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2019/07/15.Mon

第三者の力を借りる 〜 学校カウンセラー、地域 etc 〜

7/10に書かせて頂きました「子どもの気持ち」。

たくさんの方々からの温かいコメントを頂きました。

ありがとうございました。



その後、お母さんから「子どもがスクールカウンセラーの方に、

少しずつ話すようになってきました」とご連絡を頂きました。

それを伺い、私も少し安堵いたしました。



" 自分で解決しなきゃ!"

と真面目な方ほど、こう思ってしまいます。

自分で解決する意思はとても良いのですが、誰かに相談する、

話を聞いてもらう、経験を聴く・・・というのも良いヒント

になると思います。

視野を広げると、気持ちに余裕を持てやすくなるのです。



私達は誰一人として、たった独りで生きていないのです。

頭でこういうことは知っていても、精神的にキツい時は、

つい、" 自分だけ " と思ってしまうもの。

" 自分だけ " が辛く悲しく大変だと思いがち。

( 皮膚炎が酷かった時はそう思った時もありました。)



思い出し難い時は、広告の裏紙などに書いて、壁にペタッ。

そうやって、大切なことを思い出すようにします。



知人友人でなくても、どなたかのご尽力のおかげで、

日常生活が送れている_

便利な世の中になればなるほど、顔を知らないどなたかの

人数が増えてゆくものです。

例えば、

水道、電気、ガス、携帯、電話、インターネット、交通機関、配送運搬、

お店に並ぶ食品や生活に必要な消耗品などの商品 など

想像すれば、心を向ければ、私達が生活を送るうえでの便利さ全てが

どなたかのご尽力ご努力の賜物です。



悲しみや不安が大きく膨らんでいる時は、どうしても気持ちが

カチンコチンになってしまいます。

普段はそうは感じない焦り、意固地、犠牲感、といったものまでも

膨らんでしまいます。

皆、そうなのです。



何かに頑張り過ぎている時は、肩に力がどうしても入ってしまいます。

呼吸も浅いかもしれません。

必要な酸素量が体内に取込めていないかもしれない。

そうしますと、身体がしんどくなってきます。

全部が繫がっているんですね。



肩に力が入っているなと思われたら、いつもよりゆっくりめを

心掛けてみるのも良いかもしれません。



親といえども、ご自身の深い悲しみと不安が多いなか、

お子さんのことも案じられるのですから、大変です。

自分の内に閉じこもってしまうことは、仕方ありません。

人に言えない時期もあります。



便利なツール(SNS、メールなど)の文字でのやりとりでは、

若干の軽減は出来ても、根本的にすっきりしない時もあると思います。

なぜか?

それは、私達は人間だからです。

人間は、動く生き物で、コミュニケーションする生き物。

百聞は一見にしかず、という有名な諺があります。

実際にその場に行く(見る)ことで、事の真相や新たなことが

わかるという意味なんだと自分は思っています。



億劫に思え、面倒くさいなと思いながらも、実際に行動してみても

思っていたような(理想や望み)内容ではないこともあります。

「 せっかく、行ったのに・・・」

と正直 思えることもあるでしょう。

大事なのは、自分から動くということ。

そして、

ちょっと立ち止まることも大切。



行動してみる、

考えてみる、

自分を見つめ直す、

自分も子どもも、周囲の人達も、完璧ということはあり得ない。

だから、

お互いに譲り合うことが鍵になってくるのだと思います。

中学生にあがるまでは、本当の意味で、譲り合うことの意味が

わからないかもしれません。

大人が、手本を見せるのは、すごく自然です。

強い者(立場)が、善き手本を心掛けるだけで随分と変わってきます。



お住まいの市や町から配られる小冊子(◯◯だより等)にも

そうした取組みがすでにあるかもしれません。

直接的な内容でなくても、なにがしか、あると思います。



ご自分で、「自分の心がカチンコチンだなぁ」と思う時には、

そうなさってみてください。

ゆっくり行動を心掛けてみること。



待っていても、何も変わらない。

ストレスが増えるばっかり。(苦笑)

変わらないことに不平不満やストレスを抱え続けるなんて、

まっぴらゴメンです。

不平不満を言う自分にもなりたくありません。(笑)



面倒だと思えても、ちょっと動けたらいいですね。

( 私も、動かんとあきませんねぇ。笑 )







まぁ、みんな、似たり寄ったりですよ。(大笑)



















