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愛しい家族、愛しい人との対話 _ 静かで 心穏やかなひととき

他界された愛しいご家族や方々との対話回想、思うところを書いています。

人生の選択 〜 なにが違っていけなかったのか?〜 

- - - - -
(略)
自分の人生なのですが、(略)。
他のみんなと、なにが違ってなにかいけなかったのか、分かりません。
いつも全力のつもりですが、何でか、これからどうしたらいいのか、
分からないところです。
(略)
- - - - -

お辛い最中にいらっしゃる方から頂いたメールの一部です。



自分の人生は、思い通りにはならないもんだ_

ずっとそう思ってきました。

その時々の 悩みや問題を直視して 考えて考えたあげく

やっぱりそこに行き着きます。

子どもの頃には 子どもなりの、

若い頃には 若い頃なりの、

年を重ねれば 重ねたなりの、

悩みや問題があります。



悩みや問題というのは、人それぞれに違うのは

どなたも実感されているでしょう。



他の人達と比べて、

何がどう違っているのか、選択を間違えたのか?・・・

自分の人生を 他の方々の人生と比べる必要は

どこにもない、と思います。

人生というのは、制服のように決まっているものでもなく、

当てはめることなど 出来ません。

当てはめてしまうと 自分が苦しくなるだけ。



自分が窮地に立たされている時、

誰しも 他の人すべてが 幸せそうに 平和そうに

見えてしまいます。

それは、物事の " 片面 "、" 一部 " しか見てないからです。

年を重ねていく中でそのことに気づきました。



他の人が幸せそうに見えるなら、それで良いじゃない。

何より、ですよ。

自分は不調だけど、どなたか知らないけれど、健康そうで良かった、

自分はガックリだけど、どなたかは、良いことがあったみたいで良かった、

自分は生きる気力が失せているけど、誰かが、意気揚々されていて良かった、

そう思います。



逆の立場で考えてみます。

自分が比較的、平和で 穏やかであるとき、

辛い状態にある方々に 心がいくか? ということです。

気の毒に思いこそすれ、そこまでなのが 世の常、人の常。

悲しみにくれている人、

困っている人、

辛そうにしている人、

身体の具合が悪そうにしている人を テレビで見るのではなく、

近くにおられる方々に向けて

ご自分が平和である時に、そうした方々に関心を寄せ、

親身になって 心を寄せられるのでしょうか?



世の中には、

・・・言葉で言えないほどのお辛いことに遭われる方々が

おられます。

こんな辛いことは、無いな・・・

交流のご依頼を通して、絶句してしまうことも大変多いです。

掛ける言葉さえ 見つからない。



災害や事件、事故で、ご家族や大切な方を亡くされる方々も

毎日のようにおられます。

日本はまだ、そこまで行っていませんが、

他国では、

テロや戦争で、家族を次々に奪われる方々は多くおられます。

家も焼かれ、

物もなく、

家族を次々に戦争や正義という名の元に結集された集団に

奪われ、名誉の何とか呼ばわりされ、命を失う_

食べるものも いつ手に入るか分からない国で生きている方々は

多い。

そういう方々は何を思うだろうか。

人と比べる余裕すら無い現実を生きておられる。



人生は、他の人と比べることではないように思います。

間違い・正しい、というのは無くて、

どういう結果になろうとも、

毎日、

その時 その時に 思いやりをこめているか、

それだけのように思います。



それが習慣となって、心に刻めていれば、

覚悟が生まれてきます。

人間、覚悟をしているつもりでも、

突然のことが起きますと やっぱり ショックを受けます。

それは当たり前です。



子どもは健康で、

マイホームがあって、

配偶者とは何でも話せて、

毎日働きに(稼ぎ)に行ってくれて、

話せる楽しい友人達が居て、

適度に潤いのある生活をしている _

そんな方がいらっしゃるのでしょうか?

