おーいっていつも呼びかけられていました。今もおーいって答えているってびっくりしましたし、
数日前におーいって空耳かなって思いましたが、声が聞こえたように思いました。

(略)

久しぶりに主人とおしゃべりができたようで、懐かしくもあり楽しくもあり、
今またそばにいてくれているんだと信じられるけど、こちらから話しかけても
返事が聞こえない寂しさがあります。

本当に二人でおしゃべりしていると楽しくて、コントのようでもあり、
受け答えで笑いが絶えない、漫才しているような楽しさがありました。
どうしても後ろ向きになってしまいますね。

それでも。今でも見えないだけで、いつもと同じようにそばにいてくれていて、
そのままの主人であることは、実感できました。
これからも二人で楽しむんだという主人の姿勢にかわらないなとうれしかったです。
今までもそういう主人にずっと手を引いてもらってきていました。

(略)
いつまでも、心はつながっているし、一緒なんだと思って過ごしていきたいのです。


- - - - - -


頂いたメールをもとに回想させて頂きます。

( 覚えていなくて、ご勘弁ください。)



確か・・・この日、交流直前に、

60歳前後の男性が、軽く息をはずませて来られました。

< すいません、すいません・・・ハァ ハァ >

遅れておられないのに、ちょっと遅れて申し訳ないといった具合で

来られたのです。

何やら、軽く運動をされていたご様子。

ハァ ハァと少しだけ、息がはずんでおられましたけれど

全く 平気そうなんです。

私がその運動に参加したら、ハァハァどころではなく

ゼイゼイ言いながら、フラフラして、よろよろしながら、

顔真っ赤で、喉がカラカラで すぐには喋れなかったでしょう。

それぐらいの運動量だと思います。



( すごいなぁ・・・)

軽く汗を爽やかにかいておられてのご登場に驚きつつも、

万年運動不足に馴染んでしまった私は 尊敬の眼差しでした。

( 私も若い頃は鍛えていたんだよなぁ・・・)

どっちが年齢的に若いか分からないなと苦笑いしてしまいました。



< 懐かしい友人にね、会ったもんだから。>

( そうですか。それは感激ですね!)

< ええ、そうなんです。ちょくちょく会うんですよ。>

( それはそれは!)



なんだか、普通の日常みたいで、こっちと変わらないんだなぁ・・・

そんなように思いました。





< 話しかけているから「おーい」って返事しているのですが

 どうやら、聞こえないみたいで。>

さらっと微笑みながら話されるのですが、優しいなぁ〜と思いました

だって、ちゃんと返事をされるのですから。

面倒くさいなと思う人がいても、不思議ではないですもんね。

ご主人のそういうさり気ないところにも、お人柄の温かさを感じました。



その後も、車の一部分が故障していること、音楽のこと、

Kさんのことを話してくださったのです。







交流の度に、いつもそう思えるのは、

" 大切に思っている者同士が一番わかりあえる " です。



縁あって出会い、共に過ごす時間があって、

今も大事な存在だと辛く悲しくなるほど思えるのですから、

過去の人ではないでしょう。

大切な人だと思えるでしょう。

無理ですか?

悲し過ぎて、そんな余裕 ありませんか?



私は こう思うんですよ。

私達のこの肉眼で、どれだけのものが見えるのか?

私達の肉耳で、どれだけの音が聞こえるのか?