アガサ

思うこと | Comments(0)
2019/07/10.Wed

子どもの気持ち

親の他界を幼いうちに経験されるのは、想像絶することです。

家族や大切な人の他界は、大人だって辛いのですから。



あるお母さんから、メールを頂きました。

思うところをお返事させて頂きましたが、これが正解というのは

ないと思います。

ただ言えるのは、子どもの気持ちになって(想像して)みよう

ということです。



頂いたメールの一部です。
- - - - -

娘は、夫が亡くなってから 夫のことを「怖い」と言うようになりました。
最初は見えているからなのかな、と思っていました。
葬儀、告別式と夫の事は見ず、最後の最後まで拒否しました。
あったかいパパがいい、冷たいパパは嫌だと言って。

一週間ほど前に、寝ながら泣いていました。
結構な泣き方でした。
起きてから、嫌な夢だったの?と私が聞いたら、うん。と。
私が、もしかしてパパの夢?と聞くと そうだとは言いましたが、
怖いから言いたくない、と。
次の日も夫の夢を見たそうですが、それも教えてはくれませんでした。

娘は夫の何に怯えているのでしょうか?

- - - - -




幼い娘さんが「怖い」とおっしゃることについて、ご心配でいっぱいと思います。

でも、しばらくは、そっとしておいてあげてください、と思います。



とは言え、大泣きするわが子をほっとくわけにはいきません。

「どうしたの? 何が怖いの?」と何度も尋ねたくなるのが親です。

視点をかえますと、親が尋ねることで、娘さんは怖さを思い出してしまうのです。

怖い夢は、大人だって 思い出したくはありません。

(嫌な夢を見たら、いまだに、" バク バク バク"と私はつぶやきます。
夢を食べると勝手に人間が言ってる勘違いを40年以上も前から続けてます。)




ご質問で私がお返事できるとすれば、

娘さんは、人が亡くなるということを怖がっておられるのだと思います。

大好きなパパの他界は、言葉では表現できない程です。

ショックと不安と怖れや様々な気持ちが混ざって、怖い夢を見てしまう

のは、仕方のないことです。

平気で居られるわけがありません。

それと、人間誰しもが持つ、死への恐怖もあるのかもしれません。

特に小学生の間は、そういうことも考えてしまうのです。



どれぐらいの月日かは人によって違いますが、月日が流れ、

娘さんご自身が心の整理がついた時、ぽろっと話し出されると思います。

渦中の時の心情は、大人でもなかなか、人様には言えないものです。

自分のなかで、少し整理をつけ始めてから、

友達や何やらに話せるものだと、自分の経験から思えるのです。



泣くことも、そうです。

幼い娘さんは、まだ一度も泣いておられないとのこと。

心配でしょうけれど、これも、娘さんの時期があります。

家族といえども、泣く時期は一緒ではありません。

ひとりひとり、感情も性格も違います。

娘さんのなかで、整理できたら、泣かれると思います。



母親の私達に出来ることは、子どもが辛そうな時に出来る限り、

傍に居てやることだと思います。

仕事を持つお母さんがほとんどの時代で、家に帰ったら帰ったで

やらないといけないことが山積していますが、

「時間がない、忙しい!」と目を釣り上げるよりも、たまには、

片付けなくても大丈夫ですから、努めてゆっくりなさってください。

" ほら、お母さんはゆっくりしてるよ。出来てるよ。" と

声なき心の声で、お子さんが寄りつける空気を作ってみてください。



親が言葉少なめでも、愛情いっぱいな余裕な時間と空気を持ち続けますと

子どもは、言葉をかけやすい、話しかけ易いと思えるのです。



ゆっくりした時間を作ったからといって、親の方から頻繁に

「 どうしたの? なんか辛いことあるの?」と言うのは控えること。

大抵は、

「 ない。大丈夫。」と子どもは言い返しますから。(苦笑)