(私、そんな生活をしたことがありません。苦笑)





全力で頑張っていても、

思い通りになるとは 思いません。

その時、物事に人に 真っすぐな心で接することで

自分という者を 自分の心で感じれるしあわせを得れるのです。



真面目に、地道に、誠実に生きておられる方々が

大変なご苦労をされることも 多くあります。

それでも、ご本人は 苦労だとは思われない。

心は大きく育ち、豊かな精神が養われ、

他がどうこうではなく、

思いやりに満ちた生き様をされているからだと 思うのです。



人を羨ましく思う気持ちは いつしか嫉妬となります。

不平不満は、ご自分の人生も心も 腐らせてしまう。



何が違って、何がいけなかったのか_

考えること、内省することは大切ですが、

心にまで 蓋をなさいませんように。



人生において必要なことは、

命の尊さと 心の大切さを 本当にわかっていること。

周囲がどうなっていっても、

人として 何が大切なのかを わかっていること。



人生というのは、決して 思い通りにはならない。

だけど、

命を大事にし、

心を大切にしていくことは、

どんな窮地に追い込まれたとしても、

守り続けたいと 思うのです。



悩みや心配がある時こそ、呼吸をしてください。

動植物は全て、呼吸をしています。

私達の心だって、呼吸は必要ですよ。

新鮮な空気を吸気で取り入れ、使いきったものは

身体の外へ出す。ね。



ご依頼ご相談をされる前に、呼吸をなさってみてください。

心が静かになってくるまで。

気長に、

いつでも、どこででも、出来ることです。











= おまけ =

先日の大雨の雨上がり、気温も低かったので、久しぶりに歩きました。(笑)
爽やかというより、どんよりしていたので、どこか陰気くささもありましたが
(まあ、いっか。虫たちが出てこない内にちょっと歩こう。)
そんな感じです。
緑で生い茂っている季節ですので、空があんまり見えず、遠くの山々も見えない
のですが、雲も薄くなってきて、お日さんの光が射してきました。

陰があるから、光が目立つんです。
薄暗いから、陽射しの美しさが際立ちます。

私達の人生と似ていますね。
いつも晴ればっかりじゃ、有難さなんて 分かりゃぁしない!(笑)






アガサ










Posted on 2018/07/11 Wed. 10:02 [edit]

category: 頂いたメールへのお返事

thread: 生きること  -  janre: 心と身体

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11

投げられた言葉 

発する言葉。

浴びる言葉。



好きな人からの言葉というのは、とても心を大きく左右します。

まぁ〜、好きでなくても、左右されますね。(笑)

昔から " 口は災いのもと " といわれていますが、本当にそう。

誰もが経験することですね。(私も痛感します)

感情にまかせて、思わず、言ってしまった!・・・

取り返しのつかない言葉もありますし、

取り返しがつかないことになっても、それはそれ。

仕方ありません。

また、相手によって、言葉の受け取り方も違います。

同じ言葉でも、言う人が違えば 印象も違ってきます。

私達には、感情があるからです。



感情のままに、八つ当たりし続けるのは、言う人が甘いんです。

語気は強くとも、内面は弱い。

自分のことしか 考えていない。

苦労をされたとしても、その苦労から何も学んでいないから

人に対して キツいことが言えるのです。

(勿体ないですよね)



相手を尊重しない、言われた身におきかえれない時、

浴びせた言葉は、暴力になります。

腹立った時などは、酷い言葉が思わず、ぽろっと出ますけど(苦笑)、

しまった!言い過ぎた!・・・

と思いますよね。

そして、

後になってから、独り反省しきり。(笑)

謝っても許してくれるくれないに関わらず、

素直に謝るのが良いですね。



言葉というは、

言う側の感情・気持ち・心がすべて一致しているかどうかは、

時に 本人でさえ、わかりません。

その言葉とは逆の気持ちなのかも しれないし。

その通りかも しれないし(苦笑)、

単に 八つ当たりだったり。



この世は何が正しいのか、わかりません。

投げつけられた言葉そのものが、正しいとは思えないのです。

どんなに知恵者で、

どんなに秀才や天才と言われているような人であっても です。



本心がわからない・・・と思えることがあって、自然です。

嘘が上手な人もいれば、

嘘が下手な人もいますから。(笑)



