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プロフィール

アガサ

Author:アガサ
他界された愛するご家族、大切な方との対話を地道にお伝えしています。

アガサ
(2019年春から町暮らし)




朝、家族たちを家の前で見送り、掃き掃除をしていました。

パンッ パンッ

何度も 銃の音がしました。



「農作物を食べるから、農業者に被害をあたえる野生動物の数を

 コントロールする。

 だから、狩猟は重要な役割を担っている。」

だそうです。



わざわざ、山の中に入ってきて 撃つのです。

人間が増え過ぎたからといって、狩猟して

数をコントロールしてますか?! と問いたい。

しかも、毎年。

しかも、解禁日を 待ちに待って。



撃った後は、

「食肉にしたり、革製品にしたりして 大切な命を無駄にはしません!」

だって。



農作物に被害があるのなら、テクノロジーを駆使した物を

使えばいい。

あるいは、人間が住んでいるエリアを ぐるっと金網で

完璧に囲めばいい。

そうしたら 罠も銃も必要なくなる。



結局は、国(環境省)が ついてるからね。

被害が大きいから、国が認めてるから、という大義名分を

当たり前のようにかがえておられるけど、命を奪ってるんだ。

戦争だってそうだもの。

それぞれの国が都合のいいように自国を正論化して、

成敗する!みたいな具合で戦争が始まるわけです。

結局は、殺してるんだよね。

殺し合い。

大抵は、大義名分を掲げて、正しいことのように

大きな声と態度で命を奪う。



人間はどんどん、領域を広めてるから野生動物も大変。

住むとこも、食べるものも 奪われるんだものねぇ。



税金と国民の情報を裏で一元化するために、

クレジットカード利用者には増税分還元するって

そんなとこにばっかり、時間とお金を割く国。

ちゃんと頭、使えって思う。





また、銃の音。

ひっきりなしに 聞こえる。

それって 追い回してるわけだ。



撃って 死んだ動物たちを見て、

何とも 思わないのかなぁ。



「 日頃の練習成果が出た!」

とでも、ちらりとも思うのだろうか。

命を奪って、嬉しいのか?

もっとも、お上からの指示なんだろうけど。



太古の昔から続いているっていうけど、

じゃぁ、日常生活も太古の昔とやらと全く同じ?

スーパーには行ったこともなく、

服装も太古の昔風で、

上下水道の設備が整っていない場所で生活されてる?

家の造りも 太古の昔風?

まさか、電気製品、お持ち?

本当に、都合のいいように言うね。



テクノロジーを使って、

命を大切にするために 知恵を使ってこそ、

人間だと思うけど。



銃使って 殺すなんて。

人間に対しては「 銃規制 」があるのに、

野生動物に対しては、

「 数のコントロール 」だそうです。

正当なんだそうです。

正当ってなんだ?

常識ってなんのためにある?



でだ、

撃ち過ぎたら、今度は、きっと保護保護って言うだろうね。

絶滅の危機にある、とか言って

国はやらずに、保護団体に 任せて。

その保護団体に寄付してるのは、国民。

動物の命や環境を大切に思っている人達の支援。



自分達で環境壊すようなことを計画して税金使って

責任転換先は、自然。

自然災害のせいにする。



なんか、おかしいこと やってるね。





いろいろとご都合はあるんでしょうけど、

あたしゃ、そうは 思わないね。

















アガサ












 2018_11_15


いかが お過ごしですか?

山の中は、次第に寒さが増してきました。

すでに、冬の服装です。



お休みを頂いてから 2ヶ月半が過ぎました。

いつも、どうしていこうかと考えています。

必要とされているのなら、少しずつ再開をしようか・・・

その時期はいつなのか・・・

以前のように1時間も出来るだろうか・・・

と考えたり。



楽しく嬉しい時には思い出されず、

辛く悲しい時にだけ、ふと思い出される存在_

これが私の中での アガサの存在です。

記憶に残らなくて善い。

前に出なくて善い。

目立たず、ひっそりしてるのが善い。

見た目や言動が特別である必要がない。

それが 霊媒の姿だと思っています。



そこらの 気の良いおばちゃんのような、

どこかの 温かいおばあちゃんのような、

時に 正義感まるだしのオッサンのような、

頑固で無口だけど寛容なじいちゃんのような、

そんな感じ。



どこにでもいるような存在_

そんなんがいいと思っています。



休養期間を来年の3月末ぐらいまで、と考えていましたが

日々頂く有難いメールに感謝してるだけでいいのか?