どうしても気になる、ということであれば、

学校に来られるカウンセラーの存在を話してあげてはいかがでしょう。

最近はどこの学校でも、月1か、月2ぐらいで来られていると思います。



「お母さんに話しづらかったら、学校に来られるカウンセラーの先生に、

ちょっと話してみたら、どうかな。優しく、聞いてくれるよ。」

さらっとアドバイスするのも、ひとつだと思います。



母親としても非常に辛いですが、辛いのは自分だけじゃない。

母親の立場も辛い、

子どもの立場もつらい、

男子は男子なりに、

女子は女子なり、

年齢それぞれの辛さも違ってくると思います。

感じ方も ひとりひとり違います。



家族といえども、悲しみや辛さは、

決して、同じタイミング、同じ内容ではありません。



親が心配すると思って、なかなか、胸の内を言えない子ども達は

たくさんおられます。

第三者になら、話せることも多々あると思います。
※学校のカウンセラーのこと。




戦争の頃は、周囲に 身近な家族、特に父親や兄、弟を

戦争で亡くされた方々は多くおられました。

ですから、お互いがお互いの気持ちを思いやれたんです。

協力も自然な形で出来たのです。

そういう意味で、今は、戦争していない状態にある日本。

周囲に似たような思いをしたお友達やご近所さんは

居そうで居ないのです。



ですから、励まそうと思われて言葉掛けされた言葉は、

相手の気持ちを励ましたい、自分の気持ち寄りなのです。

悪気はないと分かっていても、言われた方は、傷つくのです。

同じ経験をされていたら・・・少しは違う言葉や表現を

なさっていると思います。



「 だいぶ、元気になったね!」とか、

「 いつまでも亡くなった人に縛られていたらだめだよ。」とか、

「 元気だして。◯◯さんもそう思ってるよ。」とか、

「 頑張らんと、◯◯さんも悲しむよ。」

などなど。

悪気はないのですが、相手の気持ちを察しきれていない。

想像できないのです。



それは、家族間にもいえること。

親子といえども、同じ気持ちではないのです。

温度差があるのではなくて、感受性の違いです。



悲しみや辛さを表現することを焦ってはなりません。

ご自分の悲しみや辛さや今後の生活へのご不安がありながらも、

お子さんを心配なのは、お察ししています。



焦るよりも、ゆっくりとなさってください。

そして、たまには、頑張ることをお休みなさってください。

「 たまには、ピザ、注文しよか!」とか、

「 たまには、回転寿司食べよか!」とか、

子どもさんが好きな食べ物を食べるのも、良いと思います。



便利さと機械物に囲まれた世の中に生きていると、

便利さと機械物の副産物

→ 待てなくなる、即、結果を求めてしまう

→ 焦らす、焦らされる、イライラする、等

心身の安らぎを便利さの副産物によって負荷(ストレス)で

アンバランスにさせてしまうのです。

大切なことを見失ってしまいがちな日常を送ってしまうのです。



だからといって、

家庭内においてまで、負荷を積み重ねることはありません。

親も子も、大変なんですから。



子どもの気持ちに寄り添うというのは、

家庭の本来の姿にもどること。

本来の姿というのは、心に寄り添うということ。

待つことも、そのひとつ。

第三者の手を借りるのも、そのひとつ。



家の恥かどうかで判断するのではなくて、

その子にとって善いかどうかでお決めになるのが

最善だと思います。



子どもは、いつも 真実を見ています。

特に小学校の頃は。



大丈夫。

お子さんは、お母さんが自分を信じてくれているという空気を

感じ取りますから。

すぐに結果は出なくても、良いんだと思うこと。

この子には、この子のペースと感受性があるんだということを

大事に温めてあげてください。
















子どもと一緒に過ごせる時間はあっという間です。

気長に。



アガサ












頂いたメール | Comments(1)
2019/07/05.Fri

家族みんなで。

家族。

家族というのは、実に不思議だなぁ・・・と私自身の日常生活から

実感します。



子どもの時に感じる"家族"というもの、

大人になってから感じる"家族" 、

所帯を持ってからの " 家族 "、

子どもを授かった頃、

子どもが小さい頃、

子どもから大人への階段を登っている頃、

子どもが成人した後_

核の部分は普遍でありましても、月日の流れによって、

自分の立場が変化すると共に " 家族 " という存在も

少しずつ変化しているように思います。



Wさんご家族交流の当日、アガサ部屋の掃除をしていた時、

はずむような声が聴こえました。



< 家族みんなで、ご飯を食べれる! 嬉しい!!

 こうやって、出掛けれるのって楽しい!>

嬉しさいっぱいの男子の声でした。



声がする方に顔と身体を向けました。

視力の老化が進んでいても(笑)、見覚えのあるお顔。

( あれ? 背が高くなりましたね?!)

