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アガサ

Author:アガサ
他界された愛するご家族、大切な方との対話を地道にお伝えしています。

アガサ

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おーい!

頂いたメールから一部を掲載させて頂きます。

- - - - -

(略)
朝一番に朝を流してきたなんて本当に主人らしいと思いました。
学生時代に同じクラブで一緒に汗を流してきた同級生が10年ほど前に亡くなっているので、
きっとそのお友達だと思います。

あちらの世界でも運動楽しめるんですね。私が悲しんでなかなか立ち直れていないことで、
心配ばかりかけて主人には申し訳なく思いましたが、整然と変わりなくにポジティブ思考で。
あっさりした性格そのままで、一緒に会話しているようで涙が出ながらもとても楽しかったです。

今は悲しいですが、本当に幸せでした。
これからも見えないけれどこんなに思ってくれている主人がいるだけで幸せです。
心配かけないように頑張りますが、思いが深いので、涙が出るけどこの涙が笑顔に変わる日が
来ればいいのにと思います。

主人と一緒にまたあちこちでかけていけるようになれるといいなと思いますし、
これからも二人で過ごしていきたいと思います。

(略)
おーいっていつも呼びかけられていました。今もおーいって答えているってびっくりしましたし、
数日前におーいって空耳かなって思いましたが、声が聞こえたように思いました。

(略)

久しぶりに主人とおしゃべりができたようで、懐かしくもあり楽しくもあり、
今またそばにいてくれているんだと信じられるけど、こちらから話しかけても
返事が聞こえない寂しさがあります。

本当に二人でおしゃべりしていると楽しくて、コントのようでもあり、
受け答えで笑いが絶えない、漫才しているような楽しさがありました。
どうしても後ろ向きになってしまいますね。

それでも。今でも見えないだけで、いつもと同じようにそばにいてくれていて、
そのままの主人であることは、実感できました。
これからも二人で楽しむんだという主人の姿勢にかわらないなとうれしかったです。
今までもそういう主人にずっと手を引いてもらってきていました。

(略)
いつまでも、心はつながっているし、一緒なんだと思って過ごしていきたいのです。


- - - - - -


頂いたメールをもとに回想させて頂きます。

( 覚えていなくて、ご勘弁ください。)



確か・・・この日、交流直前に、

60歳前後の男性が、軽く息をはずませて来られました。

< すいません、すいません・・・ハァ ハァ >

遅れておられないのに、ちょっと遅れて申し訳ないといった具合で

来られたのです。

何やら、軽く運動をされていたご様子。

ハァ ハァと少しだけ、息がはずんでおられましたけれど

全く 平気そうなんです。

私がその運動に参加したら、ハァハァどころではなく

ゼイゼイ言いながら、フラフラして、よろよろしながら、

顔真っ赤で、喉がカラカラで すぐには喋れなかったでしょう。

それぐらいの運動量だと思います。



( すごいなぁ・・・)

軽く汗を爽やかにかいておられてのご登場に驚きつつも、

万年運動不足に馴染んでしまった私は 尊敬の眼差しでした。

( 私も若い頃は鍛えていたんだよなぁ・・・)

どっちが年齢的に若いか分からないなと苦笑いしてしまいました。



< 懐かしい友人にね、会ったもんだから。>

( そうですか。それは感激ですね!)

< ええ、そうなんです。ちょくちょく会うんですよ。>

( それはそれは!)



なんだか、普通の日常みたいで、こっちと変わらないんだなぁ・・・

そんなように思いました。





< 話しかけているから「おーい」って返事しているのですが

 どうやら、聞こえないみたいで。>

さらっと微笑みながら話されるのですが、優しいなぁ〜と思いました

だって、ちゃんと返事をされるのですから。

面倒くさいなと思う人がいても、不思議ではないですもんね。

ご主人のそういうさり気ないところにも、お人柄の温かさを感じました。



その後も、車の一部分が故障していること、音楽のこと、

Kさんのことを話してくださったのです。







交流の度に、いつもそう思えるのは、

" 大切に思っている者同士が一番わかりあえる " です。



縁あって出会い、共に過ごす時間があって、

今も大事な存在だと辛く悲しくなるほど思えるのですから、

過去の人ではないでしょう。

大切な人だと思えるでしょう。

無理ですか?

悲し過ぎて、そんな余裕 ありませんか?



私は こう思うんですよ。

私達のこの肉眼で、どれだけのものが見えるのか?