と思っています。



以前のように毎日1時間、お伝えする自信が

ちょっとまだ ありません。

自分の家族たちのことも 考えてあげたいので

平日の限られた時間帯だったら 引受けられるかな・・・

そういうように 思えています。



世の中には 素晴しい霊媒の方々が多くおられると信じていますので、

お待ち頂くほどの者ではないだろう・・・

そのようにも思っているのです。



それでも、

信頼くださり依頼をしたいと思われる方がおられるのなら

精一杯努めようという気持ちに、変わりありません。



お休みさせて頂いてから、2ヶ月半になりました今の

正直な気持ちを書かせて頂きました。






いつも温かいメールを本当に有難うございます。











= おまけ =

味覚と嗅覚が長けている家族。
それだけに市販の食品や外食では、何が混ざっているかがわかってしまう家族。
ある意味、気の毒。
私なんては、美味しいか美味しくないか程度で、微妙な味は分かりません。
普通の味覚嗅覚のおかげで、平和に食べて来れました。(大笑)

才能があるから それを仕事にするのが最善とも思えない私。(苦笑)
気が熟し、タイミングが合って、
一番大切なこと→本人が覚悟を決めるなら、
小さな小さなパン屋さんも いいかもね。
だけど、頑固なパン屋だな、きっと。(大笑)
パンの仕上がり具合を見て、「駄目だ。今日の出来は今いちだ。」
眉間にシワをよせながら、売らないでしょうね。(苦笑)
(あ〜、勿体ない。だけど、私が食べれるな!ラッキー!)

初めて作ったクロワッサンを味見しました。
混じりけなしの正直クロワッサン。
家族は言います、「麦から作って、パンを作りたい。」と。

ま〜、とにかく。
何でもかんでも 自分でやるのは大変だよ〜。(笑)








アガサ







 2018_10_17


大切な人と一緒に居れる有難さは、別れを経験したから。

普通で平凡な日常がどんなに幸せに溢れていたのだと

気づかされます。

深い悲しみを経験したからこそ、当たり前に思いがちな

その有難さにしみじみいたします。

そうした経験も、忙しかったりしますと つい

感情の赴くままに 動いてしまう私たち。



日々頂くメールは本当に有難く思います。

メールを拝読しながら、様々ことを心に思い、

我が身を振り返る機会を頂いています。



家族の関係、子育ては、家庭の数だけ いろいろ。

命と心を大切にする以外は、

何が正解かというのは無いと思います。



子育てに、専門家はいません。

同じ家庭で育っても 子どもひとりひとり 違います。

一般的な成長と比べること、

有名な学校に入れること、

著名な哲学者や教育者の教育論に心酔し傾倒する、等

それらが正しいことではありません。

良い親だとも 思えません。

子どもがひとりひとり違うように、

私たち大人もひとりひとり違うのです。



" うちの子も天才にさせたい(出来るかも) " とか、

" うちの子も◯○大学に入学させたい " などというのは

子どもを無視してると思うのです。

子どもはブランド物のバッグや靴ではないのです。

子どもにさせずに、ご自分がなさったらいいのです。

子に言うまえに、大人が日常で示すのです。

見返りを期待せず、純粋に、大人が勉学に励めばいい。



子どもには、子どもの特性(個性)があります。

年齢に沿いつつ、その子の個性を大切に見守りながら

日常を大袈裟で窮屈にすることもなく、

自然に過ごしていかれたら良いと思っています。








最近は、小さな子どもさんにもスマホでゲームや映像を

見せられるのにはびっくりします。

子どもが静かにしてるからゲームをさせておく・・・

みんなが持っている時代だから、スマホを持たせる・・・

楽だし、喜ぶから・・・というので手渡してしまうと

後々、多くの問題がやってきそうです。

まず、習慣になり、簡単に、依存症になっていきます。

依存症になってから、事が起こってから、

ワーギャー言っても辛いだけ。しんどいだけ。

「 そんなの知らなかった!」と人は言います。

想像しうる行動の流れは、親が想像しておきたいものです。

( 政府の「想定外」という無責任さと同じですよ。)

