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2020/02/18.Tue

外灯をともす 〜 その奥にあるもの 〜

他界からの連絡方法は、決まっていません。

どのようなタイミングで どのような連絡方法をされるのかは

予測不可能です。

私達が肉眼で見ている自然界と同じだと思えます。

人間は起こってくることをただ受け入れる他、ないのです。



そのひとつ、夢という方法。

自分向けではない内容の夢を見る回数が増えてきました。

会いたい家族や親戚の夢も見ない私ですから、

自分自身の見る夢に期待もしてきませんでしたので、

連絡方法に夢が追加されるとは思いもしませんでした。

受入れ、慣れる他 ありません。



ある日の夢は、その夢を見たことさえ忘れていました。

起きた直後( 妙な夢だなぁ・・・)と思い、次の瞬間、忘れ、

いつもの様に朝の準備に突入していました。



家事の流れで何気なく、外灯の電気ボタンを見ました。

ONになっているではありませんか!

「 なんで 点いてんの? 点けたことないのになぁ・・・

 無意識で触ったんかなぁ・・・

 夜中じゅう明々と点いてたんか。勿体ないことした。」

と自分のボケ具合にガッカリ。



つぶやいた直後、夜中か早朝かに見た妙な夢のことを思い出したのです。

夢のなかで私は、外灯の点灯について話を伺っていたのですが

( 外灯のことで話を聞いたのは初めてかも・・・ )

と思いました。

ひっかかりは感じるものの、いつも通り 過ごしました。



翌日、Fさんの交流でした。

交流の20分前か15分前ぐらいから、部屋の空気が変わり始め

カキーンと緊張し出す自分に可笑しくなりました。

毎回、緊張しますが、毎回、緊張の種類が違います。

緊張というより空気が変わり始めるので、緊張感を感じるのでしょう。

敏感に反応してしまうことは、難儀な体質と思います。

誰かの、何らかの役に立たない限り、難儀。



そうそう。

Fさんからお電話を頂く前のことをお話しいたしましょう。



カキーンとした緊張の面持ちの私に

< 一所懸命にするのは当たり前のことですけれど、

 楽しさも必要ですよ。

 やってみたいことを取り入れるのです。>

このように突然話しかけてくださった女性とは、以前お会いしています。



一度じぃっと顔を見たら、忘れないのは子どもの頃からで、

兄弟から「 よー覚えてるなぁ。せやけど、何の役にも立たへんやん。」

と言われていたことがあります。

それを思い出し、( 役に立ってるで、今 )とニヤっとします。

その代わり、名前などは全く覚えられない。

すみません、話がそれました。



お会いしたことのある年配の女性でした。

( あぁ、あなた様でしたか・・・)



そんな私の一言など聞きもしなかったように、

< つぼみも随分膨らんできていますねぇ。綺麗ね。

 外にあるものを内にいれるのは勿体ない気もするけど、

 室内に自然を感じることも、大切だと思います。

 来られるお客様をお迎えするという気持ちの表れ。

 表現、ですね。>

ご自分が思っておられることを気品あふれた話し方で仰います。

この方がおっしゃる思われているその空気に入り、

そうだなぁ、

その通りだなぁ、

と思いながら、室内なのに野外のような春を感じていました。

( あっ! こういうことなんですね!?)

ふふふという微笑みなのか、そうですよという頷きなのか、

その両方だったのか・・・思い出せませんが、意図が合いました。



この方が歩まれた道に触れたことはありませんが、若かりし頃、

華道のお稽古に数年だけ通っていたことがあったことを懐かしく

思い出しました。

六畳の部屋は、もはや室内ではなく 見渡す限りの"野外"でした。



しばらく、ぼぉ〜としていた私を、

< 外灯のこと >

この一言で現実に戻されました。

( 外灯? ・・・??? あぁ、外灯っ!!! )

< そうです。外灯のこと、わかっていますね?>

( はい。わかっています。わかっていると思います・・・)



わかっていますと返事をしたものの、この方の意図と私の理解が

一致しているのか?・・・

焦りにも似た思いを感じながら、疑問を持つより確認しようと

女性の方に顔を向けました。

ところが、カキーン緊張のせいで、ぎこちないのです。自分が。

目だけの " チラ見 " になってしまいました。

( あ、こんな失礼なことってないわ!)と自分で思った矢先、

< 人と話す時は、相手のお顔をご覧になって話すものです。>

・・・・(苦笑)

そうです。

仰る通りです。



( 早く、Fさんからお電話ないかなぁ〜・・・

 Fさん、早くお電話してください。お願いします。)

心から願った直後、電話が鳴りました。



( Fさんっ! 良かった!)