私達の肉耳で、どれだけの音が聞こえるのか?

ほんの一部です。

一部。

人間より他の動物達の方が、多くを見聞きできます。

全てを見聞きできない(感知できない)からこそ、

豊かな感情が発達しているのです。



本当に大切なものは、この目では見えないと思います。

ずっとは 見えない。

だから、善いのだと思います。



他界しても、いつも見えて聞こえていたら・・・

私達は これほどまでに

大切な家族を 大切な人を 大切な動物家族を

今のように恋い焦がれ、大切だと痛感しているでしょうか。



人間というのは、誰しも 欲深いですから、

いつか " 有難い " が " 当たり前 " になってしまいます。

極々 たまに 奇跡のように、

空耳か

見間違いか

このようなことが あるからこそ、

感激の深さがあるのです。







私達が覚えている限り、

愛情を持っている限り、

いつか、必ず、再会できるのです。




泣いていても、いつか、会えますよ。

ちょっと 笑顔が出る日があったらいいなぁ〜 と

陰ながら 祈っています。




「 おーいっ!」って ご主人がおっしゃっているんですよ。

ご主人のために、泣きながら笑ってください。

ご主人との信頼と愛情が一番深いのは、他の誰でもなく

Kさんなんですもの。


















= おまけ =

りんご です。
寒くなってきましたので、スリッパ必須の私です。
洗濯物を干したり、入れたり、と狭っこいベランダに出ると
必ず スリッパの上に ドカッと居座るりんご嬢。
どこに脱いでも、スリッパの上に座る。

キッツーイおばちゃんの私ですから(笑)、「母ちゃんのだ!」と
ビシッとスリッパをひっこぬきます。

哀れ、りんご。





アガサ



















テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル:心と身体

更新遅れの言い訳です

2019.11.03 12:16|頂いたメール
更新が遅れておりまして、

「 体調がよくないのですか?」とご心配頂くメールを頂戴しています。

ご心配をおかけし、申し訳ございません。



あっという間に月日が流れていくのは、気のせいでしょうか?(笑)

あまりご心配を頂いてはいけないと思いまして、

具体的な言い訳を述べさせて頂きたいと思います。(苦笑)

お時間のある時にでも、お読み頂ければ幸いです。



- - - 言い訳 スタート!- - -

交流について、いつも、自問自答しています。

傍におられる、その方らしさというものをお伝え出来ても、

ご依頼ご本人が「そうです」と納得されても、

やっぱり、"肉体"を脱したことが、物質至上主義寄りの世において

非常に大きな壁であり、悲しみの元になっているのだとしみじみしながら、

考え込みます。



その状態において、スピ系に次から次へといっても、納得や満足が

得難いのは、心が正直だからです。

本当の癒しというのは、他から得れるものではないから。

慰めや励ましを頂けるのは有難く思えても、ひとりでふとした時に

感じるのは、心の芯までは無理なんだなぁ・・・ということ。

それで自然だと思います。

長年培った、大切な家族、大事な人との信頼の深さ、愛情の温かさ

に到底及ばない。



楽しいこと、悲しいこと、辛いこと、驚くこと、様々なことを

重ねていきつつ、月日も重ねてゆくのです。

それをインスタントのように、宗教のように短期間で与えようと

思っておられるから、アヤシくなるのです。

だから、不自然さが生じ、浮き足立つのです。



交流をどうお考えなのだろうか。

交流を伝える側が、どう考えているのか?_

これが大きな影響を与えてしまうのです。



悲しみについて・・・

癒しについて・・・

医療について・・・

交流について・・・

日常について・・・

などを考えながらも、ちょっとした時間がとれる時に、

おおよそ、全く無関係に思われるかもしれませんが、科学や物理の

難しすぎる本を読み出しています。

それには、ある考えがあるからです。





世の中のスピリチュアルに関わっておられる多くの方々が口を揃えて

よくおっしゃっる言葉・・・

「 傍におられます。来られていましたよ。」

なんては、当たり前過ぎるように思えてしまうのです。

私自身、そのことを言葉で表現することさえ、何だか妙な気持ちになります。

その言葉や表現というのは、ちょっと違うんじゃないかと思うのです。



なぜなら、

大切な方の他界を経験なさり、悲しくて仕方のない方に対して、

誰にでも言える言葉だから。

慰めとしても多く言われているだろうと思います。

表現悪いようですが、本音ではビジネスライクなスピ傾倒

されている方々や団体の方々の常套句だと思えてしまう。

なぜ、"それ"の一点張りで、なんでもかんでも"それ"に結びつけて

しまわれるのだろうと思うのです。

"それ"によって、ある種の洗脳状態になった方々からご依頼を

頂くことも年々増えてきたように思え、欲が欲をくすぐって

しまうのだな・・・と思うのです。



決して、美しくきれいごとだけではないことをおだてるかのように

おっしゃったままでは、真実を伝えることとはかけ離れてしまう。



表情と声から嘘か本心かがわかりますので、自分は

スピ系の方々とも一切、関わりません。(苦笑)