使う前に、きちんと説明するのも親の役目。

与える者の役目です。



便利なものを扱うには、使うと決める前に、

家庭内でルールを決めること。

時間的なルールは必ず守ること。

小学校に入ってきたら、

なぜ、そうするのか、

なぜ、そう考えるのか、

なぜ、そう思うのか。

物には多面性があることを言い、危険な可能性について

説明することは大事。

面倒くさいことですけど。(苦笑)

話し合うのが、家族への思いやりなのです。



順序だてて わかりやすい言葉で伝えたうえで、

本人がどう思うか、

ということも確かめた方が良いと思っています。

小学校低学年でも、自分の意見はありますよ。

3歳ぐらいから自分の考えは持っていると思います。



親が一方的に長時間話していますと、

子どもは別の世界に行ってることが多いです。(笑)

空想の世界か、無の世界か、眠りの境地か。



話す時間は、短く。

話す内容は、端的に。

話す音量は、小さめ。

話す口調は、おごそかに。

なかなか難しい時もありましたが、

親自身も自分が伝える内容を確認しながら

話せますからね。

大事だと思います。



10代に入ってきますと、今の時代、避けられない話題が「勉強」。

わが家では、

「 皆が高校に行くから、大学に行くから行く・・・

 というような考えで通わせるお金はうちには無い。」

小学校高学年に成った頃、こう話しました。

この姿勢は今でも変わりません。



勉強が嫌いだったり、何かの辛い理由があるのなら、

学校に行く必要はないと考えています。

義務教育期間中であっても。

人生は、通り一遍ではありません。

だけど、家でぼんやりしているのは、いけない。



いつまでも 親は " 稼ぐ人 " で居られませんから、

子どもだって、自立への準備が要ります。

家で勉強をするのか

仕事を探して独立をするのか

あるいは、

これで食べていくんだという " 何か " に修練するのか。

決めるのは、本人です。

親ではない。

行動に移すのは、本人。

親ではない。



学校に行くのなら、先生の授業をしっかり聴くこと。

先生は授業の準備をされていますから、

子どもといえども拝聴する姿勢は大切。

それを教えるのは、家庭です。

学校が教えることではありません。

(授業でワーワー騒がしいのは、家庭が家庭でないからです。)



先生、お友達、クラスメイト、学校にかかわる様々な方々、

近所の方、全く知らない人達、動物達、

とにかく、丁寧に接すること。

これを教えるのも、家庭。

親が子にマナーとエチケットを教えるのです。

人様に対する接し方は、親の影響がかなり大きく表れます。



子どもにばかり「 あれしろ、これしろ 」とは言えません。

普段から、親が人として節度ある姿勢と態度で生きること。

家族に対して、

ご近所に対して、

人として節度ある態度で接すること。

身近な存在に対してこそ、礼儀と感謝を持つのが大切。

親しさの中にこそ、礼儀を。

生きていくうえで、とても大事だと思います。



どんなに子どもさんが素晴しい能力をお持ちでも、

人としてやって良いことと悪いことは

きちんと説明せねばなりません。

これを説明しないと、ろくでもない、

鈍い人間に成ってしまいます。



自分が上手に出来ることでも、

他の人よりも優れていても、

能力を振りかざすような態度と感情は、迷惑行為。

どんなに天才と言われようと周囲に不愉快な思いをさせてまで、

我を通すことは、天才でも何でもない。

人前でやることではありません。



子自身が選択する数が増える分、

責任を取ることも増えるんだということも

説明してあげてください。

子どもたちは、失敗を繰返し経験していくなかで、

何が大切なのかを自分なりに知っていくのです。

そうやって 子ども本人の人生に成っていきます。

子どもが自分で自分の人生を築いていくのを

遠くから見守っておくのが親心。

(つい口を出してしまいがちですけどね。笑)



