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2019/03/13.Wed

先程、Kさんから頂いたご無沙汰メールと共に

満開の桜写真を頂戴しました。

春めき桜と呼ばれている桜だそうです。



わぁ〜、綺麗ですねぇ。

本当に美しい。

ぱぁ〜と気持ちが晴れてくるようです。



こちらの山の中も随分と春らしくなってきたとはいえ、

朝晩はまだマイナス。

今日の午前中は、雪が降っていました。





良いことばっかり、楽しいことばっかりでは

感覚が鈍ります。

日々、いろいろな経験をするからこそ、

季節折々の美しさに見とれるんですね。



すでに桜をご覧になっている方々もいらっしゃると思いますが

あらためて、ご覧頂ければと思います。



ありがとうございます。






















アガサ







頂いたメール | Comments(0)
2018/10/24.Wed

まだそういうことを言う人がいるの?

Kさんから頂いたメールの一部です。

同じような思いをなさっている方がおられると思い、

掲載させて頂き、経験に基づいた私の考えを申し上げたいと

思います。



- - - - -
(略)

当時、子を喪ってまだ半年も経たない頃、電話で視ていただき、
交流に涙涙だったことを昨日のことのように思い出されます。

子が旅立って◯年◯ヶ月経ちますが、悲しみは消えること無く、
突然大きな喪失感に襲われますが、前を向いて歩こうと頑張っていたところ、
最近霊視を受ける機会があり視ていただきましたら、
子はまだ成仏出来ていないと言われ、また暗闇の中に突き落とされた気持ちになりました。

- - - - -



お読み頂いた方々それぞれにお考えがあると思います。

ご自分のお考えを大切になさりながら、お読みください。

私は自分の経験や考えが絶対的に正しいとは露ほども思いませんが

言うべきことは言わせて頂こうと思っています。(苦笑)



子どもが他界して、淋しく辛くない親など居ません。

それで普通と思います。

年の順に他界しても、子は親の他界を淋しく思います。

これも普通と思います。



世の中には様々な方々がおられます。

特に見えないとされているものを「見える」とする方々は、

何故か変わった方が多いように思えます。

ご自分の感覚を疑わない方々が多く(苦笑)、自分の感覚が絶対に

正しいように思われています。

(この部分が不思議に思えます。)

別の角度から客観的に物事を見れないし見ない性質の方が多い。

だからでしょうか、目つきがおかしかったり(苦笑)、

何でもかんでもあちらのせいにするように成ってくるのです。

人格が歪んでくるのでしょうね。

ご自分を特別扱いしたいという欲が良識を蝕むんです。



そうした方々は、簡単に人様に「成仏していない」ということを

おっしゃるのです。

まだそういうことを言う人がいるの?! とびっくりします。

口悪い私からしますと「アホか」と思います。

そういう方々の、そうおっしゃる部分、その鈍さが「アホか」です。

( 口が悪くてスミマセン )



成仏するしない、成仏してるしてない_

これらを判断するのは霊媒ではありません。

断言する権利など、誰にも無い。

どんなに有名で著名で能力があると言われていても

そんなことを言う権利など無いのです。



大切なお子さんを愛し続け、心が引き裂かされるような悲しみを

日々お持ちなのは、誰ですか?

親でしょう?

ご家族ですよ。

そんなことを平気で言う霊媒に、何がわかるっていうんです?

思いやりや良識が欠如しているような人から、

言われる筋合いは無い。

思いやりや良識の一片もない人に正しい霊視など出来るとは

到底、思えません。

何をご覧になっているのでしょう。

ご自分の感覚は絶対正しい!と疑わない方でない限り、

そんなことをうすらしゃーしゃーと言えるわけがない。

本当に、酷過ぎる。



ま、いろんな人がいる、ということです。

そういう人の言動は、気になさらないこと。

( 気に障るし、腹立つけど、ほっときましょう。苦笑 )



いつも 子を思い、家族を思っているあなたは、

身勝手で無責任な人の一言に重きをおかれるのではなく、

愛を深さを経験なさっているのですから、これからも

お子さん、ご家族を大切になさること。



愛の深さは、お子さんが一番よくご存知ですよ。

大切な家族、人の他界を経験なさった多くの方々が

あなたのお気持ちをよくわかっておいでです。

きっと皆さん、おっしゃいますよ_

「そんな血も涙も無い霊媒の言うことなんて ほっときなよ!」

って。






私もそう思います。









= おまけ =

長野は本当に「りんご」の木が多いんですね!
柿の成る木は見た事がありましたが、りんごの木は見た事がなかっただけに
テンションがあがりました。
可愛いですね、りんごの木。

ということで、コインロッカーみたいなところで販売されていたりんごを
買いました。
小振りなんですが、すごく美味しい!
不便を利用して(笑)、ジャムを自分で作るようになりました。(大笑)
10キロ歩いてジャム買うより、大量に買えた果物をジャムにする方が楽!