嘘と偽善が漂う空気と空間には、瞬時に体調が崩れるのです。

不器用といえば、不器用な自分です。



欲と自己陶酔の空気を作りっぱなしの人達は、なんとかならんのか?

と時に腹立たしく思えたりもします。



もっと、確かな何かを掴みたい、肉眼で見えないことを

自分で地道に研究をしていこうかと思うようになりました。



群れてしまうと、団体になります。

団体になりますと、避けては通れない"経営(運営)"が絡みます。

派閥も当然ながら、生まれます。

親切そうな笑顔、心配そうな表情の奥には、

金欲、媚び、嫉妬、、、、様々な感情や欲が渦巻いているのは

吐き気さえ、してきます。



そんなことに時間と気を浪費するのはおかしい。

結局は、

自分と他界だけの関係・信頼と真実でしょうと思います。

大切な方と自分の関係が、どうかです。

自分のなかで大切な人への思いが自分の感情よりもどうか・・・

というのが非常に大切だと思うのです。



霊媒というのは、人気商売ではありませんから、

人を集める必要もありません。

人としての信頼と自分の経験に基づいているのであれば、

群れる必要などないのです。

団体になる必要もなく、有名著名になる必要もない。

力関係になびく媚びる必要など、全く無いのです。



交流の時間以外は、こういうことを考えつつ、家事や内職をしていますので

あっという間に時間が過ぎていってしまいます。



「 内職?」と思われるかもしれませんね。(苦笑)

目に見えないことだけで生計や運営を立てようとしますと

不自然ですから、必ず、欲が増幅し、歪みが出てきます。

交流で頂いた御礼金で生活するのは違うという意志を持っていて、

サラリーマン家庭ではありませんので、細々と内職をしています。



" おかしいことは、おかしい。"

人様がやっていても、自分がおかしいと思えることは、やりたくない。

やらない。

そういう意味での頑固な自分で、良いと思えています。(笑)



長々と まとまりのない言い訳をしました。

ご勘弁ください。














= おまけ =

こんなに大きなりんごを見たのは初めて!
黄色のが普通サイズですから、1.5倍ぐらいはありそうです。
さすが、長野! と思いました。




上から見ると、こんな感じ。
まあ・・・味は・・・ほら、ご想像通りですよ。
小さい方がぎゅっと味がつまっていますからね。
我が家では「秋映」が断トツ人気。
※このりんごは、台風前の収穫のものです。