ちょっと照れるような、そうなんですよと言いたげな表情は

何とも 若々しく輝いています。



10代の方々は、特に中学生、高校生あたりの年頃の方々は

あっという間に 外見も中味も逞しくなられますね。



( ご家族みんなで食事?! 良いですねぇ! 楽しいね!

 うちは外食するのは、最近、ありませんねぇ〜・・・(苦笑)

 たまの外食っていいですよね!)

そうお返事しました頃には、もう 彼の姿はありませんでした。

( あれ、いない。そりゃそうだよね。ご家族と一緒が良いよねぇ。)

時間をちらっと確認しますと、10時25分過ぎぐらいでした。

(まだ、掃除する時間はあるわ。)

と独り言にすっかり慣れた私は、アガサ部屋の掃除を続けました。



その後、また話しかけてくださいました。

好きなスポーツのこと、

ご自分が(スポーツ)上手な方だと思う!ということ、

お母さんが今も突然泣き出してしまうこと、

お父さんはすごく自然に話せること、

そして、

お兄ちゃんのこと。



彼の話し振り、彼の気持ちはダイレクトに伝わってきますので

本当にご家族が大好きで、お家が大好きなんだなぁ・・・

と、しみじみ 思いました。



私は年齢以上に年をとっているせいか(笑)、

彼が話してくれることに、いちいち、泣けてきました。

温かい涙です。

ご家族への愛情、ご家族からの愛情が彼を通して伝わってくる

のだと思います。



- - - - -

(略)

久しぶりにアガサさんにお会い出来て家族共々嬉しかったです^ ^
(ア:私も本当に嬉しかったです。懐かしさ、全開でした。)


まず お話しを聞いてびっくりしたのが、お伺いした当日の10時半位に
息子がアガサさんの所に来て皆んなでご飯を食べるんだと報告しに来た事です。

丁度 その時間帯に 高速のサービスエリアで長男が『 蕎麦を食べたいね 』と
話していた時間だったからです。
家族で出掛けたり、ご飯食べに行くのが凄く嬉しいんだと思っていた事に驚き、
それと同時に複雑な思いでいました。

息子の姿が見えなくなった日から今日まで
家族で出掛けたり、ご飯を食べに行く事が出来ませんでした。
子に対しての罪悪感・・・
あの子は傍に居てくれている...と頭では理解していても 置いてきぼりにして
自分達だけ楽しんで居るんじゃないかと思い、家族で出掛けたり
外食をしたりする事を あえて控えていました。

長男の一言で 帰りに蕎麦でも食べようかとなった事が とても嬉しくなって
アガサさんに伝えに行ったのではないかと感じました。
◯年ぶりの家族での 外出・・・
息子にとって 久しぶりに家族揃って 出掛ける事が嬉しかったのだと思います。

以前のように 暮らしていく事は
まだまだ難しいし、時間もかかりそうですが
少しずつ ご飯食べに行ったりする機会を作っていきたいです。



また、息子が男の人を見せてくれてて 髪の毛が(割愛)とか、
目が(割愛)とか・・・
家族のお陰で知り合いになれたと言ってた事ですぐにピンと来ました。
息子が大好きなサッカー選手だと・・
会えた事が本当に嬉しかったんだなと言う事が分かって 私達家族も
凄く嬉しかったです。

(割愛)

今回初めて長男も伺いましたが、初めは半信半疑で居たそうです。
(ア:それが自然だと思います。)
『 あっ!』と思うことや 長男自身は 気にしていなかった事が弟からすれば
そんなふうに思っていたんだ・・と改めて 気づかされたと話していました。

それと・・
息子が話していた 『 まだ 持っているよ』は・・・
家族 全員が すぐにわかり 答えも一致しました。

お別れの時に あの子に持たせた
『○○○○○○○○』の ぬいぐるみだと思います。

(略)

- - - - -


愛情の深さによって、私達が受けるショックの深さが

違うように思います。

また、

お父さん、お母さん、ご兄弟、お友達、先生、ご近所さん、

といったように立場によっても違ってくると思うのです。
(立場という言葉がしっくりきませんが、言葉が見つかりません。すみません)