他界されると 嘘はつけないと思います。

この世のように物質(肉体)が優先されるのではないから。

今まで気づかなかったこと、

自分本位で生きてきても、

他界してから少しずつ わかってくるのだと思います。

誰かにサポートされて気づかされるのではなくて、

自分で気づいていくのだと思います。

多分、物欲が収まってくるからだと思います。





他界して初めてわかる、人の真心_

感情が その人ではないでしょうし、あなたではないと思います。

冷静に、静かに 心穏やかな時が 本当のその人であり、あなた。



交流は、不思議系ではないと申し上げ続けているのは

そういうことなのです。



言葉は相手を左右するからといって、

何も言わない、言えなくなる・・・と思うのではなく、

相手を大切に思ってさえいれば、どんなに語彙が少なくとも、

真心は伝わるのです。

嘘くさい雄弁な人が何万語を話そうと、

誠実で正直な人がたった一言つぶやいた言葉の方が

どれだけ美しく、深みがあることでしょう。



言葉に、心があるかないかは、

誰にでも わかります。

うまく話せるようになる必要はないと思います。

心がこもってさえいれば。


















=おまけ=

ポンぼけですみません。
ふっくらとしたこの袋のような中に蛍が入ったら、綺麗だなろうなぁ〜・・・
そんなことを家族達と話していました。
とても小さな花ですが、虫たちにとっては、ちょっとロマンチック?かな?
いやいや、私はそういう性分ではないので、この表現は自分で歯が浮きます。(笑)
ま、昼寝かな? (あははは)







アガサ





Posted on 2018/07/02 Mon. 16:18 [edit]

category: 頂いたメールへのお返事

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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02

海外で生きて行く、あなたへ。 

交流時は、礼儀を重んじますが、

交流時以外は、依頼人と霊媒ではなく " 人と人 "。

人との友好関係は 私の大切な宝ものです。



時々メールをくださる方は海外在住。

日本でも大変なのに海外で生きるというのは、本当に大変でしょう。

国内で住んでいる私には想像出来ないような様々なことがあると思うのです。



大切なご家族を見送られ、お子さんを育ててゆかれる方々を

どのように申し上げれば良いかわかりません。

ちょっとやそっとの根性では無理だなと思います。

山の中での生活をピーピー言う私なんぞは、

「 しっかりしろっ!」

と自分に思ってしまいます。

おかげさまで、

大変を大変と思い過ぎる時期とは、おさらばしようじゃない!_

そう思えるようになりました。(笑)



状況に慣れる慣れないは、どうでも良いんだと思えました。

自分が不平不満を言い続けて生きることだけは、避けたいのです。

そんな人間には なりたくない。(苦笑)

こうして頂くメールに、本当に有難く思い、

メール返信をさせて頂くことで、私は自分を見つめられるのだと

思っています。

有難うございます。





- - - 以下、私からの返信 - - -

(略)

価値観が変わってしまいますと、今までと同じようにはなかなかいきづらい。
周囲は同じなんですけど、自分の心といいますか、確実に違ってきている
"何か"をじわじわといつも確かに感じるのです。

(略)

経済的な辛さというのは、私なりに経験しているつもりです。
お米を買うお金もなかったこともありますし、まぁ、いろいろありました。
きっと、ご主人が◯さんを見守っておられますよ。(私が言うまでもありませんね。)

子どもとの時間は、何物にも代え難い素晴しい時間です。
小学校あがるまでの時間は、特に大切だなとしみじみします。
親に頼らないで子育てをしていましたので、熱痙攣の時にはびっくりしました。
子どもが成長するイメージが持てないと泣いていた時期もありました。
今、うちの息子は中学年です。随分と大きくなりました。私よりも背が高くなりました。
こうした成長を実感できるのはとても幸せなこと。
心からそう思えるようになれたのは、
勉強がすべてではなく、健康であることがどんなに幸せなことなのかを
心の底から教えてくださったのは、
わが子の他界をご経験なさった方々からです。
普通の生活がどれほど、有難いもので宝ものなのかを悲しみと辛さから
教わりました。

中学に上がってからは、私が出る幕をほとんど無くしました。参観日にも行きません。
子どもは親を探すのはわかっているのですが、参観は小学校までと決めていました。
なぜなら、中学生は「大人料金」なのです。バスも電車も。
子が成長せねばならない時があり、ならば、親も成長せねばです。
親は子を独立させるために最低限のことしか伝えられないと思っていますので、
愛を込める表現を少しずつ変えていかねばならないなぁ〜と思います。