今年は台風災害で農家さんが被害にあわれましたから、
本当に・・・言葉が出ないほど、です。








アガサ









テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル:心と身体

粛々と生きていこう

2019.10.18 09:28|思うこと
自分がこの世に生まれたのは、親のおかげ。

その親も、それぞれの親のおかげ。



自分に物心がついてくると、特に若い頃なんかは

正直、感謝の「か」の字もわかっていなかったと思う。



若い頃を過ぎ、年齢を重ねていくなかで、

様々な経験を 自分なりに重ねていく。

嬉しく、楽しい経験よりは、むしろ、苦しく辛い経験を

重ねていくことで、感謝の「か」の字がようやく身に沁みる。



親心の温かさ、

友情の温かさ、

人様の温かさ、

動物家族の温かさ、

いろいろな温かさが 自分の内で浸透していく。

馴染んでくる。



そうやって、感謝の「かん」の字がわかってくる。

災害、事故、病気、、、

世の中の 他人様の 様々なことを 独り祈るように

なってくるのは、

感謝の「しゃ」の字に指をのっけているのかなぁ〜

と思う。

謝という漢字には、

" ありがたく思う心を言葉に表す " という意味が

あるそうだ。



自分が無事であることを有難く思うという意味ではなく、

今、自分がこうして生きながらえているのは、

知ってる知らないに限らず、自分以外の人達のおかげ。

命を差出し、食として生をささえてくれている動物達の犠牲のおかげ。



いつ 大きな辛さがやって来、

いつ 深い悲しみがやって来るのかは わからない。

いつ やって来ようが、動揺しながら、泣きながらでも

粛々と生きていけるように 平凡極まりない日常を

夜空に輝く星々のごとく、貴重に思いたい。



平々凡々と暮らしていれば、他界は美しく充実している。

それが本当かどうかを調べたいとは思わない。

他界に思いを寄せ過ぎることもなく、

この世に居る限りは、この世での生を粛々と受け入れたい。






困っている人達、動物達が、救われますように。

強き立場の者が、弱き立場の命と心を救いますように。



霊媒、霊能者という者がこの世からなくなりますように。

真心を持ち続ける人達が増えますように。















生まれた日に寄せる思い

アガサ


無事です。

2019.10.14 06:58|アガサよりお知らせ
台風の影響で、多くの地域で大きな被害が出ています。

皆様、ご無事でしょうか。

皆様のご無事を祈っています。



おかげさまで、私が住む場所は、事なきを得ています。

同じ長野市内でもこんなに違うのかと、

大変な目に遭われている方々を思いますと、

事なきを得ていることが、申し訳ない気持ちにもなります。



被害はいつやってくるか、わからない。

被害がどの程度なのかも、わからない。

今までは何だかかんだ言っても大丈夫だったんだから・・・

これは もう 通じません。



通じないのだな・・・と 気づいて、動く勇気が必要です。

どこに居たって、自然災害・二次災害は あります。

100%安全な場所なんて、ありませんよ。

そう思って生きていますと、物に対しての考えや生き方も

変わってくるように思えます。



物を祖末に扱うという意味ではなく、

自然界に人間の手を入れ過ぎたことで自然現象が変わってしまったのです。

今まで大丈夫だったから・・・

ここは土地の値段が高いから大丈夫だ・・・

こういうことは、日本中において無いのだと考えを改めねばなりません。

今までは、今まで。これからは、通用しない_

ということ。



避難勧告が頻繁に発令されたら、大丈夫だよと思わないで

素直に避難すること。

自ら避難することが格好悪いなんて、ありません。

我が身は、我が守り、動物達は 人が守り、です。



救う方々にも、お家があり、家族がおられます。

ご自分のことよりも、任務を優先される方々のことも、思います。

トイレさえも遠慮なさっているらしいです。

どうぞ、お使いくださいと一声かけてもらえるのが嬉しいと

どこかの記事に書いてありました。



辛い経験をしたならば、

悲しい経験を見聞きしたならば、

ご自分の日常に活かし、自分のことだけを考えるのではなくて、

他の方々のことも、その思いを差し出すことで

どれ程、救われるか 計り知れません。



そして、

必ず 出てくるのが、大丈夫な場所に住んでる人達の"買い込み"。

近所でも、物を買い込む方々が多いと家族達から聞きました。

住むところが無事なだけでも有難すぎるのですから、

食べ物や日用品は、まずは、困っている方々優先で当然だと

思いやりの心、慈悲の精神をお心に灯されることを願います。



無いと思えば、買い込みたくなる感情もありますが、

もっと困っている人達がいるんだ・・・

と、思おうじゃありませんか。



例えば、食パンがないのなら、当分は食べなくてもいいでしょ。

品薄になってるからといって、不安になっても仕方ない。

大衆の不安空気に 同調したって 仕方ない。

無いのなら、別の方向を考えれば良い。

住むところ、眠れるところがあるんですから。



冷静に考えることで、冷静が冷静を呼びます。












いつも、私と私の家族達のことを 気にかけてくださり、

本当に有難く思っています。





寒くなってきました。

皆様も どうぞ ご無事で。

救助なさる方々も ご無事で。

避難所におられる方々の不安が少しでも緩和される対策を

国が動いてください。

デスクワークとして、作業服を着ているだけでは、何も

変わりませんから。





アガサ








テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル:心と身体

一緒にやろう!