秋は良いよぉ〜(笑)、虫少ないし。(大笑)






アガサ





頂いたメール | Comments(2)
2018/10/10.Wed

感謝する相手は・・・?

三連休は、秋晴れが続きましたね。



先日、Rさんから頂いたメールを拝読いたしました。

多くの方々が似たような思いを経験されていると思い、

そのことについて触れさせて頂きます。



- - - - -

(略)

一つご報告したくてメールしました。
覚えていらっしゃらないと思いますが、
お礼を言わないと気が済まなくて(笑)。
前回、主人が私の転職を心配してアドバイスもくれて
◯○がアガサさんの食卓にやたらと登場するという話しがありました。

おかげさまで、◯○の子会社にとても良い条件で就職がきまりました。
試験前日夜に、前回の交流の録音を聴きながら、
緊張する気持ちを抑えていました。

新たな私の人生のはじまりです

(略)

- - - - -



私からの返信
- - - - -
ご無沙汰している間に季節がいくつか過ぎました。
メールを頂き、「ほぉ~、スゴいな、ご主人」と思いました。
もちろん、Rさんの頑張りと努力と素直なお人柄ゆえのことです。

お察しくださっていますように、◯○のことを覚えていません。
御礼をおっしゃる先はご主人です。ご存知のように。(笑)
きっと、ご主人がいろいろと励ましておられたのだと思いますよ。
- - - - -



Rさんからのご返信
- - - - -

(略)
友人から、
「会社に入れてくれたのは、パパじゃないでしょ、
 Rちゃんの周りにいる色々な人達、生きている人だよ!」
って言われて…
確かにそうだけど、そうじゃない部分もあると私は信じていて…
ちょっとショックだったのでアガサさんの言葉が嬉しかったです
(略)

- - - - -



ご友人がおっしゃることは、もっともだと思います。

愛情いっぱいに励ましたくて、そのようにおっしゃったのです。

そして、

Rさんを喜ばせたい一心でお返事を書いてはいません。

頂いた沢山の交流から言えること(現実の経験)を書いたのです。



お仕事が決まるというのは、一応の安心を得れます。

過去に人事採用の経験もしましたので、選ぶ側の気持ちもわかります。

ご本人の努力と誠実さというのは採用には欠かせません。

試験結果、周囲の方々の評価や評判もあるにせよ、

それだけだとも思えません。



経験による考え方の違いだと思いますが、

見えざる方々の愛情は、やっぱり有ります。

採用する人は見えるわけではありませんが(苦笑)、

応募された人の空気はご覧になっていると思います。

見えないとされている方々の愛情も少なからずお感じに

なっていると思います。

それは空気感でわかるものです。

空気というのは肉眼では見えませんが、見えないからといって

" 無い " とは言えません。

それと同じで、私達の大切な家族や身近な人達も " いない "とは

言えません。



「 あなたの努力と周囲の方々のおかげだよ。」

こうおっしゃったご友人は、お友達思いです。

「 ご主人のおかげじゃないんだよ。」というのは

ご本人が経験なさっていないからなのです。

単に その違いだけ。

そう言われた時、何だかご自分とご主人を否定されたような

感じがしたかもしれません。

全否定などされていませんから、そこは冷静に捉えましょう。



話す相手がどんなに仲の良い友人であっても、

親しい身近な人であっても、

家族であっても、

ひとりひとり捉え方が違います。

捉え方が違うからといって、悲観する必要もありません。

目に見えないとされていることを人前で話すというのは

本当に気遣います。

気を遣って自然だと思えますし、その分、大切さが増すように

思えています。



話し相手の方が、神経過敏になっておられる時もありますし、

疲れておられる時もあります。

誰もが様々な感情が揺れ動く日々を送って生きていますので

いろんなことがありますね。



" 愛する大切な人のことを話すことはいけないのか?"