まるで、助け舟を発見した漂流者のような気持ちでした。

安堵の気持ちいっぱいで電話に出ました。



お電話を頂く前のことをお伝えしていたなかで、

外灯のことをお話ししました。

拙い説明と状況描写に耳と心を傾けてくださり、外灯の事を

Fさんがよくお分かりなのには驚きました。



人にとっては些細なことであっても、伝えられるべき人には

疑問に思っていたことが伝えられる_

その喜びと申しましょうか、安心感というのでしょうか、

言葉では言い表せないほど心が高揚します。

今も見守られていることを実感するのです。



それでは、

Fさんから頂いたメールの一部を掲載させて頂きます。

- - - - -

姿形が消えてしまっても、この世にいらした時以上に、
見守って下さっている事を確信出来て、心新たな気持ちになる事が出来ました。

この世を生きる不条理さもまた、自分を知る上で必要な事とも思いますが、
それらに侵される事のない強い素直さを持ち続けている限り、この世を
離れた方々もそばにいて、何らかの方法で教え応援してくれているを
伝えて頂いて、本当に心の芯がしっかり出来ました。

(略)

- - - - -



血の繫がりというのは、この世ならではのもの。

縁というのは、血縁関係がある者同士よりも、ない方々との方が多い

ように思います。

どちらが良い、ということではありません。

時に、非常に濃い縁があり、生涯の師になるのです。



交流時には、Fさんにとってかけがえない恩師のお二人が

お越しくださいました。

恩師の方々との歴史があり、恩師それぞれのお人柄を

よくご存知だからこそ、私が感じるひとつひとつにも

実によく理解を示してくださるのです。



信頼と尊敬、尊重がなければ、理解することはなかなか

難しいと思います。

それは、自然界と似ているように思えました。

考えに考えても、準備をしていても、自然界の現象は予測不可能。

地震がその例です。

優秀な頭脳と経験のある学者、研究者が長年調査し続けても

予想通りではないし、

その反対側の極に位置する霊能者?が告げても、その通りには

ならない。

つまりは、自然に関することを予測するのは、防災の意味で

必要であっても、結局は、傲りによるものです。

他界も自然に入ります。

つい、私達は自分の考え(価値観)で物事を見てしまい、

Bプランを考える前に、行動してしまいます。



恩師のおひとりが外灯について話されたことは、

ご自分の価値観をFさんに押し付けるものではありません。

そこには、

相手を思いやる気持ち、つまりは、心からお迎えすることを

相手を思う、相手の目線になって考えるということが含まれていました。



外灯をともす。

たったそれだけのように思われるかもしれませんが、

その奥にあるものは、光源の輝きだけではなく、心がこもり

相手の気持ちに寄り添われていたのです。



自分の行動、行いの奥に潜むのは、何か。

選び、決める時の奥に在るものは、何か。

私達はつい、一方向から見た考えたことで答えを出そうとします。

足踏みをしてしまうかもしれませんが、答えを早く出す事の前に

物事の流れを出来る限り、自然の流れを汲むように想像する事も

大切だなぁ・・・と思えます。



交流に、派手さはありません。

entertainmentではないから派手にする必要など、ないのです。

奥深くにあるものを伝え、聴き、信頼と愛情と尊重をもって

心の内へと ゆっくり誘うものです。



大切なのは、相手の心を思いやる気持ち、感謝、信頼。

どんなことにも、それらが大切だと思うのです。



Fさんはこうも仰っています_

- - - - -

現実にお目にかかる以上の「真実」の時間を頂き、

今も確かな響きとして大切に私の心深く存在しています。

- - - - -



目に見えないことほど、その奥は深い。

かといって、目に見えることを軽んずるわけではありません。

目に見えることと、目には見えないこととのバランスが

心でとれていることが大切。

それが日常生活において、様々な時に、特に困窮した時に

多いに助けとなり、励みに思えるのです。



尊敬できるのは、調子の良い時の姿や言葉ではなく、

おそらく、困窮している時にも何が大切なのかを

心に深く刻み込んでいる姿と精神なのだと思います。



カキーン緊張は、恩師おふたりへの

Fさんと私の尊敬の証とも言えるでしょう。













= 今日の一枚 =

ピントが合っていません。スミマセン。
老眼になると、こんなふうにボヤけてしまうのです。(言い訳)

大根の葉の部分を切って、新鮮さを保つために水に。
なにげなく見ると、茎の断面に「水」が!

当たり前といえば、当たり前なんですけれど、
こういうのに感動します。

すごい! 水、吸ってる!
すごいなー、大根って!