家族で過ごせる時間、

友達たちと過ごす時間、

学校での時間、

ご近所さんへの日常挨拶のわずかな時間 など

私達は いろんな時間を過ごして 今に至ります。



家族それぞれの悲しみを知っている彼は、

自分の悲しみや淋しさも経験されても、やっぱり こう思うんです_

< 家族みんなで!>

って。



家族みんなで 久しぶりのお出かけ、久しぶりの外食を

せがまれたわけではないのです。

お兄ちゃんが、ぽろっと言ってくれたのも 嬉しかったんだと思います。

相当、喜んでおられたんですよ。

すごく、嬉しそうでしたもん。



息子さん達から、いっぱい学ばせて頂きました。

大切なことを、です。

説教をされたわけではないんですけれども(笑)、

Wご家族の皆さんをずらっと拝見させて頂いて、

お話に混ぜて頂いて、

頼もしいなぁ・・・

そればっかり思えました。



何才になろうと、家族みんなで過ごせる時間というのは

ええもんやなぁ〜

と、思いました。

どこに所属先を置いていても、それは関係なし。



親が子を思っている限り、

子が親を思っている限り、

大切な人を思っている限り、

繫がっているんだと思いました。

そう思います。

















= おまけ =

食べるだけ食べて、朝寝中。
どうですか? この寝相。

朝が早いもんですから、朝散歩から帰ってきましたら寝るんです。
もちろん、昼寝もします。長ぁーーーーい昼寝。
だけど、食品の袋がパシャっと鳴ったり、冷蔵庫を開けた時の小さな音がしたら
必ず起きて、じぃーーーーっと私の方を穴が開く程、見ます。

「なんも、食べてへんで。」
と言いながら、こっそぉっと食べる私。
盗み食いは、味、せーへん。(笑)



アガサ














愛しい家族、大切な人との交流 | Comments(0)
2019/06/30.Sun

これからも思い出は作っていく

「 人が亡くなると、思い出を思い出すだけだよね って

 よく言われるんですが、私は、思い出は作っていけると思っているんです。

 彼と行ったところ、行きたいねって話していたところ、

 彼が行きたいだろうなぁと思うところに、行ってます。

 お金をためて、海外旅行にも行ってみたいと思っています。」



はにかんだ表情でそう話してくださったMさん。

凛とした真っすぐな瞳でそう言い切っておられたのです。

感動か感激かわかりませんけれど、身体がふるえるほど、

Mさんがおっしゃったことが、心にドーンと響きました。

彼の感激波が、私のところにまで届いていたからだと思います。

(ふたり分、感動していたわけです)



とても辛く淋しい思いをされてきたのは、言うまでもありません。

それだけに、心打つのです。



当日準備をしている時のことです、

< 彼女は仕事が忙しいようで、家に帰ってくると

 『 (彼が)仕事をしなくてもいいからいいよねぇ〜』

 『 私のことを忘れてきたんじゃないの?』

 というようなことを言われるんです。(苦笑)

 その他にも彼女はいろいろ言ってるんですが、

 仕事のことも、先のことも、思ってる。

 Mのことを忘れたり、どうでもいいと思うなら、(交流に)

 話しに来ませんよ。>

苦笑いしながらも、ちょっと不機嫌そうにおっしゃったのです。

( 愚痴でも何でも大歓迎ですよ。思うことを話して頂けると嬉しいですから。)

と苦笑しながら私は、男性にそう話しました。



以前の、ご自分の働き方を話されつつ、お考えになっていたことも

話してくださったのです。

しっかり考える方だなぁと思いました。



少し、彼の周りの空気具合が変化を始めましたが、じっと

耳を傾けていました。

< 彼女、結婚指輪、欲しかったと思うんです。>

ポツリとそうおっしゃっいました。

( そう思われるんですね、あなたは。)

< はい。(自分は)何か・・・そういうのが苦手なんですけれど・・・>

( 照れくさい感じがしますもんね・・・人、それぞれだと思います。)

< あの日、>

( はい。わかります。あの日、ですね。)

< あの日、指輪を買いに行こうと思っていたんです。>

( わぁ! そうでしたか!)