という意味ではありませんので誤解されませんように。

例えば・・・

例えばですよ、

わんちゃんが好きな人もいるし、動物が苦手な人もいる、

ということを例にします。

私なんては、子どもの頃は怖かったのですが、今は逆!(笑)

わんちゃんや猫ちゃんを見かけると思わず、顔がゆるみます。

馴染みのわんちゃんには おでことおでこをくっつけるほど

わんちゃんが大好きです。

犬好きな人の前では、わんちゃんの話に大いに盛り上がり、

猫好きな人の前では、猫ちゃんの話で盛り上がります。

だけど、動物が苦手な人の前では、私の他界した愛犬や

行方不明の愛猫の話をしません。



それは、相手の方が興味がなさそうだからです。

信じる信じないではなくて、似たような経験をしていないから。

かといって、

経験したから偉い(経験豊富)、

苦労をしたから偉い、

何不自由ない人達とは違う、

経験していない人とは違う、

経験していない人にはわからない_

ということではないのです。



言葉では表現出来ない大切な思いは、胸の奥で温め続ける方が

自分の性分には合っていると思えるから。

人と共有共感出来れば、もちろん、嬉しいです。

共有共感出来なかった時は、ガッカリするかも。

そんなもんかなぁ〜と思います。誰でも。

ですから、もう、ガッカリすること、なかれ!です。



ご友人はご友人なりにあなたを励ましたいのです。

有難いですね。

ご主人はご主人なりに今もあなたを愛しています。

すごく嬉しいですね。



誰かが自分を思ってくれるのは、本当に有難い。

心から感謝する気持ちにぴったりな言葉が見つからないほどです。

「 ありがとうね。」

心からそうつぶやいた気持ちは、必ず 相手に届きます。

相手の心に。



口にする感謝の数ではなく、心から深く感謝することは

とても大きな意味があります。

双方の心に響き、広がります。





条件の良い仕事というのは、頑張らないといけない時が多い。

条件がよくなくても仕事というのは、そういうもんです。

だけど、頑張り過ぎては いけない。

無理し過ぎても いけない。

人生というのは、長いようで短いもの。

毎年発表されている平均寿命は、

私達が生きれる長さではないのです。

無理はあんまりなさらないように。



感謝する相手を限定する必要は無いと思います。

だれそれじゃないんだよと限定するよりも、

関わる全ての方々に感謝したいですもんね。



心から感謝する機会をもらえるのは

本当に有難い。

心に栄養をもらえた感じがします。



大好きな人に、

感謝できるのって しあわせです。

思われているのを実感しますね。



ご主人に感謝なさって

ご家族に感謝なさって

ご友人に感謝なさって

周囲の方々に感謝なさって。

あなたの心からの感謝は、広がりますよ。



お身体を大切にされながら、

毎日をお暮らしください。



よかったですね!本当に。



















= おまけ =

白根山です。
まるで絵に描いたような美しさでした。
志賀高原はあいにくのお天気でしたので、そのまま素通り。

紅葉というのは、枯れていくということ。
枯れていく様が美しい紅葉のように、私も年々枯れていく様が
きっぱりと潔さを増せるように生きたいと思います。(笑)







いろいろ申しました。ご勘弁ください。

アガサ



















頂いたメール | Comments(1)
2018/09/19.Wed

どんなに時間が経とうとも

今朝は寒かったです。

全ての窓には、結露がかかりました。

11月ぐらいの寒さがありますが、このぐらいの寒さが好きです。

空気が次第に透明度を増して、陽も部屋のなかまで入ってきます。

私の生まれた季節が近づいてまいりました。



M様から素敵なお写真と共に頂いたメールの一部を

掲載させて頂きます。



- - - - -

(略)

サインを求め過ぎてはいけないと思いつつ、つい探してしまう自分がいて、
先日の記事は嬉しくなります(^_^)

偶然とは思いますが、ちょっと不思議なことがありました。
◯月のある日、彼の誕生日。
あちらでは誕生日は関係ないかなと思いつつ、もしまだこっちにいたら、(略)
何か記念なる事をしたはずだから、やっぱり今年の誕生日は、例年と違う何か
特別な事をしてあげたいと思いました。
色々考えましたが、割りとすぐ結論がでて、彼が私を初めて本格的な登山に
連れていってくれた時の、思い出の山に久しぶりに彼を連れていこうと思いました。