大根の葉のお味噌汁、美味しいですよねぇ。
大根の葉が大量に手に入ると我が家はフリカケを作ります。
これまた、美味しいのです。
ついつい、ご飯がすすみます。(笑)

素朴なおかずは、身体を地道に地味に確実に担ってくれます。





アガサ




愛しい家族、大切な人との交流 | Comments(0)
2020/02/13.Thu

良かれと思って 〜 ご同席について 〜

ご同席について、あるいは、交流を経験されたことについて

後日、ご家族またはご友人にお話しになることへのお尋ねを

度々頂戴いたします。

( お気持ち、とてもよくわかります。)



それでは、私の経験によるものと考え方を混ぜてのお返事を

述べさせて頂きます。



- - -

ご質問についての私の考え方です。



こうしたことというのは、大変微妙なことだと考えています。

私自身、自分の家族達であってもあまり言いたくはありません。

聞かれても、です。



仲良し同士でも、家族同士でも、ひとりひとりの考え方や感性、

人生経験は違います。

例えば・・・

あなたが、ご家族(またはご友人)の事を思い、

" 良かれ " と思って話されたとします。

あるいは、「同席してみる?」と誘ったとします。



その方にとっては、突然のことでショックを多少なりとも

受けられるでしょう。

考えもしなかったジャンル?のことですから、驚いてしまったり、

空気が固まってしまうのは当然です。

ご家族やご友人が驚きながらも、その次に湧き出る感情や考えは、

「 騙されているんだよ」、「アヤシイよ」というものだろうと思えます。

仕方ありません。



私も、アヤシイことは大嫌いです。

世間で言われている"スピリチュアル"というのには、

嫌悪感を持っています。

ほとんどの団体においては洗脳的ビジネスであることも

見聞きしています。



正直であり続けても、全くご存知ない方からすれば、私も

他と同じように思われてしまうものだと自分自身を捉えています。

努力し、質素に暮らし、ご依頼人・他界された方を尊重していても、です。

一部の人達の我欲に満ちた言動と行動が全てとなってしまうのは

致し方ないことです。

霊媒というは、一般的にアヤシイ者扱いです。

実際、霊媒や霊能者、ヒーラー、セラピストなどの9割は

「アヤシイ」と思います。





" 良かれと思って話したのに・・・ "

ご依頼人の方々からのご報告メールで、このように苦い思いを

なさった方々は多いです。



相手のことを思われて、親切心からなさったのに、

不穏な空気となってしまい、ご自分もショックを受けてしまうのです。

思いやりからそうなさったのに、双方がショックを受けてしまうのは、

何だかなぁ〜と気の毒に思います。



見方を変えますと( 静観、客観的視点 )、

これを教えてあげれば・・・

同じ経験をすれば・・・

これらは、 " 思いやり " に非常によく似ています。

けれども、実は真の思いやりではないのかも・・・

私自身の経験からもこう思えています。



長くなりましたが、

こうしたことは、" 誘わない・話さない・誘わない " が

どなたにとっても良いように思われます。



つい、経験しますと誰かに話したくなるかもしれません。

その一歩、半歩手前で立ち止まってみること。

自分の考えとやろうとしている行いを検証してみること。

私の場合は子ども時分の頃からのことで「恐い!」が

先にありましたから、そんなことを他言できるわけもありません。

言わない話さない歴30年以上経ちましたが、

結果、それで良かったと思います。

我慢が美徳と思い込んでいませんが、このことについては

自分のためにも周囲のためにもなったと思っています。



" 目に見えない " とされているこのようなことについては、

心のなかで温めるものだと思います。

それが友情であり、愛情だと思っています。



きっと、必要があり、縁があるのなら、ご本人自らが

そうなさると思います。

交流することが一つの方法ではなく、人それぞれだと思うのです。



愛情表現、友情表現というのは、

大きな深い悲しみを経験した者同士でも

全く同じではありません。

そのことを空しく思うのではなく、相手を尊重するということは

そういうことなのだと思えます。

決して、連帯感が友情でも愛情でもないのです。



ひとりひとりの感性、考え方、生き方は、尊重されてこそ

自分の内で省みることが出来るのだと思っています。

省みることで、選択する自由さと責任も実感出来、

経験したこと、苦しみもまた 咀嚼できるようになってから

物事の奥にある大きなものを見出せるようになります。

そうして、ようやく物事が自分の心で温められていくものと思います。



相手を信じること。

信じるというのは言う書くはとても容易いです。

ついつい、私達は自分の考えを優先してしまいます。(苦笑)