Kさんはご自分の悲しみや辛さを二の次にされ、いつも 私の

体調のことを気にかけてくださっていました。

痛みを知っている人は、他の辛さや痛みにも敏感に反応されます。

気遣いというのは、経験したからこそ、その痛み辛さ悲しさが

自分のことのように、身内のことのように思えるのです。

経験した人が発する「 辛いですよね。」という言葉と

経験していない人が発するそれとは、言葉に含まれる深さが

違うのです。

Kさんからメールを頂く度に「お若いのに本当に偉い方だなぁ」と

感心していました。



そうそう。

前日に、ちょっと面白いことが あったのです。

うちの娘(和犬 黒毛 中型犬)は、昼間は私の後ばかり追う

甘えたです。

夕方ぐらいにメールを頂いた方々へのお返事をしていましたら、

やっぱり、後をついてきました。

突然、壁に向かって、ウォンウォンと遠慮気味に吠えるじゃ

ありませんか!

「 珍しいね。なんで 吠えてんの?」

と言いながら、娘の方に目を向けようしましたら、

娘がじっと見つめる壁際に、男性がゆらめいておられたのです。



「 あら、ま・・・これは失礼しました。」

と 深々と頭をさげました。

「 ちょっと!吠えんでええから。大丈夫。」

と何度か ウォンウォンをストップさせようと話しかけたのですが

娘にすれば、「お母ちゃん、知らない人がいる!ウォンウォン」

なんでしょうね。笑



「 本当に、大丈夫だから。」

「 すみません。」

男性と娘の方を代わる代わる見ながら、謝り、なだめているうちに、

やっと吠えるのを止めたのです。

今度は、隣の部屋まで探しにいく娘。(苦笑)

「 もう帰らはったよ。居はらへんよ。」と私。



ご挨拶にと思われて、前日夕方にちょっと立ち寄ってくださった

男性は、いささか、かたまり気味でした。

わんこが苦手な方なんだなぁ・・・

申し訳なかったなぁ・・・

すでにお帰りになってから、ようやくそのことに気づいた私は

本当に申し訳なかった、すみませんでしたと小声で謝りました。



当日の時間少し前、

丁寧に礼儀正しく、アガサ部屋にお越し下さったのは、この男性でした。



ほとんど、調整中のメモをとらなかったものですから、

覚え書きができません。(すみません)

Kさんから頂きましたメールを掲載させて頂きます。



- - -

(略)

お電話でお話する機会がありませんでしたが、
明るさと素直さがトレードマークのような主人でしたのに、
音をたててはいけない雰囲気の職場に移動した途端、
自身の◯を気にして鬱病になり、あっさり自死してしまいました。

アガサさんがサラッと伝えてくださった内容と一致しております。
(仕事面も人間関係も問題なく、◯の事は会社の上司さんも気にするなと
言ってくれてたのですが、他にも色々な事が重なり鬱が酷くなり休職して
追い込まれてしまったようです。)

素っ気無い対応の精神科の先生も薬も合わなかったようで
「医療に対して納得出来てない」とアガサさんに訴えていたのだと思います。

自死というと最期の感情のままだとか成仏できない等書いてあるネットや本が多く、
純粋で優しい主人がずっとそんな状態なら可哀想で可哀想で胸が引き裂かれる思いでした。
なんとか救ってあげたくて本当の答えを探してアガサさんのブログに辿り着きました。

そして今日の主人はおおらかで優しい、ちょっと抜けてる(笑)私のよく知っている主人でした。

◯週間後の子の運動会にも、主人が若い頃亡くなったハンパなく仲良しな主人の父と
(普通の親子以上にラブラブな父子なのです。私は生前会っていませんが、大人になっても
どんなにお父さんの事が好きかずっと聞いてきました。)
多分主人の叔母も一緒に応援に来てくれるようで、とても嬉しいです!

(略)

◯年前、子が幼稚園の時はパパ会の会長もやっていた主人が、
私が小学校でPTAを引き受けたら自分も一緒にやる気マンマンという事で、
これからも主人と共にいられるのがわかり、とても晴れやかな気持ちになれました。
今日を境に前に進んでいけそうです。本当に有難うございました!