ほんの一部です。

一部。

人間より他の動物達の方が、多くを見聞きできます。

全てを見聞きできない(感知できない)からこそ、

豊かな感情が発達しているのです。



本当に大切なものは、この目では見えないと思います。

ずっとは 見えない。

だから、善いのだと思います。



他界しても、いつも見えて聞こえていたら・・・

私達は これほどまでに

大切な家族を 大切な人を 大切な動物家族を

今のように恋い焦がれ、大切だと痛感しているでしょうか。



人間というのは、誰しも 欲深いですから、

いつか " 有難い " が " 当たり前 " になってしまいます。

極々 たまに 奇跡のように、

空耳か

見間違いか

このようなことが あるからこそ、

感激の深さがあるのです。







私達が覚えている限り、

愛情を持っている限り、

いつか、必ず、再会できるのです。




泣いていても、いつか、会えますよ。

ちょっと 笑顔が出る日があったらいいなぁ〜 と

陰ながら 祈っています。




「 おーいっ!」って ご主人がおっしゃっているんですよ。

ご主人のために、泣きながら笑ってください。

ご主人との信頼と愛情が一番深いのは、他の誰でもなく

Kさんなんですもの。


















= おまけ =

りんご です。
寒くなってきましたので、スリッパ必須の私です。
洗濯物を干したり、入れたり、と狭っこいベランダに出ると
必ず スリッパの上に ドカッと居座るりんご嬢。
どこに脱いでも、スリッパの上に座る。

キッツーイおばちゃんの私ですから(笑)、「母ちゃんのだ!」と
ビシッとスリッパをひっこぬきます。

哀れ、りんご。





アガサ



















テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
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一緒にやろう!

Kさんはご自分の悲しみや辛さを二の次にされ、いつも 私の

体調のことを気にかけてくださっていました。

痛みを知っている人は、他の辛さや痛みにも敏感に反応されます。

気遣いというのは、経験したからこそ、その痛み辛さ悲しさが

自分のことのように、身内のことのように思えるのです。

経験した人が発する「 辛いですよね。」という言葉と

経験していない人が発するそれとは、言葉に含まれる深さが

違うのです。

Kさんからメールを頂く度に「お若いのに本当に偉い方だなぁ」と

感心していました。



そうそう。

前日に、ちょっと面白いことが あったのです。

うちの娘(和犬 黒毛 中型犬)は、昼間は私の後ばかり追う

甘えたです。

夕方ぐらいにメールを頂いた方々へのお返事をしていましたら、

やっぱり、後をついてきました。

突然、壁に向かって、ウォンウォンと遠慮気味に吠えるじゃ

ありませんか!

「 珍しいね。なんで 吠えてんの?」

と言いながら、娘の方に目を向けようしましたら、

娘がじっと見つめる壁際に、男性がゆらめいておられたのです。



「 あら、ま・・・これは失礼しました。」

と 深々と頭をさげました。

「 ちょっと!吠えんでええから。大丈夫。」

と何度か ウォンウォンをストップさせようと話しかけたのですが

娘にすれば、「お母ちゃん、知らない人がいる!ウォンウォン」

なんでしょうね。笑



「 本当に、大丈夫だから。」

「 すみません。」

男性と娘の方を代わる代わる見ながら、謝り、なだめているうちに、

やっと吠えるのを止めたのです。

今度は、隣の部屋まで探しにいく娘。(苦笑)

「 もう帰らはったよ。居はらへんよ。」と私。



ご挨拶にと思われて、前日夕方にちょっと立ち寄ってくださった

男性は、いささか、かたまり気味でした。

わんこが苦手な方なんだなぁ・・・

申し訳なかったなぁ・・・

すでにお帰りになってから、ようやくそのことに気づいた私は

本当に申し訳なかった、すみませんでしたと小声で謝りました。



当日の時間少し前、

丁寧に礼儀正しく、アガサ部屋にお越し下さったのは、この男性でした。



ほとんど、調整中のメモをとらなかったものですから、

覚え書きができません。(すみません)

Kさんから頂きましたメールを掲載させて頂きます。



- - -

(略)

お電話でお話する機会がありませんでしたが、
明るさと素直さがトレードマークのような主人でしたのに、
音をたててはいけない雰囲気の職場に移動した途端、
自身の◯を気にして鬱病になり、あっさり自死してしまいました。

アガサさんがサラッと伝えてくださった内容と一致しております。
(仕事面も人間関係も問題なく、◯の事は会社の上司さんも気にするなと
言ってくれてたのですが、他にも色々な事が重なり鬱が酷くなり休職して
追い込まれてしまったようです。)

素っ気無い対応の精神科の先生も薬も合わなかったようで
「医療に対して納得出来てない」とアガサさんに訴えていたのだと思います。

自死というと最期の感情のままだとか成仏できない等書いてあるネットや本が多く、
純粋で優しい主人がずっとそんな状態なら可哀想で可哀想で胸が引き裂かれる思いでした。
なんとか救ってあげたくて本当の答えを探してアガサさんのブログに辿り着きました。

そして今日の主人はおおらかで優しい、ちょっと抜けてる(笑)私のよく知っている主人でした。

◯週間後の子の運動会にも、主人が若い頃亡くなったハンパなく仲良しな主人の父と
(普通の親子以上にラブラブな父子なのです。私は生前会っていませんが、大人になっても
どんなにお父さんの事が好きかずっと聞いてきました。)
多分主人の叔母も一緒に応援に来てくれるようで、とても嬉しいです!