(略)

昨年から運悪く、登る日が毎度毎度悪天候にあたり、今年も3度登山にいきましたが、
うち2回は悪天候で途中で断念、下山しました。
誕生日もその1回です。(略)
途中の山小屋に泊まった翌朝も天候が回復しなかったので、翌朝泣く泣く下山しました。

その山小屋で、です。
雨風でびちゃびちゃになって山小屋に到着し、失望しながらとりあえずチェックインしたら、
通されたお部屋が、なんと彼の名前。
私は彼を『◯◯くん』と呼んでいたのですが、お部屋が『◯◯』でした。
何度かその山小屋に泊まってますが、その名前の部屋があったなんて知りませんでした。
しかも珍しい事に、個人客は私1人で、(略)私は団体用部屋を独り占めに…。

(略)

お誕生日の夜に、彼が私と二人きりでいたいと思ってくれてるのねという事を
すっと信じられました。
夜中じゅう外は雨風の音もして、広い部屋に1人とは、なかなか怖いと思うのですが、
全く怖くなくて、寧ろ彼がいるんだろうなと安心して、手足を思う存分広げて (笑)
ゆっくり眠れました。

アガサさんが書いておられたように、頻繁にあったら、ありがたみが薄れますよね。
それでもやっぱり淋しくて頻繁にサインがほしいですが、これはもう我慢するしかない…。

- - - - -



こうした偶然の出来事に、私達はとても励まされます。

無理矢理、結びつけたい時もあれば、

自然と すっと心に入ってくることがあります。

馴染む、というのでしょうか。



"今もこちらで一緒に居ることが出来れば、どんなに幸せだろう!"

誰しも思うことだろうと思います。

我が身に降り掛かってきた悲しみを経験しているから

心底 そう思え、

心底 そう願うのです。



時間のある世界に生きる私達は、一方向。

過去に遡ることは出来ず、未来の方向だけ。

進むのは、未来。

じっとしていても、何もしなくても、

悲しくても 辛くても、

楽しくても 嬉しくても、

時間は 未来へと流れています。

一方向にしか進めないのです。



Mさんが彼と出逢い、

彼は若くして、他界され、

Mさんが深い悲しみのなか、ネットで検索されて、

アガサというのを見つけられ、

Mさんが勇気を出して、連絡をされて

Mさんと私は出逢い、

そして、

彼の心をMさんにお伝えしました。

これも時間の流れ。



Mさんと彼の出逢いを悲しい出逢いだとは思いません。

おふたりの愛は 今なお 存在するからです。

別れ、ではありません。

出逢いも記憶もなくなったのでは ないのです。



深い悲しみのなか、日常でのもやもや、様々なことを

日々乗り越えておられます。

これは、Mさんに限ったことではなく、大切な方の他界を

経験なさった方々は そうでしょう。



ちょっとした偶然のような出来事が 突然 目の前で起こる_

心を揺るがす深い悲しみを経験した方々にとって

そのちょっとした偶然に、どれほど励まされるかわかりません。

どれほど 心が救われるか 計り知れません。



嬉しい偶然は、いつも 起きるわけじゃない。

煌めく偶然の数で、愛しい人の愛情を計れるわけでは

ないのです。



深い悲しみを経験してまで、

私達は、何を信じるか?

なんのために 生きているのか?

ぽっかり空いた胸の空洞を埋めるまだ見ぬ何かがあるのか?

自分の存在価値は 一体なんなのか・・・

こうしたことを次から次へと頭に浮かぶ時も あります。



人生の中で、信じられなくなることは いっぱいあります。

私にも、もちろん、そういうことがありました。

何度も 何度も。

これからも あると思っています。



信じる、信じられないという感覚や感情は、

とてもあやふやな感覚だと 私は思っています。

その時の感情によって、信じられる時もあるし、

全く信じられないときもあります。



感情は、大海に出ている小さな小舟みたいなもの。

揺れて、揺れて、揺れまくります。

静かな時も あって、

嵐の時もある。

寒さに凍える時もあれば、

からっからの炎天下の時もあります。



私自身の日常を振り返っても、思うんです。

生きる指針をなくしてしまったら 終わりなのか?