ご同席について、他のご依頼人様方のご経験話をもとに 私の

拙い経験と考えを述べさせていただきました。



文才がない分、ご無礼がありました際には、

どうか ご勘弁ください。













= 今日の一枚 =

友人Rさんから頂いた " 犬パン "。
まずは、先犬ごん達にお供えしてから、りんごに。
「良し」という前にパクつきましたから、仕切り直し。(苦笑)
「待て」と言われているところを撮りました。
好物の場合は、ヨダレがぽたぽた落ちます。
そうでない場合は、落ちません。
犬パンを見ると、目の色が変わります。
本当に変わるんですよ。(笑)
" 目は口ほどに物を言う " というのは、本当ですね。

中型犬になると力がすごいですから、可愛いだけでは
守ってやれないんです。
ヒヤッとしたことが何度かありました。
待て、おいで(来い)、お座り、良し(OK)の4つは必須。
日頃から繰り返してやらないと散歩時が大変です。
大型犬と暮らしておられるご家庭では、号令を理解して
出来るように専門家に託される事があると聞きます。

命を守るための最低限の号令とはいえ、
(まぁ〜、いいじゃなぁぁぁい♡)と思う時もあります。
自分との闘い、ですね。(笑)

ちゃんと待てが出来た後、美味しそうに・・・
あっという間に食べてしまいました。

あ〜あ・・・もっと ゆっくり 味わいなよ。
まぁ〜、その牙じゃ 無理か・・・。
「Rさん、ありがと♡」って言いなよ。(笑)




アガサ




頂いたメール | Comments(0)
2020/01/27.Mon

一緒に住もう

優しさは親譲りなのか、本人の個性なのか、

経験から育まれたものなのか・・・

どれもが混ざり合っているのだと思える青年との交流です。



ある夜のこと。

( お!青年がおひとり、来られたなぁ〜・・・)

と思い、目だけそちらの方向を見た途端、

「 ワンワンワンっ!!!」

うちのワンコがと大声を放ちました。

「 あ〜、びっくりした!急にマジ顔で吠えんときさぁ。」と言い、

「 No!」と言いましたが、聞くわけがありません。

ワンコにしたら突然の訪問者に、ちょっと興奮気味中。



( かなんなぁ〜、この子は・・・いちいち反応して。)

私とワンコの反応がほぼ同時でしたので、余計にそう思いました。

まるで、自分の子ども時代を見ているかのようでした。



うちの家族達は慣れたもんで、「 誰か来たの?」とワンコに

話しかけるのです。(苦笑)

「 誰かの、誰か?」と私にもいつものように尋ねてきますが、

なんといいますか、あまり言いたくない気持ちがあるので

「 さぁ〜分からんけど、そうなんちゃうかぁ〜。」

と、関西育ち特有の受け答えをしておきました。(笑)



この翌日に、Kさんからご依頼のメールを頂いていました。

( Kさんのご家族だったのかもなぁ・・・)と思いながら

不思議といえば、不思議。

自然といえば、自然。

家族の強い繋がりにしみじみしていました。



お約束の日の前日、突如、体調不調をくらいました。

随分と体調も整ってきていただけに、ショック。

それも、交流のお約束がある前日に・・・です。

( なんで?)

と思うわけです。

けれども、不調のまま 交流に臨むことは 結局、

ご依頼頂いた方と来てくださる方に迷惑をかけてしまうのです。

日程延期のお願い連絡を申し訳ない気持ちいっぱいでしますと、

即日中に、優しいお気遣いのメールをくださいました。



「 痛っ!」

その部分を抑えながら、ふと不安もよぎるのです。

( ここ、私 悪かったかな?・・・アカンやん。ここは。)

と思いつつも、沸々と腹が立ってくるんです。

( どんだけ、この日を待っておられるか知ってんの?!)

誰に文句を言ってんでしょう、私。

それでも、文句を言わずにはおれないのです。
(ア:このことについては、数日後、"訪問者"が判明しました。難儀な体質です。)

" どんな思いで毎日を生きておられるか・・・"

訪問者が判明した時は、

( 思いやりってもんは無いんですか?!)と正直思いました。

思うと同時に、口に出してしまいました。

自己中心的理由による"横抜かし(割込み)" は、大嫌いなんです。(笑)



1週間延期をして頂いて、体調も万全。

よし!という思いで当日の朝を迎えました。

朝ご飯の食器も一応、洗って片付けておかないと・・・

と思いながら洗ってましたら、青年はこんなことを

話してくれました。

< (母は)いろいろと頑張って、ひとり我慢してます。

 我慢する気持ちも分かりますが、>

お皿を洗いながら、ふんふんと耳を傾けていたら、

< アガっさんみたいに、たまには言った方がいいのに

 と思います。笑>

ちょ、ちょっとぉ〜!