本当にびっくりしました。

こんな大切なお話を聴いてしまって良いんだろうかと思いました。

( あ、待てよ。私が聴いて、Mさんに伝えて欲しいから話されてるんだ・・・)

アホですねぇ、私。

すっかり、聴き入ることに夢中になっていたのです。



( 大事なことを話してくださって、有難うございます。

 Mさんに必ずお伝えします。)

< はい。>

彼は照れくさく思いながらも、真剣に心込めて話してくださったのです。



( 大事な話をお聴きした・・・)

再び、そうだったのか・・・と私はしばらくの間、

ボォーーーっとして、余韻に浸ってしまいました。



Mさんから頂いたメールを掲載させて頂きます。



- - - - -

(略)

今回も彼が来てくれたこと、とても嬉しかったです。
しかも変わってない(笑)
忙しくてついつい写真の彼に嫌味?というか愚痴を言ったり
当たってしまってることをアガサさんに言うなんて。
しかも不機嫌そうに伝えてくるなんてビックリして目が泳いでしまいました。

でも、ちゃんと見ててくれているんですね。
今も変わらずに。

毎朝、身支度しながら仕事に行きたくないとブツブツ呟いているので、
それを聞いて心配もしてくれてるようでした。

そして左手の指輪の話を何度も伝えてくれて、嬉しさと同時に切なくなりました。
(ア:そりゃそうですよ。私も感動しつつ、切なくなりましたもの。)

買いに行くつもりだった日に突然死んでしまうなんて夢にも思わなかったでしょう。
あの日が無かったら今頃私の左手には彼から貰った指輪がキラキラと
輝いていたかもしれません。
欲しかったなぁ…彼からのプロポーズを聞きたかったです。
照れ屋なので想像つきますが。

旅行に一緒に付いてきてくれてると聞いて嬉しかったです。
想い出巡りやいつか一緒に行こうねと約束していた場所に、
これからも彼と二人で訪れて沢山二人の想い出を作っていきたいと思います。

見えないだけで変わらず傍に居てくれてますから。
今回改めてそう感じることが出来ました。

(略)

- - - - -



ひとりひとり、違います。

前向き、止まったまま、後ろ向き、誰のなかにも

それぞれが有ります。

その時々によっても、違ってくると思うのです。



特に、辛いことや悲しいこと、苦しいことがあった直後は

平常心でいることの方が難しく、不自然のように思えます。

息をするのさえ、苦しく、無意味に思えて自然。



だけど、いつか・・・

いつかは、どれぐらいなのかは分かりませんが、

私達は 自分らしく 生きる日がやってきます。

それは、自分ひとりで生きる日という意味だけではないと思うのです。



" 自分には幸せは、もう ない。"

" 大事なあの人との思い出は、もう 作れない。"

" 最愛のわが子は、もう 居ない。 "



あなたの愛情が " もう ない。" とは 私は

思えません。

あなたには 溢れんばかりの愛情で いっぱいなんです。



あなたが、 " もう 居ない。" と思い込んでいたって

大切な家族、大切な人、大切な動物家族が、

もう居ないとは 思えないし、思わない。



私が突然他界したら、私の家族達には

「 母ちゃんは、元気でやってると思うよ。

 ごん達と遊んでるんだろうし、家族や親戚や先生や友達たちと

 久しぶり!と言いながら、喋ってばっかりだろうね。

 それと、子どもをいじめてる人達にスリッパでパコンっとやってるだろうね。」

と、大笑いして欲しい。

(実際、そういう楽しみを私は心の中で温めているのですもの。)






これからも、思い出は作っていこう、皆で!











= おまけ =

2013年頃のごんです。
ごん「 なに やってんの? なんか おいしいもん たべてるの?」
と言わんばかりに、家の外で何をやってる家族達をガン見。




ごん「 それ、食べれるの? おいしい?」
※いいえ、違います。
これはごんの季節的な抜け毛をほんの少し、集めたもの。
それを石けんで洗い、乾かす準備をしているのです。




ほら、完成しました!
ごん毛で作ったフェルトの、ごんぬいぐるみ。



思い出は薄れていくものでもなく、今も活き活きとしています。









アガサ






愛しい家族、大切な人との交流 | Comments(2)
2019/06/25.Tue

近日中には駄目だ。  〜 シニカルな愛情表現 〜

Yさんの交流前夜のことです。

晩ご飯を食べ終わった後、今夜もいっぱい食べたなぁ・・・と

ほっこりしていた時、突然、頭部に他界情報がありました。

( 痛っ )

( 突然痛くなったら、びっくりするわ。まぁ、いいか。)

( メモ!)