人の心がわからない、

迷惑をかけているのがわからない、

そんな鈍い人間には成って欲しくないのです。

今の大人達で十分すぎるではありませんか?(苦笑)



私たち日本人に多い感情と言葉は、

「 みんなが持ってるから・・・」

「 みんなが知ってるから・・・」

「 みんながやってるから・・・」

ですね。

自分もみんなと同じことをしないと

仲間はずれにされてしまうから・・・。

違うんですよ、それは。

仲間外れにするような意地の悪い者は、

同じ物を持っていても、なにしても、

他を虐めるのです。

そんなのに構うことはありません。

そんなのが居るところに、居る必要はないと思います。

特に子どものうちは。



勉強するにしても、

仕事をするにしても、

何にしても、

何をするにしても、

命と心を大事にするのが本筋です。



一緒に居れる間なんて、わずか。

家族にしてあげれることは、そうはない。

親が子にしてあげれることも、そうない。

有限。



何が大切なのか、何が大事なのかを

話すことはとても素晴しいことで大事なことなのです。

話せるうちに話しておいた方が良いように思います。



そうしたことを声なき声で教えてくださったのは、

ご依頼くださった方々とご依頼人の " 愛する方 " の

愛と信頼による交流から。



一緒に居れる長さじゃない。

一緒に居れる時間が短くても、

どれだけ 愛(思いやり)を込めて生きるかだろうと

思うのです。











長くなってすみません。
加筆編集:9/6











= おまけ =

お勝手口に、なぜか、釣ってある小さなニンニク。
可愛いなと思っています。

わが家の台所周辺の重力が、おかしい時があります。
山の中に住んでいますと、山のエネルギーというのでしょうか、
地面から来るものがダイレクトです。
特にどこかで大きな地震が来る1週間前ぐらいには、強烈です。
山の中に住むというのは、いろいろなことがあるんですね。












アガサ



テーマ : 子育て・教育    ジャンル : 学校・教育
 2018_09_04

異常気象

Category: 思うこと  

毎年、

「 今年のお天気は、ちょっとおかしいよね。」

と私達は言います。

毎年毎年、去年よりは異常だと思うのです。

これだけ大きな自然現象が続きますと、言うに留まらず

実際に 日常生活で やっていかないといけない時期に

入ってきているように思います。



温暖化と言われ続けていますが、

小氷河期に入ってきているとも言われています。

温暖化と氷河期が入り混じっている、というと

矛盾しているように思われるかもしれませんが、

ここ数年のお天気具合を思い出しますと

なるほど、と思えます。



日本の四季が 消えつつあります。

暑過ぎたり、大雨が続いたり、というように

" 過ぎる " ことが増えました。

異常気象という言葉が頭に浮かび、世間的には

異常気象は、取るに足りないようにさえ思われ始めました。



異常、異常、異常・・・。

異常というのは、常と異なるということ。

私達人間にとっての " 異常 " 。



違う視点からしますと、理由はなんであれ、

地球的には、均衡を保とうとしているのだと思います。

生きている地球ですもの。



気象、地震、火山活動・・・etc

私達人間は、いつもの日常生活を守るために、

先を知りたいと思えます。

専門知識をフル活動させて、日夜、研究調査されている機関も

世界中にありますが、ピンポイントで予測することは不可能。

地震の場所にしても「来そう」と言われている場所とは違う場所で

起きています。

自然相手では、人間のたゆまぬ研究や過去歴を以てしても

当てることは、所詮、無理なのかもしれません。



山の中で住み始めて、苦手なことだらけの毎日を経験して

思うところはとても多いです。

わかりやすく気づいたのは、気温、そして、空気。

標高もありますが、不便さを通して、今まで気づかなかった

ことに 気づくこともあります。

気づくというか、考える、想像する、ということ。



アスファルトで固められた場所は熱の逃げ場がありません。

どんなに技術や研究が進んでも、自然に取って代わるようなもの

はありません。

こう熱過ぎたりすると、室内を快適にするためや健康維持のためにも

多くの機材を多くの場所で使われます。

それからは機械による熱が発生します。

それがまた、ムッとする熱さ。

室内は快適でも、外はさらに暑くなります。

そうした繰返し。

スパイラル。

まるで、私達の感情に似ているように思いました。

行き場のない気持ちは、どんどん溜まってきて熱くなってくる_

自分も周囲も居心地がわるく、息苦しくなってきます。

規模は違いますが、私達も地球も、身体のどこかのバランスが

崩れたら、自然とバランスを取ろうとしますよね。

( 爆発する前に、何とかしないと。)