思わず、吹き出し笑いをしそうになり、ぐっと踏ん張りました。

( 私みたいにって、私 そんなに言えてませんよぉ。

 我慢してる方だと思いますよぉ。)

と言い返しましたが、ニヤニヤする他 ありません。

青年は純粋に思ったことを話してくれたので、余計に

笑えてきたんです。

おばちゃん、ウケた。(笑)

まいりました。(大笑)



そうして、準備も終わり、ちょっと寒かったので、

暖房器具を移動させようとしていた時のことでした。



< 持ちますよ・・・>



優しいその一言に、ジ〜ンと来るじゃありませんか。

御礼を言いながら、持ってもらいました。

もちろん、見た目は私が持ってるんですよ。(笑)

重い物がふわふわと動いて、目的地に設置されたら

びっくり仰天を通り越して、味をしめてしまいます。(笑)

まぁ〜、そんな不自然な事はもちろんありませんもんね。(大笑)

話がそれてスミマセン。



言葉数が少ない彼は、決して、感情が少ないのとは違います。

言葉数の多さと感情の豊かさは、比例しません。

それについては、ものすごく実感しています。



何をお伝えしたのか、9割9分 思い出せませんが

これだけは覚えています。

お母さんのKさんが涙ながらにお話しなさっていた際中に

同時に息子さんは、急ぐように話してくれた言葉、その思い_



< 一緒に住もう!>



彼は親孝行出来ていませんと仰っていたのです。

お母さんがおばあちゃんに成って、他界された後は、

一緒に住んで、いろいろな話をして、親孝行したいんです!

その気持ちが光速で、まるで滝に打たれているかのように

速く強く、私に話してくださったのです。



この言葉とその時の思いは、今も私の内にあります。

時間と共に霧のように消えていくのも仕方ないですが、

目を閉じるとあの時の、彼の思いが蘇るようです。



それでは、Kさんから頂いたメールの一部を掲載させて頂きます。

- - - - -

(略)

今日は◯年ぶりの交流を、ありがとうございました。
お約束の時間が近づくにつれ、心臓がバクバクしてきて
不安になってきましたが、アガサさんの声を聞いて一気に安心しました。
(ア:私もです)

アガサさんから伝えられる息子は、変わらず息子のままでした。
自己主張をしない思いやりのある、それでいて思慮深く純粋。
誰かの役に立つ希望を持って、勉強に励んでいる息子。
どこにいても、私の自慢の息子です。

最後に言ってくれた「こっちに来たら一緒に住もう」には、もう号泣でした。
(略)

私はこの言葉を支えに、もう少しこちらの世界で頑張れるような気がしました。
生きていくのは、もしかしたら辛い事の方が多いかもしれません。
でも、息子はちゃんと側にいて見てくれているのを信じ、母親の私も
息子に負けないよう、恥ずかしくない生き方をしなければいけないと思いました。

(略)

- - - - -



彼は親孝行をしたいと思っていることついては、

以前からお母さんに話しておられたとのこと。



孝行か・・・

思わず自分を省みました。私は、自分と家族達の日常で精一杯で、

親に孝行らしいことをしていません。

このままだと後悔するな・・・と思う回数が増えています。

それだけに、

Kさんの息子さんはとてもお若いのに、偉いなぁ・・・

つくづく、そう思いました。



特に母親は、こう思う方が多いんじゃないかと思います。

子どもの迷惑にはなりたくない。

自分の人生を歩いてほしい。

って。

ちょっとはね、強がりも入ってるんです。

成長したわが子に、幼い頃の面影を重ねてみえる時、

積み重ねた心配さえ、愛情深い思い出に思えて、しみじみするのです。

少しは気にかけてほしい気持ちも無いでは無いけど(笑)、

そういう素振りを見せたくないと思うのです。

そう思うのは、親としての愛情。

そんなふうに思っていても、子から「親孝行がしたい」と

聞かされたなら どんなに嬉しいでしょう。

どんなに 幸せでしょう。

想像するだけでも、泣けてきます。



親よりも先に子が他界する。

この現実は、非常に厳しい。

亡くした家族が 今 健やかでいてくれること、

大切な人が 今 穏やかで幸せを感じてくれていることを

願い祈るほか ないのです。



彼も含めて、他界された多くの人達が 私達のことを思ってくれています。

残したくて残したんではないのです。

人の心を失ってしまうのでは、ないのです。



他界には、裏切りなどありません。

物質界よりもずっと、自分の内面を実感するのです。

私達が今居る物質界のように、嘘や裏切りといったものは出来ない。







大事な人の他界を機に、この世での生きづらさに痛感される方々が

ほとんどだと思います。

私達の住む物質界は辛いことが多いと思っています。

もちろん、それだけではありませんけれど、私自身、

正直に誠実であればあるほど、生きづらさも増すような思いも

よぎっています。



けれども。

そこに思いとどまる気は、ありません。

心を込めて生きることで、そうした生きづらさや

不公平を感じてしまう意気地のない自分に(苦笑)、

これで良いんだと言い訳しているような・・・(笑)