メモをしておかないとすぐに忘れてしまうのに、

ちょっと 他のことをしたら・・・

もう メモすることを忘れてしまうのです。

※本当にすみません。



夜9時過ぎには寝ますので、9時少し前、

いつものようにお布団を敷いていました。

この日はなぜか " 端っこ " にぴったっと敷き布団をくっつけて敷くのです。

( なんでこんな端っこに敷くのかなぁ・・・ まぁ、いいか。)

一瞬、おかしいなぁ〜と思うのですが、

別に困ることではないので、そのまま敷きました。

とにかく、眠くて眠くて。

早く横になりたい気持ちでいっぱいになっていたのです。

( 歩きながら寝れそうなぐらい。疲れる程の運動はしてないのになぁ。)

本当に眠くて眠くてしかたがなかったのです。



さぁ、やっと眠れる!と思い、目をつむりましたら・・・

< ・・・ありがとう、と伝えてほしいです。>

私と同世代ぐらいと思える男性の声が聞こえました。

( 明日のYさんの方ですか? すみません

 明日、もう一度話しかけてください。眠くて仕方がないんです。

 すみません。明日、必ず。)

交流するためにも、身体のためにも、早寝早起きはとても大切。



翌日、交流1時間前、準備をしていましたら、

ふわっとお花の香りがしました。

( なんのお花かなぁ・・・? 良い香りだなぁ・・・ラベンダーかな?)

お花の香りの利き分けが出来る程、お花の名前は知りません。

とにかく、お花の香りがしたのです。



お約束時間直前、とても落ち着いて来たのが印象的でした。

Yさんからお電話を頂き、皮膚炎が治まってきて良かったですねと

いうところから体調のことを少しお喋りしていたのです。

< 喋ってる場合じゃないよ。>

といったようなことを言いながら、部屋の隅っこというか端っこに

入ってこられる男性の登場です。

( そんな隅っこでなくて、こちらにどうぞ。)

呼びかけても、その男性は端っこや隅っこが安心できるようでした。

その方が気楽になさることで私も気楽になれますので、

そっとしておきました。



そのことをYさんにお話ししましたら、

「 主人だと思います。私がお喋りするのをあまり良く

 思っていない人でしたから。笑

 それに、隅っことか端っこを好んでいました。」

と笑いながらおっしゃったのです。

「 そうですか。私達、お喋りに気をつけないとですね。笑

 隅っこや端っこは、安心できるからだそうです。落ち着くんでしょう。」

「 そうなのかもしれませんね。笑 」



「 Yさんからお電話を頂く前、私の目の前に、猫ちゃんを両腕それぞれ1匹ずつ、

 抱っこといいますか、抱えているといいますか・・・

 とにかく、猫ちゃん達を可愛がるお姿を見せてくださったのです。

 おわかりになりますか?」

「 ええ。主人はとても猫たちを可愛がっていました。」

ご主人に抱きかかえられた猫達は、安心してとても満足そうでした。

同時に、家族に迎えたかったけれど家族になりきれなかった愛猫ぺこのことを

思い出し、私自身の不甲斐なさをチクリとしました。



いつものことながら、交流中の記録は私の内に留まりませんので、

頂いたメールに助けて頂きたいと思います。



- - - - -

(略)

アガサさんのお部屋に来てくれた主人の態度や言葉のようすは、
主人と確信致しました。
最初に主人の様子を表す言葉を色々選んでくださっていたときには
気が付きませんでしたが、たぶんバリアを張っていたのかも知れません。
アガサさんとは初対面でしたので。

交流の時には、私はずっと笑っていました。
電話を切ったその後は、お祭りの後のような寂しさに襲われました。
少し不安にもなりました。

でも、アガサさんから先程メールを頂いた時に思い直した、
というか気が付きました。

あの人はいつもその物ズバリではなくて回りくどい言い方をする人だったではないか!
だって一度も結婚して下さい。と言われないまま私たちは結婚したのだから。

それは良く考えれば雅、
悪ければ、自分が傷つく事の回避。

だから、「近日中には駄目だ。」とか彼流のシニカルの斜め目線でしょうかね?
家でゴロゴロしている?
大好きな本は読んでないのかい?ゴロゴロしながら読んでいるか。
私のあたまの中には今そんな彼の顔が鮮明に浮かんでいます。

(略)

- - - - -



ご主人のシニカルな表現には、すべて 愛情と思いやりがあります。

そう言い切れるのは、お姿と声だけでなく、心も交流では伝わるからです。

心が心に伝わってくると自分のことのように強く思えます。



Yさんはおっしゃっていました、

「 アガサさんが伝えてくれたとおり、主人は、散らかすのが得意でした。

 でも、今は 散らかして欲しいと心から思っています。

 それを片付けるのがしあわせだと思えるから。」

胸にぐっと来ました。

( 散らかされ続ける毎日だと私はムッとするけれど、

 散らからなくなると寂しく思うもんだもの・・・)