(略)

◯年前、子が幼稚園の時はパパ会の会長もやっていた主人が、
私が小学校でPTAを引き受けたら自分も一緒にやる気マンマンという事で、
これからも主人と共にいられるのがわかり、とても晴れやかな気持ちになれました。
今日を境に前に進んでいけそうです。本当に有難うございました!

- - - - -



Kさんには「PTAをすすめておられますよ。」とお伝えしましたら、

「実は、今年、役を持とうと思っていましたが、主人のことがあり、

止めたのです。」とおっしゃるのです。

なるほど、と思いました。



< 一緒にやろう! 一緒に参加したい!>

とご主人はそれはそれは乗り気なご様子もお伝えしました。

「 ご主人はそのようにおっしゃっていますけれど(笑)、

 Kさんのご無理のないように、思われるようになさるのが一番です。

 あ、そうそう。先日の、PTAの件は、本当に・・・」

と、先日のことを話そうとした時です。



< 運動会に行きます!皆で行きます!>

ものすごく楽しみな気持ちいっぱいで話してこられました。

( はい。今からそれも言います。)

「ご主人が運動会、見に行く!とおっしゃっていて、

 お父さんと親戚の方も連れて、一緒に見に行く!そうです。

 運動会が終わっていたら、あーあという感じですけれども。」

とチクンとしながら、お伝えしました。

Kさんは、とても嬉しそうに「本当ですか!嬉しいです!」と

おっしゃっていました。

どうやら、運動会は終わっていなかったようで、安心しました。



PTAのことで、こういうことが、交流の数日前にあったのです。

運動会をほんの少しだけ見に行ってきました。

さぞかし、保護者の方々で盛り上がっているんだろうなと

想像していたのですが、見物具合が、とても気楽な感じで、

好印象でした。(笑)

" さっとみて、さっと帰る "

まさに、見たいところだけ立って見て、帰る。

新鮮でした。(笑)



私も20分ぐらい見たら帰ろうと思い、立って眺めていましたら、

やたら、PTA役をなさっている男性の方々ばかりが気になります。

( なんで 気になってるんだろう。ほっとけばいいのに。)

と私。

でも、私の直ぐ傍にいた男性は、PTA役にとても興味を持って

おられるようでした。

この方が、ご主人だったのです。

おかげで、

PTA役の男性陣の働き具合ばかり見ていたように思います。

( 興味、ないんだけどなぁ〜、私。)

とぶつくさ言っていた自分に苦笑するしかありませんでした。





肉体が無くなると、とたんに奪われた感じがしてしまいます。

残された感が襲ってきます。

でも、いつかは、奪われた感じ、残された感じというのは、

和らいできます。

私は、魂がどうとか、運命、試練、何とかというようなことは

わかりませんし、否定もしませんが、

知らないことは、知らないのです。



自分が知っていることは、他界の方々との交流を通して

話してくださったことです。

彼らは嘘はつきません。

何度も、「それ、本当ですか? ご存知ないそうですよ。」

と言い返しても、結局は、後々、話してくださったことに

なるのは、本当にスゴいと思います。

他界の方々は。



彼らは、今までの性格、個性というものを持っています。

肉体を脱することで、今まで気づかなかった深い思いに気づき、

感激深くなる、思慮深くなる、ということはあります。

決して、泣かない方であっても、感激のあまり、感涙されることは

多いにあります。

人ですから。



肉体のある人だけが、人なんではありません。

肉体があっても、人や動物に対して、酷いことをする人って

多いじゃないですか。

私利私欲のことしか考えずに、権力を振りかざす人達も多い

今の世の中。



何が大事なのか?