それで良いんだと背中を押してあげているような・・・

そんな気がしています。



物質界で、いわゆる 勝ち組(今も言いますか?)な人達が

他界された後も そうであるとは 言い難いのです。

表面は良い顔が出来、語り口調も良く、外見が美しくとも

自分のことしか考えていない、思いやりに欠ける人達は・・・

大変だろうと思います。

物質的なもの(資産財産、肩書きなど)は、一切無関係だから。



大事な人、大切な家族は、元気でいらっしゃるのです。

そして、相変わらずの真心で 私達のことを思いやりいっぱいで

大事に思ってくれているのです。



私達がどんなに悲しくて辛くて淋しくても、思いやりに何の影響もありません。

真の思いやりが、" 足をひっぱる " わけがない。

それが、真の愛情ってもんです。











暖房器具、持ってくださってありがとう!

嬉しかったです。笑

黒い服以外にも似合う色がいっぱいあると思いますよ。

気が向いたら、試してみてくださいね。笑










1/28追記:
Kさんに内容ご確認頂いた際に、ご自身の親バカ振りが読む方の
目にふれるのは恥ずかしいですとコメントを頂きました。私は、
とても自然な親心だと思いますし、他の多くの親御様の思いも
そうですし、実際、若く幼くして他界なさった方々はその通り
なのです。誇張でも褒めすぎでもありません。
ですので、このまま掲載させて頂きたく思います。








= 今日の写真 =

りんごは、子犬の頃から土や枝を食べていました。
初めてその姿を見た時、びっくりしましたけれど、
今ではもう慣れてしまいました。
道草も食べるし、道枝も食べるし。
あげくの果てに、道土まで食べる。
公道には何が " かかっている " か分かりませんから、
食べる度に注意をしてます。もちろん。




大丈夫そうな物かどうかを見て、(まぁ、それもよくないんですけど)
たまには、「まあ、いいよ」とは言います。
駄目駄目言い過ぎるとお互いにストレスになりますからね。
極たまぁ〜に、お母ちゃんから「いいよ」と言われると
りんごは、お腹をつけて食べます。

土や枝、葉から栄養分を摂ろうとしているのでしょうけど、
毎食作っている母ちゃんからすると、複雑な気持ちです。苦笑
散歩というよりは、食事(おやつ)感覚なんじゃないかなぁ・・・
呆れるわ、ほんまに。笑




アガサ
愛しい家族、大切な人との交流 | Comments(1)
2020/01/23.Thu

メール不届のご連絡です 〜 返送宛先 docomo 〜

携帯キャリア(特にdocomo)宛のメールが続けて、

この数ヶ月、届いていないようです。



ご連絡頂いた場合、必ずお返事をさせて頂いています。

「当日〜翌日」を心掛けていますが、数日内になる時も

あります。



再度ご連絡を頂いた場合には、

フリーメール(無料で取得できるメールアドレス)から

再送しております。



心配なさっていてはいけないと思いまして、お知らせさせて

頂きました。



● メール不着(1/31更新)
おかげさまで、メール送信分も無事に届いたようです。

H・M様
C・O様

ご連絡ありがとうございました。





※携帯キャリア(docomo、au、softbankなど)のメルアドは
メールフィルターの関係で返送されることがあります。
携帯メールのメールフィルターの設定をご確認頂けましたら
幸いです。





アガサ




アガサよりお知らせ | Comments(0)
2020/01/21.Tue

笑い転げる 〜 笑えるしあわせ 〜

お正月も明けてしばらく経った頃のことです。

お休みを頂いていますと、いけませんね、片付けをサボってしまう。笑

お電話を頂く時も もちろん 部屋の掃除や片付けをします。

( 誰も見やしないから いっか!)

なぁ〜んてことは、ありません。笑



さて。

片付けや掃除をしていた際中に、上着のジッパーがおかしな開き

をしていることに気づきました。

「 あらま。下からも開いてやん。

 朝ちゃんとジッパーしたつもりやのに。」

そうブツブツ言いながら、ジッパーをいじっていましたら

近くで大笑いしている10代前半の男子がいました。



大ウケ。

10代の子に受けるとすごく嬉しいのは、立派なおばちゃんですね。笑

( こんなんで ウケるんや!)