子どもが親離れするのは、とても自然です。(笑)
親が子ども離れするのは、難しいのを知りました。(苦笑)
子離れしても、心はしっかりと見つめることが親の役目なんだろうと思って、
子どもを離れた場所から見つめています。

どうぞ、べったりなさってください。
今ですよ、今!(笑)
べったり出来る(させてもらえる)時期に、べったりして。
男の子は、中学に入るまでは母親にべったり気味です。女の子はしっかりしていますね。

海外での暮らしは、様々なことがあり、大変と思います。本当に大変。
勇気と忍耐がなければ生きてはいけませんね。

山の中での暮らしも大変ですが、週末に散歩をする時、時間を忘れてしまいます。
まるで、他界のようです。
時間を忘れてしまうのです。
辺一面、緑だからでしょうか。
人が居ないからでしょうか。
鳥たちのさえずり、虫たちのウルサイぶんぶん音(苦笑)、
滅多に出会しませんが、シカの優雅な走り姿に夢心地になります。
それらは、不便なことを忘れられる一瞬です。
他界はこういう感覚なのかなと思えました。

皮膚炎はあいかわらずですが、ひどくなる前に手を打つようにしました。
隣の市まで2時間程かけて、皮膚科に行きます。
便利な街の雰囲気が懐かしく思えたり、一種、異様に思えたり。(笑)

長いメールになりました。



- - - - -



いつも思うのです。



私が居るこちらは、昼間でも

他国では、夜中だったり、

地球は丸いからだと言われても、

やっぱり 不思議なんですよね。

自分とこは昼、お友達の国は夜なんだよね〜(笑)。

「アおばちゃん、そんなのあたりまえだよ!

 地球は回ってるからだよ。

 自分で回りながら、太陽の周りを周っているんだよ。」

って、幼稚園生の方も言われそうな周知の事実なんですけれども。



地球が世の中のすべてではなくて、

夜空を見上れば、土星もあるし、金星も火星も見えたりするし、

もっと 遠いところにも星が数えきれないぐらいにたくさん在るのに、

私は、自分軸のことで 精一杯になってしまいます。(苦笑)

もし、自分が宇宙から地球を眺めたら・・・

ホーキング博士の本を読みながら、想像してみるのです。

「 わたし、ちっちゃいことで ぴーぴー言ってんな・・・」

「 ちいせぇ〜、自分!」と笑えてくるのです。

「 ありんこも ずっと働いてんのになぁ。」

「 海外に住んでる人達は もっと大変なんだよな。」

と、思えてくるのです。(笑)



海外で生きていくことも、

日本で生きていくことも、

都会で生きることも、

山の中で生きることも、

それぞれに 特徴があって 大変です。

だけど、

それぞれに 良いところがあると思うのです。



どこで生きていても、

どういう状況になっても、

自分の考え方次第、心の有り様次第、

なんですかねぇ〜。

そうなんでしょうねぇ。









まぁ〜・・・

ぼちぼちと 行こかなぁ 〜 (笑)














= おまけ =

ご存知、家族がひろってきた あのクルミちゃん。
こんなに育っているのです!
不思議なもんですよねぇ、クルミの木のように成長するんですね・・・
子ども時分なのに。
遺伝子・・・とか何とかっていう話ではなく、素直にスゴいと思います。

「くるみっち(愛称)、すごいな!大きくなったなぁ。」
今日も、アおばはんはくるみっちに話しかけてしまいます。(笑)






アガサ









Posted on 2018/05/29 Tue. 11:15 [edit]

category: 頂いたメールへのお返事

thread: 生きること  -  janre: 心と身体

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29

生まれ変わり 

" 生まれ変わり "ということをそうした力を持つと言われる方から

言われますと、とても心が揺れると思います。

生まれ変わりについては宗教観によって違ってくるようですし、

特定の宗教を持たない私にとりましては、

その言葉を口に出すこと自体、ひいてしまいます。(苦笑)