ということです。

ですから、亡くなり方で差別みたいなことを言う書くのは

おかしいのです。

なんで? そう言えるの?

知ってるの?

見てきたの?

受け売りなんちゃうの?

と、私は思います。



生まれてくること、死すること、生きることも

すべてが神聖です。

亡くなり方で、人格まで決めつけるのはおかしいのです。



どれだけ、心が美しいか、

どれだけ、他を思いやれるのか、

どれだけ、支え合おうとするか。



成仏できない、とおっしゃるどなたかは、何様なんですか?

何様であってもそういうことは言えないでしょう。

知れば知る程、言えなくなるのです。



全てをご覧に、経験なさってきたのでしょうか?

簡単におっしゃるのは、偉いからなんでしょうか?

平凡な私には、到底、そうは思えません。



権力や資力といった特別意識というのは、心眼に幾重にもアイマスクを

つけてしまうもんなんだなと思います。



Kさんのご主人は、ご家族のことを大事に思っておられます。

心が純粋です。

真っすぐな心の持ち主は、今も 変わらず、明るく優しくて

子どもさんとゲームする時間が長過ぎるお父さんです。
(ア:時間、決めた方がいいですよ。笑)






" 一緒にやろう!"



ねえ、Kさん。

ご主人がどれだけ、嬉っそうにこうおっしゃったか

Kさんはお分かりになりますね。

本当に、やる気満々。

嬉しそうでしたよ。

張り切っておられましたから、きっと、楽しいと思います。



霊媒ではなく、周囲におられるいろいろな方々を通して、

大切なあの人は、他界された後も、

真心と愛と励ましを 私達に届けてくれるのです。



それをサインとは言いません。

それは、真心と言うのです。



















アガサ





















テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
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うたかた(泡沫)のようだけど 〜 ある早朝の訪問 〜

8日程前のこと。

早朝だったと思いますが、とても印象強い夢?を見ました。

車の中で何かを話しておられ、車を停め、外に出て来られ、私に

何かを話しかけてくださっていた60才過ぎぐらいの男性。

車内におられる時はそれほど感じなかったのですが、車から外に

出られますと、「 背、おっきい(高い)」と思うほどでした。

赤い上着を着ておられたのが、とても印象的で、

乗っておられた銀色の車への愛情が空気を通して感じられました。

( この方は、車が好きなんだなぁ〜。大事にされているんだなぁ。)

そんなようなことを思っていた私は、目がパチっと開いたというか

身体を起こしましたら、朝4時半前。

いつもの、起きる時間でした。



夢には、2種類あると思っています。

ひとつは、脳の整理。起きている時に見聞きしたことや経験したこと、

感情が大きく揺れたことに関してを整理しているもの。

もうひとつは、他界(霊界)と自分が行き来するもの。

肉体を動かしている間は、肉体中心生活ですから、肉体を休めている

睡眠中にその時間はやってくるようです。

後者の方の夢は、ほとんど見ません。(と思い込んでいます。)

特に自分にとって会いたいなと思う家族や親戚を、夢で会いません。

ですから、余計に、強烈なのです。



早朝、まだ夜が明けていない外をぼんやり眺めながら、

こう思ったのです_

( 普通の夢とは違う。絶対、違う。どなたかのご家族だ。

 必ず、伝えないと。いつか、あなたの家族を見つけますよ!

 ・・・でも、どうやって? )

探す術などわからなくとも、です。



その日のご依頼人様に尋ねたのですが、心当たりなし。

次の日のご依頼人様も、心当たりなし。



単なる夢、だったのかな・・・

でも、あまりにも、普通過ぎる!

普通に、そこに(私達と共に)おられる感じがする!