愛する存在をなくしてしまったら 生きる意味がないのか? と。

そう思ってしまいますけど、そんなことはありません。



何のために 生きてるのか

誰のために 生きてるのか

何かがなければ 誰かのためでなければ 生きれないのか。

私の考えは、No です。



何のために生きてるか 分からなくても良い。

誰のために生きてるか 分からなくなっても良い。

この身体は、与えてもらったらしいから、

やっぱり 大事に思えます。

今まで休む暇もなく、ずっと働いてくれていたじゃないの。

誰のためでもなく、見返りを期待して動いているわけでもなく。

大事にしなきゃ。

大事にしてあげたいと思うのです。



私達は、失いかけて、失ってから 気づくことの方が多いように

思います。

健康な状態や、大切な存在、平凡な生活などが 崩れ失ってから

どんなに恵まれていたのかを気づくのです。

気づいたのだから、大切にしなきゃ。

大事にしないと。



愛する人がこの肉眼で見えなくとも、終わったわけじゃない。

" 何か喜ぶことをしてあげたい "

そう思えることは 大変素晴しいことです。



愛は、この肉眼と肉体では感じることが出来ません。

形のある肉体に閉じ込められる大きさではないし、

言葉で表現出来る単純なものではありません。

とても大きくて、とても温かくて、美しいのです。

そして、眩しく光り輝いているのです。

心が洗われるような感じです。



このことは、皆さんの愛する方から教わりました。

それを、何度も伝えたいと思います。

機会を頂いた度に、お話ししたいと思います。



愛を知ると 心が深くなります。

心が深くなりますと 悲しみも喜びも深く 感じるのです。

人の温かさも 深く 心に沁み入り、

動物の純粋な愛も 心に沁み込むのです。



生きていくことが辛いことも たくさんあります。

生きることの意味がわからなくなることもあります。

何のために、誰のために・・・

そんなに大きなテーマは、一生かけたって 分かりっこないんです。

分からなくてもいいと思います。



深い悲しみを我が身に刻んだのですから、

どこかの講座や だれそれの書籍を読まれなくても

参考にされなくても

ご自分がご自分で 十二分に 人生を歩んでいるのです。



生きるというのは、愛すること。

愛を経験するということは、きっと

深い悲しみを経験することでもあるのだと思います。



そうやって ようやく、

人や動物、自然を含むすべてに 温かく接していくのだと

思うのです。

それが生きていく、ということなんだろうと思います。



どんなに時間が経とうとも

愛するということを学んだのですから

これからも 愛し続けていきましょうか。








私の話は、余計なお節介話ということで(苦笑)

ご勘弁ください。






それでは、

Mさんが添付してくださった美しい日本をご堪能ください。


日本人の心と精神、富士山からの夜明けです。
心が洗われると言われますね。
存分に 洗ってください!
私も 洗います!










アガサ











頂いたメール | Comments(2)
2018/07/11.Wed

人生の選択 〜 なにが違っていけなかったのか?〜

- - - - -
(略)
自分の人生なのですが、(略)。
他のみんなと、なにが違ってなにかいけなかったのか、分かりません。
いつも全力のつもりですが、何でか、これからどうしたらいいのか、
分からないところです。
(略)
- - - - -

お辛い最中にいらっしゃる方から頂いたメールの一部です。



自分の人生は、思い通りにはならないもんだ_

ずっとそう思ってきました。

その時々の 悩みや問題を直視して 考えて考えたあげく

やっぱりそこに行き着きます。

子どもの頃には 子どもなりの、

若い頃には 若い頃なりの、

年を重ねれば 重ねたなりの、

悩みや問題があります。



悩みや問題というのは、人それぞれに違うのは

どなたも実感されているでしょう。



他の人達と比べて、

何がどう違っているのか、選択を間違えたのか?・・・

自分の人生を 他の方々の人生と比べる必要は

どこにもない、と思います。

人生というのは、制服のように決まっているものでもなく、

当てはめることなど 出来ません。

当てはめてしまうと 自分が苦しくなるだけ。



自分が窮地に立たされている時、

誰しも 他の人すべてが 幸せそうに 平和そうに

見えてしまいます。

それは、物事の " 片面 "、" 一部 " しか見てないからです。

年を重ねていく中でそのことに気づきました。



他の人が幸せそうに見えるなら、それで良いじゃない。

何より、ですよ。

自分は不調だけど、どなたか知らないけれど、健康そうで良かった、

自分はガックリだけど、どなたかは、良いことがあったみたいで良かった、

自分は生きる気力が失せているけど、誰かが、意気揚々されていて良かった、

そう思います。



逆の立場で考えてみます。

自分が比較的、平和で 穏やかであるとき、

辛い状態にある方々に 心がいくか? ということです。

気の毒に思いこそすれ、そこまでなのが 世の常、人の常。

悲しみにくれている人、

困っている人、

辛そうにしている人、

身体の具合が悪そうにしている人を テレビで見るのではなく、

近くにおられる方々に向けて

ご自分が平和である時に、そうした方々に関心を寄せ、

親身になって 心を寄せられるのでしょうか?