Yさんが心からそう思っておられるのは、お電話の声から伝わってきました。



「 アガサさんのブログに書かれいる他の方々の交流で、

 『 迎えにいくから 』と言われる方々をいいなぁと思います。

 主人はどうなのかなぁ?」

というようなことをYさんが話してこられました。

可愛い方だなと思いつつ、片方の耳をYさんに、もう片方の耳を

ご主人に、耳を傾けていますと

< 近日中には駄目だ。>

とおっしゃるご主人。

( え? 近日中、ですか? 近日中って言葉・・・そのまま伝えましょう。)

「 Yさん、今、ご主人がYさんのお話を聴いておられて、

 < 近日中には駄目だ >っておっしゃるのです。」

「 近日中は駄目だ?!!! 何、それ! だけど、あの人らしい。」

と大笑いされていました。

「 はい。珍しい表現だと思いました。

 多分、近日中という表現をされた方は初めてだと思います。

 ユニークな方ですね、ご主人。」

申し訳ないと思いながら、活字のような言葉にどうしても笑いを

こらえることが出来ませんでした。



「 なんだか、私、笑ってばっかりでいいのかしら。」

「 笑いはとても大事だと思います。

 ユニークな表現をされるご主人ですが、愛情表現ですよ。

 とても、そうですよ。心が伝わってきますから。」

「 ちっとも、変わってない あの人。」

「 心にぐっと来ます。性格やお人柄を伝える時、私は

 すごく安心出来るんです。温かさを感じます。」



ユニークな表現をなさるご主人。

Yさんとのお約束前日の夜、眠くて眠くて仕方がなかった私に

ご主人はゆっくりと心からこう話しておられたのです_



< ・・・ありがとう、と伝えてほしいです。>



それには、深い意味がありました。

くも膜下出血のご主人は、意識はないと医師から伝えれていた中、

ご主人と離れているのが嫌で、ご自宅で共に過ごされたそうです。

Yさんはそれで良かったのかと思われたことでしょう。

不安に不安を重ね、これでいいのか、これでよかったのか、と

思われたことでしょう。

話しかけてもわからないだろうと思っておられのですが、

ご主人は、わかっておられたようです。



妻が自分のことを思っての決断、決断することの大変さ、

愛情の深さ、不安、複雑な思いをわかっておられたのです。







< ありがとう >

Yさんにそう言いたかったのです、ご主人。

言葉表現が(私は)下手ですが、心からそうお伝えします。



交流の後は、まるで、

夏の夜空を華々しく美しく見せる花火大会の後のように思えます。

ご自分の中で、ふぁぁぁっと消えてしまうような感じが

してしまうのだと思うのです。

いつもより、孤独や寂しさを感じてしまうのです。

悲しさの中に深く居続けますと、感情の起伏を無意識に

避けてしまうようになるでしょう。

感情の起伏を感じると、居続けている悲しみに戻る時、

とても不安を感じてしまうのだと察しています。

感情の起伏を恐れることなく、共に歩みたいと思うのです。





< 近日中には、駄目だ。>

そうおっしゃったご主人を信じること。

不安になっても、ご主人を信じること。

感情の起伏は、自然と 自然なものになります。



夫婦がいつまでも信じ合えることは、最高です。

ごろごろしながら、本を読んだってOKですよね? Yさん。(笑)

多忙極めたご主人でしたから、

のんびりなさって頂きたいと思うのです。



家でごろごろしながら、

小さな、軽い物を たまに片付けるご主人は

優しいと思います。



ちょっと 笑えますけれども。

愛情の人です。









= おまけ =

新しい散歩道を開拓しています。
城山小学校の方に向かう道は、かなりの登り坂。
民家と道路の隙間がどうやら怖いりんご。
ビビりながら歩いていました。(私も高いところは怖い)
下っていきますと、小学校が見えてきて、目の前には長野市らしい風景。
京都市内の風景とはちょっと違うな・・・山が違う。
長野の山はカッコいい。
まぁ、京都には京都の良さがあり、長野には長野良さがあります。
だけど、自分は、、、神奈川かなぁ・・・(あはは)






アガサ













愛しい家族、大切な人との交流 | Comments(0)
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