自然に対して 予知はしづらいですが、

私達人間は、他の動物達と同じく、動物であり、生き物。

地球も、活動しているのです。

(このことをつい、忘れてしまいます。)




毎日心掛けられることは、本当に些細なことですし、

目に見えての成果というのは実感しづらいですが、

心掛けることはとても大切だと思っています。



心掛けたとしても、気象まで変えられるとは全く思ってもいませんが

「 地球という大きな家に住んでいるんだ。 」

そう思って、

自分たちの家の中を汚すようなことだけはしたくないもんです。



災害や事故や、災難がふりかかってこないと私達は考えません。

しかも、自分に、身近にふりかかってこないと、他人事です。

「気の毒だなぁ」と思いこそすれど、自分の日常に痛手がなければ

いつのまにか、忘れてしまう・・・というのが正直なところ。

毎日の生活、自分のことが精一杯なのは誰しも同じです。

( 災害で多くの方々が困っているのに、政治家の方々は

 飲み会をされていたなんて、神経を疑いますよね。)



心からの「想定」などしたことのない政府が言う「想定外」

という言葉には、飽き飽き。

事が起こってから、対策本部を設置する_

設置したことで満足されているようなんですよね。

" ほら、設置したぞ。仕事、やってるだろ、俺たち先生方は。"

という声が聞こえてきそうです。(苦笑)

" お偉方 " の皆さんは、ご自分のことしかお考えにならない。

一般庶民は選挙の時に投票してもらう駒なんでしょう。



「想定外」で どれほど多くの方々の尊い命が奪われているか、

事の重大性など ご存知ないようです。



私達は、隣人の方々と協力しながら、自分達の命は

自分達で守っていかねばなりませんね。

それは普段からの積み重ね。






どなた様も大切になさってください。















=おまけ=

クルミの木に、クルミの実が成り始めました。
「え? これがクルミ?」
と思いましたよ。イメージがあまりにもかけ離れていたのでね。(笑)
落ちているグリーンの実を見ますと、あのクルミでした。
クルミの木はとても堅いですから、実まで堅い。
薪ストーブの薪材として長持ちするのは、クルミのような堅い木だそうです。
長く燃やしていれるから。
だぁ〜けぇ〜どぉ〜、薪割り出来ないほど、堅い!
らしいですよ。

緑の季節に、ぼちぼち飽きてきた贅沢者な私は、ぼちぼち、秋が待ち遠しいです。
虫達が活動を休止する冬なんては、すごく寒いですが、私が出歩ける季節!
夏は虫が多くて、びびってしまって、なかなか外には出れないのです。(苦)








アガサ




テーマ : 自分にできる事から    ジャンル : 心と身体
 2018_07_06


車の免許のない私が山を降りる術は、歩きだけ。

とはいえ、

最寄りバス停まで、徒歩40分強、

村の中心まで、約10キロの道のりを歩こうとは

未だ思えず。(笑)

ほとんど人が歩いていない道を

若干、体調に不安がある自分が単独で出歩くのは

後々考えますと、迷惑がかかるかなぁ・・・

と思ってしまい、ついつい 尻込み中。

たぬき、いたち、きじ、ねこ達では、畑仕事をされている

方々のところまで行けないだろうからねぇ。(笑)



山の中での生活は、ある意味、天の国のよう。

時間の流れるスピードは その日によって違い、

家族以外の方々との たあいもないお喋りは、

山荘に来られた時だけ。



自転車か原付バイクでもあれば・・・

と思いましたが、何かが違うような気がして

気が進みません。(笑)

気が進まない時は、合理的であっても 行動しない。

自分のそうした気のおかげで、不便です!