- - - - -



Kさんには「PTAをすすめておられますよ。」とお伝えしましたら、

「実は、今年、役を持とうと思っていましたが、主人のことがあり、

止めたのです。」とおっしゃるのです。

なるほど、と思いました。



< 一緒にやろう! 一緒に参加したい!>

とご主人はそれはそれは乗り気なご様子もお伝えしました。

「 ご主人はそのようにおっしゃっていますけれど(笑)、

 Kさんのご無理のないように、思われるようになさるのが一番です。

 あ、そうそう。先日の、PTAの件は、本当に・・・」

と、先日のことを話そうとした時です。



< 運動会に行きます!皆で行きます!>

ものすごく楽しみな気持ちいっぱいで話してこられました。

( はい。今からそれも言います。)

「ご主人が運動会、見に行く!とおっしゃっていて、

 お父さんと親戚の方も連れて、一緒に見に行く!そうです。

 運動会が終わっていたら、あーあという感じですけれども。」

とチクンとしながら、お伝えしました。

Kさんは、とても嬉しそうに「本当ですか!嬉しいです!」と

おっしゃっていました。

どうやら、運動会は終わっていなかったようで、安心しました。



PTAのことで、こういうことが、交流の数日前にあったのです。

運動会をほんの少しだけ見に行ってきました。

さぞかし、保護者の方々で盛り上がっているんだろうなと

想像していたのですが、見物具合が、とても気楽な感じで、

好印象でした。(笑)

" さっとみて、さっと帰る "

まさに、見たいところだけ立って見て、帰る。

新鮮でした。(笑)



私も20分ぐらい見たら帰ろうと思い、立って眺めていましたら、

やたら、PTA役をなさっている男性の方々ばかりが気になります。

( なんで 気になってるんだろう。ほっとけばいいのに。)

と私。

でも、私の直ぐ傍にいた男性は、PTA役にとても興味を持って

おられるようでした。

この方が、ご主人だったのです。

おかげで、

PTA役の男性陣の働き具合ばかり見ていたように思います。

( 興味、ないんだけどなぁ〜、私。)

とぶつくさ言っていた自分に苦笑するしかありませんでした。





肉体が無くなると、とたんに奪われた感じがしてしまいます。

残された感が襲ってきます。

でも、いつかは、奪われた感じ、残された感じというのは、

和らいできます。

私は、魂がどうとか、運命、試練、何とかというようなことは

わかりませんし、否定もしませんが、

知らないことは、知らないのです。



自分が知っていることは、他界の方々との交流を通して

話してくださったことです。

彼らは嘘はつきません。

何度も、「それ、本当ですか? ご存知ないそうですよ。」

と言い返しても、結局は、後々、話してくださったことに

なるのは、本当にスゴいと思います。

他界の方々は。



彼らは、今までの性格、個性というものを持っています。

肉体を脱することで、今まで気づかなかった深い思いに気づき、

感激深くなる、思慮深くなる、ということはあります。

決して、泣かない方であっても、感激のあまり、感涙されることは

多いにあります。

人ですから。



肉体のある人だけが、人なんではありません。

肉体があっても、人や動物に対して、酷いことをする人って

多いじゃないですか。

私利私欲のことしか考えずに、権力を振りかざす人達も多い

今の世の中。



何が大事なのか?



ということです。

ですから、亡くなり方で差別みたいなことを言う書くのは

おかしいのです。

なんで? そう言えるの?

知ってるの?

見てきたの?

受け売りなんちゃうの?

と、私は思います。



生まれてくること、死すること、生きることも

すべてが神聖です。

亡くなり方で、人格まで決めつけるのはおかしいのです。



どれだけ、心が美しいか、

どれだけ、他を思いやれるのか、

どれだけ、支え合おうとするか。



成仏できない、とおっしゃるどなたかは、何様なんですか?

何様であってもそういうことは言えないでしょう。

知れば知る程、言えなくなるのです。



全てをご覧に、経験なさってきたのでしょうか?

簡単におっしゃるのは、偉いからなんでしょうか?

平凡な私には、到底、そうは思えません。



権力や資力といった特別意識というのは、心眼に幾重にもアイマスクを

つけてしまうもんなんだなと思います。



Kさんのご主人は、ご家族のことを大事に思っておられます。

心が純粋です。

真っすぐな心の持ち主は、今も 変わらず、明るく優しくて

子どもさんとゲームする時間が長過ぎるお父さんです。
(ア:時間、決めた方がいいですよ。笑)






" 一緒にやろう!"



ねえ、Kさん。

ご主人がどれだけ、嬉っそうにこうおっしゃったか

Kさんはお分かりになりますね。

本当に、やる気満々。

嬉しそうでしたよ。

張り切っておられましたから、きっと、楽しいと思います。



霊媒ではなく、周囲におられるいろいろな方々を通して、

大切なあの人は、他界された後も、

真心と愛と励ましを 私達に届けてくれるのです。



それをサインとは言いません。

それは、真心と言うのです。



















アガサ





















テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル:心と身体