世の中には、

・・・言葉で言えないほどのお辛いことに遭われる方々が

おられます。

こんな辛いことは、無いな・・・

交流のご依頼を通して、絶句してしまうことも大変多いです。

掛ける言葉さえ 見つからない。



災害や事件、事故で、ご家族や大切な方を亡くされる方々も

毎日のようにおられます。

日本はまだ、そこまで行っていませんが、

他国では、

テロや戦争で、家族を次々に奪われる方々は多くおられます。

家も焼かれ、

物もなく、

家族を次々に戦争や正義という名の元に結集された集団に

奪われ、名誉の何とか呼ばわりされ、命を失う_

食べるものも いつ手に入るか分からない国で生きている方々は

多い。

そういう方々は何を思うだろうか。

人と比べる余裕すら無い現実を生きておられる。



人生は、他の人と比べることではないように思います。

間違い・正しい、というのは無くて、

どういう結果になろうとも、

毎日、

その時 その時に 思いやりをこめているか、

それだけのように思います。



それが習慣となって、心に刻めていれば、

覚悟が生まれてきます。

人間、覚悟をしているつもりでも、

突然のことが起きますと やっぱり ショックを受けます。

それは当たり前です。



子どもは健康で、

マイホームがあって、

配偶者とは何でも話せて、

毎日働きに(稼ぎ)に行ってくれて、

話せる楽しい友人達が居て、

適度に潤いのある生活をしている _

そんな方がいらっしゃるのでしょうか?

(私、そんな生活をしたことがありません。苦笑)





全力で頑張っていても、

思い通りになるとは 思いません。

その時、物事に人に 真っすぐな心で接することで

自分という者を 自分の心で感じれるしあわせを得れるのです。



真面目に、地道に、誠実に生きておられる方々が

大変なご苦労をされることも 多くあります。

それでも、ご本人は 苦労だとは思われない。

心は大きく育ち、豊かな精神が養われ、

他がどうこうではなく、

思いやりに満ちた生き様をされているからだと 思うのです。



人を羨ましく思う気持ちは いつしか嫉妬となります。

不平不満は、ご自分の人生も心も 腐らせてしまう。



何が違って、何がいけなかったのか_

考えること、内省することは大切ですが、

心にまで 蓋をなさいませんように。



人生において必要なことは、

命の尊さと 心の大切さを 本当にわかっていること。

周囲がどうなっていっても、

人として 何が大切なのかを わかっていること。



人生というのは、決して 思い通りにはならない。

だけど、

命を大事にし、

心を大切にしていくことは、

どんな窮地に追い込まれたとしても、

守り続けたいと 思うのです。



悩みや心配がある時こそ、呼吸をしてください。

動植物は全て、呼吸をしています。

私達の心だって、呼吸は必要ですよ。

新鮮な空気を吸気で取り入れ、使いきったものは

身体の外へ出す。ね。



ご依頼ご相談をされる前に、呼吸をなさってみてください。

心が静かになってくるまで。

気長に、

いつでも、どこででも、出来ることです。











= おまけ =

先日の大雨の雨上がり、気温も低かったので、久しぶりに歩きました。(笑)
爽やかというより、どんよりしていたので、どこか陰気くささもありましたが
(まあ、いっか。虫たちが出てこない内にちょっと歩こう。)
そんな感じです。
緑で生い茂っている季節ですので、空があんまり見えず、遠くの山々も見えない
のですが、雲も薄くなってきて、お日さんの光が射してきました。

陰があるから、光が目立つんです。
薄暗いから、陽射しの美しさが際立ちます。

私達の人生と似ていますね。
いつも晴ればっかりじゃ、有難さなんて 分かりゃぁしない!(笑)






アガサ










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