でも、まぁ、不便ということは、" し過ぎることはない " ですから。

便利な環境だとついつい、" し過ぎて " しまいます。

おやつ、食べ過ぎ。

親離れ子離れ時期に差し掛かっているのに、出しゃばり過ぎたり。あはは







山の中に住んで、いつも 思っていることがあります_

" 自分に何が出来るのか。

 何も出来ない。

 自分には何があるのか。

 何もない。"

という自問自答。

いろいろなことがあって、最近、ふと こう思えてきました、

" 何も出来ず、何もない自分で良いんじゃないか "

って。

そんなふうに思う時もあれば、

いや、もうちょっと頑張れよと思い直したりもします。



そうした何でも無い自分を感じる時、

幼い頃から繰返し見る夢が ふと頭に浮かびます。

穏やかな雰囲気の ひょっこりした山がひとつ。

まるで、色鉛筆か水彩画で描いたような烏帽子のような山に

祖母が幼稚園ぐらいの私の手をひいて、

「 あの山へ行こか 」

「 あそこへ行くで 」

とでもいうような祖母の心の声がしている、のんびりした不思議な夢。



「 うん。行く!」

と祖母に返事した途端、

登っていく感覚はほとんどなく、突然、私の目の前に

山の中腹か 頂上近くにある古い山小屋が建っていました。

焦げ茶色の、古びた木の家。

まるで、今のこの山小屋のような感じです。(笑)



ただ違うのは、店先のような造りで、物を並べる木の台が

いくつもあるのです。

子どもの腰ぐらいの高さの木の台には、何も無いのです。

子どもですから、" お店に何も無い " ことの方が不思議で

「 おばあちゃん、なにも ないで!」

と大きな声で言いますと、

祖母は いませんでした。

「 あれ? おばあちゃんは?」と周りをきょろきょろする私。

いつも ここで起きてしまうのです。

何度も 何度も 見ました。



この山小屋に決まり、周囲が緑で包まれているのを

実際に目にした時、この夢のことを思い出しました。

ここで何があるのかわかりませんし、

用心はすれど、期待は少しもありませんが

いろいろと考える時期なのかも、しれません。

まぁ〜、考えるには ぴったりの場所ですね。(笑)



テレビ無い生活9年目に入り、

テレビ見たいな〜とシビレを切らしかけていた私は

自転車もない生活になり、

歩くしかない。(笑)



360度 緑の世界。

自然の中にいると、自分の弱さや何も出来ないことを

これでもかと知らされました。

" 人は考える葦 " とおっしゃったパスカル氏は、

上手に例えられたと思います。



何も出来ない弱っちぃ自分ですが、

人のことを考えて

家族のことを考えて_

そうやって こちらでの一生を暮らせたら

しあわせだと思います。



何も出来なくても、自分は自分。

自分の価値を問い出したり、見い出そうとしたら、

私は終わりと思います。

価値の有る無しは どうでもいい。

価値があるかないかは 知らん。(笑)



ただ、

人のことを考えて、

家族のことを考えて、

出来る限りのことをしてあげたい。

出来る限りの範囲のことをちまちまと出来るのが

しあわせかなと思うのです。










わけのわからないつぶやきに おつきあいくださり、

ありがとうございます。










= おまけ =

ようやく、春のような気候になりました。(笑)
と思ったら、梅雨だ!
今日の気温は、21度くらいだそうですが、わが家は16度。
長袖ででないとちょっと寒いです。
晴れた日はこんなふうに景色が綺麗です。





可愛い花でしょう?
名前はわかりませんが、可愛いなと思い、撮りました。
名前はわからないけど、良いなと思えるのが気楽です。
自分もそうありたいと思っています。欲深いですな!(笑)





家族が借りている村の畑に久しぶりに行きました。
虫、蛙、花、草・・・その成長ぶりに圧倒されます。
陽にあたると皮膚が痒くなるみたいなので、とりあえず帽子、手袋、マフラー。
今までの自分では考えられない出で立ち。
そのうち、身体が慣れてくるからね、待っとけよ!と思っています。(笑)











アガサ








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