しあわせを頂けた私でした。



延々と片付けをしている私の横で 彼は、こんな話をしてくれました。

< 『 アガサさん ずっと続けてほしいなぁ 』って思ってるよ。
(ア:お母さんがそう思っている、という意味。)

 ずっと(続ける)だよね! ね?>

まぁ、なんでそんなことを話すんでしょ、この子は。

泣けてくるじゃありませんか。

何だか、すごく感激してしまい 片付けの手を休めて泣いてしまいました。

心からの言葉は、心の琴線に響きます。



傍に居たり、また、どこかへ行ったり。

若い人はじっとしてませんね。笑

他界するとすごく動きが速いですが、若い人の動きは

さらに、速いように思えます。



ぼちぼち、片付けも終わる頃にやってきた彼は

< もう(入っても)いい? >


「 う〜ん・・・もうちょっと待ってて。

 座るところも拭き掃除して、長椅子をどけて掃除機もかけたいんですよ。」

" そんなの、いいのになぁ〜 " と言いたげ。

その気持ちも分わかるんですが、掃除は自分自身のためでもあるのです。笑



「 いいですよ! さあ、どうぞ。」

そう言いますと、嬉しそうに入ってきてくれました。

「 さて。私はどこに座ろうか・・・」

ブツブツ言っていますと、

< ここに座ったら?!>

彼は 自分の横をポンポンとたたいてくれたのです。

本当に 優しく自然な心の持ち主です。



お母さんからお電話を頂く前に、ふたりでいろいろと話していたなかで

最も驚いたことを記録しておきます。

ご依頼頂いた方のお名前を呼び間違えないように、毎回メモしています。

交流中の私は頭がぼんやりしているのか、ご依頼人のお名前を呼び間違う

という大変失礼をしてしまうのです。

そのメモにお名前を書こうとして・・・老眼鏡を探していた時のこと。

「 あ、あったあった。つい、どこに置いたか忘れるんだよねぇ。」

そうつぶやいていた私に、彼は

< その眼鏡 ソコ(真ん中)、光ってるよ!>

と言うじゃありませんか!

「 え? 光ってる? なんで?・・・」

と思った瞬間、

ああ、そういうことなの? そんなふうに見えるんだ!

と知ったのです。


どういうことかご説明いたします。

年明け早々、愛用している老眼鏡がまっぷたつに割れたというか

折れてしまったのです。 ポキッと。

酷使していたからなぁ・・・と思いつつも、ショックでした。

度数も合わなくなってきていて、買い時かとも思ったのですが

二千円弱出して買うんだったら、その二千円を食費か子のために

置いておいた方がいいなと思ったのです。



自分でこっそり直すことにしたのです。

プラスチックなのに、プラスチック用のボンドで接着してみても、

くっつかない。

( このボンド、買ってから随分経つもんな・・・古いからかなぁ)

手先はそんなに不器用でもないと思っている私は、

ボンドのせいにしたりして。笑

( このままでは、家族にバレてしまう!)

随分前に買ってくれたものだから、折れたことを黙って

おきたかったのです。

でも、打ち明けることにしました。

そしたら、

いつのまにか、子が瞬間接着剤を買ってきて、

慎重な眼差しで接着してくれてる・・・!

素直に、嬉しかったです。

その部分が、彼の目には " 光って見える " んだ・・・。

光ってるんだ・・・。



他界すると 事の真がはっきりと分かるというのは、こういうこと。

愛情や思いやりが光を出すというのは、今まで多くを目にしていますが、

何度言われても感動します。

そのことを忘れかけている時に 思い出させてもらえる。



見た目、私の老眼鏡のその部分はザラザラして見えます。

みすぼらしい感じがするかもしれません。笑

見た目ではなく、修理してくれたことがものすごく嬉しかったのです。

次をほいほい買っていたら、この経験と思い出は無かった。



Nさんのお子さんとうちの子のおかげで、私の宝もんになりました。

度数は合わないんですけど、永久愛用老眼。



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◯◯との交流はもちろん、アガサさんとのおしゃべりもすごく楽しくて、
穏やかで良い時間を過ごさせて頂きました。

普段一歩外に出れば、悲しみや寂しさといった感情に蓋をして、
元気じゃない時も無理やり笑顔を作って人と接しています。
(略)