必要なことが起きるのだから、焦らなくていいかと自分に

そう話しました。



1週間程したある日、その日のご依頼を前に部屋の片付けを

していましたら、しばらく忘れていたその男性のことを思い出しました。

( そうだった。この方のご家族を探すことを忘れてはいけない。)

そのように思いながら、また、片付けを続行していました。



そして、お約束の時間。

何故だか、その男性のことを話さなければいけない気になりました。

と思ったら、口が動いていました。

「こういう方で、こういう印象があって・・・」

そのように話していました。

Kさんは、「主人だと思います。主人です。」とおっしゃる。

ええ?!と、正直 思いました。

ア「 1週間程前なんですよ。車をすごく大切になさっているんです。」

K「 主人は、車をとても大事にしていました。自分で修理もしてた程です。」

ア「 1週間程前、具体的に居ますと、9月○日の深夜か、翌日◎日の朝方です。」

K「 9月○日は、主人の命日です。」

Kさんは、スカイプ(動画)越しに泣いておられ、

私はびっくりしたまま でした。



これ以上、何を私が言う必要があるだろう。

赤い上着、背が大きい(高い)、車を大事にしている、しかも、シルバーの車。

これだけ 一致するって、偶然ではない。

しかも、ご家族のKさんが、そうおっしゃってる。

赤い上着は、ご家族から贈られた大切な物のようでした。



Kさんより頂いたメールの一部を掲載させて頂きます。



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(略)

実は先日のアガサ様のブログで、
お父様が息子さんにアガサさんのところに会いに行くように話しかけられ、
それでアガサさんのところに、お見えになった話をよみました。

それを読んで、私もアガサさんのことを主人に話しかけていました。
側にいて、色々見守ってくれたり助けてくれるのはわかるけど、
おしゃべりがしたいから、できるようになると嬉しいねと話しかけました。

だから、アガサさんのところに、行ってくれたのだと思います。

服装にはあまりこだわらない私達でしたので、何年も真っ赤というより、
エンジ色のジャンパーをよく着ていて、それであちこち、ドライブに行きました。
また、◯◯◯◯◯◯◯◯◯という競技を学生時代からずっとしていて、
練習ウエアとして、息子のお下がりの赤のオーバーウエアを毎回着ていて、
それはお棺に入れてあげました。
どちらを着ていたのだろうとは思いますけど。
(ア:息子さんのお下がりの赤い上着の確率が高いです。赤で贈り物のようでした。)

(割愛)

一人暮らしで、働くこともしていないうえに、ものぐさな私ですが、
こころを温めて丁寧に生きていかなければいけないと思います。

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睡眠により、肉体を休めている間に見る夢は、うたかた。

漢字の持つ意味の通り、水の泡のようです。

それをはかなく思ってしまうのは、少し違うと考えています。



会いたい家族、会いたい人の夢をご覧になる方と、

ご覧にならない方がいます。(私は後者です。)



このことをご紹介した意図は、他界というのが在るということ。

Kさんからは初めてのご依頼。

面識もなにもありません。

Kさんがホームページやブログをご覧になってご連絡を頂き、

双方のスケジュールを合わせて、日時を決めただけ。



Kさんが、ご主人に話しかけられたことが、ご本人の妄想ならば、

全くの他人である私が早朝にその男性から印象付けられないのです。

赤い上着を来た背が大きく(高い)、車を大事にされている60才過ぎの男性。

しかも、シルバーの車。



相手を大切だと思う愛情と長年に渡って築かれた信頼があって、

そのような大切なものを、第三者の私にも分けてくださっていたことが

心にズシンと響き渡ります。



うたかたの夢、と昔から言われますように、

交流もまた、うたかたのように思われます。



しかしながら、

交流には、依頼人、大切な方、そして、私の三方が

それぞれに対して 心から大切に思う思いやりが

美しい調和の輪のように幾重にも広がるのだと思っています。




ご自分をものぐさとおっしゃるKさん。

こころを温めて丁寧に生きていかなければ・・・と思われるだけで

随分と日常が違ってくると思います。



そして、

決して、孤独ではありませんよ。













= おまけ =

今朝、りんご散歩の時に携帯(シニア携帯)でパシャ撮り。
どうしても気になったんです、空の雲が。
いろんな形の雲が見れますから、秋の空は爽やかです。
秋の雲といえば、巻雲、巻層雲です。
高いところで発達する雲ですから、秋の空は " 天高く "見えるのです。
確か・・・エベレストぐらいの高さよりもうちょっと上ぐらいと昔、
図鑑か何かに載っていたと思います。(違ったらすみません)
夏の雲は、富士山よりももっと低い位置で出来ますから
秋空はよけいに、爽やかに感じられるのです。








アガサ





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