発言される方の人格が台無しになってしまうと思います。



ご不安を取除くために申し上げるのでは ありません。

他界から言われていないことを想像で言うことは致しません。

言われていないことを知ったそうには言いたくないのです。



大切な方の他界をご経験された多くの方々が気になられることです。

過去にも拙ブログに書かせて頂いたと思いますが、

ご勘弁頂きたいと願いつつ、ここであらためて書かせて頂きます。





- - -



(略)
不思議な力を持つ女性にお会いしました。

(略)
その女性は、主人が時々は私のところに来ることもあるけれど、
いつも子の側にいること、
子と私の今後の人生は、
あまり波瀾万丈ではなく比較的穏やかであることを教えて下さいました。
そして主人が、子から女の子として生まれ変わるとお話されました。

姿格好が変わった主人ではなく、あの姿の主人に再会できることだけを、
現段階での心の支えとしている私としましては、衝撃的なお話でした。
生まれ変わりがあるとしたら、もう私は主人に会うことはできないのでしょうか。

本当に急ぎません。
お時間がある時で結構ですので、アガサさんの率直なお考えを
お伺いしたくお願い申し上げます。

(略)

- - - - -



私も一人の人間ですので、個性があり、それを承知のうえ、

偏りを調整しても個性は残ると思います。

ですので、私の考えを述べさせて頂くのではなく、

交流を通しての経験を基にして申し上げた返答です。

↓↓↓



その方は、生まれ変わりを信じておられるのだと思います。

そんな短いスパンでの生まれ変わり(輪廻転生)は聴いていません。



そのようにおっしゃる方には、多分、悪意はないと思います。

ただ、生まれ変わりを信じ込んでおられるだけだと思います。

何かの書物から知り得たことかもしれませんし、

受講されたところの"教え"であるかもしれません。

その出所はわかりません。



多分、多分ですよ、

" 生まれ変わる " と発言する方は、

ご自分の見聞きすることや感覚を信じ込んでおられます。

疑うということをなさらないと思います。



" 生まれ変わり "を期待される方の割合が多いのかもしれませんね。

大抵、多いのが、

「 だれそれの子どもとして生まれてきます。」でしょう。

そう言われて、「 やっぱり!」と嬉しそうに思われる方も

多いのかなぁ・・・そうなのかもしれませんね。



ご依頼くださった方々から時折、そのことについて尋ねられます。

経験したことしかはっきり言えませんので、

「それは無いです」、「そうではありません」と申し上げます。

そのような報告を他界の方々からは聴いていないのです。



生まれ変わる、

生まれ変わり _

過去、有名な芸能人の方がおっしゃったからなのか(苦笑)、

どこかのスピリチュアル講座で " 教え " を鵜呑みにされたのか

わかりませんが、

人様に言うことでは ありません。



私も含め、こうしたことを伝える者がどう言おうと、

どんなに著名で能力があると世間から絶賛されている方だとしても、

すべてが正しいとは言えない。



信じる信じないは、発言するご本人の自由ですが、

そういうことを言われた人のことをお考えになって欲しいと思います。

不安を感じることは、信じ込む必要はないです。

不安に思う必要は、全くありません。



家族であるあなたが腑に落ちないのなら、

それは真実ではありません。

腑に落ちないことは、信じ込まない。







生まれ変わりか・・・(苦笑)

十数年やそこらで、そんな短いスパンで生まれ変われるのなら、

人生の意味がなくなってしまいませんか?

リサイクルじゃあるまいし。



そうなってきますと、なかには、

真面目に生きなくてもいいや! とか、

悪いことしても、次生まれ変わるからいいや! とか、

ま〜、今生はとりあえずこんな感じに生きて、来世頑張ろう! とか、

そんなふうに思ってしまう方々も増えると思います。



私たちの人生というのは、

そんなにも軽々しく生まれ変わり、

そんなにも簡単なもの・・・なのでしょうか?



繰り返しますが、

家族であるあなたが腑に落ちない事は、真実ではありません。

他人を信じるよりも、家族を信じることです。



もし、あなたが逆の立場なら、どうされますか?

短いスパンで生まれ変わりますか? 

ご主人を待たずに?

お子さんを待たずに?