親バカかもしれませんが、◯◯は本当に気持ちの良い子で、
いつも私の心を和ませて、支えてくれました。
言葉では表せない繊細な気持ちが伝わる子でした。

◯◯が言った「(交流)ずっとだよね…。」は、アガサさんが
交流に対し悩まれたり、科学的に追及されたり、試行錯誤されて
いる姿を見ての、彼なりの応援だと思います。

「オレ、信頼してる!これからもよろしくお願いします!」
そんな◯◯の声が聞こえてきました。

距離や関係性、そんなものより、心の近さ。
こちらの世界でもそれはすごく実感しています。
誰より愛している◯◯です。遠いはずないですね。
アガサさんのあちらとこちらは重なってるという言葉も、
すごく納得出来ました。嬉しかったです。

いつも私と◯◯の心を大切に扱って下さり、本当にありがとうございます。

また頑張れそうです!

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彼は、お父さんの頑張りに対して気にかけていて、

お母さんのことを案じ、

妹さんのことも大事に思い続けています。

とても仲が良い。



子が父に対して思う気持ち、

母に対して思う気持ち、

兄弟姉妹それぞれに対して思う気持ちは

それぞれに 微妙に違うように思えます。



でも、よく見てる。

本当によく分かっておられる。

感心します。



口に出して言わない一途な思い_

自分のためではなく、大事な家族や大事な人のことを思う気持ちは

他界した私達の家族達、親戚、友人、知人、恩師に

どんなふうに伝わるのか・・・

それについて、知る必要を私は感じません。

そして、

彼らが私達のすべてを知っているとも 思えません。

そんなに密着取材のようなことは必要ないと思います。

すべてを知ってくれていなくても、信頼と愛情は変わりません。



大事なのは、心。

相手のしあわせを祈れるのが、愛情だと思うのです。

自分が困窮していても、他界の家族達のしあわせを祈りたい。

自分の困窮は、自分の踏ん張り次第、考え方次第だから。



肉眼で大事な家族の姿が見れない悲しさ辛さ切なさは

言うまでもありません。

大好きな家族と共に暮らせるのをこの目で確認出来ない気持ちは

言うに及びません。

悲しく辛いからといって、大切な人を思う愛情と信頼が

揺らぐはずもありません。



物質界と他界は、重なり合っています。

でなきゃ、交流において 他界と私はどうなってんの?と思います。

交流中、空高く移動しているわけではありません、私。 爆笑

新興宗教の教祖みたいな方々は、そういうのに憧れられるみたい

ですけどね。

なんで憧れるんでしょうねぇ。大笑



自分が今住んでいる長野と、

遠く離れた地におられるご依頼人との物理的な距離よりも

ずっと近くに、大切なご家族はおられるのです。

重なっていますから。



肉眼で見えることが、すべてではないし、すべてが真でもない。

純粋な愛情が含まれていることでさえ、私達の世界において

肉眼で確認できません。

物質の移動でしか わからない。

けれども、真は そうではないのだと教えられます。



純粋な素朴な愛情、思いやりというのは、

光を放っているのだと 思い出すことが出来ました。

こうご報告しているからといって、

交流を不思議系、神秘系だとはお考えにならないでください。

そういうように扱うのが好きな人達の"餌食"になるだけです。

そうした光を肉眼で見よう、あるいは、見たい!などと考えると

頭はおかしくなるし、人格は歪むし、心が貧しくなります。



こうした気づきは、何不自由なく、

何の損失感や絶望感とは無関係な生き方と毎日には、訪れません。

日常において、悲しみや辛さ、切なさ、といった様々な心労を

経験しているからこそ、です。



大事な家族、大切な人の他界を経験なさった方々が

今までと価値観が違ってくるのは、自然です。

真に直面し、真に気づかれたからです。



愛情とは、

心とは、

おひとりおひとりの心で 大切に温め育んで頂きたいと思います。







◯◯くん、また、おばちゃんと話そう!

そして、笑い転げよう!













= 今日の一枚 =

りんごです。
寝とります。

わんこも一匹一匹、性格が違うのがまた可愛く思えます。
りんごは、体内時計の正確さ、他界を感知する(時々)個性を持っています。
特に、体内時計がなぁ・・・正確すぎるなぁ・・・
今は、毎朝ぴったり5時に起こしに来ます。
顔をのぞきこみます。
時計を見ると、5時!(あれまぁ、ぴったりやん)
朝ご飯食べ、家族を見送り、一眠りしたら、ヒーヒー言いながら私をじっとみます。
時間は・・・10時!(これまた、ぴったり)

個性というのは、実に面白いもんです。







アガサ












愛しい家族、大切な人との交流 | Comments(0)
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