全く記憶もなくなって生まれ変わる?

逆に、すべてを覚えている?

なんて、不自然!(笑)

そんな不自然なことは ありません。



私なら・・・

家族、子ども、孫を出迎えたいと思います。

それが愛情だと思うのです。



他界での自分の仕事をしっかりしつつ、

家族を見守り、応援し、

愛情をいつも送り、

嬉しい時には共に喜び、

悲しんでいる時には そっと傍に、あるいは、

数メートル離れたところに居ながらも

じっと見守りたいと思います。

そして、

愛しい家族が他界するその時には、

安心しなさいよ!と迎えたいと思います。

やっと会えたね!って

涙や鼻水を流しながら、

ぎゅっと抱きしめたいと思うのです。



それが、家族っちゅうもんだと思うのですよ。

それが、自然だと思うのです。







私なんては、他界先でやりたいことがたくさんあります。(笑)

すでに他界した家族や親戚、知人友人、恩師の方々、

すずめ、ハムスター、十姉妹、文鳥、わんこ、にゃんこ、、、、

いっぱい 逢いたいです。

「 元気にしてたん?」と再会にしみじみしたい。

それに、

物質界で悪いことをしている人やしそうな人に

(ちょっとぉ、そんなことやめときなよ。)

なんて、お節介なことも言ってやりたいと思ったりしています。(笑)

そんなことしてたら、

きっと何百年も生まれ変わらないと思うなぁ〜。





家族を信じること。

あなたが共に暮らしたご家族を信じましょう。

まぎれも無い、疑いようのない真実ですもの。







私は そう思います。











=おまけ=

すっかり服装が"山小屋仕様"。半袖は御法度。虫がいっぱいだから。
靴は、運動靴。これ基本です。
今欲しいのは、麦わら帽子+帽子の網。虫がおかまいなく向かってくるから。(苦笑)



さて。
家族が借りている村営畑の道は、ご覧のように草たちが元気いっぱい。
この中には、虫たちもいっぱい生きているんですよ。
ということは、蛙さん達もいっぱい生きてるんですよ。(笑)
↓↓↓


小さい蛙ちゃん達が、本当にいっぱいです!(可愛いでしょ。)
私はたまにしか行かないので、歩くのに慣れていません。
ですから、虫や蛙たちを踏まないように、そぉ・・・っと 歩くのです。
家「そんなに(おそるおそる)歩かなくてもいいよ」
私「う・・・ん。でも、体重重いから、お母ちゃんは。」
家「 そっかぁ!」
( 何、納得してるねんっ! 笑)








アガサ








Posted on 2018/05/15 Tue. 20:41 [edit]

category: 頂いたメールへのお返事

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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15

愛する人の思い。愛する人への思い。 

人生というのは、本当にさまざまです。

交流の間に入らせて頂くようになりましてからは、

以前よりも 深くものごとについて考えるように

なってきたように思えます。

(単にそういうお年頃になってきたからなのかも。)



交流では、実にさまざまなことを経験させて頂きます。

けれども、交流を通しての経験のみならず、今の自分を

形作っているのは、子どもの頃からの自分だと思います。

口には出さなくとも 胸の内で うっすらと はかなげに

思えていたことが、大人となってしまった私に

濃い影を落としているのだろうと思います。



" 愛する人(恋人、パートナー、伴侶)の思いやり、愛する人への思い "

について 思うところを大切に述べさせて頂きたいと思います。



出会ってからの年数によって、それはそれで様々と思いますが

一概に分けることは出来ないと思います。



一生、同じ人と共に暮らせるのも幸せですし、

ご縁があって、別の方と共に暮らせるのも幸せです。

また、

戸籍に関わらず、互いを思いやれる関係に成れるのも幸せ。



人生は、こうでないといけない、ということは無いと思います。

何をどう選ぶのも、

どう生きるのも、

必ず、覚悟をせねばならない時や事が起きます。

覚悟なしで生きていくことは、難しいかもしれない。

小さい時に、「覚悟かなぁ?」と思えたことを思い出しました。

私の大好きなおばのことです。



おばは、戸籍でいうと遠い親戚。

今はすでに他界しています。

生きておられるとどう? 何才? 120才近くなるかな?

おばは、私の祖母の兄のお嫁さんです。

彼女は、戦争でご主人(祖母の兄)を亡くしました。

結婚したばっかりだったそうです。

昔は多かったようですね。

未亡人となった頃、まだまだ若かったろうと思います。

20才そこそこだったんじゃないかと思います。

でも、一生、再婚しませんでした。



姪っ子の子である私と兄弟をとても可愛がってくれました。

口の悪い、愛嬌たっぷりな弟はニヤニヤしながら、

「おばはん!」と呼んでいました。(笑)

おばのことを本当に大好きでしたし、今も大好きです。

夏休みには、家族で泊まりに行ってました。本当に田舎。

ひっそりと小さな農家をしていたようです。



子どもながらに 私は、

「 おばちゃん、なんで結婚せぇーへんの? 」

と何度か尋ねたと思います。

おばは、にこにこしていただけだと思います。

私もそれ以上、尋ね返すことはしませんでした。

子ども心に、何か納得したんだと思います。

口には出さないおばの思いというものを。



交流を通して、あふれる程の愛情を実感します。

あなたの愛する人は、

残して来た愛する人のことを心から思っておられます。

 何とか元気になってほしい・・・

 少しでも元気になってほしい・・・

 微笑む瞬間があってほしい・・・

というように。



なかには、

新しい愛する人と出会いについて触れる方もおられます。

言われる方としては、

" ずっとあなただけを愛し続けたいのに、そんなことを言わないで!"

ですよ。

だけど、どうか、勘違いなさらないでください。

決して「自分を忘れてほしい」とは思っておられませんから。



あなたが愛する人は、あなたの幸せを願っておられるのです。

あなたにとっての幸せが、ひとりの人を思い続けることならば

それが、あなたにとっての最高の幸せだと思います。

私の愛する「おばちゃん」のように。



ただ、頑なにならないこと。

" 絶対に私は誰とも出会わないし、出会いたくない!"

というように心を固く閉ざすことは なさらないこと。

新しい出会いを受け入れることが善い、という意味では

ありませんよ。



心を固くしてしまうことは、

あなたの愛する人からの愛情や思いやりさえも遮断してしまう、

ということを私は申し上げたいのです。



あなたが他界したと仮定します。

愛する人を残してしまった・・・

愛する人が悲しみの日々を過ごしている・・・

涙で頬の皮膚が荒れてしまっている・・・

そんな姿をずっと見ているとしたら、

そんな姿をずっと見せられていたら、

あなたは、どう思われますか?



愛する人の幸せを祈らずにはおれないし、

愛する人が、愛せる存在や機会を望んでしまうと思います。

それが、人であれ、動物であれ。



逆の立場を想像したら、その言葉の意味がわかってくるように

思います。



愛するというのは、縛りつけることではなく、

愛する人のしあわせを願い続けられることに

似ているんじゃないかと 思うのです。



愛が深くなるほど、静かになっていきます。

心が穏やかになってきます。

愛はとても強いですが、同時に静かなのだと思います。



無理は しない。

心を 閉ざさない。



自然に 沿う。

心を しなやかに。






これからも愛する人の思いを

乏しい語彙力で伝えたいと思います。

ご勘弁ください。









アガサ部屋にずっと居てくれます。
20才の時に母からもらった熊さん。
(もう32年程になるのかぁ・・・)
7年程前、突然他界したMダックスが恋しくて買ったもの。
(色は違うんですけどね。笑)

家族達からは、「お母ちゃんの棺に入れておくんだよね。」と
念押しされます。
「そうや、入れといてや。」と言い返す私。
「入れるものがいっぱいすぎて、入らないんじゃないかなぁ〜」と家族達。
「ぎゅぅ〜と押し込んだら、入るって!」と大笑いする私。

私の棺桶に入れて欲しいリストも言うてあります。(笑)
「書いておいてよ。」と言われたことがあるのでね。
定期的に整理するんですよ、宝物入れのダンボール箱を!(大笑)






アガサ



Posted on 2018/03/09 Fri. 12:00 [edit]

category: 頂いたメールへのお返事

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性  -  janre: 心と身体

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